世界規模で展開されている暗号使用をめぐる攻防―政府のスパイ活動への対抗手段としての暗号ツール

世界規模で展開されている暗号使用をめぐる攻防―政府のスパイ活動への対抗手段としての暗号ツール

1. はじめに

政府による通信事業者を巻き込んでの通信情報収集は世界的な趨勢にもなっている。こうした傾向に危惧を抱くネットのユーザーたちが、通信の秘密の確保の手段として強固な暗号を用いたサービスの利用を選択しはじめている。政府やメディアが「秘匿性の高いアプリ」などと称して暗に悪者扱いしているサービスでもある。本稿では、政府によるスパイ活動が合法化された現在、私たちが通信の秘密を防御するには「秘匿性の高い」アプリを活用することが必須となっていることを述べたい。

2. 政府による事前の情報収集活動が必須

今国会で成立した国家情報会議法の詳細はここでは省くが、この法律によって、政府は、組織的に国家予算と人員を投入して民間事業者に協力させて、網羅的に通信の監視が可能な体制を構築することは間違いない。いったん収集されたデータを政府が消去することもありえない、とみる必要がある。不起訴になっても指紋データを消去しない警察庁、これを支持する裁判所の現在の態度1が政府のデータをどう扱いたいと考えているのかを端的に示している。

スパイ活動を監視するためには、網羅的に監視の網の目をめぐらせて、そのなかからスパイと疑われる活動を拾い出す、という方法をとることにならざるをえないので、私たち誰もが監視の対象になる。今回の法律に基いた政府の情報収集は、敵対国とみなす国の政府関連の情報だけでなく、日本に暮す当該国出身者や団体、支援者も監視対象にされる可能性がある。また、この法律の監視対象は「我が国の重要な国政の運営に資する情報の収集調査に係る活動」とされおり、公開情報の収集も含まれる。日本国籍をもつ者であれば問題のない正当な情報収集活動が国籍によってスパイ活動とみなされて監視対象にされる可能性がある。

3. 市民運動、社会運動への監視強化

この法律がどのように運用されるのかを、法の条文ではなく、日本の政府や警察が実際に行なっている治安監視活動の現実から理解する必要がある。これまでも警察は日常的にテロ対策を掲げた警備体制を敷いていること、緊急事態については軍事から災害まで幅広いこと、安全保障も狭義の軍事安全保障だけでなく経済安全保障や人間の安全保障なども含意され、医療、福祉や社会保障分野も含まれる。しかも、マイナンバーによる行政の個人情報の統合的な管理インフラが構築されている。こうしたなかで、社会運動や市民運動、政治活動は、国家の重要な政治課題に対する異議申し立ての活動を含み、政府情報を収集する活動は重要な活動の一環だとみなされかねない。そうだとすれば、どのようなことが起きるだろうか。たとえば、米軍基地や自衛隊基地を監視する運動、反原発運動地域開発に反対する運動などが行なう情報収集が、政府によって「重要情報活動」とみなされる可能性がある。市民メディア含めジャーナリストも監視対象になることは言うまでもない。

憲法上、外国の利益を図る目的での言論表現活動は禁じられていないことを確認することも大切だ。にもかかわらず、日本国内で「外国」(日本政府は外国の政府とその国籍を保有する一般の市民とを区別するとは限らない)に利するような言論活動を行なうことが摘発や監視の対象にされたり、当該国出身者であるというだけで、当該国政府と同一視されて、その正当な情報収集活動を監視対象にすることは、言論表現の自由や通信の秘密を定めた憲法に違反する。

4. 技術的な対抗手段=暗号化をめぐる熾烈な闘い

法が監視社会に加担する状況のなかで、通信の暗号化は私たちにとっての不可欠な防御手段になっている。

暗号について、少しだけ説明しておこう。簡単に定義すれば、暗号とは、メッセージの意味を読み取れないようにすること、である。大昔から暗号はあり、たとえば「いせいうみすらえ」という意味不明の文字列のようなものが暗号文だ。これは50音順のリストを1文字づつづらしただけのもので、元のメッセージは「あすあいましよう」だ。この暗号を解くカギは「50音順で、暗号文の文字を1文字前にずらす」である。ハガキに「いせいうみすらえ」と書いて送っても途中で盗み読みした人が「鍵」を知らなければ理解できない。郵便の場合は直感的にハガキに秘密にすべき事項は書くべきではないことはすぐわかるが、インターネットの場合は、実感を伴わないので、防御がおろそかになる。インターネットでは、メールのやりとりはハガキに近いものと理解すべきだ。インターネットの回線契約者とかGmailやYahooメールなどのメールサービス業者、あるいは職場や学校のサーバー管理者などはメールを読むことが可能なのだ。だから、こうした業者を通じて政府も通信の内容を把握可能だ、ということでもある。

現実のインターネットの通信回線などでは、暗号化が次第に普及している面もあるが、プロバイダーのサーバーやクラウドでのデータの暗号化は進んでいない。パソコンのハードディスクのデータの暗号化もまだ不十分だ。他方で、エンド・ツー・エンド暗号化と呼ばれる仕組みが次第に普及しはじめている。これは、自分と相手双方のみしかデータを読めず、その中間にあるサーバーやさまざまなサービス提供事業者ではデータが読めずネットワーク全体が暗号化される。網羅的な情報収集を目論む政府にとっては、通信事業者に協力させてもエンド・ツー・エンド暗号化では収集データが暗号化されて解読不能になる。このことに各国政府は危惧を抱いてきた。

各国政府は、たとえば、子どもの性的搾取やテロリスト、詐欺グループが暗号通信を利用して監視をすり抜けているなどと主張し、人権団体など世論が反対しづらい利用例を前面に押し出して、暗号化を悪者と印象づけて規制導入を試みている。しかし、実際の暗号技術を用いた通信サービスは、犯罪者よりもむしろ政府や警察の弾圧に対する自衛手段として、反政府活動家や人権活動家や弁護士などが利用したり、ジャーナリストが取材源の安全を確保するために利用したり、DVの被害者が加害者の監視を回避するために使うなど、人々の市民的権利に不可欠な手段になっている。政府は、犯罪利用を口実にしているが、その思惑は、むしろ自らの権力に抗う人々を監視する意図があると思う。だから、いったん暗号規制が導入されれば、当初の目的を逸脱し様々な分野で暗号利用が規制され、私たちのコミュニケーションの権利が脆弱になるのは目にみえているのだ。

5. ファイブアイズと連携する日本政府の暗号政策

日本政府は、2020年10月11日に「エンドツーエンド暗号化及び公共の安全に関するインターナショナル・ステートメント」(以下「共同声明」と呼ぶ)に、英国、米国、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、インドとともに署名した。この共同声明は外務省にウエッブに掲載されており、現在まで有効な国際的な約束になっている。署名国をみればわかるように、悪名高いファイブ・アイズにインドと日本がを加わったものだ。

この共同声明では、暗号化技術の実装は、性的に搾取された子どものような社会の非常に脆弱なメンバーを含め、公共の安全に重大な課題をもたらすと指摘し、捜査機関や情報機関が収集したデータが暗号化されて解読できないことを問題視し、「合理的で、技術的に実現可能な解決策でテクノロジー企業が政府と協力」すべきだとし、以下のように述べている。

「暗号化は不可欠であり、プライバシーとサイバーセキュリティは保護されなければならないが、このことによって、法執行機関やテクノロジー業界自体が、オンライン上の最も深刻な違法コンテンツや活動に対して全く対処できないという代償を伴うべきではない。」

インターネットなどの通信のプライバシーとサイバーセキュリティは暗号化なしでは保護できないことを政府も理解している。その上で、政府と協力して業界は違法コンテンツや違法活動に対処する対策をとるべきだ、という。この共同声明は、捜査機関などに暗号化を解除できる「鍵」を渡すように通信事業者に協力させ、この条件下であれば暗号化を導入してもよい、というものだ。これに対して、暗号技術の専門家やプライバシー団体は、警察などの監視強化になるだけでなく、ハッキングなどの不正アクセスのリスクも確実に高くなると繰り返し批判してきた。

JCA-NETは、2021年に、この共同声明に対して反対声明を出した。政府の声明では、法執行機関などが読取り・利用できるように暗号化を弱体化させることになり、「脆弱な人びと」をより脆弱にしてしまうこと、法執行機関が私たちの通信の秘密を侵害して特権的な権限を行使できるような通信インフラを構築し、監視国家化を促すことなどを指摘した。「脆弱な人びと」と呼んでいるのは、たとえば、本国の政府からの迫害を逃れて、海外から難民などとして日本に避難してきたような人達だ。彼等は、本国政府の監視や弾圧の標的になる。日本政府と当該国の政府が友好関係にある場合、両方の政府から監視や弾圧の対象になりうる。このような人達が、監視や迫害を恐れることなく、仲間同士で、あるいは自由に出身国内に暮す人たちや弁護士、人権団体、ジャーナリストなどとも通信を行うためには、暗号通信は必須なのだ。

6. 暗号規制がカナダ、EU、英国でも

2020年の共同声明はボディブローのようにじわじわとその効果を上げはじめている。カナダでは法案C-22(合法的アクセスに関する法律)が審議されており、サービス事業者に対し、通信や機密データにアクセスする「技術的手段」の導入を強制するものになっている。EUも「チャット・コントロール」と呼ばれる法案を数年前に提案し、その後反対運動との間で長期戦になり現在に至っている。この法案は、アプリやその他のオンラインサービスのプロバイダーに対し、ユーザーのメールや写真その他の活動をスマホなどの機器のなかで暗号化される前にスキャンするよう強制するものだ。英国でも、政府はアップル社に対してiクラウドの高度なデータ保護(ADP)機能の利用規制を求め、Appleはこの高度な暗号サービスの英国での利用を断念した。

こうした暗号化を規制する動きに対して世界規模での抗議や反対運動も活発だ。たとえば、JCA-NETも参加しているグローバル暗号化連合は、カナダの法案C-22について、以下のように異議を唱えた。

「強力な暗号化は、個人情報を悪意ある者の手に渡らないようにするために不可欠です。個人を特定可能な機密データをオンラインサービスが収集、集約、販売することが増え続けているデジタル社会において、暗号化はオンライン上のプライバシーとセキュリティを守るための最後の砦となることが多々あります。人々や企業が利用可能な最強のセキュリティツールで自らを守ることを妨げることは、悲惨な結果を招くでしょう。」

こうしてみると、日本の国家情報会議/局の設置は、世界各国で展開されている網羅的な監視体制構築のなかで理解する必要があることは明らかだ。民主主義を標榜する国ですら、最大限可能な限り人々の通信情報を収集しようとしており、通信情報の収集・解析にとって暗号化が最大の障害になっていることから、暗号化の規制、弱体化が図られている。

7. 通信の秘密を防御するために仲間と一緒にすべきこと

法律が政府のスパイ活動を合法化したとしても、私たちには、政府の監視から私たちの通信の秘密を防御する様々な手段がまだある。しかも、政府のスパイ活動に対抗する防御手段は世界中のプライバシーや人権に深い関心をもつ活動家技術者たちによって日々開発が続けられてもいる。たとえば、警察が「秘匿性の高いアプリ」などとして悪者扱いしているチャットアプリSignalは、優れた暗号化通信の仕組みで、スマホにアプリのストア(AppleストアかGoogle Play)から簡単にインストールできる。多くの団体が活動の相談にLineやGoogle Groupを利用しているが、これらは社会運動のセキュリティ問題に専門に取り組んでいる米国の団体、アクティビスト・チェックリストが使用すべきではないとはっきりと警告を出している。2 Signalはグループチャットやビデオ会議にも対応している。この他にも多くの監視を回避するツールがある。JCA-NETはこれらをまとめて「日本政府によるスパイ・監視と対抗するために」というパンフにまとめてウエッブで無料で配布している。3

ネットの利用は私たちの必需品であり、お互いを繋ぐ手段でもある。市民運動、労組、政党などの団体が組織的に仲間を防衛するための取り組みを進めることが、運動の文化のなかに、網羅的な国家監視への耐性となる運動文化を創造することになるし、これは必須の条件だと思っている。私は社民党の党員ではないので、口出しする権利はないが、社民党が、組織の通信環境や情報発信の政策を見直し、監視社会に対抗できる運動のコミュニケーション文化でもリーダーシップをとることを期待している。

初出:『月刊社民』2026年7月

Footnotes:

1

「「不起訴になったから指紋データを削除して」 捜査受けた男性が敗訴」朝日、オンライン、2026年5月14日 https://www.asahi.com/articles/ASV5G3QS0V5GUTIL00YM.html

2

https://activistchecklist.org/essentials

3

Author: としまる

Created: 2026-09-03 木 10:07

Validate