越境するアンダークラス──映画『バンコクナイツ』

空族の新作『バンコクナイツ』は、今年観た映画のなかで最も印象に残り、わたしがうかつにも忘れかけていた1970年代のタイの熱い民衆の闘争を思い起させてくれた。とはいえ、決して「政治的に正しい」行儀のいい映画ではない。そこが空族の最大の魅力だ。(以下、ネタばれは最低限に抑えたつもりだが、予断なしに映画を観たい方は読むのを控えてください) バンコクの歓楽街タニヤ、60年代から70年代にかけてラオスへの米軍空爆でできた巨大なクレーター、1976年タイ軍事クーデタで追われた反政府運動の活動家たちが逃げ込んだ漆黒の森。今回の空族の作品は、バンコクからタイ東北部、そしてラオスへと連なる現に存在する不可視の動線を移動する。セックスとドラッグにしか関心をもたない日本人が、東南アジアで「ビジネスマン」と称する無自覚な植民地主義者として、タイのアングラ経済を支える。しかし、その更に舞台裏で、越境するアンダークラスの逆賊たちの群れが蠢くことを予感させる物語、それがこの映画のある種の示唆するところでもあるように思う。 空族の映画の主人公は、たいていアンダークラスの能天気なノンポリとして登場する。彼らは、いつのま […]

米大統領選挙が露呈させた国民国家と民主主義のもはやこれまで!

今回の米国大統領選挙ほどグローバルな資本主義のもとでの国民国家における民主主義が、明確にその限界を露呈したことはなかった。もともと国民国家は、階級構造が生成してきた搾取の構造を「国民」という普遍的価値を装って均質なアイデンティティを扮装することによって隠蔽する仕掛けでもあった。しかし、資本蓄積の構造(言い換えれば搾取の構造)が否応なく資本の出自を越えて(あるいは資本の出自を裏切って)展開しないではいられないほど成長=肥大化するなかで、自国とその外部という国民国家の境界に沿って、自国内の階級構造がもたらした失業や貧困の矛盾を、外部の「敵」に転嫁し、この「敵」と内通する自国内の既得権益に固執する特権層や、境界を密かに越境して「非合法」に自国の富や雇用を脅かす自国内部の他者にその責任を転嫁し、有権者である特権的な犠牲者の地位を白人労働者階級に付与するという構図が今回の大統領選挙を席巻した。トランプ陣営は白人労働者階級の一部が抱く人種的優越主義を刺激しながら「偉大なアメリカ」というイメージを構築するプロパガンダを展開した。トランプのプロパガンダは、伝統的な共和党のイデオロギーと相入れないだけで […]

書評:武藤一羊著『戦後レジームと憲法平和主義』れんが書房新社、2016

刺激的な本に出会うということは、本の内容をそのまま受け入れるということよりも、本の内容に触発されて、著者がどう思うかとは別に、私自身の考え方に一歩でも新たな展開をもたらすようなことだと思う。武藤一羊の議論は、とくに私とは目のつけどころも方法論も違うけれども、現状への危機感は多くの点で共有できるという意味で、刺激的である。本書もまたそうであった。以下では主に、本書の理論的な枠組を提示している「総論」を中心に私の雑駁な感想を述べたい。 本書は、武藤がこの間提起してきた彼の戦後日本国家論を再度整理して、とりわけ安倍政権が目指す方向への根底的な否定の根拠を論じるものだといえる。武藤は、戦後日本国家の構成原理はアメリカの覇権原理、戦後憲法の平和・民主主義原理、そして帝国継承原理の三つからなるという基本認識を提起するが、これら三原則は「相互に矛盾する構成原理で成り立つ歴史的個性を備えた国家」であるというのが武藤の重要な方法論であると同時に、ここから安倍政権が目論む帝国継承原理一元論とでもいうべき改憲を通じた戦後レジームからの脱却戦略へのオルタナティブも導き出される。武藤は安倍の歴史認識をつぎのよう […]

12月17日:今日の反核反戦展2016 関連企画 ―ディスカッション:反核・反戦と表現の自由 『核×戦争のアートアクティヴィズム』

今日の反核反戦展2016 関連企画  ―ディスカッション:反核・反戦と表現の自由 『核×戦争のアートアクティヴィズム』 12月17日(土)13時~15時(12時30分 開場) 場所:原爆の図丸木美術館 小高文庫 ※参加者数により変更 〒355-0076  埼玉県東松山市下唐子 1401 TEL:0493-22-3266 参加費:500円 (資料・茶菓子代) ※美術館入場料別途要 ■小倉利丸《批評家》 遊動と根拠地:アナログ・アートアクティビズムへ ■岡村幸宣《原爆の図丸木美術館 学芸員》 《原爆の図》の活動期――占領下、1980年代、そして現在 ■狩野 愛《アートアクティヴィズム研究》 アートアクティヴィズムは国境を越える 《原爆の図》の全国巡回は、原爆被害の報道が禁じられていた占領期に始まり、1950〜53年の約4年間で、全国170カ所以上で開催されました。丸木位里・俊が、美術作家として反核・反戦の悲惨さを表現し、全国行脚して展示し、物語を伝えていく活動は、社会教育やジャーナリズムとも結びついた実践だといえます。ただ、現在の「自由に制作・発表出来ている」状況におけるアートの制作と展示 […]

左派は国民国家の統治とは別な何かを創造できるか──『絶望のユートピア』出版に際して

以下は、『人民新聞』10月15日号に寄稿したものです。 私は、この30年ほどの時間のなかで、雑多な文章を書いてきた。この雑多な産物を雑多なままに、『絶望のユートピア』というタイトルを付して本にした。一二〇〇ページを越える大部だが、時系列にもカテゴリー別にも分類することを排した混沌とした本である。特定のテーマはない。現代資本主義批判もあれば現代美術の批評もある。原発への言及もあれば、天皇制や右翼言論への批判もある。サイバースペースや監視社会批判もある。しかし、これらをカテゴリーのなかに押し込んで相互に別々の課題とするようなことはしたくなかった。結果として、混沌が生まれた。 左派が、日本だけでなくどこにおいてもグローバルに直面しているのは、左派としてのアイデンティティの危機だと思う。この危機は、西欧近代が普遍的な価値としてきた自由、平等、人権、民主主義の擬制と虚構に左派もまた加担してきたしてきたところにある。もはやいかなる意味においてもこうした価値は、その一切の正統性を喪失してしまったと思う。底辺に生きる民衆たちは、こうした価値とは別な何か、国民国家の統治(憲法がそれを体現しているのだが) […]

SNSは民衆的自由の基盤になりうるか

Facebookは昨年同期の1.5倍の収益を上げた。収益の半分は広告料収入だ。3ヶ月で70億ドル近くの広告料収入を得ている。 SNSの収益構造は、広告に依存しており、伝統的なマスメディア資本の収益システムとほとんど変りがない。つまり、広告で収入を稼ぐ一方で、ユーザーには無料でサービスを提供するという方式は、伝統的なマスメディアのビジネスモデルと変らないのだ。テレビなら無料で番組を提供するかわりに広告も流す。新聞なら広告料収入によって読者に採算以下の価格で新聞を売る。ネットの多くの無料サイトは多かれ少なかれこのマスメディアの収益システムと同種のことをインターネットで展開しているにすぎない。 情報は「物」とちがって、所有者を移転することは元の情報の所有者から情報が失なわれるわけではない。だから、情報の所有者は物とは違って情報の提供のハードルが低い。たとえば、親友にカンニングさせるということは、親友も自分もともに100点が取れるからであって、一方が100点をとったら他方は0点になるという「あいつか俺か」ではなく「あいつも俺も」になる。だから、この情報を市場経済にメカニズムに乗せるには、著作権 […]

(声明)インターネットの民営化とフェイスブック/ズッカーバーグによるinternet.orgの独占に反対する

ちょうど私がfacebookに引導を渡したのと相前後して、米国のLaborNet.orgとMay First/People Linkから声明への賛同の呼び掛けが、APC(Association for Progressive Communications、主に第三世界のインターネットの権利運動を担ってきた組織で、日本ではJCA-NET、韓国ではjinbonetが加盟してます)に流れました。以下、大急ぎで訳したものです。日本語訳の後ろに原文をつけますが、原文の英語がちょっと乱れていて不明確なところもあります。タイトルにある「internet.orgの独占に反対する」の「独占」は直訳すると「捕獲capture」です。 internet.orgが何なのかは日本ではあまり知られていないと思います。これは、フェイスブック、サムスン、エリクソン、ノキアなどの企業などが設立した途上国向けのインターネットへのアクセスを推進する企業主導のインターネットの途上国へに拡大戦略の一環として最近話題になってきたものです。 数十億の人口がありながらネットアクセスの経済的な条件のない人たちが膨大に存在する。こうした […]

facebookのアカウントを廃止した理由

facebookのアカウントを廃止した。ほとんど使ってはいなかったが、facebookで「いいね」してくださいとか、とりあえずお友達してくださいということで、おつきあいでアカウントだけ持っていたようなもので、最初で最後のfacebookへの投稿は、アカウントの廃止の告知だった。 反監視運動とかもやってきたし、最近のスノーデンやwikileaksなどが報じてきた米国のITやネット企業と政府・諜報機関の癒着は見過すことができないと思ってきた。多国籍資本の搾取に反対する活動家がMSやAppleのOSを「便利」だといって使うのはどうなんだろうかなあと思って、まったく何もわからないままオープンソースに移行してLinuxユーザーになったとか、まあやれるところで工夫はしてきたので、facebookについてもまだ依存症にはなっていない今のうちにおさらばすることに。tuitterはかなり依存しているのでそう簡単ではない。スノーデンも使ってるし、いいかなあとか、いろいろ言い訳を考えうことになるのだが。 「facebookのアカウントを閉鎖するよ」と言うと、多くの友人たちが、「そうできればいいけど、できない […]

戦争法(安保法制)下の共謀罪 -なぜ、いま、「テロ等組織犯罪準備罪」なのかー

以下は、10月30日に富山市で開催された集会に提出した講演資料に若干加筆したものです。 1.共謀罪の概要 朝日新聞の報道(このブログの最後に転載)をもとに、新共謀罪法案の要点をまとめると下記の5点になる。 (1)「組織的犯罪集団に係る実行準備行為を伴う犯罪遂行の計画罪」 条文にはテロという文言はないが通称として「テロ等組織犯罪準備罪」を用いる。 (2)対象となる犯罪は、「4年以上の懲役・禁錮の罪」。罪種は600を超える。 (3)対象は「組織的犯罪集団」。「組織的犯罪集団」の認定は捜査当局が個別に行う。 (4)犯罪の「遂行を2人以上で計画した者」を処罰。計画をした誰かが、「犯罪の実行のための資金又は物品の取得その他の準備行為が行われたとき」という要件が必要。 (5)法案提出の理由 ・越境組織犯罪条約(国際組織犯罪条約) 「国境を越える犯罪を防ぐため、00年に国連総会で採択された「国際組織犯罪防止条約」がある。日本も署名し、国会は03年に承認したが、条約を締結するには共謀罪を含む国内法の整備が必要。」 ・オリンピック警備 「 念頭にあるのは、4年後の東京五輪・パラリンピックだ。政権幹部の一 […]

網羅的監視の構造

8月27日に、日本のジャーナリストとして初めてエドワード・スノーデンにインタビューした小笠原みどりの講演会が東京で開催された。会場は立ち見の出る盛況となり、丁度共謀罪の再上程報道があったばかりということもあって、参加者の関心は非常に高いものがあった。 小笠原のスノーデンへのインタビューについては既に、『サンデー毎日』に連載記事が掲載され、また、ネットでは『現代ビジネス』に「スノーデンの警告「僕は日本のみなさんを本気で心配しています」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49507)が掲載され、インタビューの概要を知ることができる。 27日の集会での小笠原の講演で強調された論点は、私なりの関心に引き寄せて端的にまとめれば、日本におけるネット上の情報通信が網羅的に米国の諜報機関によって監視可能な環境に置かれていること、そして、こうした環境について日本の市民がもっと深刻に捉えて対処すべきだ、ということだ。とりわけ日本の政府もIT企業も、日本に住む人びとのプライバシーを米国から保護するどころか、むしろ構造的に日本の市民のコミュニケーションを監視する体制に加担 […]

集会ご案内:(富山)戦争法(安保法制)下の共謀罪──なぜ、いま、「テロ等組織犯罪準備罪」なのか

下記の富山の集会で話します。 戦争法(安保法制)下の共謀罪──なぜ、いま、「テロ等組織犯罪準備罪」なのか── ▽ 日時:2016 年 10 月 30 日(日)午後1:30〜3:40 ▽ 会場:自治労とやま会館 3階大会議室(富山市下新町 8‐16) ▽ 講演:小倉 利丸 さん(元富山大学教員) 一般 1000 円/学生 500 円/高校生以下無料(障がい者の介助者は無料) 「共謀罪」「テロ等組織犯罪準備罪」?? 「安倍政権は、小泉政権が過去 3 回(2003 年~05年)にわたって国会に提出し、廃案となった『共謀罪』について、適用の対象を絞り、構成要件を加えるなどした新たな法改正案をまとめた」と、朝日新聞が 8 月26 日付で報じました。2020 年の東京五輪の警備やテロなどに対処するためとして、罪名を「テロ等組織犯罪準備罪」に変え、今秋臨時国会での提出を考えている、というのです。 ▼いままで3度も廃案にされたのは、どこか問題があったの? ▼今度は、名前を変え、中身も変えて、出すのだから、問題ないのでは? ▼テロリストを取り締まるのだから、必要なのでは? ▼それって、私たちには関係ある […]

『絶望のユートピア』刊行のお知らせ

久し振りに本を出しました。タイトルは『絶望のユートピア』。タイトルにある「絶望」という言葉と「ユートピア」という言葉は、真逆のようでもありますが、「の」に込めた意味をどのように取るかで、そのニュアンスは変わるだろうと思っています。「私の本」のように所有や帰属を意味する場合、「海の青」というように、ある事柄の性質を意味する場合、「1917年のロシア革命」のように、ある時間や時代と事柄を繋ぐ場合、「机の上の本」のように、あるものとあるものとの関係を示す場合など、「の」には多様な意味、機能があります。本書のタイトルの「の」もまたそうした多様な「の」としての意味をもたせているつもりです。本は、これまでに私が書いてきた文章のなかから三分の一ほどを選んで掲載しました。配列は時系列でもカテゴリー別でもありません。一見すると混沌としていますが、それがこれまで私が書いてきたことのありのままであると思っています。 多くの皆さんに手にとっていただくには本書は定価5000円とかなり高価です。専門書などなら5000円は高くないという人もいますが、本代に1000円出すのも大変という人の方が圧倒的に多いはず。毎月ギ […]

政府の監視に加担するソーシャルメディア

米国の諜報機関、捜査当局のなりふり構わぬ監視活動が最近次々に明かになっている。ロイターは10月5日付の記事で「米ヤフー(YHOO.O)が昨年、米情報機関からの要請を受けてヤフーメールのユーザーのすべての受信メールをスキャンしていたことが、関係筋の話から明らかになった。」と報じた。対象になっているのは数億のメールアカウントで、メール本文も含まれるという。そして次のようにも報じている。 「情報機関はヤフーに対し特定の文字をサーチするよう要請していたが、どのような情報を求めていたのかは明らかになっていない。関係筋によると、メールもしくは添付ファイルに記載されたフレーズを求めていた可能性がある。」 スノーデンやウィキリークスによるNSAの内部文書暴露によって、上記のような網羅的な監視が行なわれているのでは、ということが指摘されてきた。そして、キーワードによって網羅的に収集したメールを取捨選択する仕組みもあるのでは、と言われてきたが、今回の報道は、こうしたこれまでも報じられてきた疑いを、内部関係者の証言だけだが裏付けるものになったといえる。 ヤフーは先頃、IT大手のヴェライゾンに買収されたばかり […]

FBIはハッキング捜査の時代に——拡大する監視警察国家

9月15日付けの米国電子フロンティア財団のウエッブに「FBIにょる前例のない違法なハッキング作戦」という記事が掲載された。 記事の表題でわかるように、FBIは、ネットにおける犯罪捜査のためにハッキングを大規模に、しかも違法にやっているというのだ。記事によると、2014年12月に外国の捜査機関から、児童ポルノサイト「Playpen」のサーバーの情報があったことがきっかけとなって、前例のない大規模なハッキング捜査を行なったというのだ。捜査の結果、数百件の刑事訴追があり、現在連邦裁判所で審理中とのことだからかなり大規模な事件だったことがわかる。EFFは、この事件でほとんど注目されていないが、実は重大な問題として、捜査当局による違法捜査の問題を指摘した。この違法捜査というのがハッキング捜査である。 ハッキングの手口は、捜査対象となるサイトについての捜索令状を裁判所から得たFBIは、サイトのサーバーを差押えるかわりに、サーバーをそのまま稼動させた(つまり泳がせた)。その期間2週間あり、この間にも多くの児童ポルノがダウンロードされたがそれは見て見ぬフリをして監視を続けた。しかし、ただ監視しているだ […]

平井玄「真に畏怖すべきもの」をめぐって

『季刊ピープルズ・プラン』73号(2016年8月10日)に掲載された平井の文章は、戦争法反対運動として高揚した国会前行動の「主役」を担ったSEALDsや総がかり行動などに対する苛立ちと怒りに近い思いに溢れたもので、近年めっきりお目にかかることが少なくなった熱い文章だ。 なによりも重要なことは、このエッセイが書かれたということだ。このエッセイは『季刊ピープルズ・プラン』の特集「対抗線をリセットする」に掲載されたのだが、実は、特集の枠外の位置けだ。ところが、枠外であるんもあかかわらず、リセットのために悪戦苦闘した文章は平井のものが唯一だといっていい。この奇妙な位置づけが逆にこのエッセイの性格を象徴している。 平井に会ったときに是非感想を聞かせてほしいと言われながら、すぐに私なりの意見を述べることもできずに今に至った。実は、私は彼ほどに熱心にあの国会行動に足を運んだわけではなく、むしろあの国会前の雰囲気と自分の居場所のなさとの落差、あるいは多くの人びとが運動に共感して同調する姿を見ながら自分の中にある違和感をいかんともしがたく、結局、出足の落ちるだろうから、雨が降ればとりあえず行こうと決める […]

資本主義的身体からの訣別のために—近代スポーツと身体搾取

 (8月26日に仮サイトに投稿したものです) オリンピックの喧噪はこれからも続くだろうが、オリンピックが「近代スポーツ」の最も大掛かりなスペクタクルとして、国威発揚の手段であること は誰もがほぼ認めることであるが、同時に、「国威発揚」といった国益にスポーツを利用する露骨な政治家の発言を不謹慎だと諫める良識ある者たちの多くは、 スポーツが政治から中立でありうるというこれまたありえない幻想を近代スポーツの理想として実現可能なものだとする過ちに陥っているように見える。東京オ リンピックの浪費的支出や過大な公共投資の弊害や、賄賂まみれの誘致を批判することは必要不可欠なこととはいえ、だからといってつつましやかなオリンピッ クなら(民主的なオリンピックなら、ということでもいいが)歓迎だ、ということになるのかどうか。むしろオリンピックに体現されている近代資本主義が生み 出した資本の倫理と価値観を支える「身体」のありように対して根底的な批判の目を向けることが必要ではないか。 オリンピック否定論の根底に置くべき視点は、そもそも近代社会が「スポーツ」というカテゴリーによって構築した人間の身体のありようその […]

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