世界規模の通信監視と闘おう
昨年春、盗聴法制定をめぐって国会で議論が沸騰していた頃、アメリカ合衆国
で一つのちょとした事実が発覚した。米国自由人権協会が情報公開法を利用し
て、日本の盗聴法の制定に関して、日米政府間で何らかの事前の協議を行った
かどうかについて公文書の開示を請求したのに対して、米国政府側からの回答
がCIAからなされ、しかも、米国の安全保障に関わることを理由に、開示請求
への回答を拒否したのだ。日本の盗聴法は、CIAが関心を持つような何らかの
諜報活動と密かに関わりがあるのでは、と疑わせる対応だった。
私たちは、このCIAの一見すると奇妙な態度に対して、思い当たることがあっ
た。それは、一昨年ころからしきりに話題になっていた「エシュロン」のこと
を知っていたからだ。エシュロンとは、合衆国の国家安全保障局(NSA)を中心
として、イギリス、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアの英語圏の情
報機関が組織的、大規模に通信を傍受し解析する大規模な国際的なネットワー
クのことだ。
「エシュロン」が最初に明るみに出たのは、ニュージーランドのジャーナリス
ト、ニッキー・ハーガーが4年ほど前に出版した『シークレット・パワー』と
いう本のなかでのことだったが、政治的にも国際問題化したのは、EU議会報告
書で、エシュロンが軍事や政治目的に限らず、民間の経済活動までターゲット
にしてある種の産業スパイもどきの活動をしていることをイギリスのジャーナ
リストのダンカン・キャンベルが指摘したことによる。
キャンベルによれば、盗聴対象は、電話、ファックス、電子メールとありとあ
らゆる通信にわたり、従来は主として通信衛星がそのターゲットになっていた
が、それだけでなく、海底ケーブルなどを含めて、インターネットも盗聴のター
ゲットになっているという。エシュロンのシステムがどのようにして通信を盗
聴してきたのかについて、全容はわかっていないが、音声認識やテキストの検
索システムなどを装備しており、通信に用いられた特定のキーワードをもとに
膨大なデータベースを構築している。冷戦期にはもっぱら東側の監視に用いら
れていたこのシステムも、最近は産業スパイやアムネスティなどの国際的な人権
団体の監視に利用されるようになっている。
日本には、エシュロンの米軍基地が三沢にある。またUK-USA協定とよばれる国
際的な通信監視の秘密協定に第三グループとして参加していることも知られて
いる。日本がこの協定で具体的にどのような役割を演じているのか、その詳細
は不明だが、三沢基地は、旧ソ連時代には、ソ連の通信衛星の傍受の役割を担っ
ていたこと、現在は朝鮮半島が主要なターゲットになっているのではないかと
いうことが推測されている。通信関係に詳しい軍事問題の専門家、ジェフェ
リー・リッチェルソンも、自衛隊は日本海の情報収集を担当していると述べて
おり、日本が軍事的な目的をもって、通信をはじめとする情報収集活動を行っ
てきていることはほぼ確実と言える。
しかし、エシュロンは特定の人物や組織の通信を常時監視することは苦手なよ
うだ。逆に、盗聴法が認めた電話回線に接続して特定の電話などを監視できる
システムは、ピンポイント的な盗聴には有効だろう。とすれば、エシュロンと
盗聴法は、通信監視において相互に補完しあう関係にあるといえそうだ。CIA
のような情報組織が盗聴法に関心を持つ理由もこうした観点からみれば十分う
なずけるものといえる。
軍事基地問題はもはや戦車や戦闘機だけの問題ではなくなりつつあり、人々の
日常生活を常時監視する情報の兵器に対する反対運動が重要な意味を持つよう
になっている。通信の秘密が守られることなくしては市民運動や民衆の運動は
成り立たない。この点で、エシュロンも盗聴法も絶対にゆるしてはならないシ
ステムであり、その廃止を粘り強く求めることが必要だ。それだけでなく、自
己防衛としては、インターネットに関して言えば、暗号の使用がもっとも有効
な対抗手段となる。無料で入手できるPGPなどの暗号ソフトはNSAといえども容
易には解読できない強力なものだ。こうした暗号の使用を普及させ、政府によ
る暗号管理を許さないことがネットワークの運動としては当面の重要な課題と
なるだろう。
(ACT)