共謀罪法案にはテロの定義はない。しかし、特定秘密保護法 12条2の一に定義があり、これがドローン規制法にも継承されている。これら先行する法律におけるテロリズムの定義には容認しがたい大問題がある。
●特定秘密取扱者とテロリスト調査
これらの法律ではテロリズムは以下のように定義されている。
「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう」
この定義は、特定秘密を扱う者の適正評価の対象となる者の身上調査に関する事項を定めた第12条2項のなかにあり、適正評価対象者の「テロリズムとの関係に関する事項」として「評価」すべきこととされている。つまり、この条文でいう「テロリズム」の活動そのものではなく、こうした活動との関係が調査対象となるので、当然のこととして「政治上その他の主義主張」それ自体にこの条文でいうテロリズムの傾向があるかどうかが調査の対象になると思われる。秘密保護法の審議当時も、取扱者の適正評価規定への強い反対はあったのだが、このテロリズムの定義そのものが秘密法反対運動のなかでもさほど注目されてこなかったようにも思う。
この秘密法でのテロリズムの定義では、「政治上その他の主義主張に基づき」と思想信条を差別して、行為ではなく内面の意思の犯罪化を正当化する傾向をはっきりと示している。この点は、憲法の19条から21条までの自由権が、無条件で──その内容が「暴力」や「テロリズム」と称される内容に及ぶとしても──言論、表現、集会、結社、通信の自由を保障していることからすると明かな逸脱である。ただし憲法12条、13条で権利行使は「公共の福祉に反しない限り」と釘をさされているから、19条から21条までの規定も公共の福祉や立法での制約がありうると解釈するのが政府側の言い分かもしれない。しかし、22条では「何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する」とあり、「公共の福祉」を明記している条文であることとの対比でいえば、明文での「公共の福祉」という制約を定めていない19条から21条は、具体的な行為に至らない範囲での事柄については、「公共の福祉」という制約を課すべきものではなく、自由の権利が優先されると解釈すべきだ。実際にも、武力や暴力による既存の権力の転覆を主張する思想や信条を表明する言論活動の自由がある。出版であれ結社であれ、こうした主張に基くというだけで制限されたり禁止されることはない。これは、そもそも内心の自由が前提にあり、これを集団のレベルであっても犯罪化すべきではないという大前提に基いてのことだ。
しかし、特定秘密保護法のテロリズムの定義が特定秘密取扱者の身上調査として実際に適用されるという場合、職員や社員が政治上の主義主張として「テロリズム」の定義に該当するような考え方を持っていたり集団や団体に所属しているというだけで、実際の行動がなくとも、事実上テロリスト扱いされて差別され、不利益を被ることになる。採用人事や昇進人事で、将来の特定秘密取扱者となりうることを想定した身上調査として、こうした思想信条に介入することが正当化され、プライバシー権の侵害がまかり通ることにもなる。
● ほぼ全ての反政府運動の「テロリズム」扱いへ──他人に不安を与える目的で、物を破壊する活動だけでテロになる!?──
更に、特定秘密保護法の文言でいうテロリズムの定義を仔細に検討するともっと重要な論点が浮かび上がる。この定義は、「国家に自らの政治上の主義主張を強要して恐怖を与える目的で人を殺傷し重要な施設を破壊する活動」というレベルで解釈することもできるが、逆に、「政治上その他の主義主張に基づいて、他人に不安を与える目的で、物を破壊する活動」という風にも解釈できるのだ。後者のような場合は、かなり広範囲な活動が含まれてしまい、非暴力直接行動としてのピケティングや団体交渉、ストライキなど様々な行動が、可罰的とはいいがたい「違法行為」がテロリズムあるいはその恐れがあるというだけで微罪での検挙の口実を与え、基本的人権としての自由の権利をテロリズムの名のもとに制約することになる。実行行為でなくても、その恐れがあるというだけで、捜査対象にされるであろうし、場合によっては逮捕・拘留や強制捜査もありうるだろう。
すでに特定秘密保護法のテロリズムの定義にはこれだけの大問題があるのだが、これが文字通り意思の犯罪化である共謀罪法案のテロリズムの定義にも転用されたらいったいどうなるだろうか。とりわけ、上で述べたように、「政治上その他の主義主張に基づいて、他人に不安を与える目的で、物を破壊する活動」がテロリズムだと解釈された場合、共謀罪はこのような活動の前提となる意思を処罰することを念頭にその犯罪構成要件が構築されることになる。そうなれば、主義主張そのものの犯罪化を招く恐れが十分にあり、その結果として、憲法19条から21条に定められている自由の権利は、行為だけでなくその内面の思想や価値観にまで介入して犯罪化されることになる。
共謀罪にテロの定義が条文に盛り込まれなくても、実際の法の適用では、既存の法律の定義を転用される恐れは大いにあるのではないだろうか。たぶん政府は、テロリズムの定義が争点となれば確実に、思想信条の自由との関連が問われることを予見して、あえて定義を示さず、共謀罪が成立した場合には特定秘密保護法など先行する法律にある定義を準用して、「政治上その他の主義主張」をターゲットとした取り締まりへと向うつもりなのではないだろうか。
共謀罪は、盗聴法に続いて、あってはならない憲法の解釈改憲であり、自民党の改憲の先取りでもある。妥協や政治的な取引きは論外であり、廃案しかない。