(+972magazine)誰もガザの訴えに耳を貸さない – 指導者たちも含めて
(訳者前書き)以下は+972マガジンに掲載された匿名の記事を飜訳したものだ。ガザに暮すジャーナリストからのレポートだが、状況の客観的な報告というよりも、むしろ、この破滅的な戦争を本気になって押し止めようとする統治機構そのものが不在であることを率直に嘆いている。元凶はイスラエルにあることは百も承知の上で、この元凶と闘う正義の旗印のもと、あらゆる民衆の犠牲をも殉教者として正当化して戦うハマースに人々の生存の権利を尊重しようとする意思を、この著者は見いだせないことを率直に語っている。同時に、PLO/ファタハがいったいどこにいるのかすらわからないとも言う。先進国や直接間接に利害をもつアラブの国々も結局のところパレスチナで暮す人々の生存の権利よりも国家間の戦争をめぐる利害あるいは力の誇示を優先しようとしているのではないか、この著者は深く疑っている。私も同感だ。
著者は一刻も早い停戦あるいは戦争の終結を希望しているが、そのために尽力しようとしている政府がどこにもないことに絶望しつつも、しかし、本来ならガザにいる自分たちが街頭に出て、生存の危機と戦争終結を訴えるデモができたら、というほぼ不可能な(なぜ不可能なのか、という問いが実は隠されてもいるが)願望を抱きつつ、必至に絶望を退けようと苦闘している。
私はこうした声をガザのなかから聞いたのは初めてのことだ。私は、イスラエルのジェノサイドをやめさせる唯一の手段はハマースがとっているような武力行使しかありえないとは思わない。他方で、今ある戦争を大国や利害関係をもつ国家や国際機関や大きな政治組織に代理させて解決を探るという、国際政治の教科書にありがちな手法が、武力行使に代わる唯一の方法だともより好ましい方法だとも思わない。こうした国家間の交渉は、多くの民衆の多様な生存の権利をないがしろにして、国益とナショナリズムに民衆の多様な声を回収するに違いないからだ。これらの方法は、この著者が最後に述べているように、非力な民衆一人一人を単なる「数字」としかみないという点では共通している。ひとりひとりの人間には固有の名前があり、そのひとりひとりを人殺しの尖兵にすることも戦争の犠牲にすることも、生存の権利に反することだということを、支配者たちは都合よく失念している。この記事では、すべての支配者たちへの絶望と、絶望をもたらすに至った支配者たちの民衆の生存の権利をないがしろにする態度が述べられている。だから、匿名でしか公表できなかったといえる。
そしてまた、この記事の最後の方で、ガザ在住のMuhammad Hani(仮名)の言葉として「私たちはイスラエル国内で起きていることを毎日追っている。おそらくイスラエル国内の危機が、政府に戦争を止めるよう圧力をかけるだろう」を紹介している。今唯一といっていい停戦の可能性は、イスラエル国内の人々によるパレスチナの人々へのジェノサイドへの内側からの拒否の声にかかっている。イスラエルのテルアビブに拠点をもち、イスラエル国内でも貴重な反政府の言論を展開してきている+972マガジンがこうした声を報じていることの意義は大きい。
この記事を掲載した+972マガジンは、以前、イスラエルのガザへの攻撃が、AIを駆使して民間人の被害もあらかじめ想定しての計画的なジェノサイドであることを暴露している。この記事は私のブログでも飜訳して紹介している。また、イスラエル国内の良心的兵役拒否を選択した若者たちの声も伝えている。この記事も私のブログで飜訳紹介してきた。(小倉利丸:2024年1月29日昼に若干加筆)
付記 +972マガジンについて、以下、ウエッブのaboutのページの記述を引用しておきます。
「+972マガジンは、パレスチナとイスラエルのジャーナリストグループによって運営されている独立したオンライン非営利のマガジンである。2010年に創刊され、イスラエル・パレスチナの現地から詳細な報告書、分析、意見を提供することを使命としている。サイト名は、イスラエル・パレスチナ全域にダイヤルできる電話の国番号に由来する。
私たちの基本的価値観は、公平、正義、情報の自由へのコミットメントである。占領やアパルトヘイトに反対するために活動している人々やコミュニティにスポットライトを当て、主流の報道では見過ごされたり疎外されたりしがちな視点を紹介する、正確で公正なジャーナリズムを信条としている。
+972マガジンは、いかなる外部組織、政党、アジェンダも代表していない。私たちのサイトでは様々な意見を掲載しているが、必ずしも+972編集チームの意見を代表しているわけではない。」
イスラエルはガザの市民に激震をもたらした。しかし、私たちの生活を守るパレスチナの指導者も必要なのだ。
By +972マガジン 2024年1月25日
以下は、+972誌でも知られるガザ在住のパレスチナ人ジャーナリストが書いたもので、彼らの安全を懸念し、自身と取材対象者の匿名を希望された。
戦争は、100日以上たった今でも、私たちガザの市民に対して続けられている。私たちは今もなお、生活とは名ばかりの苦しい現実に苦しみ、痛めつけられ続けている。戦争終結の話はほとんどなく、疲れ果てた私たちの心を慰めるような噂すらない。停戦など、実現不可能な夢のように思える。
戦争がこれほど長く続くとは誰も予想していなかった。これほどの破壊と死がもたらされるとは誰も予想していなかった。私たちは皆、叫び、祈り、求めている、戦争は終わるのだろうか、と。
昨日、私は友人のひとりに電話して、彼と彼の家族の様子を確認した。私たちは笑い、冗談を言いながら、私たちを分断し、破壊し、夢を消し去った戦争を呪った。父親のことを尋ねると、彼は数秒間沈黙してから答えた。「僕の父は、兄のマリクとともに殉教した」と。
そのとき私は、父親のことを聞かなければよかった、このまま戦争を呪い続けていればよかったと思った。私は、9回目に携帯電話がつながらなければよかったと思った。電話の終わりに、彼は私に尋ねた: 「ハマースとイスラエルが停戦に合意する可能性はあるのか?ああ、神様、戦争が終わることを願っています」 と彼は言った。
ガザにいる私たちは、毎日、毎分、毎秒、文字通り死んでいる。私たちの生活は10月7日以来ひっくり返され、私たちは今、最も基本的なニーズを中心にしか回っていない。水はどこにあるのか?援助は来るのか?私たちはどこにそれを取りに行けばいいのか?今日の小麦粉はサラー・アルディン通りかアル・ラシッド通りか?戦車はこの地域から撤退したのか、それともまだそこにいるのか?自分の家の様子を見に行けるのか?子どもたちの部屋から服をかき集めても大丈夫だろうか。
今、私を支配している恐怖は、この現実が常態化してしまうことへの恐怖である。その恐怖は、私たちの苦しみに対して外国政府が恥ずべき沈黙を続けていることにも及んでいる。しかし、彼らだけではない。パレスチナ政府、いや、おそらく2つの別々の政府、そしてパレスチナの諸政党の不在でほとんど何も聞こえてこない。
私には、私たちの苦しみの責任は誰にあるのか、もうわからない、いや、おそらくわかりようがない。確かに、主な原因はイスラエル政府にある。しかし、私たちは疑問に思い始めている。世界は私たちを抹殺することにイスラエルと合意したのだろうか?ハマースはイスラエルに協力しているのだろうか?パレスチナ自治政府はどこにいるのか?なぜイスラエルとハマースはいまだに何らかの解決策に至っていないのか?アメリカ、カタール、エジプトの仲介だけでは不十分なのか。
ハマース政府やパレスチナ自治政府は、私たちの日々の疑問に対する答えを持っているのだろうか?彼らは私たちの基本的なニーズを満たす方法を知っているのだろうか?私たちの尊厳と生活は日々侵害されているのに、このことを彼らは知っているのだろうか、それとも気にも留めていないのだろうか。
イスラエルがガザに対して行ってきたことは、暴力的な震災であり、私たちの家や近隣を意図的に破壊する震災だ。しかし、ガザ市民は、少なくとも人々と連絡を取り合う政府、自分たちだけでなく私たちを守るためにイスラエルと交渉する政府を求めている。
私たちは流血を止める政府を望んでいる
「確かにイスラエルは、国際協定も人権も人道的なことも何も知らない国だ」と、ガザ在住のMuhammad Hani(仮名)は私に言う。「というより、イスラエルはすべてを知っているが、すべてを無視し、国際条約を尊重することも従うことも拒否している。問題は、ガザの政府はどこにいるのか、ということだ。国内の戦線を守るために、私たち政府の役割は何なのか?」
「私たち市民は、あらゆる力、装備、犯罪性を備えたイスラエル軍と戦争をしているの だ」「しかし、人々の利益を守り抜くとなると、ハマースはどこにいるのだろうか?少なくとも、私たちがバラバラになり何も知らされないのではなく、イスラエル軍がどこに駐留しているかを教えてくれる政府が欲しい。私たちは、ガザでの流血を止め、少なくとも私たちがどこへ向かっているのか、交渉があるのかないのかを明らかにし、示してくれる政府が欲しいのだ」とHaniは続ける。
「私は、この戦争が(ハマースのヤヒヤ・)シンワルと(イスラエルのベンヤミン・)ネタニヤフ首相の間のものであり、両者とも民間人を犠牲にして自分たちの強さを証明しようとしているように感じる」と、同じくガザに住むAbu Issam(仮名)は言う。「ハマースはガザの人々の犠牲者のことなど気にかけていないし、ネタニヤフ首相は人質や人質の家族のことなど気にかけていない。私たちはイスラエル国内で起きていることを毎日追っている。おそらくイスラエル国内の危機が、政府に戦争を止めるよう圧力をかけるだろう。」
「私たちが外に出て、戦争を止めるためにガザでデモ行進ができればいいの だが……」「でも私としては、もうたくさんなんだ。家も財産もすべて失った。もし戦争が終わるまで生きていられるなら、私は旅に出て、この国をハマースに任せ、ハマースは人々が愛さないものを愛するだろう」と Abu Ismailは続ける。
何を書けばいいのか、自分の感情や意見をどう表現すればいいのか、いまだに混乱している。ハマースだけを責めるのか、イスラエルだけを責めるのか、それとも両方が犯人なのか。ハマースの10月7日の攻撃は、イスラエルのガザでの行動を正当化するものではない。私たちは皆、いずれ死者数に数えられるかもしれない数字なのだ。