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1. 事故の渦中で政府は何を語ったのか事故論
繰返しマスメディアなどでも報道されてきたことではあるが、福島第一原発の事故の経緯を振り返りながら、人々の生存を脅かすような大規模な事故に内在している問題を考えてみる。ここで議論する内容は、政府が緊急事態に際して、いかなる嘘をつくのか、ということだ。戦争であれ大事故であれ、政府は嘘をつく。このことを福島の事故の当時に立ち戻って検証してみよう。
事故から1年くらい経過した段階でわかっていたことは、1、2、3号機がメルトダウンしていること、4号機も爆発を起こし、その核燃料プールが極めて危険度の高い環境にあること、年単位の長期にわたって炉心や使用済み核燃料を冷しつづけなければならない冷却システムが脆弱であること、修復は不可能であるがどのように廃炉にするのか、その見通しも立っていないこと、東日本全体の放射能汚染の処理の目処がたっていないこと、などである。
事故のために破壊された原発の建屋には未だに十分な立入りができないほど放射線量が高いために、どのような経緯で事故が起きたのか、どのような規模の事故なのか、原子炉がどのような状態になっているのか、その詳細がわかっていないか、確定的なことが言えない状態が一年以上も続いた。米国スリーマイル原発事故や旧ソ連のチェルノブイリ原発事故の経験からすれば、短かく見積もっても数十年の単位での事故処理が必要になるが、そのような長期にわたって、爆発などで崩壊した原発が現状のまま持ちこたえられるかどうかもわからないまま時間が過ぎた。しかもこれまでの原発のシビアアクシデント事故と決定的に異なっているのは、複数の原発が同時にメルトダウンを起こして破壊的な状況にあるというこれまで人類が経験したことのない複合的な事故でもあり、全てにおいて予測されてはいても、現実の出来事としては未経験のことばかりだった。そいて、今でもそうだ。
当時も今も、多分多くの人々の基本認識では、福島原発事故が大規模な地震と津波が起きなければ起きなかった事故であって「想定外」だと信じられている。しかし、この「想定外」という理解そのものは、本当なのか。専門家の間で本当に「想定外」と判断されていたのかどうか。
原発事故の危険性は、その開発初期の段階からよく知られていた。なぜ知られていたかといえば、開発されて半世紀の間、世界各地の原発が深刻な事故を繰りかえしてきたからである。原発事故はこれまでも無数にといっていいほど繰り返されてきており、福島原発事故は、この繰り返されてきた大小さまざまな事故と無関係ではない。メルトダウンから原子炉そのものが破壊されるような事故は多くはないが、こうしたシビアアクシデントとなっても不思議ではない一歩手前の事故は決してめずらしくない。事故の原因も自然災害だけでなく、設計施行のミスから運転に際しての人間の判断や操作ミスまで様々であって、地震や津波の対策では、こうした事故を抑えこむことはできない。つまり、事故の潜在的な危険性は地震や津波そのものに由来するというだけではなく、原発それ自身に内在しているということも見逃がされてはならないのである。地震や津波は、この原発に内在する潜在的だが本質的な危険を具体的な現実として示したにすぎない、ともいえる。事故の多発を知りながら、なぜ原発が開発され次々に建設されてきたのか。その理由は、人々の安全よりも原発の建設を優先させる政治の意思決定の力があり、この力の背景には経済的な要因がある。そして、この経済的要因が技術や設計にも影響を及ぼしているからだ。
1.1. 福島原発事故 経緯
1.1.1. 福島原発事故で何が起こったのか。1
3月11日の福島原発事故ではどのようなことが起きたのか。以下、その概略を当時の知見の沿って述べておく。言うまでもなく、以下のような事態は福島第一の大震災と津波に固有のことではない。戦争でも同様のことは起きるし、平時であっても、何らかの偶発的なアクシデントで起きうる。
- 電源喪失
原発は発電所であるが、その稼動には外部の電源が必要である。原子炉内は蒸気→水→蒸気の循環システムで冷却されているが、この冷却システムは外部電源で動いている。しかし、地震で福島第一原発に電源を供給する鉄塔が倒壊し、外部電源が失なわれた。 外部電源が喪失したばあいは、非常用のディーゼル発電機が作動するが、こ れも津波で浸水し故障して動かなくなった。 蒸気で動く非常用復水器や原子炉隔離時冷却系も数時間から二十数時間で停止した。 - 燃料棒の破損
冷却水が注入できないことによって、炉内の水が蒸発して炉内の核燃料を覆っ ている水の水位が下り、圧力が上昇する。原子炉内の圧力は70気圧を超えては いけないので、蒸気を外に出すことになる。燃料棒より上4メートルまで水位があったも のが水の蒸発で燃料棒が露出するようになる。露出した燃料棒は冷やされず、 崩壊熱2によって燃料棒の温度が上昇する。燃料棒の被覆管のジルコニウム合金 (ジルカロイ)が水蒸気と反応して水素が発生する。このような反応は、ジルコニウム合金の温度 が約1000℃になると起きる。同時に被覆管はボロボロになって破壊され、ウラン燃料と核分裂生成物が むき出しとなる。 原発の出力が100キロワットとすると熱出力はその3倍ある。原発は熱出力の三 分の二が温排水として海に棄てられる。3崩壊熱はこの熱出力の6ー7パーセント (運転停止直後)になる。この崩壊熱はすぐには冷却されず、年単位で冷しつづけなければならない。 - 格納容器の破壊
崩壊熱で水が蒸発すると原子炉圧力容器の内圧が上昇する。圧力容器が壊れな いように格納容器に蒸気を逃すことが必要になる。この蒸気には、放射能、放 射性物質と水素が含まれる。格納容器は設計上4 気圧まで耐えられることになっているが、この蒸気で内圧が高り、福島の事故では8気圧になった。そのために格納容器が壊れる(爆発する)ことを回避するために、格納容器から外部の環境(文字通り建屋の外)への蒸気 の排出(ベント)を行なわなければならなくなった。 - 水素爆発
格納容器は窒素で満たされているが、建屋に水素が漏れると水素爆発を起こす 可能性がでてくる。1、3号機は建屋上部で、2号機は下部の圧力抑制室で爆発 が起きた。4号機は、3号機から流入した水素が爆発し、建屋が破壊され燃料プールが剥き出し状態となった。 - 炉心溶融
炉心の水が蒸発すると、原子炉が空だき状態となる。核燃料の被覆管が破れ、核燃料が溶け落ちる。 溶けた燃料が圧力容器から漏れて格納容器にまで溶け落ちる状態をメルトダウ ン(炉心溶融)という。1、2、3号機はいずれもメルトダウンを起こした。 - 注水と放射能の拡散
冷却系が壊れたため、外部からの注水で冷やすことになった(自衛隊の空中か らの水の投下、消防ポンプなどで注水、海水の注入などが行なわれたが、これ ら注水した水は、放射能を含んだ汚染水となって外部に漏れることになる。また、放射能を含んだ蒸気も外部に 漏れ続けた。 高濃度の汚染水が破損した建屋の地下などから海に大量に流出した。同時に、 水素爆発や恒常的な蒸気の発生によって空気中に放出された。その結果、原発 の現場で働いている労働者が被曝し、さらに、風に乗って、福島から東北、関 東の広域が放射性物質で汚染されることになった。
1.2. 事故直後の政府の「偽旗作戦」
1.2.1. 政府の対応
11日の午後3時すぎに全交流電源喪失という事態になる。この事態をふまえてこの日の夜に緊急事態宣言が発令された。3月11日夕方の官邸の記者会見で枝野官房長官は次のように述べた。
本日16時36分、東京電力福島第一原子力発電所において、原子力災害対策特別措置法第15条1項2号4の規定 に該当する事象が発生し、原子力災害の拡大の防止を図るための応急の対策を実施する必要があると認められたため、同条の規定に基づき、原子力緊急事態宣言が発せられました。現在のところ、放射性物質による施設の外部への影響は確認されておりません。したがって、対象区域内の居住者、滞在者は現時点では直ちに特別な行動を起こす必要はありません。あわてて避難を始めることなく、それぞれの自宅や現在の居場所で待機し、防災行政無線、テレビ、ラジオ等で最新の情報を得るようにしてください。繰り返しますが、放射能が現に施設の外に漏れている状態ではありません。落ち着いて情報を得るようにお願いをいたします。(略)原子炉そのものに今問題があるわけではございません。原子炉はしっかりと停止をいたしました。ただ、停止をした原子炉は冷やさなければいけません。この冷やすための電力、冷やすための電力についてですね、対応が必要であるという状況になっております。まさに万が一の場合の影響が激しいものですから、万全を期すということで、緊急事態宣言を発令をいたしまして、その上で対策本部も設置をし、原子力災害対策特別措置法に基づく最大限の万全の対応をとろうということでございます。繰り返しますが、放射能が現に漏れているとか、現に漏れるような状況になっているということではございません。しっかりと対応をすることによって、何とかそうした事態に至らないようにという、万全の措置を、今、対応をしているところでございます。ただ同時に、そうした最悪の事態に備えた場合も万全を期そうということで、緊急事態宣言を発して、対策本部を設置をしたということでございますので、くれぐれも落ち着いて、特に当該地域の皆さんには対応をしていただきますよう、よろしくお願いを申し上げます。
この会見で言及されている「緊急事態宣言」そのものは「平成23年(2011年)3月11日16時36分、東京電力(株)福島第一原子力発電所において、原子力災害対策特別措置法第15条第1項2号の規定に該当する事象が発生し、原子力災害の拡大の防止を図るため、同条の規定に基づき、原子力緊急事態宣言を発する」という短かいものであって、上記の会見の発言そのものである。この「宣言」の本文に続いて注記があり、そこには、施設外部への汚染の拡がりがないこと、自宅待機することなどが記載されているのすぎない。
原子力災害対策特別措置法では緊急事態宣言には「緊急事態応急対策を実施すべき区域」「原子力緊急事態の概要」、対象地域住民などに「周知させるべき事項」を「公示」すべきである(第15条2項)としており、この「公示」を正式には「原子力緊急事態宣言」と呼ぶ、と定めている。しかし、政府が公表した宣言にはこれらの条件を満たすような具体的な事柄は一切記載されていない。
しかも、官房長官はこの記者会見で重要な事柄を述べたのだが、相互に矛盾する発言でもあった。つまり、
- 原子力災害対策特別措置法第15条1項2号の規定に該当する「事象」が発生したので緊急事態を宣言した。
- 「原子力災害対策特別措置法第15条1項2号」というだけでこの条文の内容には一切言及していない。これでは、ほどんど誰もどのような事態なのかを把握できない。
- 放射性物質による施設の外部への影響は確認されていない、という言い回しは、施設の内部に深刻な放射能漏れが生じていることを言外に示唆するにとどめることで、人々に間違った安心感を与えた。
- 避難の必要はなく自宅など屋内で待機すること、という指示は、屋外での大気汚染の可能性を言外に示唆しているのだが、施設の外部への影響は確認されていない、という発言と明らかに矛盾する。
- 原子炉そのものには問題がないことを強調した。しかし、全交流電源喪失であるから明らかに原子炉に大問題が起きていたはずだ。多くの人々は「全交流電源喪失」がどれほど深刻なことであるかを理解するだけの前提知識を与えられていないので、安全なのか、深刻な危険があるのかを自分で判断できず、政府の発表を鵜呑みにするしかなかった。しかし、全交流電源喪失が深刻な事態であることを政府は知っていたからこそ緊急事態を発令したのだが、原子炉そのものに問題がないと虚偽の発言を繰返すことで、緊急事態の深刻さを打ち消した。
- 原子炉は停止した、という言いまわしによって、あたかも停止=安全というニュアンスを押し出した。
- 停止した原子炉は冷やしつづける必要があるが、そのための電源について「対応が必要」である。崩壊熱という原発の特殊な性質を知らない圧倒的大多数の人々にとって事態の深刻さは理解されなかった。
官房長官はこの最後の問題についてその深刻さを明確な言葉で説明しないままであり、原子炉の「空焚き」状態の危険性を知りながら「何とかそういう事態に至らないよう」という言い方で「そういう事態」の内容をぼかしてしまった。
しかし、当日の夜10時ころに新たに避難指示が出される。
先程、21時23分、原子力災害対策特別措置法の規定に基づきまして、福島県地域、大熊町、二葉町に対し、住民の避難の指示をいたしました。福島の原子力発電所の件で、3km以内の皆さんに避難の指示、3kmから10kmの皆さんに屋内での退避、という指示をいたしました。対象地域、福島原子力発電所の3km内の地域に住んでいらっしゃる方、滞在してらっしゃる方は、落ち着いて速やかに避難を始めていただきたい。3kmから10kmの皆さんは、屋内において退避をしていただきたいと。これは念のための指示でございます、避難指示でございます。放射能は現在、炉の外には漏れておりません。今の時点では環境に危険は発生しておりません。安心して地元市町村、警察、消防などの指示に従って下さい。安全な場所まで移動する時間は十分にあります。ご近所にも声を掛け合って、慌てず冷静に行動をして下さい。自衛隊を始め、支援体制を全力で現在整えております。不確実な噂などに惑わされることなく、確実な情報だけに従って行動するようお願いをいたします。
12日早朝(11日深夜)、記者会見でベントの必要が次のように説明された。
まず一点は、当事者である東京電力及び経済産業大臣からも発表をいたしておりますが、福島第一原子力発電所について、原子炉格納容器の圧力が高まっている恐れがあることから、原子炉格納容器の健全性を確保するため、内部の圧力を放出する措置を講ずる必要があるとの判断に至ったとの報告を東京電力より受けました。経済産業大臣ともご相談をいたしましたが、安全を確保する上で止むを得ない措置であると考えるものであります。この作業に伴い、原子炉格納容器内の放射能物質が大気に放出される可能性がありますが、事前の評価では、その量は微量と見られており、海側に吹いている風向きも考慮すると、現在とられている、発電所から3km以内の避難、10km以内での屋内待機の措置により、住民の皆様の安全は十分に確保されており、落ち着いて対処いただきたいと思います。
さらに早朝5時すぎに、更なる避難指示がでる。
本日、5時44分に総理から新たに、半径10km圏内の住民に、10km圏外に避難するよう指示がありました。これまで3km圏内の皆さんに圏外への避難を指示しておりましたが、本日、午前5時44分、10km圏内の住民に避難の指示をいたしました。容器内の圧力が上昇していることから、経済産業大臣の指示により、安全に万全を期すため、先程、1号機の原子炉格納容器内の圧力を降下させる措置を行いました。このため、放射性物質を含む空気の一部外部への放出が行われますが、管理された中での放出でございます。また、こうした放出に備えて3km圏内からの退出をお願いをいたしておりまして、この管理された状況での放出をということについては、10km圏外に出ていただいているというのは、まさに万全を期すためでございますので、その点にご留意をいただき、落ち着いて退避をしていただければというふうに思っております。
避難指示が3キロから10キロ圏内の住民に拡大された。ベントが予定されていることへの対応だと説明され「安全に万全を期す」「管理された中での放出」を強調した。この短かい発言で原発の事故が完全にコントロール可能な環境の下にあるかのような印象を与えた。しかし、現実は逆であり、まったくコントロールできなくなっていた。
12日午後の会見
本日15時36分の爆発について、東京電力からの報告を踏まえ、御説明を申し上げます。原子力施設は、鋼鉄製の格納容器に覆われております。そして、その外が更にコンクリートと鉄筋の建屋で覆われております。このたびの爆発は、この建屋の壁が崩壊したものであり、中の格納容器が爆発したものではないことが確認されました。爆発の理由は、炉心にあります水が少なくなったことによって発生した水蒸気が、この格納容器の外側の建屋との間の空間に出まして、その過程で水素になっておりまして、その水素が酸素と合わさりまして、爆発が生じました。ちなみに、格納容器内には酸素はありませんので、水素等があっても爆発等をすることはありません。実際に東京電力からは、格納容器が破損していないことが確認されたと報告を受けております。繰り返しになりますが、このたびの爆発は原子炉のある格納容器内のものではなく、したがって、放射性物質が大量に漏れ出すものではありません。(中略) 繰り返しになりますが、このたびの爆発は原子炉のある格納容器内のものではなく、したがって、放射性物質が大量に漏れ出すものではありません。東京電力と福島県による放射性物質のモニタリングの結果も確認いたしましたが、爆発前に比べ、放射性物質の濃度は上昇いたしておりません。報道されました15時29分の1,015マイクロシーベルトの数値でございますが、この地点の数字はその後、15時36分に爆発がございましたが、15時40分の数字が860マイクロシーベルト、18時58分の数字は70.5マイクロシーベルトとなっておりまして、爆発の前後でむしろ少なくなっております。その他の地点も、ベントといいますが、容器内の水蒸気を、圧力が高くなることを抑制するために外に出す。このことは今日の未明来、申し上げてきておりますが、これが14時ごろから行われまして、その前後で一旦高くなっておりますが、その後、15時36分の爆発を挟んでも、いずれも低下していて、そして低いレベルにとどまっております。
ここで枝野官房長官は二つの問題のある発言をしている。
- 爆発は「原子炉のある格納容器内のものではなく、したがって、放射性物質が大量に漏れ出すものではありません。」と述べて、放射性物質の大量漏洩を否定した。(実際には大量の放射能漏れがあった)
- 東電と福島県のモニタリングによって得られた数値を挙げた上で「低いレベル」であると述べ、あたかも被曝などの問題にならないレベルであるかのような印象を与えた。
上の二番目については、具体的な数値を挙げているのだが、その深刻さは十分には理解されなかったように思う。敷地境界付近で測定されたとみられる1015マイクロシーベルト(毎時)は、極めて高い値であり、一般人の年間被曝線量(1ミリシーベルト=1000マイクロシーベルト)を1時間で浴びることになる。ちなみに、環境省は、2021年暮れに、汚染状況重点調査地域の指定の要件および、除染実施計画を定める区域の要件の放射線量を0.23マイクロシーベルト毎時と規定している。5
同時に、この会見では水素爆発の原因となった水素がどのようなメカニズムで発生したのかについて全く言及していない。しかし、水素の発生が、原子炉圧力容器の水位が下がり、高温となって、燃料棒が水上に露出して発生した可能性が極めて高く、同時にこのことは燃料が溶融している可能性を示すものであることも推測できたはずである。しかしこのようなシビアアクシデントの可能性を全く示さなかった。
1.2.2. 政府の対応の意図は何だったのか
福島原発事故直後の政府の緊急事態対応は、世論に対する典型的な「偽旗」作戦のありかたを示すものだといえる。
政府は、緊急事態が政権の危機をまねかないように対処することを最優先にする。権力にとって最も重要な事柄は権力の維持そのものである。権力にとって、民衆の生存権は優先事項ではない。電力会社にとっても、自社への信頼と収益を最優先に経営する。消費者の権利は優先事項ではない。
- これまでのエネルギー政策を正しいものと前提した対応をとる
- 原発の安全性は維持可能であり、制御可能だという従前からの考え方を踏襲する
広報の役割は、上記を満たす最適解をメッセージとして発信することになる。結果として、事故は過小評価され、収束可能(政府と電力会社が技術を制御する力を持っている)であることを大前提とした住民への対処がとられる。
偽旗作戦の目的は、民衆の政府への信頼を維持すること、政府の対応は常に正しいということ、問題は必ず最も好ましい結末になることを民衆に信じこませて、政府の指示に従った行動を促すようなメッセージになる。「偽」は真実あるいは事実を巧みに転用して話を作り変えたりするので、事実との境界が曖昧になる。同時に、政府の方針にお墨付きを与えるために、専門家を動員する。学者は真実を探求するものだと信じられているので、世論を説得する上で重要な役割を果たす。
1.2.3. 政府も企業も民衆の生存権を最優先にする動機がない
政府は、緊急事態に直面して、最悪の事態を想定して、最大限の人的被害を阻止することを目的に情報を発信し、対処する動機は極めて薄い。危機であればあるほど政権の維持が最大の関心になり、世論の支持を得るために必要なメッセージの発信が最大の関心事になる。政府は、一貫して大地震による人々の不安を払拭するための心理的な操作に重点を置いた。ここでの心理的操作の中心にあるのは、政府が状況を把握しコントールできるだけの力を維持している、ということを強調することだ。後に安倍がオリンピックを招致するときに発言した福島第一原発は「アンダーコントロール」だという発言は、事故直後から繰り返し政府が印象操作として述べてきたことだった。つまり、民衆は政府を信じ、政府の従うことが最善の行動選択だ、というメッセージである。このメッセージが事実かどうかは私たちにとっては重要な問題だが、政府にとっては、たとえアンダーコントロールとはいえない状況であっても、アンダーコントロールだと判断しうるデータや学説がわずかでもあれば、これに恣意的に依拠し、専門家を動員して、事実を構築する力を行使する。こうすることで、この権力を支える目的で構築された事実を唯一の事実、つまり、真実にしてしまう。権力の正統性を維持しようとする政権にとっては、これが最も重要なことだと考えられている。
権力に有利なように構築された事実は、実際に生じている被害を常に過少に評価し、権力による制御の力、危機を克服する力を過大に評価するか、誇張して表現することによって、人々の支持をつなぎとめようとする。結果として、人々の生存に深刻な影響を及ぼす。だから、こうした事実は、別のデータの収集や専門家の見解などに基づいて構築された事実とは食い違うことが明かにされると、人々は、政府の「事実」に疑問を抱くことになる。そうならないように、政府は異なる事実を隠蔽し、情報全体を政府が描いたシナリオに沿った形になるような工夫を凝らし、最終的な手段としては検閲や言論統制、更には逮捕などの暴力まで行使することになる。
かつて、こうした情報操作は検閲やマスメディアへの統制で十分にその効果を発揮できたが、インターネットの時代には、これでは全く不十分になる。人々が発信するSNSやブログなどの発信手段を可能な限り「統制」できるような新たな技術が必要になってくる。こうした技術はすでに存在し、これが現代の「ハイブリッド戦争」の中核をなすものになっている。
1.2.4. 人々ひとりひとりの発信が時には「偽旗作戦」に加担することになる
人々が政府に有利なように事実が構築されていることに気づかれなければ、政府によって構築された事実は、真実として、共有されていく。そのばあい、人々は、単に与えられた情報を鵜呑みにするわけではない。自分たちの価値観や経験、そして、周囲の人間関係など様々な条件に影響されながら、与えられた情報を咀嚼して人々と共有しようとする。かつてのマスメディアの時代であれば、自分の得た情報を共有したり自分の意見を伝える範囲は家族、知人、近隣住民、職場、学校などに限られていたが、インターネットとSNSの時代には不特定多数への発信によって、この共有の環境が劇的に変化した。
この「偽旗」がうまく機能する前提には、原発は安全で必要な設備である、という信仰を大多数の人々が共有している、という条件が必要になる。この前提の基づいて、政府は事故を過小評価したり、最悪の事態を想定した避難よりも不安を払拭するような不適切な表現で人々の判断を間違った方向に誘導することが効果をもつことになる。原発への懐疑が一般的に共有されているときには、安全が確保されているとか「アンダーコントロール」といった文言は容易には「信じる」ことにはならない。
政府にとってはエネルギー政策の基本的な方針があり、この方針に沿って、核、化石燃料、水力、再生可能エネルギーに関する制度や財政が組み立てられているが、これらのエネルギーの利用がもたらす最悪のリスクを想定するよりもシステムが問題なく機能することを前提にして計画が策定される。電力会社もまた、事故のない状態を与件として原発への投資と稼動による収益を最優先にする。こうして構築された原発についての神話があって、はじめて偽旗作戦が有効に機能することになる。6偽旗作戦は確信をもって原発に反対する主張をもつ人達には効果がない。一般論としていうと、偽旗作戦は世論の大半が「信じている」ことがらを巧妙に利用して、権力の行動を支える大衆的な世論形成に繋げる手法であり、確信的に反政府の立場や価値観をもつ人々には効果がない、ということだ。
安全神話は致命的な過酷事故をありえないこととみなすので、福島の事故のばあいも、メルトダウンや水蒸気爆発などはありえない、という前提で事実を「解釈」し、結果として事態の過小評価につながった。過小評価は事実を誤認させ、人々に間違った情報を伝え、人々を誤解させることになる。原発の安全性については、政府や業界の主張そのものの誤りがあるが、この誤りを受け入れていたら、原発の建設はありえない選択肢になったはずだ。
1.3. ありえない選択がなぜ選択肢に?
私は、原発の最大の不可能性は、放射性廃棄物処理の不可能性にあると考えている。100パーセント安全な原発が建設できたとしても、設計図通りに完璧に動く原発があったとしても、放射性廃棄物はなくすことができない。この廃棄物のなかにはプルトニウムのように半減期が24000年もある毒性が極めて強い物質も含まれている。この廃棄物処理の技術が未解決であることを理由に原発を採用しない、という判断を下すのが合理的な判断だ。ところが、こうした判断が下されないのはなぜか。
近代社会では、おしなべて、生産物の生産に付随する廃棄物とは価値のないもの、人間の社会に対して悪影響を及ぼさないように処理すればいいだけのものとしてしか理解されてこなかった。市場経済では、生産の目的は、商品の生産であり、廃棄物は、この意味での生産に付随するムダなもの、にすぎなかった。だから、経済効率上最適な生産とは最小のコストで最大の利益があげられるような商品生産物の生産であって、廃棄物を最小化することを最優先の目的にすることはできない。個々の資本にとっては廃棄物は資本の外部に捨てることで処分できればよい、というものにすぎない。リサイクルの発想は、もともとの廃棄物の生産それ自体をなくす方向とは逆に、廃棄物を新たな原料として新たな商品を生産して市場を開拓することになるために、そもそもの廃棄物への需要が構造化されてしまう。結果として本来であれば、なくしていかなければならない廃棄物に需要が形成されることを通じて、廃棄物を生み出す生産が許容され、更なる生産拡大すら促すことになりかねない。原発の核燃料サイクルはその典型だろう。
1.4. 事故直後の出来事
1.4.1. 津波から全交流電源喪失まで
2011年3月11日 東日本大震災発生。1ー3号機は自動停止したが、津波で全交流電源喪失 近くにある送電鉄塔が倒壊し、外部電源が遮断され、非常用ディーゼル発電機 が作動。
(津波:15時27分、第一波、35分、第二波)
15時41分ころ、津波で非常用ディーゼル停止→全交流電源喪失。電気駆動のポ ンプや弁が作動しなくなる。 (津波到着以前に非常用デーゼル発電機が破壊されていた疑いがある)
原子炉の水位低下。1、2号炉、緊急炉心冷却系のうちの高圧注水系の起動に失 敗。3号炉のみ起動。
1号炉は非常用復水器、2、3号炉は原子炉隔離時冷却系を使って冷却したが、 注水状況が確認できず\\。 23時、1号炉、タービン建屋内の放射線量上昇
1.4.2. メルトダウンと水素爆発
メルトダウン、メルトスルーの時期
1号機、地震発生から15時間後(東電)、5時間後(保安院)に溶けた核燃料が原子 炉の底を突き破って格納容器の底に落ちる。原子炉の燃料はほぼすべて下に落 ちている。
2、3号機も最初の4日間でメルトダウン
12日 1号機でベント(排気)後に水素爆発、原子炉へ海水注入。半径20キロ圏内 に避難指示
0時30分、1号炉格納容器の圧力が設計圧力より高くなる。タービン建屋の放射 能レベルも上昇。
1号炉について東電がベントを検討。
5時から9時、1号炉の原子炉水位が急激に低下、燃料の露出が始まる。燃料溶 融と外部への放射能放出が本格的に始まった。正門の線量(マイクロシーベルト)、午前4時40分0.866→午前5時10分1.59→午前10時30分385.5
14時30分、1号炉ベント開始
15時30分、1号炉水素爆発
13日 3号機も冷却不能となり海水注入
2時45分、高圧注水系停止。燃料の露出が始まる。ベント2回実施。
20時10分から14日6時の間、400ー820マイクシーベルト時
14日 3号機で水素爆発。2号機で燃料棒が全露出、海水注入
11時01分、3号炉水素爆発
午後、2号炉、原子炉隔離時冷却系による注水の停止。海水注入するが水位戻 らず。
15日 2号機で圧力抑制室の圧力低下。4号機で爆発、火災。半径20ー30キロ圏 に屋内退避指示
0時02分、2号炉ベント実施。
6時10分、2号炉水素爆発
6時14分、4号炉でも水素爆発(使用済み燃料プールの空焚き?)
Footnotes:
井野博満「福島原発事故の原因と結果」井野博満編『福島原発事故はなぜ起きたか』、藤原書店、2011
原発の特徴は、核分裂が停止した後も核分裂生成物が放射線を出しつづけ、こ の放射線が原子炉のなかでは熱に変わり発熱しつづける点にある。この熱を 「崩壊熱」と呼ぶ。
これは原発の非効率性問題にも関わる。この膨大な温排水が海に棄てられるために、原発の周囲の海水の温度は7℃ほど上昇する。この温排水問題は原発がもたらす環境破壊として重要である。
(原子力緊急事態宣言等)
第十五条 主務大臣は、次のいずれかに該当する場合において、原子力緊急事態が発生したと認めるときは、直ちに、内閣総理大臣に対し、その状況に関する必要な情報の報告を行うとともに、次項の規定による公示及び第三項の規定による指示の案を提出しなければならない。
一 第十条第一項前段の規定により主務大臣が受けた通報に係る検出された放射線量又は政令で定める放射線測定設備及び測定方法により検出された放射線量が、異常な水準の放射線量の基準として政令で定めるもの以上である場合
二 前号に掲げるもののほか、原子力緊急事態の発生を示す事象として政令で定めるものが生じた場合
2 内閣総理大臣は、前項の規定による報告及び提出があったときは、直ちに、原子力緊急事態が発生した旨及び次に掲げる事項の公示(以下「原子力緊急事態宣言」という。)をするものとする。
一 緊急事態応急対策を実施すべき区域
二 原子力緊急事態の概要
三 前二号に掲げるもののほか、第一号に掲げる区域内の居住者、滞在者その他の者及び公私の団体(以下「居住者等」という。)に対し周知させるべき事項
3 内閣総理大臣は、第一項の規定による報告及び提出があったときは、直ちに、前項第一号に掲げる区域を管轄する市町村長及び都道府県知事に対し、第二十八条第二項の規定により読み替えて適用される災害対策基本法第六十条第一項 及び第五項 の規定による避難のための立退き又は屋内への退避の勧告又は指示を行うべきことその他の緊急事態応急対策に関する事項を指示するものとする。
4 内閣総理大臣は、原子力緊急事態宣言をした後、原子力災害の拡大の防止を図るための応急の対策を実施する必要がなくなったと認めるときは、速やかに、原子力安全委員会の意見を聴いて、原子力緊急事態の解除を行う旨の公示(以下「原子力緊急事態解除宣言」という。)をするものとする。
原子力災害対策特別措置法施行令
(原子力緊急事態)
第六条 法第十五条第一項第一号 の政令で定める放射線測定設備は、所在都道府県知事又は関係隣接都道府県知事がその都道府県の区域内に設置した放射線測定設備であって法第十一条第一項 の放射線測定設備の性能に相当する性能を有するものとする。
2 法第十五条第一項第一号 の政令で定める測定方法は、単位時間(十分以内のものに限る。)ごとのガンマ線の放射線量を測定し、一時間当たりの数値に換算することにより行うこととする。ただし、当該数値が落雷の時に検出された場合は、当該数値は検出されなかったものとみなす。
3 法第十五条第一項第一号 の政令で定める基準は、次の各号に掲げる検出された放射線量の区分に応じ、それぞれ当該各号に定める放射線量とする。
一 第四条第四項第一号に規定する検出された放射線量(法第十一条第一項 の規定により設置された放射線測定設備の一又は二以上についての数値が一時間当たり五マイクロシーベルト以上である場合にあっては、当該各放射線測定設備における放射線量と第四条第三項に規定する中性子線の放射線量とを合計して得られる放射線量)又は第一項の放射線測定設備及び前項の測定方法により検出された放射線量 一時間当たり五百マイクロシーベルト
二 第四条第四項第三号イに規定する検出された放射線量 一時間当たり五ミリシーベルト
三 第四条第四項第四号に規定する検出された放射線量 一時間当たり十ミリシーベルト
4 法第十五条第一項第二号 の原子力緊急事態の発生を示す事象として政令で定めるものは、次の各号のいずれかに掲げるものとする。
一 第四条第四項第二号に規定する場所において、当該原子力事業所の区域の境界付近に達した場合におけるその放射能水準が前項第一号に定める放射線量に相当するものとして主務省令で定める基準以上の放射性物質が主務省令で定めるところにより検出されたこと。
二 第四条第四項第三号に規定する場所において、当該場所におけるその放射能水準が一時間当たり五百マイクロシーベルトの放射線量に相当するものとして主務省令で定める基準以上の放射性物質が主務省令で定めるところにより検出されたこと。
三 原子炉の運転等のための施設の内部(原子炉の本体の内部を除く。)において、核燃料物質が臨界状態(原子核分裂の連鎖反応が継続している状態をいう。)にあること。
四 前三号に掲げるもののほか、実用発電用原子炉の運転を非常用の中性子吸収材の注入によっても停止することができないことその他の原子炉の運転等のための施設又は事業所外運搬に使用する容器の特性
平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う原子力発電所の事故により放出された放射性物質による環境の汚染への対処に関する特別措置法、汚染廃棄物対策地域の指定の要件等を定める省令
たとえば、次のような前提となる状況が偽旗作戦に有利な環境を作ることになった。
- 原発については、都市も地方も、原発を完全に否定する主張は極めて少数であり、危険であっても制御可能であると信じられてきた。
- 安全ではないもの、リスクの大きいものは、過疎地に配置することでリスク回避をする。都市部の人口にとってリスクは外部の出来事であるという意識が強い。
- 受け入れの代償としての様々な助成金制度がつくられてきた結果として、リスクを金で解決できるとする「理屈」が社会が抱える問題解決の一般的な対処法としてあらかじめ人々が受け入れてきた。7
- 政府や業界の安全神話の裏返しとして、事故に対しては、政府や業界が対処できるはずだという「神話」がまかり通ってきた。政府の言う通りにすれば、問題は解決するはずだ、という判断が前提にあるが、人々には、政府の判断の妥当性を評価する上で必要な多様な選択肢が与えられていない。
- 長年の政府、電力業界、原子力産業の広報の産物だが、こうした広報を受け入れる素地が、人々の側に準備されてきたことを軽視すべきではない。この人々の意識には様々あり、一方的な上からの押し付けとみなさない方がいい。
- 核の平和利用が自民党から一部の革新政党や「進歩的知識人」にまで肯定されてきた戦後の「核文化」がある。その典型が鉄腕アトムかもしれない。
- 原発立地現地の多数意見は原発を肯定する立場をとっており、原発誘致でばらまかれる買収のカネの汚さよりも、地域振興の「夢」――そのほとんどは実現しないのだが――にとらわれていた。
- 当時の政権が民主党であったことから、自民党ならやりかねないような誤魔化しを厳しく批判する野党支持者も政権の「嘘」を厳しく監視することを怠ったかもしれない。
リスクと金の取引は「保険」として、交通事故から国家賠償まで様々な分野で正当な考え方とみなされている。この考え方の問題は、賠償や補償、あるいは補助金によってリスクそれ自体が解消するわけではなく、逆にリスクを受け入れることを常態化させる、という点にある。最近の事例でいえば、貧困を解決するのではなく、貧困対策と称して給付金で対応する、「慰安婦」問題の解決を金の支払いに還元して国家の道義的責任を回避するといったことだ。
Date: 2023年3月25日
Author: 小倉利丸 toshi@jca.apc.org
Created: 2023-03-21 火 17:01