Appleが暗号政策を転換(エンド・ツー・エンド暗号化が危機に)

ここ数週間、監視社会問題やプライバシー問題にとりくんでいる世界中の団体は、アップルが政策の大転換をしようとしていることに大きなショックを受けました。これまでユーザしか解読できないとされていたエンド・ツー・エンド暗号化で保護されていたはずのiCloudに捜査機関が介入できるようにするという声明をAppleが出したのです。以下はこのアップルの方針転換への世界各国91団体による反対声明です。日本ではJCA-NETが署名団体になっています。

いつものことですが、人権団体が取り組みにくい問題(今回は主に児童ポルノ)を突破口に、暗号化に歯止めをかけようとする米国政権の思惑が背後にあると思います。日本でもデジタル庁が秋から発足します。官民一体の監視社会化に対抗できる有力な武器は暗号化ですが、そのことを「敵」も承知していて、攻勢を強めているように思います。今回はAppleの問題でしたが、日本政府の暗号政策での国際的な取り組みの方向は明確で、捜査機関には暗号データを復号可能な条件を与え、こうした条件を満たさない暗号技術の使用を何らかの形で規制しようとするものになるのではと危惧しています。とくにエンド・ツー・エンドと呼ばれる暗号の場合、解読できるのは、データの送り手と受け手だけです。自分のデータをクラウドに上げている場合、クラウドでデータが暗号化されており、その暗号を解読する鍵をクラウドサービスの会社も持っておらず、コンテンツにアクセスできない、といった場合がこれに該当します。これまでAppleのiCloudはこのようなエンド・ツー・エンド暗号化でユーザーを保護してきたことが重要な「売り」だったわけですが、この方針を覆しました。メールではProtonmailやTutanotaが エンド・ツー・エンド暗号化のサービスを提供しています。Appleが採用した方法は、私の理解する範囲でいうと、自分が保有しているデバイスの写真をiCloudにアップロードするときにスキャンされて、児童ポルノに該当すると判断(AIによる判断を踏まえて人間が判断するようです)された場合には、必要な法的手続がとられたりアカウントの停止などの措置がとられるというもののようです。これをiPhoneなど自分が保有しているデバイスに組み込むというわけです。これはある意味ではエンド・ツー・エンド暗号化の隙を衝くようなやりかたかもしれません。画像スキャンや解析の手法と暗号化との組み合わせの技術が様々あり、技術の詳細に立ち入って論評できる能力はありませんが、問題の本質的な部分は、自分のデバイスのデータをOS提供企業がスキャンしてそれを収集することが可能であるということです。スキャンのアルゴリズムをどのように設計するかによって、いくらでも応用範囲は広がると思います。児童ポルノはこうした監視拡大の最も否定しづらい世論を背景として導入されているにすぎず、同じ技術を別の目的で利用することはいくらでも可能ではないかと考えられます。OS提供企業が捜査機関や政府とどのような協力関係を結ぼうとするのかによって、左右されることは間違いありません。ちなみに、iCloudそのものは暗号化されているというのが一般の理解で、わたしもそう考えてきましたが、復号鍵をAppleが保有しているとも指摘されているので、もしこれが本当なら、そもそものエンド・ツー・エンドの暗号化そのものすら怪しいことになります。

このAppleの決定はたしかに意外ではありますが、他方で全く予想できなかったことかといえばそうではないと思います。とくに米国の多国籍IT企業は、トランプの敗色が濃くなったころから、掌を返したようにトランプやその支持者を見限ったように、企業の最適な利益を獲得するために権力に擦り寄ることはとても得意です。バイデン政権は民主党伝統の「人権」政策を押し立てるでしょうから、今回のAppleの決定もこうした政権の傾向と無関係だとは思いせん。そして、常にインターネットをめぐる問題、あるいは私たちのコミュニケーションの自由を規制しようとする力は、「人権」を巧妙に利用してきました。人道的介入という名の軍事力行使もこの流れのひとつであるように、人権も人道も政治的権力の自己再生産のための道具でしかなく、資本主義がもたらす人権や人道と矛盾する構造を隠蔽する側に立つことはあっても、こうした問題を解決できる世界観も理念も持っているとはいえないと思います。今回は「児童ポルノ」など子どもへの性的暴力が利用されました。児童ポルノをはじめとする子どもの人権を侵害するネットが槍玉に挙げられることはこれまでもあったことですが、こうした規制によって子どもへの性的暴力犯罪が解決したとはいえず、子どもの人権の脆弱な状況に根本的な改善がみられたわけでもなく、もっぱら捜査機関などの権限だけが肥大化するという効果しかもたらしていません。現実にある暴力や差別などの被害を解決するという問題は、現実の制度に内在する構造的な問題を解決することなくしてはありえないことであり、その取り組みは既存の権力者にとっては自らの権力を支えるイデオロギー(家父長制イデオロギーや性道徳規範など)の否定が必要になる問題です。だからこそ、こうした問題に手をつけずに、ネットの表象をその身代わりにすることで解決したかのようなポーズをつくることが繰り返されてきたのだと思います。

この公開書簡の内容はいろいろ不十分なところもあります。上述したようにAppleがなぜ方針転換したのかという背景には切り込んでいませんし、暗号化は悪者も利用する道具であることを前提してもなお暗号化は絶対に譲ってはならない私たちの権利だという観点についても十分な議論が展開されていません。こうした議論が深まらないと、網羅的監視へとつきすすむグローバルな状況に対抗する運動も政策対応以上のものにはならないという限界をかかえてしまうかもしれません。議論は私(たち)に課せられた宿題なので、誰か他の人に、その宿題をやってもらおうという横着をすべきではないことは言うまでもありませんが。

(付記)iCloudの暗号化については以下のAppleのサイトを参照してください。

https://support.apple.com/ja-jp/HT202303?cid=tw_sr

下記の記事が参考になりました。

(The Hacker Factor Blog)One Bad Apple

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出典: https://www.jca.apc.org/jca-net/ja/node/130

JCA-NETをはじめとして、世界中の91の団体が共同で、アップル社に対して共同書簡を送りました。以下は、その日本語訳です。 英語本文はこちらをごらんください。


公開書簡

宛先:ティム・クック
Apple, Inc.CEO

クック氏へ。

世界中の市民権、人権、デジタルライツに取り組む以下の団体は、Appleが2021年8月5日に発表した、iPhoneやiPadなどのApple製品に監視機能を搭載する計画を断念することを強く求めます。これらの機能は、子どもたちを保護し、児童性的虐待資料(CSAM)の拡散を抑えることを目的としていますが、保護されるべき言論を検閲するために使用され、世界中の人々のプライバシーとセキュリティを脅かし、多くの子どもたちに悲惨な結果をもたらすことを懸念しています。

Appleは、テキストメッセージサービス「Messages」の画像をスキャンする機械学習アルゴリズムを導入し、ファミリーアカウントで子どもと特定された人との間で送受信される性的表現を検出すると発表しました。この監視機能は、アップルのデバイスに組み込まれます。このアルゴリズムは、性的に露骨な画像を検出すると、その画像がセンシティブな情報の可能性があることをユーザーに警告します。また、13歳未満のユーザーが画像の送受信を選択すると、ファミリーアカウントの管理者に通知が送られます。

性的表現を検出するためのアルゴリズムは、信頼性が低いことが知られています。芸術作品、健康情報、教育資料、擁護メッセージ、その他の画像に誤ってフラグを立ててしまう傾向があります。このような情報を送受信する子どもたちの権利は、国連の「子どもの権利条約」で保護されています。さらに、Appleが開発したシステムでは、「親」と「子」のアカウントが、実際には子どもの親である大人のものであって、健全な親子関係を築いていることを前提としています。こうした前提は必ずしも正しいものではなく、虐待を受けている大人がアカウントの所有者である可能性もあり、親への通知の結果、子どもの安全と幸福が脅かされる可能性もあります。特にLGBTQ+の若者は、無理解な親のもとで家族のアカウントを利用しているため、危険にさらされています。この変更により、送信者と受信者のみが送信情報にアクセスできるエンドツーエンドで暗号化されたメッセージシステムを通じた機密性とプライバシーがユーザーに提供されなくなります。このバックドア機能が組み込まれると、政府はアップル社に対して、他のアカウントへの通知や、性的表現以外の理由で好ましくない画像の検出を強制することが可能になります。

また、Appleは、米国の「National Center for Missing and Exploited Children(行方不明および搾取される子供のための全国センター)」やその他の子供の安全に関する組織が提供するCSAM画像のハッシュデータベースを自社製品のOSに組み込むと発表しました。これは、ユーザーがiCloudにアップロードするすべての写真をスキャンします。一定の基準に達した場合には、そのユーザーのアカウントを無効にし、ユーザーとその画像を当局に報告します。多くのユーザーは、撮影した写真を日常的にiCloudにアップロードしています。このようなユーザーにとって、画像の監視は選択できるものではなく、iPhoneやその他のAppleデバイス、そしてiCloudアカウントに組み込まれています。

この機能がApple製品に組み込まれると、Appleとその競合他社は、CSAMだけでなく、政府が好ましくないと考える他の画像も含めて写真をスキャンするよう、世界中の政府から大きな圧力を受け、法的に要求される可能性があります。それらの画像は、こうした企業が人権侵害や政治的抗議活動、「テロリスト」や「暴力的」コンテンツとしてタグ付けした画像であったり、あるいはスキャンするように企業に圧力をかけてくる政治家の不名誉な画像などであるかもしれないのです。そしてその圧力は、iCloudにアップロードされたものだけでなく、デバイスに保存されているすべての画像に及ぶ可能性があります。このようにしてAppleは、世界規模での検閲、監視、迫害の基礎を築くことになります。

私たちは、子どもたちを守るための取り組みを支援し、CSAMの拡散に断固として反対します。しかし、Appleが発表した変更は、子どもたちや他のユーザーを現在も将来も危険にさらすものです。私たちは、Appleがこのような変更を断念し、エンドツーエンドの暗号化によってユーザーを保護するという同社のコミットメントを再確認することを強く求めます。また、Appleが、製品やサービスの変更によって不均衡な影響を受ける可能性のある市民社会団体や脆弱なコミュニティと更に定期的に協議することを強く求めます。

敬具

[署名団体]
Access Now (Global)
Advocacy for Principled Action in Government (United States)
African Academic Network on Internet Policy (Africa)
AJIF (Nigeria)
American Civil Liberties Union (United States)
Aqualtune Lab (Brasil)
Asociación por los Derechos Civiles (ADC) (Argentina)
Association for Progressive Communications (APC) (Global)
Barracón Digital (Honduras)
Beyond Saving Lives Foundation (Africa)
Big Brother Watch (United Kingdom)
Body & Data (Nepal)
Canadian Civil Liberties Association
CAPÍTULO GUATEMALA DE INTERNET SOCIETY (Guatemala)
Center for Democracy & Technology (United States)
Centre for Free Expression (Canada)
CILIP/ Bürgerrechte & Polizei (Germany)
Código Sur (Centroamerica)
Community NetHUBs Africa
Dangerous Speech Project (United States)
Defending Rights & Dissent (United States)
Demand Progress Education Fund (United States)
Derechos Digitales (Latin America)
Digital Rights Foundation (Pakistan)
Digital Rights Watch (Australia)
DNS Africa Online (Africa)
Electronic Frontier Foundation (United States)
EngageMedia (Asia-Pacific)
Eticas Foundation (Spain)
European Center for Not-for-Profit Law (ECNL) (Europe)
Fight for the Future (United States)
Free Speech Coalition Inc. (FSC) (United States)
Fundación Karisma (Colombia)
Global Forum for Media Development (GFMD) (Belgium)
Global Partners Digital (United Kingdom)
Global Voices (Netherlands)
Hiperderecho (Peru)
Instituto Beta: Internet & Democracia – IBIDEM (Brazil)
Instituto de Referência em Internet e Sociedade – IRIS (Brazil)
Instituto Liberdade Digital – ILD (Brazil)
Instituto Nupef (Brazil)
Internet Governance Project, Georgia Institute of Technology (Global)
Internet Society Panama Chapter
Interpeer Project (Germany)
IP.rec – Law and Technology Research Institute of Recife (Brazil)
IPANDETEC Central America
ISOC Bolivia
ISOC Brazil – Brazilian Chapter of the Internet Society
ISOC Chapter Dominican Republic
ISOC Ghana
ISOC India Hyderabad Chapter
ISOC Paraguay Chapter
ISOC Senegal Chapter
JCA-NET (Japan)
Kijiji Yeetu (Kenya)
LGBT Technology Partnership & Institute (United States)
Liberty (United Kingdom)
mailbox.org (EU/DE)
May First Movement Technology (United States)
National Coalition Against Censorship (United States)
National Working Positive Coalition (United States)
New America’s Open Technology Institute (United States)
OhmTel Ltda (Columbia)
OpenMedia (Canada/United States)
Paradigm Initiative (PIN) (Africa)
PDX Privacy (United States)
4
PEN America (Global)
Privacy International (Global)
PRIVACY LATAM (Argentina)
Progressive Technology Project (United States)
Prostasia Foundation (United States)
R3D: Red en Defensa de los Derechos Digitales (Mexico)
Ranking Digital Rights (United States)
S.T.O.P. – Surveillance Technology Oversight Project (United States)
Samuelson-Glushko Canadian Internet Policy & Public Interest Clinic (CIPPIC)
Sero Project (United States)
Simply Secure (United States)
Software Freedom Law Center, India
SWOP Behind Bars (United States)
Tech for Good Asia (Hong Kong)
TEDIC (Paraguay)
Telangana (India)
The DKT Liberty Project (United States)
The Sex Workers Project of the Urban Justice Center (United States)
The Tor Project (Global)
UBUNTEAM (Africa)
US Human Rights Network (United States)
WITNESS (Global)
Woodhull Freedom Foundation (United States)
X-Lab (United States)
Zaina Foundation (Tanzania)

Spotifyはスパイするな:180以上の音楽家と人権団体のグローバル連合が音声認識技術に反対の立場を表明

以下はAccessNowのウェッブに掲載された共同声明の訳です。コンピュータによる生体認証技術の高度化のなかで、アートや文化の世界でもAIへの関心が高まり、こうした技術が一方で深刻な監視や個人の識別と選別、あるいは収益源としてのデータ化への危険性がありながら、他方で、これを「面白い」技術とみなして遊ぶような安易な考え方も広がりかねないところにあると思う。監視を逆手にとったアート作品は最近も増えているが、こうした作品が果した監視資本主義を覆す力になっているのかといえばそうとはいえず、ギャラリー空間という人工的な安全な空間のなかで監視されるという不愉快な経験を参加型の表現行為に昇華させて文化的な快楽へと転移させてしまう。Apotifyが音楽でやろうとしていることはこうした文脈のなかでみる必要もあると思う。多くの音楽ファンがAIによる価値判断を肯定的に受け入れ、これを前提とした作品の制作や聴衆の選別を促すような音楽産業の商品生産によって、音楽文化そのものが既存の偏見を再生産する文化装置となる。こうしたことが音楽文化の周辺部である種のサブカルチャーとして登場しつつ次第にメインストリームにのしあがることで、支配的なイデオロギー装置の一翼を担うようになる。これまでのテクノロジーと文化がたどった途はこれだった。この途の初っ端で、まったをかける動きが登場したことがせめてもの救いだが、こうした動きに日本のアーティストがどのように呼応するだろうか。


Spotifyはスパイするな:180以上の音楽家と人権団体のグローバル連合が音声認識技術に反対の立場を表明
2021年5月4日|午前5時30分
Lea en español aquí.

本日、「アクセス・ナウ」、「ファイト・フォー・ザ・フューチャー」、「ユニオン・オブ・ミュージシャン・アンド・アライド・ワーカーズ」をはじめとする世界中の180以上の音楽家や人権団体の連合体は、スポティファイに対し、新しい音声認識特許技術を使用、ライセンス、販売、収益化しないことを公約するよう求める書簡を送った。

Spotifyは、この技術によって「感情の状態、性別、年齢、アクセント」などを検知し、音楽を推奨することができると主張している。この技術は危険であり、プライバシーやその他の人権を侵害するものであり、スポティファイやその他の企業が導入すべきものではない」と述べている。

2021年4月2日、Access NowはSpotifyに書簡を送り、同社に特許技術の放棄を求めた。2021年4月15日、SpotifyはAccess Nowの書簡に対し、同社が 「特許に記載された技術を当社の製品に実装したことはなく、その予定もない 」と回答した。

当連合体は、Spotifyが現在この技術を導入する予定がないと聞いて喜んでいるが、なぜSpotifyはこの技術の使用を検討していたのか、という疑問が生じる。仮にSpotifyがこの技術を使用しないとしても、他の企業がこの技術を導入すれば、Spotifyはこの監視ツールから利益を得ることができる。この技術を使用することは許されない。

Access Nowの米国アドボカシーマネージャーであるJennifer Brody (she/her)は、「Spotifyは、危険な侵襲的技術を導入する予定はないと主張しているが、それはほとんどごまかしにすぎない。」「同社が実際に人権保護へのコミットメントを示したいのであれば、有害なスパイウェアの使用、ライセンス供与、販売、または収益化しないことを公に宣言する必要がある」と述べている。

「手紙に署名したミュージシャンでFight for the FutureのディレクターであるEvan Greer (she/they)は、「訛りから音楽の趣味を推測したり、声の響きから性別を判別できると主張するのは、人種差別的でトランスフォビア的で、ただただ不気味だ」と述べていまる。「Spotifyは、今すぐにこの特許を使用する予定はないと言うだけでは不十分で、この計画を完全に中止することを約束する必要がある。彼らは、ディストピア的な監視技術を開発するのではなく、アーティストに公正かつ透明性のある報酬を支払うことに注力すべきだ」と述べている。

Rage Against the MachineのギタリストであるTom Morello (he/him)は、この手紙に署名し、「企業の監視下に置かれていては、ロックをプレイできない。Spotifyは今すぐこうしたことをやめて、ミュージシャン、音楽ファン、そしてすべての音楽関係者のために正しい行動をとるべきだ。」と述べた。

Speedy OrtizとSad13のメンバーであり、音楽家・関連労働者組合のメンバーであるSadie Dupuis (she/her)は、「不気味な監視ソフトウェアの開発に無駄なお金を使う代わりに、Spotifyはアーティストに1ストリームあたり1円を支払うことと、すでに収集している私たち全員のデータについてより透明性を高めることに注力すべきだ」と述べている。

「Spotifyは現在、この侵略的で恐ろしい技術を使用する予定はないという保証だけでは十分ではない。広告を提供し、プラットフォームをより中毒性のあるものにするために、彼らは特に性別、年齢、訛りなどで監視し、差別するための特許を申請した。Spotifyは、この技術の前提を完全に否定し、音声認識特許の使用、ライセンス供与、販売、収益化を絶対に行わないことを約束しなければならない」と、Fight for the Futureのキャンペーン・コミュニケーション・ディレクター、Lia Holland (she/they)は述べていまる。「私たちの世界的なアーティスト、パフォーマー、組織の連合体は、監視資本主義とそれが永続させる不正なビジネスモデルに嫌悪感と不安を抱いている。Spotifyは、音声認識のことは忘れ、その鍵を捨てなければならない」。

Access Now」と「Fight for the Future」が企画したこの書簡には、アムネスティ・インターナショナル、Color of Change、Mijente、Derechos Digitales、Electronic Privacy Information Center、Public Citizen、American-Arab Anti-Discrimination Committeeなどの人権団体が署名している。

署名したミュージシャンには、Tom Morello (Rage Against the Machine), Talib Kweli, Laura Jane Grace (Against Me!), of Montreal, Sadie Dupuis (Speedy Ortiz, Sad13), DIIV, Eve 6, Ted Leo, Anti-Flag, Atmosphere, Downtown Boys, Anjimile, illuminati hotties, Mirah Yom Tov Zeitlyn, The Blow, AJJ, Kimya Dawsonなど。


以下書簡の全文の訳です。

https://www.accessnow.org/cms/assets/uploads/2021/05/Coalition-Letter-to-Spotify_4-May-2021.pdf

2021年5月4日
Daniel Ek
共同創業者兼CEO、Spotify
Regeringsgatan 19
SE-111 53 ストックホルム
スウェーデン
親愛なるEk氏。
私たちは、最近承認されたSpotifyの音声認識特許に深く憂慮している世界中の音楽家や人権団体のグループとして、あなたに手紙を書きます。
スポティファイは、この技術により、特に「感情の状態、性別、年齢、アクセント」を検出して音楽を推薦できると主張しています。この推薦技術は危険であり、プライバシーやその他の人権を侵害するものであり、スポティファイやその他の企業が導入すべきものではありません。
この技術に関する私たちの主な懸念事項は以下の通りです。

感情の操作
感情の状態を監視し、それに基づいて推薦を行うことは、この技術を導入した企業が、ユーザーに対して危険な権力を持つことになります。

差別
トランスジェンダーやノンバイナリーなど、性別の固定観念にとらわれない人を差別せずに性別を推測することは不可能です。また、訛りから音楽の好みを推測することは、「普通」の話し方があると仮定したり、人種差別的な固定観念に陥ることなく行うことはできません。

プライバシーの侵害
このデバイスは、すべてを記録しています。監視し、音声データを処理し、個人情報を取り込む可能性があります。また、「環境メタデータ」も収集されます。これは、Spotifyが聞いていることを知らない他の人々が部屋にいることをSpotifyに知らせる可能性があり、彼らについての差別的推論に使用される可能性があります。

データセキュリティ
個人情報を取得することにより、この技術を導入した企業は、政府機関や悪意のあるハッカーの監視対象となる可能性があります。

音楽業界の不公平感の増大
人工知能や監視システムを使って音楽を推薦することは、音楽業界における既存の格差をさらに悪化させることになります。音楽は人と人とのつながりのために作られるべきであり、利益を最大化するアルゴリズムを喜ばせるために作られるべきではありません。

ご存知の通り、2021年4月2日、Access NowはSpotifyに書簡を送り、特許に含まれる技術はプライバシーやセキュリティに重大な懸念をもたらすため、放棄するよう求めました。
2021年4月15日、SpotifyはAccess Nowの書簡に対し、「特許に記載されている技術を当社の製品に実装したことはなく、その予定もありません」と回答しました。
Spotifyが現在この技術を導入する予定がないと聞いたことは喜ばしいことですが、なぜこの技術の使用を検討しているのかという疑問があります。私たちは、御社がレコメンデーション技術を使用、ライセンス、販売、収益化しないことを公に約束することを求めます。Spotifyが使用していなくても、他の企業がこの監視ツールを導入すれば、貴社は利益を得ることができます。この技術のいかなる使用も容認できません。
2021年5月18日までに、私たちの要求に公に回答していただくようお願いします。
敬具。

Artists: Abhishek Mishra The Ableist AGF Producktion OY AJJ Akka & BeepBeep And Also Too Andy Molholt (Speedy Ortiz, Laser Background, Coughy) Anjimile Anna Holmquist (Ester, Bad Songwriter Podcast) Anti-Flag Aram Sinnreich A.O. Gerber Ben Potrykus (Bent Shapes, Christians & Lions) The Blow Catherine Mehta Charmpit Coven Brothers Curt Oren Damon Krukowski Daniel H Levine DIIV Don’t do it, Neil Don’t Panic Records & Distro Downtown Boys Eamon Fogarty Elizabeth C ella williams Evan Greer Eve 6 Flobots Fureigh Generacion Suicida Get Better Records Gordon Moakes (ex-Bloc Party/Young Legionnaire) Gracie Malley Guerilla Toss Harry and the Potters Hatem Imam Heba Kadry Human Futility The Homobiles The Hotelier illuminati hotties Isabelle jackson itoldyouiwouldeatyou Izzy True Jacky Tran Jake Laundry Joanie Calem Johanna Warren Kal Marks Ken Vandermark Kevin Knight (Nevin Kight) Khyam Allami Kimya Dawson Kindness Kliph Scurlock (The Flaming Lips) La Neve Landlady Laura Jane Grace Leil Zahra Lemon Tree Records Liliane Chlela Liz Ryerson Locate S,1 Lyra Pramuk Making Movies Man Rei Maneka Marshall Moran Mason Feurer Mason Lynass – Twenty Ounce Records Mirah Yom Tov Zeitlyn of Montreal My Kali magazine Nate Donmoyer Nedret Sahin – Mad*Pow Nick Levine / Jodi Norjack not.fay OLVRA Paramind Records Pedro J S Vieira de Oliveira Phirany Pile Pujol Rayan Das Sadie Dupuis (Speedy Ortiz, Sad13) Sam Slick The Shondes Slug (Atmosphere) So Over It Sound Liberation Front Stella Zine Stevie Knipe (Adult Mom) STS9 Sukitoa o Namau Suzie True Taina Asili Talib Kweli Tamra Carhart Tara Transition Ted Leo Thom Dunn / The Roland High Life Tiffany, Okthanks Tom Morello Yoni Wolf

Organizations: 18 Million Rising AI Now Institute, NYU Access Now Advocacy for Principled Action in Government American-Arab Anti-Discrimination Committee (ADC) Amnesty International Article 19 Center for Digital Democracy Center for Human Rights and Privacy Citizen D / Državljan D Color of Change Conexo Creative Commons Uruguay Cyber Collective Damj, The Tunisian Association for Justice and Equality Datos Protegidos Demand Progress Education Fund Derechos Digitales Encode Justice Electronic Privacy Information Center (EPIC) Electronic Frontier Norway epicenter.works EveryLibrary Fight for the Future Fundación Acceso Fundación Huaira Fundación InternetBolivia.org Global Voices Gulf Centre for Human RIghts (GCHR) Heartland Initiative Hiperderecho Homo Digitalis Independent Jewish Voices INSMnetwork – Iraq Instituto Brasileiro de Defesa do Consumidor (IDEC). Instituto para la Sociedad de la Información y Cuarta Revolución Industrial (Peru) IPANDETEC Centroamérica ISUR, Centro de Internet y Sociedad de la Universidad del Rosario IT-Pol Denmark Japanese American Citizens League Kairos Masaar – Technology and Law Community Massachusetts Jobs with Justice Mawjoudin for Equality MediaJustice Mijente Mnemonic Mozilla Foundation National Black Justice Coalition National Center for Lesbian Rights National Center for Transgender Equality OpenMedia Open MIC (Open Media & Information Companies Initiative) PDX Privacy PEN America Presente.org Privacy Times Public Citizen R3D: Red en Defensa de los Derechos Digitales Ranking Digital Rights #SeguridadDigital Simply Secure Sursiendo, Comunicación y Cultura Digital SMEX Taraaz TEDIC Union of Musicians and Allied Workers Venezuela Inteligente X-Lab

Individuals: Caroline Sinders, Founder, Convocation Design + Research Gus Andrews, Digital Protection Editor at Front Line Defenders Jessica Huang, Fellow, Harvard Kennedy School Joseph Turow, University of Pennsylvania Professor and Author of The Voice Catchers Justin Flory, UNICEF Office of Innovation Michael Stumpf, Scholar, Systems biology Dr. Sasha Costanza-Chock, Researcher, Algorithmic Justice League Tonei Glavinic, Director of Operations, Dangerous Speech Project Valerie Lechene, Professor, University College London Victoria Barnett, Former Director of Ethics, Holocaust Museum

排除のプロトコル:COVID-19ワクチンの「パスポート」が人権を脅かす理由

以下は、Access Nowという団体が公表したワクチン・パスポートによる人権侵害のリスクについてのレポートの概要である。

日本でもワクチン・パスポートの議論が活発になってきた。3月15日の参議院予算委員会で河野ワクチン担当大臣が「国際的にワクチンパスポートという議論が今いろんなところで行われておりますが、この接種記録システムを使うことで、対外的にワクチンパスポートが必要になった場合にはこれをベースにそれを発行することもできるようになりますので、国トータルとしても必要なことだ」と発言。経団連もワクチン・パスポートを提案している。一般に現在議論されているワクチン・パスポートはデジタルをベースにするものが考えられている。(日経ビジネスBusiness Insider ) EUの欧州委員会は、EU域内の移動の自由をめぐり、「デジタルグリーン証明書」の導入を提案している。  欧米やイスラエルでのワクチンパスポートの具体的な政策実施が進むなかで、日本のメディアの基調はプライバシーや監視社会化よりも乗り遅れることへの危機感を煽っているようにもみえる。(NHK政治マガジン3/31)

以下に訳したように、デジタル・ワクチン・パスポートは総背番号型の個人認証システムとの連携や、さらにそれを国際的にも連携するような傾向をはらんでいる。デジタル庁やマイナンバーの議論と不可分であり、COVID-19の現状からすると、こうしたパスポート政策が網羅的監視や医療情報の統合のきっかけを与えてしまうかもしれない。

ワクチン接種の有無は、デジタルである必然性は全くない。接種の証明は紙で十分である。それをわざわざデジタルにするところに、このワクチンパスポートの本来の狙いがある。反監視運動など市民運動のなかでデジタル・ワクチン・パスポートについて、政府の動きも含めて関心をもつべき時だと思う。(小倉利丸)


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排除のプロトコル:COVID-19ワクチンの「パスポート」が人権を脅かす理由

2021年4月23日|午前4時00分

COVID-19ワクチンの世界的な展開が勢いを増す中、バーレーンからデンマークまでの各国政府は、世界がウイルス感染前の正常な状態に戻るための対策を実施しようと躍起になっている。これには、個人のワクチン接種状況を記録し、認証するデジタルワクチン証明書(COVID-19ワクチンの「パスポート」)の検討も含まれている。しかし、現在の提案は、排除と差別を助長することで人権を脅かし、世界中の何百万人もの人々のプライバシーと安全性を長期的に脅かすものとなっている。提案を検討する政府、世界的なワクチン接種活動を支援する民間企業、公衆衛生に関する指針を策定する専門家などの意思決定者に情報を提供し、新しいデジタル・ワクチン・システムの中核に人権が据えられるようにするため、アクセス・ナウは「排除のためのプロトコル:COVID-19ワクチンの「パスポート」が人権を脅かす理由」を発表した。

「COVID-19は、すでに最も危険な状態にある人々を標的とし、孤立させ、不均衡な影響を与える病気である。COVID-19ワクチンの “パスポート “も同様に、この世界的な大流行に立ち向かうための解決策にはならない」と、アクセス・ナウのラテンアメリカ担当ポリシーアソシエイト、ベロニカ・アロヨは述べている。「政府は、人々を第一に考えたシステムを設計・導入し、ワクチンの普及を支援することで、人々が持つ者と持たざる者に分かれる世界を助長してはならない」と述べている。

COVID-19は、不十分な医療アクセスから経済的な不安定さの増大まで、すでに疎外され、十分なサービスを受けていない個人やコミュニティに最大の犠牲を強いるものだ。さらに、排除や差別のリスク、プライバシーやセキュリティへの脅威もある。

・ワクチンへのアクセスが不平等になる。全人口分のワクチンを確保している国もあれば、一部しか供給されていない国もあり、多くの国ではワクチン接種プログラムが見当たらないという状況になっている。
・移動の自由やサービスへのアクセスが制限される。デジタル化されたワクチン証明書は、海外旅行へのアクセスや拒否の根拠となり、イスラエルやデンマークの場合は、国内のサービスや空間へのアクセスを拒否または許可する可能性がある。
・健康データの大量収集と処理。どのようなシステムであっても、個人情報の収集が必要となり、個人のプライバシーを危険にさらすことになるため、保護する必要がある。
・一元化されたデジタル ID システムの定着と拡散。一元化されたシステムには、監視、プロファイリング、排除、プライバシー侵害、サイバーセキュリティ上の脅威などのリスクがある。

「世界中の政府は、パンデミック後の正常な状態に戻るための万能の解決策として、新しいテクノロジーの導入を急いでいる。しかし、急ぐあまり、多くの政府はデジタルワクチン証明書をはじめとするこれらのツールのリスクを無視している。政策立案者、企業、開発者のすべてが、これらの潜在的な危険性を前面に押し出し、積極的に防止策を講じなければなりません」とアクセス・ナウの副アドボカシーディレクターであるキャロリン・タケットは述べている。

アフリカ連合から欧州連合まで、この新しい報告書では、将来のグローバルなメカニズムの基礎として、現在のデジタルアイデンティティプログラム、バイオメトリクス、当初提案されたデジタル健康証明書の人権への影響を調査・評価している。

政策の意思決定者への提言は以下の通りである。

流行りのものではなく、効果的なものを実施する。既存のワクチン認証システムには問題があるが、機能している。デジタル証明書プログラムやインフラの拡大に伴う危険性はない。技術的なツールではなく、人々とそのニーズを優先し、より邪魔にならず、COVID-19ワクチンの展開を妨げないようなソリューションに最適化すべきだ。

データ保護を優先する。これは、データの収集と保持を最小限に抑え、法的要件を満たし、またそれ以上のことを行い、プライバシー・バイ・デザインの原則に従って、人権をしっかりと尊重することを意味する。これは、学校や大学を含む官民両方の関係者に広く適用されている。学校や大学は、ワクチンの状態を一度だけ登録し、ワクチン接種の状態を第三者のサービスに結びつけることを控えるべきだ。政府との契約は、オープンなプロセスで期間を限定し、個人データの目的、使用、共有を厳密に制限すべきだ。

設計と実施の両方において透明性を確保する。ワクチンの状況や長期的な有効性、新しいデジタルワクチン証明書の意図しない結果など、不確実性を念頭に置くこと。市民社会との協議の場を維持し、新しいツールの可能性を監査する際には最高水準の注意を払い、誤った情報が広がらないように一般市民とのコミュニケーションを明確にしてください。

平等で包括的であること。ワクチンのデジタル証明書は、無料で入手でき、紙ベースの証明書と組み合わせて使用することができ、交換が可能とすべきだ。承認されたすべてのワクチンは、同じ価値を持つべきだ。

焦点とすべきこと。デジタルワクチン証明書やその他のCOVID-19対応メカニズムを、デジタルトランスフォーメーションをより広く加速させる手段として扱ってはならず、特に人権に害を及ぼす集中化された義務的なデジタルによる本人認証システムの採用を進めるために使用してはならない。現在のニーズを満たすために資源を投入し、適切な敵性評価や人権への配慮なしに、数十年に及ぶ結果をもたらす新規システムや既存システムの拡張を迅速に実施することは避けるべきだ。

現在および将来におかる濫用防止 。政府は、デジタルワクチン証明書の使用やCOVID-19関連データの収集をより広く承認する公共政策に、サンセット条項と厳格なデータ保持期間を含めるべきだ。デジタル・ワクチン証明書システムの導入によって利益を得る立場にある政府機関と企業は、COVID-19ワクチン接種の取り組みを利用して、監視を拡大したり、反対意見を封じ込めたり、表現・集会・移動の自由を制限したりすることをやめるべきだ。長期的には、高品質なインターネットへの普遍的なアクセスを確保し、誰も取り残さないようなコミュニティ主導のデジタルリテラシープログラムに資金を提供することで、将来の弊害や排除を防ぐことができる。

分断を生まないために。デジタル・ワクチン証明書は、基本的な権利や自由を行使するための必須アイテムであってはならない。デジタル・ワクチン証明書を実際の、あるいは事実上の要件とするシステムは、分断と排除を招き、COVID-19パンデミックの最悪の結果をすでに被った人々に最も大きな負担を強いることになる。

レポートの本文(英語:PDF)

Protocol for exclusion: why COVID-19 vaccine “passports” threaten human rights

付記:下訳にhttps://www.deepl.com/translatorを使いました。

匿名公共サービスを可能とする社会システムへの転換を考えたい

デジタル監視社会化法案と私が勝手に呼んでいるいわゆる「デジタル改革関連法案」が参議院で審議中だ。

議論の大前提にあるのは、デジタル庁に賛成であれ反対であれ、政府・行政が住民に対して必須となる公共サービスを提供するためには、住民の個人情報の取得は必須であり、これを前提とした政府・行政組織は当然だという発想だ。この発想が前提となって、サービスや利便性のために個人情報を提供することに疑問をもたない感覚が私たちのなかにも醸成されてきた。

この個人情報を差し出すかわりに公共サービスを受けとるというバーターは、近代国民国家が人口統計をとり、国勢調査を実施し、徴兵制を敷き、外国人や反政府活動家を監視し、福祉・社会保障を充実させる政策をとるなかで、19世紀から20世紀にけて、ファシズムであれ反ファシズムであれ、あらゆる政府の基本的な性格として定着してきたものといえよう。コンピュータ・テクノロジーの人口監視への応用から現代のビッグデータ+AI+5Gによる監視社会の傾向は、この近代国民国家によるサービス・利便性と個人情報の提供という関係をひとつの土台としている。

もうひとつの要因が個人情報の商品化だ。人々は、無料のサービスをSNSなどで享受することに慣れてきてしまったが、実際には、SNSなどのサービスを利用する代りに、個人情報を提供している。つまり、SNSなどの無料にみえるサービスは、自覚されることなく個人情報を対価として支払っている。大手SNSなどは、こうして取得した個人情報を様々なパッケージにして広告主の企業や、時には政府に売り、莫大な利益を上げている。個人情報が商品化し、市場価値を付与されることによって、ますます個人情報は資本にとって欠くことのできない収益源になる。この構造が個人情報を収集し解析するテクノロジーの開発を促し、こうした技術開発で優位に立つことが、現代の資本主義の資本蓄積における覇権を握る鍵となる。同時に、イデオロギーとしても、これこそが社会の進歩であるとみなされることになる。

個人情報を収集することによってこそより一層の公共サービスも可能になるという言い回しに、あたかも妥当性があるかのような印象が形成されてきた背景には、こうした構造があることを踏まえておく必要がある。

個人情報を取得させない社会システムへの転換

今私たちが、考えなければならないのは、こうした長期の国民国家と市場経済の傾向を不可避であり、必然的あるいは宿命だとみなすのではなく、それ自体が歴史的な産物、つまり近代資本主義システムの帰結だということを理解することだ。そうすることによって、この支配的な流れとは別の発想から社会の政治や経済のありかたを創造する可能性があることに気付くことが大切だと思う。では、どのような社会を構想すべきなのか。個人情報の問題からみたとき、私たちが前提とすべきなのは、極めてシンプルな原則だ。

・個人情報は「私」が管理すべきものであって、他者の管理に委ねるべきものではない。
・政府・行政であれ資本であれ、個人情報を保有することなく、住民の権利としてのサービスを提供できるようなシステムを構築すべきである。

このシンプルな原則はつっこみどころ満載で、いくらでも疑問点を提起することだできるが、そうであっても、統治機構のありかたとして目指すべき目標にするだけの価値があると思う。

個人情報を提供せずに必要なサービスを享受するなど不可能に思えるかもしれないが、実は、こうしたサービスのありかたは身近にも多く存在している。現在すでに存在する匿名サービス、匿名を前提とした相互扶助のほんのいくつかの例を、思いつくまま列挙してみよう。
● 野宿者支援 野宿者の個人情報を取得することなく食事や生活物資の提供
● 難民支援キャンプ EU域外から来る難民のためのキャンプでの難民支援では難民の個人情報を取得しない。ただし難民を監視する政府などは難民に対する顔認証などの技術を導入
● フリーマーケットでの取引など現金ベースでの交換や物々交換
● 公的な行政サービスとしてもHIV-AIDSの検査 匿名での検査が可能。検査時に検査番号をもらい、後日この番号で検査結果を受けとる。

すでによくよく考えれば、庶民の相互扶助では個人情報を詮索することが必須の条件だとは想定していない。

教育と労働の現場で個人情報が果している機能

実は、多くの公共サービスでは、不要な個人情報を大量に取得している。たとえば、学校教育では児童・生徒の個人情報を取得する。他方で、市民が開く講座のような場合、参加する上で個人情報のやりとりはほぼなくてもよい。学校教育など公教育ではなぜ個人情報が必要なのか、それが教育にとって必須の前提になるのはなぜなのか、個人情報は「教育とは何なのか」という本質問題と関わる。義務教育が教育にとって本質ではない子どもたちの個人情報を把握するのは、教育が人間を管理するためのシステムになっているからではないか。

教育にとって必要最低限の、子どもや生徒、学生の個人情報とは何なのだろうか。過剰な情報を学校だけでなく教育委員会や上部組織が把握しているのではないか。たとえば、成績も個人情報である。成績は学習の結果を数値化したものでしかない。教育を数値化してデータ化することが、教育の目的になってしまい、本来必要なはずの、教育の目的がこれで果たせるのだろうか。実は、教育はそれ自体が動的なものであって、データ化にはなじまないはずのものだ。学んだ内容は児童、生徒、学生の人格そのものとなるのであって、数値化されたり成績として評価されるようなものとは関係がない。市民たちが自主的に主催する多くの学習会や研究会では試験制度や点数評価といったことは実施されない。成績で数値化することと、市民たちの学習会のシステムとどちらが教育として「正しい」ありかたなのか。

教育とは何かという本質論を踏まえたとき、既存の学校という制度や教育の制度は、データ化を前提とした制度であって、それ自体が個人情報を政治権力が制御するための装置になっているのではないか。近代国家の学校という制度は、果して教育にとっての唯一の制度なのかどうか、という問題まで議論すべきことを、個人情報の問題は提起している。

仕事をする場合はどうか。日雇いの仕事で日払いのばあい、仕事に応募した者が雇用者からいつどこに来るかを指示され、約束された時間と場所に行き、そこで仕事をし、現金で賃金の支払いを受ける、というプリミティブな労働市場のばあい、個人情報の提供は必要最低限になる。雇用主にとって必要なのは<労働力>であり、労働者の個人情報ではない。このことに徹底すれば、匿名の労働者であることに何の問題もない。しかし、資本主義の労働市場はこの匿名性の労働市場を早々と放棄して、データ化へと「進化」した。長らく定着している履歴書を出すという方式そのものは、<労働力>のデータ化の典型だが、これは何を意味しているのだろうか。雇用主は労働者を<労働力>として管理するという場合、労働者を物のように自由に扱うことのできない厄介な存在であること、時には反抗し、嘘をつき、仕事をサボるかもしれない存在だとも疑ってもいる。履歴データは、労働者を<労働力>としてではなく、<労働力>の主体である労働者そのものを恒常的に管理するために、本人の個人情報を媒介にして労働者の人格をコントロールしようとする発想に基いている。<労働力>だけではなく労働者のパーソナリティを総体として管理しようとする意志をもつ資本は、労働者をデータとして管理する労務管理の専門的な技術を一世紀以上にわたって開発してきた。こうした社会の人間に対する認識を背景として、個人情報をより詳細に把握し、これを将来の行動予測に繋げて、コントールしようとする技術がますます発達してきた。COVID-19のなかでテレワークの普及はまさに<労働力>ではなく労働者個人を24時間監視する技術への転換をもたらす可能性をもっている。そしてこうした監視と管理に多くのIT企業が金儲けのチャンスを見出している。

個人情報の収集という問題は、そもそも自分の<労働力>は自分のものであり、どのように働くのかをコントロールされたり管理されることは自分の身体の自由を剥奪することなのだが、資本主義は、労働市場を合法化し、<労働力>が商品として売買されることを当然の前提として成り立っているために、人間が自らの身体に対して自由を獲得することには大きな制約がある。そのなかで、デジタル化によるデータ化は、個人情報の商品化をますます昂進させる傾向に拍車をかけるだろう。

言うまでもなく、国家が国民として管理する場合に必要となる人口管理は、ナショナリズムのようなイデオロギーの再生産を不可欠の課題とするわけだが、人々を「国民」として分類し、更にこの「国民」を思想・信条によって更にカテゴリー化する仕組みの問題を視野し入れずに、個人情報の問題を論じることはできない。

ネットのコミュニケーションにおいても個人情報を取得しないサービスは多くある

ネットにおいても匿名によるサービスは多くある。たとえば、

●DuckDuckGoなどの検索サービスはGoogle検索のように利用者を追跡しない。
●ProtonMailやTutanotaといったメールサービスはGamilのように個人情報を提供せずにメールアカウントを取得でき、しかもメールサーバに保存されるメールは暗号化される。
● 仮想通貨によるカンパや寄付 海外の活動家団体では寄付者の個人情報を取得しない手段として利用されている。
● チャットアプリSignalは、発信者が自分で、自分のメッセージの有効期限を決めることが可能だ。必要以上に自分のデータを相手が保持し続けないような技術はすでに存在する。
● 暗号で用いられるハッシュ関数は、元データをこの関数によってハッシュ値に変換した場合、ハッシュ値から元のデータを復元することはできない。パスワードの管理にこの仕組みが用いられている。

などは、私自身も利用しているものだ。

卓袱台返しが必要なとき

議会野党の腰の引けたデジタル監視社会化法案への対応は論外として、社会運動が見据えるべきは、議会の政局に左右されたり短期的な運動の方針だけでなく、長期的な社会のグランドデザインの描き直しに真正面から取り組むことを期待したい。デジタル庁やデジタル監視社会化法案を議論する際に、法案そのものだけでなく、社会そのものをその土台から再検討するような議論をしなければならないと思う。つまり、統治機構が個人情報を取得することなく、なおかつ、必要な公共サービスを必要は人々に提供できるシステムはどのようにしたら可能なのか、である。政治的経済的な権力の装置は個人情報を保有し蓄積することでその権力を再生産し強大化させる。こうした権力の傾向を押し止めて、 私たち自身が主体的な意思決定の立場をとりうるような社会を創造するとすれば、その前提として、匿名を前提とした公共サービスの可能性を技術的にも思想的にも見出すような議論が今必要だと思う。

法・民主主義を凌駕する監視の権力と闘うための私たちの原則とは

1 はじめに

政府のデジタル政策が急展開している。地方創生・国家戦略特区として立ち上げられたスーパーシテイ構想、国土交通省が主管するスマートシティ、安倍前首相が2020年1月の世界経済フォーラムで日本の国家戦略として強調したSociety5.0など、政府、自治体はこぞってコンピュータと情報通信ネットワーク技術を社会基盤とする政策を打ち出し、民間もまたこうした政府の政策と連動した対応をとってきた。こうしたなかで、民間では、情報通信テクノロジーの活用を組織全体で統合的に運用できるような大幅な構造転換を目指すデジタル・トランスフォーメーション(通称DX)がブームになっている。菅政権の目玉政策のひとつ、デジタル庁構想もこうしたDXの政府版といえるが、国と自治体、さらに官民一体の情報通信インフラ構築を目指そうという大規模な構造転換の野望がある。本稿執筆の段階では、「デジタル改革関連法案」が衆議院を通過し参議院で審議中で、早期の成立が目指されている。1 600ページにもなる大部の法改正の論点は、今後きちんとした検証と批判が必要になるだろうが、問題は法律に収斂させることのできない深刻な問題をはらんでいる。

デジタル関連の構造転換と法整備は、後述するように、行政だけでなく立法府のありかたも含めて統治機構全体に重大な影響をもたらすから、統治機構DXとでも呼ぶべきものだと思う。とくに注目したいのは、デジタル化を推進する政府・与党の考え方のなかには、私たちの日常生活からグローバルな国家・安全保障や経済、文化まであらゆる局面をひとつの情報通信プラットフォームの上に統合して一体のものとして扱おうとするために、個人データ・情報の蓄積と流通については官民の壁を可能な限り取り払い、個人データ・情報の相互運用を柔軟に行なえるようにしたいと考えられている。民間も政府も目標とする政策や投資戦略をより効果的に実現できる社会インフラを構築したいということだ。結果として犠牲になるのは、私たちのプライバシーの権利をはじめとする基本的人権そのものだ。

政府のデジタル政策については、マイナンバー制度や捜査機関の盗聴捜査などについてはこれまでも繰り返し批判が提起されてきたが、総体としてデジタル政策への批判的な観点を提起するということになるとまだ十分ではない。たぶん、国会の野党も市民運動も、デジタル化そのものは世界の趨勢なので、デジタル化そのものを否定する主張はしづらいのかもしれない。こうなるとデジタル関連法案に対しては是是非非あるいは修正案で妥協を図るという与党の思う壺にハマることになる。あるいは、そもそもデジタルをめぐる極めて難解な技術や制度の前にお手上げになって的確な対抗アクションをとれないまま、とりあえず法案反対の運動を立ち上げることになるかもしれない。デジタル政策のねらいは、私たちのライフスタイルをまるごとデジタルの新しい体制のなかに組み込むことにある。そのために政府も企業も私たちのプライべートから仕事の仕方までを変えることを目論んでいる。だから私たちに必要なことは、私たちもまた政府や企業の思惑の罠にはまらないライフスタイルの変革が必要になる。

基本的人権の保障は政府に課された義務だが、この義務が自覚されて政策や技術に反映されたとはいえないのではないかと思う。そこで、以下では、とくに情報通信インフラと密接に関わる思想信条の自由、言論表現の自由、通信の秘密やプライバイーの権利など私たちの基本的な人権の観点から、デジタル庁設置や一連の法改正を含む最近の動向をどう理解したらいいのかを述べてみたい。

2 プライバシーの権利は100年の権利だ

人間の一生を100年とすると、個人情報を100年にわたって厳格に保護できなければならない。しかし、近代の統治機構も民主主義のシステムもこの時間軸を考慮するという点では多くの限界をかかえている。

実は、個人情報のルールが法律で定められているということ自体に脆弱性がある。違法行為のリスクだけではなく、そもそもの法律の寿命と個人情報の寿命が不釣り合いだという点が最大の問題だ。個人情報のなかでも本人を特定する上で重要な名前、生年月日、国籍、住所、性別、更にマイナンバーといった基本的な情報は一生のうちで不変であるか極めてまれにしか変化しない。生体情報であれば変更できないから文字通り一生ものになる。こうした情報を政府や企業が保有するという場合、長寿命の情報に膨大な個人のデータが紐づけされて個人情報全体が構築されてゆく。これがビッグデータの時代の特徴になる。この個人情報の100年の寿命にみあうような保護の仕組みは存在せず、法律や制度は条文そのものであれ解釈であれ頻繁に変更可能だ。5年後、10年後に私たちの個人情報がどのように扱われることになるのかは、全く見通せない。「法律で保護されている」ことは保障にはならない。この国に今よりずっとひどい独裁政権が成立してしまえば、個人情報の扱いは全くいまとは異なるものになる。法に個人情報の保護を委ねることで実現できる文字通りの保護の力は極めて限定的だ、ということだ。

今、世界中で、昨日までそこそこ「平和」をかろうじて維持してた国・地域が、一晩で、独裁やクーデタ、あるいは反政府運動への暴力的な弾圧によって様相が一変するという事態が頻繁に起きている。とくに対テロ戦争以降、この傾向がはっきりしてきたと思う。ビッグデータを掌握する政権や軍部は欧米の監視テクノロジー産業の技術を利用してネットへの支配力を強化している。2こうした現実を踏まえた防衛が必要になる。

このように、自分自身の権利を守るための最も重要で権力に対しても有効な社会的な枠組は、法的な権利であるというのが、法治国家であるとすると、最低でも100年は維持されなければならないプライバシーの権利は、残念ながら法律では守れない。しかし、この事実が深刻な問題として自覚された上で、立法府で法案が審議されることはほとんどないのではないか。個人情報やプライバシー関連の法がたとえ理想的であるとしても、それは対症療法以上のものにはなりようがない。しかも現代のプライバシーは法よりもコンピュータのコードやプログラムなどの設計によって影響されるようになっているために、なおさら法の機能は限定されてしまっている。

逆に、個人情報を取得してこれを自らの利益のために利用したい政府や企業の側からすると、個人情報は100年の賞味期限のある美味しい資源であって、これを法が的確に制御できないという現実は、彼らにとっては極めて有利な環境になっている。デジタルが支配的な社会は、私たちがこの法の限界を自覚して対処しない限り、法の支配が後退する社会になる。

3 「デジタル」をめぐる三つの原則

ここではデジタル化がもたらす法の限界を自覚して対処するための原則を三つに絞って示してみようと思う。原則として考慮すべきことは、コンピュータが介在する情報通信システムが私たちの基本的権利を侵害しないための条件とは何なのか、という点である。人権の基本理念は、コンピュータによる情報通信技術などが存在しなかった時代に作られたのだが、人権の普遍性を承認するのであれば、デジタルの時代に普遍的な権利を維持するだけでなく、更に、かつての時代には不可能であった人権の普遍性の実現を妨げている諸要因を排除して、更に一層確実に人権の確立へと向うことに、今この時代が寄与できるのかどうかが試されている。

3.1 原則その1、技術の公開性―技術情報へのアクセスの権利

コンピュータが存在しなかった頃、行政は個人情報や重要な書類は、定められた部署で、ファイルして鍵のかかる書類棚や金庫に収め、誰が閲覧あるいは複写したのかなどのアクセス記録を紙で管理していた。とくに難しい技術や知識がなくても、書類の管理は誰にでもわかる仕組みだった。同じことがコンピュータが導入されても可能になっていなければならない。しかし、コンピュータのデータを紙の書類と同じように扱うことは実はとても難しい。ネットワーク化とデータベースの共有が進むことで、この仕組み全体が極めて難解かつ不透明になっている。コンピュータによる情報管理がルール通りになっているかどうかを調べるためには、システムの仕組みが公開されており、誰でも検証可能になっていなければならない。専門的な知識が必要であればあるほど、この技術の公開性は必須の条件になる。

統治機構がデジタル化を進めるということは、権力の仕組みがコンピュータの複雑で一般には理解することが非常に難しい技術のブラックボックスに覆われてしまう、ということを意味している。すでに進んでいる行政のデジタル化ではブラックボックス化も進展している。マイナンバーのシステムがどのようになっているのか検証できない。捜査機関が使用している通信傍受装置の仕様も秘密のメールに包まれている。これは、物事の意思決定の前提となるデータを誰がどのように処理・保管・共有しているのかがほとんどわからないにもかかわず、コンピュータで処理されたデータが「エビデンス」とみなされて法、政策、裁判を左右するようになるということでもある。行政の手続きの透明性も大幅に損われることになる。そうならないためには、システムの公開性は必須の条件になる。

だからデジタル関連法案の審議の大前提になるのは、上程された法案の文言の検討だけでは意味をなさない。法案が構想するデジタルシステムの設計図も同時に検討されなければ審議はできない。そして、立法府での議論だけでなく、司法における裁判でも、技術がもたらす権力犯罪を明かにできるような技術の透明性が確実に保証される必要がある。刑事捜査におけるデジタルフォレンジックの技術が高度化する一方で、被告弁護人がデジタル証拠の鑑定を確実に行なうためには、捜査機関の技術それ自体が公開されていなければならないのだが、こうした問題がまだ十分には議論されていないように思う。

もし人間が統治機構の実施の主体であれば、人間が法を理解し判断して執行するから、法が基準になることで十分だ。しかし、コンピュータ化は、データの収集、蓄積、解析からその実行に至る肝心の部分をコンピュータのプログラムに委ね、またAIの導入によって、その意思決定や判断もまた機械に委ねて自動化されるようになる。ところがコンピュータは人権の意識を持つことができない。また、人間が理解するように法律の趣旨や立法事実、法をめぐる文脈、国会などでの審議や世論の動向なども含めて法の解釈を判断することもできない。コンピュータのプログラムは行政の裁量に委ねられ(民間業者が委託して行なうことも含めて)、立法府は介入できないし、技術が非開示であれば裁判所は行政の主張を鵜呑みすることになる。法でどのように規定されているかということとコンピュータのシステムの設計がどうなっているのかとは直接の対応関係にはない。しかし、法治国家であるならば、コンピュータシステムの適法性、合憲性を検証することは立法府や裁判所の義務でなかればならない。現行の法案審議の方法、あるいは伝統的な法制定のプロセスでは、この義務を立法府が果すことは不可能であって、裁判所も的確な判断を下せる立場をとれず、行政府は立法府を出し抜いて事実上の行政独裁ともいえる体制を構築することがとても容易になる。

3.2 原則その2、個人情報を提供しない権利―匿名の権利

私たちが、集会をしたりデモをするとき、とくに名前や住所、連絡先を屆けたりはしない。集会の会場のなかに施設の管理者が立ち入ることもない。匿名で参加することはごく当たり前のことだ。また、選挙で投票する場合も無記名だ。現金で買い物をするときも、素性を明かすことはない。他方で、署名運動に賛同して名前や住所を書くこともあるし、運動団体が発行している出版物を購読するときも個人情報を提供する。いずれも、自分の情報を提供するかどうか、提供するとすればどのような個人情報を提供するのかを自分で確認して選択する余地がある。

同じようにネットの環境でも市民的な自由の権利を確保するために匿名を選択できなければならない。ところがオンライン会議のサービスなどでは、参加者の個人情報や会議内容にサービス提供者が技術的にアクセス可能な場合が一般的だろう。コロナの影響で街頭デモを実施しづらい状況のなかで、ツイッターデモと呼ばれるようなSNSでの集団行動が工夫されてきたが、ツイッターは匿名ではないから街頭のデモのような匿名性は保障されていない。ネット上の行動では、デモとはいえ参加者はアカウントなど実空間のデモでは不要な個人情報を晒さなければデモに参加できない。

戦前であれば憲兵が集会場に入って監視をしたが、たぶん、ネットの技術環境は、限りなく戦前の状況と似た状況に陥る危険性をもっている。サービス業者の善意を信頼することだけが、この危険性を回避する道になっている。しかしこの善意もかなり怪しい場合も多いのだ。ネット上の多くのサービスは、個人情報の取り扱いについてのガイドラインを公表し、第三者への提供をしないことを約束しているが、例外条項を設けて、企業の判断で捜査機関などへの情報提供が可能なように定めているケースがほとんどだ。3本来なら裁判所の令状が必要であるのに、それよりも緩い条件で捜査機関など第三者に個人情報を提供している現状は、法の趣旨を逸脱している。FacebookなどSNSの多くが実名での登録、電話番号の登録など個人を特定できる情報の提供を義務づけるなど、実空間における匿名性の水準が実現できていない。

しかも誰もこうしたリスクを実感できないから、あたかも自由であるかのように錯覚してしまう。また、オンラインの買い物もユーザ登録やクレジットカード情報に依存するので匿名では買い物はできない。このことに皆慣れっこになってしまっており、買い物サイトが個人情報を収集していることを気にしなくなっており、他方で仮想通貨などを用いて匿名性の高い売買をどこかいかがわしいものとみなす風潮もみられるようになっている。しかし、必要なことは実空間でできる匿名での行動をネットの空間でも確保できることなのだ。

3.3 原則その3、例外なき暗号化の権利―通信の秘密の権利

他人に聞かれたくない、知られたくない会話や会議の場合、部屋に鍵をかけることで秘密の確保はかなりのところ可能だということを私たちは経験的に知っている。だから不審者の侵入を防ぐために戸締りをするのは日常生活の基本動作になる。他人に聞かれたくない会話には様々なケースがある。医師や弁護士がクライアントと相談したりジャーナリストが内部告発者と通信する場合など、通信の秘密が死活問題になる場合もある。会社はライバル会社に漏洩しないようにオンラインの会議を運営したいだろうし、労働組合も労働者の権利を確保するために会社側に情報を知られない工夫が必要になる。政治家にとって密談や根回しは日常的に必要なコミュニケーションかもしれない。子どもたちも親や学校に知られたくない友達どうしの大切な秘密があったりもする。

一般に、ネットワークを管理しているサーバーの管理者は、技術的な必要から非常に大きな権限をもつ必要があり、サーバーが管理している個人のデータにアクセス可能だ。4これに対して、こうした秘密のコミュニケーションをオンラインで確保する方法はひとつしかない。それはコミュニケーションを暗号化し、たとえ第三者に盗聴されたとしても内容を理解できないような技術を利用することだ。インターネットの回線上を暗号化する仕組みはかなり普及してきたが、サーバーのデータの暗号化はまだ十分には普及していない。エンド・ツー・エンド暗号化と呼ばれる仕組みは、通信の送信者と受信者だけが通信内容を解読可能なように暗号化し、サーバーであってもデータの内容は暗号化された状態でしかアクセスできないもので、最近になって急速に普及しはじめている。エンド・ツー・エンド暗号化を利用できるサービスであるかどうかは、ユーザーがサービスを選択する上での重要な判断基準になりつつある。Facebook傘下のWhatsAppという世界で10億人が利用している大手のメッセージアプリがあるが、エンド・ツー・エンド暗号化への疑問からエンド・ツー・エンド暗号化を保障しているSignalに大量のユーザーが流れたことが昨年から今年にかけて話題になった。オンライン会議サービスのZOOMもエンド・ツー・エンド暗号化をめぐる会社の説明と技術の実態が異なったことで大きな批判を浴びた。

エンド・ツー・エンド暗号化は、私たちがネットで自由に誰にも監視されないコミュニケーションを可能にする最後の砦だ。このエンド・ツー・エンド暗号化は、ネット上のデータを網羅的に収集してビッグデータとして利用しようという政府や企業の個人情報の資源化の思惑に反する性質ももっている。データが大量に収集されても、それらが暗号化されていて解読できなければ意味をなさないからだ。個人のデータを大量に扱うサーバーやクラウドサービスがビッグデータの収集のための手段になりうることを懸念する人たちは、エンド・ツー・エンドの暗号化を利用するようになっている。そして、個人のデータをビジネスの収益源に利用しないクラウドやメールのサービス事業者はエンド・ツー・エンド暗号化を積極的に採用したり、クラウドを暗号化するなどサービス事業者自身もまたコンテンツの内容を把握できないことを明確にすることによってユーザーのプライバシーを保障する動きがでてきている。こうした動きは、プライバシーと通信の秘密の最後の砦である暗号化の権利にとって重要だ。

捜査機関は、犯罪捜査やテロ対策上、暗号化は好ましくないと主張するようになっている。昨年10月に日米などの政府が国際的な共同声明5で、捜査機関などが例外的に暗号を解読できるような仕組みを義務づけるべきだと主張しはじめている。EUでも同様の傾向がみられ、個人情報保護の優れたガイドラインとされてきたDGPRの改悪につながりかねない動きが具体化している。

以上のように公開・匿名・暗号の三原則は、相互依存的な性格をもっている。自分が利用しているサービスが匿名性やエンド・ツー・エンド暗号化を保障しているかどうかは技術が公開されており第三者が検証できることが前提になる。匿名での通信であっても、通信内容が暗号化されていなければ意味をなさないだろう。だからこれら三つの原則は一体をなすものなのだ。

4 3原則を無視したデジタル社会はどうなるか

残念ながら政府のデジタル政策もデジタル関連法案も公開・匿名・暗号の三原則を満たしていない。だから、政権が構想する高度なコンピュータ技術が日常生活に浸透した社会は、総じて私たちのプライバシーの権利を大幅に後退させる危険性がある。政府の様々なデジタル政策で例示される住民モデルは、もっぱらサービスを生活や仕事の利便性に活用できるケースを強調し、市民的な権利としての、集会・結社の自由や表現の自由の権利保障や選挙など民主主義の制度に関わる問題が論じられることはまれなために、この問題が見過ごされがちだ。以下、いくつかの事例で考えてみたい。

4.1 ビッグデータ選挙―個人情報の奪い合いで勝敗が決まる

選挙制度がビッグデータを駆使するようになって制度の性格が大きく変質してきた。これは選挙予測の世論調査の問題ではなくて、有権者の投票行動そのものを操作する手法がはっきりと変化したという問題だ。

このことを自覚させられたのは、2016年の米国大統領選挙だった。この選挙で勝利したトランプ政権は、FascebookやGoogleなどの協力を得ながら、ビッグデータを駆使した選挙の作戦を展開した。この選挙のコンサルタントを担ったのが、ブレクジットや米国共和党の選挙をサポートしてきた英国のコンサルタント企業、ケンブリッジ・アナリティカ(CA)だった。トランプ陣営はデジタル広告に1億ドルを支出し、そのほとんどがFacebookに投じられたという。6 ユーザーの膨大なデータを保有するプラットフォーム企業がスタッフをトランプ陣営に送りこみ、CAはこうしたデータをターゲティング広告の手法を駆使して選挙に利用した。Facebookのユーザーのばあいに限っても、有権者ひとりあたり収集されたデータポイントは平均で570になる。CAは米国の有権者について2億4000万人のデータ保有していると豪語して宣伝していた。7 CAはデータ分析手法を駆使して、トランプ陣営からの豊富な資金を用いてFacebookやGoogle系列の広告サービス(Youtubeなど)で有権者ひとりづつの特性に合わせた選挙広告を展開した。ターゲットを絞って設定された広告を5000回以上、更にこのそれぞれの広告が形を変えながら1万回以上も繰り返されたという。CAの手法がどの程度成功したのかについては異論もあり、データ分析と選挙運動での利用の手法はまだ開発途上だ。しかし確実に言えることは、様々なデータベースに分散している個人情報を収集・統合して選挙運動に活用できるようなデータに調整すること自体がビジネスとして成立っており、こうした情報の販売を行なう企業がすでに存在しているということだ。国によって個人データの収集ルールは異なるが、民間が商業広告向けに開発した技術が選挙など政治の意思決定システムに転用可能であることによって、選挙の意味もその公正性も根本から変質する可能性がある。8

従来の選挙でも頻繁に選挙用のチラシが各戸配付されたりするが、商業広告におけるターゲティング広告やデータ分析を転用しながら、ビッグデータ選挙では有権者個人の思想信条を把握して投票行動を誘導する高度な技術が独自に進化する傾向にある。ビッグデータが選挙を左右するようになり、選挙に勝つために、政党も候補者もなりふり構わず個人情報収集によって有権者の投票行動を分析して投票行動に影響を与えるようなアプローチをとろうとし、こうしたノウハウや技術をもつコンサルタントやプラットフォーム企業に依存するようになるだろう。その結果、個人情報は政党にとっても立候補者にとっても勝利のための必須の資源となる。言い換えれば、プライバシーや人権に配慮して、有権者の投票行動の匿名性を尊重する候補は、不利になるということを意味している。

選挙がビッグデータと連動して人びとの思想信条などの個人情報の収集と解析、そして行動変容を促すようなある種の心理操作の舞台になる。問題はここにとどまらない。具体的な固有名詞をもった個人別に政治的傾向を分類したデータベースを選挙運動を通じて収集した政党が政権についたとき、こうした個人別の思想信条のデータベースもまたこうした政党によって保持することになる。政権与党は、政府機関としてではなく、政党としてこうした政治的な傾向に関する膨大な個人情報を収集する組織へと変質することも可能になる。選挙運動は同時に、有権者の思想調査の格好の機会を提供することにもなる。将来、この国が最悪の独裁国家になったとき、こうしたデータは権力者にとって有権者監視の格好の手段になるだろう。こうした問題を解決するには、選挙におけるビッグデータの収集を阻止する何らかの手だてを講じる必要があるが、同時に、ビッグデータ選挙を展開するような政党や候補者には投票せず、苦戦しても個人情報の収集や解析を選挙手法としては採用しない候補者を支持することだろう。

4.2 プライバシー空間が消滅する―IoTとテレワークが生み出すアブノーマルなニューノーマル

実空間では、プライバシーを守るための私生活の場所が経験的にも実在してきたが、この空間は次第に消滅しつつある。プライバシーの空間を構成する多くの機器がネットワークによって外部と繋るようになっている。いわゆるIoT(モノのインターネット)と呼ばれる仕組みだ。

お掃除ロボットのルンバは部屋を掃除しながら空間の位置マッピング(部屋の間取りや床材、汚れ具合などのデータ)を取得し、これをメーカーに送信する。9電力消費を監視するスマートメーターは、東京電力の場合、30分ごとに電力消費データを電力会社に送信する。10 Amazonの音声認識ロボットのAlexaとの会話は、Amazonのサーバーに送られ少なくとも3ヶ月はアマゾンの担当者も聞くことができる状態で保存され、会話は機械学習だけでなく「人により確認する教師あり機械学習」と呼ばれる人間が実際に会話を聞くこともある。11 エアコンやドアホン、子どもや高齢者向けの見守りロボットなど、IoTの種類は急速に増えている。

他方で、テレワークの普及によって、自宅で作業する人びとをリモートで監視するシステムも急速に普及してきた。テレワーク監視ツールも多種多様だが、たとえばMeeCap12はパソコンンのマウスやキーボード操作を逐一全て記録できるが、こうしたサービスが今では当たり前になりつつある。GIGAスクール構想は自宅が学校の秩序に組み込まれるきっかけになりかねない。こうしたサービスによって、プライベートな空間はオフィスとなる。自宅はプライベートな場所ではなくなるつつある。

伝統的なプライバシーの権利についての議論の前提にあった私的な場所、他人にみだりに覗かれずにひとりにしておいてもらえるような空間がそもそも解体しつつあるのだ。自宅も路上も職場や学校もおしなべて同程度にプライバシーの権利が保障されない場所になっていく、これが政府が民間とともに構想しているニューノーマルなライフスタイルということになるだろう。

こうした傾向は次世代通信網の5Gの整備が進むと一気に加速する可能性が高い。5Gは通信速度、回線いずれも飛躍的に大きくなり、私生活のあらゆる機器をネットに接続させてビッグデータとして処理するための情報資源抽出力が格段に大きくなるからだ。他方で、様々な家電メーカーの機器が併存する家庭の家電構成を前提にして、メーカーの壁を越えて家電を統合的にコントロールできるようなネットワークの標準化が不可欠になる。経産省などがいわゆるスマートホームの構想として、企業を越えた技術仕様の標準化に取り組んでいる。13 他方で、情報銀行のような個人情報の官民共有と情報市場を構築して情報を商品として売買する枠組の構築も進められている。14

プライベートな空間のなかで保護されていたはずのプライバシーがIoT機器を通じて私たちの実感を越えて企業や政府が情報を共有できるようになると、もはや、プライベートな場所はプライベートではありえないものに変貌してしまう。こうした事態がいったいどのようなことを意味しているのか、私たちのプライベートな空間での言動がどのように漏出しているのかを知るためには、こうしたシステムがどのような仕組みになっているのかを私たち自身が確認できなければならない。これが上述の原則の第一になる。

プライベートな人間関係が自由なコミュニケーションを確保できるためには、自分の行動や言動を逐一把握されないように行動できる自由が必要だ。ところがIoTや5Gの普及によってビッグデータが日常の行動を把握できるほどの能力をもつようなところでは、この自由が事実上抑圧されてしまう。

民間企業による個人情報の商品化は極めて深刻な問題だ。個人情報を情報市場で取り引きすることになると、個人情報は個人に帰属する権利ではなく、企業の私有財産とみされるようになってしまう。官民がデータ共有の共通のプラットフォームを構築する上での法的な制約を解除しようとするデジタル関連法案は、私たちの個人情報の権利を奪い、これを民間企業や政府の「所有」へと移転するものだという点も見落せない。技術開発の現場は、こうした法整備に先行して情報通信テクノロジーが、スマートホームやIoT機器の普及を通じて個人情報の囲い込みを可能とするような環境を既成事実化し、法がこの既成事実にお墨付きを与えるということになっていると思う。

4.3 現状の環境では、政府と資本によるデジタル化は権利侵害にしかならない

統治機構に導入される技術がどのようなものであれ、憲法によって保障されている自由の権利を保障するものでなければならない。この保障の核心をなすのは、政府に対して異議申し立てを行うことが単に法的に可能であるだけでなく技術的に可能なように制度設計ができているかどうかである。多様な思想信条から構成される社会のコミュニケーションが、政治的な意思決定の手続きを通じて、権力の交代を可能にするような基盤が構築されていることが民主主義の前提である。従来、この仕組みは三権分立と選挙制度などで担保されてきたが、この仕組みは、ブラックボックスに覆われたコンピュータ技術が支配的になっている現代では、その有効性が大幅に後退している。

ビッグデータによって人びとの私生活や仕事が左右されるような社会は、どのようなデータが収集され、誰が何の目的でこれらを利用できるのかという問題が市民の自由の権利を侵害しかねない環境を作り出す。そうならないためには、データを収集したり利用する技術の透明性の確保は最低限の条件になる。透明であればいいということではなく、透明性は、人びとが膨大な個人情報の収集という現実の前におじけずいて抵抗を断念したり、無関心を生み出してしまうかもしれない。そうならないだけの私たちの抵抗の権利を確保しなければならない。

私は、現在の統治機構とIT業界の企業システムを前提にする限り、いかなるITのこれ以上の推進にも反対だ。インターネットもコンピュータも普及していない半世紀以上前の時代に回帰するべきだとも考えていない。テクノロジーの開発と社会インフラのありかたについての基本的な原則が、現在の社会システムでは私の考えと根本的に相容れないのだ。

コンピュータ・テクノロジーに関わる問題は多岐にわたるが、中心をなす問題は、コンピュータ・テクノロジーの開発、導入、普及に際して、社会の側が踏まえるべき原則はとても簡単なことだ。つまり、基本的人権をテクノロジーの原則が逸脱しないことを保障することであり、テクノロジーが社会的な平等に基く自由の権利を確たるものにできる方向で実用化すること、である。とくにコンピュータ・テクノロジーは人びとのコミュニケーション領域に深く浸透して、コミュニケーションそのものに影響を及ぼすから、この基本的な権利への明確な自覚と理解のない開発、導入、普及は一切認めるべきではない。コミュニケーションの権利は、政治の世界にありがちな妥協の問題ではない。

4.4 現行の民主主義の限界という問題

今回の「デジタル改革関連法案」で私が最も危惧することのひとつは、私たちの個人情報の扱いがどうなるか、私たちの権利がより強固に保障される方向でデジタル技術が導入されるのかどうか、である。残念ながら、こうした方向での改革はほぼ考えられていない。15

他方で、今ある法律が優れたものだと仮定して、果して100年の期間維持されることを想定して制定されているだろうか。民主主義の制度では法は適正な手続きを経て変更あるいは廃止することが可能だからこそ民主主義としての意味がある。つまり100年不変であることは法の民主主義的な性格とは相反するのだ。同様に、議会も政府も選挙によって定期的に権力の人的構成が変化する。もし将来のこの国の政権や法制度が100年にわたって、人権をより尊重する方向で進歩するということが理論的にも現実の制度の機能からみても、確実ならば、人の100年に及ぶ個人情報を政府に委ねることに問題はない。企業についても同様だ。しかし、そのようなことを想定すること自体が民主主義の本質とも制度的な前提とも矛盾する。つまり、現在の民主主義の制度では100年にわたる個人情報を確実に私たちの権利として確保できる制度的な設計がないのだ。なぜないのかといえば、民主主義の制度が構想されたときに、現代のような個人情報をめぐる権利の問題が主要な関心にはなかったからだ。では、独裁であればこうした問題に対処できるのか。そうとはいえないだろう。

この問題は、よく言われるように、自己情報コントロールの権利では保護できない問題でもある。自己情報コントロールは、自分の個人情報を相手(政府や企業)に引き渡した後に、政府・企業が保有する私に関する情報のアクセスやその使い方、あるいは削除をふくむ処理の権利を確保しようとするものだが、これもまた法制度である限りにおいて100年維持できる保障はない。勿論ないよりあった方がずっとマシだが、あくまで対症療法にすぎず、法の制定と解釈をめぐる力関係のなかで、常に脆弱になるか無意味化される。

この民主主義と個人情報の権利保護のあいだにある構造的な齟齬の問題はとても深刻だ。コンピュータによるデータ処理の高度化によって、いわゆるビッグデータと呼ばれるような膨大なデータの収集が可能になっている現在、上に述べた人の一生についてまわる個人情報はますます脆弱になるばかりであり、その保護の手だては一向に進んでいかないからだ。個人情報を守れ、という数少ない人たちの声が、唯一の歯止めになっているに過ぎない。

5 三つの原則を維持するための方法はまだある

もし私たちが、プライバシーの権利を防衛する手だてを法にすべて委ねてしまえば、デジタル化のなかで進行する個人情報の政府、企業による囲い込みには対抗できないだろう。デジタル関連法案への反対は、こうした事態に対処する上での必要条件であっても十分条件ではない。

ビッグデータの収集が私生活にまで浸透する事態のなかで、私たちのデータを収集する入口になっているのがネットに繋っているスマホやパソコン、あるいはIoT機器だ。こうした機器を便利な生活必需品とみなすのではなく、私たちのプライバシーを防衛するための闘う道具だとみなして、その使い方やつきあい方を変える必要があるし、変えることによって可能になることも沢山ある。

私たちひとりひとりが、そしてまた様々な社会運動が、公開・匿名・暗号という三原則を手元にあるIT機器を使う場合の目安にすることができるかどうかが、ひとつの課題になる。自分が使っている機器やソフトの技術がきちんと公開されているかどうか(一般に公開されているソストをオープンソースソフトと呼ぶ)、匿名性や暗号化などをはじめとして個人情報の扱いをプライバシーポリシーなどで確認し、機器の設定を変更することだけでも、かなりの防衛手段になる。ソフトやネットサービスのビジネスモデル(どのようにして企業は収益をあげているのか)を調べることも大切だ。便利かどうかはIT関連の機器を用いる場合の基準の優先順位では三原則よりも低く抑えて判断することが必要だ。

こうした些細だが実はとても面倒なことをひとりひとりが、自分の参加しているネットワークも含めて取り組むことによって、ネットを活用する文化そのものを変える力になる。利便性のために個人情報を知らず知らず提供していたり、友人知人がSNSをやっているから自分もやらざるをえないというように、人間関係を人質l16にとられてSNSのアカウントを取得して個人情報を提供するなど、わたしたちが日常行なっているネットのライフスタイルそのものが実はデジタル庁構想を支える大衆的なネット文化を形成している。個人情報を商品化してビジネスに利用する傾向は欧米の資本主義がIT産業中心に展開している現状では必然的な傾向だろう。他方で、政府が人びとの動静を監視するために膨大な個人情報を収集して統制しようとする傾向が権威主義的な国々に共通した傾向だ。どこの国もこの二つの傾向の様々な組み合わせのなかでデジタル政策を展開しており、公開・匿名・暗号の三原則とプライバシーの権利を最優先にできる社会システムはまだどこにも存在しない。だからこそ、私たちはまだない新しい社会のシステムを目指したいと思う。

Footnotes:

1

デジタル社会形成基本法案、デジタル庁設置法案、デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案の内容については内閣官房の「第204回通常国会」の国会提出法案を参照。https://www.cas.go.jp/jp/houan/204.html

6

ブリタニー・カイザー『告発 フェイスブックを揺るがした巨大スキャンダル』、染田屋 茂,道本美穂,小谷力,小金輝彦 訳、ハーパーコリンズ・ジャパン、250ページ。

7

カイザー、前掲書、192ページ。

8

Tate Ryan-Mosley「「データ戦」の様相を呈する米大統領選、売買される情報とは?」 MIT Technology Review、Vol.31、2020年。社角川アスキー総合研究所。

13

「スマートホーム検討資料 平成29年5⽉ 商務情報政策局 情報通信機器課」https://www.meti.go.jp/press/2017/05/20170523004/20170523004-1.pdf

14

「個人情報を含んだ多種多様かつ大量のデータを効率的かつ効果的に収集、共有、分析、活用することがIoT機器の普及やAIの進化によって可能になってきており、諸外国ではこのようなデータを活用したビジネスなどが展開され、より高度化されつつあります。」(情報銀行とその役割について(概要編) http://www.intellilink.co.jp/article/column/security-info_bank01.html

15

デジタル・ガバメント閣僚会議 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/egov/ デジタル改革関連法案ワーキンググループ https://www.kantei.go.jp/jp/singi/it2/dgov/houan_wg/dai1/gijisidai.html 参照

16

あなたのプライバシーに関する決定をFacebookに任せない553,000,000の理由

付記:『世界』2021年4月号「デジタル庁構想批判の原則を立てる」を加筆しました。

最近のネットの動向について(よいことより悪いことの方が多い)

私のもうひとつのブログ「反監視情報」に掲載したものです。
https://www.alt-movements.org/no_more_capitalism/hankanshi-info/

すごく乱雑なサイトです。検索窓をつかって必要な情報を探してみてください。
なお飜訳なども不正確なところが多々あると思います。気付いたときに修正し
ているのですが、読み難いかもしれません。セミナーやメーリングリストで質
問などしていただいて構いません。よろしく。

世界各地のインターネット遮断のマッピング
世界中で、インターネットを政府が遮断するなどの動きが広がっています。現
在ネットの世界に政府がどのような干渉や弾圧を加えているのか、マップを使っ
て紹介しています。とても深刻な事態になっていると思います。

KeepItOn: 2021年選挙ウォッチ
選挙期間中にネットを遮断する政権が世界中にあります。民主主義の基本的な
ツールを使わせない国の現状レポート

GoogleとAppleのプライバシーに関する変更点について
Markupのメールマガジン(2021年3月20日)の記事を訳したもの。Markupは巨大
企業がテクノロジーを使ってどのように社会を変えようとしているのかに焦点
を絞った調査報道のサイト。記事が対象としているGoogleやFacebookによるト
ラッキング技術とその規制は、私たちの日常的なネットでの行動と密接に関わ
る重大な問題だが、それにしてもこの内容を文字通り正確に理解することはと
ても難しい。この「難解さ」と巨大企業のブランドによっていかに私たちのネッ
ト心理が操作されているか、いかに自分の権利意識に基いた合理的な判断が困
難にさせられ、便利で効率的な行動をとることが合理的(つまり科学的で理に
かなっている)かのように思わされていることか、という深刻な問題を改めて
実感させられます。

Googleなしで生活する方法。プライバシーを守る代替手段
Google検索のオルタナティブとして、個人情報を保持したり広告トラッキング
をしたりといった行動をとらない検索エンジンとしても有名なDuclDuckGoの記
事の飜訳です。リンク先は英語のページの場合もあります。様々な代替ソフト
やサービスを紹介しています。

DuckDuckGo拡張機能を使って、Google Chromeの新しいトラッキング手法FLoC
をブロックしよう
DuckDuckGoのメールニュース4月9日号の記事の飜訳です。Googleは利用者の行
動などを把握して広告主などに販売することで莫大な利益をあげていますが、
こうした手法に批判があつまり、Googleは私たちの情報を収集する手法を変え
ました。FLoCと呼ばれる手法ですが、これがまた大問題になっています。内容
はちょっと難かしいかもしれません。

(EFF)Google、物議を醸す新しい広告ターゲティング技術を何百万ものブラウザでテスト中
これもGoogleの新しい広告ターゲティング技術への批判です。「テストに参加
する人々への通知もなく、ましてや彼らの同意も得られないまま、Googleがこ
の試験を開始したことは、存在してはならない技術のために、ユーザーの信頼
を具体的に侵害するもの」と厳しく批判しています。

「怠け者」「お金目当て」「シングルマザー」:組合潰しの会社が従業員のデータをどのように集めているか
これもGoogleの話題です。シリコンバレーの企業はなんとなく自由闊達な印象
がありますが、そうでもないのです。Google関連企業の労働者は昨年から労働
組合の結成に動いていましたが、Googleは対抗して、組合潰しを専門に扱う
「組合回避企業」と契約し、労働者個人情報を網羅的に収集して、組合結成を
阻止しようとしています。このレポートでは、Googleが契約した組合回避企業
の大手、IRI Consultantsについて報じています。

5億3300万人のFacebookユーザーの電話番号と個人情報がネット上に流出
Facebookから5億人以上の個人情報が流出した出来事を報じたビジネスインサ
イダーの記事の飜訳です。この記事はなぜか日本語版のサイトには飜訳があり
ませんでした。

(EFF)あなたのプライバシーに関する決定をFacebookに任せない553,000,000の
理由
これもFacebookの個人情報漏洩問題について、米国の電子フロンティア財団の
ブログに掲載された記事です。この記事では、Facebookユーザーが本当は
Facebookから離縁したいにもかかわらず、友人、知人を人質にとられて離れら
れない状況を厳しく批判し、SNSをより自由に選択できるようなルールの改正
を提唱しています。

コロナとナショナリズム

コロナとナショナリズム

1 ワクチンをめぐるあまり論じられないやっかいなナショナリズム問題

やっとワクチン接種が日本国内でも開始され、このニュースで持ち切りだ。先進国なのに、接種が遅くなったことに不満をもらす大国主義丸出しの報道や論評が多いように感じる。

ワクチンが一部の富裕国によって事実上買い占められ、貧しい国、地域に行き渡らないという問題については、「ワクチン」ナショナリズムと呼ばれて話題になってきた。すでに様々な議論もネットに登場しているので、本稿ではこの問題にはあえて言及しない。1 ワクチン開発のもううひとつの問題として、製薬大手多国籍企業が開発競争をすすめるなかで、技術の公開性よりも特許や知的財産を念頭に置いた秘匿性が優位にたち、共同開発も進まず、貧しい地域、国が技術のノウハウを独自に活かす可能性を奪われているという問題がある。市場経済の競争原理が不平等と不効率をもたらす典型的な事例だ。この問題も本稿では取り上げない。この二つの問題はグローバルな社会的平等と、そのために必要な医薬情報と医薬品への自由なアクセスの問題として重要であり、私たちが目指すべき社会は、社会的平等に基く自由な社会であるべきだが、資本主義はこの条件を満たしていないことをCOVID-19パンデミックは端的に示した。だから、本稿で取り上げないからといって本稿の課題よりも軽い課題だということではない。この点に留意しながら本稿のテーマに取り組みたい。

日本へのワクチン供給は、いわゆる先進国全体のなかでも遅れぎみだということが様々に批判されている。国内での新薬の承認が遅れる現象を「ドラッグラグ」と呼ばれ、日本国内では以前から議論になってきた問題だ。遅れている理由はひとつではないと思うし、遅いことが悪いことかどうか、世界の平等なワクチンの配分システムがないなかで、我先にと買い占める行動をとらないことを意図しての遅れであれば、それもまた見識ではある。しかし、日本政府はそうした人道的な見地からワクチンの導入を控えているわけではもちろんない。ドラッグラグを引き起しているのは、国外で開発された新薬が日本国内で承認される手続きに、日本固有のナショナリズムの問題があるからだ。

たとえば昨年末にアストラゼネカが国内治験データの提出準備をしていると次のようにNHKは報じた。

2020/12/18 アストラゼネカは、国内で日本人に実施している治験のデータを2021年3月中に提出する方針で、厚生労働省は海外のデータと合わせて有効性や安全性を速やかに審査することにしています。

加藤官房長官は午後の記者会見で「今回の申請には海外試験の成績などは添付されているが、国内治験のデータなどは現在、整理中で、2021年3月中に追加的に提出される予定だと聞いている。今後、提出されたデータや最新の科学的知見に基づいて、有効性・安全性などをしっかり確認し、判断されていくものと承知している」と述べました。2

このように、「海外試験の成績などは添付されているが、国内治験のデータなどは現在、整理中」と述べられており、厚労省(以下、厚生省時代も含めて、厚労省と表記する。厚労省は2001年以降)が国内治験、あるいは「日本人に実施している治験のデータ」にこだわっていることがわかる。

NHKの別の報道をみると「政府によりますと、ファイザーは20歳以上の日本人160人を対象に行ってきた治験のデータについて…」とか「日本での治験の対象が20歳以上で、日本人の子どものデータが得られない…」といった表現が随所にでてくる。要するに治験対象者が「日本人」ではないことが、ワクチンの承認にとってよっぽど重要な問題らしい、ということがわかる。しかし、報道をみても、「日本人」であることがなぜ重要な問題なのかについて正面から説明されることはない。当然のように外国人のデータをそのまま日本人に当て嵌めることはできないかのようなニュアンスで報道されているのだ。

一連の報道で、海外で開発された医薬品を日本国内で使用する場合には、海外での臨床試験などのデータでは不十分で、国内のデータが必須だということを当然のようにして報じているのだ。とすれば、こだわる根拠は何なのだろうか。

東京新聞は、2月13日に次のようなワクチンの認可が遅い問題についての記事を掲載した。

米ファイザーは昨年12月18日、厚労省にワクチンの承認申請をした。通例、審査には1年ほどかかるが、今回は優先審査が行われたほか「特例承認」が認められ、2カ月という「スピード承認」の運びとなった。 それでも、欧米より動きは遅い。(略)

「遅い」理由を、厚労省幹部は「日本人のデータに基づく検証が必要だから」と説明する。海外とは感染状況やウイルス株、食生活などが異なる。昨年9月、ワクチンの承認審査をする独立行政法人・医薬品医療機器総合機構(PMDA)は原則、国内治験が必要とする指針を公表。ファイザーは国内で160人を対象に追加の治験を行い、1月末にデータを提出した。」l3

厚労省が「日本人」にこだわっていることが上の報道でわかる。「海外とは感染状況やウイルス株、食生活などが異なる」ということを「日本国内」の事情だと言うのであればわかるが、なぜ「日本人」なのだろうか。メディアもまたなぜ海外の治験のデータでは十分ではないのか、言い換えれば、なぜ、日本の地域性ではなく、「日本人」に関して固有のデータを収集しなければならないのか、どのような特段の事情があるのか。

本稿で考えてみたいのは、この問題だ。つまり、「日本人」というナショナリズムの観点とコロナパンデミックへの政府、業界、研究者の問題を考えてみたいのだ。

上の東京新聞の記事のなかに、医薬品医療機器総合機(PMDA)が国内治験の必要についての指針を公表したとある。この指針とは「新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)ワクチンの評価に関する考え方 令和 2 年 9 月 2 日 医薬品医療機器総合機構 ワクチン等審査部」4 だろうと思われる。この「考え方」のなかで、国内治験の必要に関連して「日本人」や「民族」に言及した箇所が以下のようにいくつかある。

海外で開発が先行し、海外で有効性及び安全性を評価する大規模な臨床試験が実施されている場合であっても、国内開発型のワクチン候補と評価の考え方は同様であるが、日本人における有効性及び安全性の確認のため、原則として、国内において臨床試験を実施する必要がある。

(略)

海外で発症予防効果を主要評価項目とした大規模な検証的臨床試験が実施される場合には、国内で日本人における発症予防効果を評価することを目的とした検証的臨床試験を実施することなく、日本人における免疫原性及び安全性を確認することを目的とした国内臨床試験を実施することで十分な場合がある。また、発症予防効果を目的としたグローバル開発(multiregional clinical trial)が計画されている場合には、日本から参画することによっても有効性を評価できる可能性がある。

(略)

SARS-CoV-2 ワクチンのベネフィット・リスクの判断については、各国・地域の状況によって異なる可能性がある。その他、民族的要因の差が SARS-CoV-2 ワクチンの有効性及び安全性に影響することも考えられる。

なぜあえて日本人というカテゴリーで「有効性及び安全性の確認」が必要なのだろうか。引用の二段目のように、海外の臨床試験結果を大幅に受け入れるということも「場合がある」という嫌々ながらの受け入れ表現になっていて、そのあとを読むと、無碍に外国の臨床試験を拒否すると日本の製薬資本が海外展開する場合に不利益になるかもしれないという配慮がうかがえる文言になっている。三番目は、「民族的要因の差」という言葉が登場しており、民族間でワクチンの影響に差がある「ことも考えられる」という全く曖昧な理由で「民族」が登場している。

こうした厚労省の「日本人」や「民族」という概念の使用に私は強い違和感と危惧を感じるが、医薬品の世界で、「日本人」や「民族」は頻繁に登場する常套句になっている。

医薬品のグローバル化のなかで、欧米の多国籍医薬品産業は、世界中に薬を売りまくってきた。日本の医薬品貿易も圧倒的に輸入が多く、輸出は横這いがここ20年一貫している。5 日本企業の海外売上高も年々拡大しており、国内売上高は頭打ちだ。つまり、日本の製薬大手は世界市場を獲得しなければ生き延びられず、国内市場をこれ以上外国資本に支配されないような戦略をとらなければならないところにきている。6 ここで、国内市場防衛のために、厚労省が(多分)かなり前から一貫してとってきた作戦が、海外で開発された医薬品は日本国内でそのまま使用することはできないことを「日本人」の「民族的要因」の強調で正当化しようということだったのではないだろうか。

ここでの「民族的要因」は、環境と遺伝子など内生的要因の両方を意味している。そして、この「民族的要因」の強調は、医薬品関連の学会や研究者が研究の前提として受け入れなければ研究もままならないような枠組になっていると感じる。医薬品関連のアカデミズムが研究で用いる「日本人」のカテゴリーは、私からみるととうてい科学的な証拠に基いているとは言い難い。逆にアカデミズムの研究が、虚構としての「日本人」を実体化することに寄与しているとも思う。以下で述べるように、科学がナショナリズムを無意識に受容し、科学的な研究がナショナリズムを強化するというナショナリズムの悪循環の典型である。そして、こうした事態が遺伝子関連の研究ともあいまって、ますます日本人を固有の民族とみなす「科学的な知見」らしきものがまかり通るようになっている。コロナとナショナリズムの問題は、医薬品をめぐる科学的な研究の根本に関わるところにまで浸透している問題としてみておく必要がある。

私のこれまでの理解では「日本人」というカテゴリーが医学的に意味があるものとして扱われてきたということ自体がこれほどまで浸透しているとは自覚してこなかったので、今回のコロナのワクチンの承認問題の報道に接して、厚労省とともに医学薬学において「日本人」という概念が実体概念として生き残っている状況は非常に深刻だと感じている。元凶は厚生労働省の一連のガイドラインにあり、これに製薬会社や研究者の利害が絡んでおり、政策やイデオロギーによって科学が影響を受けるという事態は、戦前戦中から現代まで一貫している。

2 「外国臨床データを受け入れる際に考慮すべき民族的要因について」

海外で開発されて医薬品の日本での承認をめぐる規制のありかたの問題は長い歴史がある。外国での医薬品の臨床データの扱いについて、厚労省によるいくつかの文書がある。よく引き合いにだされるのが1985年6月29日「外国で実施された医薬品等の臨床試験データの取扱いについて」(薬発第660号厚生省薬務局長通知)7である。後述するようにICH-E5の成立によって、この通知は現在では撤回されている。

この通知では次のように述べられている。

外国で実施された臨床試験データ(ただし、体外診断用医薬品にあっては、「臨床性能試験データ」をいう。)は、第三の各項に適合する場合は審査資料として受入れることとする。ただし、体外診断用医薬品以外の医薬品にあっては、必要に応じ、国内で実施された試験データの提出を求める。なお、吸収・分布・代謝・排泄に関する試験、投与量設定に関する試験及び比較臨床試験については、原則として国内で実施された臨床試験データが必要である。

基本的には外国の臨床データを受け入れることが原則となっているにもかかわらず、「吸収・分布・代謝・排泄に関する試験、投与量設定に関する試験及び比較臨床試験」は国内試験が必須とされ、それ以外でも「必要に応じ、国内で実施された試験データの提出を求める」というように厚労省の裁量が広い。

1992年以降、日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)8では「医薬品の作用に与える民族的要因の影響を科学的に評価し、外国臨床試験データの利用を促進するための方策が検討」され、1998年にICHのガイドラインとして「外国臨床データを受け入れる際に考慮すべき民族的要因についての指針」が出され、厚労省から各都道府県に通知が発出される。9 この指針がICH-E5と呼ばれるものだ。

従来まで、かなり厳格に国内臨床データの提出を求めてきたのだが、この条件を緩めてICH-E5では、「一定の条件に適合する外国臨床データについては医薬品の製造(輸入)承認申請書に添付される資料として受け入れる」と方針を転換した。ただし、「当該資料を申請医薬品の日本人における有効性及び安全性の評価を行うための資料として用いることが可能か否かを判断することが必要」だという条件がつけられた。そして「日本人」への影響を判断するために「国内で実施された臨床試験成績に関する資料を併せて提出すべき」とした。

要するに、従来よりは緩い基準で海外の医薬品の国内での認可を認めるが、それでも「日本人」に適合するかどうか、追加の国内臨床データを求めるというわけだ。この仕組みが、昨年厚労省が出した「考え方」のなかの「日本人」や「民族」の規定の前提にされているために、国内での治験のデータを一定数集めなければ承認できないとして、早期承認を妨げる要因になったのではないかと思う。

3 日本の医薬品承認プロセスは国際的なルールに基くもののように見えるが…

上述したように、この海外の医薬品の国内承認手続きは、ICH-E5に基いている。つまり、厚労省の文書では、民族的要因についての指針は、「日本EU医薬品規制調和国際会議(ICH)における合意に基づき作成されたもので、外国臨床データを利用して医薬品の製造(輸入)承認申請を行おうとする際に、医薬品の有効性及び安全性に与える民族的要因の影響を科学的に適正に評価するための基本的な考え方並びに当該外国臨床データの日本人への外挿可能性を評価するために国内で実施すべき臨床試験の内容を記述するものである」として、国際的なルールであるかの装いをとっている。

この指針でいう民族的要因(英文ではETHNIC FACTORS)の定義は「集団の遺伝的・生理学的(内因性)特徴と文化的・環境的(外因性)特徴の双方に関連した要因と定義する」である。そして更に詳しく次のように説明されている。

民族的要因(Ethnic Factors)
民族性(ethnicity)という語は、国家又は人々を意味する
エスノス(ethnos) というギリシア語に由来している。民族的要因は、共通の特性や習慣に基づきグループ分けされる人種又は大きな住民集団に関係する要因である。民族性は、遺伝的のみならず文化的な意味合いも有するので、この定義は人種的(racial)のそれよりも広い意味となっていることに留意されたい。民族的要因は内因性又は外因性のどちらかに分類されよう(補遺A) 。
・外因性民族的要因(Extrinsic Ethnic Factors)
外因性民族的要因とは、個人が住んでいる環境や文化に関連した要因である。外因性要因は遺伝よりも文化及び行動様式によってより強く決定される傾向がある。外因性要因には、地域の社会的及び文化的な側面に関係するものが含まれる。例えば医療習慣、食事、喫煙、飲酒、環境汚染や日光への暴露、社会経済的地位、処方された薬の服用遵守、並びに異なる地域の臨床試験の信頼性にとって特に重要なものとして、臨床試験の計画及び実施方法が挙げられる。
・内因性民族的要因(Intrinsic Ethnic Factors)
内因性民族的要因は、住民集団のサブグループを定義、同定する際に有用で、地域間の臨床データの外挿可能性に影響を与え得る要因である。内因性要因の例としては、遺伝多型、年齢、性、身長、体重、除脂肪体重、身体の構成及び臓器機能不全が含まれる。

上記で説明されている様々な外因性と内因性のなかで、あえて「民族」ぶ必然性のある要因は実はひとつもない。外因性の要因でいう環境と文化も内因性要因の身体的特徴も「民族」というカテゴリーで置き換えうるかどうかは民族の定義次第だが、その定義は抽象的であいまいなものだ。むしろ「日本人」というカテゴリーを実体化することが最初から目的とさていて、そのために、外国の政府や研究者との合意を得られるように「民族」というカテゴリーの定義が設定され、これをまず前提して、このカテゴリーに何らかの客観的な要因のようにみなしうるものを配置したに過ぎないのではないか。人種については、「内因性民族的要因」のなかの「遺伝的要因」として位置づけられている。つまり、遺伝学上の自他を区別する人間集団として人種の概念を認め、この人種の概念をその要因の一部として民族的要因が規定される、という構図になっている。後述するように民族の概念定義とともに、人種と遺伝的要因との因果関係は実は恣意的なものにしかなりえない。

厚労省のICH-E5の指針では、民族的要因の指針を設定した背景が次のように説明されている。

「民族的要因が新地域における医薬品の安全性、有効性及び用法・用量に影響を与え得るとの懸念から、これまで外国臨床データに頼ることが躊躇されてきた。このため、過去において、このことが新地域の規制当局が承認のために外国臨床データの全部又は多くを国内で重複して収集することをしばしば求めてきた理由の一つとなっていた。確かに、住民集団間の民族的な差が医薬品の安全性、有効性及び用法・用量に影響を与える場合があるものの、多くの医薬品は、どの地域でも類似した特性や効果を示している。全ての医薬品について臨床評価を広範囲に重複して行わせることは、新しい治療法の導入を遅らせ、また、医薬品開発における資源の浪費となる。」

厚労省のみならず国際機関が露骨に人種と民族の概念を持ち出していること、遺伝的な要因に「人種」概念が堂々と示されていることに驚かざるをえない。10 というのも遺伝学的にみて人種概念は否定されていると思っていたからだ。11

ここで、いくつかの疑問が生じる。なぜ欧米と日本によって構成されている国際機関ICHはこうした民族的要因にこだわるガイドラインを設置ているのか、である。

4 ICH-E5と世界市場争奪戦

外国での臨床試験データを事実上受け入れない1985年の方針から98年のICH-E5に至る経緯には興味深いものがある。厚労省の役人としてICHに実際に関与してきた土井脩は、次のように回顧している。

外国臨床試験データの新薬承認申請資料としての受け入れについては、1985年6月の薬務局長通知により、原則受け入れの方向を示していた.しかし、国内産業を保護するため、実態としてはほとんどの臨床試験を国内でやり直す必要があり、外国に門戸を閉ざしていたのが実態であった。

その後、1990 年に日・米・EC(現在の EU)間で ICH立ち上げのための話し合いが始まった。この時に、厚生省が 3 極間で話し合うべき重要課題の一つとして、GCP とともに外国臨床試験データ受け入れのための条件、すなわち、人種差や民族差をデータの評価にあたってどのように考慮すべきかを国際的にハーモナイズすることを提案した。

厚生省の提案に対しては、多人種、多民族国家である中で医薬品の承認審査を行っている米国や、多民族の集合体である域内での統一的な医薬品の承認審査制度の導入を目指していた EC からは、すぐには賛同が得られなかった。そこで、厚生省は日本が中心となってそのための研究班を組み、ICHでの検討を支援することを提案して、ようやくICHでの検討課題として採用された。

通常 ICH-E5 ガイドラインと呼ばれている「外国臨床試験データを受け入れる際に考慮すべき民族的要因についての指針」は、1998 年 2 月にようやく合意に達した。厚生省は 3極間の合意を受けて、同年8月には同指針に対するQ&A を付加して、局長通知の形で実施に移した。12

ICHは、グローバル化のなかで、欧米日の各国が医薬品の世界市場争奪戦のルールをいかに自国資本に有利なように展開するかという帝国主義的な世界市場分割の政治力学のなかで機能している機関だ。内田英二はICH設立当時の欧米日のスタンスについて次のように述べている。

ICH が組織された背景として当時の状況は下記のようなものでした。
・1980 年代、日米欧は臨床試験が実施された場所よりも、臨床試験の質(Quality)が外国臨床データの受け入れの決定要因であるとしながらも、新地域の住民集団と医療習慣に則したデータである場合のみ受け入れ可能と主張していた。
・米国が EU データを受け入れなかった理由:臨床試験方法、記録の正確性とアクセス方法、プロトコル遵守、患者の同意、薬剤の収支量等が米国基準を満たしていないと判断。
・日本では外国臨床試験データを日本人に外挿するのは不可能との判断:第Ⅰ相のADME、第Ⅱ相の用量設定試験、第Ⅲ相の比較試験は日本で実施[薬発第 660 号(1985 年)]。13

内田の整理が正しいとすると、各国政府とも、自国領土内への外国資本の参入を阻止を自由競争の建前を掲げつつ画策しようとしており、その有効な手法として住民集団や医療習慣など、領土内に固有の条件を提示して、この条件をふまえた臨床試験の重要性を主張しようとしたり、米国のように、自国のルールを盾にとって外国の臨床試験の妥当性を問題にする手法をとるなど、いずれにしても自国産業保護にこだわった。日本は上の整理でいうと、「日本人に外挿するのは不可能」という主張で産業の防衛を目論んだといえよう。とはいえ、「不可能」」という主張は極めて奇異だ。同じ人間であるにも関わらず「不可能」とまでいえるのだろうか。

そもそもICHという組織が学術機関ではなく「ヒトに使用される医薬品の承認に関する規制のハーモナイゼーションですので、行政サイドのもの」(内田英二14)だから、学術的な厳密さよりも、政策的判断が優先されるということだろうが、そうだとしても政策の科学的客観性を確保したいと各国政府は考えるだろう。このとき日本が持ち出した「民族要因」に果して科学的な客観性はありうるのか。

また、津谷喜一郎/中島和彦はICH-E5について次のように日本と諸外国の温度差について指摘している。

1998 年 2 月にICH-E5: Ethnic Factors in the Acceptability of Foreign Clinical Dataが、約 6 年の歳月をついやしてようやく step 4 に達した。この間、ガイドラインは draft 1 から draft 20 まで改訂されたものである。この ICH-E5 ガイドラインに基づき、日本の厚生省から「海外臨床データを受け入れる際に考慮すべき民族的要因についての指針」の通知が公布された。その後、日本では ethnic diference が多くの人によって議論され、bridging studyが開発戦略に組み入れられ、実施されるようになった。本通知に基づき承認された医薬品は 1999 年から 2005 年までで 41 品目と報告されている。一方、欧米での臨床評価やグローバル開発では ethnic diference はあまり考慮されていない。15

以上の経緯をふまえると、日本政府は、「人種差」や「民族差」を医薬品貿易のいわば非関税障壁として利用する一方で、「民族」ごとの臨床試験などが不可能な欧米は、むしろ「民族差」を排除した統一的な基準を要求することで多国籍資本にとって最も効率的な市場支配を維持するスタンスをとったわけだが、いずれの側にとっても、第一の動機は資本の利益と国益が優先されたものであり、ICH-E5はその政治的妥協の産物であるとともに、ここに学術研究が加担したということでもある。

5 厚労省の自民族中心主義によるレイシズム

「民族的要因」の主張を可能にする社会認識では、事実上、単一民族国家観に基いて民族差を強調することにならざるをえない。もし誠実に「民族的要因」への配慮を検討するのであれば、「民族的要因が新地域における医薬品の安全性、有効性及び用法・用量に影響を与え得るとの懸念」について、日本国内で暮す全ての「民族」ごとに臨床試験を実施しなければならないはずだ。「日本人」とは異なる「民族的要因」による影響を受けるという問題は、日本国内の外国人の人びとにも該当する問題であるから、日本国内のエスニックマイノリティについてもその「民族的要因」による懸念を検討すべきだろう。ところが、厚労省は、外国人を臨床試験から排除すればそれでよいと考えている。外国人の「民族的要因」には配慮をしていない。

厚労省は、「民族的要因」のうちの外因性要因として「外因性要因は遺伝よりも文化及び行動様式によってより強く決定される」を挙げているが、エスニックマイノリティの文化、行動様式が「日本人」のそれとは異なるものであるとするのであれば、臨床試験を日本に住む外国人のエスニックグループごとにきちんと実施する必要がある。もし逆に、こうした文化、行動様式が日本国内では外国人であっても、日本人と同様だというのであれば、外国人を臨床試験から外す理由はなく、そもそも民族的要因という概念に意味はないことになるか、エスニックマイノリティが「日本人」に同化しているかのようにみなすことになり、その固有の文化を否定することになる。いずれにせよエスニックマイノリティを正当にこの国に暮す人びととして認知していないことになる。このように厚労省はエスニックグループを無視、排除しつつ「日本人」のみを特別の存在として取り出す。これは自民族中心主義の典型であり、極めて巧妙に偽装された官製レイシズムである。

土井の文章には「厚生省は日本が中心となってそのための研究班を組み、ICHでの検討を支援することを提案」とあるが、この間の事情については、内田(前掲論文)がやや詳しく述べはいるものの、研究班の研究がどのようなものだったのかについて具体的なデータは提供されておらず、この点については、研究者がどのように「民族的要因」の科学的妥当性を論じようとしたのか、今後検討が必要だろう。

6 論理的一貫性に欠ける「民族的要因」を日本がゴリ押した?

ICH-E5をめぐる経緯をもう少し追ってみよう。上述のように、日本は、当初日本人の特異性を理由に外国での臨床試験を拒否するために、日本人の特異性を証明しようと研究者も動員してやっきになったようだが、結果として諸外国の政府や企業には受け入れられず、外国の臨床試験の結果を受けいれつつも、「外国で承認された薬物をそのまま承認することにはならない」という強引な主張となる。こうしたやりとりのなかで、「人種差要因をさらに細かく遺伝的要因と環境要因とに分けて検討してはどうかという提案」がなされこれがICH-E5にもりこまれることになる。その後も駆け引きは続き、トリアージに概念やブリッジングスタディ概念などが導入されて妥協が図られる。結果として6年が費された。

内田の論文は、ICH-E5の成立経緯についてかなり詳細に論じているが、しかし、そもそも民族や人種といった概念による人間集団をどのように特定するのか、というそもそもの議論がほとんどなされていないように思う。厚労省は、ICH-E5の指針の解釈についての問答集を作成し、更に問答集についての説明の文書も作成している。たとえば日本人という概念については次のように説明されている。

外国在住の日本人(日本人の両親を持ち、日本で生まれ育ち現在外国で生活している)、 あるいは日系2世、3世(外国で生活している日本人の両親から生まれ、又は祖父母が外国に移住しさらに両親が日本人で外国で生活している)などを対象に実施した薬物動態試験データは、日本人の薬物動態に関するデータとして利用可能であるのか。 (答) 食事や環境などにより薬物動態に差が出ることが想定される場合を除いては、利用可能である。

「日本人」の定義にもさまざまな議論があるところであるが、少くとも日系3世までなら、内因性要因からは日本人と同じと見なせるであろうとの議論に基づき作成された質疑応答である。外因性要因により薬物動態が変化するといった例外的な状況除いては、例えばカリフォルニア在住の日系3世を対象に行った薬物動態試験データを日本人の薬物動態データとして利用可能である。」

ここで日本人としての規定の基準になっている内生的要因は、家族の系譜を根拠にしていることから事実上「遺伝的要因」のなかの「人種」概念によって規定される要因を指していると解釈する以外にない。

7 遺伝子で「日本人」を特定することはできない

日本側の主張が成立つためには、日本人という純血種の存在が証明されなければならないが、そもそも純血種の遺伝子構造がどのようなものなのかを特定することは不可能だから、遺伝的要因といった内因性の民族的要因なるものの証明は不可能だ。外因性要因はますます不可能だ。環境要因は、同じ場所に暮す様々なエスニック集団が共有するからだ。日本には、「日本人」と自認する人びとが純粋な種として存在するという単一民族の神話を前提にすることでしかこうした議論は成立たない。このような虚構としての「日本人」を政府も製薬会社もみずからの利益のために構築してこれを利用し、これを欧米の政府が政治的な思惑から容認したということだろう。その結果として、医学薬学の分野で、人種や民族の概念がほとんど厳密な定義が不可能であるという根本的な理解が欠落したまま、研究者の日常生活における常識としての「日本人」意識がそのまま研究の前提となってしまったように思われる。これは、典型的なナショナリズムと科学的な研究がリンクする構図だ。

その後厚労省は国際共同治験に関する一連の文書を出す。

2007年 国際共同治験に関する基本的考え方について https://www.japal.org/wp-content/uploads/mt/20070928_0928010.pdf

2012 「国際共同治験に関する基本的考え方(参考事例)」 https://www.pmda.go.jp/files/000157901.pdf

2014 国際共同治験開始前の日本人での第Ⅰ相試験の実施に関する基本的考え方について https://www.pmda.go.jp/files/000157480.pdf

2018 国際共同治験の計画及びデザインに関する一般原則に関するガイドラインについて https://www.pmda.go.jp/files/000224557.pdf

上の最後の文書もまたICHのガイドラインでICH-17と呼ばれている。この文書では随所に「内因性・外因性民族的要因」への言及がみられる。国際共同治験そのものが医学薬学の分野における民族的要因を実体化することを前提とした枠組になっている。こうして、これまでのグローバル化のなかで地域の差異を無視した医薬品の効率的な輸出拡大を目指す傾向が、ここにきて変化をきたしてきたように思う。中島和彦は「最近になって欧米とも、民族的あるいは地域的な差異を考慮する必要性を認識しはじめているようである」と変化のあることを早い時期に指摘している。16

最近になっても「民族差」を肯定する議論は少くないように思う。たとえば頭金正博は次のように述べている。(論文の「要約」を引用)17

医薬品の有効性や安全性には、民族差がみられる場合があり、グローバルな多地域で新薬開発を進めるためには、医薬品の応答性における民族差に留意する必要がある。そこで、有効性と安全性の民族差の評価においてレギュラトリーサインス研究が必要になる。具体的には、薬物動態をはじめとして、効果や副作用における民族差がどの程度あるのか、また民族差が生じる要因は何か等の課題をレギュラトリーサインス研究18によって明らかにすることがグローバル開発では必須になる。グローバル開発戦略に関しては、日米 EU医薬品規制調和国際会議(ICH)E5 ガイドラインが公表されて以来、ブリッジング戦略が 2002 年頃までは多く用いられた。一方、ブリッジング戦略は、諸外国で開発が先行することを前提とした開発戦略であり、ドラッグ・ラグの問題が提起されるようになり、最近では、同じプロトコールを用いて複数の地域(民族)を対象にした臨床研究を同時に実施する、いわゆる国際共同治験が行われるようになった。近年の薬物動態での民族差に関する研究の進展により、遺伝子多型等の民族差が生じる要因が解明される例も多くみられるようになった。一方、有効性や安全性に関する民族差については、民族差が生じる詳細な機構は不明であるが、抗凝固薬の例にみられるように、定量的に民族差を評価することが可能になった。また、最近は有効性や安全性を反映するバイオマーカーに関する研究も進展しているが、バイオマーカーにも民族差がみられる可能性もあり、留意する必要がある。今後は、これらの知見を基にして効率的なグローバルでの医薬品開発の促進が期待される。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/148/1/148_18/_pdf/-char/ja

なぜこうした変化が起きているのか。これは政策の問題であると同時に学問領域の動向の変化でもある。政治的には、欧米の民族意識に何らかの変化がでてきているのかもしれない。医学薬学の分野における遺伝子研究の展開のなかで、遺伝的多型マーカーやヒトゲノムの解析などによって人間集団の再構築が人種や民族概念を実体化しうる根拠として利用されるケースがごく普通に登場してきている。欧米にけいる極右の台頭やナショナリズムに基くポピュリズムが政府や研究者の心情に影響がないとはいえないかもしれない。「民族的要因」が国際的なガイドライン策定の場で市民権を獲得してしまっているようにみえる。

8 民族・人種と医学・薬学研究

医学や薬学の分野の個別の研究では、民族や人種は実際にどのように扱われているのだろうか。厚労省が自国の産業保護のための口実として民族的要因などを持ち出したにしても、臨床試験の現場で民族的要因などを考慮するような科学的あるいは学問的な研究ははたして成立つのだろうか。現実にはどうも成立っているようなのだ。

たとえば「人種間の違いと人種内の違い―体内動態、薬効における遺伝子多型―」という論文では、つぎのような記述がある。

40 mg 単回投与後に得られる血中濃度には人種差が観察され、African Americans (AA、黒人)に比べ、European American (EA、白人)で高値を示す(Fig. 2)。(略)これらの頻度の違いが白人と黒人にみる体内動態の違いの大きな原因と考えられる。残念ながら、日本人(JP)での 40 mg 単回投与試験の報告がないため、単純な比較は難しいが、….19

あるいは、「公表申請資料にみる薬物動態の民族差」という論文では、

….民族間の薬物に対する感受性の相違による場合と、薬物動態の相違による場合がある。そこで、どのような場合に日本人において海外とは異なる用量を設定する必要があるのか、薬物動態的特性ついて検討した。20

とその研究対象を「日本人」とし、研究の結果として「日本人集団と外国人集団における薬剤吸収率の差が反映した。」「内因性民族的要因の影響も否定できない」とも述べている。ところが肝心の「日本人」集団のサンプルガ「日本人」であることの客観的な根拠が示されていない。

こうした個別研究だけではなくて、たとえば、日本製薬工業会医薬品評価委員会臨床評価部会の報告書「臨床パッケージにおける外国データの利用状況-国内承認品目を対象とした詳細調査・分析-」(2006)21でもレポートの目的に「国際共同治験を用いた品目について、昨年度と同様に、臨床データパッケージの構成、国内外での薬物動態の比較、内因性・外因性民族的要因及び一貫性評価に関する内容をまとめた」とあるにもかかわらず、用いられている分類は、日本人と外国人、日本人と白人、あるいは日本、台湾、韓国といった国・地域別の区別でしかなく、これに「民族」という概念を当てはめたり、「人種(日本、中国、フィリピン、台湾、マレーシア、インドネシア)」(同報告書55ページ)というように、国と人種を同一視するという社会科学であればありえない概念の利用法になっている。

こうした表現があたりまえに用いられている背景には、研究者自身が、一国家一民族という単一民族国家を前提にしてしまっているからだろう。これは研究者としての専門的な研究に、研究者が抱いている偏見が研究方法に影響している典型的なケースだ。ちなみにこの報告書で取り上げられた医薬品のほとんどが民族的要因に有意な差が明確に存在したという事例は報告されていない。内因性の差異を指摘している場合であっても体重などの差であって、これを「民族的要因」とするのは強引だ。

コロナのワクチンの治験の現場はどうなっているのか。治験者を募集しているサイトでは次のような条件で募集している。

https://gogochiken.jp/disease/corona/ 治験参加の条件 コロナ治験に参加する場合は以下の通り参加条件がございます。 日本国籍の方 ※注意:外国籍の方、またハーフ、クォーターの方の参加はできません。

国内臨床試験がICH-E5をふまえるとすると、国内の治験の対象者は「日本人」ということになるが、この条件を日本国籍で代用するやりかたは、はたして正しいのか。日本国籍を保有している者を民族のカテゴリーとしての「日本人」とみなすということは、国籍と民族、人種の関係に関する基本的な人権に関わる理解に反している。国籍法では、日本人の規定はなく、「日本国民」の規定だけだ。国籍を民族や人種と対応させることを正当化する制度はない。注意事項にある「ハーフ、クォーターの方」は、日本国籍を取得していてもハーフ、クォーターであるばあいは参加できないという意味だろう。この注意書きの前提は、日本国籍ではなく日本人と外国人との間に生まれた子どもを想定ている。このことからみても「日本国籍」といいながら実際は「日本人」を指しているのだろう。そもそも厳密に日本人を定義したり、人種、民族を定義することはできないのだが、こうした収集されたデータから、科学的な装いをもつ「日本人」が構築される。

自然科学は普遍的な真理への指向が強い。生物学も遺伝学も、客観的な事実として客観的に検証されることによって、ある種の事実の真実性を確証できるとみなす。民族や人種がこうした真理の言説とリンクされると、民族や人種が生物学的な真実として証明されたかのような体裁を獲得する。民族や人種に基づく政治は、こうした普遍的な真理の装いを欲がる。もしそれが自民族の優位性や普遍性を証明するのであれば、民族・人種が永遠の存在であることを科学的に証明されたとみなして利用するだろう。逆にある民族・人種の劣等生もまたこの意味で証明可能だということになれば、民族・人種間の優劣のヒエラルキーが構築され、科学の名のもとに固定化、実体化される。

遺伝学の研究を通じて、人種の違いを科学的に論証しようとする傾向へと研究がひきずられていく。しかし、こうした研究が前提にする人種としての人間集団が、純粋な人種集団であるという証拠はない。逆に、ある集団を「人種」としてひとまとめにして、この集団に共通する特徴を抽出して、他の集団との違いを特定することになると、この集団があたかも「人種」としての実体を遺伝子レベルで持つかのようにみなされる。

「民族」の場合も同様だ。日本人であることの遺伝子上の客観的な基準もなしに、本人の自己理解、見た目、居住している場所、言語や文化の共有といった曖昧な要因に基いて、とりあえずの日本人らしい集団をピックアップして、その遺伝子上の特徴を探ったとして、これが純粋な日本人の存在を証明することにはならない。日本人ではない人が混在する可能性を避けられないし、そもそも基準となる日本人の遺伝子上の特性は、こうした研究の前提には与えられておらず、サンプルとなった人間集団が純粋の日本人であるという証拠はどこにもなく、この研究の結果としてしか日本人の遺伝子なるものは構築されない。純粋な日本人は、こうした研究の結果、人為的に作り出されたものにすぎない。

こうした問題が等閑視されて、日本人とか人種を前提とした研究が繰り返されると、臨床試験の研究にあるように、極めてアバウトに日本人らしい集団で真の日本人を科学的に創作することに疑問を感じなくなる。そして科学的な客観性やデータを根拠に、人種や民族の差異が実在するかのようにみなされるようになる。差異は容易に差別や相互のヒエラルキーをともなう優劣へと結びついてゆく。

9 人種概念についての国際法と憲法

人種概念を用いることへの疑義は国連でも早い時期から提起されてきた。「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(65年採択)」では「人種的相違に基づく優越性のいかなる理論も科学的に誤り」any doctrine of superiority based on racial differentiation is scientifically falseと表現されて、人種にもとづく相違そのものの存在を肯定しているのだが、ほぼ同じ頃に出された「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際連合宣言(63年採択)」では「人種的相違又は優越性のいかなる理論も科学的に誤り」 any doctrine of racial differentiation or superiority is scientifically falseとして人種的相違の理論が科学的に誤りであるとする宣言を採択している。22

国連のアパルトヘイトに関するパンフレットでは次のように述べられている。

a 今日生きている世界中の人間は同じホモサピエンスに属するもので,もともと同一の祖先にさかのぼる。
b 人間を生物学的に「人種」に分けることは科学的ではなく、単に昔からの習慣によるものであって、これに上下の等級をつけるようなことは不可能である。多くの人類学者は、人間が様々に異なっていることの重要性をみとめてはいるが、「人種」に分けることには科学的いみを認めていない。 c 現在の生物学では,文化の程度の差を発生学的な差にもとめることを否定している。23

20世紀半ばのこうした議論は、現在極めて深刻な危機にある。社会的歴史的に構築されてきたイデオロギーが科学によって更に理論武装して、登場してきている。現在は、こうした傾向が情報科学とコンピュータの高度化に支えられて加速化している。

ナショナリズムの問題は、人種の実体化と文化や環境の要因が一体化した民族の概念を媒介として、国家の統治機構を支える「国民」の感情的な意識であるが、これが、それぞれの時代のなかで普遍性を司る科学や学問を味方につけて、正当化されている。

ICH-E5の考え方は、民族要因の一部に人種を組み込んでいる。結果として、民族は人種によって規定されることになり、人種と民族が生物学的な根拠をもつ概念とされる。臨床試験で民族ごとの特異性を科学的に主張しようとすればするほど、科学性を裏づける根拠として遺伝子などの生物学的な要因を重視することになる。文化や言語などの外因的要因は数値化したり統計的に処理したり、実験による再現性や検証可能性にもなじまない質的な性質をもっているために、その扱いについての方法は自然科学の方法では扱うことができないために、指針などで示されていても実質的には意味をなすものにはなっていない。

それでは、民族的要因を外因性要因に絞り、遺伝的要因などの内因性要因を排除すれば、それなりの妥当性を認めることができるのだろうか。医薬品の臨床試験に関しては、こうした方法で民族的要因を残すことにはほとんど意味がないように思う。臨床試験をめぐる民族的要因として議論になる問題に用量の妥当性が論じられたりする。しかし、こうした問題は、「民族」よりも個体差を問題にすべきだろう。

ICH-E5で指摘されている「民族的要因」が与える医薬品の安全性への危惧には疑問があるが、百歩譲って人種・民族的要因が重大な問題であって看過できないとしたばあい、なぜ「日本人」だけにしか臨床試験を行なわず、「日本人」以外の「人種」「民族」を無視してよい理由はどこにあるのだろうか。

憲法14条は「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と人種による差別を禁じている。憲法の規定をふまえれば、「日本人」だけを特別扱いする臨床試験や治験は憲法に反する扱いになる。こうした扱いを政府が行うことは明確な違憲行為だ。

10 見逃される科学のなかのナショナリズム―科学的合理性と科学的不合理性の共存

竹村康子は、「人種概念の包括的理解に向けて」のなかで、次のように日本の人種概念をめぐる研究の特異な状況について述べている。

「日本では、生物学的人種が破綻したことを積極的に提唱している研究者は例外で(略)厳密な境界線が存在せずとも生物学的実体までは否定できないとるす見解がひろく支持されている。国際的には、人種が生物学的に有効な概念ではないとする見解が通説であることの変りはない。しかしこの数年の間にヒトゲノムの集団病理学などの進展によって、一部の研究者によって人種実体論ともいえる説が劣勢を巻き返しており、問題はいっそう複雑化している」24

他方で、ゲノム解析によって、集団内の多様性のほうが集団間の多様性より大きいという研究も多く発表されている25(竹村、61)

国際的には人種の生物学的有効性に疑問がもたれているなかで26、なぜ日本で生物学的な人種が科学研究で生き延びてしまったのかは、日本の近代科学史と国策としての科学や学術との関係を戦前まで遡って検討しなければならないことだろうと思う。27

冒頭の新型コロナとワクチンをめぐる問題に立ち戻ると、今、日本で、人びとの生存や健康の権利が二つの側面から挟み撃ちにあっているのだということがわかる。

ひとつは、グローバル化のなかの製薬資本をめぐる市場争奪戦のなかで、いかにして日本の資本の利益を日本政府が防衛しつつ、世界市場への日本の製薬資本の侵出の足掛かりを構築できるか、という主としてグローバル資本主義の市場と地政学の領域が、人びとの生命を犠牲にする構図だ。ここでは、資本の論理と政府がもつ医薬品に対する許認可の権力がどこの国でも、国際関係の力学のなかで、自国の資本にとって最適となる「解」を模索して交渉する。この交渉のなかで、合意の正当性を保障しているのが、科学的な合理性の装いだ。ここに研究者が関与することになる。

もうひとつは、上記のプロセスのなかで、自国資本と自国政府の利害が最も共通する、自国内部の市場とその規制を自国第一主義で貫徹するために必要な枠組の構築だ。ここで、日本は民族と人種にこだわるイデオロギーによって日本の特殊性を正当化した。これが日本のナショナリズムの典型的な表出場面になるが、これが単なるイデオロギーではなく科学的な装いをもって正当化される局面では、遺伝学から最新のデータ解析の技術までを駆使する科学的合理性の領域が前面にでるので、人種、民族が科学的に立証されたかのような印象が与えられ、これがメディアや啓蒙的な科学の一般書の類いで流布されることになり、ここにも科学者が寄与することになる。ところが、この科学的な局面の前提には、科学者が憶測や偏見を含めて根拠以前に抱いている「日本人」とか「人種」についての「常識」があり、この常識なしには実は科学的な研究は成立たない構造になっている。そして、この科学と「常識」あるいは偏見を国家がひとつの「像」として束ねるところに、ナショナリズムの心情と信条が形成される。

この構造はとてもやっかいだ。学問研究の手続きや手法そのものやデータの処理は改竄があったり、恣意的な処理はなされていない。しかし医学薬学には民族や人種が社会的に構築されたカテゴリーであるということを理解できる方法がないのかもしれない。社会科学からすれば非科学的な概念が、熟慮されることなく研究の前提に置かれるような舞台装置が組み立てられている。こうした舞台は、科学的な研究に「日本人」のイデオロギーを持ち込む動機をもつ国家の思惑によって用意されているように思う。グローバル資本主義の市場の競争と国民国家相互の覇権の構造のなかで、「日本人」という観念が科学の装いをまとって実体化されるとき、ナショナリズムもまた科学を味方につけることになる。

今回は医薬学の領域とナショナリズムの問題について問題提起したが、こうした問題はあらゆる学問分野に様々にあらわれているのではないか。たぶん、近代科学と近代のナショナリズムがともに「近代」という時代のなかで形成されてきたことを念頭に置くとすると、ナショナリズムへの批判、つまりナショナリズムを克服した社会を構想するという課題にとって、自然科学の克服もまた重要な課題にならざるをえないように思う。

(付記)私は、エスニシティを自然科学的に根拠のあるカテゴリーとしては認めないが、何らかの人間集団が文化や歴史を共有するなかで、あるいは他の人間集団と交流することで変容しつつも集団としてのアイデンテイティをもちつづけ、集団への帰属意識をもつことを否定しない。こうした集団的なアイデンティティへの帰属は、だれであれ、複数の集団への帰属であることが普通だ。近代国民国家は、こうした人間集団を「国民」として統合しようとするとともに、日本の場合は「日本人」に支配的な集団としての正統性を与えてきた。集団のアイデンティティは社会的歴史的に構築・再構築・脱構築を繰り返すなか維持されるから、自然科学的な意味での科学的客観性にはなじまない。にもかかわらず社会集団に自然科学的な客観的な実体を与えることは社会集団を歴史を超越した普遍的な集団という地位を与えて特権の正当化を企図するものであって、わたしはこうした考え方をとらない。

(付記2)ワクチンの接種がはじまった現在でも、「日本人」を特別視する観点が隠然とした力をもっている。優先接種には、ワクチンが日本人に深刻な副反応を起すことがないかどうかを検証する目的もあるとされている。日本人に固有の影響があるのではないか、という根拠のない憶測がメディア報道の前提にあるように感じる。

(謝辞)本稿は、2021年2月14日に開催された「『日の丸・君が代』の強制を跳ね返そう!2.14神奈川集会とデモ」での講演をもとに、当日いただいた質問などを踏まえて加筆したものです。主催者と参加された皆さんに感謝します。

Footnotes:

1

ヴァジャイ・プラシャッド「ワクチンナショナリズム?希望という名の不治の病」https://www.alt-movements.org/no_more_capitalism/blog/2020/12/06/vaccine-nationalism/ 原文はThe Bulletに掲載。

5

『医薬品の貿易収支の推移 医薬品産業強化総合戦略~グローバル展開を見据えた創薬~』(参考資料) https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10807000-Iseikyoku-Keizaika/0000096429.pdf 医薬品産業強化総合戦略は、安倍政権の骨太の政策の一環として厚労省がとりまとめたもの。

8

ICHについて。「日米EU三極の医薬品規制整合化の達成のために、平成2年4月に運営委員会が発足し、日本、米国、EUの規制当局及び医薬品業界代表者を構成員とする会合として、ICH(International Conference on Harmonization)が創設された。以後、平成3年、5年、7年、9年、12年及び15年にICH国際会議が開催され、整合化ガイドラインの作成に成果をあげている。 」「日米EU医薬品規制調和国際会議(ICH)について 」 https://www.mhlw.go.jp/shingi/2005/03/dl/s0329-13n.pdf 2015年に組織が再編、拡大されている。役割は「薬事規制の国際調和を推進するため、医薬品の承認審査や市販後安全対策等にかかる共通のガイドラインを作成すること」で設立当初から変らないという。 https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000102412.html

9

1998年8月11日 都道府県知事宛 「外国で実施された医薬品の臨床試験データの取扱いについて」厚生省医薬安全局長 医薬発第739号 同 各都道府県衛生主管部(局)長宛 「外国臨床データを受け入れる際に考慮すべき民族的要因について」厚生省医薬安全局審査管理課長 医薬審第672号 ICHをめぐる議論、とりわけ後述するICH-E5をめぐる議論については、本稿で直接言及した文献の他に、下記が重要である。『変わる新薬開発の国際戦略―ICH E5ガイドラインのインパクト』薬業時報社、1999年。

10

「人種」の概念、科学で使わないで 米で差別助長を懸念 Asahi 2019年3月27日 https://www.asahi.com/articles/ASM3P1P8BM3PUHBI002.html

11

磯 直樹 「「人種は存在しない、あるのはレイシズムだ」という重要な考え方 遺伝学では「人種」は否定されている」 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/73415 磯は、2018年、米国人類遺伝学会(ASHG)は「人種」概念を用いないよう声明を出したこと、山川出版の高校教科書『新世界史 改訂版 世B313』でも「人種という区分に科学的根拠はない」との記述があることなどを紹介している。

12

土井脩(医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス財団理事長)「外国臨床試験データの受け入れ」『医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス』 Vol. 45 No. 1(2014) https://www.pmrj.jp/publications/02/pmdrs_column/pmdrs_column_49-45_01.pdf

13

内田英二「ICHでのエスニックディファレンスの議論の歴史」YAKUGAKU ZASSHI 129(2) 213―221 (2009)

14

内田英二 前掲論文「ICHでのエスニックディファレンスの議論の歴史」

15

YAKUGAKU ZASSHI 129(2) 209―211 (2009)

16

「ディファレンスからシミラリティへ」YAKUGAKU ZASSHI 129(2) 223―229 (2009)

17

「医薬品のグローバル開発におけるレギュラトリーサイエンスの役割」(日薬理誌 148 2016))

18

「レギュラトリーサイエンスとは我々の身の回りの物質や現象について、その成因や機構、量的と質的な実態、および有効性や有害性の影響をより的確に知るための方法を編み出し、その成果を用いてそれぞれの有効性と安全性を予測・評価し、行政を通じて国民の健康に資する科学です。

薬学の分野では、レギュラトリーサイエンスの対象として医薬品、食品、生活環境等があげられます。具体的には、医薬品・医療機器・化粧品等での品質・有効性・安全性確保のための科学的方策の研究や試験法の開発、さらに実際の規制のためのデータの作成と評価などです。」「レギュラトリーサイエンスとは」日本薬学会 https://www.nihs.go.jp/dec/rs/whats_rs.html

19

家入一郎、樋口駿、YAKUGAKU ZASSHI 129(2) 231―235 (2009)

20

小村 純子、伊藤達也、中井亜紀、緒方映子、今井麻貴、臨床薬理、2004 年 35 巻 1 号

22

50年代に次の声明が出されている。ユネスコ声明「人種問題についての専門家によるユネスコ声明―社会科学者による[見解]」1950 ユネスコ声明「人種問題についての専門家によるユネスコ声明―自然科学者による[見解]」1951

23

『人種差別の実体アパルトヘイトとは……』国際連合広報センター 1968

24

竹村康子「人種概念の包括的理解に向けて」、竹村編『人種概念の普遍性を問う』、人文書院、2005、58-9

25

竹村、前掲書、61ページ。

26

「人種の違いは、遺伝学的には大した差ではない」https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/101800399/ ナショナルジオグラフィック日本語版、英国人遺伝学者アダム・ラザフォードへのインタビュー。 ドロシー・ロバーツ: 人種に基づく医学の問題 | TED Talk https://www.ted.com/talks/dorothy_roberts_the_problem_with_race_based_medicine/transcript?language=ja

27

民族衛生学会が1930に設立されていることは記憶されてよいことかもしれない。「民族」という学会名は長年の議論を経てやっと2017年に日本健康学会に改称する。この学会の沿革を学会のウエッブから引用しておく。厚労省の民族や人種への執着とどこかで通底するところがあるのではないだろうか。

「学会設立の発会式には首相を含む政治家が多く出席し、設立趣旨としても「生命の根幹を浄化し培養せんとする・・・」「政治・経済・法律・宗教の浄化」も謳うなど、かなり思想的な動機を持った集まりであったことがうかがわれる。機関誌「民族衛生」の創刊号で、設立の中心的人物であった永井潜は、学会の使命を「民族としての人間本質の改善に外ならない」とし、その改善のためには環境の改善は無力であり、遺伝的性質に働きかけるべきという優生運動的主張を展開している。

学会は1935年からは、より啓蒙的・実践的活動を中心とするため「民族衛生協会」と改称、研究は協会内の「学術部」が担当した(この学術部の別名が民族衛生学会であった)。永井は1937年に同じ研究室の福田邦三に理事長を引き継いでいる。1958年に「協会」と分離し、学術に中心を置いた「学会」が復活するまで終戦を挟む25年間弱、断種法や日本民族優生保護法などの法案の案文作りに積極的にかかわったり、これらの法案を議論する政府委員会を支えるなど、一貫して優生思想を推進したことが指摘されている。

こうしたpro-優生思想的なスタンスは戦後にも残り、1946年の「民族衛生」の巻頭言において、永井は再び断種法や国民優勢法などの重要性を強調している。この間、1940年には「国民優勢法」が国会で成立、終戦をはさんで1948には同法を廃止して、「優生保護法」が制定された。前者の成立に民族衛生学会を含む協会が強くコミットしたことは間違いないが、後者の成立において積極的な関与があったのか否かは定かでない。永井は、終戦後も優生運動についての見方を変えることがなく、1956年に最後の著書「性教育」(雄山閣出版)を発刊し、1957年に亡くなった。永井の逝去と関係があると思われるが、翌1958年、民族衛生学会は協会と分離し、独自の会長・執行部と会則を持った学術団体となった。」 (歴史と沿革 https://jshhe.com/about/history) なお下記も参照。莇昭三「15年戦争と日本民族衛生学会(その1) 「15年戦争と日本の医学医療研究会会誌」3ー2 2003、5月。「15年戦争と日本民族衛生学会(その2)「15年戦争と日本の医学医療研究会会誌」4ー2 2004、6月。また日本のワクチンメーカーと戦争協力については以下を参照。田井中 克人「731部隊とワクチンメーカー」「15年戦争と日本の医学医療研究会会誌」7ー2 2007、6月。

Facebook、Twitter、YouTubeへの公開書簡。中東・北アフリカの批判的な声を黙らせるのはやめなさい

以下の声明は、「アラブの春」10周年にあたり、複数の団体が、現在中東や北アフリカ地域で恒常化しているプラットーム企業(FacebookやTwitter、Youtubeなど)が反政府運動や人権活動家のSNSでの発信を規制したり排除する事態になっていることに対する憂慮として出されました。いくつかの事例が例示されていますが、これら氷山の一角といわれている出来事だけをとっても非常に深刻です。しかも声明で指摘されているように世界規模で権威主義的な政権が拡大をみせており、中東北アフリカで起きていることはこの地域の例外とはいえないでしょう。私たちがこうした問題を考えるときに大切なことは、プラットーム企業は日本でも多くのユーザを抱えており、またアクティビストにとっても必須ともいえるコミュニケーションのツールになっているという点です。その結果として、プラットーム企業への運動の依存が、プラットーム企業の権威的な価値を支えてしまうという側面があります。FacebookやTwitterで拡散することが確かに運動を多くの人々に知ってもらうための道具として便利であり、そうであるが故に、これらの企業が私たちから隠された場所で、密かに権威主義的な政府と密通して活動家やジャーナリストの自由を奪うことに加担しているという側面を、事実上黙認しがちです。私たちがSNSなどの道具とどのように向き合い、どのように彼らからそのコンテンツ・モデレーターとしての権力を奪い返すかが課題になるでしょう。こうした課題を(これまでの通例ではありがちですが)法に代表されるような公的な規制に服させるかという方向で模索することももはやできなくなりつつあります。なぜなら多くの国もまた権威主義的になっており、法の支配や民主主義は私たちの権利のためには機能しないようになりつつあるからです。SNSの時代に、グローバルなプラットーム企業と権威主義国家の二つの権力に対して私たちの社会的平等と自由を構想するためには、たぶん、これまでにはなかった権利をめぐるパラダイムが必要になると思います。(訳者:小倉利丸)


画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: Arab-spring-10-anniversary-platform-responsibility-post-header-1024x260.jpg Facebook、Twitter、YouTubeへの公開書簡。中東・北アフリカの批判的な声を黙らせるのはやめなさい。

2020年12月17日|午前10時00分

10年前の今日、チュニジアの26歳の露天商モハメド・ブウアジジは、不公平と国家によるマージナライゼーションに抗議しテ焼身自殺し、これがチュニジア、エジプトなど中東や北アフリカ諸国の大規模な反乱に火をつけました。

アラブの春の10周年を迎えるにあたり、私たち、署名した活動家、ジャーナリスト、人権団体は、プラットフォーム企業のポリシーやコンテンツのモデレーション手続きが、中東と北アフリカ全域で、疎外され、抑圧されたコミュニティの批判的な声を黙らせ、排除することにつながることがあまりにも多いことに対して、私たちは不満と落胆を表明するために結集しました。

アラブの春は多くの理由から歴史的な出来事であり、その傑出した遺産の一つは、活動家や市民がソーシャルメディアを使っていかにして政治的変化と社会正義を推し進め、デジタル時代における人権の不可欠な成功要因としてインターネットを確たるものにしたのかということにあります。

ソーシャルメディア企業は、人々をつなぐ役割を果たしていると自負しています。マーク・ザtッカーバーグが2012年に創業者の有名な書簡のなかでで「人々に共有する力を与えることで、人と人とを結びつける役割を果たす」として次のように書いています。

「人々に共有する力を与えることによって、歴史的に可能になったことは、様々な規模で人々の声を聞くことができるようになってきたということです。このような声は数も量も増えていくでしょう。無視することはできません。時間が経てば、政府は少数の人々によって支配されているメディアを介するのではなく、すべての人々によって直接提起された問題や懸念に対して、より一層応答するようになると予想されます」。

ザッカーバーグの予測は間違っていました。それどころか、世界中で権威主義を選択する政府が増え、プラットフォーム企業は、抑圧的な国家元首と取引をしたり独裁者に門戸を開いたり、主要な活動家やジャーナリスト、その他のチェンジメーカーを検閲したり、時には他の政府からの要請に応じて、彼らの抑圧に貢献してきました。たとえば、

チュニジア:2020年6月、Facebookはチュニジアの活動家、ジャーナリスト、音楽家の60以上のアカウントを、ほとんど確証が得られないという理由で永久的に無効化しました。市民社会団体の迅速な反応のおかげで、多くのアカウントは復活しましたが、チュニジアのアーティストやミュージシャンのアカウントはいまだに復活していません。私たちはこの問題についてFacebookに共同書簡を送りましたが、公的な反応は得られませんでした。 シリア:2020年初頭、シリアの活動家たちは、テロリストのコンテンツを削除することを口実に、2011年以降の戦争犯罪を記録した数千もの反アサドのアカウントやページを削除/無効化するというFacebookの決定を糾弾するキャンペーンを開始しました。訴えにもかかわらず、それらのアカウントの多くは停止されたままです。同様に、シリア人は、YouTubeが文字通り自分たちの歴史をいかに消し去っているのかを記録しています。 パレスチナ:パレスチナの活動家やソーシャルメディアのユーザーは、2016年からソーシャルメディア企業の検閲行為に対する注意喚起ののキャンペーンを行ってきました。2020年5月には、パレスチナの活動家やジャーナリストのFacebookアカウントが少なくとも52件停止され、その後もさらに多くのアカウントが制限されています。Twitterは、確認がとれているメディア機関Quds News Networkのアカウントを停止し、同機関がテロリストグループと関連している疑いがあると報じました。この問題を調査するようTwitterに要請しても、回答は得られていません。パレスチナのソーシャルメディアユーザーは、差別的なプラットフォームポリシーについて何度も懸念を表明しています。 エジプト:2019年10月初旬、Twitterはエジプトでのシーシー政権抗議デモの噴出を直接受けて、エジプトと国外にに住む離散エジプト人反体制派のアカウントを一斉に停止しました。Twitterは2017年12月に35万人以上のフォロワーを持つ1人の活動家のアカウントを一時停止し、そのアカウントはいまだに復活されていません。同じ活動家のフェイスブックのアカウントも2017年11月に停止され、国際的な介入を受けて初めて復活しました。YouTubeは2007年以前に彼のアカウントを削除しています。

このような例はあまりにも多く、これらのプラットフォームは彼らのことを気にかけておらず、懸念が提起されたときに人権活動家たちを保護できないことが多く、このことは、中東北アフリカ地域とグローバル・サウスの活動家やユーザーの間で広く共有されている認識となっています。

恣意的で透明性のないアカウントの停止や政治的言論や反対意見の言論を削除することは、非常に頻繁かつ組織的に行われるようになっており、これらは一回だけの事でもなければ自動化された意思決定のなかで生じる一過性のエラーだとは言い切れません。

FacebookやlTwitterは、(特に米国と欧州の)活動家や人権団体といった民間の人権擁護者の世論の反発に迅速に対応する一方で、ほとんどの場合、中東北アフリカ地域の人権擁護者への対応は十分とはいえません。エンドユーザーは、どのルールに違反したかを知らされていないことが多く、人間のモデレーターに訴える手段が提供されていません。

救済と改善は、権力にアクセスできる者や声を上げることができる者だけの特権であってはなりません。こうした現状を黙認することはできません。

中東北アフリカ地域は、表現の自由に関する世界で最悪の記録を保持しており、ソーシャルメディアは、人々が繋がり、組織化し、人権侵害や虐待を記録するのを支援する上で重要であり続けています。

私たちは、抑圧されたコミュニティでの語りや歴史への検閲や削除に加担しないよう強く求め、地域全体のユーザーが公平に扱われ、自由な自己表現ができるようにするために、以下の措置を実施するよう求めます。

・恣意的・不当な差別を行わないこと。地域の利用者、活動家、人権専門家、学者、中東北アフリカ地域の市民社会と積極的に関わり、異議申し立てへの検証を行うこと。政策、製品、サービスを実施、開発、改訂する際には、地域の政治的、社会的、文化的な複数の文脈やニュアンスを考慮しなければなりません。 ・中東・北アフリカ地域における人権の枠組みに沿った文脈に基づいたコンテンツのモデレーションの決定を開発し、実施するために、必要となる地域や地域の専門知識に投資すること。 最低限必要なのは、アラブ22カ国の多様な方言やアラビア語の話し方を理解しているコンテンツ・モデレーターを雇うことでしょう。これらのモデレーターには、安全かつ健全に、上級管理職を含む仲間と相談しながら仕事をするのに必要なサポートが提供されるべきです。 ・コンテンツの修正の決定が、疎外されたコミュニティを不当に標的にしないために、戦争や紛争地域から発生した事例に特別な注意を払うこと。例えば、人権の誤用や人権侵害の証拠となる文書は、テロリストや過激派のコンテンツを広めたり賛美したりすることとは異なる合法的な活動です。テロリズムに対抗するためのグローバル・インターネット・フォーラムへの最近の書簡で指摘されているように、テロリストや暴力的過激派(TVEC)のコンテンツの定義と節度については、より透明性が必要です。 ・Facebookが利用できないようにしている戦争・紛争地域で発生した事件に関連する制限付きコンテンツは、被害者および加害者に責任を問おうとする組織にとって証拠となる可能性があるため、保存されるべきです。このようなコンテンツが、国際司法当局や国内司法当局に不当に遅延させられることなく提供されるべきです。 ・技術的な誤りに対する公式の謝罪だけでは不十分であり、間違ったコンテンツのモデレーションが修正されなければなりません。企業は、より一層の透明性と告知を提供し、ユーザーに有意義でタイムリーなアピールを提供しなければなりません。Facebook、Twitter、YouTubeが2019年に支持した「コンテンツモデレーションにおける透明性と説明責任に関するサンタクララの原則」は、直ちに実施すべき基本的なガイドラインを示しています。

署名

Access Now

Arabic Network for Human Rights Information (ANHRI)

Article 19

Association for Progressive Communications (APC)

Association Tunisienne de Prévention Positive

Avaaz

Cairo Institute for Human Rights Studies (CIHRS)

The Computational Propaganda Project

Daaarb — News — website

Egyptian Initiative for Personal Rights

Electronic Frontier Foundation

Euro-Mediterranean Human Rights Monitor

Global Voices

Gulf Centre for Human Rights, GC4HR

Hossam el-Hamalawy, journalist and member of the Egyptian Revolutionary Socialists  Organization

Humena for Human Rights and Civic Engagement

IFEX

Ilam- Media Center For Arab Palestinians In Israel

ImpACT International for Human Rights Policies

Initiative Mawjoudin pour l’égalité

Iraqi Network for Social Media – INSMnetwork

I WATCH Organisation (Transparency International — Tunisia)

Khaled Elbalshy, Editor in Chief, Daaarb website

Mahmoud Ghazayel,  Independent

Marlena Wisniak, European Center for Not-for-Profit Law

Masaar — Technology and Law Community

Michael Karanicolas, Wikimedia/Yale Law School Initiative on Intermediaries and Information

Mohamed Suliman, Internet activist

My.Kali magazine — Middle East and North Africa

Palestine Digital Rights Coalition, PDRC

The Palestine Institute for Public Diplomacy

Pen Iraq

Quds News Network

Ranking Digital Rights

Dr. Rasha Abdulla, Professor, The American University in Cairo

Rima Sghaier, Independent

Sada Social Center

Skyline International for Human Rights

SMEX

Soheil Human, Vienna University of Economics and Business / Sustainable Computing Lab

The Sustainable Computing Lab

Syrian Center for Media and Freedom of Expression (SCM)

The Tahrir Institute for Middle East Policy (TIMEP)

Taraaz

Temi Lasade-Anderson, Digital Action

Vigilance Association for Democracy and the Civic State — Tunisia

WITNESS

7amleh — The Arab Center for the Advancement of Social Media

出典:https://www.alt-movements.org/no_more_capitalism/hankanshi-info/knowledge-base/facebook-twitter-youtube-stop-silencing-critical-voices-mena_jp/ 英語原文:https://www.accessnow.org/facebook-twitter-youtube-stop-silencing-critical-voices-mena/

付記:下訳にhttps://www.deepl.com/translatorを使いました。

無料ユーザには端末間暗号化を使わせない。捜査機関との協力を明言したZoom

(2020/6/17追記が最後にあります)

米国の暗号研究者、ブルース・シュナイアーのブログから。シュナイアーは私が信頼する研究者の一人。飜訳も2000年代はじめから何冊もあります。

彼はZoomのプライバシーとセクキュリティのずさんさを批判してきたが、同時に必至になって対処するZoomの動向についてもある意味で好意的な面もあり、冷静に技術としてのZoomが人々のセキュリティ(国家のセキュリティとは真逆だと思う)とプライバシーとの関連で評価してきたと思います。私のように暗号技術の素人は、リスクがあれば使わないという選択肢をとることで自衛するわけですが、彼は専門家だから単純な選択はできないでしょう。

Zoomは有料でなければ端末間暗号化を使えず、警察への協力もする。米国での話ですが、もちろん日本のZoomも右へならえでしょう。しかし、今日の東京新聞でも市民運動の「テレワーク」というと当然のようにZoomが登場。共謀罪や盗聴法があり、警察への任意捜査が横行しているなかで端末間暗号化がなされないオンライン会議など使うべきではないと思います。下記のブログにあるように海外の反応ははっきりしています。警察に協力するようなコミュニケーション企業とは縁を切る、ということです。Black Lives Matterは実社会だけでなく、オンラインを監視する警察の場合でも同じことがありえるのです。日本も同様です。

とりわけシュナイアーも皆心配しているのはターゲットになるのは、政府に抗議している活動家やジャーナリスト。捜査機関も政府も多くの人たちが端末間暗号化を使うようになることを危惧しているとすれば、私たちはむしろこうしたツールをきちんと選択して使う必要があります。

AmazonといいZoomといい、警察や政府への協力がこれほどまでに横行しているなかで、私たちはコミュニケーションのツールをどう選択するのかを真剣に議論すべきで、便利が選択肢に入れてはいけないと思います。不便こそが知恵を生み出すもとだと思います。小倉利丸

============================================
Zoomのユーザーセキュリティは、有料か無料かで異なる
ブルース・シュナイアー
https://www.schneier.com/crypto-gram/archives/2020/0615.html#cg15

[2020.06.04]

ズームは非常に順調に対処してきていたが、今はこうなっている。

「企業のクライアントは、現在開発中のZoomの端末間暗号化サービスにアクセスできるようになり、これは第三者の通信解読を不可能にするが、無料ユーザーはこのレベルのプライバシーを享受できない。

ユアン氏(ZoomのCEO)は、電話で、『確かに、無料のユーザーにはこのサービスを提供しようとは思っていません。私たちは、一部の人々がZoomを悪用する場合に備えて、FBIや法執行機関と協力したいと考えています』と述べた。」(注)
(注)
https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-06-02/zoom-transforms-hype-into-huge-jump-in-sales-customers

これはばかげている。テロリスト/ドラッグキングピン/マネーロンダラーの隠れ家のシーンを想像してみてほしい。「すいません、ボス。悪巧みをFBIから保護するための強力な暗号化を利用できたかもしれないんです。(Zoomの有料化に必要な)20ドル(注)の余裕がありません。」このZoomの決
定は、抗議の活動家と反体制派、人権活動家とジャーナリストにのみ影響を及ぼす。

(注)https://zoom.us/pricing 日本の場合は月2000円から。

ダメージコントロールの活動をしているアドバイザーのアレックス・スタモスAlex Stamosは次のように言う。

「ニコ(Nico Grant、Bloombergのテクノロジー記者)、無料通話は暗号化されないと言っているのは間違っています。これは、さまざまの危害の間のバランスを取る行為が本当に難しいことがわかっている。詳細はこちら:

Zoomの現在の端末間暗号化計画に関するいくつかの事実は、エンタープライズ会議製品の製品要件といくつかの適法な安全性の問題によって複雑化している。端末間暗号化の設計はここから入手できる:
https://github.com/zoom/zoom-e2e-whitepaper/blob/master/zoom_e2e.pdf

私はこのZoomのドキュメントを読んだが、端末間暗号化が有料の顧客にのみ利用可能な理由は説明されていない。また、スタモスは「暗号化された」と言ったのであって「端末間で暗号化されている」とは言っていないことに注意すべきだ。彼はこの違いを知っているはずだ。

とにかく、人々は彼の発言に腹を立てている。(注1)そして昨日、ユアンは事情を明確にしようとした。(注2)

(注1)https://twitter.com/JagAttorney/status/1268051005087744000?ref_src=twsrc%5Etfw
Zoomが警察と協力するために端末間暗号化を制限していることへの批判をめぐるツィッターの投稿。Joel Alan Gaffneyは、自身の法律事務所のzoomのアカウントを削除した。

(注2)https://www.bloomberg.com/news/articles/2020-06-03/zoom-s-pledge-to-work-with-law-enforcement-spurs-online-blowback

「ユアンは水曜日の週1回のウェビナーでユーザーの懸念を和らげようと努め、同社は虐待がZoomのプラットフォームを通じて時々放映される子供やヘイト犯罪の被害者など脆弱なグループのために『正しいことをする』よう努めていると述べた。

『私たちは、身元を確認できるユーザーに端末間暗号化を提供し、これにより脆弱なグループへの被害を制限するつもりだ』として次のようにユアンは語った。

「Zoomは会議のコンテンツを監視しないことを明確にしたい。Zoomの従業員や法執行機関などの参加者が他の人に知られることなく会議に参加できるようなバックドアはありません。これについては変更はされません。」

特に、彼が無料のプラットフォームのユーザーに端末間暗号化を提供するとは言わなかったことに注意すべきだ。端末間暗号化を利用できるのは「私たちが身元を確認できるユーザー」だけであり、これはZoomにクレジットカード番号を提供するユーザーを意味すると思われる。

ZoomのTwitterフィードも同様に以下のよにいやいやながら言い逃れをした。(注)

(注)
https://twitter.com/zoom_us/status/1268300307810770945?ref_src=twsrc%5Egoogle%7Ctwcamp%5Eserp%7Ctwgr%5Etweet

「今日のTwitterでは、暗号化に関していくつかの誤解が見られます。事実を示したい。
Zoomは、子どもの性的虐待などの状況を除き、法執行機関に情報を提供しません。
Zoomは、会議のコンテンツを事前に監視しません。
Zoomには、Zoomや他の人が参加者に見えなくても会議に参加できるバックドアはありません。
Zoomのすべてのユーザーに対して、AES 256 GCM暗号化が有効になっています(無料、有料)。」

これらの事実は、「誤解」とは何の関係もない。「誤解」に関係するのは端末間暗号化に関するものであり、Zoomの表明では、その最後の文からわかるように、非常に明確に端末間暗号化は除外されている。(訳注)企業コミュニケーションは明確で一貫している。

(訳注)AES 256とは、共通鍵暗号アルゴリズム。GCMはブロック暗号の暗号利用モードの一つであり、認証付き暗号の一つ。(Wikipediaより) シュナイアーによるZoomのセキュリティとプライバシーについてのブログ記事も参照。
Security and Privacy Implications of Zoom
https://www.schneier.com/blog/archives/2020/04/security_and_pr_1.html

さあ、ズーム。Zoomはとてもうまく問題に対処してきた。(注)もちろん、有料の顧客にはプレミアム機能を提供する必要があるが、それらのプレミアム機能にセキュリティとプライバシーを含めるべきではない。こうした機能は誰でも利用できるようにすべきだ。

(注)Securing Internet Videoconferencing Apps: Zoom and Others https://www.schneier.com/blog/archives/2020/04/secure_internet.html

そして、これは現在の状況のなかでは、抗議者に対して警察に味方にする一種の愚かなことだ。

私は、CEOにメールした。返信があれば報告する。しかし今のところ、無料バージョンのZoomは端末間暗号化をサポートしないと想定することになる。

追記(6/4):別の記事はここ(注)。
(注) LILY HAY NEWMAN Zoom’s End-to-End Encryption Will Be for
Paying Customers Only
https://www.wired.com/story/zoom-end-to-end-encryption-paid-accounts/

これは技術的にも政治的にも複雑な問題だということを理解している。(ただし、Jitsi(注1)はこれを行っている。)そして、多くの人々が端末間暗号化とリンクの暗号化を混同している。(注2) (私の読者はそれよりも洗練されている傾向があるが。)「端末間暗号化は、検証できる有料の顧客にのみ提供されるというが、「悪い目的」の人々が有料アカウントを使うだろうという証拠は多くあり、暗号化自体が広く利用可能である場合には危険があるというふうに、危険についての議論が展開していくことを危惧している。そして、私は、子どもの搾取の可能性が多数の安全を否定する正当な理由になるという考えには同意しない。

(注1) https://jitsi.org/blog/e2ee/
Jitsi-meetの端末間暗号化。訳注:現在はChromeのユーザーにのみ対応。もちろん無料。Jitsは厳密な意味での端末間暗号化にはならず、Jitsiを設置しているサーバーで一度復号され再度暗号化されて配信される。だから、セキュリティに万全を期すには、素性のはっきりした信頼できるサーバーを使うか、自分でJitsiのサーバーを立てることが必要になる。自分でサーバー立てる場合でも月1000円程度の個人ユースのレンタルサーバーでも設置可能。Linuxサーバーの初歩的な知識は必要。

(注2) https://twitter.com/TaylorOgan/status/1268276860380680194

この問題について、マシュー・グリーンのTwitterからの抜粋(注):

端末間暗号化が多くの人々の手にわたるには「危険」すぎるという前例がつくられてしまうと、この魔神がボトルから出てしまう。また、アメリカの企業がプライベートなコミュニケーションは政治的にリスクが高いため導入できないということを認めると、これを元に戻すのは困難になる。

(注)https://twitter.com/matthew_d_green/status/1268133304605323266

Signal(注)から:

誰もが無料で使用できる、端末間暗号化のグループビデオ通話機能の開発に協力してみませんか?私たちのキャリアページを拡大している。

(注)https://signal.org/workworkwork/
Signalは端末間暗号化を提供しているチャットアプリ。グループでのチャットはできるが、ビデオは一対一のみ。現在グループでのビデオ通話を開発中で協力者を募っている。

追記

署名運動があります。下記です。どうしてもZoomを使わざるをえないなら端末間暗号化は不可欠なので署名をぜひ。

Tell Zoom to protect all users from police surveillance, hackers, and cyber-criminals
https://actionnetwork.org/petitions/tell-zoom-to-keep-people-safe/?link_id=2&can_id=68ec6ad0f302009b8a3cb08967aa6ae6&source=email-zoom-wants-to-share-calls-with-police-4&email_referrer=email_830545&email_subject=zoom-wants-to-share-calls-with-police

Zoomが天安門関連集会を中国政府の要求で閉鎖

以下、いくつかのメーリングリストに投稿した文章を転載します。

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日本のメディアでどのくらい報道されているかわかりませんが、6月11日にZoomは以下にあるような声明を出しました。5月から6月にかけて開催された4つの天安門事件関連のZoom会議に対して、中国政府が開催の中止と主催者のアカウントの削除を要求し、これにZoomが応じたという問題についての声明です。私はこの声明に納得できません。

Zoomは、今後、各国の政府が集会を中止するよな要求を出した場合に、その国から参加することができないように設計変更することを約束しています。これはIPアドレスの国別割り当てなどで制御するのであれば比較的容易と思います。このIPアドレスの割り当てによる規制を回避するとすれば、たとえばTorブラウザなどを利用することになりますが、Torが利用しているIPも全て使用できないようにする、更にはVPNも使わせないといった処置に進展しかねないと思います。

国内法に即して参加の可否を判断するという措置をZoomは、各国の国内法を遵守するものであるとし、違法ではない国の参加者の参加を妨げるものではないということから、正当化しようとしています。しかし、今回の場合、中国本土、香港、そして各国の参加者が国境を越えて議論できる場になることが重要なのであって、中国本土から参加できないのであれば、他の国の参加者の参加の自由があっても、これを集会の自由とは言わないでしょう。ちなみに。私は今回の4つのZoom会議がどのような傾向をもって天安門の事件に取り組んでいるグループが主催しているのかは全く把握できていません。反中国親トランプの勢力かもしれないわけですが、このことは事柄の本質とは関係ないと思っています。米中の大国のいずれにも異議を申し立てる運動がこうした国境を越えた連帯が作れていないのなら、それは私たちの反省材料でしかないからです。

今後、中国に限らず、日本であれどこであれ、国内法に違反すると政府や警察など行政権力がZoomに申し立てした場合、Zoomはこれを受け入れるということです。会議を中止されたりアカウントを廃止された場合の異議申し立ての手続きについては以下の声明でも一切言及されていません。これまでも捜査当局の任意の捜査に協力することを当然としてきた日本のIT業界のありかたや、共謀罪のある日本では、Zoom日本法人がいったいどのような措置をとるのか、楽観できないと思います。

しかも、Zoomは、将来の訴訟に備えて、政府側の言い分に従って、会議を中止したり、アカウントを剥奪することが妥当であることを証明するために、会議参加者のアカウントやプロファイル、会議のコンテンツなど「証拠」になるものを収集する可能性もありえます。

Zoomがこうした対応をとらざるをえなくなったのは、会議室の内容や主催者のアカウントを管理しているからです。会議室の内容、参加者について一切の情報を取得しないか、暗号化されていて内容を把握できない環境をインフラを提供する側が構築していた場合、こうした権力の介入に対してはより強い立場をとることができます。この意味でJitsi-meetのような主催者も参加者も管理しないで暗号化する会議室のシステムは人権を守る上で重要になります。

Zoomのもうひとつの弱点は、Zoomが中国を無視できないグローバルビジネスモデルを基盤にしているからです。そしてAPは、Zoomの本社は米国だが研究開発の拠点は中国にあると報じている。
https://apnews.com/2ba80f30ecaf5aa37852164c3d149514

こうした言論弾圧が起きるたびに、日本の右翼や右派メディアは欣喜雀躍してレイシスト的な中国叩きをします。しかし、問題の本質は、どこの国であれ、国境を越えたオンライン会議が自国の国益に反することはないのか、誰が参加しているのかを監視しようとする動機を十分にもっており、対処の手段を権威主義的な手法をとるのか、より巧妙な民主主義や法の支配の仮面をかぶって実行するかの違いがあるにすぎません。

天安門事件については、中国の軍が関与した弁解の余地のない虐殺行為であって中国政府を擁護できる余地は一切ないと考えています。歴史上、ドイツもイタリアもファシズムの主張は「社会主義」を巧妙に転用してきた経緯があり、日本の戦前の植民地支配の正当化もまた欧米帝国主義からアジアを解放するという欺瞞に転向マルクス主義者が加担した歴史をもっています。私は左翼のはしくれですから、さまざまな反共主義者や右翼がこうした事件をひきあいに出してコミュニズムや反資本主義の考え方を否定しようとするスタンスとも一切の共通した理解をもっていません。だからこそ、左翼にとって自由と文化の問題は最大の課題だと思っています。経済的平等については多くの議論の蓄積がありますが、自由という課題はまだ十分な議論ができているとは思えません。ネットのコミュニケーションの権利と自由もまた同様に議論半ばと思います。

オンライン会議でZoomを使わざるをえない事情がありうることを理解はしますが、この会社が人々の言論表現の自由よりも当局の判断を優先させる会社だということを理解した上で、参加している国外に人たちのリスクも考慮して使うべきでしょう。しかし、可能であれば、Zoomのようなビジネスモデルに頼らない環境を作りたいと思います。

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6月11日Zoomの声明(前書きを除いた全文)

Improving Our Policies as We Continue to Enable Global Collaboration


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主な事実
5月から6月上旬にかけて、会議の詳細を含めてソーシャルメディアで公開された4つの6月4日を記念するZoomの集会について、中国政府から通知うを受けた。中国政府はこの活動が中国では違法であることを通知し、Zoom に会議とホストアカウントの停止を要求してきた。

われわれは、中国政府にユーザー情報や会議コンテンツを提供することはしていない。誰かがひそかに会議に参加できるようなバックドアもない。

中国当局は我々が会議中止の行動を起こすように要求した会議の1つについては、中国本土からの参加者がいなかったため、会議を邪魔するようなことはしない選択をした。

4つの会議のうち2つについては、米国に本拠を置くZoomチームが会議の進行中に会議のメタデータ(IPアドレスなど)を確認し、中国本土のかなりの数の参加者がいることをを確認した。

4番目の会議では、中国政府は6月4日の記念イベントを参照する会議へのソーシャルメディアの招待を示し、会議を中止するよう要求した。中国当局はまた、このアカウントに基づく以前の会議が違法であると見なしていることを私たちに通知した。米国を拠点とするZoomチームは、この以前の会議に中国本土からの参加者が出席していることを確認した。

現在、Zoomには、特定の参加者を会議から削除したり、特定の国の参加者を会議に参加させたりする機能はない。そのため、4つの会議のうち3つを中止し、3つの会議に関連するホストアカウントを一時停止または廃止することを決定した。

我々が期待に沿えなかった理由

我々は、現地の法律を遵守するのに必要な行動をとるよう努めている。我々の対応は、中国本土以外のユーザーに影響を与えてはならない。我々は2つの間違いをした:

我々は、香港特別行政区にあるアカウントをひとつ、米国にあるホストアカウント二つを一時停止または廃止にした。我々はこれら3つのホストアカウントを復活させた。

国ごとに参加者をブロックするのではなく、会議を閉鎖した。現在、国ごとに参加者をブロックする機能はない。この必要性は予想できたといえる。大きな反響があったかもしれないが、会議を継続させることもできた。

我々が取っている行動

今後、Zoomは中国政府からの要求が中国本土以外の人に影響を与えないようにする。

Zoomは、地理に基づいて参加者レベルで削除またはブロックできるようにする技術を今後数日間で開発する。これにより、我々のプラットフォームでの活動が国内で違法であると判断した場合に、地域の当局の要求に応じることができる。ただし、その活動が許されている国の参加者の議論を保護することも可能にする。

我々は、要求の種類に応じて、当社のグローバルポリシーを改善する。2020年6月30日までに公開される透明性レポートの一部として、このポリシーの概要を説明する。

ビジネス、教育、ヘルスケア、およびその他の専門的な取り組みのために人々をつなぐことに加えて、このグローバルなパンデミックにあって、Zoomは世界中の人々がつながるために選択されるプラットフォームになった。Zoomは、我々がグローバルに果たしている役割を誇りに思っており、コミュニティが集まり、組織し、共同作業し、祝うためにアイデアと会話をオープンに交換することを完全にサポートする。