資本主義批判

(抄訳)フランスの黄色いベスト運動:「エコロジー」、「ネオリベラリズム」、「非政治性」の間

以下に訳出したのは、Crimethincに掲載された「黄色いベスト」運動の分析である。この論文の後半部分を訳出した。


フランスにおける黄色いベスト運動

数週間前、マクロン政権は、2019年1月1日に再びガソリン増税をし、全面的にガソリン価格を引き上げると公式に発表した。 この決定は、「グリーンエネルギー」への移行の一歩とだと正当化された。

ディーゼル車は、通常のガゾリン車より安価なのでフランスの車の3分の2を占める。政府は、何十年もの間ディーゼル車購入を促進する政策をとってきた後で、ディーゼル燃料はもはや「環境にやさしい」ものではなく、人々は車と習慣を変えるべきだと決めつけた。マクロンは、政権当初、超富裕層の所得税減税を実施した。たとえ裕福層がエコロジー的に有害な産業活動が生み出す利益から恩恵を受けていたとしても、エコロジー的に持続可能な技術に移行するために富裕層の課税を利用することはなかった。その結果、マククロンのガソリン税に対するエコロジーについての議論はほとんど無視されてきた。多くの人々は、貧困層に対するもう1つの攻撃として、ガソリン税増税の決定を理解したのだ。

フランス政府は、エコロジーと労働者のニーズとの間に、この誤った二分法を作り出した責任がある。何十年にもわたる空間計画で、大都市圏では経済活動と雇用機会が集中して公共交通機関が発達したが、農村部は隔離され、他に選択肢がなければ、多くの人々は現在では、完全に車に頼って生活し、仕事をする状態になった。

料金所の封鎖

Macronのガソリン増税の発表に対して、インターネット上での組織化が始まった。ガソリン価格上昇に反対するいくつかの嘆願がオンライン署名でウィルスのように広がり、本稿執筆時点で、100万の署名に逹っした。その後、2018年9月17日、運転手の団体は「燃料の過剰な課税」を非難して、メンバーに課税を認めないことをしたためた手紙とともにマクロン大統領にガソリン支払いのレシートを送りつける運動を始めた。2018年10月10日に、2人のトラック運転手がFacebookのイベントを作成して、2018年11月17日にガソリン価格の上昇に対して全国的な封鎖を呼びかけた。その結果、FacebookやTwitterで、大統領の決定への攻撃が行なわれ、いかに自分達の経済状況が苦しいかを説明し、増税はこうした状況を悪化させるだけだと主張した。

全国的な呼びかけの前夜には、全国の約2000のグループが、道路、有料道路の料金所、ガソリンスタンド、および製油所を封鎖する意思を表明したり、少なくともデモを実行した。

この日、誰が参加者かがわかるように、デモ参加者は黄色の緊急用ベストを着用することを決め、車にこのベストを表示することで、共感する人々に行動の支援を意思表示するよう呼びかけ。このベストというシンボルの意味は、すぐに十分理解できるものだ。フランスの運転手は、運転中に事故その他の問題が発生した場合に備えて、車内に緊急用ベストを保管することが義務づけられている。自動車依存を考ると、生活条件が悪化する恐れがあることから、抗議者はこれらの緊急用ベストをマクロンの決定に対する抵抗の象徴として選んだ。そして、抗議者とメディアは「黄色いベスト」運動と呼ぶようになった。

11月17日のナントの近くの封鎖。

11月17日の週末に何千もの行動が起きた。全国封鎖の最初の日には、約288,000の「黄色いベスト」の抗議者が路上にいた。特に労働組合や他の主だった組織からの支援を受けていなかったことを考えれば、これは、この運動の成功だった。

残念なことに、 「黄色いベスト」と他の人たちとの間で争いが起きて事態が悪化した。 60代の女性で「黄色いベスト」の抗議者が、病気の子どもを医者に連れて行こうとして封鎖を突破しようとした母親の運転手に殺され、黄色いベストの人々が車を叩き始めた。全部で400人以上が負傷し、1人の抗議者が殺され、その週末に約280人が逮捕された。

こうした事件にもかかわらず、運動は依然として強く、参加は減少したが、封鎖は翌日も続いた。政府への圧力を維持するために、「黄色いベスト」は、次の土曜日11月24日(土)に全国行動を呼びかけた。再びFacebook上で、様々な「黄色いベスト」グループが、フランス全土での行動とデモを企画し、大規模デモでパリに集結するよう呼びかけた。

放水銃に面した抗議者。 このイメージは勇気づけられているかもしれないが、極右の国家主義アクションフランセーズは、この写真が彼らの活動家たちだと主張している。「秩序の力に逆らってフ前線を形成する」https://twitter.com/search?f=tweets&vertical=default&q=crimethinc&src=typd

当初このデモは、エッフェル塔近くのシャン・ド・マルスで計画されたが、そこを法執行機関が抗議者を取り囲んで閉じ込めた。しかし、この公式決定に満足しない一部の「黄色のベスト」がおり、ソーシャルメディア上で別の呼びかけがなされた。11月17日のパリでのデモは、その目標である大統領府には到達できなかた。その結果、パリに集結していた「黄色いベスト」たちは、11月24日に再度挑戦することを決めた。エッフェル塔下に集まるよりもむしろ、人々は強力な象徴的地位をもつシャンゼリゼに結集して封鎖した。この豪華な通りは、パリで最も訪れる人の多いところで、マクロン大統領が住むエリゼ宮殿は、この道の終点にある。

彼らが前の週にやったように、デモ隊は大統領府にできるだけ近づこうとした。バリケードを作っての対峙が、最も有名なパリの通りで終日行われた。この第2ラウンドの行動は、フランス全土で約10万6000人が集まり、パリでは約8000人が集まったと報じられている。これらの数字は、運動が勢いを失っていることを示唆している。パリのデモ中に、衝突で24人が怪我をし、103人が逮捕された。うち101人が拘束された。最初の裁判が11月26日月曜日に行われた。

シャンゼリゼ通りの焚き火。

この運動はどのような性格のものなのか?

「黄色いベスト」運動は、自発的で水平的であり、指導者のいないものとして描かれている。この主張を確証することは困難だ。この運動はソーシャルメディアを介して開始され、これが、何を自分がやりたいのか、どのようにやりたいのかをローカルで決める脱中心的な行動を促進した。この点で、明らかに何らかの水平に組織するような事態があることは明らかだ。

この運動が本当に指導者のないものかどうかについては、もっと複雑だ。最初から、「黄色いベスト」は、自分達の運動が「非政治的」で、指導者はいないと主張してきた。代わりに、彼らは共有された怒りに基づいて一緒に運動する人々のいくつかのグループの有機的な努力によるものだとされた。

にもかかわらず、実質的にすべてのグループには―アナーキストのプロジェクトも含めて―権力のダイナミクスが存在する。多くの場合そうであるように、リソースへのアクセス、説得力、または単に新しいテクノロジーのスキルによって、他の人よりも多くの影響力を蓄積する者がいる。「黄色のベスト」運動の自称スポークスパーソンの一部をよく調べてみると、運動の中で誰が影響力を蓄積し、彼らのアジェンダが何であるかがわかる。

・クリストフ・シャレンソン(Christophe Chalençon)はヴォクリューズ県のスポークスパーソンだ。 彼は「非政治的」であり、「いかなる労働組合にも属していない」としているが、2017年の選挙では「別の右翼diverse right」のメンバーとして立候補した。彼の個人的な関係やFacebookのプロファイルを詳細に調べると、彼の議論は明らかに保守的であり、ナショナリストであり、外国人嫌いであることがわかる。

・リモージュでは、11月17日行動の「黄色いベスト」の地域オーガナイザーは、クリストフ・レッシヴァリエ(Christophe Lechevallier)だった。この 「怒れる市民」のプロフィールはなかなか興味深い。少なくとも、クリストフ・レッシヴァリエは変節者だと思われる。2012年に、彼は中道政党(MoDem)のメンバーとして選挙に立候補した。その後、極右の国民戦線(現在の国民連合Rassemblement National)に加わり、2016年にそのリーダーのマリー・ルペンを集会に招待している。その間、彼はまた、フランスのGMO推進で生産を増強のために、グリホサート(除草剤:訳注)などの化学物質の使用を擁護することで知られている農業組織FNSEA(the National Federation of Agricultural Holders’ Unions)と協力している。

・トゥールーズでは、「黄色いベスト」の広報担当者はベンジャミン・コーシー(Benjamin Cauchy)だ。この若手エグゼクティブは、国内外のメディアで何度かインタビューを受けている。 彼の過去を考慮すると、このスポークスパーソンはほとんど「非政治的」とはいえない。ベンジャミン・コーシーは伝統的な新自由主義的右翼(当時、当時はUMP、現在はLes Républicains)のメンバーとして政治的経験があることをおおっぴらに語っている。ロースクールでは、ベンジャミン・コーシーは学生組合UNI―保守的な右翼や極右諸政党、団体と関係があることで有名―の指導者の1人だった。しかし、さらに興味深いことに、ベンジャミン・コーシーは、現在、先の大統領選挙でマクロンを落選させる期待をもって大統領選挙第二回投票で国民連合のマリー・ルペンと連携したナショナリストの政党Debout La Franceのメンバーであることを公然とは認めていないことだ。

バリケードの両側にはフラストレーションを抱えた消費者たちがいる。

したがって、保守的極右のグループは、この「怒れる市民の非政治的運動」を、彼らの議論を押しつけ、自分たちの考えを広げ、より多くの力を獲得する手段として利用しようと期待していることは明らかだ。こうした傾向は、全く阻止されていない。トゥールーズの「黄色いベスト」は、彼の政治的見解ヲ理由に、ベンジャミン・コーシーを運動から排除することを決めた。11月26日、ラジオ番組に招待されたコーシーは、排除への応答して、増税反対の運動を続けるために、「Les Citrons”(レモンズ)」という新しい全国組織を創設し、この機に乗じて「黄色いベスト」運動の中の民主主義の欠如を非難した。

最後に、いわゆる「リーダーのいない運動」は、第2回のパリのデモの余波の中でその戦略を完全に変えたように見える。11月26日月曜日、この運動の8人の公式スポークスパーソンのリストが報道陣に提示された。たしかに、その前日、黄色いベストたちは、新たな指導的な人物たちを選ぶためのオンライン選挙を提起していた。これらの人々のノミネーションと戦略的意思決定がすでに運動の中の緊張を作り出している。これらのリーダーが最初にどのように選出されたかについて疑問を投げかけ、黄色いベストの中には、選挙の正統性を批判する人もいる。

一方、運動の一部のメンバーは12月1日土曜日に別の日の行動を呼びかけた。その要求は明確だ。1)購買力を増やすこと、 2)すべてのガソリン税の撤廃、である。このような要求が認められなければ、デモ参加者は「マクロンの辞任に向けて進撃する」と述べた。
今のところ、27,000人がこのイベントに参加すると表明した。いくつかのローカルのオーガナイザーたちが、運動が採用しているように見えるより一層対立的な方針に反対して、運動から離れるというように、数週間前の掛け声が雲散霧消しつつあるようにも見える。

夜間封鎖

商業メディアの報道は、組織の水平性に注目するのではなく、別の問題に焦点を当てている。つまり、抗議者の怒りは正統なものか?ということだ。

多くのメディア報道は、この運動が環境保護に反対する未知の低所得者から成るものと示唆している。彼らは、参加者の怒りの正当化を避けるために、デモを暴力的なものとして報じている。それにもかかわらず、いくつかのメディア報道は、時間の経過とともに討論中心へと移り、デモ参加者の懸念がより多く放送されるようになり、参加者を見下すような報道が減るようになった。例えば、先週土曜日のシャンゼリゼでの対峙の後で、Christophe Castaner新内務大臣は、「損害額はわずかで、ほとんどが物的な損害で、それが最も大きかった」と述べたメーデーLoi Travailに対する抗議で、商業メディアや政治家が同じ様な行動をどのように罵倒したかを考えてみると、驚くべきことである。

私たちの視点からすると、彼らの怒りが正当なものであることは間違いない。この運動に参加するほとんどの人々は、毎日対処しなければならない困難な生活状況を語っている。彼らは、もううんざりで、ガソリン問題で堪忍袋の緒が切れたのだ、というのにはそれなりの道理がある。低所得層は生き残るために苦労しなければならず、他の人々は経済の転換や消費者対象の増税の影響を受けることのない快適な暮しを享受している。今は少なくとも。

したがって、怒りと直接行動は正当なのだ。問題は政治的ビジョンとこの運動を推進している価値が何らかの良いものと結びついているかどうかだ。

「さて、奴らにバイオ燃料をやろう – ブリジットマクロン」

混乱状態

多くの人種差別主義者、性差別主義者、同性愛嫌悪者の行動が黄色いベスト運動の中で行われてきた。11月17日のパリでのデモでは、よく知られている反ユダヤ主義者や民族主義者が、デモ参加者の群衆の中にいた。パリでは、右翼やナショナリズトのメンバーが11月24日のデモに参加した。一部の同志は、パリのデモでは、極右の存在が「否定できない」と報告している。群衆は、衝突時に法執行機関が使用した放水銃と比べれば、彼らの存在は「重要ではない」と考えた。

同じレポートで、解釈の難しいいくつかの要素にも言及されている。例えば、パリの群衆は1968年5月の古典的なスローガン(「CRS SS」)のデモのスローガン(「Paris debout、soulève toi!」)やLoi Travailデモのスローガンを唱えたが、マルセイエーズの一番の歌詞を唄う者もいた。この歌詞は、現在では伝統的な共和党や極右に関係するもので、ラディカルズとは無関係だ。この歌詞はフランス革命の起源を示す言葉として理解できたが、この曲はフランス国歌の役割を果たし、愛国的でナショナリズトの調子をもつものになっている。

イエローブロック

もう一つの例:シャンゼリゼを下っている間、群衆は「私たちは家にいる」を叫んだ。英語を話す読者にとっては、このコールは、デモ参加者が街頭を占拠していると主張しているもので何ら問題ないように見えるかもしれない。しかし、このシュプレヒコールは、国民戦線の支持者が集会で通常使うものの真似だ。ナショナリストにとって、フランスは常に白人、キリスト教徒、ナショナリストの国であり、これからもそうであることを意味している。したがって、彼らのアイデンティティと政治的アジェンダに合わない人は、誰であれ余所者、または侵入者とみなされる。言い換えれば、このスローガンは、誰が自分達に帰属するのか、誰がそうでないのかの物語を作り出す。黄色いベストのデモ中にこれらの言葉を使用することは、不吉とは言わないにせよあまりにもお粗末な選択だ。

反動的な傾向が運動のなかに登場したのはパリだけではない。11月17日、コニャックで黄色いベストの抗議者が車を運転している黒人女性を襲った。口論の中で、抗議者たちは彼女に「自分の国に帰れ」と言った。同じ日、Bourg en Bresseで、選出された代表と彼のパートナーが同性愛者であるとして暴行された。ソンム県では、移民がトラックにすしづめになっていることに気づいた黄色いベストの幾人かが移民警察に通報した。こうした事例はまだ他にもある。

最後に、この「非政治的」運動の一部の参加者は、より良い教育の運動、病院を守る運動、医療アクセス、鉄道労働者の運動など、社会運動全般への侮辱を公然と表明している。
実際には、集団闘争から自分自身を切り離し、「誰にでも」利益をもたらすことを目的とするこの運動は、個人主義的な自己利益の促進に終わる。

警察の高速道路封鎖。黄色いベストは自撮り。

どのように関わるべきか?

アナキズムや左翼の中で、参加すべきだと考える人々、そして距離を保つべきだと考える人々といったように、「黄色いベスト」現象にどのように取り組むかについて2つの異なる考え方が確認できる。

距離を置く議論:

・黄色いベスト運動は「非政治的」であると主張する。概して、参加者は自分を一所懸命に働きつつも税金や政府の決定の最初の犠牲者でもあるということで不平をもつ市民だという。この言説は、1950年代のPoujadisme運動とよく似ている。反動的でポピュリストの運動で代議士のピエール・ポウハデ(Pierre Poujade)の名前に由来するものだ。または、最近では「ボンネッツ・ルージュ(Bonnets rouges)」運動(「レッド・ビーニーズ」)とも似ている。

・この運動が「非政治的」であるという考えは、極右のオーガナイザー、ポピュリスト、ファシストが抗議者の間に浸透する絶好の機会を提供するという点で危険だ。言い換えれば、この動きは、極右が自らを再構築して権力を獲得する機会を提供してしまう。

・運動が広範に注目を集めるやいなや、極右の政治家、マリー・ルペンなどの保守派やポピュリストたちが、これを支持を表明する。「政治的」であるという話はここまでにしよう!

「極右は敗北する!」
運動に参加することを支持する議論:

・これは、低所得者を巻き込んだ真の自発的で分権的な運動のようにみえる。理論的には、私たちは資本主義や国家の抑圧と闘うために彼らと一緒に組織しなければならない。念のために言っておくが、階級戦争と反資本主義のコンセプトは、デモ参加者の間で受け入れられたり、促進されたりしているとはとうていいえない。

・私たちは、ファシストが運動とそれが表す怒りを吸い上げるのを防ぐために参加すべきだと主張する人もいる。一部のラディカルズは、人々との新たなつながりを作り、資本主義や経済危機への対応方法を広げる手段として、こうした行動に参加すべきだと考えている。

・一部のラディカルズにとって、現在の運動に懐疑的で、参加したくないというのは、「非政治的」な貧困層に向けたある種の階級的な軽蔑を示唆するものになる。他の人たちは、どのような状況にあっても、観客ではなくアクターを目指すべきだと主張する。私たちが「真の」革命家であれば、遠くから受動的に批判するのではなく、未知のものへと飛躍し、可能なことを発見する必要があると主張する者もいる。

これらの議論は全て根拠のあるものだが、ファシストに大衆をリクルートするプラットフォームを提供するような運動にアナキストが参加するのであれば、ウクライナ革命でアナキストがやってしまったように、もっと悪いカタストロフィに道を開く災害になるだろう。

「国家、警察、ファシストを倒せ」

黄色いベスト運動の根本的な問題は、私たちみながまず最初に廃止しようとして闘ってきた諸条件を維持しようとする間違った前提から始まった点にある。今日の疎外された悲惨な生活様式を守るためではなく、こうした生活は労働運動の敗北と裏切りのこの一世紀の結果であって、なぜ私たちは車やガソリンにそんなに依存しているのかをまず最初に問うべきなのだ。私たちのサバイバルとか旅のやり方が、これほどまで孤立し個人化されるようなやり方で構築されなかったとすれば、あるいは、資本家が無慈悲に私たちを悪用することができなかったとすれば、私たちは、環境を破壊するか、それとも財政的安定の最後の名残りを断念するかのどちらかを選択するといった必要はなかったはずだ。

私たちは自分の習慣を変え、もうひとつの世界(またはもう一つの世界の終り)のために闘う過程で私たちの権利を放棄しなければならず、政府と資本家は、いつも、彼らが引き起こした問題の矛先を私たちに耐えさせている。私たちは、彼らに議論の枠組みを設定させてはならない。そこでは、すべての戦略的拠点(港、空港、県)がブロックされている。

「マクロン倒せ、政府解体、システム廃絶」

開かれた問い

ちなみに、状況はフランス本国の外ではかなり異なっている。レユニオン島(フランス共和国の海外県ならびに海外地域圏(レジオン)である。マダガスカル島東方のインド洋上に位置:訳注)では、11月17日以来、社会的大変動があった。状況のコントロールを失い、経済に影響することを懸念して、フランス当局は11月20日に、11月25日まで夜間外出禁止令を出した。

ヨーロッパでは、黄色のベスト運動がリーダーシップ問題と戦略上の対立によって弱体化した後、再構築を模索しており、これが新しいかけはしとなり、この動きの原因となった問題に対するより体系的な解決策を築き、提案する機会になるかもしれない。

エコロジーに関しては、富裕層は主に気候変動に責任者があり、これを解決するための負担を負わなければならないということを強調すべきだ―私たちがまず最初に彼らを引きずり下すことができないのであれば。ある程度までは、これは、現在の資本主義と気候変動に対する阻止運動として、イングランドでExtinction Rebellionがやろうとしている動きにみられると思う。資本主義とエコロジーに関する2つの異なる封鎖運動が、今のところイギリスの各々の回路―一方は国家へのエコロジーの要求、もう一方は国家の環境対策に対する反動―で行われているのは皮肉なことだ。

ナショナリズムについては、私たち自身の人種、ジェンダー、宗教の市民による悪用のほうが外国人によって悪用されるよりましだなどということはない、ということを主張しなければならない。私たちが、様々な異なる戦線―人種、ジェンダー、市民権、そして性的嗜好―全てを横断した連帯を確立するばあいにだけ、私たちを抑圧し搾取する者たちに立ち向かうことができる。ということを強調したい。私たちは、11月24日にフェミニストの行進を歓迎して栄誉を捧げたモンペリエの黄色いベストの抗議者からインスピレーションを得た。

とりわけ、私たちは、社会運動の領域内に、反資本主義者、反ファシスト、反性差別主義者、エコロジーの前線を必要としている。問題は、それが 「黄色いベスト」の運動の中で起こるべきか、それともそれに対抗して起こるべきかにある。

クリスマスに向けたカオス
まだ明けない多くの夜がある

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