ユーリ・シェリアジェンコへの訴追(付録:ウクライナと世界のための平和アジェンダ、家宅捜索抗議)

(訳者前書き)ウクライナ政府は、ウクライナ平和主義運動(Ukrainian Pacifist Movement)の中心を担ってきたユーリ・シェリアジェンコをロシアの侵略を正当化した罪で正式に起訴したとWordl Beyond Warl.orgが報じ、ウクライナ政府に対する訴追取り下げの国際的な署名活動が始まっている。シェリアジェンコについては、このブログでも紹介してきた。

今回の訴追の詳細は不明だが、「ロシアの侵略を正当化する罪」という犯罪類型そのものが、戦争状態にある国家が、いかに言論表現の自由、つまり政府の政策への異論を主張することを困難にさせるかを如実に示している。しかも、彼が主張する「平和主義pacifism」の基本は、一切の武力行使の否定にある。だからシェリアジェンコがロシアの侵略を正当化したことはない。このことはこのブログで後に紹介する昨年9月に出された「ウクライナと世界のための平和アジェンダ」のなかでもはっきり述べられている。にもかかわらず、警察当局はこのアジェンダをロシアを支持した文書であると強引に解釈している。以下にアジェンダを掲載したのは、こうしたウクライナ当局の「解釈」がいかに間違っているかを読者が自ら直接確認することが大切だからであり、またその内容も重要だからだ。シェリアジェンコの訴追は、典型的な戦争国家による戦争を拒否する人々をロシアの侵略を容認したり支持する者であるという事実に反するレッテルを貼ることによって、自国が遂行している戦争に反対すること自体を容認しない、というウクライナ政府の態度を明確にしたといえる。

このやや長い前置きの次に掲載した「ウクライナと世界のための平和アジェンダ」にはいくつかの重要な問題提起が含まれているので、いくつか私にとって重要と思われる論点について簡単に述べておきたい。

このアジェンダの冒頭で「私たちの神聖な義務は、殺してはならないということだ」と自らの立場を明確にしている。平和を主張する場合、日本の戦後平和主義に典型だが、自分たちが戦争によって犠牲になること、つまり殺されることを否定することから戦争を否定するという回路をとる考え方の場合、殺されないためには、敵を殺せばよい、という殺すことを正当化する論理が明示的に含まれてない。これが現在の日本の自衛権を容認する多数派の平和主義がとる立場に繋っているのであり、結果として戦争を否定できず、次第に戦争そのものを容認する立場に陥ってしまう原因になっている。これに対して「殺してはならない」を義務とする平和主義は、そもそも武器を持つこと、使うことそれ自体を否定することになる。だから、「殺されない」「殺さない」のどちらを明確に主張するのかは、重要な問題であり、「殺さない」と明確にすることなくして戦争を回避することはできないと思っている。この意味で「アジェンダ」の立ち位置は重要だ。

アジェンダでは「自衛は、非暴力・非武装の方法で行うことができるし、またそうすべきである」とも述べている。日本では「自衛」といえば、自衛隊を連想し、何らかの武力行使を含意する言葉として通用しているので、非暴力、非武装の「自衛」という発想は、当然のことであるにも関わらず新鮮に感じてしまう。アジェンダでは非暴力、非武装による自衛とはどのようなことなのかを明言していないが、全体の文脈でいえば、国連をはじめとする国際的な枠組をフルに活用した停戦の可能性を追求する、ということかもしれない。むしろ私は、非暴力、非武装には、こうした国家をアクターとする国際関係よりも、ロシアとウクライナで暮す人々がそれぞれの国が遂行する暴力という手段による解決を拒否する下からの多様な運動を含意しているように思えてならない。戦争に加担しない、戦争を忌避したいという人々が、政府の戦争政策のかなで、自らの自由な選択を奪われ、より安全な場所への移動も許されない状況がロシアだけでなくウクライナでも起きている。ウクライナはロシアのような権威主義的で自由のない国ではなく、西側の民主主義や表現の自由の価値観を共有する国だとして、男性は出国が厳しく規制され、戦争反対を公然と明言することがウクライナの国内においても困難になっている。このことはロシア以上に私たちにとっては深刻だ。自由や民主主義を標榜する国は、果して戦争状態において、戦争に反対する自由、より安全な場所への移動の自由は保障されるのか、という問いが私たちにも突き付けられるからだ。

そして、アジェンダでは、「誰も、他人の悪行の犠牲者だと主張することで、自らの悪行に対する責任を逃れることはできない」と述べて、自分たちが侵略者の犠牲になっていることを理由に、「自らの悪行」つまり戦争行為や戦争に関連して遂行される様々な人権侵害を免責することはできない、と主張している。この箇所は、たぶんウクライナ政府にとって最も容認しがたい主張になるかもしれないが、むしろこの観点を私は支持したい。そしてアジェンダでは、戦争を生み出す敵とは交渉が不可能な存在であり、滅ぼす以外の選択はありえないという考え方を、敵についての「神話」だと指摘している。殲滅する以外にない敵というイメージの構築によって戦争が正当化され、戦争以外の解決の選択肢が排除され、「国民」を戦争に動員し、これに抗う者たちを犯罪化する、という一連の流れが形成される。こうしてウクライナ国内での人々の市民的自由の大幅制限も正当化されることになる。

最後にアジェンダは、ウクライナ国内の反戦運動や戦争忌避者への国際的にな関心が低いことを憂慮している。特にウクライナの軍事的な抵抗を支持する西側諸国の平和運動がウクライナ国内の反戦運動や平和運動いよるウクライナ政府批判にあまり大きな関心を持たず、平和構築に責任を負うべき様々なアクターが充分にその責任を果していないと批判している。とくにウクライナを支援する西側諸国では、政府だけでなく、NGOや様々な市民団体などが、明確に非戦の立場をとっていない場合が多くみられることへの批判が込められている。

このブログの最後に、シェリアジェンコが起訴される前に彼の自宅に対して行なわれた家宅捜索に対するシェリアジェンコ自身による報告を掲載した。家宅捜索は、明確な裁判所の令状に基くものかどうか不明のまま、ロシアに加担したことを容疑として行なわれたものだ。ウクライナ語からの機械翻訳(DeepL)に基づいており、正確性を欠くかもしれないが、大切な事柄でもあり、掲載した。

なお、シェリアジェンコへの訴追を取り下げるようにウクライナ政府に要請する国際的な要請運動が起きている。下記のサイトから署名ができる。(小倉利丸)

https://worldbeyondwar.org/tell-the-ukrainian-government-to-drop-prosecution-of-peace-activist-yurii-sheliazhenko/


ウクライナと世界のための平和アジェンダ

ヨーロッパ    

2022年9月21日、ウクライナ平和主義運動より

2022年9月21日国際平和デーの会合で採択されたウクライナ平和主義運動の声明。

私たちウクライナの平和主義者は、平和的手段によって戦争を終結させ、良心的兵役拒否の人権を守ることを要求し、努力する。

戦争ではなく、平和こそが人間生活の規範である。戦争は組織的な大量殺人である。私たちの神聖な義務は、殺してはならないということだ。今日、道徳的な羅針盤がいたるところで失われ、戦争と軍隊に対する自滅的な支持が増加しているとき、常識を維持し、非暴力的な生き方に忠実であり続け、平和を築き、平和を愛する人々を支援することが特に重要である。

ウクライナに対するロシアの侵略を非難した国連総会は、ロシアとウクライナの紛争の即時平和的解決を求め、紛争当事者は人権と国際人道法を尊重しなければならないと強調した。私たちはこの立場を共有する。

絶対的な勝利を得るまで戦争を続け、人権擁護者に対する批判を蔑ろにする現在の政策は容認できず、改めなければならない。必要なのは停戦であり、和平交渉であり、紛争双方が犯した悲劇的な過ちを正すための真剣な取り組みである。戦争の長期化は、破滅的で致命的な結果をもたらし、ウクライナだけでなく世界中で社会と環境の福祉を破壊し続けている。遅かれ早かれ、当事者は交渉のテーブルに着くだろうが、それが合理的な判断に基づいたものでないなら苦しみと弱体化という耐え難い重圧のなせる帰結であり、後者は外交的な道を選択することで回避すべきものだ。

平和と正義の側に立つ必要がある。自衛は、非暴力・非武装の方法で行うことができるし、またそうすべきである。いかなる残忍な政府も正統性がなく、領土の完全支配や征服という幻想的な目標のために人々を抑圧し、血を流すことを正当化するものは何もない。誰も、他人の悪行の犠牲者だと主張することで、自らの悪行に対する責任を逃れることはできない。いずれの当事者の誤った行為、さらには犯罪行為でさえも、交渉は不可能であり、自滅を含むいかなる代償を払っても敵は滅ぼさなければならないという、敵についての神話を作り上げることを正当化することはできない。平和への希求はすべての人の自然な欲求であり、その表明が神話上の敵との誤った結びつきを正当化することはできない。

ウクライナにおける良心的兵役拒否の人権は、戒厳令が敷かれている現状を見るまでもなく、平時でさえ国際基準に従って保障されていなかった。ウクライナ国家は、国連人権委員会の関連勧告や 一般市民の抗議に対して、恥ずべきことに数十年間も、そして現在も、まともな対応を避けている。この国は、市民的及び政治的権利に関する国際規約が述べているように、戦争やその他の公的緊急事態の時でさえ、この権利を剥奪することは出来ないにもかかわらず、ウクライナの軍隊は、普遍的に認められている良心的兵役拒否の権利を尊重することを拒否し、ウクライナ憲法の直接的な規定に従って、動員による強制的な兵役を代替的な非軍事的兵役に置き換えることさえ拒否している。このような人権を無視したスキャンダラスな行為は、法の支配の下にはあってはならない。

国家と社会は、ウクライナ国軍の専制主義と法的ニヒリズムに終止符を打たなければならない。このような専制主義は、戦争に従事することを拒否した場合の嫌がらせや刑事罰、民間人を強制的に兵士にする政策に現れており、そのために民間人は、たとえ危険から逃れるため、教育を受けるため、生活手段を見つけるため、職業的・創造的な自己実現のためなどの重要な必要性があったとしても、国内を自由に移動することも、海外に出ることもできない。

世界の政府と市民社会は、ウクライナとロシアの紛争、そしてNATO諸国とロシアと中国の間のより広い敵対関係の渦に巻き込まれ、戦争の惨劇の前にはなすすべもないように見えた。核兵器による地球上の全生命の破壊という脅威でさえ、狂気の軍拡競争に終止符を打つことはできなかった。地球上の平和を守る主要機関である国連の予算はわずか30億ドルであるのに対し、世界の軍事費はその何百倍も大きく、2兆ドルという途方もない額を超えている。大量の殺戮を組織化し、人々に殺人を強要するその傾向から、国民国家は非暴力的な民主的統治や、人々の生命と自由を守るという基本的な機能を果たすことができないことが証明されている。

私たちの見解では、ウクライナや世界における武力紛争の激化は、既存の経済、政治、法制度、教育、文化、市民社会、マスメディア、公人、指導者、科学者、知識人、専門家、親、教師、医学者、思想家、創造的・宗教的アクターが、国連総会で採択された「平和の文化に関する宣言と行動計画」にあるように、非暴力的な生き方の規範と価値を強化するという責務を十分に果たしていないことに起因している。平和構築の任務がないがしろにされている証拠に、終わらせなければならない古臭く危険な慣行がある。すなわち、軍事的愛国主義教育、強制的な兵役、体系的な平和教育の欠如、マスメディアにおける戦争のプロパガンダ、NGOによる戦争支援、一部の人権擁護者による平和への権利と良心的兵役拒否の権利を含めた人権の完全な実現を一貫して主張することへの消極的姿勢などである。私たちは、関係者に平和構築の義務を再認識させ、これらの義務の順守を断固として主張する。

私たちは、殺人を拒否する人権を擁護し、ウクライナ戦争と世界のすべての戦争を止め、地球上のすべての人々のために持続可能な平和と発展を確保することを、私たちの平和運動と世界のすべての平和運動の目標と考える。これらの目標を達成するために、私たちは戦争の悪と欺瞞についての真実を伝え、暴力を用いない、あるいは暴力を最小限に抑えた平和な生活についての実践的な知識を学び、教え、困っている人たち、特に戦争や不当な強制による軍隊支援や戦争参加の影響を受けている人たちを支援する。

戦争は人類に対する犯罪である。したがって、私たちはいかなる戦争も支持せず、戦争のあらゆる原因を取り除くために努力することを決意する。

https://worldbeyondwar.org/peace-agenda-for-ukraine-and-the-world/

人権侵害に対する異議および申し立て

今日03.08.2023の午前中、見知らぬ人々がFortechnyi Tupyk, ……にある私のアパートに押し入り始めた。私が彼らが誰なのか尋ねると、SBUだと言われた。彼らは自己紹介を拒否した。彼らは捜索令状を持っていると言ったが、それを読み上げることは拒否した。SBUではなく犯罪者だった場合に備えて警察にも電話したし、なぜか違法に名乗らない捜査官だった場合に備えてO・ヴェレミエンコ弁護士とS・ノヴィツカ弁護士にも電話した。また、見知らぬ番号から、警察の代表と名乗るが身元を明かさず、SBUの者と称して書類を確認し、ドアの前にいるとの電話を受けたが、SBUの者と称する人物の名前と階級を名乗らず、裁判所の命令書を読むことも拒んだので、本当に警察なのかと疑った。もし本当にSBUなら、弁護士が来るまで45分待ってほしいと頼んだが、彼らは待たず、自己紹介もせず、私がドアを開けられるように陳述書を読むこともせず、ドアを壊した。その後、彼らは弁護士の立会いなしに捜査(捜索)を開始し、私の携帯電話、オイクテルの番号……を強制的に取り上げた。これは、彼らが私のドアに押し入り、自己紹介をしなかったときに違法行為を記録するために使用したものである。

SBUのノヴァク調査官から、2023年7月5日付のペチェルスク地方裁判所の判決文の複写らしき文書を受け取った。そこには、ロシアの侵略を正当化する疑惑(侵略に対する非暴力的な抵抗を行使する際、私は常にこれに反対している、 私は平和主義者として、ロシアをはじめとするすべての軍隊を批判し、声高に非難しているが、ウクライナの刑法の関連条文に該当するような違法行為を行ったことはない。 п., を差し押さえることが許可された。

捜索中、ロシアの侵略を正当化する証拠や、私のその他の犯罪行為の証拠らしきものは何一つ発見されなかった。したがって、私はいかなる資料の押収にも反対する。発見されたいかなる資料や機材も、私が犯した犯罪の証拠とはならず、またなりえないものであり、これらの捜査行動中の私の権利侵害を考慮すれば、違法に入手されたものであり、証拠価値はない。

さらに、SBUのノヴァクO.S.調査官の証明書と同様の証明書を提示した人物の言葉から、私は、NGO「ウクライナ平和主義運動」の会議の決定によって承認された「ウクライナと世界のための平和的アジェンダ」と、この声明がウクライナ大統領府に送付された際のカバーレターを、「ロシアの侵略を正当化するもの」と捜査当局が不合理に見なしていることを知った。ノヴァク調査官はまた、この声明がロシアの侵略を正当化するとする専門家の意見があるとされているが、声明はロシアの侵略を非難しているのだから不合理であり、そのような意見が本当に存在するのであれば、それは無知であり、客観的現実と矛盾しているに違いなく、イデオロギーを理由に捏造された可能性があると述べた。平和主義に対するイデオロギー的憎悪を理由に捏造された可能性もあり、科学者としてはプロ失格である。したがって、このような結論の作成には、偽造、職権乱用、意図的な虚偽の専門家としての意見の兆候がある可能性が高い。一般的に、人権・平和運動の活動の犯罪性の疑いに関する捜査当局の立場を物語る判決から判断すると、この刑事手続きは違法、不法、政治的動機によるものであり、平和運動に対する弾圧の現れであると私は考える。私たちの組織は、国際平和ビューロー(1910年ノーベル賞受賞者)をはじめとする国際平和運動ネットワークのメンバーであり、その代表者は、ウクライナにおける平和運動が虚偽の誹謗中傷の口実のもとに迫害されていることについて説明を受けている。

以上を踏まえて

要求する:

私個人、NGO「ウクライナ平和主義運動」、平和運動全般の正当な人権活動を妨害することをやめること。平和主義者はあらゆる戦争のあらゆる側におり、プーチンのウクライナに対する犯罪的な軍国主義と残忍な侵略を含む、あらゆる人権侵害、戦争、軍国主義に対して、批判を含む非暴力的な抵抗を行っている。現在のSBUの行動の結果、私はロシアの侵略者だけでなく、ウクライナ国家の抑圧的な軍国主義マシーン、特に特殊部隊の犠牲者のように感じている。特殊部隊は、議会とウクライナ議会人権委員会の不備により、安全保障・防衛部門における民主的な文民統制の欠如のために、人権侵害に対して免罪符を得ている--ついでに言えば、私たちの組織の目標の1つであり、SBUによるこのような恥ずべき違法な抑圧が開始されている。

捜索中に私や他の誰かが違法行為を行った証拠は何一つ見つからなかったのだから、何も押収する必要はない。
私に刑事訴訟の資料、特にいわゆる鑑定書について知る機会を与え、法哲学博士としての専門的見地から私自身が研究・検討し、独立した専門家にこの文書を検討してもらうこと(もしその内容がノヴァク捜査官の言葉と一致するのであれば、この文書は非科学的であり、専門家による犯罪の証拠となるに違いない)。

Shelyazhenko Y.V.

https://worldbeyondwar.org/we-object-to-the-illegal-search-and-seizure-at-apartment-of-yurii-sheliazhenko-in-kyiv/

付記:2023/8/15 一部改訳