アメリカ大統領選挙から議会制民主主義の限界を考える

アメリカ大統領選挙から議会制民主主義の限界を考える

1 選挙の分析

1.1 ヒスパニックの動向(デモクラシーナウ)

1.1.1 ラテン系 有権者の投票が急増した

Juan Gonzalez1は、今回の大統領選挙の最大の特徴としてヒスパニック(ラテン系)の有権者の投票が急増し、ラテン系有権者3200万人のうち2600万人が投票に行ったことを指摘している。これまで、ラテン系有権者の投票率は5割を切っていたが今回は、史上はじめて50パーセントを上回り、64パーセントになる。2016年の選挙よりも800万人も多い。地域別でもラテン系の投票者の急増はまざましく、投票総数のうち「カリフォルニアとニューヨークです ラテン系の票の割合は息をのむようなものでした カリフォルニア77% ニューヨーク72%」を占めている。ニュージャージー、コネチカット、マサチューセッツ、コロラドもこうした傾向にあり、有権者の人口構成の変化をふまえると共和党が勝利する可能性はないかもしれない。

1.1.2 投票増加のエスニック・グループ別変化

人種別の投票数の増加では、前回の大統領選挙と比較してラテン系に次いでアフリカ系アメリカ人20%増、アジア系アメリカ人は16%増、白人は6%弱の増加だった。米国の世論調査はこうした動向を正確に反映しておらず、共和党支持者が多いキューバ系アメリカ人に偏る反面英語を話さない有権者が過小評価される傾向があり、これが実際の選挙予測との食い違いを生んでいる。

1.1.3 ラテン系有権者の危機感

COVID-19の感染被害は、人種によって不平等にあらわれていることが知られている。医療アクセスや職業上濃厚接触が避けられない仕事に就いていたりといった問題がある。これに加えて、トランプによるあからさまな中南米出身者への偏見(非正規移民を犯罪者集団と決めつけてメキシコ国境に壁を設置するような政策と言動)への危機感や、人工妊娠中絶を違法化しようとする動きへの危惧もあった。ゴザレスは「一つ確かなことは、民主党も共和党も、今後はラテン系の有権者を過小評価したり、無視したりすることはないということです。これは、待望の投票の民主化として広く祝われるべきものである。」と述べている。

ゴンザレスはラテン系のエスニックグループは、生物学的な人種ではなく、むしろ米国社会の差別のなかで自分たちを支配的な社会に対して守ろうとして生まれてきたものだという。

「米国におけるラテン系アメリカ人のアイデンティティは、支配的な社会が他者を定義し分類する必要があったことと、敵対的な社会で生き延びるために団結を余儀なくされたこと、その子どもたちが徐々に交りあいながら新しい社会構造「アメリカのラテン系アメリカ人」を作り上げた。疎外されたグループそのものによって、地に足をつけて有機的に作られた社会的な構造です。」

後に述べるように、今回の大統領選挙は米国がいかに大衆意識の右翼化、とりわけ白人(支配的なエスニックグループ)の右翼化が深刻な状態にあるのかを如実に示していたが、こうした傾向は、トランプの敗北では終りにはならないと警告している。

「白人女性の55%を含む58%の白人アメリカ人がなぜドナルド・トランプに投票したのか?米国が世界で最も強力な帝国主義国家としての地位を固め、国内の経済格差が拡大する中、右翼運動は国内でのみ成長しており、トランプの敗北がその成長を止めることはないだろう。進歩的多数派を構築する鍵は、より多くの若いラテン系住民を投票に動員し続け、有色人種の人々、組織化された労働者、およびそれらの同盟者によって右翼候補支持を抑えこむことだ。」

ここで表題に「左翼」としたが、左翼は多様でひとつではない。ひじょうに漠然とした定義だが、人種、性別、国籍などによる差別を否定し、社会的な平等のために社会の伝統や現状の政治、経済、法制度や文化変革することを厭わない立場と考えておく。政治的権力の否定(国家の否定)を重視するアナキズムから資本の支配の否定を重視するマルクス主義まで考え方は多様であり、また、具体的な政治過程についても、体制内改良の可能性を重視する立場から一切の既存の制度に頼らない立場まで、また闘争の手段を平和的な手段に限定するのか武装闘争を肯定するのかでも立場はまちまちだ。そして、一般に「社会主義」とか「共産主義」と同義とみなされる場合もある現存の社会主義を標榜する国家、中国、キューバなどや20世紀のソ連、東欧のかつての「社会主義」を標榜した国々を「社会主義」として認める立場もあれば、これらを「社会主義」の名に値しないとして否定する立場もある。冒頭に述べたように、こうした多様性がありながら人種、性別、国籍などによる差別を否定し、社会的な平等を目指すという点では共通しているといえる。

ちなみに右翼もまたその考え方は多様だが、共通していえることは、社会的平等を否定し、伝統的な価値を最も重視する立場は共通している。ただし「伝統」の内容は多様であって、宗教的な伝統だけをとっても、西欧社会だけをみてもキリスト教の伝統もあればキリスト以前の多神教の文化(ギリシア、ローマや北欧)まであり、ひとつではない。

1.2 アナキスト(Crimethinc)

Between Electoral Politics and Civil War
Anarchists Confront the 2020 Election2

1.2.1 代表制民主主義の否定と選挙への態度

一般にアナキストは民主主義を直接民主主義であるべきで代表制をとることに批判的な場合が多いので選挙には消極的だ。米国のアナキスト系のサイトCrimethincは、今回の大統領選挙では、アナキストたちも無関心ではいられなかったという。

「アナーキストが選挙の結果を心配するのは当然のことである。警察、刑務所、国境、その他の抑圧を廃止するために戦い続ける中で、選挙での勝利であれ、その他の手段であれ、どの政権が権力を握るかは、私たちがどのような課題に直面するかを決定づけるからだ」

1.2.2 ラディカルな要求の改良主義的なとりこみ

他方で、選挙に全てを委ねることの問題も指摘している。たとえば、BLMの運動のなかから提起されてきた警察の廃止というラディカルな要求の問題がある。警察による殺人も含む暴力は米国の人種差別が制度化、構造化されていることから生まれている。BLMでは、警察の介入を排除してコミュニティを自衛する動きが活発化した。これに対してトランプは、警察の強化から軍の動員まで目論むなどBLMや右翼の暴力と対決してきた諸々の反ファシスト運動、一般にAntifaと呼ばれるが、固有名詞でもなければ特定の組織を指すことばでもない運動をとくに名指しして摘発を主張した。大統領選挙でバイデン陣営は、トランプの治安維持と人種差別主義的な警察擁護に対して、警察の廃止ではなく、警察への財政支出のありかたを改革するという対案を提案することによって、警察をめぐる原則論を退けてしまう。「改革派は、この大胆な提案を薄め、ロビー活動によって警察の『資金繰りを切り崩す』という提案にすり替えたのである。当然のことながら、闘争を政党政治と政府の手続きの領域に還元してしまった結果、警察の財政出動すら理想的に思えてしまう。」

1.2.3 警察と極右の暴力の問題

警察や極右の暴力がエスカレートするなかで、ある種の「内戦civil war」が一部の活動家のなかで現実味を帯びて議論されるようになる。

「極右勢力が内戦を叫んでいる理由は複雑だ。草の根レベルでは、一線級の人種差別主義者たちは、文化戦争と人口動態の変化で自分たちが負け組になっていると感じている。一部の人種差別主義者は、公然とした敵対行為を先延ばしにすればするほど、自分たちの立場が悪くなると結論づけているようだ。彼らが過激化するにつれ、ドナルド・トランプやタッカー・カールソンのような民主主義者は、彼らの忠誠心を繋ぎとめるために、彼らとともに過激化せざるをえなくなる。」

選挙運動やBLMのデモがを広がりをみせるなかで、極右が銃を公然と携帯して威嚇するスタイルが拡がると同時に、極右や警察の暴力への自衛手段として、武器を携行するアンティファやコミュニティの活動家も登場する。著者は、「極右が内戦を求めているのであれば、私たちはこのパラダイムを特に疑うべきである」と述べる。しかし、問題は一筋縄ではいかない。暴力を否定して、選挙運動に集中すると、選挙という制度を前提にして選挙で多数をとれるような政策に絞って主張を展開することになるから、警察の廃止などというラディカルな主張はできなくなる。右翼が危機感から武力闘争へと傾斜するなかで、これに武力で呼応することになれば、右翼が前提している武装闘争=内戦の罠にはまることになる。[デモでの銃の拡散は、右翼の武装闘争と土俵を共有していることを反映している」

Crimethincの著者は、武装闘争と選挙運動という二極化に対して「常在的な拒否と反乱」を提起する。

「武器の奪い合いで個々の派閥が互いに戦う内戦の代わりに、私たちは水平的かつ分散的に反乱を広め、権力の制度とそれを支える忠誠心と対峙し、忠誠心を不安定化させることを目指す。このプロセスの第一段階は、いかなる法律、多数派、指導者が私たちの服従を当然のこととする考えを否定することである。第二のステップは、武力だけで目的が達成可能だというロマン主義を捨てることである。第三のステップは、既存の秩序を永続させるような私たちの役割を拒否することである。」

そして、「バイデン大統領の下では、不満を持つ極右からの攻撃が増えるだろう」という見通しのもと、バイデン政権について二つの点を指摘している。

「もしバイデンが大統領職を確保することに成功したら、私たちは直ちに彼と対決することに軸足を移し、彼の政権がどのようにしてトランプのアジェンダを実行し続けているかを示さなければならない。」

こうして彼らも前述したゴンザレスの場合同様、バイデン政権が誕生することで現在の深刻な極右の台頭や警察の暴力の問題が解決するとは考えていない。

Crimethincの著者は、社会全体の変革をどのように見通すのかという観点よりも、小規模なコミュニティの活動の原則に焦点をあてて上のような六つの原則を立てているように思う。こうした問題提起のスタンスはアナキストらしいもので、後述するように、マルクス主義に近い立場の社会主義者の場合は、より大きな体制全体の変革のプログラムへの関心が中心になる。

1.3 コメント(選挙制度と二大政党の限界)

言うまでもなく、アナキストたちが選挙に幻想をもったわけではなく、誰が権力者となるかで権力の抑圧装置としての機能に変化がありうるからだ。他方で、選挙が政治の全てではないのであり、「選挙政治は、人々に、自分の夢を追求するのではなく、2つの悪のうちのどちらか少ない方を支持するように圧力をかけ、それらの夢をますます手の届かないところに押しやってしまう」ことを指摘している。

選挙=議会制民主主義を原則として擁護する立場のばあい、選挙で選ばれた権力に対して抵抗する権利はどのようにして、あるいはどのような手段であれば正当化されるのか、という問題は真剣に議論されることの少ない問題かもしれない。次の選挙で勝利するための選挙運動であれば、選挙による民主主義の手続きの枠内の行動になる。代議制民主主義だけが政治の選択肢であるという考え方は、選挙以外の方法で権力を倒すという選択肢の正当性を否定することになる。しかし、そうであるなら、民衆の思想信条の自由、言論表現の自由によって保障されている直接行動の権利は、議会制民主主義の手続きに収斂するような範囲でしか認められないということになりかねない。言うまでもなく、いわゆる民主主義を標榜する国であっても、大衆の「反乱」ともよべる街頭闘争は重要な政治的な効果をもち、権力に影響を及ぼす。投票行動に還元できない行動の可能性を最大限保障することは、政治的な合意形成のひとつのありかたとしての議会制民主主義の結果とも連動する。

二大政党制は、つねに、この二つの政党のうちのよりマシな方を選択することによって、マシではない方が権力につくことを阻止するという方向で、人々の政治への関わりが誘導されてしまう。このどちらによっても実現できない課題は放置されることになる。これに対して、議会制に還元できない大衆運動はその多様性において少数者の意思表示のあり方として必須の条件をなす。

1.4 Anti Capitalism Resistance

以下は、Anti Capitalism Resistanceのサイトに掲載されたPhil Hearse「選挙後の忍びよるファシズム」という記事の紹介である。3

1.4.1 「忍びよるファシズム」の定義

欧米では、極右の台頭から、主流の政治の携行が右傾化するなかで、あからさまなファアシズムというよりも、人々の警戒をかいくぐるように、密かにファシズム的な傾向が政治や社会に浸透しはじめていることへの警戒が強くなっている。

「忍び寄るファシズム理論は、極右が権力に向かって前進するために使っている人種差別的、外国人恐怖症的、反移民的な波に直接対抗する緊急の必要性を左翼や大衆運動に警告するものであり、アメリカでトランプを選出し、イギリスでBrexitを確保するために使われたメカニズムである。本当の危険は、私たちが傍観し、すべては「普通」に戻るという極端な楽観論を採用していることにある。」

トランプが敗北し、バイデンが大統領になれば、これまでの異常な政治が終りを告げ、やっと正常になる、という安堵感がありとすれば、こうした感覚そのものがもたらす気の緩みを著者は警戒する。今回の大統領選挙については、トランプが敗北したことよりも、敗北しても彼が7000万票を獲得し、その支持者たちの熱狂が冷めない現状や、警察内部に強い支持者が存在することを重視する。

「もしトランプ氏がホワイトハウスから引き剥がされた場合、トランプ主義とアメリカの極右は敗北して政治の舞台から追放されることにはとうていならない。7,000万人の有権者は、トランプにとって計り知れない潜在的な基盤である。今後数週間から数ヶ月の間に、トランプが支持者の大規模な集会で演説し、さらなる闘争に備えているのを目にするかもしれない。トランプ主義は、さらに言えば、共和党をいまだにしっかりと握っている。(中略)共和党議会の人々は、トランプと決別する可能性は低いだろう、なぜなら、彼の忠実な大衆基盤は、共和党議員らがトランプから決別すれば、彼らの政治声明を終わらせることができるからだ。」

プラウドボーイズや武装した民兵の大規模な動員といった現象は明かにファシズムといってよいもので、「たとえ彼らが卍ではなく星条旗を敬礼していたとしても」ファシズムとみなすべきだというだ。こうした勢力は、地域の警察の大きな支持を得ておる、その数は何万人にもなる。「彼らはトランプの大衆基盤の重要な一部なのだ」と警戒する。

トランプの支持者は、均質で完成されたファシスト集団ではない。しかし、彼らの多く、何百万人もの人々は、明らかに(ブルジョア)民主主義を弾圧し、それを独裁的な権威主義政権に置き換えることを支持するだろう。」

1.4.2 なぜ居座るのか

大統領選挙でのトランプの敗北がほぼ明かであるにもかかわらず、トランプは執拗にホワイトハウスに居座っており、これを権力への執着とみなす見方もあるが、著者はむしろ、7000万に及ぶ得票という大衆的な基盤に着目すべきだという。

「トランプがホワイトハウスを離れることを拒否したのは、現段階ではおそらく、土壇場でクーデターを起こそうとしているのではなく、選挙が「盗まれた」という感覚をかきたてることで、トランプ主義者の大衆基盤を構築し、固めようとしていることを示しているのではないだろうか。」

一般に議会政治では、投票行動で敗北した側に投票した有権者は、多かれ少なかれ、その結果を受け入れつつ、次の選挙のために政権批判の運動へと軸足を移すが、今回の選挙ではこうした傾向に加えて、選挙の結果を受け入れないトランプ支持の有権者の数があまりにも膨大に存在し、こうした大衆の支持を固めることを目的にして居座りという戦術をとっているのではないか、というのだ。もしそうだとすると、この戦術は、トランプの政権続投という結果をもたらさないとしても、7000万票をとりこむことで国家の分断を回避しようとすれば、バイデン政権は右傾化せざるをえないことになる。

著者はその一例として人工妊娠中絶の問題をとりあげて次のように述べている。

「極右は、バイデンを妨害し、中絶が禁止されている州をバックアップするために、最高裁と上院のその可能性の高いコントロールの制御を使用して、事実上ロー対ウェイド判例(中絶を合憲とした最高裁判決)を破棄するだろう。バイデンはカトリック教徒であり、彼がこれに反対するかどうかはっきりしない。オバマケア(そのすべての制限を持つ)もまた、四面楚歌になる可能性がある。」

バイデンの民主党が形の上では政権にありながら、その実質が「リベラル」とはいいがたい右傾化した政策へと引き寄せられかねない危険性がある。こうした事態がまさに忍びよるファシズムと呼びうるものということができるかもしれない。

Anti Capitalist Resistanceの別の記事もトランプの大量得票を問題視する。4今回の選挙は、民主党の勝利とはいいがたく、投票率はほぼ互角ともいえるもので、投票率がかなり高(約67%)ために、今回は2016年よりも多くのアメリカ人がトランプに投票したことにもなっていることに注目する。そして、このエッセイで次のような疑問を投げかける。

「トランプは、無能者、ナルシスト、連続嘘つきであるという事実。彼はその「人民の男」の行為があからさまなフェイクのダサい億万長者のビジネスマンであるという事実。彼は人種差別主義者、性差別主義者、いじめっ子、女性への虐待者であるという事実。彼が公然と偏見と暴力と他者への侮蔑を扇動し、殺人警官とファシストの民兵を容認しているという事実、23万人のアメリカ人(集計された数字)が彼の否定と過失のおかげでコロナウイルスで死亡したという事実。にもかかわらず、7000万人弱のアメリカ人が彼に投票した。」

私もこの疑問を共有する。一般に、トランプの見えすいた嘘、白人貧困層の境遇に共感などもっていない彼のライフスタイルなど一目瞭然の現実を無視できない数の有権者が、それでもトランプに投票したのかは、きちんとした分析が必要だ。7000万の米国の有権者を、極端に非常識な愚か者だと判断することはできない。たぶん日常生活では常識をもった行動をしているはずの多くの人々の何かがある種の信じがたい投票行動をとったとすればその理由を合理的に解明しなければならない。このエッセイではそこまで立ち入ってはいないが、トランプへの投票で米国の伝統的なリベラリズムや議会制民主主義への大衆的な懐疑がはっきりしたという。

「トランプは日常的にリベラルな議会制民主主義の手続きやプロトコルに違反している。彼はこれを平然とやっているだけでなく、彼の中核的な支持者は積極的にこれを支持し、多くのアメリカ人が消極的に支持を与えている。」

「もしトランプが選挙に負けてホワイトハウスを去ることになれば、ワシントンに潜伏するのではなく、彼の基盤を動員してバイデン政権を包囲し、BLMや他のラディカルな抗議者に立ち向かう可能性がある。

2024年に78歳で大統領候補になるのはあまり信憑性がなく、共和党のボスたちは動き出したいのかもしれない。有権者の忠誠心は圧倒的にトランプにあって共和党にはない。トランプは、1920年代や1930年代のファシズムに非常によく似た、暴力的で人種差別的な大衆運動のリーダーになる可能性がある。この再動員されたトランプの基盤は、中絶、福祉の権利、公民権法制、エスニックマイノリティやLBGT+コミュニティに反対する新たなキャンペーンに活力を与える部隊としても利用される可能性がある。」

1.4.3 現代のファシズムの三つの原因

このエッセイで著者たちは現代のファシズムの特徴を三点指摘する。ひとつは新自由主義による福祉のコンセンサスの解体である。

「戦後の「福祉」コンセンサス–経済成長、完全雇用、強力な労働組合、生活水準の向上、住宅、教育、健康、年金、福利厚生に対する高水準の公的支出に基づく–の崩壊が、合意に基づくブルジョア支配の基盤を大きく破壊したことである。伝統的産業の衰退、恒久的な失業率の低下、停滞した賃金、腐敗した公共サービス、横行する企業権力、そして異常なレベルにある社会的不平等は、制度の正統性の危機を生み出した。ファシズムとは、社会的な怒りが支配階級に向けられないようにするために、スケープゴートに向ける反動的な政治力の組織化である。

いわゆる新自由主義政策と伝統産業の衰退がもたらした不平等の拡大のなかで、大衆的な怒りをなぜ社会的平等を要求する左翼が受け止められず、ファシズムともいえる傾向に屈することになったのかが左翼にとっても重要な宿題になる。

第二に、大衆的な抵抗や異議申し立てを暴力的抑えこむ弾圧体制である。

危機の影響は、社会と政治を二極化させることである。下からの闘争が爆発的に起こる危険性が残っている。このなかでファシズムは、積極的に反革命的な勢力となり、武装した活動家の中核は、意義を唱える者たちに対する警察の弾圧を直接支援し、受動的な反動的大衆は、抵抗する人々への国家暴力のエスカレートに屈服することになる。こうしたことは、今年の夏のアメリカのBLM抗議行動で明らかになった。

この指摘は、前述したように暴力の問題である。警察と極右が連携してつくりだされる抵抗する大衆への暴力だけでなく、この暴力を容認する「受動的な反動的大衆」の存在がこれを支えてしまう。「ファシズムは、積極的に反革命的な勢力」と述べられているが、BLMが革命と呼びうるような社会体制全体を転覆するような勢力となりうるかどうかははっきりしていないし、運動の参加者の意識も「革命」と呼びうるものとはなっていないのではないか。

三番目に指摘されているのが産軍複合体と多国籍企業支配体制の強化である。

第三に、過剰蓄積と過少消費の長期的危機に悩まされている世界資本主義システムの中で、軍産安全保障複合体がますます重要な一翼を担うようになりつつある。軍隊、警察、刑務所、国境、警備員、電子スパイ、データ収集などへの国家支出が増大し大規模化しているということは、システムの中心にある巨大な多国籍企業に有利な契約がなされていることを意味する。」

ここで記述されていることは、その限りではその通りと思うが、このような多国籍企業と軍の融合は、米国では一貫してとられてきた体制であり新自由主義に固有なわけではなく、むしろ20世紀の米国資本主義を通じてみられる。この産軍複合体とファシズムと呼びうるような右翼大衆運動の構造との結びつきについてはより立ち入った検討が必要だと思う。本稿の課題からそれるので一言だけ付言するが、現代のファシズムは、「サイバ=ファシズム」とでも命名できるようなネットの言説の社会化のメカニズム抜きには論じられないと私は考えており、この意味でいえば、IT関連の資本と国策が連動して大衆的なコミュニケーション空間をファシズムと呼びうるような性格のものにする基盤となっていると思う。

1.4.4 分断される労働者階級

左翼の観点からすると、社会的平等の実現にとって、階級的な不平等の問題は最重要の解決されるべき問題とみなす考え方が19世紀からの伝統だ。にもかかわらず、労働者階級の分断がますます顕著になり、階級としての団結も、団結の先に見通せなければならない平等な社会の構想が後退してしまっている。

「労働者階級の組織は、40年間の新自由主義的な衰退によってすでに劣化している。労働組合の組合員数は劇的に減少し、先進資本主義世界の多くの地域では、労働者階級の組織は事実上存在せず、ストライキ率は、特にイギリスでは底をついている。組織化された、闘争的で、階級意識の高い労働者運動である「自己のための階級」のこの急激な衰退は、労働者階級の内部にファシストの前進のための巨大な空間を作り出した。労働者階級は分裂し、ナショナリスト、人種差別主義者、外国人嫌いの勢力–第二波ファシズム–の大衆基盤は、より重く労働者階級的なものになっている。」

現代のファシズムは原子化され、疎外され、それゆえにナショナリズム、人種差別、性差別、暴力、権威主義の極右政治に開放されている労働者階級を通って「染み出す」ファシズム」であるとみる。「戦後すぐの安定した、高給取りの、組合化された仕事から追い出された、年配の、白人、男性労働者階級に訴えている」ということになるが、こうした階層だけでなく若年の白人労働者階級のトランプ支持も無視できないと思う。というのも、大統領選挙で大きな影響を与えたのは、高齢者のアクセスが多い伝統的なマスメディアだけでなくSNSの影響が無視できないからだ。

このエッセイでは、最後に「私たちは、現実を直視しながら、人類と地球の危機は、革命的な組織の危機なのだと言う。だからこそ私たちは、国際主義、エコ社会主義、民主主義、下からの闘い、被抑圧者との連帯に基づいた新しい革命的組織を構築するプロジェクトに身を投じてきたのだ。」と締め括るが、先に紹介したアナキズムの主張と比較するとマクロの社会変革に関心の中心があるという点で、視点の違いがはっきりしているが、しかし、この紋切り型の宣言は正論だから否定はできないが、かといって魅力的とはいえない。

1.5 コメント(階級、エスニシティ、ジェンダー、環境…をめぐる課題)

トランプに無視できない数の白人労働者階級が投票したであろうことはほぼ間違いない。これはヒスパニック系労働者の投票行動と明かな違いになっている。このような結果は、新自由主義がもたらしたものかもしれないが、しかし、もしそうであるなら、より新自由主義による犠牲を強いられたはずのヒスパニックの票がトランプに流れていない理由が説明できない。レイシズムの観点がこれに加わると、階級かエスニシティか、という別の問題群の重要性が浮上し、更にこれにジェンダーの観点が加わると、更に階級闘争の位置づけのありかたへの再検討の必要がはっきりする。新自由主義だけでなく、社会運動のなかで最も長い伝統をもつ労働運動が新しい資本の搾取の構造に対応した運動を構築できなかったという運動の側の主体のありかたへの反省が必要なのではないかと思う。とすれば、「国際主義、エコ社会主義、民主主義、下からの闘い、被抑圧者との連帯に基づいた新しい革命的組織を構築するプロジェクト」がこれまでどうであり、今後どうあるべきかというある種の総括の視点も必要になると思う。

前述したアナキストの分析では、ここで論じられているような資本主義全体の経済や社会構造への批判や組織のあり方についての視点が重視されていない。このことはコミュニティを基盤にする小規模分散型の抵抗運動を重視するのか、それともより組織された全国的(国際的)な運動を指向するのか、という運動の考え方の違いがでてきている。労働者が労働現場で組織され地域での連携を模索することと、これを全国的に繋ぐ上で必要になる最低限の合意形成の方法は、運動のなかの「民主主義」のありかたと関わる問題でもある。この古くからある問題を、ネットやSNSの時代にどのように再構成できるか、はかなり重要な課題になってきていると思う。

2 バイデン政権への左派からの抗議行動が開始されている

すでに、バイデン政権がほぼ確実になっている今、バイデンの政権移行に対して、かなり深刻な危惧を抱きはじめ、行動にでている。とくにバイデンの移行チームのメンバーや次期政権の主要閣僚候補として名前が挙がっている人たちへの批判が噴出している。

2.1 サンダースの支援者たち

選挙運動でサンダースを支援してきた民主党左派とその支持者たちにとってバイデンのお評判は悪かった。(だからバイデンではなくサンダースを支援したわけだが)RootsAction.orgの代表、ノーマン・ソロモンは、サンダースの支持者たちが、バイデンが民主党の正式な大統領候補になった後に、バイデンに投票するための作戦を意識的に展開してきた。5前回の選挙でヒラリー・クリントンを忌避し左派に影響されてトランプが当選した苦い過去があったからだろう。

「私が代表を務めている組織、RootsAction.orgは選挙戦の間、バーニー・サンダースを支援し、バイデンが数十年にわたって企業の強欲、人種的不正、軍産複合体に仕えてきたことを示す文書を広く配布した。

しかし、トランプかバイデンかという選択は痛いほど現実味を帯びている。魔法のような思考は文学的な価値を持っているが、政治の世界では、二項対立の選択肢が出てきたときに現実から逃避するのは妄想であり、危険だ。選挙結果が他人に与える影響よりも、投票に関する有権者の感情に焦点を当てた一種の自己陶酔に陥ることがあまりにも多い。

ノーム・チョムスキーは「バイデンが好きかどうかは関係ない、それはあなたの個人的な感情だ、誰もそんなことは気にしていない」「彼らが気にしているのは、世界がどうなるかということだ。我々はトランプを排除し、バイデンに圧力をかけ続けなければならない。」と最近のビデオで語っている。」

RootsActionのジェフ・コーエンが立ち上げたプロジェクト「Vote Trump Out 」では、「2段階のキャンペーン 」を展開した。「まず、トランプを追い出すこと。そして初日からバイデンに挑戦する…スイング州に住む「左翼の有権者」を説得するのは簡単で、彼らが躊躇しつつもバイデンに投票するように説得するには、我々がステップ2について真剣に取り組んでいることを知ってもらえれば容易なことだ。」

左派はトランプを政権から追い出し、バイデンを政権につかせることを選択しつつ、バイデンに対しもきちんとした抗議運動を展開することを約束することで左派の支持者を動かそうとした。RootsActionが組織したVote Trump Outのキャンペーンでは次のよに呼びかけている。6

「初日からバイデンに抗議

ドナルド・トランプは、真実、良識、私たちの地球に、そして働く人々に戦争をしかけてています。私たちが危惧することからすれば、2020年にホワイトハウスから彼を追い出さなければなりません。

進歩派、左翼として、ジョー・バイデンとの意見の相違を縮めるつもりはありません。スイング州で民主党の候補者を支持することが、トランプを倒す唯一の手段です。そして、私たちにはトランプを倒す道義的責任があります。

もしバイデンが勝てば、私たちはその大統領初日から彼の前に立ちはだかり、人種的、経済的、環境的正義を前進させるような構造改革を要求することになるでしょう。その前にすべきことははっきりしています。今年の11月は、スイング州で#VoteTrumpOutで投票しなければなりません。」

2.2 移行チームのメンバーの問題

バイデンが当確になって以降、政権移行の具体的な準備が進んでいる。しかし、バイデンが組織した政権移行チームのメンバーや閣僚候補に対して、既に多くの批判が出されている。上述したrootsactionのサイトに「バイデンの移行チームには戦争利得者、政権周辺のタカ派、企業コンサルタントがいる」という記事が掲載されている。7

この記事では、「企業コンサルタント、戦争利権者、国家安全保障のタカ派など、目を見張るほどの数の企業コンサルタントが、ジョー・バイデン次期大統領によって、彼の政権のアジェンダを設定する機関の審査チームに任命された。」として移行チーム一人一人の経歴を紹介している。以下、その一部だけを紹介する。

  • リサ・ソーヤー。彼女は2014年から2015年まで国家安全保障会議でNATOと欧州戦略担当ディレクターを務め、ウォール街のJPMorgan Chaseでは外交政策アドバイザーを務めた。ソーヤーは、Center for a New American Securityの「米国の強制的な経済政策の将来に関するタスクフォース」の一員であり、米帝国への屈服を拒否した国を不安定化させるために使われる可能性のある経済戦争の会議に参加。「ソーヤーは、米国政府はロシアの「侵略」を抑止するのに十分なことをしていないと考えており、欧州の米軍は2012年のレベルに戻るべきであり、ウクライナへの攻撃的な武器の輸出は増加すべと考えている。」
  • リンダ・トーマス・グリーンフィールド。米国務次官補(アフリカ問題担当)。バイデン・ハリス国務省チームのリーダーに任命。「彼女は、リビアでの戦争を推し進め、イラク侵攻を支持し、ルワンダの大量虐殺を可能にした国連の平和維持要員の解任決定に関与したスーザン・ライス元米国家安全保障顧問の揺るぎない味方」
  • トーマス・グリーンフィールド。 「マデリン・オルブライト元国務長官が会長を務める世界的なコンサルティング会社、オルブライト・ストーンブリッジ・グループの一員として、防衛産業のためのロビー活動」
  • ダナ・ストロール。国務省のグループに参加し、「新保守派のワシントン近東政策研究所(WINEP)のフェロー」「ストロールは2019年に上院民主党からシリア研究グループに参加し、シリアでの米国の汚い戦争の次の段階を構想するために参加した。提言には、米国が 「政治的結果に影響を与える 」ための梃子を与えるために、「シリアの資源が豊富な部分 」である同国の3分の1の軍事占領の維持が含まれていた。」
  • ファルーク・ミタ。オバマ政権の元国防総省職員。国防総省移行チームに任命。「イスラエルロビーとのつながりを育んできたイスラム系アメリカ人のPAC(Public Affairs Committee)であるEmgage( https://emgagepac.org 訳注)の役員を務めており、パレスチナ連帯の支持者から怒りの非難を浴びている。」

このリストはもっと続くのだが、彼らのかなりの部分が、オバマ政権時に米国政府で働いていた。特に外交政策について、バイデン政権が進歩的な方向をとると信じてきた人々にとっては落胆せざるをえない人選になっているという。

また、In These Tomes(古くからある左派系の新聞)にサラ・ラザレが「次期大統領は武器会社が資金提供するタカ派的なシンクタンクから引き抜いている。」(2020年11月11日)という記事のなかで次のように述べている。8

「国防総省の機関審査チームを構成する23人のうち、8人、つまり3分の1強が、兵器産業から直接金を受け取るか、兵器産業の一部でもある組織、シンクタンク、または企業での「最近の雇用」にリストアップされている」という。これらの企業には、レイセオン、ノースロップ・グラマン、ゼネラル・ダイナミクス、ロッキード・マーチンが含まれる。」

バイデンになってもやはり米国が構造的に有している政府と軍需産業の癒着は維持されたままだ。

なかでも、国務長官候補、アントニー・ブリンケンと国防長官候補、ミケーレ・フローノイへの批判は厳しい。バイデン次期政権の国務長官候補とされるアントニー・ブリンケンは、米国の戦争遂行に深く加担し、また武器輸出にも関わってきた軍国主義者であると批判されている。9 更に、国防長官候補のミケーレ・フローノイについては、CodePink, Our Revolution, Progressive Democrats of America, RootsAction.org, World Beyond Warなど運動体から連名で、11月30日に国防長官就任反対声明が出されている。10この声明では「私たちは、ジョー・バイデン次期大統領と米国の上院議員に、好戦的な軍事政策を擁護してきた歴史にとらわれず、兵器産業との金銭的な結びつきがない国防長官を選ぶよう強く求める。ミシェル・フローノイはこれらの資格を満たしておらず、国防長官としては不適任である。」として、具体的にこれまでいかに好戦的な外交に加担し、また兵器請負会社ブーズ・アレン・ハミルトンBooz Allen Hamiltonの取締役を務めるなど民間軍需関連企業で働いてきたのかを指摘して次のように結論づけている。

アメリカ国民は、兵器産業に縛られず、軍拡競争を終わらせることを約束する国防長官を必要としている。ミシェル・フローノイは国防総省の責任者になるべきではないし、他の者でもその資格を満たしていない者はなってはならない。私たちは彼女が指名されることに反対する。そして、私たちは、すべての上院議員が彼女が承認されないよう要求する多数の有権者からの声を屆けることができる大規模な全国的な草の根キャンペーンを開始する準備ができている。

ちなみにフローノイは東アジア外交について、今年6月にForeign Affairs11に「アジアの戦争を防ぐには―アメリカの抑止力の衰退が中国の誤算リスクを高める」と述べ、東アジアでの米軍の存在感を増す必要性を強調している。しかもこの米国の軍事力は、従来の軍に加えてサイバー領域での存在感の構築が強調されており、こうなると一般市民も利用するネットワーク全体が軍事化と安全保障の枠組で監視される危険性を招くよせることになる。

「全体的な作戦原則は「基地ではなく場所」に基づくべきである。内輪の範囲内では、中国の計画を複雑にするために、軍は潜水艦や無人の水中ビークル、遠征用航空部隊、緊迫した一時的な基地の間を移動できる機動性の高い海兵隊や陸軍部隊など、より小型で機敏な部隊パッケージにますます依存すべきである。また、安全保障協力に対してより戦略的なアプローチを取ることも不可欠であり、米国の同盟国やパートナーが抑止力に何を貢献できるかを評価し、それぞれのために複数年の安全保障協力計画を策定することも必要である。」

基地ではなく場所、という文言は一見すると辺野古に象徴されるような米軍基地建設に消極的にみえるが、実は逆であって、地域全体を軍事安全保障のシステムに組み込むこと、空間的な軍の自由で機動的な展開をより強化すべきだ、と主張するものだ。バイデン政権は、トランプ政権とは異なって平和主義ではないかとの根拠のない期待を抱くべきではない。

3 暫定的なまとめ

国民国家の選挙制度が、多くの外国籍の住民たちを排除していること、一国の政治に利害をもつ世界の多くの人々に選挙への参加の権利がないこと、制度そのものが多くの不公正や不平等を内包しているであろうことはこれまでも指摘さてきた大問題だが、ここでは、これらについては言及する余裕がない。また、米国の選挙が、共和党と民主党という二者択一の選択肢しかなく、文字通りの意味での左翼の政治勢力が、議会内左翼としてすら存在する余地がない、という極めて偏った政治体制であることもこれまで何度も指摘されてきているのでここでは言及しない。

上記のことを別にして、最大の問題は、トランプが敗北したことを喜べるような状況ではない、ということだろう。その理由はいくつかある。

  • 総得票の半数近い票を獲得し、前回よりも多くの支持を集めたこと。
  • 事実による主張が有権者にとって候補者選択の評価にならなかったこと。よく言われるように「ポスト真実」などと呼ばれる事態が実際の政治過程に大きな影響を与えたこと。
  • 労働者階級の分断が鮮明に示され、「階級」に基く闘争を基本に据えてきた伝統的な左翼や労働運動がこうした状況をどのように総括するかが問われているということ。

これらの原因がどこにあるのかを解明することが重要な課題になる。

上の「理由」だけでなく更に根本的に議論すべき問題がある。

果して選挙による民主主義は、最適な結果を生むシステムなのだろうか。民主主義を支える法の支配の根幹をなす憲法は、本当に民衆の権利を保障するものといえるのか、という問いが更に必要になる。この制度が正義や公正な権力を生み出す上で、最適な方法だという前提で政治と権力について議論してよいのかどうか、が改めて問われている。この問いは、米国に限らず、どこの国の代議制民主主義についてもいえる問題ではないか。日本の場合も、安倍政権への左翼や市民運動からの長年にわたる批判がありながら、政権は長期維持され、左翼の主張が多数を占めるような影響力を持ちえないままだ。大衆は間違った選択をすると安易に言うことは、大衆蔑視になるか左翼の権威主義になりかねない。たぶん、「ポスト真実」の時代に、なぜこうした時代になってしまったのか、なぜ真実よりも人々がフェイクを支持するのかを、正しさの視線からだけで判断するという方法そのものが妥当性を欠いているのだと思う。

どこの国にもある種のナショナルな「神話」がある。米国の「神話」はエスニックマイノリィが重層的な人口を構成するなかで、複数の神話が相互に干渉しあって摩擦を起こしているようにも思う。日本の場合、戦前の現人神神話の時代に、ほとんどの「日本人」がこのフェイクを「信じ」て自らの命を捨て、多くのアジアの民衆の命を奪ったという出来事を単に、真実と虚偽という二分法に頼っては理解できないだろう。同様のことはナチスのユダヤ人ホロコーストを正当化する過程についてもいえる。いずれも膨大な数の虚偽のテキストと言説が生む出された。今からみれば荒唐無稽な世界観や偏見を圧倒的に多くの人々が正義の証と「信じ」て受け入れたのだ。近代科学や合理主義が支配的な社会においてこうしたことが起きた歴史をほぼどこの国ももっている。この点を踏まえるとトランプのアメリカで表出した「ポスト真実」は新奇な現象ではなく、たぶん近代社会が合理主義の裏側で一貫して維持してきた神話の構造に由来するとみるべきではないか。この神話を再生産する根源にあるのは、様々なナショナルなアイデンティティであるとすれば、これは資本主義にとって本質的なことといわなければならない。

そうだとすれば、民主主義的な合意形成が科学や真実に味方するとは限らないということも明かではないだろうか。とはいえ、この時代になってなぜあらためてこうした「神話」が政治的な力をもってしまったのか。そのひとつの原因は、インターネットの普及によって一人一人が不合理な心情(信条)を不特定多数に発信することが可能になった結果として、これまではごく私的な領域でしか流通していなかった荒唐無稽な陰謀論のたぐいが流布する基盤を与えられたのかもしれない。とすれば、なぜ無視できない数の人々がこうした陰謀を信じるのか、という問題に立ち戻ることになる。米国でいえば、建国の神話や聖書の言説などの「神話」がその土壌を形成してきたのかもしれない。

こうなると私たちにとっての政治的な言説の場が再度「正しさ」をとりもどすには、こうした一連のフェイクを生み出す社会的な基盤との闘いなしには、実現できないということになりそうだ。

上述の点を踏まえて、再度代議制民主主義の問題を考えてみると、選挙そのもののプロセスが文字通りの意味での政治的言説の内実を伴う討議の空間を構築することなど全くできていないことに思いあたる。政治学の教科書や、議会政党が選挙と民主主義に与えている理念と、実際の選挙で起きている事態とはほとんど何の接点もない。選挙運動は、有権者に投票所に行かせて投票用紙に候補者の名前や政党の名前を書かせるためのテクニカルなプロセスであり、主要な関心は政治ではなく政治家の名前、政党の名前である。しかも政治家の名前が政治の内実を指し示す記号になっているならいざしらず、それもない空虚な記号である。この問題は実は極めて深刻な議会制民主主義の腐敗を示している。これに対して理想論を掲げることはほとんど意味をなさない。なぜなら、「名前」で投票するというシステムそのものが民主主義の実質を壊死させる原因になっているからだ。なぜ名前なのか、名前に政治の実体などないことになぜ気づかないのか。選挙で名前を書くという行為そのものがもつ空虚な行為が、逆に「ポスト真実」のような真実でないにしても意味が充溢した言説へ人々が魅かれる原因を作っているとはいえないだろうか。

Author: 小倉利丸

Created: 2020-12-07 月 18:16

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