迫る香港の中国返還と音楽の自由:『連衆顛覆』『黒鳥』

迫る香港の中国返還と音楽の自由
『連衆顛覆』『黒鳥』

アジアポップスへの関心が広がりはじめた時期が過ぎて、「エイジアン・ポップス」そのものが音楽の世界市場のなかに安定した位置を占め始めている。中国のように人口が多く、開放政策によってますます欧米の大衆文化が容易に流入しつつある国ではとりわけこうした傾向に拍車がかかっているようだ。しかし他方で、こうした音楽の世界市場への統合の尖兵として、ロック・ポップスが伝統的な民族音楽を維持・継承しようと努力している側からは槍玉にあげられているとも聞く。
さて、ここで紹介する香港のロック・バンド黒鳥の最新アルバム『連衆顛覆』は、その名前からも推察できるように、ある種のアナキズムをはっきりと自分たちのスタンスとして表明しているバンドといえそうだ。そのことはかなり率直に歌詞にもあらわれている。ヒップ・ホップ調の「MANIC PARTY」では、とりわけ中国共産党を明確に意図した辛疎な一党独裁批判をラップに乗せている。かつて、台湾でも戒厳令解除直後に起きた大きな民衆運動の中で、政治的なラップが歌われたことがあった。ラップは、合衆国や英国の黒人たちの間だけでなく、そこからさらにアジアへと伝播して、いまやアジア各地で、メッセージソングとしての位置を確立しつつあるようだ。また女性ボーカルによる「WHAT ABOUT MY PLEASURE!?」は、英国のもっともラディカルなアナキスト・パンクのバンド、クラスを彷彿とさせる家庭内暴力や結婚の悲劇を主題とした歌だ。彼らがクラスから影響されていることは確実で、東欧の民主化をテーマとした「THE (GREAT)WALL SONG」ではクラスのサウンドがサンプリングされている。
実はこのアルバムの最大の特徴は、ここに収録された多くの曲がさまざまな国で、様々な人々と出会う中から生み出されたものだということにある。「自主人之歌」はイタリアのパドヴァで、「人民」はトリノで録音されている。「自主人之歌」はイタリアのトラディショナルな民衆の歌。ボーカルのドミニコは、彼らのパドヴァの宿泊先の主人で歌は素人の工場労働者だ。正月に偶然この歌を聞いた彼らがその場でウォークマンで録音したものだ。あるいは「活在一個時代」はフィリピンのマニラで録音されている。この歌もフィリピンのノエル・カバンゴンの曲に現地のタカログ語と中国語が交互に配されている。「上大人」はスイスのビール、「MANIC PARTY」はカナダのモントリオール、「WHAT ABOUT MY PLEASURE!?」はフランスのエベルノ、そして、生田萬二の「モーニング・チャイルド」を含む二曲が来京で録音されている。
様々な国や民族の音楽を自分の音楽に取り入れるということは珍しいことではないばかりか、むしろクラシックからポピュラーまで音楽の常道ですらある。だから、そのことをもってこのアルバムの特徴ということはできない。むしろそうした楽曲の摂取の方法が単なる素材や資源としてそれらの音楽を利用しようというのではなくて、それらがもともと持っていたその社会の中での意味のコンテクストやアーティストの生き方なども含めて、自分たちのアルバムに取り入れようとしている点だ。中国語への訳詞だけでなく、その歌を収録するにいたった事情についての付属のブックレットでは詳しく述べられている。タイトルの「連衆顛覆」には彼らのこうした問題意識がよく現れている。と同時にここには、中国返還を目前にした香港で、より自由な表現と民衆の権利をあえて提示しようとしている彼らの今後の活動が、世界の多くの人々との共同の作業として生み出されることが必要であるという切実なメッセージが込められている。だから、彼らの音楽を一つのジャンルにいれることは難しい。
ボーカルの郭達年のだみ声は迫力があり、どのようなスタイルの音楽であっても、黒鳥としてキャラクターがよく現れている。また、【口偏に「吉」】式のバイオリンが非常に新鮮だ。

出典:『インパクション』95号1996年 馬浪朱の名前で執筆