オリンピックと戦争──感情の同調回路からの切断へ
オリンピックへの批判は、金がかかるとか誘致の過程が不透明だとか、不正・腐敗の疑惑がある。様々ありながら、オンピックは、崇高なスポーツの精神をこうした政治や金がらみのメガイベントにすることで汚しているといったスタンスの批判が大方だ。初心に帰れということだろう。スポーツそのものには問題はなく、スポーツを政治や金儲けに利用することが問題だという発想は根強い。しかし、政治や金儲けと無関係にスポーツが成り立ったことはあるのだろうか。そんなことはあったためしがない。 しかし、そもそもスポーツがそんなに立派なものなのかぼくにはまったく理解できない。もちろん、文化系のあれやこれや──文学とか音楽とか美術とか──とか、理系のあれこれ──数学とか物理学とか生物学とか──もまた立派なものと思ったことはない。大体が学校で教わって、最終的には様々に学んだものが数字(点数)に化けて一丁上りという仕組みに立派なものなどない。点数とか数字に化けるものはおしなべて空しい。ただ空しいだけだと思う。 ぼくは、小学生の頃、校内でベストスリーに入る肥満児だった。だから体育の成績がよかったことはない。かといって、他 […]