共謀罪法案の問題点

この原稿を書いている時点(6月9日)では、国会の会期延長はなく、共謀罪は秋以降の国会での継続審議とする、というのが与党側の方針であると報じられている。野党側は、社民、共産は廃案路線を継続し、民主党は修正案をいったん撤回して廃案を主張するとも伝えられている。しかし、今現在の状況が突然ひっくりかえる可能性もないわけではなく、共謀罪についての審議や政党の態度について論評することはたいへん難しい。

共謀罪への態度が二転三転する背景には、政府・与党も民主党も共謀罪を導入する必要性を自己納得できていないと同時に、とりわけ与党側の一部には、表向きの共謀罪導入についての理由とは別の思惑があるために、首尾一貫した動きがとれていないのだと思う。

共謀罪を導入する必要性は、法律を制定しなければならない社会的な背景など、いわゆる「立法事実」と呼ばれることがらによって裏打されているものではない。言い替えれば、国内の事情としてとくに深刻な組織犯罪があるとか、これまでの捜査手法では手に負えないような犯罪が蔓延しているといったことはないために、あえて犯罪の実行も準備も行われていない、単なる相談の段階を犯罪化するということがたいへん強引なことだということは与党側も分かっている。だから、強行採決してでも通すという覚悟ができなかった。いいかえれば、与党側にもどこか後ろめたい所がある法案なのである。

共謀罪は、国際(越境)組織犯罪防止条約の批准に必要な国内法整備の一環として、国内事情とは無関係に制定が必要とされているというのが、法案提出に際しての政府側の提案理由である。ところが、国会でのこの間の政府側の答弁を聞いていると、共謀罪制定の必要は、この条約制定問題ではなくて「テロ対策」上必要であるという理屈を強調しはじめている。たとえば、杉浦正健法務大臣(弁護士であり、自民党憲法改正プロジェクトチームの座長でもある)は4月28日の衆議院法務委員会で共謀罪の立法意図を次のように主張した。

「戦前の治安維持法は別にして、この法律は、テロ対策で条約を国際的な場でつくったわけですね。そこで日本も参加して条約をつくった。国際間で協調してテロ対策をやろうじゃないかというのが出発点でございまして…」

また、5月23日の記者会見でも以下のように発言している。
「要するに二つの条約,組織犯罪防止条約とサイバー条約,この二つの条約を施行するための国内法だと。これはいずれもテロ対策を中心にして,組織犯罪とどう戦うか,サイバーの方はいわゆるコンピューターウィルス,これを国際的な枠組みで,防除しようというわけで。」
「テロ対策が主になって,国際社会で協調してやろうということですから,共謀罪を一部組織犯罪,重大な組織犯罪についてだけ導入するわけです。一般国民には全く関わりのない導入なので,世間には,まだ,一部誤解されている向きがあるけれども,いずれその誤解は解消する」

法務大臣が強調してやまない共謀罪(とコンピュータ監視法案)は「テロ対策を中心」「テロ対策が主」というのは本当ではない。先にも述べたように、共謀罪法案の提案理由は、「近年における犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化の状況にかんがみ、国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約の締結に伴い、組織的な犯罪の共謀等の行為についての処罰規定、犯罪収益規制に関する規定等を整備する…」ということであって、テロ対策は関係がないのだ。共謀罪は「一般国民には全く関わりのない導入」だということを主張するためにはテロ対策だと言い訳する以外にないために、意図的に事実をねじ曲げた嘘の答弁を繰り返しているとしか思えない。

しかもそもそもの条約では、「組織的な犯罪」を「三人以上からなる組織された集団であって、物質的利益を得るため重大な犯罪または条約によって定められる犯罪を行うことを目的として一体としてこうどうするものをいう」(「条約説明書」より)と定義しており、「物質的利益」を得ることを目的とする組織対策であるわけだから、政治的宗教的な目的をもつテロ組織はそもそも対象外なはずだ。条約批准を看板に掲げながら、「物質的利益を得るため」という条約の条件は密かに削除されている。

他方で、共謀罪の適用範囲についても、国会答弁と法務省のウエッブでの説明には大きな違いがある。

5月19日の法務委員会で与党公明党の漆原良夫議員(彼もまた弁護士なのだが、嗚呼!)は次のように述べている。
「共謀が行われたという嫌疑があるのであれば、犯罪が行われた嫌疑があるということになりますので、仮に、共謀行為はなされたものの犯罪の実行に必要な準備その他の行為は行われていない段階でありましても、法的には逮捕をすることは可能」
また、共謀だけで現行犯逮捕もありうるとも述べている。そして、杉浦法務大臣もまた「共謀には必ずしも明白な意思表示をしたものだけではない部分もあり得る」

要するに、明白な意志表示のないばあいでも共謀が成立ち、しかも「共謀」段階で、逮捕ができる。現行犯逮捕なら令状もいらないのが悪しき慣例なので、こうなってしまうと、まさに警察のやりたい放題そのまんまではないか。
しかし他方で、法務省のウエッブでは
「そもそも「共謀」とは,特定の犯罪を実行しようという具体的・現実的な合意をすることをいい,犯罪を実行することについて漠然と相談したとしても,法案の共謀罪は成立しません。」
と述べられており、ウエッブしか読んでいない人は相談しただけで罪になるという「市民運動」の宣伝の方が間違っていると勘違いしてしまう。(うまいやりかただ)国会答弁ではあいまいな合意でも共謀罪が成立すると述べているのとはかなりニュアンスがことなる。これほど重要な論点で与党側の説明に大きなずれと矛盾があるということは、そもそも法律そのものがあいまいだからだ。「共謀」というあいまいな行為を犯罪化する矛盾がここに如実に表れている。「共謀罪」の立法化の本質は、共謀罪で立件するかどうかは現場の捜査機関と裁判所が勝手にきめられるということ、つまり解釈の多義性を前提として、法によって法執行機関が支配されるのではなく、法執行機関の権力行使の手段として法を自由にあやつり、人々のさまざまなコミュニケーション、とりわけ反政府的、反社会的な言論そのものを犯罪化して規制することなのだ。

こうしてみると、共謀罪には二重の基準があることがわかる。
(a)共謀罪は、条約の要請から一般の犯罪取締りという側面を持たせている。
したがって、文字どおり喫茶店の目配せが犯罪になりうる。なにをもって「共謀」と判断するかは捜査機関の裁量にゆだねられる。
(b) 共謀罪は、刑事犯罪のための法執行機関の権力行使を911以降の「テロ対策」に転用している。「テロ」の定義は、日本政府も含めて確立されておらず反政府的な活動全般を「テロリスト」の活動とみなす傾向がある。刑事司法のように対象を特定して捜査するのとちがって、不特定多数を監視しコントロールすることをそもそもの基本的な性格としている国家安全保障対策としてのテロ対策が刑事司法の分野に入り込むことによって、無差別に人々を監視し抑制する傾向がますます強まる。
組織犯罪の規定から「物質的利益を得るため」を排除し、その結果、物質的利益を目的としない団体の違法行為が取り締まり対象に入れられたのも「テロとの戦争」体制下での刑事司法の国家安全保障への統合という目論見として理解されなければならないだろう。

政府・与党の態度には首尾一貫したものはない。明らかに議会と民衆を愚弄する詭弁と嘘とその場しのぎの言い訳に終始するものであって、道義的にも許せるものではない。こうした政府・与党の態度それ自体がこの共謀罪の本質を表している。結局、共謀罪で与党・政府がやりたいことは、法執行機関に予防検束を含めて最大限の捜査と逮捕権限を与え、大量の個人データを収集して監視できる法的な裏づけを得たいということにつきる。修正協議なんて論外である。廃案以外にないのだ。

(反差別国際運動ニュースレター、2006年)