サイバー戦争放棄の観点から安保・防衛3文書の「サイバー」を批判する(2)――従来の戦争概念を逸脱するハイブリッド戦争

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サイバー戦争放棄の観点から安保・防衛3文書の「サイバー」を批判する(1)

1. 武力攻撃以前の戦争?

国家安全保障戦略にはハイブリッド戦という概念も登場する。たとえば、以下のような文言がある。

サイバー空間、海洋、宇宙空間、電磁波領域等において、自由なア クセスやその活用を妨げるリスクが深刻化している。特に、相対的に 露見するリスクが低く、攻撃者側が優位にあるサイバー攻撃の脅威は 急速に高まっている。サイバー攻撃による重要インフラの機能停止や 破壊、他国の選挙への干渉、身代金の要求、機微情報の窃取等は、国 家を背景とした形でも平素から行われている。そして、武力攻撃の前 から偽情報の拡散等を通じた情報戦が展開されるなど、軍事目的遂行 のために軍事的な手段と非軍事的な手段を組み合わせるハイブリッド 戦が、今後更に洗練された形で実施される可能性が高い。 p.7

ここでは、「武力攻撃の前 から偽情報の拡散等を通じた情報戦」などのハイブリッド戦に着目している。ハイブリッドが意味するのは、従来からの陸海空による武力行使としての「戦」とともに、これらに含まれず、武力行使のカテゴリーにも含まれないが戦争の一環をなす攻撃領域を指している。だから、「ハイブリッド戦」は、従来の武力行使の概念を越えて広がりをもつ特異な戦争=有事の事態の存在を示している。この観点からすると、情報戦は、ハイブリッド戦の一部として位置づけうるものだ。そして、前回論じたグレーゾーン事態の認識は、このハイブリッド戦を展開するための「戦場」認識になる。ここでは、平時であってもハイブリッド戦のなかの情報戦は遂行可能であり、これは有事(戦時)における情報戦とはその役割も行動も異なるが、平時だから「戦」は存在しない、ということにはならない、という語義矛盾をはらむ認識が、少なくとも国家安全保障戦略のハイブリッド戦理解の前提にはある。この矛盾を巧妙に隠蔽するのがグレーゾーン事態になる。ロシアのウクライナへの侵略に際してもハイブリッド戦という文言が用いられたが、この場合は、武力行使とほぼ同時に通信網へのサイバー攻撃や偽情報の拡散などによる攪乱といった軍事行動を指す場合になる。1他方で国家安全保障戦略のハイブリッド戦の概念は、戦時だけではなくグレーゾーンから平時までを包括して、そもそもの武力攻撃と直接関連しないようなケースまで含めた非常に幅広いものになっている。これは、9条の悪しき副作用でもある。戦争放棄の建前から、戦時(有事)を想定した軍事安全保障の組織的な展開を描くことができないために、むしろ災害を有事に組み込んで自衛隊の役割を肥大化させてきたように、本来であれば軍事安全保障とは関わるべきではない領域が主要な軍事的な戦略のターゲットに格上げされてしまっているのだ。

2. 戦争放棄概念の無力化

「武力攻撃の前」にも「情報戦」などのハイブリッド戦と呼ばれるある種の「戦争」が存在するという認識は、そもそもの「戦争」概念を根底から覆すものだ。憲法9条に引きつけていえば、いったい放棄すべき戦争というのは、どこからどこまでを指すのかが曖昧になることで、放棄すべき戦争状態それ事態が明確に把えられなくなってしまった。いわゆる従来型の陸海空の兵力を用いた実力行使を戦争とみなすと、武力攻撃以前の「戦」は放棄の対象となる戦争には含まれなくなる。しかし、武力攻撃以前の「戦」もまた戦争の一部として実際に機能しているから、これを国家安全保障の戦略のなかの重要な課題とみなすべきだ、という議論にひきづられると、ありとあらゆる社会システムがおしなべて国家安全保障の観点で再構築される議論に引き込まれてしまう。国家安全保障戦略では、戦力や武力の概念がいわゆる非軍事領域にまで及びうるという含みをもっているのだが、これに歯止めをかけるためには9条の従来の戦力などの定義では明かに狭すぎる。条文の再解釈が必要になる。9条にはハイブリッド戦を禁じる明文規定がなく、非軍事領域もまた軍事的な機能を果しうることへの歯止めとなりうる戦争概念がないことが一番のネックになる。政府の常套手段として、たとえば自衛についての概念規定が憲法にないことを逆手にとって「自衛隊」という武力を生み出したように、ハイブリッド戦もまた9条の縛りをすり抜ける格好の戦争の手段を提供することになりうるだろう。

つまりハイブリッド戦争を前提にしたとき、反戦平和運動における「戦争とは何か」というそもそもの共通認識が戦争を阻止するための枠組としては十分には機能しなくなった、といってもいい。あるいは、反戦平和運動が「戦争」と認識する事態の外側で実際には「戦争」が遂行されているのだが、このことを理解する枠組が反戦平和運動の側にはまだ十分確立していない、といってもいい。このように言い切ってしまうのは、過剰にこれまでの反戦平和運動を貶めることになるかもしれないと危惧しつつも、敢えてこのように述べておきたい。

だから、従来の武力攻撃への関心に加えて、武力攻撃以前の有事=戦争への関心を十分な警戒をもって平和運動の主題にすることが重要だと思う。今私たちが注視すべきなのは、武力攻撃そのものだけではなく、直接の武力行使そのものではないが、明らかに戦争の範疇に包摂されつつある「戦」領域を認識し、これにいかにして対抗するか、である。注視すべき理由は様々だが、とくに戦争は国家安全保障を理由に強権的に市民的自由を抑制する特徴があることに留意すべきだろう。また、ここでハイブリッド戦として例示されているのは、「他国の選挙への干渉、身代金の要求、機微情報の窃取」のように、従来であれば司法警察の捜査・取り締まり事案とされてきたものが、「戦」の範疇に含められている。これらすべてが、私たちの市民的自由の基盤になりつつあるサイバー領域での戦争事態であると位置付けられていることに注目する必要がある。いわゆる正義の戦争であって例外ではない。だから戦争の範疇が拡大されるということ――あるいは軍事の領域が拡大されるということ――は、同時に私たちの市民的自由が抑圧される範囲も拡がることを意味する。

3. サイバー領域を包摂するハイブリッド戦の特異性

ある意味では、いつの時代も戦争は、事実上のハイブリッド戦を伴なっていた。冷戦とはある種のハイブリッド戦でもあった。文化冷戦と呼ばれるように、米国もソ連も文化をイデオロギー拡散の手段として用いてきた。この意味で「軍事目的遂行 のために軍事的な手段と非軍事的な手段を組み合わせる」ことは新しい事態ではない。だが、今回の国家安全保障戦略は、サイバー領域をまきこんだ軍事作戦をハイブリッド戦と称して特別な関心をもつようになった。これまでの有事=戦時と平時の関係に対して、サイバー領域を念頭に置きながら、政府自らが、その境界の曖昧さこそが現代の戦争の特徴である宣言したこと、平時を意識的に有事態勢に組み込むことの必要こそが、安全保障の戦略であると宣言したこと自体が新しい事態だといえる。

一般に、有事と平時を大きく隔てる環境は、私たちの市民的な権利の制約として現われる。この権利の制約は、有事を口実として国家安全保障を個人の自由よりも優先させるべきだとする主張によって正当化される場合が一般的だ。ここでいう個人の自由のなかでも特に、有事において国家が人々を「国民」として統合して国家の軍事行動の遂行を支える意思ある存在へと収斂させようとするときに、これと抵触したり抵抗する自由な意思表示や行動を権力的に弾圧しようとするものだ。平時と有事の境界が曖昧になるということは、平時における市民的自由を有事を基準に抑制する法や制度が導入されやすくなることでもある。つまり例外状態の通例化だ。

しかし、サイバー領域を含む平時と有事の曖昧化、あるいはグレーゾーン事態なるものの蔓延は、これまでにはない特徴をもっている。それは、両者の境界の曖昧化が、マスメディアによるプロパガンダのような上からの情報操作だけではなく、私達の日常的な相互のコミュニケーション領域に深く浸透する、ということだ。サイバー領域そのものが双方向のコミュニケーション空間そのものであることから、この領域では、有事は、市民的自由を抑制して国家意思に個人を統合しようとする政府の強権的な政策を生みやすい。統制や検閲の対象は放送局や出版社などではなく、ひとりひとりの個人になる。だから、統制の技術も異なるし、その制度的な枠組も異なるが、伝統的なメディア環境に比べて、その統制の影響は私たち一人一人に直接及ぶことになる。ここに有事と平時をまたぐグレーゾーンというバッファが設定されることによって、統制のシステムはより容易に私たちの日常に浸透することになる。

4. サイバー領域と国家意思への統合

最大の問題は、にもかかわらず、ほとんどの人達は、このことを自覚できるような情報を与えられないだろう、ということだ。戦争を遂行しようとする国家にとっては、私達は、その戦争を下から支える重要な利害当事者――あるいは多くの場合主権者――でもある。国家の指導者層にとって民衆による支持は、必須かつ重要な武力行使正当化の支えだ。私たちが日常生活の感情からあたかも自発的に国家への自己同一化へと向っているかのような実感が生成されることが、国家にとっては最も好ましい事態だといえる。そのためには統制という言葉に含意されている上からの強制というニュアンスよりもむしろ自発的同調と呼ぶべきだろうが、そうなればなるほどサイバー領域における国家の統制技術は、知覚しえない領域で水面下で機能することになる。「民衆の意思を統治者に同化させる」ことが軍事にとって必須の条件だと述べたのは孫子2だが、この古代の教義はサイバーの時代になっても変らない。

国家による有事=武力行使の正統性が民衆の意思によって確認・承認されて下から支持されていることが誰の目からみても明らかな状況が演出されない限り、国家の軍事行動の正統性は確認されたとはいえない。インターネットのような双方向のグローバルなコミュニケーション環境はこの点でマスメディア体制のように、限定されたメディア市場の寡占状態――あるいは独裁国家や権威主義国家ならば近代以前からある広場での大衆敵な国家イベントによる可視化という手法もある――を利用して人々の「国民統合」を可視化することは難しくなる。マスメディアと選挙で民意の確認を表現する20世紀の同意の構造は、ここでは機能しない。SNSのような国境を越える双方向コミュニケーションを前提にして、民衆を「国民」に作り替えて国家の意思へと収斂する状況の構築は、民衆の多様な意思が星雲状に湧き出すようにして顕在化し露出するサイバー空間では制御が難しい。しかも、20世紀の議会主義として制度化された民主主義を、政府がいくら自らの権力の正統性の基礎に置き、法の支配の尊重を主張しようとも、実際の民衆の意思はこの既存の正統性の制度の掌からこぼれ落る水のようにうまく掬いとることができないものとしてSNSなどに流れることになる。だから政府は、こうした逸脱した多様な異議を再度国家による権力の正統性を支える意思へと回収するための回路を構築しなければならない。3これが有事であればなおさら、その必要が強く自覚されることになる。ハイブリッド戦とは、実はこうした事態――政府からは様々なグラデーションをもったグレゾーン事態――をめぐる「戦争」でもある。

5. サイバー領域における抵抗の弁証法

サイバーが国家安全保障における重要な位置を占めている理由はひとつではない。上述の民衆の意思の再回収という観点でいえば、SNSなどに特徴的なコミュニケーションのスタイルでもある極めて私的な世界から不特定多数へ向けての人々の感情の露出が、時には政府の政策と対峙するという事態が生じることになる。これは伝統的なマスメディア環境にはなかった事態だ。たとえば、インフレに直面しながら一向に引き上げられない賃金への不満は、SNSで日常生活に関わる不満として表現されるが、これが井戸端会議や労働組合の会議での議論と違うのは、不特定多数との共鳴や摩擦を通じて、時には大きな社会的な抗議や反発を生み出す基盤になりうる、という点だ。たった一人の庶民が被った権力からの不当な仕打ちは、それが映像として拡散することによって多くの人々に知られることになり、我がこととして受け取られて、抗議の行動へと繋がる回路は、アラブの春から#metooやBlack Lives Matter、香港の雨傘からロシアの反戦運動まで、世界中の運動に共通した共感や怒りの基盤となっている。これは「私」と他者との間の共感/怒りの構造がSNSを通じて劇的に変化してきたことを物語っている。このプロセスは、「偽情報」を拡散しようとするハイブリッド戦の当事者にとっても魅力的だ。このプロセスをうまく操れれば「敵」の民衆を権力者への同一化から引き剥がし攪乱させることができるからだ。こうして私たちは、ナショナルなアイデンティティから自らを切り離す努力をしないままにしていれば、否応なしに、この「戦争」に心理的に巻き込まれることになる。

もともと20世紀のメディア環境において言論表現の自由を権利として保障する体制は、金も権力ももたない庶民が政権やマスメディアのように不特定多数へのメッセージの発信力をもっていないという不均衡な力学を前提としたものだった。ところがインターネットは、この情報発信の非対称性を覆し、権力者と民衆の間の格差を大幅に縮めた。マスメディアの時代のように、無数の「声なき民」の実際の声を無視してマスメディアや選挙で選出された議員の主張を「世論」だと主張することはできなくなった。マスメディアや議員によっては代表・代弁されない、多数の異論の存在が可視化されているのが現在のコミュニケーション環境、つまりサイバーの世界だ。

だから、こうしたネット上のメッセージを国家の意思へと束ねるために新たな技術が必要になる。この技術は人々の行動を予測する技術として市場経済で発達してきたものの転用だ。自由な行動(競争)を前提とする市場経済では、自由なはずの消費者の購買行動を自社の商品へと誘導するための技術が格段に発達する。こうして、サードパーティクッキーなどを駆使したターゲティング広告やステルスマーケティングなどの技法によって、固有名詞をもった個人を特定してプロファイルし、将来の購買行動に影響を与えるように誘導する技術が急速に普及した。この技術は、選挙運動で有権者の投票行動の誘導に転用するなどの政治コンサルタントのビジネスを支えるものになったことは、2016年の米国大統領選挙、英国のEU離脱国民投票などでのケンプリッジアナリティカのFacebookデータを利用した情報操作活動で注目を浴びることになった。4

もうひとつの傾向が、事実をめぐる政治的な操作だ。権力による人々の意識や行動変容を促す伝統的な技術は、検閲と偽情報の流布だった。検閲は基本的に、権力にとって好ましくない表現や事実を事前に抑制する行為を意味する。偽情報は公表すべき事実を権力にとって都合のよい物語として組み換えたり改竄することを意味する。現代の情報操作の特徴は、これらを含みながらも、より巧妙になっている。ビッグデータの膨大な情報の取捨選択や優先順位づけなど人間の能力では不可能なデータ処理を通じて新たな物語を構築する能力だ。この取捨選択と優先順位付けは主に検索エンジンが担ってきたが、これにChatGPTのように双方向の対話型の仕組みが組み込まれることによって、コミュニケーションを介して人々を誘導する技術が格段に進歩した。検閲とも偽情報とも異なる第三の情報操作技術だ。

グレーゾーン事態への対処としての安全保障戦略は、国家が私たちの私的な世界を直接ターゲットにして私たちの動静を把握しつつ、私たちの状況に最適な形での世界像を膨大なデータを駆使して描くことを通じて、国家意思へと収斂する私たち一人一人のナショナルなアイデンティティを構築しようとするものだ。同時に、私たちは、自国政府だけでなく、「敵」の政府による同様のアプローチにも晒される。いわゆる「偽情報」や事実認識をめぐる対立は、それ自体が、国家のナショナリズム構築にとっての障害となり、この障害は戦時体制への動員対象でもある人々の戦意に影響することになる。

Footnotes:

1

たとえばマイクロソフトの報告書参照。The hybrid war in Ukraine、Apr 27, 2022 https://blogs.microsoft.com/on-the-issues/2022/04/27/hybrid-war-ukraine-russia-cyberattacks/

2

浅野裕一『孫子』、講談社学術文庫、p.18。

3

グローバルサウスや紛争地帯では、政権が危機的な事態になるとインターネットの遮断によって人々のコミュニケーションを阻止し、政府が統制しやすいマスメディアを唯一の情報源にするしかないような環境を作りだそうとする。米国や英国など、より巧妙な情報操作に長けた国では、情報操作を隠蔽しつつ世論を誘導するターゲティング広告やステルスマーケティングなどの技術が用いられる。

4

ブリタニー・カイザー『告発 フェイスブックを揺るがした巨大スキャンダル』、染田屋茂他訳、ハーパーコリンズ・ジャパン、2019; クリストファー・ワイリー『マインドハッキング あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』、牧野洋訳、新潮社、2020参照。

Author: 小倉利丸

Created: 2023-02-17 金 22:21

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サイバー戦争放棄の観点から安保・防衛3文書の「サイバー」を批判する(1)――グレーゾーン事態が意味するもの

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サイバー戦争放棄の観点から安保・防衛3文書の「サイバー」を批判する(2)

1. 未経験の「戦争」問題

昨年暮に閣議決定された安保・防衛3文書への批判は数多く出されている。しかし、「サイバー」領域に関して、立ち入った批判はまだ数少ない。日弁連が「敵基地攻撃能力」ないし「反撃能力」の保有に反対する意見書」のなかで言及したこと、朝日新聞が社説で批判的に取り上げたこと、などが目立つ程度で、安保・防衛3文書に批判的な立憲民主、社民、共産、自由法曹団、立憲デモクラシーの会、いずれもまとまった批判を公式見解としては出していないのではないかと思う。(私の見落しがあればご指摘いただきたしい)

サイバー領域は、これまでの反戦平和運動のなかでも取り組みが希薄な領域になっているのとは対照的に、通常兵器から核兵器に至るまでサイバー(つまりコンピュータ・コミュニケーション・技術ICT)なしには機能しないだけでなく、以下で詳述するように、国家安全保障の関心の中心が、有事1と平時、軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧化するハイブリッド戦争にシフトしていることにも運動の側が対応できていないように感じている。この立ち後れの原因は、日本の反戦平和運動の側ではなく、むしろ日本のサイバー領域における広範な反監視やプライバシー、言論・表現の自由などの市民的自由領域の運動の脆弱さにあると思う。この意味で、こうした領域に少なからず関わってきた私自身への反省がある。

今私たちが直面しているのは、ネットが日常空間と国家安全保障とをシームレスに繋いでいる時代になって登場した全く未経験の戦争問題なのだ。戦時下では、個人のプライベイートな生活世界全体を戦時体制を前提に国家の統治機構に組み込むことが必須になるが、サイバーはその格好の突破口となりかねない位置にある。この点で、私たちのスマホやパソコン、SNSも戦争の道具になりつつあるという自覚が大変重要になっている。Line、twitter、Facebookを使う、YoutubeやTikTokで動画配信する、といった多くの人々にとっては日常生活の振舞いとして機能しているサイバー空間のサービスと戦争との関係に、反戦平和運動はあまり深刻な問題を見出していないように思う。SNSなどは運動の拡散の手段として有効に活用できるツールであることは確かだが、同時に、この同じツールが反戦平和運動を監視したり、あるいは巧妙な情報操作の舞台になるなど、私たちにとっては知覚できない領域で起きている問題を軽視しがちだ。

2. グレーゾーン事態、有事と平時、軍事と非軍事の境界の曖昧化――国家安全保障戦略の「目的」について

2.1. 統治機構全体を安全保障の観点で再構築

国家安全保障戦略の冒頭にある「目的」には次のように書かれている。

Ⅰ 策定の趣旨
本戦略は、外交、防衛、経済安全保障、技術、サイバー、海洋、宇宙、情報、 政府開発援助(ODA)、エネルギー等の我が国の安全保障に関連する分野 の諸政策に戦略的な指針を与えるものである。p.4

旧戦略では「本戦略は、国家安全保障に関する基本方針として、海洋、宇宙、サイバー、政府開発援助(ODA)、エネルギー等国家安全保障に関連する分野の政策に指針を与えるものである。」となっていた。今回の改訂で、外交、防衛、経済安全保障、技術、情報が明示的に追加されることになった。経済安全保障についての議論は活発だが、情報安全保障については、実はほとんど議論がない。しかし、情報産業が今では資本主義の基軸産業となっていることを念頭に置くと、旧戦略と比較して、情報と経済が明示されたことは大きい。今回の戦略は、以前にも増して国家の統治機構全体を安全保障の観点で再構築する性格が強くなっているといえる。

今回の国家安全保障戦略は、国家の統治機構全体の前提を平時ではなく有事に照準を合わせて全ての社会経済制度を組み直している。政府が有事と表現することには戦時が含まれ、軍事安全保障では有事と戦時はほぼ同義だ。グレーゾーン事態とか有事と平時、あるいは軍事と非軍事といった概念を用いて、国家安全保障を社会の全ての領域における基本的な前提とした制度の転換である。だから、今回の国家安全保障戦略は、有事=戦時を中心とする統治機構の質的転換の宣言文書でもある。

2.2. 恣意的なグレーゾーン事態概念

たとえば国家安全保障戦略には以下のような箇所がある。

領域をめぐるグレーゾーン事態、民間の重要インフラ等への国境を越えたサイ バー攻撃、偽情報の拡散等を通じた情報戦等が恒常的に生起し、有事と平時 の境目はますます曖昧になってきている。さらに、国家安全保障の対象は、 経済、技術等、これまで非軍事的とされてきた分野にまで拡大し、軍事と非 軍事の分野の境目も曖昧になっている。p.4

ここでグレーゾーン事態と呼ばれているのは、純然たる平時でも有事でもない曖昧な領域概念だ。防衛白書2では、国家間に領土、主権、経済権益などの主張で対立があるなかで武力攻撃には該当しないレベルを前提にして、自衛隊による何らかの行動を通じて自国の主張を強要するような行為をグレゾーン事態として定義している。従来自衛隊といえば陸海空の武力(自衛隊では「実力組織」と言い換えている)を指す。しかし、防衛力整備計画の2万人体制でのサイバー要員3とその任務を前提にすると、武力行使を直接伴うとはいえない領域へと自衛隊の活動領域が格段に拡大することになる。

従来、自衛隊が災害派遣として非軍事領域へとその影響力を拡大してきた事態に比べてサイバー領域への拡大は、私たちの日常生活とコミュニケーション領域そのものに直接影響することになる。自衛隊の存在そのものが有事=戦時を前提としており、その活動領域が非軍事領域に浸透することを通じて、非軍事領域が軍事化し、平時が有事へとその性格が変えられ、国家安全保障を口実とした例外的な権力の行使を常態化させることになる。

平時と有事を座標軸上にとり、その中間にグレーゾーンが存在するとみなすような図式はここでは成り立たない。なぜならば、グレーゾーンの定義はもっぱら政府の恣意的な概念操作に依存しており客観的に定義できないからだ。平時と有事、軍事と非軍事についても同様に、その境界領域はあいまいであり、このあいまいな領域を幅広く設定することによって、平時や非軍事を有事や軍事に包摂して国家の統制を社会全体に押し広げて強化することが容易になるような法制度の環境が生みだされかねない。

2.3. 変わらない日常のなかの知覚できない領域で変容が起きる

だから、法治国家であるにもかかわらず、今私たちが暮すこの環境の何が、どこが、グレーゾーンなのか、あるいは有事なのか、軍事に関わっているのか、といったことを法制度上も確認する明確な手立てがない。

たとえばJアラートの警報はどのように位置づくのだろうか。あるいは、次のような場面をイメージしてみよう。私のスマホは、昨日も今日も同じようなサービスを提供しており、私の利用方法にも特段の違いがないとしても、サイバー領域の何らかの事態によってグレゾーン事態や有事としての判断を政府や防衛省が下したばあいに、通信事業者が政府の要請などによって、従来にはない何らかの対処をとることがありえる。これは防災アプリのように明示的にユーザーに告知される場合ばかりではないだろう。昨日と今日のスマホの機能の違いは実感できないバックグラウンドでの機能は、私には知覚できない。しかし多分、サイバーが国家安全保障上の有事になれば、たとえば、通信事業者による私たちの通信への監視が強化され通信ログやコンテンツが政府によってこれまで以上に詳細に把握されるということがありうるかもしれない。次のようなこともありえるかもしれない。「敵」による偽情報の発信が大量に散布される一方で、自国政府もまた対抗的な「偽情報」で応戦するような事態がSNS上で起きている場合であっても、こうした情報操作に私たちは気づかず、こうした情報の歪みをそのまま真に受けるかもしれない。検索サイトの表示順位にも変更が加えられ「敵」に関するネガティブな情報が上位にくるような工作がなされても私たちは、検索アルゴリズムがどのように変更されたかに気づくことはまずない。4

上のような例示を、とりあえず「コミュニケーション環境の歪み」と書いておこう。「歪み」という表現は実は誤解を招く。つまり歪んでいないコミュニケ=ション環境をどこかで想定してしまうからだ。この「歪み」で私が言いたいことは、そうではなくて、従来のコミュニケーション環境――それはそれなりの「歪み」を内包しているのだが――に新たな「歪み」が加わる、ということだ。こうした「歪み」は、実感できるものではないし、これを正すこともできない。むしろコミュニケーション環境に対する私たちの実感は、この環境をあるがままに受けいれ、また発信することになる。自らの発信が再帰的に歪みの構造のなかで更なる歪みをもたらす。こうしたことの繰り返しにAIが深く関与する。軍事・安全保障を目的として各国の政府や諸組織が関与するサイバーと呼ばれる領域は、伝統的な人と人の――あるいは人の集団としての組織と組織の――コミュニケーションとは違う。ここには、膨大なデータを特定のアルゴリズムによって処理しながら対話する人工知能のような人間による世界への認識とは本質的に異なる「擬似的な人間」が介在する。しかし人間にはフェティシズムという特性があり、モノをヒトとして扱うことができる。AIは人間のフェティッシュな感性に取り入り人間のように振る舞うことになるが、これは、AIの仕業というよりも、人間が自ら望んだ結果でもある。たぶん、こうした世界では、AIが人間化するよりも人間がAIを模倣して振る舞う世界になるだろう。こうして「私たち」のなかに、AIもまた含まれることになる。

グレーゾーン事態は、私たちの市民的自由や基本的人権を侵害しているのかどうかすら私たちには確認できない事態でもある。このコミュニケーション環境全体の何が私のコミュニケーションの権利を侵害しているのかを立証することは極めて困難になる。権利侵害の実感すらないのであれば、権利侵害は成立しない、というのが伝統的な権利概念だから、そもそもの権利侵害すら成り立たない可能性がある。

Footnotes:

1

松尾高志は、「有事法制」とは戦時法制のこと。「有事法制」は防衛省用語。(日本大百科)と説明している。戦争放棄を憲法で明記しているので、「戦時」という言葉ではなく有事を用いているにすぎないという。憲法上の制約から戦時という概念を回避して有事に置き換えられる結果として、自然災害も戦争もともに有事という概念によって包摂されてしまう。この有事という概念には、本来であれば戦時に限定されるべき権力の例外的な行使が、有事という概念を踏み台にして、非戦時の状況にまで拡大される可能性がある。有事は、災害における自衛隊の出動と軍隊としての自衛隊の行動をあいまいにする効果がある。

2

防衛白書 2019年、https://www.mod.go.jp/j/publication/wp/wp2019/html/nc007000.html

3

「2027 年度 を目途に、自衛隊サイバー防衛隊等のサイバー関連部隊を約 4,000 人に 拡充し、さらに、システム調達や維持運営等のサイバー関連業務に従事 する隊員に対する教育を実施する。これにより、2027 年度を目途に、サ イバー関連部隊の要員と合わせて防衛省・自衛隊のサイバー要員を約2 万人体制とし、将来的には、更なる体制拡充を目指す。」防衛力整備計画、p.6

4

たとえばGoogleは年に数回コアアップグレードを実施し、アルゴリズムの見直しをしているという。米国最高裁が人工妊娠中絶についての解釈を変えて中絶の違法化を合憲とした後で、米国ではオンラインで人工妊娠中絶のサポートサイトが、検索順位で下位へと追いやられる事態が起きた。「(Women on web) GoogleのアルゴリズムがWomen on Webのオンライン中絶サービスへのアクセスを危険にさらす」https://www.alt-movements.org/no_more_capitalism/hankanshi-info/knowledge-base/googles-algorithm-is-endangering-access-to-women-on-webs-online/

Author: 小倉利丸

Created: 2023-02-17 金 13:08

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