監視社会のターゲット

●よりいっそう人権の侵害に直面する人たち

監視社会は網羅的監視を押し進めますが、すべての人が等しく監視されるわけではなく、とりわけ監視のターゲットとなる人たち、よりいっそう人権の侵害に直面する人たちがいますもとくに、移住労働者、移民、難民など、さまざまな形で日本の国籍を持たずに日本に住む人たちに対する監視が、確実に強化されています。住基ネットは住民票に連動する問題ですから、そうした移住労働者の問題は直接テーマにならないように見えますが、実はそうではないだろうと私は思っています。

一般的に移住労働者は住民票ではなく外国人登録制度で管理されますが、住民票があるかないかは移住労働者にとっては生活上の重要な問題になることがあります。たとえばオーバーステイであるとか、さまざまな問題を抱えて移住労働者として生活している人たちにとって、住民票を取得するということが非常に有効なケースになる場合がありうるわけです。

実は、自治体によっては移住労働者にも住民票を交付している所もあるのです。住民票を持つことによって、アパートを借りやすいとか、さまざまな公的サービスを受けやすくなる。ところが、住基ネットが国レベルの大きなシステムになってしまうと、自治体レベルの裁量で例外的に住民票を交付することが困難になるのではないかと危惧します。

IDカードを含めた住民管理、監視社会のなかで、多くの国でターゲットにされているのは移民で、イギリスの場合は日本とは逆に移民にIDカードを持たせることで管理するようになっています。

監視カメラでよく引き合いに出されるのは東京・新宿の歌舞伎町ですが、空港でも顔認識のシステムを含めて監視カメラが入ってきており、さらに航空会社は航空券の発券に際してバイオ・メトリクスを利用した本人確認を行おうと実験中です。ワールドカップのときには、フーリガン対策と呼ばれて、開催地には監視カメラがはびこりました。いずれも日本人に対してではなく、日本にいる外国人、移民、日本に来る人たちを監視の対象にしているわけです。

小泉さんが好きな規制緩和やネオ・リベラリズムのグローバル化で、資本や企業は自由に国境を越えて投資できる環境を作るべきであるという話が一方の流れにありながら、他方で唯一規制緩和の対象にならないのが人口管理の部分です。一向に緩和されず、むしろ管理が強化されている。

この問題について私たちはどう考えるのか。国の中では、自分たちが住みたいところ、生活したい所で生活をして、仕事をする権利があるのと同じように、国境を越える自由の権利を私たちは保障されなければいけないと思います。反グローバル化運動のなかで、人々の国境を越える権利を非常に重要な権利として考えるようになってきています。監視社会化は、こうした主張と真っ向から対立する排他的で差別的な考え方です。ですから、移住労働者も含めたところで、監視社会の問題というのをきちんと考えることが必要です。

●グローバル化のなかで強化される管理システム

住基ネットは「人に関わる6情報」ということですが、監視社会問題を考えるうえで重要なことは、人を直接監視するのではないところでも、監視行為による重大な権利侵害が発生するという問題です。たとえばマネー・ロンダリング問題(以下、マネ・ロン)(注)の場合、人というよりデータ自体の監視というのが非常に重要な問題になってくるでしょう。

日本では金融庁がその管轄省庁になるのですが、OECDの金融作業部会というところがこのマネ・ロン監視の国際的なルールを決めています。これらのマネ・ロンのホームページを見ますと、その政治的な性格がよくわかります。マネ・ロン対策を目的に、ここでも移住労働者の本国への送金が監視されます。

オーバーステイなどで本人確認を金融機関にされることを避けたかったり、高額の手数料を搾取する銀行を使えない途上国の人たちが利用する海外送金のルートを、「地下銀行」などといって取り締まる。テロリストと関わりがあると疑われる金融組織が大量にリストアップされ、逐次このリストは更新されています。金融庁などは、ほとんど警察と同じことをやっているのですもお金の流れでもって人をチェックするというやり方をしています。

監視社会の問題というのは、単なる数字や人が読んでわかるようなデータではないものが、生身の人間の個人情報をチェックするための手段になってきているという問題でもあります。

マネ・ロンに関係して、金融機関は最近施行された本人確認法によって個人情報を確認することが義務づけられていますので、マネ・ロン対策のデータ監視が、住基ネットと連動していく形で、いく重にも住基ネットが監視社会の枠組みの中に組み込まれていく可能性はあるだろうと思います。

●国家の”テロ”アレルギーが管理社会を助長する

従来、欧米のプライバシー関係の運動体は、盗聴捜査を行う警察のようなところには非常に大きな関心をもっていましたが、「エシュロン」(注2)が注目されるあたりから、国家の安全保障の問題をプライバシーの問題に関して聖域にしてはならないという理解が進みました。9.11事件以降、軍事、国家安全保障問題をプライバシーの観点から批判的に再検討する動きが活発です。

たとえば、米国が国防総省を中心に推進しようとしている包括的な情報収集、分析、監視のシステム(Total Information Awareness)は、驚くべき計画で、官民を問わずありとあらゆる個人データを網羅的に結びつけて利用できるようにしようというものです。米国内で国防総省がこうしたシステムの中心的な役割を担うということは、日本でいえば防衛庁が国内の個人データを網羅的に監視することを思い浮かべればわかるように、軍事と警察の垣根をほとんどなくすことになります。国中の人々が、どこにいようと、空港のセキュリティ並かそれ以上にプライバシーの権利などにおかまいなしに覗かれ、尾行され、ときには行動の自由を奪われる、ということを意味します。TIAは、二〇〇三年四月に、米国で開催された「ビッグ・ブラザー賞」で、今年最もプライバシー侵害が危惧されるシステムとして、名指しで批判されました。

かつてならば、国家間の問題を「軍事外交問題」といいました。ところが今、軍事外交問題というと、中心になるのは「国家」と「国家でないもの」(非国家行為体)との間の問題だというのが、国家側の認識です。

●●監視社会のターゲット

「国家でないもの」の中にはテロリストが入ってくるわけですが、テロリストの定義については、いまだに国際社会の中で合意が得られていません。誰をテロリストと呼ぶのかということに関して、今、決定権をもってしまっているのはジョージ・ブッシュです。彼は二〇〇二年六月、サダム・フセイン暗殺命令を出しました。二〇〇三年、アルカイダのメンバーの暗殺も命令しました。にもかかわらずブッシュは、テロリストとは呼ばれないのです。”テロリスト”というオールマイティの切札を使って国家と国家以外の組織や集団との関係が安全保障の中心問題になってきていますので、軍事は私たち市民に直接関わる問題になっています。そのなかで、国家がテロリストと名指しする人たちの「名指しされることの不当性の可能性」というややこしい問題とともに、テロリストとそうでない者との区別すらつけられない国家の側のパラノイア的な対応が、ますます監視を強化させていますも安全保障の問題に関しては、警察がどんどん軍隊化しているし、軍隊は警察のように国内の中で活動し始めていますも捜査当局のグローバル化もどんどん進んでいます。そのなかで監視やセキュリティが大きなビジネス・チャンスを生み出し、金もうけのためにプライバシーが商品化される。そして、情報化に伴う監視社会では、技術の問題が非常に大きな意味をもっていることに注目してください。

●チェックの技術が安全といえるか

私はずっと盗聴法の反対運動をしてきましたが、どの法律を見ても技術を規制できていないのです。

いったん法律ができて予算を通してしまえば、盗聴装置を勝手に警察が作れるわけです。その作った盗聴装置がいったいどういう機能をもっているのか、チェックは一切できません。その技術で何ができるのか、そしてどんな違法なことができるのかを、少なくとも私たち自身がチェックできないかぎりは、盗聴装置同様、自治体も含めて住基ネットで使われている技術は安全ではないと思います。住基ネットでも監視カメラでも、バイオ・メトリクスでも、その危険性はみな同じです。

監視技術は、私たちの存在そのものに関わるのですから、医療技術並にその技術の内容が規制されなければならないと思いますももちろん、廃絶できることが最も好ましいわけですが。

私の住む富山市と住基ネットについて交渉したとき、市の担当者が、「ネットの技術上のトラブルについては、業者を呼んで対処する」と言っていました。業者を呼ばないとわからない技術なわけです。今まで、住民基本台帳であれ、自治体が個人情報について行ってきたことは、自治体の職員が紙を使って管理をしていたわけですから、別に業者なんかいらなかったのです。そこで安全が保たれていた。あるいは何が不穏な行為か、はっきりしていました。

業者を入れなければいけない、あるいは業者に任せなくてはいけないという形でしか技術をコントロールできなくなってきていることは、住民の個人情報が紙での管理の時代にくらべて格段に不安定になっていることを示しています。つまり、「業者はいらない。技術を含めてすべて自治体で管理できます」というふうになって、技術の透明性を自治体自らが証明し、住民と議論して、確かにこの技術は違法なことができないということが技術の専門家も含めて証明される-それが住民、市民の自治と民主主義です。それを、業者の介入を口実にブラック・ボックスにしている。これは 民主主義を技術が抑圧している典型的な事例です。

●匿名の自由を奪う住基ネット

最後に、どういう名前を使うか、匿名であることの自由は、たいへん重要な権利だということを指摘しておきたいと思います。

いくつ名前を持とうが、匿名であろうが、その自由を保障でき、なおかつみんながなかよくできる社会がありえます。また、匿名は社会的に抑圧された人たちが自分たちの権利や生存を支えるために必要とする場合があるのです。

私たちは、デモや集会に参加するときに、政府や警察に名前を名乗りません。彼らは参加者の名前を知りたいことでしょう。また、選挙も匿名ですが、立候補者はみな、誰が自分に投票したかを知りたがっています。電子投票システムは、その技術如何によってはこの匿名性を脅かす可能性をもっています。匿名は民主主義の重要な前提条件なのですが、つねにこうした力関係のなかで脅かされているということを忘れてはなりません。

住基ネットは、この匿名性を格段にもろいものにします。この点も十分に視野に入れて、住基ネットを穴だらけにする闘いをさらに進めていきましょう。

(注1)犯罪によって得られた資金の出所を隠すための行為。国際的な資金移動によって行われることも多い。最近国際条約で規制・監視が強化されてきている。
(注2)アメリカ政府が配備しているといわれる、国際情報通信に対する世界規模の盗聴システム。アメリカ政府はその存在を認めていないが、EUは、独自の調査に基づいてその存在と危険性を指摘している。

(反住基ネット連絡会編『住基ネットいち抜けた、自治体離脱の手引き』、現代人文社ブックレット、2003年)