ガザのジェノサイド:ビッグテックとサイバー戦争
以下は、『市民の意見』No.207(2025年2月1日号)に寄稿したものです。
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1. 戦争の枠組が変ってきた
コンピュータ技術が情報通信のネットワークとビッグデータやAIと組み合わされて兵器のシステムと統合するようになったことで戦争の枠組は根底から覆されてきた。
その端的なあらわれのひとつが、ガザにおけるイスラエルのジェノサイドだろう。ガザで起きているジェノサイドの状況は比較的よく知られているとはいえ、ジェノサイドが「大量殺戮」と訳されることもあって、もっぱら人への大規模な殺傷行為だと誤解されている場合が多いのではないか。ジェノサイド条約が定めているジェノサイドの定義は、もっと幅広いものだ。条約の定義では「国民的、人種的、民族的又は宗教的集団を全部又は一部破壊する意図をもつて行われた」行為であり、具体的には、集団殺害の他に、重大な肉体的又は精神的な危害を加えること、肉体の破壊をもたらすために意図された生活条件を集団に対して故意に課すること、出生を防止することを意図する措置、集団の児童を他の集団に強制的に移すこと、もジェノサイドと定義している。国際司法裁判所も国際刑事裁判所も、こうしたジェノサイドの罪として挙げられている行為を対象にして審理が進められてきた。
イスラエルがジェノサイドを可能にしたのは、大規模な破壊を迅速効果的に行なえるだけの軍事インフラを構築できたことと、ジェノサイドの行為を隠蔽し、国内世論を戦争へと駆り立てる情報戦である。この二つに実は、米国のビッグテックが密接に関与してきた。
2. 標的の生産とAI
ガザの空爆は無差別空爆ではなく計算された破壊行為だ。爆弾ひとつひとつについて、その爆弾がどこに投下されるべきものなのかがあらかじめ把握された上で供給される爆弾の量にあわせて大量の標的に対して攻撃が行なわれてきた。
イスラエルのガザでの計画的な攻撃には二つの目的がある。ひとつは、自分たちを守ってくれないという批判感情を喚起させてハマースへの支持を切り崩すために、住宅、公共施設、インフラ、高層ビル群など、イスラエルが「パワーターゲット」と呼ぶ社会インフラを大規模に破壊することだ。1もうひとつは、ハマースの戦闘員や関係者を殺害するという名目での大量殺戮、である。
ガザへの空爆は、ガザ住民の基本的な人口データ、どこに誰が住んでいるのか、誰がハマースの戦闘員なのか、何の目的の建物なのかなど詳細なデータを前提にしている。ガザが天井のない刑務所と言われてきたように、長年にわたってイスラエルが把握してきた情報の蓄積による。他方で、日々変化する人の移動を把握する必要がある。これらのデータを元に、AIを駆使して爆撃の標的を決める。巻き添えとなる死傷者の数もあらかじめ想定されている。ハマースの上位の人物の殺害なら百人規模の巻き添えがあっても許容される。+972マガジンの報道2では、標的を生み出す「ラベンダー・システム」は、ハマースやパレスチナ・イスラム聖戦(PIJ)の戦闘員を爆撃対象としてマークするように設計されているという。10月7日時点で、空爆対象者を37,000人リストアップし戦争の最初の数週間の軍の行動はぼぼこのラベンダーに依存していたという。これに加えて、『Where’s Daddy?(パパはどこ?)』と呼ばれる標的となる個人の移動を追跡して家族の住居に入ったときに爆撃を実行するシステム、武装勢力の活動拠点とみなされる建物などをマークする「ゴスペル」というシステムがあり、これらが連携して爆撃が行なわれてきたという。
標的の数と規模の上限は利用できる弾薬によって決まるから、米国など西側諸国が武器を供給しつづけることで、この標的生産の上限が拡がり、犠牲が増え続けることになる。しかも、イスラエルの国会や政権、軍には、ガザからパレスチナ人を排除して完全に占領することを主張する極右の影響がある。彼らは、ガザのパレスチナ人は誰であれ、排除の対象とみなす。UNRWAはハマースの手先であり、ガザの保健省もハマースの組織であり、ハマースの関係者が負傷して病院にいれば病院が標的になる。ガザのジェノサイドを報じるジャーナリストはハマースのプロパガンダの手先とみなされる。あらゆる口実を用いて次々に標的が生産される。
3. ガザ攻撃に加担するビッグテック
今回のガザとの戦争に先立って、2021年、GoogleとAmazon Web Services(AWS)は、12億ドルでイスラエル政府とクラウド・コンピューティング・サービス、AI、機械学習機能の提供契約を結んだ。Project Nimbusとして知られるものだ。翌年、Googleはイスラエルにクラウドセンターを設立して顔検出、自動画像分類、物体追跡、写真や音声、テキストの感情分析などの高度なAI機能を提供することになる。3
他方でイスラエル軍は従来からMamramと呼ばれる独自の「軍事作戦クラウド」を保有していた。これは爆撃の標的の特定、ガザ上空の無人偵察機の映像データ解析、攻撃・指揮・管理システムなどが含まれている。しかし、10月7日以降大規模な軍事行動に必要な情報処理能力をまかなえなくなる。そこで、事実上無制限にいくらでもデータを蓄積でき高度なAI処理が可能なAmazonのクラウドサービスが利用されるようになる。4
他方Googleはイスラエル国防省に対して、データの安全な保存・処理、GoogleのAIサービスの使用が可能なクラウド・インフラへの特別なアクセス環境(ランディングゾーンと呼ぶ)を提供している。同社は2024年3月に国防省と新たな契約を締結し、「複数の部隊」がGoogleの自動化テクノロジーにアクセスできるようにもしている。5 世界有数の諜報機関と高度な監視技術を売り物にする民間企業を抱えているイスラエルですら、自国だけでは戦争に必要なデータ処理をまかなうことができなくなるくらい戦争の規模が拡大し、これを米国のビッグテックが下支えしているのだ。
このようなGoogleやAmazonのジェノサイドへの加担に対して、これらの企業やテック産業で働く労働者による内部からの告発や抗議の運動が続いてきた。2021年にProject Nimbusに対して「パレスチナ人に危害を加えるために使用されるテクノロジーをイスラエル軍や政府に供給するという雇用主の決定を支持することはできない」という抗議声明が出される。6ジェノサイドの批判がありながら、企業の経営側はパレスチナ人の異議申し立てを封殺する行動をとり続けている。労働者の抗議行動は、解雇者や逮捕者を出しながら現在も継続されている。
4. 情報戦とビッグテックの検閲と拡散
ビッグテックと今回のガザ戦争の関係で、SNSの情報発信環境de重要な役割を果たしたのがFacebookやX、Instagram、Youtubeといったプラットフォーマーだった。戦争ではSNSは検閲とプロパガンダの手段になる。
こうしたSNSは様々な手法で投稿や拡散を制御している。たとえば、規則違反と判断されたコンテンツの削除やアカウントの停止または削除は見えやすい措置だが、それ以外に、アカウントのフォローやタグ付けができなくされたり、一部の機能が使用制限されたり、通知なしに個人の投稿、ストーリー、アカウントが他のユーザーからはわかりにくくされ拡散しにくくされる「シャドーバンニング」と呼ばれる手法などがとられる。イスラエルではこうした規制が繰り返し行なわれて、パレスチナ人の言論を封殺すると同時に、イスラエルを支持する国際世論を形成するために、主に欧米諸国のSNSでの情報発信にも検閲や拡散のコントロールが加えられてきた。こうした傾向はヒューマンライツウォッチなどの国際的な人権団体からも繰り返し批判されてきたが、この傾向は続いている。7
イスラエル国内の支配的な言語はヘブライ語で、マイノリティのアラブ・パレスチナ人がアラビア語話者になる。戦争の状況はこの言語環境を背景として、イスラエル国内における検閲と戦争への大衆的な動員にビッグテックのSNSが重要な役割を果たす。よく知られているようにSNSには特有の拡散力がある。パレスチナ人をテロリストとレッテルを貼ったり、ヘブライ語によるジェノサイドを煽るようなメッセージに対してSNS企業は容認し、結果としてヘイトスピーチなどが一気に拡散される傾向が生み出される。他方で、アラビア語での情報発信においては、パレスチナへの支持、イスラエル政府や戦争批判の投稿への規制やアカウントの停止処分が繰り返されてきた。こうしたSNSの検閲や意図的な拡散が、戦争翼賛の世論をつくりだしてきた。
情報発信の仕組みそのものを制御する力をもつビッグテックが、政権の意向や意図を汲んだ行動をとることでビジネス上の収益に直結する構造が戦時体制では形成される。現在のビッグテック支配のSNS環境は、反政府的な言論やマイノリティの人々の言論に対して平等な情報発信の基盤にはなりえなくなっている。
5. 監視と情報戦には停戦はない
1月20日に暫定的な停戦が発効したが、これはサイバー領域には適用されないだろう。イスラエルによるガザに対する網羅的な監視は継続され、停戦が破られれば直ちに攻撃が可能な状況が作られるだろう。SNSの検閲と敵意の拡散もまた続くに違いない。これらにビッグテックが大きく寄与して莫大な利益を得ることになる。戦争のこうした局面に私たちはより強い関心をもつ必要がある。同時に、Facebook、Youtube、X、amazonnなどジェノサイドに加担する企業のサービスを利用する日本の反戦平和運動の活動家たちにも、これらのサービスを利用することの是非をどう考えるべきか、ぜひ議論を深めてほしいと思う。
付記:本稿脱稿の後で、トランプのガザ所有など一連の発言に接した。こうした発言や政権入りしたXのイーロン・マスク、そしてあからさまにトランプ支持を表明した主要な米国のビッグテックや日本のソフトバンクなどが、サイバー領域の戦争と無関係なビジネスを展開するとは考えにくい。トランプ政権下で米国の軍事安全保障がどのように展開されるのか、私は非常に危惧している。
Footnotes:
(+972Magazine)「大量殺戮工場」: イスラエルの計算されたガザ空爆の内幕 https://www.alt-movements.org/no_more_capitalism/hankanshi-info/knowledge-base/972magazine_mass-assassination-factory-israel-calculated-bombing-gaza_jp/
(+972magazine)「ラベンダー」: イスラエル軍のガザ空爆を指揮するAIマシンhttps://www.alt-movements.org/no_more_capitalism/hankanshi-info/knowledge-base/972magazine_lavender-ai-israeli-army-gaza_jp/
(Accessnow)ビッグテックとジェノサイドのリスク:企業は何をしているのか?https://www.alt-movements.org/no_more_capitalism/hankanshi-info/knowledge-base/accessnow_gaza-genocide-big-tech_jp/
(+972magazine、LocalCall)「Amazonからのオーダー」: ハイテク大手がイスラエルの戦争のために大量のデータをいかに保存しているか https://www.alt-movements.org/no_more_capitalism/hankanshi-info/knowledge-base/972_localcall_cloud-israeli-army-gaza-amazon-google-microsoft-_jp/
(Time)独自:Google、イスラエル国防省と契約 https://www.alt-movements.org/no_more_capitalism/hankanshi-info/knowledge-base/time_google-contract-israel-defense-ministry-gaza-war_jp/
(The Gurdian)私たちはGoogleとAmazonの労働者だ。Project Nimbusを非難する https://www.alt-movements.org/no_more_capitalism/hankanshi-info/knowledge-base/the-gurdian_google-amazon-workers-condemn-project-nimbus-israeli-military-contract_jp/
(Human Rights Watch)Meta: パレスチナ・コンテンツへの組織的検閲 https://www.alt-movements.org/no_more_capitalism/hankanshi-info/knowledge-base/human-rights-watch_meta-systemic-censorship-palestine-content_jp/
Author: 小倉利丸
Created: 2025-02-18 火 22:10