ロシアとウクライナ、良心的兵役拒否が機能していない!!

戦争状態になると、当然のように市民的自由の制約がまかり通ってしまう。それを、戦争だから、国家の緊急事態だから、という言い訳で容認する世論が後押しする。ロシアでもウクライナでもほぼ同じように、良心的兵役拒否の権利が事実上機能できない状態にある。両国とも良心的兵役拒否は法律上も明文化されている。また市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)18条の2「何人も、自ら選択する宗教又は信念を受け入れ又は有する自由を侵害するおそれのある強制を受けない」によって、宗教の教義で殺人を禁じている場合は、この教義に基づいて軍隊で武器を持つことや武力行使の幇助となるような行為を拒否できる。日本もロシアもウクライナも締約国だから、この条約を遵守する義務がある。さらに、この自由権規約で重要なことは、宗教の信仰だけでなく「信念」もまた兵役拒否の正当な理由として認められている点だ。

しかし、実際には、ロシアもウクライナも良心的兵役拒否の権利が機能していない。現在、ロシアとウクライナでは兵役拒否の実態がどのようになっているのかについて、下記に二つの記事を翻訳して紹介した。いずれもForum18.org という自由権規約18条の思想、良心及び宗教の自由についての権利を守る活動に取り組むノルウェーに本部がある団体のレポートだ。

ロシア:動員中の代替役務に関する法的規定がない

ウクライナ:ヴィタリィ・アレクセンコに対するすべての告発を直ちに取り下げよ

それぞれの国の具体的な状況については、このレポートを是非読んでほしいのだが、少しだけ書いておく。別のブログでも言及したことだが、ロシアにおける兵役拒否あるいは徴兵や軍への動員を忌避して民間での仕事に振り替える権利は、不当に狭められ、正当な権利行使を違法行為として訴追されるケースがある一方で、人権団体や弁護士の活動で兵役拒否の正当性を裁判所に認めさせることができたケースもあり、法的な権利が大きく侵害されながらも、むしろ権力による人権侵害に対してはっきりと闘う姿勢をとる人達がいることで、権利の完全な壊死を免れている。ウクライナでは、正義の戦争にもかかわらず、この戦争を遂行する国内の動員体制や戦争協力を拒否する人達への締め付けは厳しく、正義が危機に瀕している状況だ。上の記事にあるアレクセンコは、良心的兵役拒否を申立てたが、認められず、有罪となった。ロシア侵略以降ウクライナの裁判で有罪判決を受けたのは彼で5人目だが、初めて実刑1年の判決が下された。兵役拒否裁判では執行猶予がついていたが、アレクセンコはそうならなかった。兵役拒否の問題は、自分の思想・信条を捜査官や裁判官が信じるかどうかにある、ともいわれている。単に、「殺したくない」とか「軍隊は嫌だ」ということでは理由にならない、とされてしまっている。しかし、わたしは、そもそも国家の命令で「殺す」という行為そのものが不条理である以上、単純に「殺したくない」という(信条というよりも)心情のレベルでの忌避感情であっても十分兵役拒否の理由として認めらるべきだ、と考えている。

自由権規約は国家の緊急事態、つまり戦争のような場合に、4条1稿で個人の自由権を一定程度制約することを認めている。

国民の生存を脅かす公の緊急事態の場合においてその緊急事態の存在が公式に宣言されているときは、この規約の締約国は、事態の緊急性が真に必要とする限度において、この規約に基づく義務に違反する措置をとることができる。ただし、その措置は、当該締約国が国際法に基づき負う他の義務に抵触してはならず、また、人種、皮膚の色、性、言語、宗教又は社会的出身のみを理由とする差別を含んではならない。

しかし、この国家による自由権規約に対する義務違反を認める条文は、第2項で18条には適用できないと定められているので、良心的兵役拒否の権利は例外なく常に国家がその義務として保障しなければならない。

ロシアでは、姑息な手段を使って、兵役拒否や代替役務の権利を認めない扱いが横行しているようだ。兵役拒否は、徴兵制に対応した制度であるというのがロシア政府の解釈だそうで、徴兵制とは別の動員体制の場合には兵役拒否の権利は適用できない、というのだ。実はウクライナも似たり寄ったりで、戒厳令と動員の法体系の条件下で、期限付き兵役への徴兵がないために、代替(非軍事)役務の憲法上の権利の実施は、適用されないという。上のレポートにあるように、このような法解釈などをめぐっても闘いが続いている。

社会の大半の人々が兵役拒否あるいは戦争への動員を拒否すれば戦争は遂行できない。人々の多数の意思が非戦であるなら、好戦的な政権を選挙で選ぶはずがないだろう(選挙のトリックは別にして)。だから、問題の根源にあるのは、むしろ政権の戦争指向を明確に否定する声の存在が希薄であり、戦争を拒否する人達が社会のなかの少数として様々な圧力に晒されて、戦争への同調を強制されるなかで、自由に自分の信条を表明できない状態がつくられてしまうことだ。

日本には、軍隊が存在しないという建前のために、良心的兵役拒否を明文化した憲法も法律も存在しない。しかし「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」(19 条)「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する」(20条)があり、これらが殺さない権利のとりあえずの根拠にはなる。

また、一般に、軍隊や国家の戦力保有、あるいは自衛力の保持と個人の殺さない権利とは別とみなされるかもしれないが、国家が軍隊をもつことは、主権者としての私の良心や信仰の自由への侵害でもあるという観点は、重要だろう。

戦後の日本では良心的兵役拒否は遠い世界の議論のように感じられるかもしれないが、むしろ、きちんとした議論が今ほど必要になっている時はないのでは、とも思う。

「いかなる場合であれ武器はとらない」のは何故なのか

ロシアの侵略に対するウクライナによる武装抵抗をめぐって、左翼や反戦平和運動のなかに様々な立場や考え方の対立がある。私は、「いかなる場合であれ武器はとらない」という立場なので、ウクライナの武装抵抗あるいはロシア軍への武力による反撃を支持する人達からはこれまでも何度か批判されてきた。私なりに批判の内容を了解したつもりだが、残念ながら、だからといって私の考えを変えるということにはなっていない。

他方で、私の立場についても、ブログで書いたり、あちこちのメーリングリストに投稿したりして、お読みいただいている方は承知されていると思う。しかし、私の考え方も多くの皆さんの納得を得られていているとは判断していない。つまり、私はまだ、十分に納得を得られるような議論を展開することができていない、という自覚がある。だから、少なくとも、私がすべきことは、私とは異なる意見の人達をやりこめたり、一方的になじるような詰問を投げかけることではなく、自分の言葉がなぜ届かないのかということについて反省しつつ、自分の考えをよりきちんと述べる努力をすることだろうと思う。メーリングリストでの意見の対立はよくあることだが、意見の違いが解消することはまずない、というのが私のこれまでの経験だ。お互いの意見を知り、違いがあることがわかれば、それで十分メーリングリストの役割は果たせていると思う。いずれ場合によっては、熟考したりいろいろな人と議論したり、状況が変化する中で、自分の思い到らないことに気づいて見解を変えることもありえるだろう。なじられたり罵倒されて考えが変わることはまずない。

(注)わたしはブログで「いかなる理由があろうとも武器はとらない」と書きました。

「いかなる理由があろうとも武器はとらない」という立場は原則的な立場なので、ロシアの侵略戦争についても例外ではないということになる。だから、私のような主張は、結果として、ウクライナの武装抵抗を批判することになるので、武装抵抗を支持する人達にとっては許しがたい主張だということになる。なぜ私が武力を手段とすべきではない、と考えるのかをより突っ込んで説明しないと、たぶん同じ主張と批判の繰り返しにしかならない。今直ちに、説明できる余裕はないが、ロシアとウクライナに関連して私が重要だと感じていることをもう少し書いておきたい。

私は、基本的に、ウクライナで暮す人であれロシアで暮す人であれ、自らの意思に反して兵士として強制的に動員されないこと、戦争関連の労働を強制されないこと、戦場からの避難の権利が保障されること、つまり戦争によって国家間の問題を解決することに自分の命を賭けるつもりのない人たちの権利が尊重されるべきだ、と考えている。とりわけ明確に戦争に反対する主張をし、行動する人達の表現の自由は、権利として保障されるべきだ。私が注目するのはこうした人々になるが、どちらの国の政府にもこうした立場をとる人達へのリスペクトがなく、戦争する国では例外なく、こうした国家の戦争行為に背を向ける人々が様々な抑圧や時には命を奪われたり暴力の被害にあう事態がみられる。国家であれ何らかの集団であれ、軍事的な組織行動をとるときには、戦争を拒否する権利の保障がないがしろにされるのは、あってはならない市民的権利の侵害だと私は考えている。

今回のロシアとウクライナの戦争に関連していえば、

  • 兵士、戦闘員としての強制的な動員や事実上の道徳的倫理的な圧力による動員の体制がどちらの国にもあり、これは良心的兵役拒否国内法にも国際法にも反していると思う。
  • ロシアでは兵役、徴兵を忌避できても、懲罰的な代替労働や戦争に協力する銃後の労働に動員されることがあり、これも本人の自由意志に反している場合がある。
  • ロシアでもウクライナでも戦場からの離脱の自由が権利として保障されていない。部隊からの離脱は一般に「脱走兵」扱いで犯罪化される。兵士を辞める自由は重要な市民的自由の権利であり、会社を辞める権利と同様保障されなければならないと思う。
  • 学校や右翼団体の活動で軍事訓練戦争を賛美する教育や戦争を支える活動が行なわれているのは、子どもの権利の侵害だと思う。
  • どちらの国にも表現の自由を保障する憲法の枠組があるが、これが事実上機能していない。とくにロシアでは、軍へのちょっとした批判も許容されない厳しい言論弾圧体制がある。
  • ウクライナでは成人男性が国外に脱出できない状況は、私にとっては容認できない事態だ。
  • ロシアでは、高齢者や病気を抱えている人たちにさえ強制的に動員される事態になっている。
  • どちらの国でも、相手国に関連する言語や文化への不寛容が制度化され、著しく自由な表現への規制がみられる。
  • ウクライナでは政府に反対する政治活動や労働運動への規制が厳くなっている

ウクライナでもロシアでも、戦争に背を向ける人たちがおり、だから国内には戦争に関して相反する考え方をもつ人達がおり、こうした違いを棚上げにして、「ウクライナ人」「ロシア人」というような括りかたで論じることはできないと思う。自分が「日本人」として一括りにされてしまうことに違和感があるからかもしれない。

上に挙げたことは、一般的にいえば、国家安全保障領域においては人権が例外的に制約されてもいい、という考え方を国家がとっており、これを一般の人々もいつのまにか共有してしまっている、という問題だ。国家安全保障を別格扱いにする考え方は日本でも明白にある。軍隊は、企業以上に人権とはあいいれない組織であり、その行動や意思決定もまた人権とはあいいれない。力の行使は、軍隊であれDVを引き起こす家族制度であれ、刑務所であれ、みな同じように基本的人権とは矛盾する組織原理をとらないと、力での統制は見込めない。力=暴力とはそのような本質をもつものだと思うので、力による問題の解決は選択肢にはならない、と思う。

他方で、国家安全保障が突出している戦争体制でも、人々は唯唯諾諾として従属しているばかりではないし、抵抗とは武力の行使だというわけでもない。むしろ不服従や非協力、力の行使であっても、それは人を殺害する目的を伴わない行為の方が圧倒的に多い。ウクライナの状況はあまりよくわかっていないのでロシアについて例示する。

  • ロシアは、兵役忌避のための手続きなどで人権団体が精力的に支援をしており、忌避に必要なノウハウがネットで共有されているのは心強い。
  • ロシアはプーチンの独裁のような印象がありますが、徴兵など軍事動員については様々な法制度があり、動員しやすいように法改正を目論む政府ですが、国会では必ずしも政府の思惑通りに法案が通過しているわけではないようだ。
  • ロシアでは裁判で徴兵忌避や軍からの離脱が認められるケースがあり、一定程度の司法の機能が効いている場面もあるようだ。これも人権弁護士などの団体による努力が大きいように思う。
  • ロシア国内の情報統制は完璧ではないので若者たちは、政府寄りの情報だけでなく、かなり様々な情報に接することができており、ゲリラ的な抗議行動が続いている。

私は、ウクライナの情勢を、日本が今直面しているかなり危機的な「戦争」を扇動するような状況と重ねあわせて考えるべきだと思うが、他方で、ウクライナによる武力による反撃を支持することと日本の自衛のための武力行使の議論とは切り離して論じるべきだ、という意見があることも承知している。その上で以下のように考えている。

日本の反戦平和運動が、ウクライナの状況を経験するなかで、9条護憲を掲げてきた人達のなかにも、敵基地攻撃は憲法の枠を越えていて容認できないが、専守防衛としての自衛隊は必要ではないか、という意見をとる人達が増えているように感じている。

私は専守防衛という議論は、軍事論として成り立たないと考えている。防衛白書では「専守防衛とは、相手から武力攻撃を受けたときにはじめて防衛力を行使し、その態様も自衛のための必要最小限にとどめ、また、保持する防衛力も自衛のための必要最小限のものに限るなど、憲法の精神に則った受動的な防衛戦略の姿勢をいう」と定義している。攻められたときに最小限度の攻撃だけを行なう戦争で勝つことはほぼありえない。だから、自衛隊は肥大化してきた。専守防衛とか必要最小限などの言葉に平和や戦争放棄の可能性を期待すべきことは何もない。こうした言葉に惑わされるべきではない。だから、軍隊をもつか、もたないか、という二者択一の問題として考える必要があり、はっきりと軍隊は不要であると主張しないといけない。

いちばん問題なのは、軍事力を背景とした外交は、武力による解決を最後の手段だと前提しての交渉になるので、非武装の外交とは全く次元が異なるということを理解することだと思う。力による解決という選択肢がないばあい、解決は「対話」による以外にないので、「対話」がもつ問題解決の能力が問われる一方で、武力によらない解決の可能性がずっと大きくなる。こうした異次元の外交を日本が戦後やってきたことはない。外交のコンセプトがそもそも武力を背景としたものしかもっていなかったために、結果として、岸田のような力による脅しの外交しかできなくなるのだと思う。

だから、自衛隊も米軍も排除することが日本にとって必須だと思うが、同時に、どこの国の軍隊も、そしてまた傭兵や軍事請け負い会社もすべて廃止すべきだが、これがグローバルな反戦平和運動の共通の了解事項にまでなっていないのが現実ではないかと思う。

最後に、私は死刑廃止論者だ。欧米諸国の多くが死刑を廃止しているが、なぜか軍隊は廃止していない。死刑は廃止されてもなぜ国家の命令による殺人行為としての軍事行動の廃止が大きな声にならないのだろうか。ここに、たぶん、近代国家がかかえる本質的な矛盾があるように思う。ついでにいえばBlack Lives Matterをきっかけに警察廃止の主張をよく目にするようになったが、やはり軍隊の廃止という主張には繋っていないように思う。

このほか本当は書きたいこと(戦争とPTSDのこと、領土と近代国家のこと、ナショナリズムのこと、非暴力不服従のことなどなど)がいくつかあるが、別の機会にしたい。

ロシアの反戦運動2023年に入っても活発に展開されている(ビジュアル・プロテスト)

ロシアの反戦運動は、さまざまな不服従運動が小グループに分かれながら、したたかに繰り広げられている。以下は、「ビジブル・プロテスト」として、屋外や公共空間、店舗などで展開されている抗議の行動で、2023年になってhttps://t.me/nowarmetro に投稿されたものからいくつかを紹介します。こうした行動の担い手は、分散的だが、抗議に必要なノウハウ(ステッカーやグラフィティの方法、印刷の方法などから弾圧対策まで)についてはかなりしっかりとしたアンダーグラウンドの基盤があるように思います。これは、帝政からソ連時代、そして現在のロシアまで長い年月をつうじて受け継がれてきた民衆の「地下」活動の文化なしには成り立たないようにも思います。一人一人の行動のキャパシティが大きく、それを支える人的ネットワークや人権団体による弾圧への対処は日本よりずっと厚いと思います。日本は街頭の規制が極めて厳しく、ステッカーやグラフィティなどを政治目的で利用する文化がこの半世紀近く途絶えてしまった。戦争になったとき、私たちはこれだけの抗議を中央でも地方でも展開できるだろうか。

ベルゴロドやブリャンスクでも抗議!?

ボロネジ、プーチンと戦争に反対するキャンペーンを積極的に行っている

モスクワでは、反戦銀行券や緑のリボンが盛んに配布されている
エカテリンブルクの街には、反戦を訴えるグラフィティが随所に。
モスクワで。
クラスノヤルスクでも抗議は続いている!
サンクトペテルブルでも抗議は収まらない!
サンクトペテルブルクで
スィフティグカルでの抗議
サマラで反戦グラフィティが活発に
反戦モスクワ
サラトフは反戦グラフィティを精力的に展開している!
サンクトペテルブルクでは、リーフレットを配布し、独立系メディアへのリンクを共有

以下は https://t.me/nowarmetro/12869 から。

ビジブル・プロテストの10ヶ月間。私たちは、目に見えるアジテーションの統計を共有し、戦争と動員について情報を提供し続けることをお願いします。

今日は、私たちのストリートキャンペーンプロジェクト「Visible Protest」の新しい統計データを紹介することにしました。 (https://t.me/nowarmetro)本当に感動的!

戦争、動員、独裁政治に反対する声を上げている皆さんに感謝します。戦争や残忍な弾圧の時代にあっても、あなた方は本当に勇敢な人たちです。なぜなら、私たちの国に実際に何が起こっているのかについて、恐れずに抗議し、他の人たちに知らせることができているからです。

何千人ものロシア人がすでに戦争に反対する声を上げています。彼らと一緒に大衆的な反戦の姿勢を示そう! また、ビジュアルキャンペーンの配布は、最も効果的で安全な抗議の表現方法の一つです。

私たちのガイド(https://vesna.democrat/2022/03/18/kak-sdelat-protest-zametnee-polnyj-g/4)[日本語、ただし若干内容が違います]を読んで配布し、キャンペーンに参加し、あなたの家族や友人に、戦争、動員、当局の犯罪行為についての真実を伝えてください。そして、キャンペーンの方法をソーシャルネットワークで共有しましょう

選挙運動はしましたか?あなたの街を写した写真をボットに送信してください(完全に匿名で、写真のメタデータも消去されます)。@picket_against_war_bot

ウクライナ防衛コンタクトグループの会合を目前にして。あらためてG7も軍隊もいらない、と言いたい。

メディアでも報道されているが、20日からドイツのラムシュタイン米空軍基地でウクライナ防衛コンタクトグループ(NATOが中心となり、米国が議長をつとめてきたと思う)の会議がある。50ヶ国が参加すると米国防省が発表している。当然日本も参加することになるだろう。

これまでに、日本は防衛大臣や防衛省幹部が出席しており、事実上NATOに同伴するような態度をとっているので、とくに20日からの会議には、日本が安保・防衛3文書と軍事予算増額という方針を――国会での議論がないままに――既定の事実とみなし、かつ、G7議長国+安保非常任理理事国として参加するので、参加の意味はこれまでとは違って、とても重要なものになる。

この間のG7諸国のウクライナへの軍事支援は異例なことづくめだ。 英国が自国の主力戦車「チャレンジャー2」14台を提供したことはかなり報じられているが、それだけでなく、戦車は「AS90自走砲、ブルドッグ装甲車、弾薬、誘導多連装ロケットシステム、スターストリーク防空システム、中距離防空ミサイルなどの大規模な軍事援助パッケージの一部」である。(VOA報道 ) ドイツも主力戦車「レオパルド2」戦車、マーダー装甲兵員輸送車、パトリオット防空ミサイル砲台、榴弾砲、対空砲、アイリスT地対空ミサイルを提供。[日本報道では、戦車の提供については、保留と報じている。そのほかの武器については不明、21日加筆]ドイツの戦車提供は、ポーランドやフィンランドからの圧力があり、また武器供与に関しては、緑の党が極めて積極的な姿勢をみせている。 欧州連合(EU)理事会のシャルル・ミシェル議長も戦車提供を支持している。戦車提供の是非が議論になっていたが、英国が掟破りをしたことがきっかけで、戦車提供のハードルが一気に下がった。ウクライナは春までに戦車を数百台規模で必要としているといわれている。(上記VOA)

肝心の米国は、ニューヨークタイムスの報道では、かなり姑息で、中東での紛争に備えてイスラエルに供与した30万発をポーランド経由で提供されると報じられている。また、韓国にある米軍の備蓄もウクライナに送られているようだ。戦闘が膠着状態にあるなかで、ウクライナもロシアも砲弾不足とみられている。タイムズは「米欧の当局者によると、ウクライナ軍は月に約9万発の砲弾を使用しているが、これは米国と欧州諸国を合わせた製造量の約2倍に相当する。残りは、既存の備蓄や商業販売など、他の供給源から調達しなければならない。」と報じている。春までに供給を確保できるかどうかが勝敗の鍵を握るという専門家の話も紹介されている。 こうした報道では、砲弾の消費とは人の命の「消費」でもあり、どちらがより多くの人命を奪えるかが勝敗を決める、と言っているに等しい。しかし、あといったい何人が戦争で殺し・殺されなければならないのか、といった話はでてこない。むしろ、ロシアを凌駕する武器、弾薬の供給の必要、という話ばかりだ。

20日のドイツでの会議では、こうした武器弾薬の供給についての具体的な話になると思われ、そうなれば、日本は何も提供しない、などということは言えないということになるだろう。昨年から一貫して続いているNATOやウクライナからの武器供与の圧力を政府は見すえて、安保・防衛戦略と予算見直しをしているので、ウクライナの問題が重要な意味をもっている。それに加えて東アジアの「危機」キャンペーンで世論の不安を煽る。昨年、岸田は初めてNATOの首脳会議い出席する。また、日本は2014年からNATOのパートナーシップ相互運用性イニシアティブに関与してきているし、人的交流もある。日本がNATOとの関係をより具体的に緊密化するだけでなくアジア最初のNATO加盟国にすらなりかねない勢いとも感じる。

20日の会議がドイツで開催されるのは、米国の思惑として、NATOへのドイツの関与をより一層強固なものにしたい、ということもあるかもしれない。ドイツはもはや、かつての第二次世界大戦のホロコーストと戦争を反省したドイツではない。ウクライナへのロシアによる「ホロコースト」を許さないためには戦争も辞さない、というように世論も政党も、その態度が変化しており、これが平和運動の一部にも受け入れられてしまっている。スティーブン・ミルダーは、戦後ドイツの平和運動の変質を扱ったエッセイ「ウクライナと蝕まれる平和主義」(Boston Review)でこのことを指摘している。 ミルダーの指摘が正しいとすると、日本は、繰り返し朝鮮民主主義共和国による核の脅威や中国による軍事的な覇権といった危機の扇動を人々の心理に刷り込むことを通じて、核の脅威を抑えるためには(自衛のための)戦争以外の選択肢はない、だから戦争はやむなし、という世論を構築してきた。岸田が口にする「非核」は、核の脅威を口実とした平和の軍事化にほかならない。武力による反撃や先制攻撃を正当化するために、もっぱらロシア、中国、朝鮮の核の脅威が利用され、核抑止力の論理は、むしろ、通常兵器による際限のない殺し合い――核さえ使わなければいくら殺し合ってもいいだろう、というモラルハザード――を加速化してしまい、ここに日本も自ら積極的に加担しうるための理論武装をしてきた。こうして平和運動のなかですら非武装や自衛隊違憲論は少数派となり――わたしはこの少数派だが――「侵略されたら、攻撃されたら、核の先制攻撃をされたら、それでも非武装でいいのか」という脅しの前に、「それでも非武装であることがベストだ」という当然の答えを出せずに、武力による平和という欺瞞に屈服してしまった。

今年は広島でG7開催になるが、日本とG7との関わりは、同時にNATOとの関わりでもあり、安保・防衛3文書と軍事予算問題は、こうした国際関係の観点を抜きにはできない極めて大切な問題だと思う。20日の会議には注目したい。G7から芋蔓式にNATOへの関与や武力による解決へと引き込まれている現実をみたとき、私たちがとるべき主張は、G7の解体はもとより、外国であれ自国であれ軍隊を廃止すること、という当然の主張を何度でも繰り返す必要がある。

(Brandalism)トヨタの欧州全域のビルボードキャンペーンをハッキングし、誤解を招く広告と反温暖化ロビー活動で非難を浴びる

(訳者前書き) トヨタが気候変動の元凶としてのガソリン車メーカーだとしても、自動車メーカーであればどこであれどっちもどっちなんじゃないか、と軽くみているのが多分日本の大方の理解なのかもしれない。しかし、ヨーロッパでの理解は全く違う。ここに訳出したのはBrandalismというアートタクティビストのサイトの記事(体裁は記者発表)だが、この記事をみると、Toyotaは自動車メーカーで最低(最悪)の評価をもらっていることがわかる。ヨーロッパや国連ではガソリン車の広告規制すら議論されているというのに、日本ではこうした議論はほとんど聞かれない。

野外広告(ビルボード)のハッキング(勝手に書き変える)の歴史は長い。日本では、こうした行動への刑事罰が厳しいだけでなく、そもそもこうしたアクションの是非を論じる余地すらほとんどない。しかし、実は、公共空間を特定の私企業が営利目的で長期にわたって占有することは公共空間の公共性の趣旨と整合するのか、という議論があり、営利目的占有よりも公共性の高い政治的な表現が優位にたつ、という考え方もありうるのだ。実は、日本でも、憲法では公共の福祉とかの条件なしで「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」(21条)とあるのに、これを公共の福祉との兼ね合いで解釈しようとする。他方で財産権もまた29条で保護されている。では、公共空間において、表現の自由(トヨタの広告を書き変える)と企業の財産権(トヨタの広告)のどちらを優先させるべきなのかは、実は自明ではない。このことはグラフィティや路上のパフォーマンスからデモや集会まで、ストリートの表現全てに関わる問題だ。私は、今回のアクションは、広告そのものに内在する一方的な企業の主張への抗議の表現としてありえると思っている。金で空間を買える企業と、そうした余地のない庶民との間にある公共空間へのアクセスの不平等の問題が私たちの世界観や価値観に対して無意識のうちにある種の偏りをもたらしている、ということをこうした表現を通じて気づかされることも少くない。(小倉利丸)

2023年1月16日

  • Subvertisers’ International、Brandalism、Extinction Rebellionの活動家が、ヨーロッパ全土に400以上のパロディ広告看板を設置する。
  • この活動は、トヨタとBMWによる誤解を招く広告や気候政策に対する積極的なロビー活動をターゲットにしている。
  • 活動家たちは、国際的な機運が高まる中、大型SUV車など環境に有害な製品に対する「たばこ式」の広告禁止を導入するよう各国政府に呼びかけている。

ブリュッセルで開催される欧州自動車ショーが100周年を迎える今週末、ベルギー、フランス、ドイツ、イギリスの400以上の広告看板やバス停が気候変動活動家によって占拠され、トヨタとBMWに呼びかけが行われた。

ヨーロッパ各地で乗っ取られた看板は、トヨタとBMWが使用している誤解を招く広告や攻撃的なロビー活動戦術を強調している。2022年、トヨタは、InfluenceMapによって、反気候のロビー活動に関して、自動車メーカーとしては最悪のランキングである世界第10位に選ばれ、これに続いて、BMWが総合第16位にランクさ れた。[1]

トヨタとBMWの広告は電気自動車(EV)のラインナップを強調しているにもかかわらず、両メーカーは依然として汚染を引き起こす内燃機関自動車の販売に多大な投資をしている。[2] 2021年、トヨタが販売した車のうち、EVはわずか0.2%だった]。[3]

Subvertisers International、Brandalism、Extinction Rebellionの気候活動家によって設置されたビルボードは、ロンドン、ベルリン、シュトゥットガルト、パリ、ナント、ブリュッセル、ゲント、ブリストル、ダービー、グラスゴー、ノリッジ、ブライトン、エクセター、リーディングのバス停、広告板、地下鉄広告スペースなどに表示されている。活動家たちはこの行動を通じて、環境に危害を与える製品の広告を規制し、大規模な汚染者による誤解を招くようなグリーン・クレームを防止するため、政府に対してより強固な政策を要求している。

(c)SimonBeavis

化石燃料車やSUVなど、気候を破壊する製品について、タバコのような広告禁止令を導入しようという国際的な機運が高まる中、ヨーロッパ全域でこの行動が起こされている。市町村、さらには国全体が、環境への影響を理由に広告の禁止を導入している。一方で、国連のハイレベル専門家グループによる最近の報告書は、誤解を招く環境に関する主張を避け、ロビー活動を制限するために、企業がネットゼロを達成できるように、自発的措置ではなく規制要件を導入することを求めている[4]。

ヨーロッパ中に貼られたポスターは、Lindsay Grime, Michelle Tylicki, Merny Wernz, Fokawolf, Matt Bonner, Darren Cullenといったアーティストによってデザインされている。彼らは、トヨタ自動車のランドクルーザーやBMWのX5やX7など、高汚染車やBMWの車両を描いている。ある作品では、トヨタのランドクルーザーが、乳母車に乗った歩行者、子ども、自転車が殺到する都会の道路を走り抜ける様子が描かれている。また、最近ブリュッセル・ミディ駅で見かけたものでは、「Add Driving Pleasure」と書かれた本物のBMWの広告のパロディとして、「Add Climate Breakdown」と書かれた偽物のBMW広告もある。

ブリュッセル・ミディ駅で目撃されたBMWの広告(2022年12月)

Brandalismの広報担当者であるTona Merrimanは、次のように述べている。

「トヨタは “Beyond Zero” 持続可能性広告を押し進める一方で、世界中の政府に働きかけて大気保全計画を緩和させ、生存可能な気候よりも自分たちの利益を守るために法的措置を取ると脅しています。トヨタの広告はまやかしです」

英国では、2030年までにガソリン車とディーゼル車、2035年までにハイブリッド車の販売が禁止されるのを前に、キャンペーンに参加している活動家は、最も汚染度の高い車、特にSUVの広告を直ちに中止するよう求めている。Adfree Cities(英国)、Badvertising(英国)、Résistance à l’Agression Publicitaire(フランス)、Climáximo(ポルトガル)、Greenpeace International、その他35の団体からなるキャンペーン担当者は、高炭素製品の広告を廃止するためにタバコのような法律が必要であると訴えている。

また、Tona Merrimanは次のように述べている。

「トヨタとBMWは、巧みなマーケティングキャンペーンで、都市部の居住空間を塞ぐような大きすぎるSUVを宣伝しています。電気自動車のSUVは、ほとんどの駐車スペースには大きすぎるし、その高いバンパーサイズと過剰な重量は、歩行者、特に子どもたちが道路で事故に巻き込まれるリスクを高めています」
ブリュッセルに設置されたパロディBMWのサブヴァート、2023年1月

[1] https://influencemap.org/report/Corporate-Climate-Policy-Footprint-2022-20196

[2] トヨタの広告エージェンシーはThe&Partnership https://theandpartnership.com 、電通はBMWの広告エージェンシーの一つである https://www.dentsu.com/nl/en

[3] https://thedriven.io/2022/09/09/toyota-ranks-last-in-global-green-car-report-accused-of-anti-climate-lobbying/

[4] 国連、2022年、「Integrity Matters: 企業、金融機関、都市、地域によるネット・ゼロ・コミットメント」、「非国家主体によるネット・ゼロ・エミッションのコミットメントに関する国連ハイレベル専門家会合」、https://www.un.org/sites/un2.un.org/files/high-level_expert_group_n7b.pdf

Brandalismは、大企業とその広報広告の力に立ち向かうアーティストと活動家の国際的な集団である。彼らは「サブバーティシング」(広告を破壊する芸術)を用いて、大手汚染企業によるグリーンウォッシュ に対抗している。http://brandalism.ch/

Subvertisers’ International は、ヨーロッパ、米国、アルゼンチン、オーストラリ アの反広告グループのネットワークです。https://subvertisers-international.net/about/members/

Extinction Rebellion (XR) 非暴力直接行動を用いて、気候および生態系の緊急事態に 対して行動するよう政府を説得する国際的な運動です。https://www.extinctionrebellion.be/en

出典:http://brandalism.ch/projects/toyota-bmw-greenwash/

(Boston Review)ウクライナと蝕まれる平和主義

(訳者前書き) ここに訳出したのは、戦後ドイツの平和運動がウクライナの戦争のなかで直面している、平和主義そのものの危機、つまり、武力による平和の実現への屈服の歴史を概観したもので、日本の現在の平和運動が陥いっている矛盾や課題と主要な点で深く重なりあう。その意味でとても示唆的な論文だ。

ドイツは戦後ヨーロッパの平和運動の重要な担い手だった。ナチスによるホロコーストという戦争犯罪への反省から、二度とホロコーストを引き起こさないという誓いとともに、二度と戦争を引き起こさない、「武器によらない平和」という考え方を支えてきた。自らの加害責任を明確にすることから戦後のドイツの平和への道が拓かれる。これは、日本が戦争責任、加害責任を一貫して曖昧にしてきたのとは対照的な姿だと受けとめられてきた。一方で、ドイツは日本のような戦争放棄の憲法を持つことなく、軍隊を維持し、NATOにも加盟してきた。とはいえ、ドイツの民衆は米軍やNATOによる軍拡や核兵器反対運動の重要な担い手であり、それが、ドイツの議会内左翼や緑の党を一時期特徴づけてもいた。しかし、日本同様、ドイツもまた、ポスト冷戦期に、戦後の平和主義そのものが左翼のなかで事実上崩壊する。ただし、特徴的なことは、ホロコーストは二度と起こさない、という誓いが、ホロコーストを招来するような武力紛争い対しては、武力によって介入することも厭わない、というようになり、それが、コソボからウクライナへと継承されるとともに、国連の対応にも本質的な変化が生まれてくることを著者は指摘する。このあたりの著者の記述は、私たちにとっても重要だし、示唆的でもある。

決定的に軍拡に前のめりになったのがウクライナの戦争においてだった。以下でスティーブン・ミルダーが述べている平和主義が壊死するに到る経緯は、ある意味で、日本の護憲主義が絶対平和主義や非武装中立の理念を放棄して、9条護憲といいながら専守防衛と自衛隊合憲を当然の前提にするという欺瞞に陥いった経緯と多くの点で重なりあう。緑の党が平和主義を放棄して積極的な武力介入へと変質する経緯も他人事とはいえない。ウクライナへの軍事支援や武力抵抗の是非をめぐって日本の左翼のなかにも考え方の対立がある。同様のの対立がドイツでも起きている状況をみると、今日本で起きている軍拡と平和主義の解体的な危機の問題は、日本だけの問題ではなく、ある種の普遍的な問題でもあるということに気づかされる。私は、いかなる場合であれ、武器をとることは選択すべきではない、という立場だが、このような立場が日を重ねるごとに無力化される現実に直面するなかで、平和主義者が国家にも資本にも幻想を抱くことなく、国家と資本から解放された未来の社会の実現を暴力に依拠しないで実現するための構想ができていただろうか、ということをあらためて考えなければならないと感じている。平和主義(これは議会主義と同じ意味ではない)の敗北の歩みは、平和主義の破綻ではなく、そのパラダイム転換が求められていることを示している、と思う。(小倉利丸)

A mass peace demonstration in Bonn, Germany, on June 10, 1982, on the occasion of a NATO summit. Image: Wikipedia

ドイツの指導者たちは、戦争に対応して国防費を大幅に増やし、第二次世界大戦後に生まれた平和主義の文化との決定的な決別を示し、軍縮の大義に大きな打撃を与えている。

スティーブン・ミルダー
ヨーロッパ, グローバル・ジャスティス, 軍国主義, ウクライナ, 戦争と国家安全保障

    2023年1月11日

11カ月前、ロシアがウクライナに侵攻した日、Alfons Mais中将は自身のLinkedInアカウントにこう書き込んだ。「私が率いる連邦軍は、多かれ少なかれ破たんしている」「(NATO)同盟を支援するために政府に提示できる選択肢は、極めて限られている」と彼は書いた

ドイツの装備の悪い軍隊は、戦争を拒否するドイツの誇らしい象徴というよりは、西ヨーロッパが自らを守ることができないことの兆しと受け止められているのだ。

報道では、マイスの悲観的な見方は事実に基づくものだ。ドイツ連邦軍はNATOのアフガニスタン長期作戦に参加し、現在もドイツの兵士は国連平和維持活動の一環としてマリに派遣されているが、ロシアのような核保有国に対抗するには明らかに力不足だった。昨年2月現在、ドイツ連邦軍は40台の最新型戦車しか保有しておらず、ヘリコプターの約6割が戦闘不能とされている。一方、海軍は、新たな任務を担うことはおろか、以前から計画していた作戦を遂行するのに十分な艦船があることも確認されていない

これらの統計は、米国の莫大な国防費や軍事力とは対照的であり、ドイツが1945年以来数十年の間、攻撃的な軍国主義から平和主義的な抑制へと転じたことの証拠である。戦場で大国と対峙するつもりのない軍隊に、戦車やヘリコプターは何の役に立つのだろうか。しかし、ウクライナで戦争が勃発すると、不手際で装備の整わない連邦軍というイメージは突然、別の意味合いを持つようになった。それは、ドイツの誇り高い戦争拒否の象徴ではなく、西ヨーロッパの自衛能力の欠如の象徴として注目を集めるようになったのである。

ドイツ連邦軍の装備を改善し、ヨーロッパの安全保障に対するコミットメントを証明するために、ドイツの指導者たちが昨年精力的に行った努力は、戦後のドイツ史における劇的な転機と評されるようになった。オラフ・ショルツ首相は昨年2月、1000億ユーロという前代未聞のローンを組むと宣言し、それを正当化するために「必要な投資と軍備プロジェクト」のための「特別基金」といった言い回しを使った。軍備強化へのコミットメントを疑う余地のないようなものにするために、ショルツは国防予算の年次増額を発表した。戦争が始まって3日後、ショルツは国会で、ロシアの侵攻は「わが大陸の歴史の分岐点」だと述べて、この国防費のすさまじい増額を正当化した。この主張は、ドイツ人の歴史的想像力の大きな事柄との関連で理解されなければならない。すなわち、第二次世界大戦である。首相は、「私たちの多くは、両親や祖父母の戦争の話をまだ覚えています。そして、若い人たちにとっては、ヨーロッパで戦争が起こることはほとんど想像もつかないことなのです」と説明した。彼の主張は広く受け入れられた。6月までに連邦議会は、連邦軍資金の大幅増額というショルツの計画を実行に移すために必要な憲法改正案を可決した。

現実には、実際の分水嶺は、第二次世界大戦以来初めて「ヨーロッパでの戦争」が突然出現したことでは ない。それは、1990年代のユーゴスラビアでの熱い戦争だけでなく、冷戦時代の数十年にわたる軍国主義を消し去った、歴史的な記憶喪失の驚くべき一連の出来事である。真のより大きな変化は、ほとんど何も語られることはなかった。つまり、これは、この30年間、ドイツは、ポスト・ファシストの国――これは、歴史家Thomas Kühneが言うところの「平和の文化」によってナチスの過去を克服したかに見えたのだが――から、防衛費を増大させ、重武装の侵略者に反撃する態勢を伝えることに熱心なポスト平和主義の国へのこの30年間のドイツの変容の頂点をなすものなのである。確かに、東西ドイツは第二次世界大戦後すぐに再軍備を行い、冷戦時代には何十万人もの米ソの兵士を受け入れたが、この時期を通じて、二人の東ドイツ反体制者のよく知られた「武器なしで平和を作る」(Frieden schaffen ohne Waffen)という主張を熱心に支持するドイツ人もかなりの数にのぼった。この冷戦時代の平和主義は、1990年代以降、西側諸国が武力による自衛と人道的介入を広く求めるようになったことに直面するなかで転換に迫られ、ショルツのレトリックから消え去った。

過去75年間の戦争を無視することは、プーチンの侵略戦争の深刻さを伝えるのに役立つかもしれないが、ドイツ人の過去、特に第二次世界大戦の教訓に照らして戦争と平和について考える方法の大きな変化をも見落とすことになる。また、ウクライナ戦争に対するドイツのタカ派的な対応がもたらすリスクと結果も見えにくくなっている。かつて多くのドイツ人が第二次世界大戦を、あらゆる形態の軍国主義に反対する理由としてきた。しかし、今日では、これが、残虐行為を防ぐという名目で、国防費の増大を正当化する議論に利用されているのである。


軍国主義に対するドイツの反発は、1945年直後に生まれ、冷戦の間ずっと続いてきた。敗戦と占領の経験に懲りた西ドイツと東ドイツは、ともに平和な国として認識されることを望んだ。両国の憲法は侵略戦争を禁じ、軍隊の役割を平和維持に限定し、西ドイツの軍需メーカーが紛争地域に武器を輸出することを法律で禁止していた。しかし平和への誓いは、ここまでだった。ドイツは、いずれも冷戦時代の軍事同盟の再軍備や積極的なメンバーになることをおろそかにはしなかった。「鉄のカーテン」に沿って位置する両国は、何十万人もの米軍とソ連軍を受け入れ、徴兵制が採用され、冷戦の最盛期には50万人以上のドイツ人が現役兵として兵役についていた。それでも、公式の声明や政府のポリシーは、第三次世界大戦を防ぐことに期待をかけて軍事紛争を制限することに重点を置いていた。

かつて多くの人が第二次世界大戦を軍国主義に反対する理由とみなしたが、今では軍国主義を正当化するために利用されている。

このような態度は、ドイツ社会全体に見受けられた。冷戦時代には、一般の人々が民衆感情と草の根の活動を通じて、重要な「平和の文化」を築き上げた。第二次世界大戦末期にドイツ人が経験した悲惨さと、1945年の敗戦後に彼らが耐えた窮乏が、平和への抗議の第一波を促進したのである。戦争直後、一般ののドイツ人は、自国の再軍備に対して、下からの「私抜きで!」 (Ohne mich!)運動への参加を通じて、個人的に加担したくないという意思を表明した。1949年に西ドイツと東ドイツが成立すると、国家社会主義の東ドイツでは、草の根の抗議運動は難しくなった。しかし、西ドイツでは再軍備や核兵器に対する抗議が1950年代を通じて起こり、ある意味で再軍備や1955年の西ドイツのNATO加盟に影を落すことになった。確かに、スイス、オーストリア、スウェーデンといった中欧の隣国とは異なり、ドイツ連邦共和国は中立国ではなかったが、戦争反対のイメージを醸成することに成功し、この時期に生まれた抗議の文化は長期にわたって影響を与えることになる。

1980年代初頭、軍拡競争が再び激化し、歴史家が「第二次冷戦」と呼ぶ戦争が始まると、両国の市民は再びより積極的な平和推進派に転じた。彼らは、主に、NATOやワルシャワ条約機構による中距離核ミサイルのヨーロッパへの配備に抗議した。西側では、NATOの中距離ミサイル配備の根拠となった「デュアルトラック決定」への反対運動が起き、政治学者ペーター・グラーフ・キールマンゼグの言葉を借りれば「連邦共和国がかつて経験したことのない大衆運動」に発展していった。1983年10月22日、西ドイツの「暑い秋」の中で最大の抗議行動となったこの日、120万人のドイツ人が街頭に立っていた。反ミサイルの運動は、さらに広く、深く拡がった。西ドイツの人々は、多くの市や町に非核地帯を設けるよう地元当局に要求し、NATOのミサイル基地を封鎖するために市民的不服従の訓練を受けた。

社会運動というと「SA(ナチスの準軍事組織)の行進」を想起させ、民主主義秩序の全面的な否定と同一視されかねないこの国において、こうした広範な抗議行動は大きな進展であった。しかし、国会がミサイル配備を承認するのを止めることはできなかった。西ドイツ連邦議会は1983年11月22日、キリスト教民主・自由党の連立政権政党と一部の社会民主党の賛成で、ミサイル配備を容認する議決を可決した。米軍は翌日午前1時からドイツへのミサイル輸送を開始した。西ドイツの人々が、反対を貫きながらも議会の決定を受け入れたことで、ストリート・デモが議会制民主主義の枠内で存在し得ることを証明することになった。その結果、歴史家は1980年代の平和運動が西ドイツで抗議行動を「正常化」したと論じている。

東ドイツでも、核軍拡競争に反対する運動が、1980年代前半に大きな盛り上がりを見せた。ロバート・ヘーブマンとライナー・エッペルマンは、1982年の「ベルリン・アピール」で、社会主義政権に対し、「武器なしで平和をつくる」という平和主義の理想に忠実であるよう挑んだのである。東西に備蓄された兵器は「我々を守るどころか、我々を破壊する」と主張し、ハーベマンとエッペルマンは政府に「兵器を廃棄する」ことを要求した。牧師ハラルド・ブレットシュナイダーは、社会主義圏のスローガン「剣を鋤に」を軍事政策への批判に転化し、この言葉をプロテスタント教会の庇護の下で展開された初期の平和運動のモットーにした。ブレットシュナイダーのグループは、社会主義政権が独自の社会活動を禁止していたにもかかわらず、1982年に「平和フォーラム」を開催し、約6000人の参加者を得た。秘密警察の監視にさらされる中、東ドイツの平和活動家たちは、西ドイツの人々との間で個人として「個人的平和条約」を結ぶなど、平和に向けた新たな活動の方法を見出した。西ドイツの「緑の党」議員で平和活動家のペトラ・ケリーは、1983年10月の会合で東ドイツの指導者エーリッヒ・ホーネッカーに「個人的平和条約」に署名するよう求めたほど、この習慣は広く浸透し、注目されるようになった。しかし、側近の一人のささやかな仲介により、ホーネッカーはこの条約の最後の論点である「一方的な軍縮の開始を支持することをここに約束する」ことへの同意を拒否した。

冷戦時代、一般のドイツの人々は、民衆の感情や草の根の活動を通じて、重要な「平和の文化」を築き上げた。

両国の政府は、武力防衛政策を撤回して一方的な軍縮を進めることを拒否したが、平和活動家が形成したネットワークと彼らが提唱した批判は、深い意味を持っていた。西ドイツは多くの米軍基地とNATOの膨大な兵器を抱えていたが、強力な平和運動が民衆の平和主義的ムードをとらえ、草の根の政治的関与を促したように思われる。東ドイツでは、平和運動はより大きな影響を与えたと思われる。平和運動は、1989年秋の大規模な街頭抗議行動を組織するためのネットワークづくりに重要な役割を果たし、それがドイツ民主共和国の崩壊を促したのである。冷戦がほぼ非暴力で終結したことで、武力紛争のない未来像――戦争はもちろん暴力的な闘いではなく平和的な民衆の抗議が、地政学的変化を促す世界――が描かれるようになった。

国家社会主義が崩壊した後、統一されたばかりのドイツでは、熱い戦争とそれをめぐる論争が身近なものとなった。戦争が続く大陸で復活した大国の責任と、イラクやアフガニスタンに介入したアメリカとの同盟の責任に直面し、ドイツの反戦文化は揺らいだ。1990年8月のイラクのクウェート侵攻に対する米軍主導の対応に消極的だった。これが冷戦時代の平和主義の終りを意味するものだった。冷戦時代の軍拡競争の中で、表向きは武力紛争を否定し、その一方で誠実な軍事同盟メンバーであるという、一見逆説的な組み合わせに象徴される国になった。

1990年のペルシャ湾紛争は、イラクのクウェート侵攻で始まったが、多くのドイツ人は、イラクの侵略者に対して武力を行使する理由はほとんどないと考えていた。むしろ、イラク軍をクウェートから追い出し、イラク領内に深く侵入したアメリカ主導の「砂漠の嵐」作戦に反対し、統一ドイツ全土で抗議行動を起こし、反米感情を高揚させた。例えば、ペーター・シュナイダーは、ドイツ人が米国の介入を批判すると同時に、イラクのクウェート侵攻を非難することに消極的であることを懸念し、その姿勢は、戦争で危害を受けた米兵を看護しないことを宣言したドイツの看護師の行動などにも表れているとコメントした。

統一ドイツで抗議を呼び起こし、激しい論争を引き起こしたのは、海外への武力介入だけではなかった。ほぼ10年続いたユーゴスラビア戦争は、サラエボを4年近くも包囲し、スレブレニツァの虐殺を引き起こし、ついにはドイツ軍の1945年以来の海外派兵を引き起こすなど、恐ろしい事件を含んでいたが、こうした問題にも劇的な影響を及ぼした。特にボスニアとコソボの戦争は、ドイツ軍の海外派遣の可能性や平和維持活動における統一ドイツの役割といった根本的な問題をめぐる議論を引き起こした。このような議論の中で、冷戦時代に多くのドイツ人が抱いていた「戦争の火種を増やすべきではない」という反軍国主義的な考え方が変容していった。

武力介入に対するドイツの態度の変容を最も明確に示しているのは、おそらく緑の党だろう。緑の党は、平和運動が最高潮に達していた1983年に西ドイツ連邦議会に初めて議席を得た。反ミサイルデモへの広範な参加は、緑の党を国会に押し上げることにつながった。緑の党の有力者は、自分たちの党を平和運動の「議会の翼」(より具体的には、緑の党の有力議員ペトラ・ケリーの言葉を借りれば、運動において「立法の役割を演じることplaying leg」)とまで呼び、党の綱領は「連邦共和国が平和と軍縮のために単独で活動できるような政府」を呼びかけていた。1983年の選挙に向け、大西洋の両岸の政界は、緑の党の一方的な軍縮支持がドイツのNATOからの脱退になると警鐘を鳴らしていた。例えば、ロバート・ヘーガーはUS News and World Report誌に、「緑の党は急進的な社会主義者と組み、ドイツを中立主義に導く破壊的な少数派を形成する可能性がある」と警告している。このような大げさな懸念は杞憂に終わった。結局のところ、緑の党の獲得議席数は5%にとどまった。NATOの核ミサイルをドイツ国内に配備することを承認する議決を議会で阻止することも、ましてやドイツを同盟から完全に排除することもできる数ではなかった。

反軍国主義の文化は1990年代に変容し、軍事力が人道的利益のために展開されるようになった。

しかし、かつてドイツの草の根平和運動の議会的表現と理解されていた政党は、1990年代の戦争の中で、NATOを力強く支持する方向に向かう新たな立場を採択した。1998年、社会民主党のゲアハルト・シュレーダー首相の連立政権に緑の党が加わって外相となったヨシュカ・フィッシャーは、この変化の先頭に立ち、ドイツ人が第二次世界大戦から引き出した教訓も変化していることを示唆する発言を繰り返している。ボスニア・セルビア軍によって8000人以上のボスニア・イスラム教徒が殺害された1995年のスレブレニツァ事件直後のインタビューで、フィッシャーは、いつまでたってもぐずぐずしてボスニア・イスラム教徒の武装自衛に貢献しようとしない姿勢を「裸と血のシニスム」と表現した。彼は介入主義を糾弾したり、武力抵抗は紛争の火種になるだけだと主張するのではなく、ボスニアのイスラム教徒の「自衛権」を代弁したのである。

戦争を否定しながら、このように主張をするために、フィッシャーは相反する二つの原則を打ち出した。「二度と戦争はしない!」(Nie wieder Krieg!)と「二度とアウシュビッツを繰り返さない」(Nie wieder Auschwitz!)である。)である。 スレブレニツァの虐殺のような大量殺戮を防ぐために使われる可能性がある限り、フィッシャーにとって、戦争は許容できる――必要でさえある――ものであった。アウシュビッツへの明確な言及は、フィッシャーの主張がドイツの過去への熟考に基づくものであることを明らかにした。同時に、彼の考えは、脅威を受け搾取されている少数民族の武装自衛権、さらには武装蜂起を長い間受け入れてきた自民党の一部と一致するものだった。例えば、西ベルリンの緑の活動家で後に国会議員となったハンス・クリスチャン・シュトレーベレは、サルバドール内戦のさなか、明らかに軍国主義的なスローガンである「エルサルバドルに武器を」を掲げて資金調達キャンペーンの先頭に立った。

しかし、フィッシャーは、ボスニアに小型武器を送るような草の根の募金キャンペーンを考えてはいなかった。その代わりに彼が考えていたのは、ドイツ連邦共和国を含む国家の軍隊が、劣勢に立たされた少数民族のために海外に派遣されるべきかどうかということであった。大量虐殺には武力で対抗しなければならないと主張した同じインタビューの中で、フィッシャーは、ボスニアのイスラム教徒を保護するというプロジェクトにおけるドイツの役割を後悔し、「再びドイツが(戦争で)果す役割はない」(Nie wieder eine Rolle Deutschlands)と宣言している。他のヨーロッパ諸国が凶悪な戦争犯罪を防ぐためにボスニアに介入するのは良いことだが、フィッシャーの葛藤からすれば、自国固有の歴史的犯罪のため、大量虐殺を武力で止める努力にドイツが関与することは許されないのだ。

4年後、この問題が頂点に達した。緑の党が連立政権に入り、外相となったフィッシャーは、NATOのコソボ介入へのドイツの関与について党内の支持を取り付ける必要に迫られたのである。1999年5月13日、ドイツ空軍を含むNATO軍がボスニア・セルビア・インフラへの空爆でコソボ戦争に介入してから50日後、緑の党はビーレフェルト市で特別党大会を開き、NATOの行動とドイツの参加について過去に遡って議論した。

マスコミは、コソボへの武力行使に代表が同意するかどうかで、党が分裂するのではと推測していた。NATOの空爆中止を求めるデモ隊の群集から緑の党代表を守るために、1500人もの警察が出動したのだ。緑の党は崩壊するどころか、444対318という僅差でNATOの介入を遡及的に承認する票が投じられた。ビーレフェルト党大会の忘れがたいイメージは、デモ参加者が会場に押し入り、フィッシャーにペンキ爆弾で襲いかかり、彼の鼓膜を破ったことである。劣勢で脅威にさらされている集団の武力防衛に自国の軍隊が貢献することを激しく拒否するドイツ人は、依然として相当数いたのである。同時に、多くのドイツ人にとって、軍事介入の論理は変化しつつあった。旧ユーゴスラビアでは、この5年間で2度目となる西側の介入によって武力紛争の火蓋が切って落とされたのである。

1990年代の教訓は、ドイツだけでなく西側諸国でも急速に取り込まれた。戦争犯罪や大量虐殺を阻止するためには軍事力が最も有効であるという考え方が支持され、2005年に国連加盟国が全会一致で「保護する責任Responsibility to Protect」(R2P)という枠組みを承認したことで、国際社会は、国家が自国の住民を大量虐殺から守ることができない場合には集団行動が必要であるという考えを採択した。つまり、戦争犯罪やジェノサイドに対して、軍事介入を含む行動を起こすことが、新しい国際秩序の規範となったのである。


このレガシーは、現在に至るまで影響している。緑の党の有力政治家たちは、ショルツ内閣の閣僚として、ウクライナにドイツの武器を送ることを最も強く主張してきた。マスコミはこうした呼びかけを、かつて平和主義だった緑の党が突然の変化を遂げたかのように報じているが、実はこの変化は1990年代から進行していたのである。例えば、2022年4月の『シュピーゲル』誌のカバーストーリーでは、緑の党が「親平和の理想主義者から戦車ファンへ」と変化したことを理由に、緑の党のリーダーたちを「オリーブの緑」と呼んだ。この表現は、2001年11月に同じ雑誌に掲載された、米国のアフガニスタン侵攻への支持を強化するために精力的に活動した、「オリーブグリーン」アンゲリカ・ベア(緑の議会代表団の防衛担当報道官)を取り上げた記事の見出しと直接対応している。2001年、シュピーゲル誌はすでに、緑の党を「かつては平和主義者だった」と評していた。

2005年までには、戦争犯罪から防衛するための軍事化が、新しい国際秩序の規範となった。

ビールの活動の成果もあって、アメリカの侵攻を支持する投票を辞退した緑の議員はわずか4人で、緑の代表団の大多数がこの決定を支持し、ドイツ軍はアフガニスタンに派兵されたのである。フィッシャーは、再び軍事介入支持を主張し、投票後、「共和国を決定的に刷新した」と論じた。しかし、フィッシャーの政治キャリアを「ベルリン共和国の形成」と結びつける伝記を書いたパウル・ホッケノスにとっては、統一後のドイツの外交政策を規定したのは、転換といえるほどの刷新ではなかった。シュレーダー=フィッシャー政権の下で、ドイツは「自信に満ちた、時には独立心のある行動主体であることを示した」とホッケノスは主張する。「経済の巨人、政治の小人」と評された冷戦時代の西ドイツとは大違いである。こうして、統一ドイツは戦争を遂行することで平和をつくる道をとることになる。かつて平和主義者であった多くの人々が、あらゆる戦争反対から武装による自衛の支持に転じたのは、ドイツの敗戦と喪失よりもホロコーストの犯罪を重視する第二次世界大戦観の変化、「二度と戦争をしない!」という原則よりも「二度とアウシュビッツを繰り返さない!」という原則に一貫して重きを置いてきたためであった。

その結果、かつては外国の紛争に介入すること自体に反発があった国が、今では脅威を受けた集団の武装自衛を支援する姿勢を示すことに四苦八苦している。それが顕著になったのは、ロシアのウクライナ侵攻以降である。ショルツは防衛費の大幅な増額を主張しながらも、当初はウクライナへの武器供与をためらい、保守系野党だけでなく連立政権のパートナーからも繰り返し激しく非難された。ショルツ政権の外相である緑の政治家アナレナ・バーボックは、ウクライナへの「重火器を含むさらなる軍事物資」の送付を支持する太鼓を叩き続けている。(アメリカのジャーナリスト、スティーブン・キンザーによれば、ベールボックのタカ派的な発言は、「ドイツの前の世代を形成した恥や反軍国主義を埋め込まずに育った」若い世代の政治家の立場を象徴しているのだという。ベールボックのような政治家は、武力介入がボスニア戦争やコソボ戦争の終結に一役買った1990年代の経験により大きな影響を受けていると思われる)。ベールボックらの圧力に押され、ショルツは徐々に後退し、ウクライナへの武器輸送をどんどん許可していった。

7月までに連邦政府は戦車の納入を開始した。連邦軍にはほとんど装備がなかったため、政府はドイツの兵器メーカーからウクライナに17億ユーロで自走砲100基を売却し、今後数年間に渡って納入するよう取り計らった。ロシアの侵攻から1年近くが経過し、和平交渉に応じる兆しが見えない中、和平のための武器使用を否定する声は、ドイツの議論から消えている。国会では、2021年秋の選挙でNATOからの離脱を主張し、批判が殺到して支持率が半減した左翼党だけが、ロシア侵攻に対して武力闘争よりも平和を優先する立場を取り続けた。左翼党は引き続きドイツの軍備増強に反対し、「危機的地域や紛争地域に武器を送り込む」ことで「大火災を引き起こすリスク」を警告したが、党内は悲惨な危機に陥り、連邦議会の議論ではますます蚊帳の外的な存在に見えるようになってしまった。

議会外の「武器なしでの平和」の提唱者たちにとっても、状況はほぼ同じであった。著名なフェミニストのアリス・シュヴァルツァーは4月、28人の知識人や芸術家が署名したショルツへの公開書簡を、自身の雑誌『エマ』のウェブサイトに掲載し、ウクライナへのドイツの武器援助の中止を訴えた。「追い詰められたなかで行われているエスカレートした軍備増強は、世界的な軍拡スパイラルの始まりとなり、少なくとも世界の健康や気候変動に破滅的な結果をもたらすかもしれない」と、書簡は訴えた。「そして、「あらゆる相違にもかかわらず、世界平和のために努力することが必要である」と結んでいる。

プーチンの侵略をきっかけに、武力闘争の政策提言活動は、急速に新しい常識になりつつある。

10月に米国議会進歩的議員連盟 the Congressional Progressive Caucusが同様の書簡を発表し、米国内で論争が起きたことからも予想されように、エマ書簡の署名者は、緑の党をはじめドイツの政界全体から憤りの言葉を浴びせられた。緑の党の国会議長の一人であるブリッタ・ハッセルマンは、「プーチンが国際法に違反してヨーロッパの自由な国を侵略し、都市全体を破壊し、市民を殺害し、女性に対する武器としてレイプを組織的に展開しているのに」、平和を目指すという考え方自体がナイーブだと示唆した。一方、ラルフ・フックスとマリエルイーズ・ベックという二人のベテラン緑の党は、ショルツへの二番目の公開書簡を組織し、57人の署名を得てスタートすることで対抗した。シュヴァルツァーが「軍拡のエスカレート」に帰結すると注意したのとは正反対に、フックスとベックは「ウクライナに有利な軍事バランスへとシフトするために、武器と弾薬を継続的に供給する」ことを支持する。プーチンが「勝者として戦場を去る」のを阻止することによってのみ、「ヨーロッパの平和秩序」は保たれる、と彼らは主張した。つまり、平和は武器がなければ作れない、銃口で作るものだ、というのだ。

こうした態度は、ドイツの平和主義者の間で、侵略戦争、とりわけ大量虐殺の防止が武力闘争の回避に取って代わりはじめた1990年代の議論と明らかに連続性がある。シュヴァルツァーの手紙に署名したベテランの 緑の党員であるアンティエ・フォルマーにとって、この変化は、今日の緑の党員たちが「ヨシュカの子ども」であることの証拠である。フィッシャーは、”二度と戦争をしないNever again war!” と “二度とアウシュビッツは起さないNever again Auschwitz!” の対比で、戦争に対するドイツ人の態度の変化を見事に表現した。1945年の敗戦と戦後のドイツが置かれた荒涼とした状況が、かつて戦争を全力で拒否するきっかけになったとすれば、ホロコーストに対するドイツ人の責任を果たそうという意欲が高まったことは、別の教訓を引き起こすことになった。ウクライナ戦争をめぐる議論においてドイツの若い政治家が相対的に好戦的であるのは、戦争体験の欠如というよりも、むしろ戦争体験のおかげである。それどころか、ユーゴスラビアやルワンダなどで恐ろしい戦争犯罪が行われるのを見続けた経験が、ロシアの猛攻から自らを守ろうとするウクライナの人々に対する若い政治家の率直な支持を促す義憤を後押ししている。1990年代に10代だったベールボックは、4月にバルカン半島に足を運んだ。スレベルニツァの虐殺を記録した写真展を訪れた彼女は、この恐ろしい事件が「社会的にも政治的にも、ドイツにおける彼女の世代を形成した」とコメントした。

1990年代の教訓を生かすことは、今回の侵略者が膨大な核兵器を保有する主要な軍事大国であることを考えれば、より容易である。かつてフィッシャーは、「アウシュビッツを再び繰り返すな!」というスローガンを、彼にとっては戦争否定の残念な例外としてとらえたが、武力闘争の政策提言活動は、急速に新しい常識となりつつある。


ある者は、ドイツの平和主義の衰退をポジティブな展開と見るだろう。つまり、ドイツの平和主義の衰退は、国際舞台におけるドイツの責任を認め、ドイツ国内に保有するNATOとワルシャワ条約の膨大な兵器庫に支えられた冷戦時代の平和文化の偽善を認めたものだと考える。私たちは、ドイツにおける一般大衆の平和文化の終焉と、断固とした平和主義者の声を軽視することを、そう簡単に喜ぶべきではない。

武力勝利のために行進するのではなく、平和のために活動することについて議論することさえ論外になってしまうなら、あらゆる恐ろしい結果を伴う軍事力による威嚇が常態化することになる。

ひとつには、こうなることで、暴力の拡大が懸念される中で、新たな宿命論を制度化するリスクをはらむことになる。ウクライナにドイツが直接軍事介入することは、今のところ考えられていないのは事実である。ドイツ連邦軍の惨状を見れば、直接介入することで戦場に大きな変化がもたらされるとは到底思えない。しかし、武器がなくても平和は実現できるという考え方にドイツが消極的であることによって、せっかくの資源と権力を平和活動のために活用することが妨げられているのは間違いない。外交官トップのベールボックは「ウクライナに必要なだけ武器を供給する」と繰り返し公言し、同じ緑の党の政治家も停戦交渉は「ウクライナの立場を弱める」と主張するなど、誰も非軍事的解決の方法を考えていないようだ。

むしろ、「ウクライナは勝たなければならない」という感情がドイツや西欧諸国全体に広がっているのは、戦争に勝つことができるという信念と、平和ではなく勝利をドイツの政策の目標にすべきだという信念の表れなのである。プーチンの侵略戦争に対峙する外交にどのような限界があるにせよ、このような態度には、この姿勢には、強い諦めの気持ちと、銃声が止んだときに何が起こるのかを無視する姿勢が顕著に表れている。アドム・ゲタチュウがR2Pの失敗について書いているように。

「  人道的介入の批判者は、残虐行為に対して「何かする」ことを拒否していると常に悪口を言われるが、往々にしてその「何か」は軍事介入と同一視される。その代わりに、NATOのリビア空爆を引き起こしたような人道危機や内戦への対応は、地域のパートナーの役割を重視し、紛争のデスケーリングを目指し、政治的移行にすべての利害関係者を含める多国間・外交プロセスを優先させるべきだろう。… 究極的には、人道的危機の特定のケースに対するわれわれの対応は、より広範な非軍事化キャンペーンの中に組み込まれなければならない。集団的軍縮のための多国間の努力は、世界中の暴力的紛争に対するより広範な対応の一部でなければならない。」

もし、武力勝利のために行進するのではなく、平和のために活動することを話すことさえ、公的な議論の埒外であれば、あらゆる醜い結果を伴う妨害行為が常態化し、平和への努力は例外的なものとなってしまう。不都合なことに、このようなタカ派的な態度は、戦争犯罪や大量虐殺から身を守るための正当な責任なのだと訴えることで容易に正当化されてしまう。実際、ここには、優れた兵器、そして必要な場合には西側の軍事介入が、国際紛争を解決するための最も確実で正しい手段であるという考え方が根底にある。この考えは、「我々の兵器の提供が命を救う」というベーボックの最近の発言に要約される。このように西側の軍事力をもってはやすことは、戦争がもたらす悲惨な人的コストを帳消しにしてしまい、アウシュビッツの再び起こさない、という枠をはるかに超えて、軍事化の暴走を助長するおそれがある。

ポスト・ファシスト、そしてポスト・平和主義の国の観点からすれば、長い間発展してきたこの変化の頂点にあるのが、軍事化と戦争のために人道的懸念を運用することであり、これが歴史の分水嶺になるということである。

スティーブン・ミルダー

Stephen Milder フローニンゲン大学助教授(欧州政治・社会)、ミュンヘンのレイチェル・カーソン・センター研究員(Research Fellow)。著書に『Greening Democracy: Greening Democracy: The Antinuclear Movement in West Germany and Beyond, 1968-1983』の著者。

ロシアの反戦活動家への連帯行動の呼びかけ

ロシアの反戦活動家への連帯行動の呼びかけ

1月19日のデモの写真。マリア・ラフマニノワ

10年以上にわたって、ロシアの反ファシストたちは1月19日を連帯の日として記念してきた。この日は、2009年にモスクワの中心部で、人権・左翼活動家のShanislav Markelovとジャーナリストで無政府主義者のAnastasia Baburovaがネオナチによって銃殺された日である。

マルケロフとバブロワの殺害は、数百人の移民と数十人の反ファシストを殺害した2000年代の極右テロの頂点となった。長年、まだ可能なうちは、ロシアの活動家たちは1月19日に “To remember is to fight!”というスローガンのもと、反ファシストのデモや集会を開催していた。

プーチン政権がウクライナに侵略し、戦争に反対する自国民に対して前例のない弾圧を行なっている現在、1月19日という日付は新たな意味を持っている。当時、危険なのはネオナチ集団であり、しばしば当局と共謀して行動していた。

今日、右翼的な急進派の思想と実践は、ウクライナ侵略の過程で急速にファシスト化しつつあるロシア政権そのものの思想と実践になっているのである。

ウラジーミル・プーチンは、ウクライナの人々に対してだけでなく、侵略に抵抗するロシアの市民社会に対しても戦争を仕掛けている。残忍な弾圧は、とりわけ社会主義者、アナキスト、フェミニスト、労働組合員などの左翼運動を直撃している。

新年を迎える前に、ロシアで最も有名な左翼政治家である民主社会主義者のMikhail Lobanovが逮捕され、暴行を受けた。彼が作ったプラットフォーム「Nomination」は、2022年9月のモスクワの市議選で反戦反対派を団結させた。

Courier労働組合のリーダーで、左翼ビデオブロガーとして知られるKirill Ukraintsevは、4月から身柄を拘束されている。逮捕の理由は、クーリエが労働条件の改善を求めて組織した抗議行動やストライキだった。

反戦シンボルを配布したフェミニスト、アーティスト、反戦活動家のAlexandra Skochilenkoは、長期間の収監に直面している。

6人のアナキスト、Kirill Brik, Deniz Aydin, Yuri Neznamov, Nikita Oleinik, Roman Paklin, Daniil Chertykovは、いわゆる「Tyumen事件」で逮捕された。彼らは、破壊工作の準備に関する自白を求められて、残酷な拷問を受けた。

左翼レジスタンスグループの活動家であるDaria Polyudovaは、最近、「過激主義への呼びかけ」の罪で9年(!)の禁固刑を言い渡された。左翼ジャーナリストのIgor Kuznetsovは、反戦と反プーチンの見解のために “過激主義 “と非難され、1年前から服役している。

これらは、最近自分の信念のために投獄されたり迫害されたりしたロシアの左翼の網羅的なリストにはほど遠いものである。政治的な理由でロシアを離れることを余儀なくされた活動家として、私たちは外国の同志や関心を寄せるすべての人々に、1月19日にスローガンのもとで行われる反ファシスト行動を支援するよう要請します。

プーチンの戦争、ファシズム、独裁に反対!

すべてのロシア人政治犯に自由を!

ロシアの反ファシストと連帯しよう!

記憶することは戦うことだ!

1月19日から24日の1週間に行われる連帯行動(ピケ、公開ミーティング、オンライン・ディスカッション、さらにはポスターとの個人的な写真など)に関する情報を、rsdzoom@proton.me までメールで送ってくださるようお願いします。

ロシア社会主義運動

Twitterをめぐる政府と資本による情報操作――FAIRの記事を手掛かりに

本稿は、FAIRに掲載された「マスクの下で、Twitterは米国のプロパガンダ・ネットワークを推進し続ける」を中心に、SNSにおける国家による情報操作の問題について述べたものです。Interceptの記事「Twitterが国防総省の秘密オンラインプロパガンダキャンペーンを支援していたことが判明」も参照してください。(小倉利丸)

Table of Contents

1. FAIRとInterceptの記事で明らかになったTwitterと米国政府の「癒着」

SNSは個人が自由に情報発信可能なツールとしてとくに私たちのコミュニケーションの権利にとっては重要な位置を占めている。これまでSNSが問題になるときは、プラットフォーム企業がヘイトスピーチを見逃して差別や憎悪を助長しているという批判や、逆に、表現の自由の許容範囲内であるのに不当なアカウント停止措置への批判であったり、あるいはFacebookがケンブリッジ・アナリティカにユーザーのデータを提供して選挙に介入したり、サードパーティクッキーによるデータの搾取ともいえるビジネスモデルで収益を上げたり、といったことだった。これだけでも重大な問題ではあるが、今回訳出したFAIRの記事は、これらと関連しながらも、より密接に政府の安全保障と連携したプラットフォーム企業の技術的な仕様の問題を分析している点で、私にとっては重要な記事だと考えた。

戦争や危機の時代に情報操作は当たり前の状況になることは誰もが理解はしていても、実際にどのような情報操作が行なわれているのかを、実感をもって経験することは、ますます簡単ではなくなっている。

別に訳出して掲載したFAIRの記事 は、昨年暮にInterceptが報じたtwitterの内部文書に基くtwitterと米国政府との癒着の報道[日本語訳]を踏まえ、更にそれをより広範に調査したものになっている。この記事では、Twitterによる投稿の操作は、「米国の政策に反対する国家に関連するメディアの権威を失墜させること」であり、「もしある国家が米国の敵であると見なされるなら、そうした国家と連携するメディアは本質的に疑わしい」とみなしてユーザーの判断を誘導する仕組みを具体的に示している。twitterは、企業の方針として、米国のプロパガンダ活動を周到に隠蔽したり、米国の心理戦に従事しているアカウントを保護するなどを意図的にやってきたのだが、世界中のtwitterのユーザーは、このことに気づかないカ十分な関心を抱かないまま、公平なプラットフォームであると「信じて」投稿し、メッセージを受け取ってきた。しかし、こうしたSNSの情報の流れへの人為的な操作の結果として、ユーザーひとりひとりのTwitterでの経験や実感は、実際には、巧妙に歪められてしまっている。

ウクライナへのロシアによる侵略以後、ロシアによる「偽旗作戦」への注目が集まった。そして、日本でも、自民党は、「偽旗作戦」を含む偽情報の拡散による情報戦などを「新たな『戦い方』」と呼び、これへの対抗措置が必要だとしている。[注]いわゆるハイブリッド戦では「ンターネットやメディアを通じた偽情報の流布などによる世論や投票行動への影響工作を複合的に用いた手法」が用いられることから、非軍事領域を包含して「諸外国の経験・知見も取り入れながら、民間機関とも連携し、若年層も含めた国内外の人々にSNS等によって直接訴求できるように戦略的な対外発信機能を強化」が必要だとした。この提言は、いわゆる防衛3文書においてもほぼ踏襲されている。上の自民党提言や安保3文書がハイブリッド戦争に言及するとき、そこには「敵」に対する組織的な対抗的な偽情報の展開が含意されているとみるべきで、日本も遅れ馳せながら偽旗作戦に参戦しようというのだ。日本の戦争の歴史を振り返れば、まさに日本は偽旗作戦を通じて世論を戦争に誘導し、人々は、この偽情報を見抜くことができなかった経験がある。この意味でtwitterと米国政府機関との関係は、日本政府とプラットーム企業との関係を理解する上で重要な示唆を与えてくれる。

[注]新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言(2022/4/26)

2. インターネット・SNSが支配的な言論空間における情報操作の特殊性

伝統的なマスメディア環境では、政府の世論操作は、少数のマスメディアへの工作によって大量の情報散布を一方的に実現することができた。政府だけでなく、企業もまた宣伝・広告の手段としてマスメディアを利用するのは、マスメディアの世論操作効果を期待するからだ。

しかしインターネットでは、ユーザーの一人一人が、政府や企業とほぼ互角の情報発信力をもつから、国家も資本も、この大量の発信をコントロールするというマスメディア時代にはなかった課題に直面した。ひとりひとりの発信者の口を封じたり、政府の意向に沿うような発言を強制させることはできないから、これはある種の難問とみなされたが、ここにインターネットが国家と資本から自立しうる可能性をみる――私もそうだった――こともできたのだ。

現実には、インターネットは、少数のプラットフォーム企業がこの膨大な情報の流れを事実上管理できる位置を獲得したことによって、事態は庶民の期待を裏切る方向へと突き進んでしまった。こうした民間資本が、アカウントの停止や投稿への検閲の力を獲得することによって、検閲や表現の自由の主戦場は政府とプラットーム企業の協調によって形成される権力構造を生み出した。政府の意図はマスメディアの時代も現代も、権力の意志への大衆の従属にある。そのためには、情報の流通を媒介する資本は寡占化されているか国家が管理できることが必要になる。現代のプラットフォーム企業はGAFAMで代表できるように少数である。これらの企業は、自身が扱う情報の流れを調整することによって、権力の意志をトップダウンではなくボトムアップで具現化させることができる。つまり、不都合な情報の流れを抑制し、国家にとって必要な情報を相対的に優位な位置に置き、更に積極的な情報発信によって、この人工的な情報の水路を拡張する。人びとは、この人工的な情報環境を自然なコミュニケーションだと誤認することによって、世論の自然な流れが現行権力を支持するものになっていると誤認してしまう。更にここにAIのアルゴリズムが関与することによって、事態は、単なる一人一人のユーザーの生の投稿の総和が情報の流れを構成する、といった単純な足し算やかけ算の話ではなくなる。twitterのAIアルゴリムズには社会的なバイアスがあることがすでに指摘されてきた。(「TwitterのAIバイアス発見コンテスト、アルゴリズムの偏りが明らかに」CNETJapan Sharing learnings about our image cropping algorithm )AIのアルゴリズムに影響された情報の流れに加えてSNSにはボットのような自動化された投稿もあり、こうした機械と人間による発信が不可分に融合して全体の情報の流れが構成される。ここがハイブリッド戦争の主戦場にもなることを忘れてはならない。

[注]検閲や表現領域のようなマルクスが「上部構造」とみなした領域が土台をなす資本の領域になっており、経済的土台と上部構造という二階建の構造は徐々に融合しはじめている。

3. ラベリングによる操作

FAIRの記事で問題にされているのは、政府の情報発信へのtwitterのポリシーが米国政府の軍事・外交政策を支える世論形成に寄与する方向で人びとのコミュニケーション空間を誘導している、という点にある。その方法は、大きく二つある。ひとつは、各国政府や政府と連携するアカウントに対する差別化と、コンテンツの選別機能でもある「トピック」の利用である。このラベルは2020年ころに導入された。日本語のサイトでは以下のように説明されている。

「Twitterにおける政府および国家当局関係メディアアカウントラベルについて

国家当局関係メディアアカウントについているラベルからは、特定の政府の公式代表者、国家当局関係報道機関、それらの機関と密接な関係のある個人によって管理されているアカウントについての背景情報がわかります。

このラベルは、関連するTwitterアカウントのプロフィールページと、それらのアカウントが投稿、共有したツイートに表示されます。ラベルには、アカウントとつながりのある国についてと、そのアカウントが政府代表者と国家当局関係報道機関のどちらによって運用されているかについての情報が含まれています。 」https://help.twitter.com/ja/rules-and-policies/state-affiliated

ラベリングが開始された2020年当時は、国連安全保障理事会の常任理事国を構成する5ヶ国(中国、フランス、ロシア、英国、米国)に関連するTwitterアカウントのなかから、地政学と外交に深くかかわっている政府アカウント、国家当局が管理する報道機関、国家当局が管理する報道機関と関連する個人(編集者や著名なジャーナリストなど) にラベルを貼ると表明していた。その後2022年になると中国、フランス、ロシア、英国、米国、カナダ、ドイツ、イタリア、日本、キューバ、エクアドル、エジプト、ホンジュラス、インドネシア、イラン、サウジアラビア、セルビア、スペイン、タイ、トルコ、アラブ首長国連邦が対象になり、2022年4月ころにはベラルーシとウクライナが追加される。こうした経緯をみると、当初と現在ではラベルに与えられた役割に変化があるのではないかと思われる。当初は国連安保理常任理事国の背景情報を提供することに主眼が置かれ、これが米国の国益にもかなうものとみなされていたのかもしれない。twitterをグローバルで中立的なプラットフォーマであることを念頭にその後のラベル対象国拡大の選択をみると、これが何を根拠に国を選択しいるのかがわかりづらいが、米国の地政学を前提にしてみると、米国との国際関係でセンシティブと推測できる国が意図的に選択されているともいえそうだ。他方でイスラエルやインドがラベルの対象から抜けているから、意図的にラベルから外すことにも一定の政治的な方針がありそうだ。(後述)そして、ロシアの侵略によって、このラベルが果す世論操作機能がよりはっきりしてくる。

ロシアへのラベリングは、ウクライナへの侵略の後に、一時期話題になった。(itmedia「Twitter、ロシア関連メディアへのリンクを含むツイートに注意喚起のラベル付け開始」)

上のラベルに関してtwitterは「武力紛争を背景に、特定の政府がインターネット上の情報へのアクセスを遮断する状況など、実害が及ぶ高いリスクが存在する限られた状況において、こうしたラベルが付いた特定の政府アカウントやそのツイートをTwitterが推奨したり拡散したりすることもありません。」と述べているのだが、他方で、「ウクライナ情勢に対するTwitterの取り組み」 では、これとは反するようなことを以下のように述べている。

「ツイートにより即座に危害が生じるリスクは低いが、文脈を明確にしなければ誤解が生じる恐れがある場合、当該ツイートをタイムラインに積極的に拡散せず、ツイートへのリーチを減らすことに注力します。コンテンツの拡散を防いで露出を減らし、ラベルを付与して重要な文脈を付け加えます。」

FAIRの報道には、実際の変化について言及があるので、さらに詳しい内容についてはFAIRの記事にゆずりたい。

4. トピック機能と恣意的な免責

ラベリングとともにFAIRが問題視したのがトピック機能だ。この機能についてもこれまでさほど深刻には把えられていなかったかもしれない。

FAIRは次のように書いている。

「Twitterのポリシーは、事実上、アメリカのプロパガンダ機関に隠れ蓑と手段を提供することになっている。しかし、このポリシーの効果は、全体から見ればまだまだだ。Twitterは様々なメカニズムを通じて、実際に米国が資金を提供するニュース編集室を後押しし、信頼できる情報源として宣伝しているのだ。

そのような仕組みのひとつが、「トピック」機能である。「信頼できる情報を盛り上げる」努力の一環として、Twitterはウクライナ戦争について独自のキュレーションフィードをフォローすることを推奨している。2022年9月現在、Twitterによると、このウクライナ戦争のフィードは、386億以上の “インプレッション “を獲得している。フィードをスクロールすると、このプラットフォームが米国の国家と連携したメディアを後押ししている例が多く、戦争行為に批判的な報道はほとんど、あるいは全く見られない。米国政府とのつながりが深いにもかかわらず、Kyiv IndependentとKyiv Postは、戦争に関する好ましい情報源として頻繁に提供されている。」

ここで「独自のキュレーションフィード」と記述されているが、日本語のTwitterのトピックでは、「キュレイーション」という文言はなく、主要な「ウクライナ情勢」の話題を集めたかのような印象が強い。Twitterは、ブログ記事「トピック:ツイートの裏側」 で「あるトピックを批判をしたり、風刺をしたり、意見が一致しなかったりするツイートは、健全な会話の自然な一部であり、採用される資格があります」とは書いているが、実際には批判と炎上、風刺と誹謗の判別など、困難な判断が多いのではないか。日本語での「ウクライナ情勢」のトピック では、日本国内の大手メディア、海外メディアで日本語でのツイート(BBC、CNN、AFP、ロイターなど)が大半のような印象がある。つまり、SNSがボトムアップによる多様な情報発信のプラットフォームでありながら、Twitter独自の健全性やフォローなどの要件を加味すると、この国では結果として伝統的なマスメディアがSNSの世界を占領するという後戻りが顕著になるといえそうそうだ。反戦運動や平和運動の投稿は目立たなくなる。情報操作の目的が権力を支える世論形成であるという点からみれば、SNSとプラットフォームが見事にこの役目を果しているということにもなり、言論が社会を変える力を獲得することに資本のプラットフォームはむしろ障害になっている。

しかも「トピック」は単純なものではなさそうだ。twitterによれば「トピック」機能は、会話におけるツイート数と健全性を基準に、一過性ではないものをトピックを選定するというが、次のようにも述べられている。

「機械学習を利用して、会話の中から関連するツイートを見つけています。ある話題が頻繁にツイートされたり、その話題について言及したツイートを巡って多くの会話が交わされたりすると、その話題がトピックに選ばれる場合があります。そこからさらにアルゴリズムやキーワード、その他のシグナルを利用して、ユーザーが強い興味関心を示すツイートを見つけます」

Twitterでは、「トピックに含まれる会話の健全性を保ち、また会話から攻撃的な行為を排除するため、数多くの保護対策を実施してい」るという。何が健全で何が攻撃的なのかの判断は容易ではない。しかし「これには、操作されていたり、スパム行為を伴ったりするエンゲージメントの場合、該当するツイートをトピックとして推奨しない取り組みなどが含まれます」 と述べられている部分はFAIRの記事を踏まえれば、文字通りのこととして受けとれるかどうか疑問だ。

トピックの選別をTwitterという一企業のキュレション担当者やAIに委ねることが、果して言論・表現の自由や人権にとってベストな選択なのだろうか。イーロン・マスクの独裁は、米国や西側先進国の民主主義では企業の意思決定に民主主義は何にひとつ有効な力を発揮できないという当たり前の大前提に、はじめて多くの人々が気づいた。Twitterにせよ他のSNSにせよ、伝統的なメディアの編集部のような「報道の自由」を確保するための組織的な仕組みがあるのあどうか、あるいはそもそもキュレイーションの担当者やAIに私たちの権利への関心があるのかどうかすら私たちはわかっていない。

もうひとつは、上で述べたラベリングと表裏一体の問題だが、本来であれば政府系のメディアとしてラベルを貼られるべきメディアが、あたかも政府からの影響を受けていない(つまり公正で中立とみなされかねない)メディアとして扱われている、という問題だ。FAIRは米軍、国家安全保障局、中央情報局のアカウント、イスラエル国防軍、国防省、首相のアカウントがラベリングされていないことを指摘している。

またFAIRが特に注目したのは、補助金など資金援助を通じて、特定のメッセージや情報の流れを強化することによる影響力強化だ。FAIRの記事で紹介されているメディアの大半は、米国の政府や関連する財団――たとえば全米民主主義基金(National Endowment for Democracy、USAID、米国グローバルメディア局――などからの資金援助なしには、そもそも情報発信の媒体としても維持しえないか、維持しえてもその規模は明かに小規模に留まらざるをえないことは明らかなケースだ。

5. 自分の直感や感性への懐疑は何をもたらすか

FAIRやInterceptの記事を読まない限り、twitterに流れる投稿が米国の国家安全保障の利害に影響されていることに気づくことは難しいし、たとえ投稿のフィードを読んだからといって、この流れを実感として把握することは難しい。フェイクニュースのように個々の記事やサイトのコンテンツの信憑性をファクトチェックで判断する場合と違って、ここで問題になっているのは、ひとつひとつの投稿には嘘はないが、グローバルな世論が、プラットフォーム企業が総体として流す膨大な投稿の水路や流量の調整によって形成される点にある。私たちは膨大な情報の大河のなかを泳ぎながら、自分をとりまく情報が自然なものなのか人工的なものなのか、いったいどこから来ているのか、情報全体の流れについての方向感覚をもてず、実感に頼って判断するしかない、という危うい状態に放り出される。このような状況のなかで、偏りを自覚的に発見して、これを回避することは非常に難しい。

こうしたTwitterの情報操作を前提としたとき、私たちは、ロシアやウクライナの国や人びとに対して抱く印象や戦争の印象に確信をもっていいのかどうか、という疑問を常にもつことは欠かせない。報道の体裁をとりながらも、理性的あるいは客観的な判断ではなく、好きか嫌いか、憎悪と同情の感情に訴えようとするのが戦争状態におけるメディアの大衆心理作用だ。ロシアへの過剰な憎悪とウクライナへの無条件の支持の心情を構成する客観的な出来事には、地球は平面だというような完璧な嘘があるわけではない。問題になるのは、出来事への評価や判断は、常に、出来事そのものと判断主体の価値観や世界観あるいは知識との関係のなかでしか生まれないということだ。私は、ロシアのウクライナへの侵略を全く肯定できないが、だからといって私の関心は、ウクライナであれロシアであれ、国家やステレオタイプなナショナリズムのアイデンティティや領土への執着よりも、この理不尽な戦争から背を向けようとする多様な人々が武器をとらない(殺さない)という選択のなかで生き延びようとする試みのなかにあるラディカリズムにあるのだが、このような国家にも「国民」にも収斂しないカテゴリーはプラットフォーム企業の関心からは排除され、支配的な戦争のイデオロギーを再生産する装置としてしか私には見えない。

国家に対する評価とその国の人びとへの評価とを区別するのに必要なそれなりの努力をないがしろにさせるのは、既存のマスメディアが得意とした世論操作だが、これがSNSに受け継がれると、SNSの多様な発信は総じて平板な国家の意志に収斂して把えられる傾向を生み出す。どの国にもある人びとの多様な価値観やライフスタイルやアイデンティティが国家が表象するものに単純化されて理解されてしまう。敵とされた国の人びとを殺すことができなければ戦争に勝利できないという憎悪を地下水脈のように形成しようとするのがハイブリッド戦争の特徴だが、これが日本の現在の国際関係をめぐる感情に転移する効果を発揮している。こうしたことが、一人一人の発信力が飛躍的に大きくなったはずのインターネットの環境を支配している。その原因は、寡占化したプラットフォーム企業が資本主義の上部構造を構成するイデイロギー資本として、政治的権力と融合しているからだ、とみなす必要がある。

6. それでもTwitterを選択すべきか

政府関連のツィートへのラベリングは、開始された当初に若干のニュースになったものの、その背景にTwitterと米国の安全保障政策との想定を越えた密接な連携があるということにまではほとんど議論が及んでいなかったのでは、と思う。さらにFAIRがイーロン・マスクのスペースXを軍事請け負い企業という観点から、その活動を指摘していることも見逃せない重要な観点だと思う。

情報操作のあり方は、独裁国家や権威主義国家の方がいわゆる民主主義や表現の自由を標榜する国よりも、素人でもわかりやすい見えすいた伝統的なプロパガンダや露骨な言論弾圧として表出する。ところが民主主義を標榜する国では、その情報操作手法はずっと洗練されており、より摩擦の少ない手法が用いられ、私たちがその重大性に気づくことが難しい。私たち自身による自主規制、政府が直接介入しない民間による「ガイドライン」、あるいは市場経済の価格メカニズムを用いた採算のとれない言論・表現の排除、さらには資源の希少性を口実にアクセスに過剰なハードルを課す(電波の利用)、文化の保護を名目としつつナショナリズムを喚起する公的資金の助成など、自由と金を巧妙に駆使した情報操作は、かつてのファシズムやマスメディアの時代と比較しても飛躍的に高度化した。そして今、情報操作の主戦場はマスメディアからプラットフォーム企業のサービスと技術が軍事技術の様相をとるような段階に移ってきた。

コミュニケーションの基本的な関係は、人と人との会話であり、他者の認識とは私の五感を通じた他者理解である、といった素朴なコミュニケーションは現在はほとんど存在しない。わたしは、あなたについて感じている印象や評価と私がSNSを通じて受けとるあなたについての様々な「情報」に組み込まれたコンピュータによって機械的に処理されたデータ化されたあなたを的確に判別することなどできない。しかし、コミュニケーションを可能な限り、資本や政府による恣意的な操作の環境から切り離すことを意識的に実践することは、私たちが世界に対して持つべき権利を偏向させたり歪曲させないために必要なことだ。そのためには、コンピュータ・コミュニケーションを極力排除するというライフスタイルが一方の極にあるとすると、もう一方の極には、資本の経済的土台と国家のイデオロギー的上部構造が融合している現代の支配構造から私たちのコミュニケーションを自立させうるようにコンピュータ・コミュニケーションを再構築するという戦略がありうる。この二つの極によって描かれる楕円の世界を既存の世界からいかにして切り離しつつ既存の世界を無力化しうるか、この課題は、たぶん武力による解放では実現できない課題だろう。

Author: toshi

Created: 2023-01-09 月 18:29

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(FAIR)マスクの下で、Twitterは米国のプロパガンダ・ネットワークを推進し続ける

(訳者のコメントはこちらをごらんください。)

2023年1月6日

Bryce Greene


Twitterの「国家関連メディアstate-affiliated media」ポリシー[日本語]には、米国政府が資金を提供し、コントロールするニュースメディアのアカウントに対する不文律の免責規定がある。Twitterは、ロシアとウクライナの戦争中に、これらのアカウントを「権威ある」ニュースソースとしてブーストさえしている。

Intercept: Twitterは国防総省の秘密オンラインプロパガンダキャンペーンを支援した。Twitterの所有者が変わっても、このプラットフォームと米国の国家安全保障との特別な関係は変わっていないようだ(Intercept, 12/20/22

Elon Muskが「Twitter Files」と呼ばれる文書の公開をコントロールしたことで、このソーシャルメディアプラットフォームの内部活動についての知見が得られている。12月20日に公開された一連の文書は、間違いなく最も衝撃的なもので、Twitterが米国のプロパガンダ活動を周到に隠蔽していることが詳細に示されている。InterceptのLee Fang記者は、Twitterの内部システムに限定的にアクセスした後、Twitterのスタッフが、中東を統括する米軍中央司令部(CENTCOM)が運営するアカウントを、秘密のプロパガンダキャンペーンの一環として「ホワイトリスト」に載せていたことを明らかにした(2022年12月20日 日本語訳)。言い換えれば、Twitterは、明らかに利用規約に違反しているにもかかわらず、米国の心理戦に従事しているアカウントを保護していたのである。

しかし、これはTwitterが米国の影響力作戦に協力したことを示す全容からはほど遠い。FAIRの調査によると、Twitter自身のポリシーにあからさまに違反して、米国のあからさまなプロパガンダ・ネットワークの一部をなす数十の大規模アカウントが、同社から特別な扱いを受けていることが明らかになった。

Twitterは、「国家と連携する」メディアポリシーを偏って適用することを通じて、実はユーザーに「文脈」を提供するという自らの使命に違反している。より深刻なのは、ウクライナにおいて、Twitterが、表向きは「権威ある」情報源を集約した「トピック」機能の一部において、米国が資金提供したメディア組織を積極的に宣伝したことだ。プラットフォーム上でこれらの報道機関が目立つことによって、国内のメディア・エコシステムへの影響力が強められ、戦争全体に対する世論の認識を形成するのに寄与した。

「国家と連携するメディア」

ユーザーがプラットフォーム上で遭遇する情報に「さらなる文脈を提供する」取り組みの一環として、Twitter(2020年8月6日)は、「政府の特定の公式代表、国家と連携するメディア団体、それらの団体に関連する個人がコントロールするアカウント」にラベルを追加する方針を発表した。

Twitterはそのブログへの投稿で、「メディアアカウントが国家と直接または間接的に連携している場合、人々はそれを知る権利があると信じている」と表明している。Twitterはさらに、「これらのラベルを持つアカウントやそのツイートを推奨したり、拡散したりしない」と述べた。

当時、明確な主要ターゲットはロシアの国家と連携するメディアだったが、このポリシーは他の国にも拡大されている。Twitterの数字によると、「国家と連携する」というラベルを貼られたアカウントは、最大で30%流通量が減少する。

ウクライナ戦争時のポリシーとして、Twitterは(2022年3月16日)、「信頼性の高い、信頼できる情報を高める 」という意向を表明した。Twitterはブログ記事で、ロシア政府系アカウントに対する 「効果的な 」ポリシーの実施を評価した。彼らは、「ツイートあたりのエンゲージメントが約25%減少した」、「それらのツイートとエンゲージしたアカウント数が49%減少した 」と主張した。

しかし、Twitterのポリシーが一律に適用されているわけではないことは明らかだ。米国政府と密接な関係にあるメディアは数多く存在し、中には完全に政府の資金で運営されているものもあるが、これらのアカウントは「国家と連携している」というレッテルを貼られていないのだ。この偏ったポリシーの下では、Twitterは米国のプロパガンダ機関がプラットフォーム上で独立性を維持可能にし、米国のソフトパワーと影響力の行使を黙認していることになる。

この偏ったアプローチは、Twitterのポリシーがユーザーへの「文脈の提供」ではなく、米国の支配的な世界観の促進であることが明らかである。つまり、Twitterは現在進行中の情報戦争に積極的に加担しているのである。

公式の敵の合法性を認めない

Twitterは「国家と連携するメディア」を次のように定義している。

国家当局関係メディアとは、国家が財源や直接的/間接的な政治圧力をもって報道内容を統制したり、制作および配信を管理したりする報道機関をいいます。

このポリシーは表向きは非政治的で、すべての国家メディアのアカウントに等しく適用されるが、実際にはポリシーの真の目的は明確で、米国の政策に反対する国家に関連するメディアの権威を失墜させることである。Twitterのポリシーに内在する前提は、もしある国家が米国の敵であると見なされるなら、そうした国家と連携するメディアは本質的に疑わしいということだ。したがって、ユーザーが閲覧しているコンテンツに注意を喚起する必要がある。FAIRは、明らかにこうした説明に合致すると思われる多くのメディアがあるにもかかわらず、「米国国家と連携するメディア」とラベル付けされたアカウントの例を見つけることができなかった。

ツイッター: 現在、どのアカウントにラベルが貼られているか?[訳注’現在、この国別のラベルのリストは削除されている。2022年12月10日頃の時点では、「中国、フランス、ロシア、イギリス、アメリカ、ベラルーシ、カナダ、ドイツ、イタリア、日本、キューバ、エクアドル、エジプト、ホンジュラス、インドネシア、イラン、サウジアラビア、セルビア、スペイン、タイ、トルコ、ウクライナ、アラブ首長国連邦の関連Twitterアカウントにラベルが表示」と記載されていた。waybackmachine2022/12/13 ]

Twitterは、ポリシーの対象となる国をリストアップしているが、いくつかの顕著な欠落がある。例えば、このリストにはカタールが含まれておらず、カタールが資金を提供するメディア、Al JazeeraとAJ+のアカウントには「国家と連携している」というラベルが貼られていない。しかし、リストアップされた国の中でさえ、このポリシーが平等に適用されているわけでは ない。

Twitterは「関連するTwitterアカウントにラベルが表示される」国として、米国、英国やカナダなどの米国の同盟国を挙げているが、これは、これらの国に拠点を置き、他の国に所属しているメディアを指していると思われる。確かに、米国と連携しているアカウントで、「国家と連携している」というカテゴリーにこれ以上なく明確に当てはまるにもかかわらず、ラベルが表示されないものがある。

いくつかのあからさまな監督機能の例として、米軍国家安全保障局、あるいは中央情報局のアカウントは、「地政学と外交に深く関わる政府のアカウント」であるにもかかわらず、現在どれも国家や政府機関としてラベル付けされていない。さらに、イスラエル国防軍国防省首相のアカウントは、すべてラベルが貼られていない。

一方、Twitterは米国が敵視する国家に対しては厳格にルールを適用している。ロシア、中国、イランの主要な国家機関のアカウントには、一般的に国家機関というラベルが貼られる。これらの国のメディアもターゲットにされている。イランのPressTV、ロシアのRTSputnik、中国のChina DailyGlobal Times、CGTN、China Xinhua Newsはすべて、「国家と連携したメディア 」というレッテルを貼られている。

Twitterは、今回の侵攻後、ロシアに対して特別な対策をとっており、「ロシアの国家と連携したメディアのウェブサイト」にリンクしている投稿には、明確な警告を追加している。

Twitterの情報提供

この規制対象メディアを含む投稿にユーザーが「いいね」、リツイート、引用ツイートをしようとすると、2度目の警告が表示される。

Twitter このツイートは、ロシア国家と連携しているメディアウェブサイトにリンクしています。

この警告は、ユーザーがコンテンツにアクセスすることは可能だが、アクセスしないように誘導し、不適切な情報の拡散を抑制するためのものだ。

人為的な例外

Twitterのポリシーでは、「国家と連携するメディア」を、国家が「財源、直接的・間接的な政治的圧力、制作・配信の管理を通じて編集内容をコントロールする」ニュース編集室と定義している。しかし、この説明に当てはまるような大手メディアのアカウントには、そのような注意書きがないものがいくつかある。

米国、英国、カナダの主要な公共メディアは、いずれもこのラベルを受けていない。2017年、NPRはその資金の4%を米国政府から受け取っている。BBCは、その資金の大部分を英国外務英連邦省から受け取っている。CBCはカナダ政府から12億ドルの資金援助を受けている。しかし、BBC、CBC、NPRのTwitterアカウントは、プラットフォーム上ではすべてラベルが貼られていない。

この矛盾を説明するために、Twitterは「国家が出資している」メディアと「国家と連携している」メディアを区別している。 Twitterは次のように書いている。

例えばイギリスのBBCやアメリカのNPRのように、編集の独立性がある国家出資のメディア組織は、このポリシーの目的上、国家と連携するメディアとして定義されてはいない。

英米の公的支援を受けているメディアが国家から独立しているという考え方は、非常に疑わしい。第一に、なぜ国家からの資金提供がTwitterのポリシーの「財源」の文言に該当しないのか不明である。政府は、編集上の判断を強制するために資金提供の停止という脅しを使うことができるし、そうしてきた(Extra!, 3-4/95; FAIR.org, 2005年5月17日) 。第二に、研究者のTom Mills(OpenDemocracy, 2017年1月25日)がBBCについて注釈しているように、政府の影響力は官僚的なレベルで作用している。

政府は、BBCの運営条件を設定し、最も高位の人物を任命し、彼らは将来、日々の経営上の意思決定に直接関与することになるだろうし、また、BBCの主要な収入源であるライセンス料の水準も設定する。

全米民主主義基金(National Endowment for Democracy

米国のソフトパワーに関する取り組みを見ると、「国家と連携する」というレッテルが貼られるべきメディアがはるかに多くあることがわかる。そのような資金の受け皿のひとつが、National Endowment for Democracy(全米民主化基金)である。レーガン政権時代に設立されたNEDは、アメリカの政策に友好的な政権の擁護や樹立を目的とする団体に年間1億7000万ドルを投じている。

National Endowment for Democracy Logo

ProPublica (2010年11月24)はNEDを「事実上、CIAの秘密宣伝活動を引き継ぐために議会によって設立された」と説明している。Washington PostのDavid Ignatius(1991年9月22日)は、「CIAが秘密裏にやっていたことを公の場でやっている」として、「スパイなきクーデター」のための手段としての組織と報じた。初代NED会長のCarl Gershman(MintPress, 2019年9月9日)は、この切り替えは、組織の意図するところを覆い隠すためのPR活動が主であったことを認めている。つまり、「世界中の民主主義団体にとって、CIAから補助金をもらっていると見られるのは極めて不愉快だ」という。

2014年のマイダンのクーデターとロシアの侵攻をめぐる情報戦争でNEDが果たした役割を考えると、ウクライナでのNEDの活動は特に詳細に調査する必要がある。2013年、ガースマンはウクライナを東西対立における「最大の獲物」と表現した(Washington Post、2013年9月26日付)。同年末、NEDは他の欧米が支援する影響力あネットワーク結束し、後に大統領罷免につながった抗議運動を支援した。

NEDの理事会の歴史は、政権交代論者と帝国のタカ派の錚々たる顔ぶれである。現在の理事会には、『Atlantic』誌の反ロシア派の人気スタッフライターで、ケーブルニュースのコメンテーターとしても頻繁に登場し、その活動は新冷戦のメンタリティーを象徴するAnne Applebaumや、イラン/コントラ疑惑の主要人物で後にトランプ政権のベネズエラ政府転覆キャンペーンで重要な役割を果たすEliott Abramsがいる。Victoria Nulandは元Dick Cheney副大統領の外交政策顧問で、米国の外交政策のキーパーソンであり、2014年にはウクライナ政府を再編するために裏で干渉していたことが発覚した米国高官の一人でさえある。彼女はオバマ政権とバイデン政権の国務省勤務の合間にNEDの理事を務めていた。他の元理事には、Henry Kissinger、Paul Wolfowitz、Zbigniew Brzezinski、現CIA長官のWilliam Burnsらがいる

戦争が始まった後、NEDはそのウェブサイトからウクライナのプロジェクトをすべて削除したが、それらはまだInternet ArchiveのWayback Machineで見ることができる。2021年のプロジェクトを見ると、「政府の説明責任を果たす」あるいは「独立したメディアを育てる」という表向きの目標で、ウクライナ中のメディア組織を対象に広範な資金援助活動を行っていることがわかる。よく知られたアメリカのプロパガンダ機関からあからさまな資金提供を受けているにもかかわらず、これらの組織のTwitterアカウントには「国家と連携したメディア」というラベルはない。NEDのTwitterアカウントでさえ、米国政府との関係を示していない。

このことは、現在のウクライナ戦争に大いに関係がある。CHESNOZN.UAZMiSTUkrainian Toronto TelevisionVox UkraineはすべてウクライナにおけるNEDのメディアネットワークの一部だが、彼らのTwitterアカウントには国家と連携しているというラベルはない。さらに、このネットワークに属するニュース編集室の中には、他の米国政府組織と広範なつながりを誇るものもある。European PravdaUkraine Crisis Media Center、Hromadskeは、いずれも2014年にアメリカが支援したマイダンのクーデターの最中か直後に設立されたが、NATOとの明確パートナーシップを誇示している。HromadskeとUCMCは、米国国務省、在キエフ米国大使館、米国国際開発庁(USAID)ともパートナーシップを結んでいることをアピールしている。

USAIDはNEDと同じような役割を担っている。人道的援助や開発プロジェクトという隠れ蓑のもと、USAIDはアメリカの政権交代作戦やソフトパワーによる影響力の売り込みのパイプ役を務めている。とりわけ、この組織はニカラグアの「民主化促進」を隠れ蓑にしており、ベネズエラの選挙で選ばれた政府に対するクーデターを進めるために5億ドルを提供している。

Kyiv PostとIndependent

キエフ・ポストのロゴ

NEDの資金を最も多く受け取っているのは、同じくNEDの資金を受けたニュース編集室、Kyiv Postを改組したKyiv Independentである。Kyiv Independentは広告と購読料で資金の大半を得ていると主張しているが、PostのウェブサイトではNEDを「Kyiv Postのジャーナリストが作成したコンテンツのスポンサーとなった寄付者」として紹介している。

2021年11月にスタッフ間の紛争でPostが一時的に閉鎖されたとき、ジャーナリストの多くがKyiv Independentを結成した。彼らはカナダ政府からの20万ドルの助成金と、ブリュッセルに本部を置き、NEDをモデルとし、NEDから資金提供を受けている組織、European Endowment for Democracyからの緊急助成金によってこれを実現した。

Kyiv Independentのロゴ

戦争勃発後、Independentは200万人以上のTwitterフォロワーを獲得し、数百万ドルの寄付を集めた。Independentのスタッフは、米国のメディア・エコシステムに溢れた。New York Times(2022年3月5日)やWashington Post(2022年2月28日)など、米国の主要紙で論説が掲載された。CNN(2022年3月21日)、CBS(2022年12月21日)、Fox News(2022年3月31日)、MSNBC(2022年4月10日)といった米国のテレビ局にもしばしば出演している。

CNNのBrian Stelter(2022年3月20日)は、ニュース編集室とアメリカ政府との結びつきは無視して、Independentが 「設立3ヶ月の新興企業で西側世界では比較的無名だったのが、今ではウクライナ戦争に関する主要情報源の1つになった 」と賞賛している。その資金調達活動は、CBSやPBSといった米国の放送局によって推進されている(MintPress, 2022年4月8日)。

Independentのトップスタッフは、他のアメリカ政府のプロジェクションに幅広いコネクションを持っている。寄稿編集者のLiliane Bivingsは、米国や他の政府から資金提供を受け、NATOの事実上の頭脳集団として機能するシンクタンク、大西洋評議会Atlantic Councilでウクライナ・プロジェクトに従事していた。最高財務責任者のJakub Parusinskiは、USAIDが出資するInternational Center for Policy Studiesで活動していた(MintPress, 2022年4月8日)。

最高経営責任者のDaryna Shevchenkoは以前、国務省とフォード財団によって設立された教育・開発関連の非営利団体IREXで活動し、現在もその資金の大半を米国政府から受け取っている。また、NEDとキエフの米国大使館が資金提供し、ウクライナの「独立」メディアを促進する組織、Media Development Foundationの共同設立者でもある。最高執行責任者のOleksiy Sorokinは、米国務省や他のNATO寄りの政府から資金提供を受けているNGO、Transparency Internationalでスタートを切った(Covert Action, 2022年4月13日)。

アメリカのプロパガンダを後押しする

Twitterのポリシーは、事実上、アメリカのプロパガンダ機関に隠れ蓑と手段を提供することになっている。しかし、このポリシーの効果は、全体から見ればまだまだだ。Twitterは様々なメカニズムを通じて、実際に米国が資金を提供するニュース編集室を後押しし、信頼できる情報源として宣伝しているのだ。

そのような仕組みのひとつが、「トピック」機能である。「信頼できる情報を盛り上げる」努力の一環として、Twitterはウクライナ戦争について独自のキュレーションフィードをフォローすることを推奨している。2022年9月現在、Twitterによると、このウクライナ戦争のフィードは、386億以上の “インプレッション “を獲得している。フィードをスクロールすると、このプラットフォームが米国の国家と連携したメディアを後押ししている例が多く、戦争行為に批判的な報道はほとんど、あるいは全く見られない。米国政府とのつながりが深いにもかかわらず、Kyiv IndependentとKyiv Postは、戦争に関する好ましい情報源として頻繁に提供されている。

このアカウントは、彼らが信頼できると主張する紛争に関する情報源に基づくリストを作成した。このリストには現在55人のメンバーがいる。このうち、少なくとも22人はアメリカの資金提供を受けている報道機関か、その系列のジャーナリストである。資金提供のルートは複雑であり、これらのニュース編集室のウェブサイトには情報がないものもあるので、この数はおそらく少なめであろう。

New Voice of Ukraine (NED, State Department)

Euan MacDonald

Kyiv Post (NED)

Natalie Vikhrov

Kyiv Independent (NED)

Anastasiia Lapatina, Oleksiy Sorokin, Anna Myroniuk, Illia Ponomarenko

Zaborona (NED)

Katerina Sergatskova

Media Development Foundation of Georgia (NED, USAID, State Department)

Myth Detector

Radio Free Europe/Radio Liberty (USAGM)

Reid Standish

Center for European Policy Analysis (NED, State Department)

Anders Ostlund, Alina Polyakova

EurasiaNet (NED)

Peter Leonard

Atlantic Council (NATO)

Terrell Jermaine Starr

もしTwitterが独自の「国家と連携するメディア」ポリシーを一貫して適用していれば、これらのユーザーはこのようなリストに含まれないだろう。実際、Twitterはこれらのアカウントの影響力を積極的に低下させるだろう。

世界的なプロパガンダ・ネットワーク

NYT CIAが構築した世界的なプロパガンダ・ネットワーク。ニューヨーク・タイムズ(1977/12/26)が1977年に言えて、2023年に言えないことがある。

米国政府は現在、より露骨に国家の武器として機能する別のメディア組織に資金を提供しているが、彼らのTwitterアカウントに「国家と連携したメディア」というラベルが貼られているものはない。これらの報道機関は、冷戦時代にアメリカの視点を世界中に広めるために設置されたメディア装置の一部である。ニューヨークタイムズ(1977年12月26日)は、かつて彼らを「CIAが構築した世界的なプロパガンダネットワーク」の一部であると表現した。

このネットワークは、エージェンシー内で「プロパガンダ資産目録Propaganda Assets Inventory」として知られ、CBS、AP通信、ロイターなどの主要メディアの工作員から、CIAの「完全な」「編集コントロール」下にある小規模の報道機関に至るまで、かつて約500の個人と組織を包含していた。Radio Free Asia、Voice of America、Radio Free Europe/Radio Libertyはこのプロパガンダ作戦の先陣を切っていた。タイムズ紙は1977年に、このネットワークが「意図的に誤解を招いたり、まったくの虚偽であったりする」米国メディアの記事の流れをもたらしたと報じた。

米国政府はこれらの組織のいくつかを直接運営し続けている。これらの組織は現在、米国グローバルメディア局US Agency for Global Media(USAGM)の管理下にあり、2022年に8億1000万ドルを受け取った連邦機関である。この数字は2021年の予算から27%増加し、RTが2021年にロシアから受け取ったグローバル事業の金額の2倍以上である(RFE/RL、2021年8月25日)。

エージェンシーのウェブサイトに記載されている第一の「放送基準」は、”米国の広範な外交政策目的に合致していること “である。USAGMの構造には、表向きは編集の独立性を守る「ファイアウォール」があるが、この主要目標に違和感を持つ者を採用することはないだろう。Twitterが別の場所で定義した “財源によるコントロール “を米国政府はUSAGMに対して持っていることは確かだ。

USエージェンシー・フォー・グローバル・メディアの組織図

ラジオ・フリー・ヨーロッパ/ラジオ・リバティー

Radio Free Europe/Radio Libertyのロゴ

RFE/RLは1億2600万ドルの予算で運営され、27の言語で3700万人の人々にサービスを提供している。その報道は、「Washington Post, the New York Times, AP, Reuters, USA Today, Politico, CNN, NBC, CBS and ABCなどのグローバルメディアで毎日引用されている」ことを自負している。

RFE/RLはウクライナでの活動を活発化させている。同ネットワークによれば、「ウクライナのメディアリーダーとして、頻繁に注目度の高いインタビューを行い、ウクライナのトップメディアで取り上げている」。USAGMの資料によると、この報道活動には「現地の報道局の広大なネットワークと広範なフリーランスのネットワーク」が含まれているそうです。RFE/RLの傘下にあるTwitterアカウントは、いずれも “国家と連携したメディア “というレッテルを貼られていない。これにはRFE/RLプレスルームとRFE/RLのペルシャ語サービス、Radio Fardaが含まれる。

ラジオ・フリー・アジア

Radio Free Asiaのロゴ

Radio Free Asiaは、主に東アジアの国々に焦点を当て、9つの言語で約6000万人にサービスを提供している。RFAは4760万ドルの予算で、”権威主義的な偽情報や誤った物語に対抗する “という使命を担っている。「米国が外交的、経済的に重要な問題で世界のパートナーとの再協力を目指すなか、RFAは「中国の偽情報の巨大な影響力と戦う必要がある」とUSAGMは述べている。

RFAのメインアカウントには「国家と連携するメディア」のラベルはなく、RFA UyghurRFA BurmeseRFA KoreanRFA TibetanRFA VietnameseRFA Cantoneseのアカウントにもラベルはない。RFAの最大のチャンネルであるRFA Chineseには110万人のフォロワーがいるが、ラベルはない。

ボイス・オブ・アメリカ

Voice of Americaのロゴ

2億5700万ドルの予算を持つVoice of America(VoA)は、USAGMの最大の事業である。961人の従業員が、3億1180万人(うち中国4000万人、イラン1000万人)にサービスを提供している。このメディア・ネットワークの目標は、「アメリカの物語を伝える」ことと、ターゲットとなる人々の「アメリカのポリシーに対する理解を深める」ことである。

イランを対象とするVoA Farsiは、2019年、ある元幹部が「客観性も事実もない」「あからさまなプロパガンダ」を押し出していると述べている(Intercept, 2019年8月13日)。トランプの「最大限の圧力」キャンペーンの最中、この放送局は ” トランプ一筋、トランプ以外の何者でもない ” となった。米国が支援するイランのテロ組織MEKを宣伝することに加え、同アウトレットは “ドナルド・トランプ大統領のイラン政策を支持しないと見なす人々に怒りをぶつける “ようになった。

170万人のフォロワーを持つVoAのTwitterメインアカウント、180万人のフォロワーを持つVoA Chineseアカウント、170万人のフォロワーを持つVoA Farsiアカウントのいずれも、「国家と連携したメディア」のラベルは付いていない。

キューバ放送局

Martiのロゴ

USAGMにはOffice of Cuba Broadcasting (OCB)があり、マイアミに拠点を置き、キューバの「自由と民主主義を促進する」ために年間1290万ドルを受け取って活動している。最近のUSAGMの報告書は、OCBの「キューバの反体制運動に関する継続的でタイムリーかつ徹底的な報道」を指摘している。OCBのファクトシートによると、OCBが監督する主要ネットワークであるRadio Television Martiは、音声、ビデオ、デジタルコンテンツを通じて毎週キューバの人口の11%にサービスを提供している。同ネットワークのTwitterアカウントには、国家と連携しているというラベルは貼られていない。

Middle East Broadcasting Networks

MBNのロゴ

USAGMはMiddle East Broadcasting Networks(MBN)も統括している。このネットワークはバージニア州スプリングフィールドに本社を置き、中東/北アフリカ諸国の「考え、意見、展望のスペクトルを拡大する」ことを使命とするアラブ語のネットワークである。USAGMは、MBNが「この地域で他に類を見ないほどアメリカを代表する存在になる」ことを表明している。このネットワークは、1億890万ドルの予算で “完全に “賄われている。

同エージェンシーによると、MBNはMENA22カ国で3300万人以上の人々にサービスを提供している。イラクのクルド人居住地域以外では、MBNのメディアは人口の76%にサービスを提供しており、パレスチナでは、MBNのメディアは50%にサービスを提供している。MBNのネットワークには、Alhurra TV、Radio Sawa、MBN Digitalが含まれている。360万人のフォロワーをもつAlhurra TVのTwitterアカウントには、「国家と連携する」というレッテルは貼られていない。

これらの事業はいずれも、その全部または一部が政府から資金提供を受けているが、Twitterはこれらを国家と連携した事業とはみなしていない。したがって、これらのアカウントにはラベルが貼られず、プラットフォームがラベル付きアカウントに適用する制限も適用さ れない。もしTwitterが、米国政府から「全額出資」されているニュース編集室を「国家と連携している」と見なさないなら、「文脈」を提供するという目標は、米国のプロパガンダの機関には適用されないことは明らかであろう。この機能は、米国に敵対する国家に属する、国家の資金援助を受けた組織からユーザーを遠ざけるだけのものである。

ツイッターと支配者層(エスタブリッシュメント)

Twitterが西側の外交政策目標に固執するのは、何も新しいことではない。Twitterは、自社のポリシーにNATOへの支援が含まれていることを公然と発表しているほどだ。2021年、ロシアとウクライナの緊張が高まる中、Twitterは “国家と連携した活動 “として数十のロシア人アカウントを削除したことを発表した。Twitter(2021年2月23日)が削除の理由として挙げたのは、”NATO同盟とその安定性に対する信頼を損なっている “というものだった。米国の世界目標への支持は、他の地域にも及んでいる。

2019年、トランプがベネズエラに対するクーデター未遂と残忍な制裁体制を強化していたとき、Twitterは選挙で選ばれたベネズエラ政府を弱体化させようとする米国の努力を支援した。Twitterは、Nicolas Maduro大統領自身の英語アカウントを含む、ベネズエラ政府高官やエージェンシーのアカウントを停止した。同時に、Twitterは、ベネズエラの選挙で選ばれた行政を転覆させようとする、米国が支援する自称「政府」の関係者を「認証」した(Grayzone, 2019年8月24日)。

このプラットフォームの長年の問題は、米国のポリシーに対する批評家に対するルールの恣意的な適用である。同プラットフォームはしばしば、違反の疑いがあるユーザーを何の説明もなく停止または禁止している。

Middle East Eye。 Twitterの中東担当幹部は英軍の「サイコパス」兵士だった。Twitterの中東担当編集幹部は、同時に英軍に「戦術レベルでのナラティブ戦争に対抗する能力」を与える部隊で働いていた(Middle East Eye, 2019年9月30日)。

Twitterは、他のSiliconValleyの巨大企業と同様、国家安全保障国家と数多くのつながりを持っている。Middle East Eye(19年9月30日付)の調査により、Twitterのトップの1人は、英軍の心理戦部隊の1つである第77旅団にも所属していたことが判明した。Twitterで中東・北アフリカ地域の編集トップを務めるGordon MacMillanは、Twitter在籍中の2015年に英国の「情報戦」部隊に入隊していた。ある英国の将軍はMEEに、この部隊は “戦術レベルでナラティブの戦争に対抗する能力 “を開発することに特化していると語った。この話は、米国と英国の報道機関ではほぼ完全に黙殺され(FAIR.org、2019年10月24日)、MacMillanは今もTwitterで働いている

Twitterは、軍需産業や米国政府から資金提供を受けているタカ派シンクタンク、Australian Strategic Policy Instituteとも提携し、コンテンツモデレーションポリシーを策定している。2020年、TwitterはASPIと密接に活動し、中国共産党に好意的であるとする17万以上のフォロワーの少ないアカウントを削除した。最近では、TwitterとASPIは、表向きは偽情報と誤報の撲滅を目的とした提携を発表している。

TwitterのStrategic Response Teamは、どのコンテンツを規制すべきかの判断を担当し、以前CIAとFBIの両方で活動していたJeff Carltonがその責任者だった。実際、MintPress News(2022年6月21日)は、Twitterに入社した元FBI捜査官が数年にわたり数十人いることを報じている。Elon Muskが「Twitter Files」と呼ばれる内部通信をコントロールリークしたことで、エージェンシーとプラットフォームの密接な関係に改めて注目が集まっている。

機密解除されたオーストラリア オーストラリアの研究者が暴露した大規模な反ロシアの「ボット軍団」。「ウクライナ/ロシア戦争の最初の週に、親ウクライナのハッシュタグbot活動が大量にあった 」「ハッシュタグ#IStandWithUkraineを使った約350万件のツイートが、その最初の週にbotによって送信された」と、Declassified Australia(2022年11月3日)は報じた。


Twitterはこれまで、「コンテンツモデレーションを決定する際に他の団体と調整する」ことを直接否定してきたが、最近の報道により、連邦情報機関、およびTwitterのコンテンツモデレーションポリシーの間に深いレベルでのつながりがあることが明らかになっている。Twitter Files “のパート6で、Matt Taibbiは、FBIは、プラットフォーム上のコンテンツにフラグを立て、Twitterの指導者と直接対話するために、80以上のエージェントを専門に抱えていると報じた。昨年、Interceptにリークされたメール(2022年10月31日)には、国土安全保障省(DHS)とTwitterが、選挙セキュリティに関する同省からのコンテンツテイクダウン要請のプロセスを確立していたことが紹介されている。

このプラットフォームは明らかにオンライン上の親ウクライナ感情の重要なハブとなっているが、その活動のすべてが有機的であるわけではない。実際、昨年発表されたある研究(Declassified Australia, 2022年11月3日)では、親ウクライナのボットの大群が発見された。オーストラリアの研究者が戦争に関する500万件以上のツイートを調査したところ、全体の90%が親ウクライナ派(#IStandWithUkraineのハッシュタグまたはそのバリエーションを使用して特定)であり、そのうちの最大80%がボットであると推定されたのである。これらのアカウントの正確な出所は不明だが、”親ウクライナ当局 “がスポンサーとなっていることは明らかだった。膨大な量のツイートが、戦争に関するオンライン感情の形成に役立ったことは間違いない。

ワシントンDCは、人々の感情を形成する上でTwitterが重要であることを理解しているようだ。マスクがTwitterの買収に乗り出したとき、ホワイトハウスは、マスクの “ロシア寄りの姿勢 “を理由に、マスクのビジネスベンチャーに対する国家安全保障上の審査を開始することさえ検討した。こうした懸念は、マスクとウクライナの高官との間で諍いが起きた後、マスクがスペースXのスターリンクシステムをウクライナで使用することを禁止する計画を立てたことに端を発している。また、マスクがロシアとウクライナの間の潜在的な和平提案の概要をツイート(2022年10月3日)した後にも、懸念が生じた。この提案は、平和よりもエスカレーションが支配的なアメリカのエリート界隈では、軽蔑と衝撃をもって迎えられた(FAIR.org、2022年3月22日)。

マスクと国家安全保障国家

ミントプレス イーロン・マスクは反逆のアウトサイダーではない──彼は国防総省の巨大な請負業者である。Alan MacLeod (MintPress, 2022年5月31日)。イーロン・マスクは「強力で凝り固まったエリートを脅かす存在ではなく、彼らの一人である」。

しかし、ウクライナ戦争に関するマスクのホットな発言は、マスクの反エスタブリッシュメントの善意の証明として受け取られるべきではない。イーロン・マスク自身は、体制側のアウトサイダーとは程遠く、軍産複合体の主要人物であり、シリコンバレーの巨人が軍事・情報戦争に徹底的に巻き込まれるという長い伝統を象徴する存在である。

マスクのロケット会社スペースXは、米国の国家安全保障国家から数十億ドルを得ている主要な軍事請負企業である。スペースX社は、アメリカの無人機戦争を支援するためにGPSテクノロジーを軌道に打ち上げる契約を結んでいる。また、国防総省はミサイル防衛衛星の製造も同社と契約している。スペースXはさらに、空軍、宇宙防衛局、国家偵察機構から契約を獲得し、CIAやNSAなどの情報機関が使用するスパイ衛星を打ち上げている(MintPress、2022年5月31日)。

実際、SpaceXの存在は、軍や諜報機関との結びつきに負うところが大きい。同社の初期の支援者の1人は、ペンタゴンの国防高等研究計画局(DARPA)で、これは現代のインターネット時代を定義するテクノロジーの多くをもたらしたのと同じ軍事研究機関である。

当時CIAのベンチャーキャピタルであるIn-Q-Telの社長だったMike Griffinはマスクの側近で、SpaceXの構想に深く関与していた。GriffinはBush Jr.の下でNASAのトップになったとき、SpaceXがロケットを飛ばすことに成功する前に、3億9600万ドルの契約をMuskに授与している。これは後に、国際宇宙ステーションへの物資補給という10億ドルの契約へと膨らんだ。

ロシアによるウクライナ侵攻の後、マスクは、Starlinkのテクノロジーをウクライナ政府に提供し、同国のオンラインを維持することを申し出て、大きな話題となった。ロシアの攻撃で従来の軍事通信がほとんど機能しなくなったウクライナにとって、衛星を使ったインターネット・プロバイダーであるStarlinkは戦争に欠かせない存在となった。これにより、ウクライナ人は戦場の情報を素早く共有し、米国の支援部隊と接続して “テレメンテナンス “を行うことができるようになった。

マスクがこのテクノロジーを “寄付 “するという申し出は、多くの好意的な報道を得たが、後に、SpaceXの関係者が公表していたこととは異なり、米国政府がこのテクノロジーに対して数百万ドルを支払っていたことが、密かに明らかになったのである。Washington Post (2022年4月8日)によると、その金はUSAIDを通して流れた。USAIDは長い間、米国による政権交代活動の道具であり、秘密諜報活動の隠れ蓑となってきた組織である。

複数の報告書が、スターリンクのテクノロジーを戦争におけるゲームチェンジャーと呼んでいる。国防総省の電子戦担当部長は、スターリンクの能力を「目を見張るようなものだ」と賞賛している。統合参謀本部議長はマスクを名指しで称え、”民間と軍の協力とチームワークの組み合わせが、米国を宇宙で最も強力な国にしている “ことを象徴していると述べている。

マスクのスターリンクが関わっているのは、ウクライナだけではない。イランで女性への処遇をめぐる抗議運動が始まると、米国は、この地域における米国の政策の長年の目標である、イラン政府に対する内政上の不安定化圧力を高める好機と捉えた。イランがインターネットを取り締まる中、バイデン政権はマスクに、Starlinkを使って通信遮断を回避するための支援を要請した。その後、Starlinkの端末がイランに密輸されるようになった

マスクと安全保障国家の関係は非常に強く、ある関係者はBloomberg(10/20/22)に対し、「米国政府は通信が停止した場合にもStarlinkを使うだろう」とまで語り、国家レベルの高度な有事対策との関連性を示唆している。

ガバナンスの継続性?

Twitterをめぐる話題は、イーロン・マスクが言論の自由の支持者であるかどうかに集中しているが、軍事請負業者がこのような重要なプラットフォームを完全にコントロールすることの意味については、ほとんど焦点が当てられていない。マスクはCEOを辞任するかもしれないが(あるいは辞任しないかもしれないが)、このプラットフォームは彼の支配下にあり続けるだろう。

マスクのTwitterの下で多くのことが変わったが、米国政府系メディアのメガホンとしてのTwitterの役割は変わっていない。Twitterが自らのポリシーを誤用していることが伝播にどれほどの影響を及ぼしているかを正確に把握するには、大規模な調査研究が必要だろう。しかし、このデータがなくても、プラットフォームの設計は、ワシントンに非協力的な政府が資金提供するほとんどのメディアからユーザーを遠ざけ、ウクライナ戦争の場合には、アメリカ政府が資金提供するメディアへとユーザーを導く役割を果たしていることは明らかである。マスクが軍事請負業者であることは、米国の外交政策目標に異議を唱えることが同社にとって優先事項とはなりそうもないことを強調しているに過ぎない。

訳注 文中で言及されたtwitterの機能について、twitter社が日本語で提供している情報

twitterのトピック機能

Twitterにおける政府および国家当局関係メディアアカウントラベルについて