(LeftEast:alameda)ロシアの資本主義は政治的であり、標準的である: 収奪と社会的再生産について

(訳者前書き)この論文は、先に訳したヴォロディミル・イシチェンコとともに同じ論文集(以下のLeftEastの編集部注参照)に収録されたもの。イシチェンコの論文同様、戦争それ自体ではなく、戦争を可能にしているロシア国家による労働力政策あるいは社会政策に焦点を当てている。大方の西側の論調が、左翼であれ右翼であれ、ロシアを資本主義における異例な体制とみなし、だから侵略戦争を引き起こしたのであり、まともな資本主義国家であれば侵略戦争など引き起すはずかがないということ言外に暗示することによって、自らの正義と正統性を強調しようとしてきた。

この論文の著者、リュプチェンコはむしろロシア資本主義を「ノーマル」な資本主義であることをむしろ強調してみせた。イシチェンコがプーチンは狂人だとか、プーチンが独断でやっている戦争だといった観点を厳しく批判したように、リュプチェンコもまた、戦争への動員を可能にしている社会システムを社会的再生産、とりわけ出生奨励主義との関連で論じている点は、日本の労働力政策や社会政策と戦争の歴史をみたときに、いくつもの共通点があるのではないか、ということに気づかされる。増山道康は、「日本の社会保障制度の大部分が準戦時ないし戦時下にかけて戦争計画の一 環として立案実施」され、日本の戦後にまで受け継がれる社会政策の基調が形成された指摘しているように、戦争は労働力再生産過程を国家の統治機構に実質的に包摂する重要な契機となってきた。戦時期日本の女性政策については、加納実紀代の「銃後史ノート」をはじめとして多くの女性史研究者の仕事の蓄積があり、こうした日本の戦争体制と現在のロシアの労働力再生産政策を時代も場所も異なるなかで、安易は比較や類推は避けるべきだろうが、他方で、日本資本主義の資本主義としての異質性と同質性をめぐる戦前からある長い論争を知る者にとって、家族と資本主義、排外主義的なナショナリズムと高度な産業政策のなかに垣間みえる日本資本主義をめぐる論点をもまた、見る思いがする。

日本もロシアも、いずれも資本主義の基本的な構造は共通したものがあり、だからこそ、家父長制とナショナリズムが戦争を支える構造にも共通した性格があるということを見落すべきではないとも思う。特に、日本は少子高齢化のなかで人口政策が大きく転換させられようとしているだけでなく、移民・難民への排除政策、LGBTQへの差別的な扱いもまたロシアとの共通性として意識せざれるをえないと思う。そして同時に日本もまた戦争を見据えた軍事安全保障の質的転換を、伴っていることを念頭に置く必要がある。ロシアを資本主義の例外として、西側資本主義を免罪しようという西側のイデオロギーに足を掬われないようにするためにも、リュブチェンコの論文を通じて、このロシアの構造もまた、資本主義に普遍的な搾取と抑圧の共通性の特殊ロシア的な表出であって、むしろ日本を含む西欧の資本主義にも明確に存在している同様の問題への重要な示唆であることを見落さないようにしたいと思う。

短い論文にあらゆる課題を求めるべきではないが、これまで現代ロシアをめぐって繰り返し議論されてきたことのひとつに、いわゆるファシズムとの関係という問題があり、またロシア正教のイデオロギーの役割もまた注目されてきた、こうしたイデオロギーの領域が「ヘテロナショナリズム」と密接に関わるのではないかとも思う。同時に、ロシアでの事態に対してウクライナはどうなのか、ポストソ連としてのウクライナに対しても新しい分析枠組が可能になるようにも思う。(小倉利丸)


ロシアの資本主義は政治的であり、標準的である: 収奪と社会的再生産について

オレーナ・リュブチェンコ Olena Lyubchenko
投稿日
2023年5月22日

LeftEast編集部注: このミニシリーズでは、Alameda InstituteのDossier、The War in Ukraine and the Question of Internationalismに掲載された2つのエッセイを再掲する。参考までに目次を掲載する。

2006年、社会学者の故サイモン・クラークSimon Clarkeは、その著書『ロシアにおける資本主義の発展The Development of Capitalism in Russia』の中で、以下のように述べた。「資本主義の新興形態を国家の理念モデルと異質な遺産の統合として分析する主意主義的で二元的なアプローチは、国家社会主義から資本主義経済への移行というダイナミックの土着の根と真の基盤を特定できず、変革のプロセスを歴史的に発展する社会の現実として把握できていない(…)。 全体主義に関するリベラルな理論家たちは、ソビエト国家が、リベラルな批判の結果ではなく、それ自身の矛盾の重さによって崩壊したとき、完全に意表を突かれたのである」

2006年にクラークが警告した、ロシア資本主義を「理想的なモデルと[西欧資本主義とは:訳者]異質な遺産」のハイブリッドという観点から特徴づける傾向は、現時点でも蘇ってきている。 ロシアのウクライナ戦争が始まって1年余り、この戦争に関するほとんどの分析は、その原因の根底にある物質的利益を理解することを差し置いて、政治的あるいはイデオロギー的説明を強調する傾向がある。

ロシア政権の帝国主義、権威主義、腐敗、家父長制が、西側の自由民主主義、私的所有関係、普遍的人権、主権原則への譲れないコミットメントと並列される。

特にウクライナ侵略後のプーチン政権は、グローバル資本主義の「標準」かつ健全な機能とは一線を画し、時には例外的な存在として提示されている。その理由は、ロシアの資本主義への移行が特殊であったためであり、これは、ロシア帝国主義を動かしている政治的イデオロギー的な利害とともに非合理的なハイブリッド資本主義や混合資本主義が生まれた結果だという。このため、多くの人が、現在のロシアの体制が資本の利益にまったく貢献していないのではないかという疑問さえ抱いている。ロシアの政治的イデオロギー的な派閥に焦点を当てることは、ロシアをグローバル資本主義の外部に位置づけるという危険を冒すこととなり、ヨハネ福音書の非物質主義の教え――「世からのものではないのにいかにして世にあるのか」[ヨハネの福音書,17-15:訳注]――を彷彿とさせることになる。

政治的・観念的な説明をする者と物質的・経済的な説明をする者との間の二極化した議論を乗り越えるために、ヴォロディミル・イシチェンコVolodymyr Ishchenkoは「侵略の政治的・観念的根拠が(ロシアの)支配階級の利益を反映している」ことを強調している。彼は、プーチンの単純な支配への不合理な執着や国益の代わりに、ソ連崩壊以来、ロシアの支配階級――「政治的資本家」――の形成と再生産は、公職を私的な富のための手段へと変えることと密接に結びついてきたと論じている。したがって、このような蓄積の構造は、一部は国家の収奪のまさにその源泉となったソ連崩壊時の本源的蓄積の過程に端を発し、レント率を維持するための領土拡大に依存するものである。

イシェンコの分析は、ロシアの例外性やグローバル資本主義の外部に立つという二項対立的な考え方を再現することなく、クラークの言う「自国の矛盾の重さ」に向かって、政治と経済の関係を捉えるものである。ポスト・ソビエトの変革というレンズを通して、ロシアの支配階級の政治的・経済的利益のつながりを解明することを求めるイシェンコの呼びかけに応えて、私たちはさらに2つのポイントを提示する。

第一に、私は、「ロシア資本主義」とウクライナ侵略を説明するのににハイブリド性や混合性を用いることに対して釘をさす。ここでは、経済学的なマルクス主義の先入観にとらわれることなく、ロシアの特殊性、すなわち(地政)政治の優位性を独自の観点から説明しなければならないというイリヤ・マトヴェーエフIlya Matveevの呼びかけに対して、批判的な回答を行うものである。そのためには、資本主義とは何か、そのグローバルな展開、「自由民主主義」世界とポスト・ソビエト・ロシアとの相互関係などを再検討する必要があると思うのである。

自由民主主義国家からの逸脱とみなされるものに「混合資本主義」の概念を適用することは、資本主義的生産様式からその政治的・社会的内容を空疎なものにするリスクをはらんでいる。それは「合理的」な資本主義と「非合理的」な資本主義を並列させ、資本主義の人種的、ジェンダー的、環境的暴力からの解放という神話を再生産している。この問題に対処するため、私は社会的再生産理論(SRT)と本源的的蓄積に関する文献を活用し、資本主義における生産と社会的再生産の間の不可欠な関係を実証する。これらの洞察は、抑圧と収奪がハイブリッドなケースに限定されず、むしろ資本主義全般の作用に不可欠であることを明らかにする。

次に、このような資本主義の理解を用いて、1990年代を本源的蓄積の時代とするイシェンコの分析に基づき、生産と社会的再生産の関係の再構築を中心に、ロシアのケースにおいて資本主義がどのように具体化されているかを追跡していく。プーチン政権の現在のヘテロナショナリズム的な思想的・政治的特徴、軍国主義化、ウクライナ戦争は、しばしば資本主義からのロシアの逸脱の証拠として挙げられるが、実際には新自由主義的な蓄積体制の特徴であることを主張する。

具体的には、社会的再生産の金融化と、プーチンのもとで剥奪的な出産奨励主義的社会ポリシーによって推進されているロシア国家の軍国主義化との密接な関連性を検討する。出産奨励主義的な社会政策による労働者階級世帯の負債に基づく包摂は、兵役のための標的徴集のメカニズムとして機能しているのである。

ロシアの事例において、資本主義の収奪、抑圧、搾取の絡み合った力学を解明する作業は、単なる記述的な作業ではない。それは、資本主義が一般的にどのように作動しているかについての私たちの理解を深めるものである。この課題を念頭に置かなければ、グローバル資本主義の産物としてのプーチン政権の本質を理解できないだけでなく、プーチン政権に対する政治的対抗のための有効な戦略を考案することもできないだろう。

ハイブリッドとは

ロシア経済はしばしばハイブリッドと評され、縁故主義、管理主義、依存主義、愛国主義、権威主義、泥棒政治的kleptocraticといったレッテルを貼られて、ポスト産業化のリベラル民主主義の「通常の」資本主義との違いが強調される。これらの様々な限定詞は、戦後の近代化論者が約束した「資本主義=イコール=民主主義」の方程式に、何らかの間違いがあることを意味している。

このことは、アスランド・アンダースAslund Andersの近著『Russia’s Crony Capitalism: The Path from Market Economy to Kleptocracy (2019)』のような堅実な主流派の論考でも、今や広く確認されている。本書は、1990年代の移行が、2000年代半ばに始まるプーチンの国家主義・権威主義への転換と現在のロシアの拡張主義への土台を築いたとしている。国内外での政治的支配を求めるロシア政権のほとんど形而上学的な渇望は、不合理であるだけでなく、例外的でもある。

21世紀には、いかなる国も隣国を侵略してはならない!この感覚は、ロシアがウクライナに侵略した約1週間後の2022年3月に、米国司法省がロシア資本に対する米国の制裁を実施するためのタスクフォースを立ち上げ、「クレプトキャプチャーKleptoCapture」と名付けたほど常識化している。アメリカの進歩主義者たちが、アメリカ人を含むすべてのオリガルヒの富を差し押さえ、人々に再分配しようと呼びかけたが、CNNが宣言したように、答えは出なかった: 「ロシアのオリガルヒは、他の億万長者とは違うのだ」このようにして、ロシアの資本主義は、「普通の資本主義」と比べて本質的に腐敗し、異質なものとして描かれているのである。

批判的な研究者がハイブリッドや混合体制という言葉を使うとき、彼らはまさしく、ロシアと自由民主主義資本主義国家との違いを説明したかったのだ。

政治的・個人的な国家との密接な結びつきを特徴とするロシアの略奪資本主義を、(通常は西洋の)自由民主資本主義国家の合理的とされる私的所有関係と対比することによって、私たちは、抑圧と収奪を排除した資本主義という考え方を再現し、「経済外」暴力が歴史的瞬間や特に遅れた地域だけに関連付けられるという危険な考え方に陥っている。

ロシアを含む、あらゆる歴史的・具体的現われにおいて、それらが資本主義システムの不可欠な要素であることを示すためには、私たちは、これまでとは違って、SRTと原始的蓄積に関する文献が提供する資本主義のより包括的な定義を利用すべきなのだ。

ハイブリッドの枠組みは、2つの別個のタイプの蓄積の存在を前提としている。すなわち、危機にさらされるとはいえ、「自由」な労働者と最大限の「ソフト」な規制に基づく高度な経済搾取と、「経済外」暴力と政治的「介入」に基づくより古風な形態の蓄積である。

しかし、本源的蓄積に対するマルクスの批判は、資本主義が「クリーン」で「非政治的」な形態で実現できるというロマンチックな仮定に疑問を投げかけている。政治理論家・歴史家のエレン・メイキシンズ・ウッドEllen Meiksins Woodが書いているように、「マルクスにとって、資本主義生産の究極の秘密は政治的なものである」実際、マルクス主義フェミニストが示したように、資本と「自由」な労働(生存手段からの自由)との間の契約という法的形態の下での生産的で確立された蓄積は、法律や公共政策に定式化され、それによって国内外で国家によって促進された、社会再生産領域における暴力的な収奪を常に伴っていた。

資本の蓄積は、労働力の再生産を目的とした労働者の身体とセクシュアリティの規制と規律を通じて、家庭と共同体における再生産労働の継続的な従属を必要とし、これは「伝統的」異性愛規範の家族構造の形をとりがちである。

ティティ・バタチャリヤTithi Bhattacharyaの言葉を借りれば、理論としての社会的再生産の意義は、ジェンダー、セクシュアリティ、人種に関連する社会的抑圧が、しばしば「分析の周縁に追いやられたり、より深く、より重要な経済プロセスの添え物として理解されたり」するが、実際には「構造的に資本主義生産と関係し、それゆえに、それによって形成される」ことを示すことである。ブラジルの歴史家ヴァージニア・フォンテスVirginia Fontesが指摘するように、経済外暴力は危機の際の資本蓄積の稀な瞬間だというのは西洋の思い込みである。実際、資本主義がグローバルであるならば、収奪は歴史の特定の瞬間や資本主義的蓄積のレジームの「外側」だけに蔓延するものではない。

つまり、ソビエト連邦後のロシアが、福祉国家モデルから新自由主義へと、西欧の資本主義国家と同様の軌跡をたどることができたという考えには、2つの理由から欠陥があるのである。第一の理由は、資本主義のクリーンなイメージは神話だということ。第二の理由は、グローバル資本主義の中心部と周縁部は、同じグローバル資本主義システムの相互依存的な部分だということ。ソビエト連邦の変容という特殊なストーリーは、資本主義の本質に光を投げかけているのである。

標準的な資本主義

ソビエト政治経済の廃墟から生まれた今日のロシアにおける資本主義国家の形成と、1980年代後半に危機に陥ったグローバル資本主義への統合の力学については、これまで多くのことが書かれてきた。

現代のロシア資本主義には、この時期における生産と社会的再生産の関係の再構築という、重要でありながら見過ごされてきた側面がある。これは、資本主義以前/非資本主義のコモンズの民営化ではなく、(再)生産手段の国家所有の再構成であった。

乱暴に言えば、ケインズ的な福祉国家と比較して、ソ連における剰余の充当と再分配の中央集権的システムは、(再)生産を国家/軍事機構の物質的必要性への従属に基づいていたのである。サイモン・クラークSimon Clarkeとトニー・ウッドTony Woodが示すように、これは深刻な矛盾によって特徴づけられている。国家は、そのコントロール下にある企業から抽出される物質的剰余を最大化することを目指し、一方、企業は、コストまたは彼らが自由に使える国家資源を最大化し、その潜在生産性を隠そうとするものだった。

これは、(不十分ではあったが)社会的市民権の基本的保障である育児、余暇、住宅などが、ソ連企業を通じて果たされたためであり、言い換えれば、生産計画を達成するだけでなく、企業はその労働力の再生産に責任を負っていたためでもあった。重要なのは、賃金はソ連の労働者を再生産するために必要な価値の一部にすぎず、公共サービス、脱/非商品化社会財は、家庭における無償の社会的再生産労働を(不十分ながらも)補助し、地域社会はケインズ主義の福祉国家よりも大きな程度で別の領域を形成していたということである。

1990年代の変革期には、疎外され、力を奪われた労働者とソ連の企業経営者との間の階級関係や、より強固な制度的国家インフラが、ソビエト後のロシア経済に大きな打撃を与えた「ショック療法」の実施を容易にした。

国有企業と公共圏は私的な収入源に変容し、ソ連の国家機関、法的資源、装置は資本蓄積のためのインフラストラクチャー的基盤を形成した。例えば、1992年の民営化によって、企業は国家補助金を失い、事業に専念するために住宅などの社会的再生機能を切り離すことを要求された。

イシェンコが述べているように、ソ連官僚による国家の盗用は、資源の盗用以上の意味があったとするスティーブン・ソルニックの指摘は正しい。社会的再生産の再構築という点で、それは社会的崩壊を意味した。経済的な不安は、出生時の平均寿命の劇的な低下と未熟児の増加を招いた。コスコムスタットによると、1990年代前半のロシアのGDPの落ち込みは、大恐慌時のアメリカのGDPの落ち込みよりも60%も激しいものだった。

2000年代に入ると、1998年以降の石油の利潤による景気回復のおかげで、年金、医療、福利厚生といった国家の義務を果たす能力がいくらか回復してきた。これは、1990年代の明確な新自由主義的経済政策との決別を示すものであった。プーチンのもとで「インサイダー」や「政治的資本家」が強化され、ロシアにおける国家と資本の境界はますます曖昧になった。

社会政策研究では、1990年代のショック療法の混乱に対応して、国家介入主義や出産奨励主義が政権の中心的な特徴になったことが示されている。Anna Tarasenko、Linda Cook、Ilya Matveev、Anastasia Novkunskayaなどの研究者は、福祉給付の収益化、国家支出の減少、サービス提供における官民パートナーシップの確立、その他の緊縮政策が、異性愛家族を中心とした伝統的価値の法的制度化と一致することを示した。

ロシア国家のハイブリッドな性質(新自由主義的規制と国家主義的介入主義)が、いかにウクライナ戦争への道を導いたかを強調する語り方は、現実を断片的に(そして誤解を招くように)説明するものである。国家のイデオロギー的・政治的特徴が、資本主義的蓄積の外部の目的のために発揮さ れていると解されて、ナショナリズム、家父長制、人種差別、同性愛嫌悪などが、階級とは別の抑圧体制と して考えられているところに問題がある。

むしろ、介入主義的な出産省奨励主義的な社会政策の実行が、ウクライナ戦争による国家の軍事化や新自由主義資本主義の維持など、プーチン政権の計画の鍵を握っていると私は主張する。

プーチンのロシアにおける社会政策と市民権

イシュチェンコの言うレントの論理に従えば、ロシアでは、出産奨励主義的な社会政策を通じて国家が奨励する負債ベースの金銭的な包摂に付随する市民権の再構成を私たちは目の当たりにしているということになる。このような形の剥奪は、ソビエト時代の母子保護の言説を援用したポスト・ソビエトの新自由主義的社会政策の延長線上にあるものである。これは、国家が福祉の提供に責任を持ち、公共部門を拡大維持するべきだという考えが残っていることを物語っている。

マタニティ・キャピタル給付金(2007年)[文末の訳注参照]は、最近母親となった受給者を対象とし、主に住宅ローンの頭金に使われる出産奨励主義的な銀行のクーポン券であり、最近のマザー・ヒロイン[母親英雄wiki:訳注]勲章(2022年)は、ウクライナに徴兵された若者が死んでいることを背景に導入されたものであり、兵士に与えられる低利の戦争貸付金(2022年)まである。

ロシアの社会給付制度は、公共部門の継続的な貧困化、労働の不安定化、子どもの貧困、ジェンダー化された暴力に対抗して、金融と社会政策の融合を反映している。しかし、新自由主義的な民営化の継続的なプロセス以上に、プーチン時代の出生奨励主義的な社会政策は、直接国家によって提供される社会的なサービスの提供形態とは対照的に、(特にロシアの銀行と建設会社にとって)利益のために金融資本の回路を通して供給される複雑なメカニズムとなっており、公共財や労働者階級の家計を収奪している。

普遍的な福祉の提供や社会的な市民権が国家を巻き込むことで財政負担を強いのとは違って、負債に基づくインクルージョンは、住宅などの基本的なニーズを満たすための融資への依存を常態化し、ロシアの市民権に付随する個人、しばしば母親を対象としたサービスの提供を通じて社会改良の感覚を作り出した。2000年代半ば以降、子どもの貧困化、多子世帯や母子・祖母世帯の困窮にあわせて、とりわけ住宅ローンを中心とした家計債務の急増が顕著になった。

国家は、ロシアの住宅危機の解決策として、マタニティ・キャピタルと兵士のための戦争住宅ローンプログラムの両方を推進している。貧困地域をターゲットにした広告では、夫や兄弟、息子の祖国への奉仕に感謝し、より安い住宅ローンを確保する機会を得たロシアの家族が笑顔で登場する。実際、こうしたプログラムは、労働者階級の人々をリクルートする仕組みとして機能している。兵役は、よりどころのない世帯が自己再生産する機会を提供するものだからである。

このように、社会的再生産はますます民営化され、その責任は、一種の母性の軍国主義化を通じて女性に取り込まれている。家族は、文字通り、ロシア国家の軍事化を支える金融的な蓄積の直接的な場となっている。

「ロシアの伝統的家族」モデルの制度化は、LGBTQ+の人々や移民労働者の犯罪化、福祉規定、完全な市民権からの排除に基づくものである。フェミニスト理論家ジェニファー・サッチランドJennifer Suchlandの「ヘテロナショナリズム」という用語は、新自由主義的な蓄積体制を支える、出産奨励主義、保護主義、表向きの開発主義的な方向性の国家言説に具現されるロシアナショナリズムの構築を説明するのに役立つ。

複数のインタビューの中で、国会のロシア子どもと家族に関する委員会の責任者であるエレーナ・ミズーリナ Elena Mizulinaのような当局者は、大家族を持つというロシアの伝統的な価値観を、内外の敵に対する国家の維持と明確に結びつけている。中央アジア諸国からの労働移民は、犯罪、公衆衛生リスク、麻薬密売の元凶として描かれることが多い。妊娠中の未登録の[移民の]女性がロシアの公的医療を利用することへの不安の表明や、モスクワの国庫補助の公立プレスクール/幼稚園における未登録の移民の子どもに関する懸念に示されるように、移民への人種差別的取り締まりが生産と社会再生の両方の領域で行われている。

マタニティ・キャピタルMaternity Capital給付金の初年度である2008年3月26日に、プーチン率いる統一ロシアが「家族、愛、貞節[忠節、Fidelity]の日」という祝日を導入したのは偶然ではないだろう。

また、ロシア軍がウクライナ南部と東部の鉱物資源の豊富な土地で採掘と土地収奪に従事している間に、ロシア国家は、未成年者の間での「ゲイプロパガンダ」の拡散の禁止に関する2013年の法律をすべての年齢層に拡大して適用する法律を可決したことも偶然の一致とは言えない。労働者や社会主義者の組織者がロシアで投獄されたのが偶然ではないように。

ロシアの異質性やハイブリッド性についての西洋の描写に反して、サッチランドSuchlandが説明するように、「政治的同性愛嫌悪とヘテロナショナリズムは、ロシアにおける非自由主義の単なる尺度ではなく、ヨーロッパ中心主義と対立するものではなくヨーロッパに絡め取られたポストソ連の帝国プロジェクトの症状である」。

しかし、政治的なものが経済的なものでもあるとすれば、ロシアのヘテロナショナリズムがヨーロッパ中心主義と絡んでいることは、グローバル資本主義と絡んでいることをも意味している。

ロシアの資本主義は政治的であり、それを生み出したグローバル資本主義そのものと同じ様に[資本主義における]標準的なものである。

Olena Lyubchenko トロントのヨーク大学で政治学の博士号候補者であり、ブルックリン社会研究所のassociate faculty membeである。政治経済学のマルクス主義的批判に基づき、社会的再生産、本源的蓄積、グローバルな文脈におけるソビエト連邦の形成と変容に焦点を当てて研究・教育を行っている。ソビエト連邦後のロシアとウクライナにおける新自由主義の再構築、社会的再生産の金融化、人種差別化と市民権、入植者植民地時代のカナダにおける労働関係の規制についても執筆している。LeftEastとMidnight Sun Magazineの編集者である。また、アラメダのアフィリエイターでもある。

出典:https://lefteast.org/russian-capitalism-is-both-political-and-normal-on-expropriation-and-social-reproduction/

訳注:マタニティ・キャピタルについてはロシア社会基金に以下の説明がある。

Maternity (family) capitalは、2007年から2021年までの間に第2子または第3子以上の子どもが誕生または養子縁組したロシアの家庭に対する国家支援の方法であり、第2子の誕生(養子縁組)においてこれらの権利は付与されないことを条件としている。

2020年1月1日以降、出産(家族)資本は466,617ルーブルとなる。

以下のことを知っておくとよい:

マタニティ(ファミリー)キャピタルを受け取る権利は、一度しか与えられない;
マタニティ(ファミリー)キャピタルは、政府による年次指数化[物価スライド]の対象となっており、その額が変わっても証明書を交換する必要はない;
第2子、第3子以上の出産(養子縁組)後、PFRからマタニティ(ファミリー)キャピタル証明書を請求できる期間は無期限である;
マタニティキャピタル(の一部)の使用申請は、第2子、第3子以上の出産(養子縁組)後3年経過すれば、いつでも可能である。出産資金を住宅ローンの初期費用、住宅ローンの元金や利息の支払いに充てる場合、出産(養子縁組)により証明書を受け取る権利を得た子どもの出産または養子縁組後いつでも利用できる;
マタニティ(ファミリー)キャピタルは、所得税が免除される;
証明書は、所有者が死亡した場合、所有者が出産または養子縁組によってマタニティ・キャピタルを受け取る権利を得た子どもに関する親権を剥奪された場合、所有者が人に対する犯罪として定義される自分の子ども(子ども)に対する故意の犯罪を実行し、マタニティ・キャピタルの権利を与えた子どもの養子縁組が終了した場合、またはマタニティ・キャピタルが完全に使われた場合に無効となるものとする;
マタニティ・キャピタルは、銀行振込としてのみ受け取ることができる。これらの資金の現金化は違法である。現金化に同意したマタニティ・キャピタル証明書の所有者は、犯罪を犯し、公的資金の不正使用の共犯者として認識される可能性がある。

マタニティ(ファミリー)キャピタルは、以下のことに使うことができる:

生活環境の改善
    住居を取得する;
    建築業者のサービスを利用して個人住宅を建設または改修する;
    建築請負業者のサービスを利用しない個人住宅の建設または改修;
    個人住宅の建設または改修のために発生した支出に対する補償;
    住宅の取得または建設のための、住宅ローンを含むクレジット(ローン)の初期支払い;
    住宅ローンを含む住宅の取得または建設のための債権(ローン)の元本債務および利息の支払い;
    建設共同資金調達契約に基づく支払い;
    証明書所有者またはその配偶者が住宅、住宅建設、住宅貯蓄協同組合の組合員である場合の、入会金および/または出資金の支払い。
子どもの教育
    国が認定した教育プログラムに対する支払い;
    教育機関における子ども(子ども)の宿泊施設または世話のための支払い;
    教育機関が提供する研修期間中の寮での宿泊費および公共料金の支払い。
母親の基金付き年金

障害のある子どもの社会的適応と統合のため