オリンピック

ナショナリズム、天皇制、オリンピック――「歓待」のレイシズム

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●ナショナリズムと文化

オリンピックと代替り、この二つの国策としてのメガイベントの共通項として、ナショナリズムと文化の二つを抽出できると思う。ナショナリズムとは、国民主義、民族主義、国家主義という三つの要素が絡みあったものとして日本語に訳しにくいものだ。しかし、同時にこれら三つの側面を含むナショナリズムであるからこそ、この言葉が近代国民国家の問題を的確に論じる上で有効な概念にもなるのだと思う。1

他方で、文化とは、合理的な説明を超越して、人々の感情や価値観、世界観などに意味を与えるものを指している。科学や理屈とは異なる人々が当然のこととして前提して理解したり感じたりする枠組である。人々が漠然とイメージしている「日本の伝統」とか「日本人」とかといった観念を具体的に支えている個々の事がらや出来事は、文化の重要な側面である。以下で述べるような祝祭イベントとの関係でいえば、文化のなかでも「美学」的な要素、「美」的な感情の問題が重要になる。

●ネガティブな出来事とポジティブな出来事

異例で大規模な「国家的」と呼ぶことができる出来事には二つの真逆なベクトルをもったものがある。一つは、戦争や大災害のようなネガティブな出来事である。多くの人々にとって、これらは「死」の直接の経験であったり、不安や恐怖をリアルに感じることのできる出来事で、「悲劇」と呼べるものだ。政府は、悲劇を「国民的」な団結を通じて克服することを目指し、もしこれに失敗すれば、政府自体の正統性の危機、あるいは権力の解体につながる可能性のある出来事でもある。2
もう一つは、今回の代替りやオリンピックのようなポジティブな出来事だ。祝祭と呼べるものだ。祝祭イベントを通じて、国家の明い未来への想像力を喚起して、今ある国家の正統性を更に強固なものとする出来事になる。3祝祭イベントで動員される感情のなかで最も強い感情が「歓喜」である。この歓喜の感情を通じて、人々が一体となっていることを実感できる雰囲気が社会の様々なレベルで醸成され、歓喜を実現した今ここにある世界を肯定する感情を生み出し、それが最終的に国家へと収斂する。

オリンピックや代替りは大多数の人々にとっては悲劇よりは祝祭であることが期待されているものといえる。少なくとも、政府や資本は、これらを祝祭のイベントとして演出することを前提とした計画をたてている。悲劇と祝祭がともに国家的なイベントであったとしても、その性格は異なり、私たちのアプローチも同じにはならないと思う。

私たちにとって、オリンピックも代替りもむしろ悲劇でしかないし、大災害でしかない。だからといって、戦争に反対したり大災害への政府の対応を批判するといった、悲劇的な出来事に対する私たちの運動がとる戦略や状況分析が、ポジティブなメガイベントに通用するわけではない。

戦争や大災害で、人々の多くは不安や恐怖の感情に囚われ、いちはやくこうした事態が「解決」されることを望み、そのためにできることに協力しようとする気持ちを通じて、人々の間の団結や政府への態度が決まる。この場合には、私たちは、こうした悲劇の原因がどこにあるのか、どのように行動することが不安や恐怖から自由になることなのかを提起し、政府への批判を展開することによって、多くの人々の理解や共感を獲得できるかもしれない。同時に、私たちもまた、多くの人々の経験や経験に根差した主張から多くのことを学ぶ必要がある。一見すると主観的で個別的とみえる様々な体験も、この個別的な体験を人々の共有可能な共通体験へと集約することによって、悲劇を克服するために民衆が共有する世界観や理念が生まれる。悲劇からの克服を既存の権力は、戦争に勝利すること、その結果として悲劇はポジティブなメガイベントへと転化し、人々を歓喜の感情によって統合し、権力の正統性を維持しようとする。大災害の場合、復興を人々の努力のたまものであり、それを国家が全面的に支援してきたといった物語を作りあげることによって、復興とはほど遠い「現実」を隠蔽し、救済されない被害者たちを不可視な存在へと追いやる。他方で、反政府運動の側、社会変革の運動は、その当初から、出来事の悲劇を大衆的な感情において共有しうる条件が与えられている。既存の権力こそが悲劇の元凶にあることを説得する可能性が与えられている。

ポジティブなメガイベントに対して反対する運動が抱えるそもそもの問題は、多くの人々と私たちの間で、共感や感情のレベルでの共通項がないという点にある。ほとんどの人々は、生前退位と即位、オリンピックに関して、これらが自分たちの生死に関わる悲劇だとは考えておらず、むしろ祝祭への期待をもって、肯定的な感情を抱く傾向にある。私たちが人々にこうした感情の根拠や理由に対して疑問を投げ、論理的あるいは学術的なスタイルで代替りやオリンピックの悲劇を主張しても、彼らの多くは多分、こうした正論には耳を貸さないかもしれない。祝祭への期待を挫くという課題は、権力者の祝祭を越える祝祭を私たちが準備できるならいざ知らず4悲劇のなかで権力への異議申し立てを組織することにはない難問がある。
祝祭イベントのもうひとつの側面は悲劇の祝祭化である。戦争をめぐるプロパガンダや軍事パレード、戦争をめぐる慰霊の儀礼などが典型だろう。今回のオリンピックでいえば、福島の隠蔽効果であり、代替りでいえば、天皇の戦争責任、植民地支配の責任の隠蔽効果である。これらはいずれも、悲劇を「美的(あるいは崇高)」な事がらに置き換えて人々の感性を操作する効果がある。5

●グローバリゼーションとナショナリズム

2020オリンピックが64年のオリンピックと大きく違うの背景には、世界規模での時代状況の違いがある。60年代は、冷戦を背景とした国民国家の時代であり、国民国家が国際関係における主権を代表した。国民国家を超越する主体はなく、国際機関は国民国家の代表から構成される時代だった。国民国家としての主権を獲得することが、植民地解放闘争の当然の目標であり、国民国家としての自立が世界規模で、主に第三世界における最重要課題だった。こうした時代のなかで、オリンピックは、一方で都市を主催者としつつも、事実上国民国家によるナショナリズムの祭典となった。

64年を回顧して、その時代にオリンピックが果した役割を想起しながらナショナリズムや動員の問題を再考する場合、この植民地からの解放と国民国家の形成という時代背景を抜きにすることはできない。戦時期やナチスのオリンピックにはなかった時代の特徴がここにある。2020年のオリンピックにはこうした意味での国民国家への熱い肯定はない。6

オリンピックは20世紀を通じて、西側近代化を象徴するイベントとして、その開催が国家威信を体現し、1960年代までは植民地主義との摩擦のなかで先進国の国際イベントとして第三世界からは批判的にみられてきた。その後、第三世界での開催は、その国が一流の先進国の仲間入りを果した証しであると主催国は宣伝し、国民もこの評価共有するようになる。国民国家とナショナリズムのためのメガインベントという地位づけが70年代に確立したともいえるかもしれない。しかし、80年代以降、グローバリゼーションの進展のなかで、ネオリベラリズムと西欧型のライフスタイルのグローバルスタンダード化が、逆に、反グローバリゼーション運動によって逆襲されるなかで、西側近代化への魅力が相対的に低下する。ポスト冷戦以降、長い対テロ戦争のなかで西欧モデルの国民国家への魅力は明かに低下し、それに伴ってオリンピックの国家イベントとしての価値も低下してきた。

他方で、オリンピックがメガイベントとしての魅力を維持するために、益々スペクタクル化への要求が高まり、サーカスの様相を呈するようになる。多国籍企業の影響力が増大し、オリンピックは、ますますスポンサー企業の影響を受け、スポンサー企業がIOCや主催国の意思決定に介入するようになった。国家と資本の妥協なしにはメガイベントは開催できなくなった。このイベントで人々が「熱く」なるのは、国別競技による勝敗のゲームというところにあって、これは資本には真似のできない人々の感情動員の要素ということになる。大衆的な一体性を「国民」というアイデンティティ集団に収斂させるグローバルなナショナルイベントのナショナリズムの演出は、その核心に「国家」の象徴作用を必須の条件とし、これは資本の機能を越える。しかも、いかなる資本もこうしたナショナルイベント以上の規模で人々を動員できるようなビジネスモデルとしての近代資本主義の祝祭モデルはまだ開発されていない。

しかし、こうした「国民」的な歓喜の集合は、徐々にほころびもみせている。それは、ひとつには、国民的なアイデンティティから逸脱する人々が増えてきこと。様々な分離独立志向、移民や難民などだ。もうひとつは、そもそもオリンピックが当初から本質的にもってきた男女のカテゴリーや、健常者と障害者のカテゴリーそのものが、多様性への関心のなかで、揺らいできたことだ。第三に、費用対効果が疑わしくなったことだ。とりわけ、オリンピックによるナショナリズムの祝祭効果は低下を続けてきたようにみえる。ナショナリズムの再生産にとって必要なもっと安上りな手法がでてきた。例えば、インターネットを通じた、感情の動員である。SNSをビジネスにする多国籍企業がこのナショナリズムの動員を支えている。

グローバリゼーションとマスメディアの終焉=インターネットの主流化という環境のなかで、都市空間に依存する莫大な資金を要するメガイベントがどのような変容を遂げるのか、あるいは消滅するのかはまだわからない。しかしオリンピックを支えてきた20世紀の枠組、国民国家を基盤とするナショナリズムのメガイベントという前提が、グローバリゼーション、長びく戦争、国民国家や西欧的な価値の相対的な機能不全とメディア環境の劇的な変化という外的な環境と適応できなくなっているということは明かなようにみえる。

●グローバルな文化と国民国家の特異性の文化

近代資本主義は、一方で、グローバルな競争を可能にするグローバルなルールを構築することによって国際関係の秩序を形成してきたが、他方で、国民国家としての特異性を構築することによって他との差異のなかで、「国民」としてのアイデンティティを再生産してきた。オリンピックと代替りは、この二つの側面を端的に象徴する出来事である。

オリンピックはグローバルなルールを前提にして競争するから、グローバルな文化、人々が他者や他の社会を評価する価値判断の基準、価値観の基準が共通のものとして形成されているという側面を最も端的に示すイベントである。その基準を支える価値観の基本は、スピードと正確性であり、これらは、機械化=工業化によって社会の進歩を判断してきた近代資本主義が人々を評価する「普遍的」なものと一致する。このスピードと正確性を極端に、超人的なレベルにまで鍛えるという異常な身体訓練を競うのが、オリンピックをはじめとするスポーツ競技である。

もうひとつのグローバルな価値判断は、「力」、つまり暴力の優劣である。価値観や文化の優劣を力の優劣に置き換えて評価する近代世界の価値観が、格闘技スポーツに反映されている。スピード、正確性、力といった要素を身体の優位性として抽出し、これをその個人の人格的人間的な優秀性だけでなく、こうしたアスリートを排出した「国民」あるいは「人種」や「民族」の優秀性を象徴するものとみなす。こうした価値観に合理的な根拠があるわけではなく、またこれを人間の能力の普遍的な判断基準とすることに特段の合理性があるわけでもない。だからこそ「スポーツ文化」ハ、いでおろぎー装置として、こうした身体のありかたに価値を付与して、共通の価値観として人々の集合的な共感の構造を再生産する。

こうしたスポーツ文化を支えるグローバルなアスリートを再生産するには、そのトレーニングから最終的にエンターテインメントとして大くの集客と歓喜の感情を形成するためのインフラが必要になる。国家と資本の投資は、こうしたアスリートをナショナリズムと利潤の枠組のなかに回収する。

代替りは、こうしたグローバルなルールに基く文化とは逆に、他国と共通性のない国民国家「日本」に固有のスタイルとして演出される。どのような国民国家も、一方で近代国民国家としての建国の理念を持ちながら、他方で近代以前の時代に淵源する文化や価値観の正当な継承者であることによって、近代という特定の時代を超越して存在しうる(つまり永遠性)を獲得しようとする。こうした役割をキリスト教やイスラム教といった宗教的な伝統が引き受ける。7

近代日本は、近代国民国家としての「世界性」と「特異性」を表裏一体のものとしてきた。このいずれを欠いても近代国民国家としての一体性は維持できない。しかし、普遍的な構造と特異な構造という二重構造は常に矛盾を抱えこむことになる。その矛盾は、国家の歴史と神話(創生の神話か歴史の事実か)と、工業化が基盤とする科学と超越的な存在(検証可能性と神の存在)をめぐって、常に妥協の弁証法に苦しめられることになる。天皇制は、神話や非科学的な神観念を土台とした国民国家としての固有性に依存する。神話を科学や歴史的な史実を根拠に否定することは容易だが、人々が神話を明確に記憶から消しさることはなく、むしろ習俗として日常生活のなかに定着しているのは何故なのかを説明したことにはならない。神の存在は証明されたことはないが、多くの科学者たちは、この根拠のはっきりしない存在を信仰しているという事実があり、こうした近代的な個人はむしろ普通にどこにでもいる人々である。

問題は二つある。ひとつは、近代天皇制への人々の不合理な肯定は、天皇制への合理的科学的な批判では覆せないということである。神話や神話に基く儀礼的な行為が体現する象徴作用を否定するとはどのようなことなのか、である。8

天皇制を支える儀礼は、オカルトといっていい性質をもち、外部の人達にとって、この日本の儀礼は奇怪なbizarreな文化でしかないと思う。この世界を「日本人」というアイデンティティを直感的にもつ人々が共有している。天皇制は日本ではカルトとはみなされていない。そのことがむしろ問われるべき問題だろう。

●私たちの課題――ナショナリズムを否定するとは?

戦争や災害といったネガティブな出来事を否定することは、さほど難しくない。最低限でも原状への復帰を構想できるからだ。しかしポジテイィブな出来事の否定はそうはいかない。オリンピックや代替りの背景をなすナショナリズムや文化を否定することなしに、これらのオジティブとみなされている出来事がもたらす問題は解決しない。

では、ナショナリズム(国民、民族、国家という虚構によって構成される価値観や情動)を否定するとはどのようなことか。日本人であることを否定することとはどのようにすれば可能であり、それはどのような状態を人間関係や社会関係において必要とすることになるのか。この問いは多分一歩一歩の試行錯誤の積み重ねでしか、答えはでないかもしれないが、答えがありうるということの確証を得ることが必要なことだ。実践的な課題とは別に、思想的理論的な見通しとして、日本人を否定することの根源をなす条件は明確にすることが必要だろう。多分、国民国家としての「日本」や「日本国民」の解体だろうが、それがどのような新たな統治機構を構築することに結びつくのかが重要であって、もうひとつの国民国家しか構想できないのであれば、ナショナリズムを払拭することにはならない。

しかし、同時に、ナショナリズムの民族的な側面は単に国民国家の否定では対処できないものでもある。擬制であったとしても「日本人」という民族性への多くの人々の確信を覆すこと、これが虚構でしかないことを、学問や科学の世界のことではなくて、日常生活のレベルで実現することとはどのようなことなのだろうか。民族の廃絶という課題は、支配的な民族にも少数民族にも同じように当て嵌めて論じることができるのか。「無民族」世界を目指すという課題は、ほとんど真剣に議論されてきていないが、天皇制を否定することと擬制としての日本人という民族性の否定をひとつの主題として運動化するとすれば、この課題は避けて通ることはできないだろう。

これは明かに「文化革命」の課題である。しかし、どのような文化の革命が自由や解放をもたらすことになるのだろうか。文化の革命を政治革命とともに、ある一つの理想に基く普遍的な理念によって導くのであれば、画一性しか生まれず、人々が有する多様性や特異性は入り込む余地はなくなるかもしれない。多様性や特異性に基づきながらも、集団としての共通した価値観も持ち、しかもこの多様性と共通性をレトリックで総合するような誤魔化し――これは多分にファシズムを引き寄せやすい――ではない、世界はありうるのか。こうした課題に答えることなしに「文化革命」はありえない。

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●参考1

オリンピック、独立国以外の参加地域(国)

https://www.joc.or.jp/games/olympic/code/index.html

プエルトリコ(米国)

米領サモア

バージン諸島(西側 米国)

バージン諸島(東側 イギリス)

アルーバ(オランダ)

バミューダ(英国)

ケイマン諸島(英国)

クック諸島(ニュージランドと連合制)

香港(JOCのリストにはない)

マカオ(パラリンピックのみ)

キプロス キプロス共和国と北キプロス・トルコ共和国で「分断」

台湾(チャイニーズタイペイとして参加)

旧英国植民地で現在英連邦加盟国のなかには、国家元首を英国王とする立憲君主制国家がいくつもある。

ミクロネシア連邦

ツバル

セントビンセント・グレナディーン

アンティグア・バーブーダ

ベリーズ

セントクリストファー・ネイビス

セントルシア

パプアニューギニア

ソロモン諸島

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●参考2

事例:プエルトリコの場合

1543年のスペインによる植民地化以降現在まで「独立」を果していない。

1898年から1900年まで自治政府樹立。

1900年に米国領に。

1917年に米国市民権が付与される。オリンピックの独自選手団は禁じられた。

近年は財政破綻が深刻。

2017年、ハリケーン・マリアで大被害。連邦議会や大統領選挙権がないため、トランプが冷淡な対応をしてきた。

1958年にIOC承認

1900年以降、プエルトリコは米国との関係で二重のアイデンティティを構築してきた。一方で、米国の市民としての意識があり、他方で文化や政治における自治意識がある。1900年当時のプエルトリコのリベラル派はスペインの植民地主義からの解放を求めつつも、完全な独立ではなく地域自治を追求した。これが1898から1900までの自治政府の動きを支えた。プエルトリコは多くの米軍基地を抱えてきた。ルーズベルトロード海軍基地は海外の米軍基地として最大規模のものだが、2003年に閉鎖。それ以前に反基地運動によってビスケス島基地も閉鎖された。

1948年。USオリンピック委員会はプエルトリコを米国のオリンピック組織に統合することを提案するが、これを拒否。この時期、ハワイとアラスカはこの提案を受けいれて組織が統合される。IOCで独立したポジションを獲得することを、他のラテンアメリカ諸国やIOCも支持する。

プエルトリコは、米国の文化的な価値の一部を受け入れてきた。消費文化、スポーツ、キリスト教(プロテスタント)などであり、「Army and Navy YMCA」(陸軍、海軍、YMCA)と俗に呼ばれるように、軍隊の進駐と同時にキリスト教文化の進出による文化的アイデンティティの解体が問題とされてきた。しかし他方で、言語はスペイン語系であり、ラテンアメリカとの共通性が大きい。この意味で、米国による文化的な統合はうまくいっていない。

プエルトリコの独立とその象徴としてのオリンピックへの独立代表を送り出すという問題は、プエルトリコの選手が星条旗のもとで米国選手団として参加するのか、オリンピックで掲げたり、選手が身につける「旗」が星条旗なのかプエルトリコの旗なのかという問題に象徴された。これは1960年代の植民地独立運動のなかで重要な意味をもった問題でもある。

プエルトリコは米国のスポーツにとって重要な「資源」でもある。野球やバスケットなどで有力な選手を排出する地域でもあったからだ。この意味でスポーツを通じての米国の文化帝国主義にとって重要な位置を占めていた。

Antonio Sotomayor、The Sovereign Colony: Olympic Sport, National Identity, and International Politics in Puerto Rico、Univ of Nebraska Pr、2018

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●参考3

北京オリンピックと香港

2008年、5月、聖火が香港を通過する。

6時間かけて25キロ、120人がリレーして香港文化センター、ビクトリア港などを通る。有名な観光地、ビジネスの中心街、中国返還を象徴する政治的な施設などを通る。香港からマカオへ。

2008年3月 チベットでの暴動(1959年のチベット暴動の49周年)とその弾圧

2008年4月 四川大地震。

北京オリンピックは中国にとって西側近代化のステージに到達したことの証明とみなされた。聖火は、このような確認を世界規模で各国に納得させる道具でもあった。2008年の聖火は、130日をかけて6大陸を横断する大規模なもので、オリンピック史上最長のリレーでもあった。国内のリレーは国内の調和を印象づける作用を世界に示す機能を期待された。台湾はこのリレーを拒否した。香港とマカオは、これらの地域が中国に統合され、この統合が植民地統治時代よりもうまくいっていることを世界に示す効果を期待されて、聖火リレーの最初の場所として選ばれた。

聖火は5月4日から中国本土に入った。1919年の54運動(抗日運動)の記念日の89周年である。1世紀前には失敗した西欧近代化を今成し遂げつつあることの象徴として。

香港の中国返還は1997年7月。一国二制度の開始。

5月2日、香港のChief Executive Mr. Donald Tsangは北京オリンピックのスローガン「一つの世界、一つの夢」を繰り返した。

聖火ランナーのリストにすいて、北京の組織委員会は120人のうち12人をノミネートした。これに地元のthe Sports Federation and Hong Kong Olympic Committeeの影響も加えると影響はさらに大きくなる。

聖火の行進は、香港の開発状況を反映した。これはMr. Timothy Fok, the Sports Federation and Hong Kong Olympic Committee Presidentが決定した。聖火ランナーはこの社会の縮図が示されている。120名のうち前現アスリートは42名のみ。残りはビジネス、政治家やNGO、エンターテインメント業界のメンバーなど。ビジネス界では、開発業者大手のShun Tak Holdings、Cheung Kong, Sun Hung Kei and Hendersonなどだ。こうしてアスリートは後景に退いた。聖火ランナーからは貧困層の人々も排除された。(サンフランシスコでは、78名のうちエッセイの入選者32名が選ばれた。)社会が分断されていることを隠蔽するセレモニーとなった。リレーの最初と最後に香港のメダリストが走った。誰が走るのかという選考をめぐる、北京との確執がある。

Wing-Shing Tang, “The 2008 Olympic Torch Relay in Hong Kong: A Clash of Governmentalities,” Human Geography 2018/1/1

1アダム・スミスの有名なWealth of Nationsは「諸国民の富」とも「国富論」とも訳されるように、nationは国民とも国家ともとれる言葉である。

2悲劇あるいはネガティブな出来事とは、ナオミ・クラインの災害資本主義から借りてきたものだが、内容は同じではない。

3祝祭イベントという表現は、ボイコフの「祝賀イベント」から借りたものであるが、内容は同じではない。一般に、権力の脆弱な「場所」は、「境界」にあるといわれている。国境は地理的な空間のなかで権力の及ぶ範囲が終点となる場所として、その外部と接するわけだが、王位継承であれ次期の政権を選択する選挙であれ、権力が時間的な終点に至り、次の権力への移行となる時間は、権力の空白時間となる。天皇は、戦後憲法では、伝統的な政治学でいえば国家権力の象徴でしかなく、権力の主体ではないということになるが、天皇は「日本」という国家を象徴する政治的な機能を担っており、明らかに統治機構の不可欠な一部をなす。天皇の死=象徴の死は、それ自体が、国家を象徴する存在の終わりを意味し、象徴の不在となる。死に続く即位は、象徴の終りと再生の一連の儀式を通じて、新たな象徴とそれが体現する国家がそれまでの国家からの正当な後継者であることを表明するための手続きになる。代替りには、「死」が関わるために、ある種の悲劇であり、「悲しみ」を排除することができない。これに対して、生前退位は、この「悲しみ」という要素が悲劇的なニュアンスを帯びることなく抑制され、即位に関わる「歓喜」の感情が支配的となる。

4こうした毒をもって毒を制する類いになりかねない作戦は、ファシスト的な「革命」の誘惑に引きよせられる危険性がある。

5小倉「憎悪の美学」『季刊ピープルズプラン』81号参照。

6この時代の参考事例として、プエルトリコのケースを参照。また、長野オリンピックが1998年、札幌が1972年である。これらの冬季オリンピックとの時代背景の比較も重要である。札幌は、ベトナム反戦運動やいわゆる68年の反乱とのかかわりで注目すべきだろう。長野オリンピックはバブル崩壊後の停滞期に追い討ちをかけたアジア通貨危機という20世紀最後の経済危機のなかで行なわれた。

7ただし、キリスト教もまた、近代を生み出した直接的な条件とみなされる場合がある。とりわけユダヤ教との結び付きを否定して、キリスト教以前の異教の時代やギリシア文明といった紀元前の時代にヨーロッパ社会の正統性を求める考え方が極右にはある。こうした考え方が、純粋な白人中心主義を正当化する主張には色濃い。

8やや安直なたとえでいえば、「陽が昇る」とか「陽が沈む」といった地動説的な表現や実感をどのようにしたら科学的な理解に合わせて表現し、なおかつそれを「実感」できるようになるか、という問題と似ている。


ピープルズプラン研究所主催の連続講座〈「平成」代替りの政治を問う〉第7回 「 東京オリンピックと「生前退位」―ナショナリズム大イベントがねらうもの」の発言資料として配布したものです。

主宰者からのお知らせ

10月2日:第二回『絶望のユートピア』 (桂書房) を枕に 社会を変える夢を見るための連続講座 (第2期)

投稿日:

ATTAC首都圏主催の連続講座の二期目第二回の案内です。わたしの『絶望のユートピア』からいくつかテキストを選んで参加者のみなさんと議論します。以下案内を転載します。

会場は

ATTAC Japan (首都圏)
千代田区神田淡路町 1-21-7 静和ビル 1 階 A

地下鉄「小川町」B3出口。連合会館の裏手です。

地図

第2回 10月2日 (火) 19 時~

「ナショナリズムの終焉へ向けて」 (PDFはこちら)
右翼の歴史認識の源流ともいえる林房雄の『大東亜戦争肯定論』批判の文章。世界規模で跋扈する極右やネオナチの「保守革命」にも通じる世界観について考えてみます。

当日配布資料から(PDF)

第3回 11月13日 (火) 19 時~

「社会主義にとってフェミニズムとは何であったのか 」
資本主義の搾取の廃絶によって性差別も人種差別も解消できるほどジェンダーの問題は簡単なものではありません。階級と性の問題を、フーリエやエドワード・カーペンターなど
19 世紀の時代の社会主義の思想と運動に立ち返って考えます。

第4回 12月11日 (火)19 時~

「グローバル資本主義の金融危機と<労働力>支配 」
資本主義の基本的な問題でもある<労働力>の商品化と搾取は金融危機あるいは金融システムとどのように関連するのか。資本による<労働力>支配の一環としての金融について考えます。

第5回 2019 年1月15日 (火) 19 時~

「労働概念の再検討」なぜ人々は働くことを強いられて自殺するまでに追いつめられるのだろうか。労働を美徳とする倫理観がどうして成り立ってしまうのか、本当に「働く」ことの無意味さを生きざるをえない資本主義の問題を考えます。

◆参加を希望される方へ◆ 会場は attac 事務所です。事前に読んでくる必要はありません。1 話完結の 5 回連続。途中参加・途中欠席可。参加費は 500 円(attac会員は 300 円)。本をお持ちでない方は各回 1000 円で書籍がもれなくついてきます。申し込みは attac-jp@jca.apc.org まで。


下記は終了しました。

第1回2018 年9月18日(火)19 時~

「オルタナティブの戦後 」
戦後の社会運動のなかで非主流ともいえる様々な運動を通じて、少数とはいえ彼らが切り開いてきた変革への問題意識を考えてみます。

主宰者からのお知らせ

〈「平成」代替りの政治を問う〉 第7回  東京オリンピックと「生前退位」―ナショナリズム大イベントがねらうもの

投稿日:
PP研からのお知らせ : 〈「平成」代替りの政治を問う〉 第7回  東京オリンピックと「生前退位」―ナショナリズム大イベントがねらうもの

〈「平成」代替りの政治を問う〉 第7回
東京オリンピックと「生前退位」―ナショナリズム大イベントがねらうもの
問題提起:小倉利丸さん(「オリンピック災害」おことわり連絡会)
:宮崎俊郎さん(「オリンピック災害」おことわり連絡会)
:天野恵一さん(反天皇制運動連絡会)

次回 2018年 9月15日(土) 15時~
場所:ピープルズプラン研究所会議室
参加費:800円
主催・連絡先:ピープルズプラン研究所

2016年7月13日、 NHKのスクープとして〈天皇の「生前退位」の意向〉なるものが大きくマスコミに浮上。翌日からすべてのマスコミが大騒ぎに突入し、直後の宮内庁の「事実ではない」、政府の否定のコメントなど、まったく無視するような情報の大洪水は、8月6日に天皇のビデオ・メッセージが準備されている(安倍晋三首相のコメントもあり)との報道にいきついた。
そして、8月8日に、象徴として〈公務〉を努カする天皇、それの活動を安定的に継承するための「生前退位」希望と、「国民」への同意を要求し、事実上法づくりをいそがせる「ビデオ・メッセージ」を発した。この天皇の意思が大きくつくりだした状況のパワーにのみこまれ、事実を「否定」して嘘のコメントをした事など忘れたように安倍政権も宮内庁も、基本的に「生前退位」を実現すべく動き出す。
そして、2017年6月9日「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」は「付帯決議」つきで成立してしまう。
憲法が禁じている「象徴としての公的御活動」と法に書き込み(条文まで敬語!)、「国民」が天皇を深く「敬愛し」「お気持ちを理解し、これに共感している」とも書き込み、法的に天皇(の意思)への敬愛・理解・共感を強制している。トンデモない違憲立法である。
ところが、 一方で「有識者会議」をつくり、アドバイスを求め、国会では、一切の討論をシャットアウトした〈翼賛国会〉。その挙国一致体制の下、つくられたこの法づくりのプロセスおよび法案に対する安倍改憲に反対しているはずの護憲派野党・憲法学者の正面からの批判の声は、ほぼゼロ、比較的「リベラル」と思われていたインテリたちのアキヒト天皇の意思尊重こそ大切(その意思はスバラシイ!)という声が大きくマスコミに飛び交いだすしまつである。
私たちの予想に反してスタートしたこの「平成天皇代替りの政治」のプロセスを、まず正面から緻密に批判的検証をしなければなるまい。その作業を通して、権力によって進められるであろう「ここ3 年」以内の「退位・新天皇即位」の政治イベントに有効に対決していきたい。
以上のモチーフの下に〈「平成」代替りの政治を問う〉連統講座を呼びかける(2ヶ月一回のペースで一年以上連統)。

オリンピック

(声明)2020東京オリンピック・パラリンピックを理由としたプライバシー権と市民的自由を侵害するテロ対策に反対します

投稿日:

2020東京オリンピック・パラリンピックを理由としたプライバシー権と市民的自由を侵害するテロ対策に反対します

2018年9月6日
盗聴法に反対する市民連絡会
問い合わせ先
070-5553-5495(小倉)
hantocho-shiminren@tuta.io

JOC、政府、自治体、民間企業そしてマスメディアの報道は、いずれも、2020東京オリンピック・パラリンピック(以下オリンピックと呼びます)のセキュリティ対策を大義名分として、監視社会化を推進する一方で、基本的人権としてのプライバシーの権利や言論・表現の自由など人々の市民的自由が最優先されるべきであることに全く関心をもっていません。

たかだか夏の一ヶ月のスポーツイベントとその準備によって、基本的人権としての市民的自由やプライバシーの権利が、半永久的に奪われる非常に憂慮すべき事態にあることを、訴えたいと思います。

●オリンピックが歯止めのない監視社会化を招いている

政府は、2017年に「2020年東京大会に向けたセキュリティ基本戦略」や「オリパラ・テロ対策推進要綱」を策定しました。そして現在、政府は、安倍首相を本部長とした「オリパラ推進本部」の下に各省庁を横断した「セキュリティ幹事会」を設置し、更に各自治体もまきこんだ大規模な監視システムを構築しています。現在までに、組織や個人の監視や情報収集のために、セキュリティ情報センター(警察庁)、国際テロ対策等情報共有センター(仮称)(内閣官房)、サイバーセキュリティ対処調整センター(内閣官房)などが設置され、「国際テロ情報収集ユニット」等の活動が拡大・強化されるなど、新たな組織や仕組みが次々と作られてきました。共謀罪は、このような動きのなかで、強引に成立させられたのです。また、2018年春の通常国会に政府が提出した「2020年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会の準備及び運営の推進に関する政府の取組の状況に関する報告」の中心課題も、もっぱらセキュリティ対策とリスク管理に置かれました。オリンピックに反対とは言いにくい世論をたくみに利用して、オリンピックを監視社会化のために利用しようとする意図が明かになっています。

監視強化の一例としていくつかの事例を上げることができます。たとえば、従来の入国審査での生体情報の利用に加えて、航空会社が保有する旅客情報の収集が強化されたり、空港、山手線などの鉄道車内や駅構内などの公共の場所での顔認証や個人識別機能付の監視カメラの設置、インターネット通信への監視強化などが計画されています。ボランティア管理では、マイナンバーと顔認証を併用することが計画されており、オリンピック観戦チケット購入についてもマイナンバーの導入が計画されています。更に、聖火リレーなどのイベントを口実に、日本全国で日常的にテロ対策訓練などが行なわれるようになってしまいました。

また警察庁は、2017年4月の「人口減少時代における警備業務の在り方に関する有識者検討会」において、オリンピック警備での人手不足を理由に、民間警備会社によるドローンなどのICTの活用を提言しており、更に将来的にはビッグデータの活用への動きもあり、官民が一体となってプライバシーの権利を侵害しかねない動きが加速しています。

政府であれ民間であれ、オリンピックを口実として、個人情報を網羅的に取得して監視の手段に使うことに歯止めがかかっていません。JOCの大会運営費、国や自治体のオリンピック関連予算、民間企業のオリンピック関連投資全体のなかで、テロ対策などを口実とした監視・警備予算は、大きく膨れ上がり、大会運営費だけでもその2割を占め、警備要員も5万人を越える規模になっています。オリンピックは、民間の監視産業の利益の源泉になっており、ICT産業は、私たちのプライバシーの権利を守ることよりも監視社会化から利益をあげる企業になっています。オリンピックをきっかけに導入された高度な監視の制度、政策、技術などは、将来、国の様々な政策に浸透してゆくきっかけになります。

このように、オリンピックは、監視社会化を促進し、市民的自由の抑圧、プライバシー権の侵害に格好の大義名分を与えるイベントになっているのです。私たちは、このようなオリンピックの開催に賛成することは到底できません。

●ナショナリズムと一体となった監視社会化

オリンピックは、その憲章の趣旨に反して、事実上ナショナルイベントになっています。表彰式では国旗が掲揚され国歌が歌われます。オリンピックは、過剰にナショナリズムを鼓舞する巨大イベントです。そしてまた、今回のオリンピックを政府は「復興オリンピック・パラリンピック」と呼び、「国民総参加」による「日本全体の祭典」であり「大会が日本の魅力や日本が誇るべき価値を発信する絶好の機会」であるなど、ナショナリズムの喚起のチャンスと捉えています。これは、オリンピックを絶好の機会とした監視社会化と国民総動員体制の構築ではないでしょうか。

個人の自由な思想信条など、憲法で保障された基本的人権の観点からすれば、政府が「国民総参加」を上から扇動するようなことがあってはなりません。参加しない自由、批判する自由、こうした異論をデモや集会などで表現する自由が監視されることなく保障されるべきことは言うまでもありません。警察、自衛隊、民間警備産業などを総動員する治安管理体制がとられるなかで、上からの「国民総参加」が事実上強制されようとしている現在、私たちのプライバシーの権利や思想信条の自由は、尊重も配慮もされていません。

また、こうした監視体制のなかで、「日本全体の祭典」といったナショナリズムが鼓舞される結果として、「国民」にも「日本」の枠組にもそぐわない地位を強いられている多くの外国籍の人々や、「日本」以外の国や地域に自らのアイデンティティを持つ人々のプライバシー権や市民的自由も奪われる危険性が高くなります。様々な少数者の市民的自由の権利、多数者とは異なる生き方やライフスタイルをもつ権利もまた監視され、差別と偏見にさらされ脆弱になるのではないでしょうか。人種差別や排外主義、少数者の人権に無関心なこの国の現状をふまえたとき、監視社会化のターゲットが、こうした人々に向けられる危険性を軽視することはできません。

●私たちの要求

私たちは、上記をふまえて、改めて以下の点を政府や関係機関に求めたいと思います。

(1)オリンピックやテロ対策を理由とした全てのセキュリティ政策、制度、組織を廃止すること。
(2)オリンピックやテロ対策を理由とした生体認証や個人識別技術の導入や監視カメラの設置を止め、すみやかに機器を撤去すること。
(3)オリンピックやテロ対策を理由とした令状なしの荷物検査や職務質問など、法令を逸脱した法執行機関の行動をやめること。
(4)オリンピックやテロ対策を理由とした出入国管理における生体情報等の取得をやめること。
(5)オリンピックやテロ対策を口実とした政府機関や民間等での個人情報の共有をやめること。
(6)警察も含めて、政府・自治体による生体情報、画像・動画などを含む個人情報の取得状況を本人に開示し、自己情報コントロールの権利を認めること。
(7)オリンピックのテロ対策を口実として制定された共謀罪を廃止すること。
(8)オリンピックのテロ対策を口実として批准した越境組織犯罪防止条約から脱退すること。
(9)オリンピックに関する全てのセキュリティ、治安関連予算を取りやめること。
(10)民間企業や地域組織(町内会、PTA、ボランティア団体など)はオリンピックを口実とした安全・安心などを名目とする監視への投資や監視活動に参加しないこと。

私たちは、思想信条、言論表現、および信教の自由など市民的自由を侵害し、生体情報、行動履歴、出入国履歴などプライバシーの権利を侵害するいかなる国家イベント、国策、民間企業などの活動を容認できません。人権をないがしろにするのならオリンピックは中止すべきです。

以上

主宰者からのお知らせ

小倉利丸著『絶望のユートピア』 (桂書房) を枕に 社会を変える夢を見るための連続講座 (第2期)

投稿日:

ATTAC首都圏主催の連続講座の二期目です。わたしの『絶望のユートピア』からいくつかテキストを選んで参加者のみなさんと議論します。以下案内を転載します。

会場は

ATTAC Japan (首都圏)
千代田区神田淡路町 1-21-7 静和ビル 1 階 A

地下鉄「小川町」B3出口。連合会館の裏手です。

地図

第1回2018 年9月18日(火)19 時~

「オルタナティブの戦後 」
戦後の社会運動のなかで非主流ともいえる様々な運動を通じて、少数とはいえ彼らが切り開いてきた変革への問題意識を考えてみます。

第2回 10月2日 (火) 19 時~

「ナショナリズムの終焉へ向けて」
右翼の歴史認識の源流ともいえる林房雄の『大東亜戦争肯定論』批判の文章。世界規模で跋扈する極右やネオナチの「保守革命」にも通じる世界観について考えてみます。

第3回 11月13日 (火) 19 時~

「社会主義にとってフェミニズムとは何であったのか 」
資本主義の搾取の廃絶によって性差別も人種差別も解消できるほどジェンダーの問題は簡単なものではありません。階級と性の問題を、フーリエやエドワード・カーペンターなど
19 世紀の時代の社会主義の思想と運動に立ち返って考えます。

第4回 12月11日 (火)19 時~

「グローバル資本主義の金融危機と<労働力>支配 」
資本主義の基本的な問題でもある<労働力>の商品化と搾取は金融危機あるいは金融システムとどのように関連するのか。資本による<労働力>支配の一環としての金融について考えます。

第5回 2019 年1月15日 (火) 19 時~

「労働概念の再検討」なぜ人々は働くことを強いられて自殺するまでに追いつめられるのだろうか。労働を美徳とする倫理観がどうして成り立ってしまうのか、本当に「働く」ことの無意味さを生きざるをえない資本主義の問題を考えます。

◆参加を希望される方へ◆ 会場は attac 事務所です。事前に読んでくる必要はありません。1 話完結の 5 回連続。途中参加・途中欠席可。参加費は 500 円(attac会員は 300 円)。本をお持ちでない方は各回 1000 円で書籍がもれなくついてきます。申し込みは attac-jp@jca.apc.org まで。

主宰者からのお知らせ

はじめてのインターネットラジオ放送

投稿日:

実は、私自身、ネットラジオは全くの初心者です。ですので、参加される皆さんと一緒に、とりあえず「出きる」ところまでやれることをとても期待しています。ことばは、読むこと、書くことだけでなく、話すこと(歌うこと?)、聞くことも大切なことです。話す、聞くことでしかできない可能性をいろいろ工夫するきっかけになればと思います。ネットでラジオ局を開局するときに、iTunesとかYoutubeなど既存のインフラを使うのであれば、netにたくさん情報があります。簡単とはいいますが、文章を書く、メールを送受信する、ネットサーフィンをするといった使い方が中心のユーザにとっては、音声をコントロールして配信すること(特にライブでの配信)ということになると、けっこう厄介かもしれません。
たとえば、
そもそも音声をパソコンに録音したり編集することはどうやってやればいいのか。
複数の話し手の声をパソコンで録音するはどうしたらいいのか。(パソコン内蔵マイクでskypeみたいなのではラジオとしての「音質」にはなりにくいでしょう)
音楽などを流したいけど、どうやって著作権問題をクリアしたらいいのか
パソコンからネットにどうやってライブで「音」を配信し、それを記録するのか。
録音したものをネットに上げるにはどうしたらいいのか。
ストリーミングなどをやるにはサーバを借りなければいけない?
いったいどれくらいの予算があればできるものなの?
などなどいろいろな疑問があるかもしれません。原則としてオープンソースのソフトを使って、Linuxでも実現可能なシステムを作ることをやれればと思います。参加されたみなさんも、実際にパソコンを使ってネットラジオの環境を作れるようにできればと思います。12号店の機材(マイクなど)は使えると思います。それ以外に、小型のミキサーとかを用意してみたいと思います。参考までに、以下の案内の後ろに、8月にベルリンで開催されるCRITICAL ENGINEERING SUMMER INTENSIVES, BERLIN 2018の紹介もあわせて掲載します。このイベントでもラジオへの関心がかなり中心的な主題になっています。

はじめてのインターネットラジオ放送

プロプライエタリ社会をハックする ― インターネットラジオ・ワークショップ

3月に1970年代イタリアの自由ラジオ局ラジオ・アリチェの物語「あくせく働くな」を上映し、自由ラジオ運動について語りあうセミナーを開催しました。日本は未だに電波管理が厳しく「海賊放送」の余地が非常に狭いままです。他方で、ネットラジオは自由度が高く、ブログやSNSにはない可能性と拡がりがあります。音声や音楽など「音」には書き言葉にはない可能性があるのです。伝えたい事柄を四苦八苦して文章にまとめるよりも話す方がずっと迅速で容易で、複数の参加者での討論や議論も文字よりは言葉の方が有効なコミュニケーションの方法でしょう。ネットテレビのような「顔出し」もないので、バジャマで寝転がってでもオンネアは可能です。このあくせく働かなくてもやれてしまうメリットを最大限に生かし、ライブの醍醐味も加味できるネットラジオの実践ワークショップを開催します。

講師は西荻窪にあるインディペンデントで公共的な文化スペース「あなたの公-差-転」を拠点に月一度の放送を行う〈ラジオ交-差-転 (Radio Kosaten) 〉で活躍するジョン・パイレーツ (Jong Pairez)さん。GLOBAL INDEPENDENT STREAMING SUPPORT (G.I.S.S.) などのフリーなネットツールを使用して、機材の接続から配信までをレクチャーしていただきます。

日 時:2018年7月20日(金)19:00~21:00
場 所:素人の乱12号店|自由芸術大学
杉並区高円寺北3-8-12 フデノビル2F 奥の部屋
参加費:投げ銭+ワンドリンクオーダー
講 師:ジョン・パイレズ (Jong Pairez)
サポーター:小倉利丸、上岡誠二

講師:ジョン・パイレズ
マニラと東京在住のメディア・アーティスト。持続可能でオールタナティブな生活のリサーチやデザイン、または人災と天災の共有体験を通じて生き残る方法を探り、文明と繋がるための、戦略的なスペースCivilization Laboratory (CIV:LAB)の設立者。移住、変位、ジオグラフィー、異文化との境界線に関心を持ち、ディジタルとアナログのテクノロジーによって空間の論理と不合理に取り組む。ビデオ・ドキュメンタリー、8mmフィルムの作品制作や自由ラジオ放送を通じて、押し付けられた地理を再創造するために重要な音とイメージのある環境をつくろうと試みている。来日してから自分自身が失われた世代の「移民労働者」であることも主張してきた。


参考


オリンピック

(再録)大衆動員に使われた聖火——官僚の描いた日本地図の中心

投稿日:

近代オリンピックと聖火

オリンピックをはじめとする国際的なスポーツ競技は、なぜ国別に勝敗を争い、勝者の属する国家の国旗を掲揚し、国歌を演奏するという勝利の儀礼を行うのだろうか。このあまりにも当り前になっているスポーツ競技の儀礼風景は、観衆に向けられたナショナル。アイデンティティ確認の儀礼であるといっても間違いではない。オリンピックをこうした視点で見ると、すぐれて観衆に向けて組み立てられた動員のイベントであるといえる。オリンピックの競技それ自体は、選抜されたスポーツ選手による国家間の競争として展開されるわけで、競技に参加しない多くの人びとは、観衆として受動的な立場におかれる。これに対して、オリンピック競技に付随するさまざまな行事の中では、観衆が主役の位置をしめる仕掛けが登場する。とりわけ、聖火をめぐる一連のイベントは、その規模と動員のあり方からみて、大衆動員のメインともいえるものだ。

聖火が近代オリンピックに登場するのは、ナチスによるベルリン大会が最初だ。ナチス参謀本部は、聖火リレーコースを軍事侵略のためのルート調査として利用した。しかし、戦後、一時期廃止論も出たとはいえ、聖火リレーがもったこうした政治的軍事的な意図は無視され、逆に平和のシンボルのようにみなされて継続されていくことになる。。たとえば、六二年当時の組織委員会事総長の田畑政治はオリンピック東京大会の組織委員会の会報で、聖火について次のように述べている。
「当時はヒトラー全盛期で、国威宣揚を主眼にして、ドイツの財的・科学的。芸術的すべてのものを投入したのがベルリン大会である。しかし実際運営したのはヒトラーでなくスポーツ哲学者のカール・ディームで、東京大会における私のような立場にあって、彼の考えが表現されたのである。彼の一番の功績は、はじめてオリンピアの火をベルリンの競技場まで、地上を走って運んだことである。」(田畑政治「大会の象徴」『東京オリンピック」六二年二月二五日号)

ここには、政治とスポーツの関係についての月並みであるけれども、だからこそ半ば了解済みの政治とスポーツの間の暗黙の協調関係が表明されている。政治にとっての国威発揚になることを田畑は認めつつ、「しかし」という接続詞で形式的にはこの政治的な文脈をスポーツの文脈と切ってみせる。しかし、これはレトリックでしかない。いうまでもなくスポーツ競技としての最善の条件を整えるということと国家的な関与、政治的な調整、大衆的な動員は不可分だからだ。そのことは、聖火にはっきりとみてとれる。聖火それ自体はオリンピックのスポーツ競技とは何の関係もない。関係ないものがあたかも重要な意味をもつかのように意義づけられ、開会式・閉会式の儀式の中心をにない、オリンピックのシンボルとなる、そうした一連の物語に政治的な仕掛が隠されている。

東京オリンピックにおける聖火のルート選び

東京オリンピックの聖火はどのように準備されたのだろうか。当初、国外ルートは、ナチス大会の聖火ルートを考案したとされるカール・ディームがシルクロード説を唱えたりしたが、国際情勢から見て不可能と判断された。しかし、ルートについては、できれば陸路という希望が強かったようで、一九六一年から半年かけて「朝日新聞」が六名の踏査隊を組織して聖火の陸路コースを調査するといったことも行われたが、陸路の場合、「複雑な中近東、アジアの政治情勢や砂漠を越え、ジャングルを突破しなければならない等、相当の困難を覚悟しなければならない」(前掲)という判断がかなり早い時期に出され、空路ルートが有力と見なされるようになった。

では空路での聖火ルートがすんなり決ったのかというとそうではない。六二年八月に聖火リレー特別委員会による大綱が組織委員会で決まる。この大綱によると、アテネから空路で一九カ国二三都市を回り、沖縄から本土へという案で予算総額一億三五〇〇万円を計上していた。そして、「使用飛行機は可能な限り国産機が望ましい」としてYS11が想定され、それが無理な場合には自術隊のP2Vを使用することが計画された。このことを含めて、聖火の国外ルートに対する自衛隊の協力が当初の計画ではかなり積極的にうたわれたりしていた。かってのナチスの聖火に込めた軍事的な意味を思い起こすとき、こうした自衛隊の利用は——組織委員会の意図はどうあれ——自衛隊固有の意味付けや、任務を導き寄せるものであるといえる。しかし、この大綱は、六二年一二月二七日に政府側からクレームがついて修正きれる。組織委員会会報に掲載されている会議録に次のように記載されている。

「聖火リレーの計画案を松沢事務次官、藤岡競技部長から説明があり、福永委員から、①経費がかかりすぎる、②リレーする国にイスラエル、北朝鮮が含まれていないが、もう少し国際情勢を考えるべきだ、と発言。徳安委員(総務長官)からも政府にも計画を相談してもらいたいと発言があり、再検討することになった」(前掲、六三年二月二五日号)

結局、国外コースは、縮小して一二カ国一二都市を回ることになり、輪送機も日航のダグラスDC6をチャーターする計画に変更された。イスラエル、朝鮮民主主義人民共和国はともに国際政治上どのような扱いをするかが問題になる国だ。自衛隊機の利用や国産旅客機の利用を計画するということもオリンピックがどのような意味で国家的な威信を表明する場になっているかを明確に示している。

他方、国内ルートについても六三年三月二八日の組織委で、原案に対してJOCから異論が出てすんなりとは決っていない。異論の具体的な内容は会報の記事を見る限り分からないが、最終決定は、国内四コースに分けてすべての都道府県をまわるということに落ち着いている。国内ルートは、各ルートの起点への輸送を別にすればすべて陸路だから、どのようなコースを走るかによって通過する市町村、通過しない市町村という差がでてくる。

道路、鉄道建設と似たような誘致合戦が繰り広げられたということは想像に難くない。また、国内リレーでは、一六歳から二〇歳の「日本人」によるとわざわざ「日本人」規定を入れている。こうした「日本人」規定は、国際スポーツが国籍や国家的な威信を背景としたナショナリズムを暗黙の前提としたイベントであるという性格を主催当事者が当然とみなしていた証拠といえる。聖火リレーは、そのルート上の各地の若者が受け継いでゆくという建前でいっても国籍条件はまったく根拠のないものだ。逆に、「日本人」にだけリレーの権限を与えることによって、この列島を「日本人」という単一民族によって一色に塗り込め、国家イベントから外国籍の人びとを排除することを当然とする政策的意図が見える。こうした一見些細に見える規定によって、「単一民族」の神話が繰り返しすり込まれ、地域社会のなかに生活する外国籍の人びととの間に制度的な排除、区別、差別が形成きれてゆくのであって、決して軽視できることではない。

聖火コース国土美化国民大行進

この聖火の国内コース決定をふまえて、オリンピック開催の前年に「聖火コース国土美化国民大行進」が聖火と同じコースを聖火そっくりのトーチをもってリレーするという文字通りの予行練習が行われている。これは、財団法人・新生活運動協会が中心となったもので、この大行進のスローガンは、「紙くずのない日本」「行列を守る日本人」「国民各層の市民性、公衆道徳を高める」といったもので、その記録集には「みんなが力をあわせればどんなすばらしいことができるか、という自信をもつことができた」といった自画自賛がみられる。こうした準備の中で、聖火をタイムスケジュール通りに運ぶ段取りが周到に準備され、また、「親子清掃活動」「母子花いっぱい運動」など動員のための組織が作られていくことになる。総参加者は六〇〇万人、各県でオリンピック前夜祭を行い、そのしめくくりとして三月二日に国立競技場で中央前夜祭を七万人を集めて行うという大々的なものだった。

この予行演習のとき、各地で神社が聖火の受け入れ拠点になっている点が一つの特徴だ(たとえば、鹿児島照国神社、宮崎神宮が聖火の宿泊などの場所を提供している)。そして、全国各コースを回った「聖火」は、東京の明治神宮で集火された。オリンピック本番では、聖火の起源がギリシャと関わるということからか、これほど神社は全面に出ていない。逆にこの予行演習では、「聖火」の意味は、神社のかがり火に近いイメージがあるのかもしないし、地方の草の根の組織の核をなす神社が重要な動員の役割を担ったという印象がある。

聖火リレーの本番は、どうだったのか。直接オリンピックの競技を見る機会のない地方にとって、聖火は唯一、オリンピックのイベントを直接身近に感じられる行事だった。その意味で、聖火の受け入れと動員、それをめぐる地方の盛り上がりをどのように組織するかが、オリンピックの全国的な盛り上がりの演出にとって重要な前提条件をなしたといえる。ここでは、地方の様子の一例として、私の住んでいる富山の場合について、地元新聞『北日本新聞』の記事を参考にしながらみておく。富山県への聖火は石川県から受け継がれ、小矢部市、高岡市、富山市、滑川市、黒部市、朝日町などを通過して新潟県へ抜けるコースをたどった。

石川県から聖火を受け入れた小矢部市では、県境に歓迎の横断幕を揚げ、中学校のブラスバンド、小中学生七〇〇人の動員、沿道の会社、商店、体協、婦人会など二万人が動員されている。「沿道の各民家、商店、会社とも国旗を掲げる」(六四年一〇月二日)という町ぐるみの祝賀体制が組まれた。こうした歓迎体制が聖火の通過ルートの自治体でとられるわけだが、また、富山市では、この聖火の到着に合わせて中学連合運動会が開催され、会場に二万人を集め、聖火台を設けて聖火の分火を行い、オリンピックの開会式のまねごとが行われた。

また、県庁前広場にも二万人を動員して到着の儀式を行い、夜は富山市公会堂に三〇〇〇人を集めて「聖火をむかえる県民の集い」を開催、翌日にも出発式なる儀式を行っている。聖火は一九五六人によってリレーされ、この二日間で四二万人の人出であったとマスコミは報じている。メディアの報道は、オリンピック本番顔負けの派手さで、「沿道をうめる日の丸」などの見出しや、市町村ごとの細かな祝賀行事、沿道の風景、そして聖火ランナーになった人たちのエピソードなど、文字通り聖火一色に埋め尽された。聖火は、こうして、戦後の天皇の全国行脚に次いで、それ以上に大衆的な日の丸や君が代に接する機会を作り出したといえる。【注1】

沖縄から皇居前へ

先にも述べたように、聖火はまず、沖縄に上陸した。沖縄への聖火の誘致は六二年に決定されており、まだアメリカ合衆国の統治下にあった沖縄を日本の最初の聖火到着地とみなすことによって、沖縄返還への世論形成に利用しようという意図がかなりはっきりと読み取れる。

聖火が沖縄に与えた影響は、大きいものがあったのではないかと考えられる。聖火の沖縄でのルートは、ひめゆりの塔など南部の戦跡地巡りを一つのポイントとして打ち出すというものだった。聖火は「平和の火、戦跡地を行く」(『沖縄タイムズ』六四年九月八日夕刊一面見出し)という表現に見られるように、「平和」のシンボルに読み換えられてゆく。このことは、「日の丸」や「君が代」にもっと端的にあらわれている。聖火受け入れは、沖縄教職員会なども積極的に歓迎して「その日[聖火の沖縄入り]は各家庭とも国旗を掲揚し、全島を”日の丸”一色で塗りつぶそうとしているが、全琉小、中、高校でも、聖火が通る沿道を”日の丸”でかざろうとその準備もおおわらわ」(同上、六四年九月四日)といった記事が写真入りで大きく掲載されている。そして、聖火到着の儀式が行われた奥武山競技場で君が代とともに日の丸が掲げられた。

新聞報道も「日本の玄関、那覇空港へついた」「感激の”君が代”吹奏で日の丸が掲揚されたが”君が代”を聞く観衆の中には感激の余り涙にむせぶ風景もあちこちでみられた」といった記事が続く。

ここには、沖縄が日本との関係で被った一切の犠牲、沖縄の独自の文化、そういったものは見事に消し去されている。「復帰後」の沖縄が「日の丸」「君が代」に対して率直な批判をなげかけてきたことを考えると、「日の丸」「君が代」へのこだわりを心の奥に押し隠さざるをえなかった人びとが数多くいたのではないか。こうして、沖縄におけるオリンピックの大衆動員は、聖火リレーとそれをめぐる無視すべきでないさまざまなこだわりや違和感を画一的なナショナリズムによって排除し、島ぐるみを演出し、複雑で深刻な心情を押し殺さざるをえない巧妙な舞台装置となった。この意味でも、東京オリンピツクをめぐる沖縄の大衆動員の問題はもっと掘り下げて検討すべき課題だろうと思う。【注2】

野毛の報告【注3】にもあったように、広島でも聖火は平和のシンボルとして演出さた。こうして一〇月九日に全国を四コースにわかれてリレーされた聖火は東京に到着する。この四つの聖火は、皇居前で集火式を行って、一つにまとめられる。沖縄を出発点と位置付け、皇居を集約点として演出されたこの聖火コースに政治的な意図を読み取ることは容易だろう。当日の午後六時から後楽園球場で前夜祭が行われたわだが、このことを念頭に置いたとき、集火式は後楽園球場でもよかったわけだ。それをわざわざ別に皇居前に設定したというところに、皇居前という場所に対する格別の「意味付け」が感じられる。

聖火のコースが、沖縄から皇居へという形で構成されたことには重要な意味がある。愛知文部大臣は、集火式で「この聖火はアジアにはじめてはいった歴史的な火であるとともに、沖縄の本土復帰の悲願が込められ」ていると挨拶しているように、この聖火リレーは、沖縄の「復帰運動」と巧妙に連動したものになっていた。しかし、こうした聖火のルートに込められた意味を政府も組織委員会も大衆にアピールすることには失敗したといえる。聖火が沖縄に到着したことや、沖縄現地での歓迎などの報道は、沖縄を除けばほとんど報道されなかったし、集火式の模様についても新聞の報道は地味なものだった。この意味で、聖火は、各地方での動員を媒介にして、ナショナルな一体感を形成したとはいえても、天皇や皇室——それらを象徴する皇居——を「日の丸」や「君が代」と結び付けて押しだし、国家儀礼と国家イベントの中心的な舞台回しとして穂極的に位置付けるというところには至っていない。

聖火の意味

こうしてみると、聖火は、オリンピックのなかで非常に重要な大衆動員の仕掛けとして機能したといる。しかも、聖火は、たんなる動員の道具であるだけでなく、オリンピックをめぐる「伝統」と「正統性」についてのフィクションを巧妙に生み出す格好の道具でもあった。聖火のリレーの起源は、ナチスのベルリン大会に湖れるにすぎないものだ。しかし、聖火の火を太陽から採る古代ギリシャの様式を模した儀式は、あたかもこの聖火の儀礼が古代ギリシャのオリンピックの伝統を近代に受け継いでいるかのごとき錯覚を人びとに与えてきた。こうした「伝統」による正統性の物語形成は、オリンピックが時代を超越した普遍的な価値をもつものであるという装いをもたせるのに格好の方法だ。現実には政治と不可分の国家的な行事であるオリンピックは、こうした普遍性の物語をまとうことによって、国家の意志を巧妙にカモフラージュし、アマチュア・スポーツの最高の祭典という価値をまとうことになる。

そしてまた、聖火は同時に国際的な環境の中の日本の位置に正統性を与える役割を担うものでもあった。かつてのアジア侵略、植民地支配を行った国ぐにや第二次大戦で敵国となった国ぐにを通過することを通して、聖火は国際的な関係を象徴する道具として機能しまた。国際ルートの決定に当って、朝鮮民主主義人民共和国やイスラエルについて議論になったり、アジア諸国のどの国を通過するかという選択で論議が起きたのも外交が絡むからだ。

そして、リレーという様式は、継続、継承、連続を具体的に表現するものとして聖火のコースそのものがひとつの糸のように結びつけられ、オリンピックという物語に統合きれる、そうした物語を形作りやすい形式だといえる。そして、この物語の中心に東京、なかんずく皇居が位置し、そしてまた国立競技場の聖火台が位置することによって大衆の意識をオリンピックという行事に集中させ、そこにおいて中心的な役割を担う「日本」との同一化を巧妙に演出した。このことが、少なくとも日本に住む多くの「日本国民」に「日本国民」という自覚を繰り返し喚起するための条件を作り出した。それは、上からの押し付けとしては意識されない形での、しかし国家によって巧妙に演出されたナショナリズムの喚起のためのイベントであったといえる。【注4】

また、ほとんどの競技がテレビメディァを媒体として「経験」されたのにたいして、聖火は直接触れることの可能なオリンピック経験の装置であったという点でも、大きな特徴を持っている。この意味で、大衆動員を組織する絶好の仕掛けであるといえた。この聖火の経験、それに対する地域メディアの過熱報道、それが、なかなか盛り上がらなかったオリンピックを最後になっておおきく盛り上げることになった。

しかしまた、こうした戦後の大衆動員の最後のイベントがこの東京オリンピックの聖火であった、ということもいえるのではないかと思う。東京オリンピック以後、様々な国家イベントが繰り返し行われてきたが、動員の形式は明らかに変化した。多くの人びとは、直接会場に足を運ぶという形で動員されることから、家庭の中に入り込んだマスメディアを媒介に動員されるようになった。東京オリンピックは、ちょうどマスメディア媒介型の動員と直接動員の転換点に入ちしたイベントだったといえる。【注5】


1 文部省は、高校生から社会人向けのパンフレット『オリンピック読本』(一九六三年)のなかで「オリンピックを迎える国民のあり方」として次のように「国旗」「国歌」尊重を掲げている。
「次にたいせつなことは、国旗や国歌を尊重することである。どこの国でも、ひとりひとりが、よく国旗の意義をを理解して、国旗をあげる場合でも正しくあげ、また国旗をむやみに作ってそまつな取り扱いをすることのないような慎重な態度で望まななければならない」。
ここでは、あえて「日の丸」「君が代」という表現はなく、国旗、国歌一般という形で表現されているが、大多数の人びとがオリンピックを通じて最も頻繁に接する機会を持った「日の丸」「君が代」であることを思えば、ここでの表現は実質的に「日の丸」「君が代」に対する「意義」「厳粛な態度」の強調といえる。
2 この聖火リレーの最中に、米兵による「日の丸」破損事件が起きた。こうした事件やある意味での「日の丸」フィーバーのなかで、当時布令で制限を加えられていた「日の丸」掲揚の自由を求める運動が沖縄教職員会によって「抵抗としての”日の丸”掲揚」運動として提起される。(同上、六四年九月二二日号)
3 野毛一起「リニューアルされた日の丸・天皇」、『きみはオリンピックを見たか』一九九八年 社会評論社所収。
4 総理府内閣総理大臣官房広報室は「オリンピック東京大会に関する世論訓査」を大会をはさんで前後三回(六二年一〇月、六四年三月、六四年一一月)実施している。このなかに、オリンピックは国や民族の力を示し合うものか、選手個人の技艇などを競うものか、という質問があり、前者と回答したものが鮪一回調査で四三・〇%だったのが大会が近づいた第二回調査では四八・九%に上昇している。また、大会後の第三回調査で日の丸に対する「感じ」がオリンピックで変ったかどうかをきいており、「変った」という回答が二〇%、「変らない」が七二%ある。また、日本人としての認識を新たにしたことがあるかどうかという闘問もあり、「ある」が三四%、「ない」が三五%で、「ある」の内容としては「日本の力を感じた」「愛国心を感じた」といった回答が寄せられている。これらの数字は、オリンピックという国家イベントがナショナリズムの形成にある程度の効果を持ったことを推測させるものだが、それ以上に興味深いのは、オリンピックの世論訓在にかこつけてこうしたナショナリズムや愛国心についての露骨な質問項目に、当時の政府のオリンピックについての一つの隠きれた本音があらわれている点であろう。
5 本文では、メディアそのものについて言及できなかったので、簡単な補足をしておく。マスメディアの機能と意義については日本放送協会放送世論調査所『東京オリンピック』が詳細なメディア研究と各種世論調査の分析を行っている。本書の結論部分で、「東京オリンピックは、マス・メディアの媒介によって、はじめて(ナショナル)な規模の反応をよびおこすことができた」として、三二会場の競技を一つのブラウン管に集約し、ビデオを利用して現実の時間を再編集することが可能となり、こうして構成されたオリンピックが「大部分の日本人が接触することのできた、唯一のオリンピック大会であった」ということ、「マス・メディアとくにテレビは、それ独自のオリンピック像‐‐大部分の人びとにとってはテレビ中継されたオリンピックだけが、彼らの認知と評価の対象であった‐‐を作りあげることによって、オリンピックをまさにナショナル・イベントに仕立てあげたのである。そして二四日の閉会式とともに、オリンピックがマス・メディアの素材ではなくなるのと同時に、人びと異常な興奪も急速に冷却した」と述べている。この分析は妥当なものだろう、こうしたメディアによる動員と現実の動員の関係をさらに検討しておくことが今後の課題として残されている。

出典:『きみはオリンピックを見たか』1998年 社会評論社、のちに『絶望のユートピア』(桂書房)収録

主宰者からのお知らせ

弾圧に抵抗した100年前のアーティストたち――エロシェンコと宮城与徳と大杉栄

投稿日:
ふくおか自由学校から転載します。

tytle1.jpgアジア太平洋戦争前から戦中まで、活動家たちは国家権力側に監視され続けました。そんな弾圧のなか、したたかに抵抗をみせた二人のアーティストたちにスポットをあてます。盲目の詩人であるワシリイ・エロシェンコと、沖縄出身の移民青年画家・宮城与徳。更に、恋と革命に生きた大杉栄にもつながるのはアナキズム、そしてエスペラント語。100年前に描かれた言葉やキャンバスが現代に蘇り、希望が投射される時間です。

問題提起 小倉利丸(おぐら・としまる)さん
1951年生まれ。経済学者、評論家。富山大学名誉教授。
専門は現代資本主義論、情報資本主義論。監視社会に対する
批判的な視点から研究・発言を続ける。
著書に『絶望のユートピア』(2017年、桂書房)など多数。

日時   2018年 6月23日(土) 開場13:30、開演14:00、終了16:30

会場   あいれふ視聴覚室
福岡市中央区舞鶴2-5-1 あいれふ8F
福岡市営地下鉄空港線「赤坂駅」3番出口より徒歩約4分

定員   66名

参加費  一般 1000円   / 学生 500円

申込み方法こちら

PP21 Fukuoka Freedom School

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主宰者からのお知らせ

プロプライエタリ社会をハックする:セキュリティー・エデュケイション

投稿日:

当初、インターネットは社会を変える民衆のツールとして現れたように見えました。しかし、そのツールはどのような使い方も可能なものでした。猛威を振るう資本の流れは、ドットコムバブルを引き起こし、インターネットを資本に取り込んだのです。それは資本と政府が渇望する民衆管理のツールとして発展し始め、SNSの出現によってその能力は飛躍を遂げています。同時にインターネットの自由の保護に邁進する人たちも現れています。その最先鋒である「Electronic Frontier Foundation(電子フロンティア財団)」が進めるデジタル・セキュリティー・ラーニングサイト「Security Education Companion」を参照しつつ、そのノウハウを共有しましょう。

今回のセミナーの内容
・Security Education Companionの解説
・SNSの設定チェック(Facebookの設定)
Tailsの使い方(起動時に行う設定とデータの保存方法)
※PCとTailsのUSBをお持ちください。予備も用意します(USB代実費)。

日 時:2018年5月18日(金)19:00~21:00
場 所:素人の乱12号店|自由芸術大学
杉並区高円寺北3-8-12 フデノビル2F 奥の部屋
参加費:投げ銭+ワンドリンクオーダー
サポーター:小倉利丸、上岡誠二

監視社会

戦争を煽るJアラート

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(転載に際しての前書き) 下記の文章は昨年(2017年)10月に執筆したものだ。丁度朝鮮半島情勢が緊迫していた時期に、戦争を煽る国内の動員体制の一貫としてJアラートに関心が良せられていた時期である。その後、朝鮮半島情勢の緊張が大幅に緩和されたにもかかわらずJアラートの体制が一貫して維持されている。こうした現状への批判の意味も含めて以下、文章を転載する。


現在日本政府が国内で対応している有事を前提とした「国民保護」を名目とした動員体制は、法制度の枠組も含めて、実質的には戦時動員体制といっていいものだ。この体制は、ポスト冷戦期のグローバル資本主義による旧社会主義圏と第三世界の統合過程がもたらした地域紛争と切り離せない日本の安全保障政策の変質に結果だが、その淵源は、1999年の周辺事態法に遡ることができる。「国民保護」は、2001年「同時多発テロ」を契機に日本が、対テロ戦争の参戦国として、主としてロジティクスの一端を担うことを鮮明にして以降の日米同盟の質的な変化に対応した国内体制の整備であった。法制度でいえば、2003年以降たてつづけに成立した武力攻撃事態対処関連法、有事法制関連法などだが、国民保護法(2004)もまた有事関連法に位置付けられて成立し、Jアラートはこの国民保護法を根拠として制度化された。

 

自然災害と戦争を同じ「災害」の枠組のなかで捉えて、「防災」という概念で一体化する動きは、国民保護法の制定以降顕著になってきた。そして、ここ数年、朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮と略す)によるミサイル発射実験のたびに、防災訓練などが、一気に戦争を前提とした戦災訓練へと転換してきた。毎年91日を防災の日として、この時期に繰り広げられてきた自衛隊、消防、自治体、学校、地域住民の防災組織やボランティア組織による防災訓練も、北朝鮮のミサイルへの対応を公然と掲げたミサイル防災の様相を帯びた。これまでも「防災」体制は、一貫していわゆる北朝鮮の脅威を口実として、治安維持の性格を色濃くもってきたが、昨年以降、戦争法制の整備とも連動して、自然災害に対する防災という建前をかなぐり捨てて、直截に戦争防災という様相を露骨に示しはじめたように思う。

 

通称「Jアラート」と呼ばれている全国瞬時警報システムは、消防庁が管轄しているにもかかわらず、実態として自然災害よりも治安維持を内包させた戦争対応といった性格を濃厚にもちはじめ、それに連動して消防そのものもまた、治安維持組織の性格を持ちはじめているようにみえる。

 

 銃後動員体制のインフラとしてのJアラート

 

Jアラートは、総務省消防庁側の配信設備で構成される送信局と、都道府県・市町村側の受信局で構成される。ミサイル発射など有事関連は、内閣官房から国民保護関係情報として発信され、気象庁からは気象関係情報が発信される。これらを消防庁が受け、通信衛星(SUPER BIRD B2)経由で各自治体などに配信する。その後、自治体などへの配信には、通信衛星に加えて、かの悪名高いマイナンバーカードの管理システムなどを担う地方公共団体情報システム機構が運営する総合行政ネットワーク(LGWAN)とインターネットの地上回線も加えられる。各自治体などの受信局設備でこれらの情報を受け、市町村防災行政無線、ケーブルテレビ、コミュニティFMなどに自動起動装置を介して住民に配信される。気象庁からは携帯電話会社を通じて、エリアメール、緊急速報メールが配信される。これを数秒から数十秒以内に実現しようというのがJアラートの目論見だ。

 

Jアラートと総称されているシステムは、実際にはいくつかの独立したシステムから構成されている。内閣官房からの「国民保護情報」と気象庁の災害情報それぞれが独立して有している監視と情報発信のシステム、これらを統合して運用する消防庁のシステム、通信衛星やLGWANなどを介して各自治体が受信するため受信システム、そして、この受信システムからの情報を受けて、情報の種別に応じた処理を行なうシステム、そして情報を受信すると自動的に起動して住民へ情報を配信するシステムなどに分けられる。これらのシステムは、誤作動やシステムの不具合がこれまでもあったように、決して単純な仕組みではない。

 

Jアラートの受信システムは、現在民間企業3社、センチュリー、理経、そしてパナソニックの寡占市場である。受信システムは、ミサイル発射などへのより迅速な対応のためという理由で、来年システム更新があり、パナソニックはこの市場から撤退すると言われており、将来的にはセンチュリーと理経の二者のみが受信システムを販売することになりそうだ。報道によれば現行機種は19年度以降、現行の受信システムは使用できなくなるというから、全ての自治体はシステムの更新投資を余儀なくされる。売り手にとっては、極めて旨味のあるビジネスになる。これまでも全ての市町村にもJアラートを配備するために、国の全額補助などが行なわれてきているので、受信システムメーカーの利権は大きい。適正な価格での市場競争などありえようもない寡占市場だから、まさに戦争や危機で越え太る死の商人が、戦場の兵器だけでなく、銃後の動員体制でも遺憾無く発揮されているといえそうだ。

 

災害から戦争対応へ

 

Jアラートは、設置当初自然災害への緊急避難対応を主とする位置付けだった。瑣末なことのようにみえるが、消防庁はこのシステムを立ち上げる際に「全国瞬時警報システム(J-ALERT)は、津波警報や緊急地震速報、緊急火山情報や弾道ミサイル情報といった対処に時間的余裕のない事態が発生した場合に、通信衛星を用いて情報を送信し、市町村の同報系防災行政無線を自動起動することにより、住民に緊急情報を瞬時に伝達します。」と述べていた。(『全国瞬時警報システム(J-ALERT)についての検討会報告書、実証実験結果及び標準仕様書』2006)

 

ところが最近では「弾道ミサイル情報、津波警報、緊急地震速報など、対処に時間的余裕のない事態に関する情報」というように弾道ミサイルがまずトップに表示されるようになった。いわゆる武力攻撃や有事といった事態で想定されている項目がいくつかあり、航空攻撃情報、ゲリラ・特殊部隊攻撃情報、大規模テロ情が列挙されているが、ミサイル以外の他の項目が「攻撃」を想定しているのに対して、弾道ミサイルに関してだけは「攻撃」の文言がない。そのためにミサイルに関しては、実験であれ演習であれ、攻撃でなくとも攻撃同様の緊急避難の体制をとることになる。このセコい制度上の些細な文言に、実はこのシステムの本質が図らずも露呈している。すなわち有事に対応するための、避難と動員を一体化させて、この枠組に地域住民の草の根の組織から巻き込むということである。そして、実際に、攻撃とも言い難いミサイル発射をあたかも「攻撃」ともみまがう不安と恐怖を煽ることで北朝鮮への敵意を醸成するための格好の口実として利用してきた。こうした動きに、冷静な状況判断をなすこともなく、自治体や企業が半ば自発的に巧妙に同調してきたといえる。

 

他方で、Jアラートでは、原発への攻撃や火災は想定されていても、現実に最も可能性の高い原発事故については例示すらされていない。自然災害と国民保護法が前提している武力攻撃事態のいずれにも該当しないからなのだろう。これまでの災害の実害からすれば、原発事故は地震とも連動する最も深刻な被害をもたらし、繰り返し人災としての事故を起してきたにもかかわらず、まるで原発事故など皆無であるかのような対応である。消防機関と原子力事業者との消防活動に関する連携強化のあり方検討会の「消防機関と原子力事業者との消防活動に関する連携強化のあり方検討会報告書」(http://www.fdma.go.jp/neuter/about/shingi_kento/h28/renkei_kyouka/houkoku/houkoku.pdf)をみても、原発火災を中心とした対応しか検討されていない印象が強く、とうてい東日本大震災と原発事故を正面から総括しているとはいいがたい。火災や自然害とは全く無関係といってもいい「国民保護」への消防庁の力の入れようはかなり異常なものと映る。まるで自衛隊や警察と一体となった治安機関であるかのようですらある。

 

ミサイルによる被害よりも交通事故で死亡する確率の方が格段に高いにもかかわず、この異常な危機の扇動は、言外に、日本の世論を感情に北朝鮮敵視へと誘導することになる。戦争に踏み切ることをより容易にし、改憲を必要とする立法事実を演出する上で、Jアラートは格好の舞台装置となっている。

 

戦争を回避不可能な天災とする発想

 

「国民保護」は、外部からの武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態(武力攻撃事態)と、武力攻撃の手段に準ずる手段を用いて多数の人を殺傷する行為が発生した事態又は当該行為が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態(緊急対処事態)に分けられている。武力攻撃事態の例示としては、着上陸侵攻、ゲリラ・特殊部隊による攻撃、弾道ミサイル攻撃、航空機による攻撃などであり、緊急対処事態の例示としては、原子力事業所等の破壊、石油コンビナートの爆破等、ターミナル駅や列車の爆破等、炭疽菌やサリンの大量散布等、航空機による自爆テロ等が挙げられている。(消防庁国民保護室「国民保護のしくみ」、消防庁ウエッブサイトから)こうした事態を一括して「武力攻撃災害」という珍妙な命名で「災害」と位置付けている。こうして戦争はあたかも天災であるかのように扱われることになる。

 

災害には幅広い意味があるが、災害基本法では異常な自然現象又は大規模な火事など自然災害を指すものとして定義されていた。こうした定義が明らかに、1990年代以降変質した。自然災害そのものも文字通りの意味で「自然」に起因するとはいえない事態であることは、気候変動が深刻化したり自然破壊という人為的な原因を抜きには語りえないことは明らかとはいえ、武力紛争や戦争は、意図的に災害をつくりだすことを目的とした行為であって、意図せざる副作用などといったものではない。にもかかわらず、台風のような自然現象は避けることができないように、戦争もまた避けようのない事態であるかのような認識を前提とした制度が国民保護法制なのである。

 

国民保護法制には、救援、救助、避難などについて国民への協力要請と称する事実上の動員の心理的な圧力も明文化され、地域防災組織やボランティア団体への支援もまた定められている。Jアラートは、こうした「国民保護」法制の枠組のなかで、これを具体的に実施する上で、必要になる緊急避難などの行動へと住民を誘導するためのインフラであるが、同時に、このシステムは、繰り返し避難訓練などにも用いられたり、今回の北朝鮮ミサイル発射に際しても発動されるなどを通じて、ある種の積極的な参加型プロパガンダの手段としても機能している。人々は、日常的に、マスメディアなどを通じて、北朝鮮への敵視感情が繰り返し醸成されるような環境に置かれているが、こうした受け身の態度からJアラートは必要な行動へと人々を促す効果をもつ。

 

実際、官民あげてのヒテリックなミサイル恐怖症を煽るような行動がとられてきた。JR東日本は列車を止め、文部科学省は、ミサイル発射の度に自治体の教育委員会を通じて小中学校など教育機関に注意喚起の通知を出し、一部の学校では休校などの措置がとられた。そして自治体レベルでのミサイル発射を想定しての避難訓練が頻繁にみられるようになってきた。

 

戦争を煽るJアラート体制への抵抗

 

北朝鮮のミサイル発射に対して、この国の住民たちに与えられた選択肢は、戦争を前提とした避難だけで、戦争を回避するという最も重要な選択肢は―あたかも台風が避けられないのと同じように―最初から放棄させられている。政府は、憲法が義務づけている国民の財産と安全を確保するために必要な措置をとっているかのような装いをとって、防災体制を正当化するが、むしろ戦争を煽る効果に軸足がある。というのも、政府はもっぱら北朝鮮に対する人々の不安感情を煽ることによって、軍事的緊張を正当化することしかしていないからだ。国民保護法制そのものが戦争(武力攻撃事態)を想定しての体制であるから、相手国にとっては、戦争を挑発されているに等しく、戦争準備のための国内体制であると解釈されてもおかしなこととはいえない。こうなればなるほどますます軍事的な緊張が高まることになる。しかも、「国民保護」の名目は、あくまで攻撃の主体は北朝鮮など他国であって、日本は一切の武力行使の挑発行為には加担していないかのポーズをとることのよって、正義の仮面を被りつづける。しかし、現実の東アジア情勢を客観的にみれば、朝鮮戦争の休戦以降、米軍は朝鮮半島から撤退せず、韓国と日本の米軍が恒常的に北朝鮮に対して挑発的な軍事演習などを行ない、日本もまた戦争のロジスティクスの一端を担ったり、あるいは偵察衛星を打ちあげるなどの挑発を繰り返してきた。挑発は双方にあるにもかかわらず、、日本のメディアは日本や米国の挑発を挑発とは報じない。東アジアからの米軍の撤退なしに北朝鮮に核の放棄を迫ることが地域の紛争解決をもらすとはとうてい思えない。

 

だから、本来、平和を希求する人々がこのような国民保護法制の制度に組み込まれることを拒否する態度をとることが重要なのだが、地域でも職場でも、徐々に国民保護体制への巻き込みが進んでいる。たしかに、現状では、Jアラートは半分笑い話のようでもあり、各自治体などのミサイル避難訓練や学校の休校措置なども、過剰反応ではないかという素朴な実感をもつ人々も少なくないが、こうした動員体制は、マニュアル化され、各組織ごとに詳細な防災計画が策定され、担当者が置かれることによって、動員が「仕事」とされ、万が一被害があったときの責任問題を恐れて、各組織ともに過剰な同調行動ばかりが促されて、こうした危機扇動体制への疑問や批判の意思表示すら抑え込まれる雰囲気が蔓延しはじめている。他方で「北朝鮮は何をしでかすかわからない国」という「話し合ってもムダ」とい感情的な嫌悪と不安の感情も広くみられるように思う。こうした感情がヘイトスピーチや排除だけでなく、文字通りの「戦時」となれば、暴力的な敵意にすらなる危険性がある。米国は真珠湾攻撃の後、本土への攻撃はなかったものの、米国在住の日本人をことごとく収容所に収容したように、具体的に目の前には危険な事態などなくとも、排除と敵意は、権力者が煽る不安に支えられて拡大する。その結果として、レイシズムをナショナリズムの名において正当化するような事態が起き、敵対的な感情の対立が、東アジア全体の民衆相互の分断ばかりか、国内の民衆相互の分断と敵対関係を形成し、こうした事態が治安維持活動に口実を与え、警察権力の肥大化に帰結する。こうし一連の動きにJアラートのようなアクティブ型の動員・誘導のシステムは最も効果を発揮してしまうかもしれない。

 

武力攻撃事態や有事への対応などという事態を想定することが現実主義的な政策対応だという誤った考え方がある。しかし、いかなる意味においても、国家が軍事力に依存した解決を図るとき、人々の安全が保障されたためしはない。この列島に暮す人々の安全と安心を確保するための必要条件は、この地域の軍事的なリスク要因を除去すること以外になく、それは、この地域からの米軍の撤退と日本国家の非武装という戦後のラディカルな平和主義が掲げた原点を堅持すること以外にない。どのような事態になろうとも、私たち一人一人が、政府の政策や思惑への同調を拒否して、武力行使は私たちの選択ではないという立場を堅持するという反戦平和運動の原則が再確認されるべきだろう。

(初出『季刊・ピープルズプラン』78号 2017年11月)