カテゴリー: コロナウィルス

ワクチンナショナリズム?希望という名の不治の病

以下は、Vijay Prashad、”Vaccine Nationalism? An Incurable Disease Called Hope”の飜訳です。カナダの社会主義左翼のサイト、The Bulletに掲載されたもの。特に注目しなければならないのは、ワクチンの貧困地域への供給に不可欠な知的財産権の放棄を、日本政府を含む先進諸国が反対し、ワクチンを独占しようとしていることだ。日本のメディアも日本の人口に対してどれだけのワクチンが確保できるかにしか関心をもたない報道を繰り返し、ワクチン開発競争で特許が設定されることがあたかも技術の優秀性の証であるかのようにしかみなしていない。オリンピックを目標にワクチンの世界規模での普及を望むかのようなポーズをとりながら、実際に日本政府はじめ先進国政府がやっていることは、自国民優先の自民族中心主義という隠されたレイシズムだ。この問題は日本に住む者として、深刻に受けとめなければならないと思う。あわせてこのエッセイの最後に言及されているパレスチナの深刻な状況も見逃せない。(小倉利丸:訳者)

(追記)ワクチン・ナショナリズムについては日本でも報道がいくつかあります。(12月11日)

Harvard Business: Reviewワクチン・ナショナリズムの危険な落とし穴(6月22日)

時事通信:【地球コラム】「ワクチンナショナリズム」の醜悪(8月30日)

NHK:「世界に広がる『ワクチン・ナショナリズム』」(時論公論)(9月9日)


ワクチンナショナリズム?希望という名の不治の病

2020年12月4日 – ビジェイ・プラシャッド

世界の負債総額は現在、2019年から15兆ドル増加し、277兆ドルという天文学的な水準に達しています。この金額は世界の国内総生産の365%に相当する。債務負担は、コロナウイルスのデフォルトが始まっている最貧国で最も高く、ザンビアのデフォルトは最も最近のものだ。G20 債務サービス停止イニシアチブ(G20 Debt Service Suspension Initiative)や国際通貨基金(IMF)の COVID-19 金融支援・債務救済イニシアチブ(COVID-19 Financial Assistance and Debt Relief initiative)など、債務サービスの支払いを停止するための様々なプログラムや、様々な援助プログラムは、全く不十分だ。G20 のパッケージは、多くの民間および多国間金融機関を協定に参加させることができなかったため、債務支払いの 1.66%しかカバーできていない。

債務負担は、特にコロナウイルスの不況下では、債務を返済する能力がない国にとっては壊滅的なだけである。先月、UNCTAD のステファニー・ブランケンバーグは、トリコンチネンタル社会研究所に対 して、「最も脆弱な開発途上国における債務の帳消しは避けられず、誰もがこれを認識して いるが、問題はこれがどのような条件で実現するかだ」と語った。

IMF は、金利が一般的に低いため、各国に借金をするように促している。しかし、このことはもう一つの重要な問題を引き起こしている。パンデミックの影響の違いが示しているのは、十分な装備をもった保健労働者の数を含め、堅牢な公衆衛生システムを持つ国の方が、公衆衛生システムを使いつくした国よりも感染の連鎖をうまく断ち切ることができたということである。このことは政治的に広く認識されている事実であるため、各国は新しい資金のうち、より多くの資金を公衆衛生システムの再構築に費やすべきである。しかし、これは現実にはこうしたことは起こっていない。

ワクチンナショナリズム?

現在、ファイザーとモデナの2つのm-RNAワクチン、ガムレヤのスプートニクVとシノバックのコロナバックを含む、様々な企業や国からワクチンの候補が出てきていることは、歓迎すべきニュースだ。これらのワクチンや他のワクチン候補からの報告は、ポジティブな結果を示しており、COVID-19に対する何らかのワクチンがすぐにできるのではないかと期待されている。科学者たちは、民間の製薬会社の主張に注意を払っている。その中には、ワクチンが感染を防ぐかどうか、死亡率を防ぐかどうか、感染を防ぐかどうか、そして最後に、どのくらいの期間保護されるのかなどの疑問が含まれている

ワクチンナショナリズム」がワクチンの開発をめぐる希望を蝕んでいるのを見るのは落胆させられる。世界人口の13%を占める富裕国は、すでに34億本の潜在的ワクチンを確保しており、それ以外の国は24億本のワクチンを事前に発注している。人口7億人の最貧国は、ワクチンの契約を結んでいない。これらの国々は、世界保健機関(WHO)、ワクチンアライアンス(GAVI)、疫病対策イノベーション連合(CEPI)の協力のもとに開発されたコバックスワクチンに依存している。コバックス社は約5億回分のワクチンを確保する契約を結んでおり、これは2億5000万人分のワクチンを接種するのに十分な量であり、最貧国の人口の約20%をカバーすることになる。対照的に、米国は単独で人口の230%をカバーするのに十分な量のワクチンを購入する契約を結んでおり、最終的には18億ドーズ(世界の短期的な供給量の約4分の1)を管理することができる。

インドと南アフリカは、COVID-19の予防、封じ込め、治療に関連した知的財産権の放棄について、世界貿易機関(WTO)に合理的な提案をしている。これは、知的財産権の貿易関連側面に関する協定(TRIPS)の停止を意味する。貧困国のほとんどは、パンデミックの間、医薬品や医療製品への公平で手頃な価格のアクセスを主張しており、WHOはそのTRIPS評議会でこの提案を支持してきた。この提案は、米国、英国、日本、ブラジルによって反対されている。彼らは、パンデミック期間中の知的財産権の停止はイノベーションを抑制するという幻想的な議論をしている。実際には、数社の大手ワクチンメーカー(ファイザー、メルク、グラクソ・スミスクライン、サノフィ)がワクチンの開発を独占しており、その多くは公的補助金を使って製造されている(例えば、モデルナはワクチンの開発に24億8000万ドルの公的資金を受け取っている)。医薬品のような分野でのイノベーションは、公的資金で行われることが多いが、民間企業が所有していることが多い。

5月14日、140人の世界の指導者たちは、すべての試験、治療、ワクチンを特許フリーとし、ワクチンを貧しい国にコストをかけずに公平に分配することを要求する公約に署名した。中国を含む数カ国がこの取り組みに参加している。この考え方は、1つまたは複数のワクチンの処方を公開サイトにアップロードすることで、政府は公共部門の製薬会社にワクチンを無料または手頃な価格で配布するように指示することができ、または民間部門の企業がワクチンを製造し、手頃な価格で提供することができる。生産を多様化する必要があるのは、世界中にワクチンを輸送するのに十分な冷凍配送能力がないからだ。過去50年間、IMFは各国に公共部門を民営化し、一握りの多国籍製薬会社に頼るように押し付けてきたため、公共部門の製薬能力の問題は非常に切迫したものとなっている。この文書に署名した各国政府の首脳は、この傾向を逆転させ、公的部門の医薬品生産ラインを再構築する時が来たと述べている。

このままでは、2022年末までに世界人口の3分の2がワクチンを手に入れることはできないだろう。

人民のワクチン?

「ワクチンナショナリズム」と「人民のワクチン」の間の争いは、借金や人間開発の広大な領域をめぐる北と南の戦いを反映している。貴重な資源は、ウイルスの感染の連鎖を断ち切るための検査、追跡、隔離のために使われなければならない。それらは、何十億人もの人々に2回分の注射をする必要があるであろう医療専門家の訓練を含む公衆衛生インフラの構築のために使われなければならない。また、収入支援食糧供給、家父長的暴力の影のパンデミックに対する社会的保護など、人々の当面の救済のために使われる必要がある。

ワクチンについてヨゲシュ・ジェインやプラビル・プルカヤスタのような医師や科学者と話をしていると、マフムード・ダーウィッシュが2002年にパレスチナを訪問した際に、ウォール・ソウィンカ、ホセ・サラマーゴ、ブレイテン・ブレイテンバッハなどの作家のために企画した、希望についてのこのような瞑想で彼らを迎えたことが思い出された。

「私たちは不治の病にかかっている。解放と独立の希望。私たちが英雄でも犠牲者でもない普通の生活への希望。子供たちが無事に学校に行けるように。妊婦が病院で生きた赤ちゃんを産み、軍の検問所の前で死んだ子どもを産むのではなく、生きた赤ちゃんを産むことを希望します。」

11月29日は、パレスチナ人と連帯する国際デーだ。私たちトリコンチネンタル社会研究所は、解放を求めるパレスチナの人々の闘争への愛と連帯を確認する。私たちは、Khitam Saafin(パレスチナ女性委員会連合の会長)とKhalida Jarrar(パレスチナ解放人民戦線のリーダー)を含む、すべてのパレスチナ人政治犯の解放を求める要求を記録に残したい。イスラエルがパレスチナ人を投獄している刑務所では、COVID-19の壊滅的な発生が確認されている。

Human Rights Israelの医師たちは、ランセットに「占領されたパレスチナの領土でCOVID-19を戦う」という短いメモを書いた。彼らは、献身的なパレスチナの医療従事者の努力を、「パレスチナの医療システムが直面している特異な制限によって妨げられている 」と記述している。これには、東エルサレム、ガザ、西岸の分離、「イスラエルが課している制限」、そしてパレスチナ人全体の投獄ともいえる状態が含まれる。西岸と東エルサレムの300万人のパレスチナ人は、人工呼吸器付きの集中治療ベッドが87床しかない(ガザの200万人のパレスチナ人はもっと少ない)のに、イスラエルはパレスチナ人に水と電気の危機を強制しているのだ。

状況は悲惨である。闘争と希望は、その解毒剤だ。

この記事はThe Tricontinentalのウェブサイトに最初に掲載された。

Vijay Prashadはインドの歴史家、編集者、ジャーナリスト。 Red Star Over the Third World(LeftWord、2017年)の著者であり、 LeftWord Booksの編集長。最新刊はエヴォ・モラレス・アイマが序文を寄稿しているWashington Bulletsがある。

https://socialistproject.ca/2020/12/vaccine-nationalism-incurable-disease-called-hope/

付記:下訳にhttps://www.deepl.com/translatorを使いました。

アマゾンに対する国際的な抗議行動

以下は、The Verge11月27日の記事、International coalition of activists launches protest against Amazonを訳したものです。

なおこの国際抗議運動は日本語のサイトもあります。https://makeamazonpay.com/ja/


By Loren Grush, The Verge.
2020年11月27日|RESIST!


上の写真。インドのハイデラバードにあるAmazonのキャンパスに投影された「Make Amazon Pay」のロゴ。Make Amazon Payキャンペーン。

5大陸でデモが計画されている。
気候変動活動家とアマゾンの倉庫労働者からなる国際的なグループが、「Make Amazon Pay」と呼ばれるオンラインキャンペーンを開始し、テック企業であるアマゾンに対し、従業員により良い労働条件を提供し、拡大する二酸化炭素排出量を削減するよう呼びかけています。ニューヨーク・タイムズ紙が、シアトルを拠点とするアマゾンが今年、世界的な労働力を拡大して雇用を拡大していると報じたことを受けて、抗議の声が上がっている。

「Covid-19の大流行の間、アマゾンは一兆ドル規模の企業となり、CEOのジェフ・ベゾスは史上初の2000億ドルの個人資産を築いた人物となった」とキャンペーンはウェブサイト上で述べている。「一方で、アマゾンの倉庫で働く労働者は、エッセンシャルワーカーとしての命を危険にさらし、公正な賃金を得る権利のために声を上げれば、脅しや脅迫に直面した。」

ブラックフライデーに開始されたこのキャンペーンは、アマゾンの倉庫で働く労働者の賃金引き上げ、有給病休の延長、労働者が組合を組織できるようにすることを含む、アマゾンに対する要求のリストを提供している。キャンペーンはまた、アマゾンに対し、「2030年までにゼロエミッションを約束する」こと、そして「人種差別的な警察や移民局とのパートナーシップを終わらせる」こと、そして「経済活動が本当に行われている国に税金を全額支払う」ことによって社会に還元することを求めている。

キャンペーンには、プログレッシブ・インターナショナル、アマゾン・ワーカーズ・インターナショナル、350.org、グリーンピースなど、さまざまな国際的なパートナーがリストアップされている。また、同団体は世界各国でのデモを計画している。プログレッシブ・インターナショナルのコミュニケーション・ディレクター、ジェームズ・シュナイダーは、「今日は5大陸でストライキ、抗議、様々なアクションを行うグローバルな行動日です」とThe Vergeに語った。

#AmazonはCOVID19を通じて利益を倍増させたが、パンデミック中にキャンセルされた完成品の注文に対して、バングラデシュのサプライヤーへの支払いはまだ行われていない。
✊衣料品労働者は#MakeAmazonPayで立ちあがっています。
👊 今すぐアマゾンのサプライチェーン労働者全員のための公正な賃金&団結権を! @Industriall_gu pic.twitter.com/Z7hEQZPkJ3

– ナズマアクター (@NazmaAkter73) 2020年11月27日

最初のデモはオーストラリアのシドニーでのストライキで始まったと彼は言う。フィリピン、バングラデシュ、インド、ドイツ、ポーランド、スペイン、ルクセンブルグ、フランス、ギリシャ、イギリス、アメリカなどでも、いくつかの行動(個人的なものとオンラインでのもの)が計画されている。主催者は、ロンドン、ベルリン、ハイデラバードのAmazonビルに「Make Amazon Pay」のスローガンをプロジェクターで投影した。キャンペーンのウェブサイトには#MakeAmazonPayのハッシュタグが掲載されており、この取り組みを支持する人は、サイト上で 「ジェフ・ベゾスに直接伝える 」という請願書に署名することができる。

「私たちは、これらの一般的な要求に署名し、Amazon労働者のためのストライキ資金への寄付を要請しています。」「ということで、今日はキャンペーンの始まりに過ぎません。私たちは、この日の行動に続くさらなるストライキや抗議行動を可能にするために、ストライキ基金を構築することを目指しています。」とシュナイダーは言う。

Make Amazon payキャンペーンは、アマゾン飛躍の1年を終わらせる。パンデミックは、アマゾンのオンラインショッピングサービスに対する需要の増加を生み出し、同社は2020年に労働力を大幅に拡大することを余儀なくされた。ニューヨーク・タイムズ紙によると、アマゾンは1月から10月の間に42万7,300人の従業員を追加した後、現在、世界中で120万人以上の従業員を雇用している。

パンデミックが発生した当初、アマゾンの労働者たちは、同社にCOVID-19を真剣に受け止めてもらおうと抗議行動を行った。10月、アマゾンは第一線で働く労働者のうち19,816人がウイルスに感染したことを明らかにした。感謝祭の日、アマゾンは従業員にホリデーボーナスを支給すると発表し、フルタイムの従業員には300ドル、パートタイムの従業員には150ドルが支給された。

アマゾンは、COVID-19への対応2040年の気候変動に関する公約、基本給と従業員の福利厚生を繰り返すことで、この活動家キャンペーンに対応した。「事実に関心のある方は、当社の全体的な給与と福利厚生、およびこの危機管理のスピードを、全国の他の小売業者や主要な雇用主と比較することをお勧めします 」と、アマゾンの広報担当者であるリサ・レヴァンドウスキーは、The Vergeへのメールのステートメントの中で書いている。

「このパンデミックは、アマゾンがいかに労働者、社会、そして私たちの地球よりも利益を優先しているかを露呈させた」「アマゾンはあまりにも儲けすぎ、ほとんど還元していない。今こそアマゾンに支払いをさせる時だ。」と同連合はウェブサイト上で述べている。

下訳にhttps://www.deepl.com/translatorを使いました。

侵略的で秘密裏に労働者を追跡する「ボスウェア」の内幕

以下の文章は、米国の電子フロンティア財団のブログ記事の飜訳です。(反監視情報から転載)

(訳者まえがき) オンラインでの労働に従事する労働者が増えており、企業による労働者監視が職場(工場やオフィス)からプライベート空間にまで野放図に拡がりをみせている。そして労務管理のための様々なツールがIT企業から売り出されており活況を呈している。日本語で読める記事も多くあり、たとえば「テレワーク 監視」などのキーワードで検索してみると、在宅勤務監視の行き過ぎへの危惧を指摘する記事がいくつかヒットする。(検索はlGoogleを使わないように。DuckDuckGoとかで)

しかし、もうすでに日常になってしまい忘れられているのは、オフィスや工場以外で働く労働者への監視はずいぶん前から機械化されてきていたということだ。営業や配送の労働者はGPSや携帯で監視され、店舗で働く労働者は監視カメラで監視されてきた。こうしたシステムがプライベートな空間に一挙に拡大するきっかけをCOVID-19がつくってしまった。

下記のブログではいったいどの程度の監視が可能になっているのかを具体的な製品に言及しながら述べている。あるていどITの技術を知っている人にとっては想定内だろうが、あまり詳しくない人たちにとってはまさにSFのような世界かもしれない。プライベートな空間であってももはやプライバシーはないに等しいだけのことが可能になっている。失業率が高くなるなかで、こうした監視に抗うことも難しくなっているが、この記事の最後で著者たちは、プライバシーの権利など労働者の基本的な権利を放棄して仕事を維持するのか、さもなくば権利をとるか、という選択は選択の名に値しないと述べている。そのとおりだ。しかし、今世界的な規模でおきているのは、まさに場所と時間の制約もなく資本が労働者を常時監視して支配下の置くことができるだけの技術を握ってしまったということだ。こうした状況では、伝統的な労働運動の枠組では対抗できないだろう。運動の側が労働運動、消費者運動、学生運動、農民運動、環境運動、女性解放運動、マイノリティの権利運動などの分業を超えて、あらゆる属性にある人々を統合的に監視して資本に従属させる(従属や強制の自覚を奪いつつ)構造と対峙できる新しい運動のパラダイムが必要になっていると思う。(小倉利丸)


侵略的で秘密裏に労働者を追跡する「ボスウェア」の内幕

ベンネット・サイファーズ、カレン・グルロ 2020年6月30日

COVID-19は何百万人もの人々に在宅で仕事をさせているが、労働者を追跡するためのソフトウェアを提供する企業が、全国の雇用者に自社製品を売り込むために急増している。

サービスは比較的無害に聞こえることが多い。一部のベンダーは「自動時間追跡」や「職場分析」ソフトウェアと名乗っている。また、データ侵害や知的財産権の盗難を懸念する企業に向けて売り込んでいる業者もある。これらのツールを総称して「ボスウェア」と呼ぶことにしよう。ボスウェアは雇用主を支援することを目的としているが、クリックやキーストロークをすべて記録したり、訴訟のために密かに情報を収集したり、従業員を管理するために必要かつ適切な範囲をはるかに超えたスパイ機能を使用したりすることで、労働者のプライバシーやセキュリティを危険にさらす。

これは許されることではない。家庭がオフィスになっても、家庭であることに変わりはない。労働者は、仕事のために、不用意な監視の対象になったり、自宅で精査されることにプレッシャーを感じたりしてならない。

どうすべきか?

ボスウェアは通常、コンピュータやスマートフォンにとどまり、そのデバイス上で起こるすべてのデータにアクセスする権限を持つ。ほとんどのボスウェアは、多かれ少なかれ、ユーザーの行動をすべて収集する。私たちは、これらのツールがどのように機能するのかを知るために、マーケティング資料、デモンストレーション、カスタマーレビューを調べた。個々のモニタリングの種類が多すぎてここでは紹介しきれないが、これらの製品の監視方法を一般的なカテゴリに分解してみる。

最も広く、最も一般的なタイプの監視は、”アクティビティ監視 “だ。これには通常、労働者がどのアプリケーションやウェブサイトを使用しているかのログが含まれる。これには、誰に件名やその他のメタデータを含めてメッセージを送ったかや、ソーシャルメディアへの投稿が含まれている場合もある。ほとんどのボスウェアはキーボードやマウスからの入力レベルも記録する。例えば、多くのツールでは、ユーザーがどれだけタイプしてどれだけクリックしたかを分単位で表示し、それを生産性の代理として使用する。生産性モニタリングソフトウェアは、これらのデータをすべてシンプルなチャートやグラフに集約して、管理者に労働者が何をしているかを高レベルで把握させることを試みる。

私たちが調べたどの製品も、各労働者のデバイスのスクリーンショットを頻繁に撮影する機能を備えており、中にはスクリーンのライブ映像を直接提供しているものもある。この生の画像データは多くの場合、タイムラインに配列されているため、上司は労働者の一日をさかのぼって、任意の時点で何をしていたかを確認することができる。いくつかの製品はキーロガーとしても機能し、未送信の電子メールやプライベートパスワードを含む、労働者が行ったすべてのキーストロークを記録する。中には、管理者がユーザーのデスクトップを遠隔操作できるものもある。これらの製品は通常、仕事に関連した活動と個人アカウントの資格情報、銀行データあるいは医療情報を区別しない。

ボスウェアの中には、さらに進んで、従業員のデバイス周辺の物理的な世界にまで到達するものもある。モバイルデバイス用のソフトウェアを提供している企業は、ほとんどの場合、GPSデータを使用した位置追跡機能を搭載している。StaffCop EnterpriseとCleverControlの少なくとも2つのサービスでは、雇用主が従業員のデバイス上でWebカメラやマイクをこっそり起動させることができる。

ボスウェアを導入する方法は大きく分けて 2 つある。労働者から見えるアプリとして(そしておそらくは労働者がコントロールできるアプリとして)導入する方法と、労働者からは見えない秘密のバックグラウンドプロセスとして導入する方法の 2 つだ。私たちが調査したほとんどの企業では、どちらの方法でも雇用主がソフトウェアをインストールできるようになっている。

目に見えるモニタリング

時には、労働者は自分を監視しているソフトウェアを見ることができる。彼らはしばしば 「クロッキングイン (出勤)」と 「クロッキングアウト(退勤) 」としてフレーム化された監視をオンまたはオフにするオプションを持つ可能性がある。もちろん、労働者が監視をオフにしたという事実は雇用者にも見える。例えば、Time Doctorでは、労働者は作業セッションから特定のスクリーンショットを削除するオプションを与えられるかもしれない。しかし、スクリーンショットを削除すると、関連する作業時間も削除されるため、労働者は監視されている間の時間だけが評価される。

労働者は、自分について収集された情報の一部または全部へのアクセス権を与えられる可能性がある。WorkSmartを開発したCrossover社は、その製品をコンピュータ作業用のフィットネス・トラッカーに例えている。そのインターフェイスでは、労働者は自分の活動に関してシステムが導いた結論をグラフやチャートの配列で見ることができる。

ボスウェア会社によって、労働者に透明性を提供するレベルが異なる。中には、上司が持っている情報のすべて、あるいは大部分にアクセスできるようにしている会社もある。また、Teramindのように、スイッチを入れてデータを収集していることを示しながらも、収集しているすべての情報を明らかにしない企業もある。どちらの場合も、雇用主への具体的な要求やソフトウェア自体の精査がなければ、正確にはどのようなデータが収集されているのかが不明瞭になることがしばしば起きる。

見えないモニタリング

目に見える監視ソフトウェアを開発している企業の大半は、監視している人から身を隠そうとする製品も製造している。Teramind、Time Doctor、StaffCopなどは、可能な限り検出と削除を困難にするように設計されたボスウェアを作っている。技術的なレベルでは、これらの製品はストーカーウェアと区別がつかない。実際、一部の企業では、従業員のウイルス対策ソフトが監視ソフトの活動を検出してブロックしないように、製品をインストールする前にウイルス対策ソフトを特別に設定するように雇用主に要求している

(キャプション)TimeDoctorのサインアップの流れからのスクリーンショットで、雇用主は目に見える監視と目に見えない監視を選択できる。

この種のソフトウェアは、労働者の監視という特定の目的のために販売されている。しかし、これらの製品のほとんどは、実際には単なる汎用的な監視ツールである。StaffCopは家庭での子供のインターネット使用を監視するために特別に設計された製品のバージョンを提供しており、ActivTrakのソフトウェアは子供の活動を監視するために親や学校関係者が使用することもできると述べている。いくつかのソフトウェアのカスタマーレビューは、多くの顧客が実際にオフィスの外でこれらのツールを使用していることを示している。

目に見えないモニタリングを提供するほとんどの企業は、雇用主が所有するデバイスにのみ使用することを推奨している。しかし、多くの企業は、リモートや「サイレント」インストールのような機能も提供しており、従業員のデバイスがオフィスの外にある間に、従業員の知らないうちに監視ソフトウェアを従業員のコンピュータにロードすることができる。これは、多くの雇用主は、彼らが配布するコンピュータの管理者権限を持っているために行なえることである。しかし、一部の労働者にとっては、使用している会社のラップトップが唯一のコンピュータであるため、会社の監視が仕事以外の行動についても常に存在することになる。雇用主、学校関係者、親密なパートナーがこのソフトウェアを悪用する可能性は大いにある。そして被害者は、自分がそのような監視の対象になっていることを知らないかもしれない。

下の表は、一部のボスウェアベンダーが提供している監視・制御機能を示している。これは包括的なリストではなく、業界全体を代表するものではないかもしない。業界ガイドで紹介されている企業や、検索結果から情報を公開しているマーケティング資料を持っている企業に注目した。

表. ボスウェア製品の一般的な監視機能

行動モニター
(apps, websites)
スクリーンショット
スクリーン録画
キーロッギング カメラ、マイクをONに 労働者から秘匿
ActivTrak(*1) 確認 確認 確認
CleverControl 確認 確認 確認 確認(1,2) 確認
DeskTime 確認 確認 確認
Hubstaff 確認 確認
Interguard 確認 確認 確認 確認
StaffCop 確認 確認 確認 確認(1,2) 確認
Teramind(*2) 確認 確認 確認 確認
TimeDoctor 確認 確認 確認
Work Examiner 確認 確認 確認 確認
WorkPuls 確認 確認 確認 確認
各社のマーケティング資料をもとに、いくつかの労働者モニタリング製品の特徴を紹介。調査した10社のうち9社が、労働者が知らなくてもデータを収集できる「サイレント」または「インビジブル」なモニタリングソフトを提供していた。

*1 日本の代理店あり。 https://www.syscomusa.com/08-17-2020/6932/

*2 日本の販売代理店あり。https://www.jtc-i.co.jp/product/teramind/teramind.html


ボスウェアの普及率は?

労働者監視ビジネスは新しいものではなく、世界的なパンデミックが発生する前にすでにかなりの規模になっていた。ボスウェアがどの程度普及しているかを評価するのは難しいが、COVID-19の影響で労働者が在宅勤務を余儀なくされていることから、はるかに普及していることは間違いない。InterGuardを所有するAwareness Technologiesは、発生からわずか数週間で顧客ベースで300%以上増加したと主張している。私たちが調査したベンダーの多くは、企業への売り込みでCOVID-19を悪用している。

世界の大企業の中にも、ボスウェアを利用しているところがある。Hubstaffの顧客には、Instacart、Groupon、Ringなどがいる。Time Doctorは83,000人のユーザーを抱えており、その顧客にはAllstate、Ericsson、Verizon、Re/Maxなどが含まれる。ActivTrakは、アリゾナ州立大学、エモリー大学、デンバーとマリブの都市を含む6,500以上の組織で使用されている。StaffCopやTeramindのような企業は、顧客に関する情報を開示していないが、ヘルスケア、銀行、ファッション、製造業、コールセンターなどの業界の顧客にサービスを提供していると主張している。モニタリング・ソフトウェアのカスタマー・レビューには、これらのツールがどのように使用されているかのより多くの例が記載されています。

はっきりさせておこう:このソフトウェアは、雇用主が労働者の個人的なメッセージを、労働者の知識や同意なしに読むことができるように特別に設計されている。どんな手段を使っても、これは不必要で非倫理的だ。

雇用主自身がこのことを宣伝する傾向がないため、どれだけの組織が目に見えないモニタリングの使用を選択しているのかはわからない。さらに、目に見えないソフトウェアの多くは明かに検出を回避するように設計されているため、労働者自身が知ることができる信頼できる方法がない。労働者の中には、特定の種類の監視を許可する契約を結んでいる者もいれば、ある種類の監視を防ぐ契約を結んでいる者もいる。しかし、多くの労働者にとっては、自分が監視されているかどうかを知ることは不可能と思われる。監視の可能性を懸念する労働者は、雇用主が提供するデバイスが自分を追跡していると考えるのが最も安全かもしれない

データは何に使われるのか?

ボスウェアのベンダーは、さまざまな用途で製品を販売している。最も一般的なものとしては、時間の追跡、生産性の追跡、データ保護法への準拠、知的財産窃盗防止などがある。例えば、機密データを扱う企業では、会社のコンピュータからデータが漏洩したり盗まれたりしないよう法的義務が課せられている。オフサイトの労働者にとっては、一定レベルのオンデバイス監視が必要になるかもしれない。しかし、雇用主は、そのようなセキュリティ目的の監視が必要であり、適切であり、解決しようとしている問題に特化したものであることを示すことができない限り、そのような監視を行うべきではあない。

残念ながら、多くの使用事例では、雇用者が労働者に対して過度の権力を行使していることが明らかになっている。おそらく私たちが調査した製品の中で最も大きなクラスの製品は、「生産性モニタリング」や時間の追跡機能を強化するために設計されたものである。一部の企業では、これらのツールを管理者と労働者の両方に恩恵をもたらす可能性があるとしている。労働者の一日の一秒一秒の情報を収集することは、上司にとって良いだけでなく、労働者にとっても有益であると彼らは主張する。Work ExaminerやStaffCopのような他のベンダーは、スタッフを信頼しない管理者に直接販売している。これらの企業はしばしば、自社製品から導き出された業績評価基準にレイオフやボーナスを結びつけることを推奨している。

マーケティング資料は、Work Examinerのホームページ(https://www.workexaminer.com/)から引用した。

一部の企業は、懲罰的なツールとして、または潜在的な労働裁判の証拠収集方法として製品を販売している。InterGuardは、そのソフトウェアを「ひそかにリモートでインストールできるので、不正行為の疑いのある者に警告を与えることなく、秘密裏に調査を行い、証拠を収集することができます」と宣伝している。この証拠は、「不当解雇訴訟 」と闘うために使用することができる。言い換えれば、InterGuardは、不当な扱いに対する労働者の法的手段を排除するために、天文学的な量の非公開で秘密裏に収集された情報を使用者に提供することができるということだ。

これらの使用例のどれも、上で説明したような問題にあてはまらない使用例であっても、ボスウェアが通常収集する情報量を正当化するものではない。また、監視が行われている事実を隠すことを正当化するものは何もない。

ほとんどの製品は定期的にスクリーンショットを撮影しているが、どのスクリーンショットを共有とするかを従業員が選択できる製品はほとんどない。つまり、医療、銀行、その他の個人情報の機密性の高い情報が、仕事のEメールやソーシャルメディアのスクリーンショットと一緒にキャプチャされてしまう。キーロガーを含む製品はさらに侵略的であり、多くの場合、労働者の個人アカウントのパスワードをキャプチャすることになる。

Work Examinerのキーロガー機能の説明では、特にプライベートパスワードをキャプチャする機能を強調している。

Work Examinerのキーロギング機能についての説明では、特にプライベートパスワードをキャプチャする能力を強調している。

残念ながら、過剰な情報収集はしばしば偶然のことではなく、製品の機能そのものなのだ。Work Examinerは、その製品がプライベートパスワードをキャプチャする能力を具体的に宣伝している。別の会社Teramind社は、メールクライアントに入力されたすべての情報を(その情報が後に削除された場合もふくめて)報告する。また、いくつかの製品では、ソーシャルメディア上のプライベートメッセージから文字列を解析して、雇用主が労働者の個人的な会話の最も親密な詳細を知ることができるようにしている。

はっきりさせておこう:こうしたソフトウェアは、雇用主が労働者の知らないところや同意なしに、労働者のプライベートメッセージを読み取ることができるように特別に設計されている。どのような見方をしたとしても、これは不必要で非倫理的なものだ。

あなたにできることは何か?

現在の米国の法律では、雇用主が所有するデバイスに監視ソフトウェアをインストールする自由度が高すぎる。さらに、労働者が自分のデバイスにソフトウェアを強制的にインストールすることを防ぐことがほとんどできない(監視が勤務時間外には無効にされれうる限りは)。州によって、雇用者ができることとできないことについて異なるルールがある。しかし、労働者は、侵入的な監視ソフトウェアに対する法的手段を制限されてきた。

これは変えることができるし、変えなければならない。州や国の立法府が消費者データのプライバシーに関する法律を採用し続ける中で、雇用者に対する労働者の保護も確立しなければならない。その手始めとして

・雇用者が所有するデバイスであっても、労働者の監視は必要かつ適切であるべきである。
・ツールは、収集する情報を最小限に抑え、プライベートメッセージやパスワードなどの個人データを吸い上げないようにすべきである。
・労働者は、管理者が収集している内容を正確に知る権利を持つべきである。
・そして、労働者にはプライベートに行動する権利が必要であり、これにより、労働者はこれらの法定のプライバシー保護に違反した雇用者を訴えることができる。

一方で、自分が監視対象になっていることを知り、このことで安心できるためには、雇用主との話し合いを行う必要がある。ボスウェアを導入している企業は、その目的が何であるかを考え、より侵入しにくい方法でその目的を達成しようとしなければならない。ボスウェアは多くの場合、誤った種類の生産性を誘発する。例えば、本を読んだり考えたりするために一時仕事の手を休める代わりに、数分おきにマウスを動かしたりタイプしたりすることを強制する。継続的監視は、創造性を阻害し、信頼を失い、燃え尽き症候群の原因となる。雇用主がデータセキュリティに懸念を抱いている場合は、実際の脅威に特化し、プロセスに巻き込まれる個人データを最小限に抑えるツールを検討すべきである。

多くの労働者は気軽に発言できなかったり、雇用主が秘密裏に自分を監視しているのではないかと疑ったりすることがある。労働者が監視の範囲を自覚していない場合、ウェブ履歴からプライベートメッセージ、パスワードに至るまで、あらゆるものを業務用デバイスが収集している可能性があることを考慮する必要がある。可能であれば、個人的なことに業務用デバイスを使用することは避けるべきだ。また、労働者が個人用デバイスに監視ソフトウェアをインストールするように求められた場合、個人情報をより簡単に隔離できるように、業務専用とは別のデバイスを使用するように雇用主に求めることができるかもしれない。

最後に、労働者は、記録的な失業者数となっている時代に雇用を維持する懸念から、監視されていることを話したくないと思うかもしれない。侵襲的で過剰な監視か、さもなくば失業か、という選択は、文字通りの意味での選択とはいえない。

COVID-19は私たち全員に新たなストレスを与えており、私たちの働き方も根本的に変えてしまいそうだ。しかし、私たちはそれによって、より広範な監視の新時代を切り開いてはならない。私たちはこれまで以上にデバイスを通して生活している。そのため、私たちのデジタルライフを政府やテクノロジー企業、雇用主に対して公開しない権利を持つことが、これまで以上に重要になっている。

出典:https://www.eff.org/deeplinks/2020/06/inside-invasive-secretive-bossware-tracking-workers

付記:下訳にhttps://www.deepl.com/translatorを用いました。

イタリア、反ロックダウン抗議運動の複雑な事情

イタリア、反ロックダウン抗議運動のなかの複雑な事情
2020年11月3日

イタリア当局は反ロックダウン抗議デモでの暴力を「周辺的的要素」だと非難してきたが、現場の現実は違っていた。

著者
サルヴァトーレ・プリンツィ

私が見たものに驚きはない。何度も何度も何度も言っていることだが、生活保護支援制度のない再度のロックダウンは時限爆弾のようなものだ。

—アルフォンソ・デ・ヴィート、ナポリ活動家
Dinamo Pressのためのサラ・ゲインズワースのインタビュー

ここ数週間、ナポリの人々は、コロナウイルス拡散を阻止するためにナポリ政府が提案した公衆衛生上の制限に抗議している。症例数が比較的少なかった夏の数ヶ月間の後、イタリアではCOVID-19が増加しており、政府は自治体と共に、カフェ、バー、映画館、ジムなどの商業施設を閉鎖し始めている。

過去の閉鎖では、収入の大きな損失を補うために、しばしばわずかな福祉給付金が支払われていたが、今は政府はほとんど何も提供していない。ナポリを州都とするカンパニア州のような貧しい地域では、これが多くの不満の原因となっている。観光に依存した地域経済に壊滅的な打撃を与えた夏の旅行の封鎖後、人々は金銭的な支援を要求するために立ち上がっている。

デモは、催涙ガスや激しい殴打などの暴力が飛びかい、デモ参加者が法執行機関と衝突する過激で反乱的な性格を帯びている。近年、イタリアをはじめとするヨーロッパの他の多くの大衆運動と同様に、デモのイデオロギー的構成は特異なものではなく、また識別しやすいものでもない。

ナポリを拠点とする組織者による以下のレポートは、10月23日の反ロックダウン暴動と抗議デモを分析したものである。この翻訳は、イタリア国外の読者や同志に状況を紹介するために、注釈を加えた。

—ジュリア・スバフィGiulia Sbaffi とアンドレアス・ペトロシアンツAndreas Petrossiants


ナポリの街からの報告
私は金曜日の夜にそこにいた。

まず最初に、ソーシャルメディア上でのコメントはいつも誤解されたり、文脈を外されたりするもので、ナポリの状況(社会的にも公衆衛生の観点からも)は本当に複雑で脆弱なものなので、コメントをしたくありませんでした。しかし、この街で何が起こったのか、そして何が起こり続けているのかについて、受け入れがたい誤ったコメントを読むにつけ、一般的ないくつかの質問に答えることで、何が起こったのかをどこにいる人にも理解できるようにしたいと思うようになりました。簡単そうですが、答えは実は非常に複雑です。

ここ数週間で何が起こったのですか?

ナポリでは、他の場所と同様に、地域行政は、経済的な補償を提供することなく、公衆衛生上の理由から、商業活動を停止する可能性があると発表し、脅しをかけました。そのため、小規模な小売業者、特にカフェやレストラン、ピザ屋を経営している人たちが街頭に繰り出しました。このような状況は持続不可能であり、また耐えられないので、彼らは組織化を開始し、こうした措置の撤回を主張したり、代わりに、ナポリの膨大な数の労働者、貧困者、無給者、未登録滞在者、経済的に不安定な人々に対応できる福祉支援システムの導入を主張したのです。

なぜ暴動が起きているのですか?

抗議が暴力的になった理由はいくつかあります。第一に、ここ数ヶ月間に、人々は完全に貯金を使い果たしてしまいました。彼らは飢えていて、燃え尽きています。COVID-19の危機が始まった時、イタリア北部のベルガモで棺が山積みになっていた時、国中の多くの人がウイルスを恐れました。しかし今では、夏の間の比較的少い数になって、COVID-19は「ただのインフルエンザ 」であるかのような錯覚に陥っている人もいます。

3月、政府はいくつかの社会保障福祉措置を導入しました。しかし今では、その資金は尽きたというか、労働者から産業界や金融界に金が流れ込んでいます。具体的にはナポリでは、地方行政が9月の地方選挙を前に資金を投入しましたが、今は何も国民に提供されていません。

また、ナポリではここ数年、独立した労働者のグループが当局と暴力的に対立する傾向を示してきたことにも注目すべきです。これにはいくつかの要因が関係しています。第一に、ほとんどの独立労働者は、社会経済的に不利な背景を持つ出身者であり、広大なアンダー・コモンズを構成しています。彼らの多くは、以前の経済危機ですでに限られた社会的流動性を失っていました。

第二に、多くの人々はインフォーマルな経済で働いています。一方、給与所得者は、管理体制と組合が彼らの組織化を妨げていることで長年窒息してきました。イタリアでは、特にナポリでは、支配的とまではいかないまでも、インフォーマル労働の文化が依然として優勢です。

警察との衝突の責任はカモッラ・マフィアthe Camorra mafiaにあるのか、それともナポリ人は商業メディアが報じるような「後進国の人々」にすぎないのでしょうか?

もちろん、そのどちらでもありません。全国メディアは最悪の陰謀論者のように振る舞い、複雑で重層的な社会力学を単純化しすぎています。カモッラは、現在の危機から利益を得ている民間医療サービスのシステムに入り込んでいるし、地方行政から新たな契約を得る建設部門や人々をさらに負債に陥らせるモグリの貸金業者としての役割も果しています。

ナポリでは、独立した労働者がこれまで以上に借金に巻き込まれやすくなっています。ナポリの社会サービスは乏しく非効率的であり、人々は制度をほとんど信用しておらず、労働組織や労働組合は弱く、社会経済的な圧力は高い。最後に、ルンペンプロレタリアート(周辺部の人々、知恵を絞って生きている人々)と中産階級(生産手段を所有し、ある程度の社会的流動性にアクセスできる人々)の間には、交換と接近したダイナミックが存在します。これは、その社会的ルーツを維持しつつある種の紛争に向かうような傾向のある流動的で動的なものです。

抗議は正当化されうるものですか?

もちろんです。地方行政はこの状況に対して全責任を負わなければなりません。はっきりさせておきましょう。「中産階級」といえば、家族を維持するためにこの危機の費用を負担できない小規模小売業者や、労働者に合法的な契約を結ばせずに労働者から搾取し、毎晩何千ユーロも何千ユーロも稼いでいる悪徳企業家のことを指すのです。しかし、街頭には、未登録の移民労働者や家族経営の企業家、生活状況に辟易しているマージナルな人々もいました。

これらのグループのほとんどは抗議する権利を持っています。過去8ヶ月間、地方と国の行政は、この予測されたCOVID-19の第二波から人々を守るために、リスクを防ぐために何もしてこなかったのです。今、彼らは福祉支援を提供する計画もなく、再び事業を停止しようとしている。失業者、フレックス・ワーカー、非正規雇用者には、残された選択肢はないのです。飢えに苦しむか、カモッラの言いなりになるかのどちらかです。

暴力は?正当化できるのですか?

路上で闘う人々の間には内部で闘争があります。大きな小売業者や政治指導者など、失うものがある人たちは、もちろん暴動には反対で、交渉をしたり、警察を賞賛したり、過激な行為を糾弾したりしています。そして、労働者階級のフーリガンは、警察との暴力的な対決になる傾向があります。

このような拮抗関係の混合が金曜日の夜に爆発し、デモはすでに2つの対立に分裂していましたが、さらに分裂は大きくなってしまった。

しかし、ポイントは暴力を犯罪化したり、誰が正しくて誰が間違っているかを特定することではありません。暴力に頼ることに何の意味があるのか?誰がそれを調整したのか?暴力は誰に向けられたのか?金曜日の夜に起こったことは、その世界に属する人々だけが理解できる抗議の形をとっていることは明らかであり、絶望の叫びであり、他の大衆的な階級の人々がデモ隊の「暴力」に不満を表明したことで、逆効果を生み出しています。

極右も参加していたのでは?

極右政党のフォルツァ・ヌオーヴァForza Nuovaは参加したいと宣言していましたが、街頭にファシストの姿は見られませんでした。シンパは参加していたかもしれませんが、存在感や政治的内容面でのインパクトはありませんでした。フォルツァ・ヌーヴァは注目を集めていますが、私は彼らがナポリでは無意味な存在でしかないと信じています。このような根拠のない疑惑に反応して彼らの存在を知らしめるようなことは、私たち―そしてメディア―の愚かな間違いです。私たちは、デモ隊と地元の意思決定者との間で仲介者として行動しようとしている中道右派に近い人物にもっと関心を持つべきです。

これもまた、治安維持的な左翼とラディカルな左翼の間のうんざりな議論の一例に過ぎない?

抗議者に汚名を着せ、その参加者を非難する「穏健な」左翼と、暴動を称賛し、暴動に参加した人々を称賛するより戦闘的な左翼との間で、古くからのうんざりする議論がソーシャルネットワーク上で噴出しています。私たちはこの二面性、現実を表していない安直な政治分析にうんざりしています。

穏健な左翼は、行動を起こす前でさえ、世界や経済状況について違いを示そうとすらしていない。対立や集団的な組織化の余地のない運動の中にいることは難しいというのが真実です。

残された選択肢は、暴動を起こすか、覇権を握っている人々と交渉するかの2つしかないように見えます。小売店は交渉を目指します。路上の人々は、もちろん交渉には興味がない。

これは、このパンデミックとそれへの対応が切り開いたことです。私たちは、私たちの力を結集し、自律的に組織し、大衆運動を構築するために、緊縮財政、監視、治安体制に反対して立ち上がることに関心を持つすべての人々と一緒に、お互いに防衛しあわなければなりません。

ナポリは私たちにプラットフォームを与えてくれます。金曜日の朝、ワールプールWhirlpool 工場の労働者たちが、医療労働者、家族、教師とともに街頭に登場しました。私たちは今、一連のデモを目の前にしています。私たちは、地元の行政が住民やフードデリバリー労働者に与えた不当な罰金に抗議し、Confindustria(イタリアの産業連盟)にも抗議し、そして物流・娯楽産業の労働者と連帯します。

10月23日のナポリでの衝突に抗議するデモ隊。写真提供:ジュリアーナ・フロリオ

後記:ファシストに居場所はない

10月23日のナポリでの出来事に続いて、フィレンツェ、ローマ、ミラノ、トリノ、カターニアなど、国中で衝突が勃発し、抗議者たちは「我々は労働者であり、犯罪者ではない」「我々を閉じ込めるならば、その代償を払え」というプラカードを掲げる。イタリア全土の広場では、さまざまなグループが動員され、社会主義者、共産主義者、無政府主義者、ファシスト、COVID-19懐疑論者、そしておそらく最も多くのグループでまだラディカルにはなっていないか「政治化」されていない労働者や失業者などが注目をあびる戦場となっている。

この多様性のために、ファシストや政治家はメディアで自らの正統性を主張できるようになった。一週間前、ローマでは2つの広場がファシストに占拠されたが、彼らは門限を破ったために警察に排除された。ファシストが追い出された後、一部の左翼ラディカルは、より多様なデモ隊の構成を可能にするために、これらの広場を奪回した。イタリアでは、広場は、私的な領域と公的な領域が出会う都市空間として、市民生活の中で重要な役割を果たしていることを理解しなければならない。

我々は特定の戦術を提唱しているわけではない。「平和的」であるかどうかにかかわらず、戦術はデモ参加者自身によってその行動の瞬間に決定されなければならない。しかし、不安定な労働者の再構成と再服従化が街頭で行われているときに、いかなる空間においてもファシストに正当性を与えないことが極めて重要である。

イタリアで数週間に及ぶ強引で不釣り合いな外出禁止令に続いて、更に全国的なロックダウンが準備されているとき、私たちは、最初の暴動の夜からのこの報告を翻訳し、広めることが重要だと感じた。私たちは、このレポートがイタリアや他の場所で繰り広げられている複雑な状況についての議論の開始となることを願っている。

出典:The complexity of Italy’s anti-lockdown protests

November 3, 2020

https://roarmag.org/essays/italy-anti-lockdown-protests/

(下訳にwww.deepl.com を用いました)

パンデミックでも株式市場は最高値の米国―多国籍企業に儲けさせない文化闘争へ

メディアがいろいろ報じてるが、米国のS&P500が最高値をつけて注目されている。ニューヨークタイムスは米国の株式市場がbear market(弱気市場)からbull market(強気市場)へ転換しているかもとも報じている。

出典:https://www.nytimes.com/live/2020/08/18/business/stock-market-today-coronavirus#sp-500-hits-a-record-as-traders-look-past-economic-devastation

タイムス紙は、3月頃にはかなり落ち込んだがその後V字回復。連邦準備制度が3兆ドルを金融市場に投入していることや政府のコロナ対策支出が背景にあるとみている。アジアも株が上げている。まあ、日本も似たりよったりの政府の戦略なので、日本の株価も下らない。庶民は大打撃なのに。

この証券市場の動向でやはり注目したいのがハイテク株。いわゆるGAFAの株価。米国の巨大IT企業は、パンデミックでも一貫して株価上昇で、その上昇もこの1年でみると倍以上上げているところもあり、3月に一度落ち込んでもそのあとの回復が異常だ。あきらかにテレワークとオンラインへの依存のステージがワンランク上ったと思う。

GAFAであれIT企業の大半は私たちのコミュニケーションの権利のインフラを牛耳る企業。個人情報は、21世紀の石油といわれるように、こうした巨大企業の収益の基盤になっている。パソコンやスマホ、そしてネット環境はコミュニケーションの道具だが、この道具は同時にコミュニケーションの権利に不可欠な前提条件でもありつつ多国籍IT資本による個人情報=原油採掘場になっている。

資本主義グローバリゼーションの問題として論じられてきた第三世界の資源の問題、労働の問題、ポスト植民地支配の問題は、現在も重要な問題として存在しつづけているが、同時にこれに加えて、世界中の人口ひとりひとりがもっている個人情報が資本の利益を生む資源になっていること。この資源を採掘するメカニズムがコンピュータによるネットワークになる。わたしたちが日常的に使うパソコンやスマホ、スイカなどのカードから家にあるデジタル家電の類が収集する情報が、パンデミックや人々の失業と健康のリスクを格好のデータとして収集して利益に変えている。

この意味で、データ(個人情報)は、コミュニケーション領域を市場に統合した現代の資本主義にとってのフロンティアになっている。サイバーススペースにおける本源的蓄積といってもいい。この現代の大油田としての個人情報のなかから更にコロナパンデミックは新たな油田を開発するきっかけを与えた。これは上述したようなテレワークだけではない。感染予防、感染経路追跡などを口実とした政府による監視強化に伴う、政府全体の人々への監視インフラそのものがグレードアップしたということがある。

米国ではこれまで米国疾病対策センター(CDC)が管理していた個人情報追跡権限を保健社会福祉省が横取りして、HHSプロテクトなるものを立ち上げて新たな記録システムSORNを開始するようだ。SORNは心身の健康履歴、薬物およびアルコール使用、食事、雇用などの個人情報のほかに位置情報にあたるものも収集され、形式的には匿名であっても実質的には匿名化は不可能だとみられている。(注)日本でもHER-SYSが稼動しているが、こうした新たな情報インフラに政府の資金が投入されることになる。

(注)No to Expanded HHS Surveillance of COVID-19 Patients
https://www.eff.org/deeplinks/2020/08/no-expanded-hhs-surveillance-covid-19-patients

この文章の最後にGAFAとかの株価データにリンクを貼った。この大変な時期に、昨年の倍以上に株価高騰しているAmazonで買い物し、Googleで検索したりメールして会議して、Facebookで拡散する…これでいいはずはないと思うが、便利に屈している活動家たちが世界中にたくさんいる。どうしてもそうせざるをえないサービスもあるから絶対拒否はできないとしても、この生存の危機の時代に株価が高騰するような多国籍企業のサービスを見直すことが運動になっていない。しかし、できることはいろいろあるはずと思う。

GAFAをはじめとするグローバルなIT企業が個人情報という「富」で高収益を上げているのは、私たちひとりひとりが日常的に使うコミュニケーションのツールと、このコミュニケーションの環境を変えられない私たちのコミュニケーションの文化にもその責任がある。自戒を込めて、とりわけ左翼の活動家の責任は大きいと思う。このパンデミックのなかで、市民運動であれ労働運動であれ、敵は自分たちのコミュニケーションのツールそのもののなかにいる、というやっかいな事態を深刻に捉える必要がある。活動家がそのコミュニケーションの「武器」見直すことが、民衆のコミュニケーションの文化やライフスタイルを変えるきっかけになると思う。それ以外にライフスタイルにオルタナティブが生まれる余地はないと思う。この意味で、どのような手段で、どのようなネットのプラットームに依存して情報を提供するのかは、重要なコミュニケーション文化の闘いでもあると思う。

alphabet(Google)
https://stocks.finance.yahoo.co.jp/us/chart/GOOG?ct=z&t=1y
apple
https://stocks.finance.yahoo.co.jp/us/chart/AAPL?ct=z&t=1y
facebook
https://stocks.finance.yahoo.co.jp/us/chart/FB?ct=z&t=1y
amazon
https://stocks.finance.yahoo.co.jp/us/chart/AMZN?ct=z&t=1y
microsoft
https://stocks.finance.yahoo.co.jp/us/detail/MSFT?d=1y

接触者追跡とプライバシーの権利―監視社会の新たな脅威

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1 はじめに 感染経路追跡とプライバシーの権利

COVID-19パンデミック第二波となっている現在、政府(国であれ自治体であれ)と資本の対応に一貫性がみられなくなっいる。しかし、そうしたなでも、誰もがほぼ間違いなく「正しい」対処とみなしているのが、陽性とされた人の濃厚接触者を特定し追跡することだ。これが感染拡大を防止するイロハとみなされている。しかし、わたしはこの政策には疑問がある。この考え方は、人々が濃厚接触者が誰なのかを、正直に保健所当局に告白するという前提にたっている。この考え方は、濃厚接触者を網羅的に把握できなかったばあ、つまり漏れが少しでも生じれば、代替的な防止策がとれないで破綻するということ。実際最近の動向は、感染経路が追えないケースが増えていることを危惧する報道が多くなった。

濃厚接触者追跡というモデルは、現実の人間をあたかも実験室のモルモットであるかのように扱う現実性に欠けた人間モデルであると同時に、上述のように、濃厚接触者を告白しなかった場合、当該の人物はあたかも犯罪者であるかのように指弾されかねないというもうひとつの問題がある。そもそも誰が濃厚接触者であったのかを保健当局が判断するには、感染したと思われる時期に本人がとった行動や接触した人を網羅的に全て列挙して、そのなかから濃厚接触とみられる人物をリストアップすることになる。

私たちの日常生活の経験からみても思い当たることだが、すべての人間関係をつつみかくさず、公的機関に告白できる人はどれだけいるのだろうか。人間関係の隠蔽は政治家たちの習性であり、またそれ自体が政治の戦術でもある。労働者が雇用主に内密で労働組合に労働問題を相談する、DVの被害者が加害者に知られないよう支援組織と接触するといった人権に関わる問題から、ごく私的で他人に知られたくない性的な関係に至るまで、多様で様々な人間関係がある。

プライバシーの権利は、個人の生活における自由の基本をなす。他人に詮索されたり覗かれたりせずに自由に行動できる権利としてのプライバシーの権利は、同時に、自分に関する情報を自分がコントロールできる権利(本ブログ「ロックダウンと規制解除―残るも地獄、去るも地獄の資本主義:権利としての身体へ」参照)と表裏一体である。このプライバシーの権利は、感染経路を追跡するために自分の行動や親密な人間関係を告白するように道徳的にも強制するような感染症パンデミックの状況では極めて脆弱になる。公共の福祉のために、個人のプライバシーの権利は制約さるのはいたしかたないという社会の合意がありそうにも思う。

しかし、そうだとしても、またプライバシーの権利などという権利を公言することがないとしても、他人に秘匿される親密な人間関係はなくなることはない。感染経路追跡という戦略は、プライバシーの権利を軽視しているだけでなく、そもそもの人間関係に関する基本的な理解が間違っている。この間違いは、人間の行動を実験室のモルモットの行動から類推するとかコンピュータで解析可能なシミュレーションのモデルにむ無理矢理押し込めるといった専門家にとっての都合に基くものだ。

プライバシーの権利と感染防止を両立させることは不可能なのか。そうではない。後述するように、匿名で網羅的に検査し、陽性となった者が、自らの判断で医療機関で治療を受けられるような広範で大規模な医療体制をとればよいだけである。私が陽性になっても、誰から感染させられた可能性があるのかを告白しなくてもよいのは、網羅的に皆が検査しているからである。必要なことは感染経路ではなく、感染者の治療であり、感染させないような対処をとることである。このためには莫大な人的物的なコストがかかるが、生存の権利を保障するために国家がなすべき責任の観点からすれば、このコストは先進国であれば国家財政で対処可能であり、途上国を支援する余裕も十分にある。

プライバシーの権利と感性拡大阻止の両立を妨げているのは、三つの要因による。ひとつは、集団免疫への願望が地下水脈のようにこの国の政権のなかに存在しつづけているのではないか、ということ。第二に、GO TOキャンペーンは国土交通省であり、国土交通省は感染症対策に責任を負わない役所であるように、各省庁は自らの利権を最優先に行動し、政府の予算措置も既存の利権を保持したまま、追加予算措置として臨時に感染症対策を計上するにすぎない。結果として、国家予算は不必要に膨張し、感染症が拡大したとしてもその責任を負う必要がない官僚制の巧妙な責任回避のシステムができあがっている。第三に、市場経済もまた、COVID-19がビジネスチャンスであれば投資するという態度が基本であり、生存の経済よりも資本の収益を最優先し、この危機を競争力の弱い資本の淘汰の格好のチャンスとみていること、である。この結果として、すべての犠牲は、社会の最も脆弱な人々に押しつけられることになる。

こうした全体状況をみたとき、感染経路追跡は深刻なプライバシーの権利の弱体化を招くだけでなく、その結果として、予防しえたはずの感染症の蔓延による健康と生存の権利が脅かされ、労働者の権利、女性やこども、性的マイノリティの権利、知る権利、集会・結社の自由、通信の秘密などなど広範な私たちの権利をも侵害されることになる。

繰り返すが、感染経路の追跡や、濃厚接触者確認のアプリは不要である。むしろ網羅的な検査を無料・匿名で実施する体制をとるべきである。この点を踏まえて、以下では、より立ち入って感染症問題と監視社会について述べてみたい。

2 これまでの監視システムが全体としてグレードアップしている

エドワード・スノーデンらが告発したグローバルな監視システム1が私たちの日常生活のなかに浸透していることを人々が実感するきっかけになったのが、SNSへの監視だった。SNSが社会運動で大規模に利用されたのは、アラブの春からだと言われている。このアラブの春の集会やデモを監視するために、アラブ諸国は欧米の監視テクノロジーを導入した。2当時ですら諜報機関は、携帯電話のシステムを用いてデモ参加者に対する大量監視を独自のシステムによって実現していたことが知られている。

また対テロ戦争のなかで、「サイバー空間」もまた「戦場」とみなされるようになってきた。ドローンによる爆撃からハッキングなどのサイバー攻撃までネットにアクセスしているあらゆるコンピュータ機器が「武器」変容しうるようになる。こうした環境のなかに私たちのコミュニケーション空間が置かれることになった。

他方で、民間情報通信関連企業はユーザーに無料サービスを提供しつつ、他方でユーザー情報を求める企業には膨大なデータを提供することによって収益をあげる仕組みを構築してきた。3現代の監視社会は、ビッグデータの存在が前提になっている。トランプが勝利した前回の米国大統領選挙では、選挙コンサルタント企業、英国のケンブリッジアナリティカが独自の選挙対策ツールを提供する一方で、グーグル、フェイスブック、ツイッターなどが膨大なデータの収集と宣伝・広告の手段を提供した。米国民一人につき6000の個人データが収集・解析されて、ターゲット広告の手法を使って主に浮動票となる有権者の投票行動に影響を与えるような手法が用いられた。4

よく知られているように、個々のデータが匿名であっても複数のデータを組み合わせることによって個人を特定することは難しくない。たぶん、ビッグデータをもとにした高度な投票行動分析では、投票そのものが匿名であっても、個人の投票行動はもはや秘匿できないとみた方がいいかもしれない。

また情報通信企業は、上記のような状況の変化のなかで情報セキュリティ企業としての性格を強め、社会インフラとしての情報通信システムを、言論表現の自由やプライバシーの権利といった人々の権利のためのインフラとみなす以前に、なによりも国家の安全保障の基盤とみなす観点をもつとともに、企業収益にとって国家の治安や安全保障関連予算が不可欠な構成部分を占めるようになってきた。経済の根幹に情報通信関連産業が陣取り、人々のコミュニケーション環境に決定的な影響を行使できる地位を獲得した。政府の官僚機構のデータ処理がこうした外部の情報通信関連産業の技術に依存しなければ成り立たない構造ができあがっている。長期の不況のなかでもサイバーセキュリティ市場は例外的に一貫して成長しつづけている。5官民の癒着構造は、国家が公的資金と公的機関の個人情報を提供し、民間が膨大なビッグデータとインフラや解析テクノロジーを提供するという構造をとっており、この一体化の構造はかつての公共投資による癒着の構造よりもより深いものになっている。6

国家の統治機構への民間企業の関与の境界線は限り無く曖昧になっており、福祉や社会保障、市民生活の利便性、仕事の効率性、行動の自由度や安全性の向上など、一般にポジティブな事柄がおしなべて「監視」システムなしには成り立たなくなっている。個々人の私生活のミクロな局面からグローバルな監視システムがシームレスにひとつながりの構造をもち、これらを幾つかの政治的経済的軍事的な主導権をもつ政府と多国籍企業が、技術の仕様やノウハウを掌握する体制ができている。しかも、この構造は米国、欧州、中国など現代世界の支配的な秩序の主導権を握ろうとしている諸国が相互に、それぞれの傘下にある巨大企業を巻き込んで対立、競争、妥協、調整の力学を構成している。私たちのコミュニケーションの権利が、これほどまでに世界の権力秩序と密接に関わる構造に組み込まれたことは今だかつてないことだ。

言うまでもなく、コミュニケーションの自由は民主主義の前提をなす。この前提となる自由を私たちは自分達の日常的な技術と知識によって自律的にコントロールできていない。コンピュータの仕組みは複雑すぎ、そのメカニズムを理解できる人はごく少数の技術者に限られるだけでなく、知的財産権や高額なネットワーク機器も私たちの手にはない。エンドユーザのコンピュータ環境はマイクロソフト、アップルが独占し、スマートホンではGoogleとアップルが独占している。ネットはといえば唯一、インターネットがあるだけで他の選択肢は皆無だ。自由なコミュニケーション環境はインフラのレベルからエンドユーザーに至るまで極めて脆弱だ。ヘイトスピーチを押し止めるための民主主義的な可能性が見えづらくなり、国家の法的強制力への依存が高まるなかで、その国家はといえば、欧米ともに極右のレイシストの影響が強まっている。こうした環境のなかで、医療・保健衛生という生存権と密接にかかわる分野を舞台に監視社会化のあらたな機会が登場してきている。

IT=AI技術を用いた感染対策は、技術をそのままにして、別の目的に転用可能であるという意味で、潜在的に網羅的な監視、とくに治安監視や権力を支えるための道具となりうる危険性を兼ね備えたものになる。感染症を生存権に関わる問題だとすると、プライバシーの権利を犠牲にしても優先すべき問題だという理解は合意を得やすいかもしれない。しかし、生存権を保障するための手だてが、冒頭に述べたように、プライバシーの権利を制約するような方法しかとれないのかどうかということへの検討が十分に議論されずに、IT=AIによる監視ありきで政策が展開されてきた印象は否めない。私たちは自由なき生存が欲しいわけではないし、差別や抑圧に加担する自由が欲しいわけでもない。

3 コロナ感染防止を名目とした網羅的監視

感染拡大が最も早く深刻だった中国は、いちはやくAIとGPSを組合せた監視システムを稼動させた。「街中に設置された監視カメラと顔認証技術の情報に加えて、携帯電話の通話・位置情報、ライドシェアなど各種サービスの利用記録といったビッグデータを企業から収集し、個人の詳細な行動履歴を把握することが可能となっている。」と日本のメディアが報じたのが2月初旬だ。7 中国のコロナ封じ込め対策の報道のなかで中国の監視社会の高度化が繰り返し報じられるようになった。8

国内の治安監視システムの転用は中国にかぎらない。イスラエルは3月に治安機関と保健省が新型コロナ対策に乗りだし、対テロ対策を転用する方策を打ち出した。「感染者の携帯電話の通信情報やクレジットカードの利用記録などから位置を追跡。過去2週間にその感染者と接触した可能性がある人に自主隔離を求めるメッセージを送る仕組9 んだという。これに対しては、イスラエル最高裁に人権団体が提訴し、最高裁は立法措置が必要との判決を出した。10

3月初旬に韓国はスマホのGPS機能を用いた感染者の行動追跡アプリを利用開始した。MIT Technology reviewは次のように報じている。
「韓国行政安全部が開発したこのアプリは、自宅待機を命じられた市民に、担当職員に連絡して健康状態を報告させるためのものだ。さらに、GPSを使用して自宅待機中の市民の位置情報を追跡し、隔離エリアから離れていないことを確認できる。」11 4月になるとスマホではなくリストバンドにGPSを組み込むシステムへと「進化」した。12

日本は、2月25日に出された「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」13にもとづいた政策がとられるが、IT監視技術の利用には言及していない。「国内での流行状況等を把握するためのサーベイランスの仕組みを整備する」という抽象的な文言があるだけだ。3月28日になると新たに「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」14が出され、先の基本方針からこの対処方針が上位の位置を占めるようになる。ここでは情報収集への言及が多くなる。新型インフルエンザ等対策有識者会議に基本的対処方針等諮問委員会が設置されて、その第1回会合は3月27日。15この会合ですでに対処方針案が示されていることから、専門家の会議は実質的な機能を果しておらず、官僚の方針をオーソライズする役割を担った。専門家の責任は重大だ。

この対処方針をふまえて、監視型の政策を正当化した最大の要因は、4月1日に出された新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」16にある以下の文言だろう。

「(3)ICTの利活用について
〇 感染を収束に向かわせているアジア諸国のなかには、携帯端末の位置情報を中心にパ
10
ーソナルデータを積極的に活用した取組が進んでいる。感染拡大が懸念される日本にお
いても、プライバシーの保護や個人情報保護法制などの観点を踏まえつつ、感染拡大が
予測される地域でのクラスター(患者集団)発生を早期に探知する用途等に限定したパ
ーソナルデータの活用も一つの選択肢となりうる。ただし、当該テーマについては、
様々な意見・懸念が想定されるため、結論ありきではない形で、一般市民や専門家など
を巻き込んだ議論を早急に開始すべきである。
〇 また、感染者の集団が発生している地域の把握や、行政による感染拡大防止のための
施策の推進、保健所等の業務効率化の観点、並びに、市民の感染予防の意識の向上を通
じた行動変容へのきっかけとして、アプリ等を用いた健康管理等を積極的に推進すべき
である。」

3月19日に出された提言17にはこうした情報コミュニケーションテクノロジー(ICT)への言及がなかったから、10日ほどの間で急速に方針の転換が生じたことになる。しかもこの10日ほどの間に専門家会議は持ち回り会議が1回開催されただけであり、ここでも官僚主導の方針を専門家がオーソライズする仕掛けになっている。

専門家会議5月1日の提言18では「ICT 活用による濃厚接触者の探知と健康観察(濃厚接触者追跡アプリなど)の早期導入」「ICT活用によるコンタクトトレーシングの早期実現」という文言が登場する。5月29日の提言19では「接触確認アプリや SNS 等の技術の活用を含め、効率的な感染対策や感染状況等の把握を行う仕組みを政府として早期に導入する。」とより具体的になる。

このように、日本もまた大筋では諸外国の感染者追跡をビッグデータやAIなどを駆使するシステム構築に必死になるのだが、こうした方向性を医療の専門家で占める専門家会議が具体的な内容も含めて提案できたかというと疑問だ。

上述したように、厚生労働省は3月28日に「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」を公表するが、ほぼ同じ時期に総務省は3月31日に「新型コロナウィルス感染症の感染拡大防止に資する統計データ等の提供に係る要請」20を出す。要請の具体的内容は次のようなものだ。

「プラットフォーム事業者・移動通信事業者等が保有する、地域での人流把握やクラスター早期発見等の感染拡大防止に資するデータ(例:ユーザーの移動やサービス利用履歴を統計的に集計・解析したデータ)を活用することにより、
・ 外出自粛要請等の社会的距離確保施策の実効性の検証
・ クラスター対策として実施した施策の実効性の検証
・ 今後実施するクラスター対策の精度の向上
等が可能となり、感染拡大防止策のより効果的な実施に繋がると期待されます。そこで、政府では、今般、プラットフォーム事業者・移動通信事業者等に対して、新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に資するデータの政府への提供を要請することとしました。」

プラットフォーム事業者とは、ネットショッピング、SNS、検索サイトなどを指す。21 提供が要請されているデータは「法令上の個人情報には該当しない統計情報等のデータに限る」としている。

政府は「新型コロナウイルス感染症対策テックチーム Anti-Covid-19 Tech Teamキックオフ会議」を設置し、4月6日に第1回の会合を開く。22チーム長西村康稔 新型コロナウイルス感染症対策担当大臣 竹本直一 情報通信技術(IT)政策担当大臣 北村誠吾 規制改革担当大臣の3名。民間企業からはヤフー、グーグル、マイクロソフト、LINE、楽天、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクなどが参加するなど厚労省の専門家会議とは全くメンバーが異なる。肝心の保健医療関係者は誰も参加していない。

感染症対策テックチームは、その構成メンバーからみても当然だが、当初から感染者の追跡を行うアプリケーションの開発に強い関心をもち、シンガポールで開発されたトレース・トゥギャザーの利用が念頭に置かれた。23 オーストラリア政府も同種の追跡アプリの開発に乗り出すなど、各国でスマホを利用した感染経路追跡アプリが次々に導入される傾向が一気に拡がる。

4月以降、デジタルプラットフォーム企業と政府の連携は急展開する。

先鞭を切ったのはLlINEかもしれない。3月30日に厚生労働省とLINEは「新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供に関する協定」を締結する。24

そして4月6日には上述した感染症対策テックチームを開催する。ここでの議論は

「提供を受けるデータは、スマホを持つ利用者の位置情報や、多く検索された言葉の履歴などを想定している。特定の場所にどの年代の人が集まるかなどの傾向をつかむことができ、事後の検証で集団感染が起きた地域を特定しやすくなり、感染予防に役立てることができるという。」25

などと報じられた。

4月13日、ヤフーは厚生労働省とクラスター対策に資する情報提供に関する協定を締結。26 この協定には次のような箇所がある。

「同意が得られた利用者の位置情報や検索内容を集計して分析し、感染が増えている可能性の高さを地域ごとに数値で示す。国は感染者集団(クラスター)の早期発見や対策を決める際の参考にする。」
「同社は過去にクラスターが発生した場所やイベントのデータなどから、「感染者が行う傾向が高いとみられる検索や購買行動」を分析。その行動の増減を地域別に数値化し、「クラスター発生が疑われるエリア」として国に提供する。個人が特定されないよう、分析エリアは最小500メートル四方とし、人口が少ない地域などは除外する。」

ヤフーは、4月21日には47都道府県の人の移動データを公開し、

「データは同社のアプリで位置情報の提供に同意している利用者のデータなどを集計して推定している。前年同時期を100として、自治体内から出た人と入ってきた人の増減について、1月以降のデータを日ごとに示す。4月3日から東京23区限定で公開していたデータの対象を、全国に広げた。」27

と報じられている。

4月22日、KDDIは全国の自治体に位置情報ツール無償提供を発表。28

「「KDDIロケーションアナライザー」。同社の携帯電話サービス「au」で個別に同意を得たスマホ利用者の位置情報と性別や年齢層を分析できるツールだ。最小10メートル単位、最短2分ごとに位置情報を収集し、道路ごとの通行量や店舗への来訪者数などを細かく分析できるという。」

4月30日、ソフトバンク株式会社の子会社で、位置情報を活用したビッグデータ事業を手掛ける株式会社Agoopが厚労省と情報提供の協定締結。29

「新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供等に関する協定」を厚生労働省と締結

Agoopの流動人口データは、許諾していただいた方のみのスマホのアプリ(例:位置情報を活用する複数のアプリ)から位置情報を取得し、プライバシーを十分に保護することを重視して統計処理を行い匿名化された、個人情報を含まないものです。」

こうした動きのなかで、複数の接触確認アプリが自治体で独自に採用される動きも拡がった。30

他方、GAFAと呼ばれる米国多国籍企業も監視テクノロジーのプラットフォームを急速に整備はじめる。

4月4日、Googleは、世界141ヶ国で「人々が訪れる場所をいくつかのカテゴリ(小売店と娯楽施設、食料品店と薬局、公園、公共交通機関、職場、住居など)に分類し、人々の地理的な移動状況を時間の経過とともに図示」する「COVID-19(新型コロナウイルス感染症): コミュニティ モビリティ レポート」を開始すると発表。31 4月10日、AppleとGoogleはコロナ濃厚接触をスマホで通知できるシステムの共同開発を発表。日本でも展開することが表明された。32 5月初旬にはサンプルコードが公開される。33 この発表は、欧米のプライバシー団体から批判の声があがり、大きな議論になる。

5月にはいり、このGoogle/Apple連合の接触アプリを厚労省が採用すると表明する。しかし、Google/Appleは、接触アプリのプラットフォームを提供するだけで実際のアプル開発を行うわけではない。

接触者追跡アプリの開発は、いくつもの問題を抱えた。発注する厚労省など政府側と、これをビジネスチャンスとみたであろう大手IT企業、しかもGAFAと日本の企業の間の思惑も複雑に絡みあいそうだということは感染症対策テックチームの顔ぶれからも推測されたが、現実に進行した事態はもっとやっかいだった。

厚労省の接触確認アプリ(COCOA)34は6月下旬から使用開始されているが、アプリの不具合が見つかったことをきっかけにして開発体制そのものへの批判が拡がった。ITの専門ニュースサイトには次のような報道が流れた。

「厚生労働省が6月19日に配信を始めた、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)陽性者に濃厚接触した可能性を通知するスマートフォンアプリ「新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)」の不具合や開発体制を巡って、ネット上で議論が巻き起こっている。アプリのベースになったオープンソースプロジェクト「COVID-19Radar」の中心的人物である廣瀬一海さんは自身のTwitterアカウントで、「この件でコミュニティーはメンタル共に破綻した」として、次のリリースで開発から離れ、委託会社などに託したい考えを示した。」35

コンピュータのソフトウェアやアプリケーションの開発は、自動車などモノの開発とは異なるところがある。そのひとつが、上記の記事にある「オープンソース」である。モノの開発は企業ごとに、企業秘密のベールのなかで行なわれるのが一般的だがソフトやアプリは、こうした企業独自の開発もあれば、全ての開発情報を一般に公開して、誰もが開発に参加できる体制をとって行なわれる場合もある。後者のような体制で開発されたソフトウェアをオープンソースソフトウェア(OSS)と呼ぶ。接触確認アプリCOVID-19Radarの開発は、厚労省のトップダウンで実施されたわけでもなければ、大手IT企業が自社の開発チームを組織して取り組んだものでもなく、ソフトウェア開発者が個人として始めたプロジェクトがベースとなって出発した。

COVID-19Radarの開発では、プログラムを公開してプライバシーなどへの危惧について、第三者が確認できるようになっていた。しかし、appleとgoogleが共同して提供するアプリ開発のプラットフォームについては、各国とも厚労省が管理する前提で一ヶ国につきアプリ開発はひとつに限定されるという条件がつけられた。Cocoaとして実際にスマホアプリとして公開されているものは、オープンソースとして開発されてきたCovid-19Raderをベースにしつつも別ものになる。ITmediaは次のように報じている。

「そもそも、COVID-19Radarは厚労省の開発するCOCOAそのものではなく、日本マイクロソフトの社員である廣瀬さんが個人開発で始めたプロジェクトだ。コード・フォー・ジャパンのプロジェクトも並行して進む中、それぞれが採用を前向きに検討していた米Appleと米Googleの共通通信規格が「1国1アプリ」「保健当局の開発」に限られることが分かり、厚労省が主導することに決定。これに伴い、厚労省は開発をパーソル&プロセステクノロジー(東京都江東区)に委託。同社は日本マイクロソフトとFIXER(東京都港区)に再委託したという。この過程で、OSSであるCOVID-19RadarがCOCOAのベースになることが決まった。」36

厚労省の委託先のパーソルは、2017年までテンプという名前で知られた会社の後身だ。かつてテンプの時代に、厚労省の再就職支援事業のなかで、企業のリストラをサポートする違法すれすれの極秘のプログラムを作成し大問題となった会社の系列にあたる。37

オープンソースによる開発ではなくなったために、アプリのプログラムの透明性は後退したように思う。大手企業と政府、厚労省やIT関連の省庁の利害を視野にシステム開発の力学を分析することなしには監視社会を支えるインフラの実態は解明できない。

一般に、プライバシー情報の保護が論じられる場合、二つの異なる問題が混同されたり、あえて曖昧にされる場合があることに注意しておく必要がある。接触確認アプリのプライバシー情報でいうと、陽性者となった人と濃厚接触した人との間で、相互に個人情報を把握することができないような仕組みがあれば、プライバイーの保護がなされているというのは間違いではないガ、コレダケガぷらいばしー問題の全てではない。接触確認アプリCocoaの場合も、厚労省はこの点に焦点をあてる一方で、Cocoaがもっているプライバイー上のもうひとつの問題をあえて表に出さないようにしている。Cocoaのプライバシーに関する宣伝文句は以下のようだ。

「接触確認アプリは、本人の同意を前提に、スマートフォンの近接通信機能(ブルートゥース)を利用して、互いに分からないようプライバシーを確保して、新型コロナウイルス感染症の陽性者と接触した可能性について通知を受けることができます。」38

図の出典

「新型コロナウイルス接触確認アプリについて」
厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部
内閣官房新型コロナウイルス感染症対策テックチーム事務局

ここで語られていないのは、個人情報を厚労省がどの程度把握できるのか、という政府による個人情報把握だ。上図にあるように、Cocoaのシステムは、通知サーバーと濃厚接触者の関係で完結しない仕組みになっていて、新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)と連動する。このHER-SYSは陽性者やPCR検査を受けた人たちの個人情報を取得する。「基本情報」だけでも以下のものが取得される。

「個人基本情報 受付年月日、姓名(漢字)、姓名(フリガナ)、生年月日、年代、性別、国籍、住所、管轄保健所、連絡先電話番号、メールアドレス、職業、勤務先/学校情報、
緊急連絡先、濃厚接触者の場合は契機となった感染者の方のID
福祉部門との連携の要否 障害/生活保護/保育者確保/介護者確保/その他(自由記載同居者情報 高齢者、基礎疾患のある者、免疫抑制状態である者、妊娠中の者、医療従事者」39

これ以外に検査、診断情報、措置等の情報もあり膨大だ。しかもこうした個人情報については「法令に基づく第三者への提供であるため、本人同意は各個人情報保護法令上不要とされています」とあり、いったん提供された情報を、いつ誰と共有しているのかを個人の側では把握する権利をもたず、追跡もできない。Cocoaは現在まだ試行版という位置づけらしく、HER-SYSとの連携はとれていないようだが、正式のリリースでは連携される。橋本厚労副大臣はインタビューで「正式版ではHER-SYSと連携させることを目指したい。あまりだらだら時間をかけずに、接触確認アプリの正式版を出したい」と明言しているのだ。40

多分次のステップは、この接触確認アプリがスマホのOSに組み込まれることによって、ユーザーがインストールしなくても動作するような方向をとるのではと思う。Androidのスマホを買うとgoogleの地図機能が最初からインストールされているような仕組みだ。どこの国も接触確認アプリの普及は低く、実効性がない。普及率を上げる効果的な方法は最初から組み込み、しかも機能をデフォルトで「オン」に設定することだろう。こうして監視のテクノロジーはますます人々が自覚することのないバックグラウンドで機能するようになる。スマホの感染アラートで感染を知り、医療機関に出むくことが日常になれば、これは「便利で当たり前」ということになる。これがあたらしい日常であり「withコロナ」が意味することだ。

しかもこのHER-SYSの開発を手がけたのもCocoaの発注先と同じパーソルだから、接触確認アプリとHER-SYSの連携は最初から意図されていたとみてよいと思う。

この支援システムを含む全体象は図2のようになる。支援システムのデータについては「関係者間で必要な情報を共有」とあり、厚労省、都道府県などいくつか例示されている。
こうしたアプリとHER-SYSの連携が行なわれ、省庁間での共有が進むと危惧されるのが治安管理への転用だ。この例示にはないのだが、すでに警察庁もまた感染者情報の提供を要請していることがわかっている。しかも本人の同意なしでの提供を求めている。41

図の出典:「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS*)について」
厚生労働省のウエッブより

いったんこのようなシステムが構築されると、個人情報の共有範囲は歯止めなく拡がる。しかも、こうしたシステムは、中国やイスラエルのように諜報機関の従来のシステムの保健医療への転用が可能であったように、その逆もまた真なり、なのだ。福祉国家が高度な監視国家になっているように、人々の人権や福祉のために導入されたシステムは治安監視のシステムとなりやすい。Cocoaのように人々が誰と接触したのかを把握できるシステムは、いくらでも応用がきく。

集団的な密集状態は、集会やデモなど政治的な権利行使の現場でも起きる。これらの場所で感染が発生したり、その恐れがあるとみなされたりした場合、保健所だけでなく公安警察もまた、感染を口実に介入する可能性がある。

厚労省は、補正予算で「感染拡大防止システムの拡充・運用等」として13億円を計上し、「新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止に資するシステムを整備するため、感染者等の情報を把握・管理するシステム(HER-SYS)の機能拡充を行うとともに、保健所等におけるシステム運用を支援する」とともに「ビッグデータを活用し、各地域における感染の拡大防止に資する情報や感染発生動向等の情報をわかりやすく整理して提供する。」ともしている。

4 感染者追跡は必須か。

感染者接触確認アプリの開発が個人ベースで有志によるボランティアのプロジェクトとして始められたCOVID-19Radarであったということは、開発者の感染症対策についての理解がどのようなものであったのかを端的に示している。感染症対策として、感染者を特定し、この感染者の濃厚接触者を把握し、感染経路を明かにし、保健所がこうしたデータを集約して、医療機関と感染者の仲介をすることが唯一の解決策であるということが2月以来繰り返し政府からも感染症の専門家からも主張されてきた。アプリ開発者もまたほぼ同じ認識に立ってアプリのコンセプトを構築したと思う。アプリ開発者はプライバシーに配慮した匿名性を前提とする感染確認のシステムであるべきだという正しい理解を示していたと思うが、HER-SYSとの連携によるプライバイー上の問題を回避することはできないから、自分の開発の外で起きている問題をも配慮して接触確認アプリのプログラムを組むことはほぼ不可能だろうと思う。ここで問われるのは、プログラムの開発者の技術力ではなく自分が開発しているプログラムの社会的政治的な文脈を理解する社会認識力なのだ。このアプリは本当に意味のあるものなのか、権利侵害に加担しないかを見極める力だ。感染者がいれば接触者や感染経路を追跡するということ、ビッグデータやAIを駆使することが唯一の対策なのかどうか、である。

他方で政府は、保健医療の全体のシステムと接触者確認アプリの双方を統一して把握できる立場にあり、政府は、感染者とその濃厚接触者が相互に個人情報にアクセスできないようにするとしても、政府が個人情報にアクセスする必要があることは大前提でシステムを構築しようとする。

個人を追跡して監視するアプリ開発や政府のシステム開発はにはひとつの前提がある。それは、匿名性を保障しての網羅的な感染検査体制をとらないという前提である。もし定期的に網羅的に検査する体制がとられれば、検査は匿名であってよく、誰もが陽性か陰性かを確認でき、陽性者は自ら医療機関にアクセスすればよいだけである。網羅的検査への反対論では、こうした体制には膨大な資金と人的な資源が必要であって、現行の医療体制では対応できないと主張されまたかも医療体制は「定数」であって拡大させる余地がないものという前提にたった議論が繰り返し主張されてきた。網羅的な検査を前提に必要となるであろう医療体制の拡充を行なうような予算措置をとろうとしないのであって、予算がないわけではない。42こうした体制がとれらるのであれば、濃厚接触者であろうが、そうでなかろうが、みなが検査できるので、感染経路特定のための余計な個人情報の収集といった作業は不要になる。感染に関する個人情報は本人と本人が受診する医療機関に限定される。

このように、感染症対策で必要なことは、感染しているかどうかを私たち一人一人が確認できる検査体制があり、この体制によって私たちが受診できるだけの医療のキャパシティを構築することである。しかし、こうした体制は、政府にとっても情報産業にとってもメリットになることはなにもない。政府は、一貫して保健所や公衆衛生体制の縮小政策をとり、東京都も都立病院の民営化を進めている。こうした政策からすると予算の拡大はそもそも念頭にない。情報産業も個人情報を把握できる機会が極めて限定されるような政策を嫌う。

他方で私たちにとっては、自分の身体の健康についての知る権利が確保されつつプライバシー情報の拡散が阻止でき、治療へのアクセスが確保されるとともに、日常生活のなかで感染リスクを最小化できるという意味で、最も好ましい。

インターネットの普及とともに到来した監視社会は、ジョージ・オーウェルが描いたような中央政府の巨大な監視システムが人々の日常生活を網羅的に見張るといったわかりやすいモデルではない。こうした意味での監視社会の側面が拡大していることは事実だが、より厄介で深刻なのは、一人一人が自分たちの日常生活のなかから能動的に監視されることを期待するような状況が作られてきたという点だろう。たとえば交通機関で利用されるスイカなどのプリペイドカードは、支払いの面倒がなく便利だ。ネットの主流をなすようになったLineやFacebookなどのSNSは無料で使える便利なコミュニケーションツールである。こうした便利さを巧みに利用して普及してきたもののほとんどは、便利さや無料でのサービスの対価として、自分の個人情報や生活上の行動や交際の履歴などを企業に把握されることになる。しかし、プライバシーが把握されるという実感に乏しく、覗かれることに伴う不快感はほぼ皆無に近い。

監視社会化を招くもうひとつの要因に不安感情の利用がある。テロへの脅威という日本ではほぼフィクションに近い言説を警察が繰り返すことによって、本来なら裁判所の令状が必要な所持品や身体検査、監視カメラや金属探知機などの監視装置の蔓延が容認されてきた。新型コロナの深刻な蔓延は、こうした不安感情を利用した監視システムがこれまでにない規模で一気に拡大してしまった。

生存権や基本的人権の保障こそが政府がなすべき最優先の課題であるという建前からすれば、網羅的な検査と、これに対応する医療体制をとることは必須である。資本主義の政府や経済はこうした体制がとれない限界を抱えていることも事実で、そうであるなら、制度を根底から再構築することが必須だということでもある。私たちが必要としているのは、既存の制度を与件とすることではなく、基本的人権の保障を最優先にすることが可能な統治機構と経済なのである。この本質的な問題をコロナという今ここにある危機のなかで、将来の社会のありかたとしてきちんと見据えられるかどうかが反体制運動に課せられた課題だと思う。

Footnotes:

1

小笠原みどり『スノーデン、ファイル徹底検証』、毎日新聞出版、2019、同「新型コロナ感染者の接触者追跡データ 本当に欲しがっているのは誰?」https://globe.asahi.com/article/13370568

2

ゼイナップ トゥフェックチー『ツイッターと催涙ガス ネット時代の政治運動における強さと脆さ』、中林敦子訳、Pヴァイン、2018。

3

電子フロンティア財団『マジックミラーの裏側で:企業監視テクノロジーの詳細』http://www.jca.apc.org/jca-net/node/64

4

ブリタニー・カイザー『告発』、染田屋茂他訳、ハーパーコリンズ・ジャパン、2020年。映画『グレートハック』(NETFLIX)もカイザーに焦点をあてたドキュメンタリー、参照。

5

JETRO「拡大するサイバーセキュリティー市場」https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2018/1fb2ecd606c590e5.html 日本ネットワークセキュリティ協会「2019年度 国内情報セキュリティ市場調査報告書」https://www.jnsa.org/result/surv_mrk/2020/index.html

6

2016年には官民データ活用推進基本法が成立している。http://iot-jp.com/iotsummary/iottech/bigdataanalysistool/官民データ活用推進基本法/.html 17年に設置された統合イノベーション戦略推進会議が昨年包括的なレポートを公表している。「AI戦略 2019」https://www.kantei.go.jp/jp/singi/tougou-innovation/pdf/aisenryaku2019.pdf このレポートには、医療関連も含まれているが、新型インフルエンザ、SARS、MERSなど感染症問題が注目された後に出されているのだが感染症への関心はほとんどみられない。

8

(朝日、中国、ビッグデータが感染者追う 「まるで指名手配犯」、https://www.asahi.com/articles/ASN2G6SBGN2FUHBI039.html?iref=pc_rellink_03)

9

(日経4月28日、オンライン、https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58585660Y0A420C2FF1000/)

10

(上記記事)

15

新型インフルエンザ等対策有識者会議基本的対処方針等諮問委員会(第1回) https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/shimon1.pdf

21

公正取引委員会はプラットフォーム事業者を次のように定義している。「「デジタル・プラットフォーム」とは,情報通信技術やデータを活用して第三者にオンラインのサービスの「場」を提供し,そこに異なる複数の利用者層が存在する多面市場を形成し,いわゆる間接ネットワーク効果が働くという特徴を有するものをいう。」例示として「オンライン・ショッピング・モール,インターネット・オークション,オンライン・フリーマーケット,アプリケーション・マーケット,検索サービス,コンテンツ(映像,動画,音楽,電子書籍等)配信サービス,予約サービス,シェアリングエコノミー・プラットフォーム,ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS),動画共有サービス,電子決済サービス等」(「デジタル・プラットフォーム事業者と個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/dpfgl.html)

22

新型コロナウイルス感染症対策テックチーム Anti-Covid-19 Tech Teamキックオフ会議 開催 https://cio.go.jp/techteam_kickoff

23

日経3月20日。シンガポール、コロナ感染をアプリで追跡、政府開発
【シンガポール=谷繭子】シンガポール政府は20日、新型コロナウイルスの感染経路を追跡するためのスマホ用のアプリを開発、無料配布を始めた。近距離無線通信「ブルートゥース」を使い、至近距離にいた人を感知、記録する。感染者と接触した人を追跡して隔離することで、感染の広がりを早期に抑える狙いだ。

このアプリは「トレース・トゥギャザー(一緒に追跡)」。アプリをダウンロードした人同士が近くにいると、互いに認識し、電話番号を暗号化したデータをスマホ内に記録する。新たな感染者が発覚したら、その人のスマホ内のデータを政府の追跡チームが解析、濃厚接触した人を洗い出す。」(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57056430Q0A320C2FF8000/)

24

「厚生労働省とLINEは「新型コロナウイルス感染症のクラスター対策に資する情報提供に関する協定」を締結しました」 https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_10575.html

29

<東日本エリア>新型コロナウイルス拡散における人流変化の解析
2020/01/01〜 2020/07/15
https://corporate-web.agoop.net/pdf/covid-19/agoop_analysis_coronavirus.pdf

30

https://moduleapps.com/mobile-marketing/18413app/
北海道 北海道コロナ通知システム
青森県八戸市 はちのへwithコロナあんしん行動サービス
宮城県 みやぎお知らせコロナアプリ(MICA)
東京都 東京版新型コロナ見守りサービス
神奈川県 LINEコロナお知らせシステム
千葉県千葉市 千葉市コロナ追跡サービス
大阪府 大阪コロナ追跡システム
京都府京都市 京都市新型コロナあんしん追跡サービス
沖縄県 (準備中)

32

濃厚接触の可能性を通知するシステム: 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大抑止に取り組む公衆衛生機関をテクノロジーで支援する
https://www.google.com/covid19/exposurenotifications/
AppleとGoogle、新型コロナウイルス対策として、濃厚接触の可能性を検出する技術で協力
https://www.apple.com/jp/newsroom/2020/04/apple-and-google-partner-on-covid-19-contact-tracing-technology/

37

社員を末期患者扱い 人材大手が作成“クビ切り手引き”の仰天 日刊ゲンダイdigital https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/17602

38

厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部、内閣官房新型コロナウイルス感染症対策テックチーム事務局「新型コロナウイルス接触確認アプリについて」(6月19日)
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000641655.pdf

39

5月22日、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策推進本部「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS)の導入について」 https://www.mhlw.go.jp/content/000633013.pdf

40

接触確認アプリ公開はなぜ遅れた?コロナのIT対策を率いる橋本厚労副大臣を直撃、日経XTEC 6月19日 https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/04199/

41

照会書や本人の同意なしに警察へ感染者情報を 警察庁の依頼で厚労省が自治体や保健所に通知 「人権侵害では?」との反発も
https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/covid-19-police

42

イギリス・新型コロナ感染者治療のために、元オリンピック会場を仮設病院として活用へ https://www.huffingtonpost.jp/entry/london-excel-center-become-coronavirus-hospital_jp_5e8198e6c5b66149226a4df1

Author: 小倉利丸

Created: 2020-07-26 日 22:18

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ロックダウンと規制解除―残るも地獄、去るも地獄の資本主義:権利としての身体へ

Table of Contents

7月7日(火)19時から20時30分ころまで
会議室のURLはATTACのメーリングリストと音声ファイルの設置してある下記で告知。
https://archive.org/details/20200707-attac-kouza

オンライン会議ではjitsi-meetを使います。
参加に必要な器材
パソコンかスマホでカメラとマイクが使えるもの
ブラウザ
Chrome,Chromium,Brave,Firefox,Microsoft Edge(最新バージョン),Operaなど
カメラもマイクもない場合でもチャットでの参加が可能です。
オンラインでの参加や設定の方法は当日ご説明します。
下記にマニュアルがあります。
https://pilot.jca.apc.org/nextcloud/index.php/s/QMPfEBrXmtCRqB4
スマホ
https://pilot.jca.apc.org/nextcloud/index.php/s/ir7BAabQ6YbQi9S

問い合わせ
070-5553-5495
小倉

1 はじめに

今日のテーマは、なぜ市場も政府も新型コロナ、COVID-19パンデミックに十分に対応できずに、感染の拡大を阻止できないのか、という問題を、政策レベルの問題ではなく、資本主義のメカニズムとの関係で捉えかえしてみることに主眼を置く。

資本主義の基軸をなす二つの制度、市場と国民国家は、人々の健康や生命と生存基盤を犠牲にして、制度の自己防衛を優先させている。市場も政府も、建前では人々の人権や生存を保障するものと自認し、また理屈の上でも、これが可能な制度であるということが主張されてきたが、現実はそうはなっていない。制度が人々を犠牲にして延命せざるをえない現実から資本主義という制度の矛盾と問題を考えてみたい。このことは、COVID-19のような世界規模の危機の解決を資本主義に委ねるべきではないということ、そして、これはCOVD-19に限ったことではなく、気候変動であれグローバルな不平等や搾取による貧困と紛争であれ、共通した危機の本質にも関連する問題である。

2 ロックダウンと経済優先政策に共通する不安の政治学

新型コロナ、COVID-19パンデミックの事態は、この一ヶ月でかなりその様相が変化してきた。緊急事態宣言による外出自粛の状況では、徹底した自主隔離が宣伝されてたきたが、6月以降はむしろ自粛への圧力よりも感染拡大させない形での「経済」再開を模索する力が強まり、人々もまた仕事であれ娯楽であれ、外出しはじめている。収入や雇用への不安が払拭されず、「経済」への不安が感染症不安を上回りはじめている。政府は、緊急事態がもたらした経済的な損害に対する保障、とりわけ貧困層への保障をあえて迅速には展開してこなかったような印象がある。世論が経済の破綻への批判を強め、感染リスクを相対的に低下させるように誘導し、人々が健康よりも経済を優先させる政策への転換を後押しする時期を見極めようとしてきたとも思える対応だ。

たとえば、3月に国会が審議していた次年度予算にCOVID-19関連予算を組み込まなかったことに端的に示された。予算配分の抜本的な再編成、たとえば防衛費や開発型の公共投資などを切りすてて保健医療サービスに振り向けるとか、文科省の管轄になる医療系の大学や研究機関が厚労省管轄の医療制度との連携をとるような省庁を横断する取り組みはなされなかった。制度は既存の利権を優先させた。既得権をそのままにして新たにCOVID-19の対策を臨時のものとして措置したために、補正予算が32兆円(一般会計予算は102兆円)と膨大に膨れあがった。

もうひとつはオリンピックだ。オリンピックはスポーツイベントである前に巨大な市場経済活性化のための国家イベントとしての性格が大きい。オリンピックの延期前と延期後で政府、東京都のCovid-19への対応は明かに変化した。オリンピックとその経済効果を優先させて、感染を隠蔽あるいは放置する作戦が当初とられた。メディアも政府も、オリンピックを延期あるいは中止にしたときの経済的損失に強い関心を寄せ、感染問題は、このオリンピック経済の従属変数としての扱いがされた。つまり、オリンピックの開催にとって最適な政策をとることが優先され、検査体制を整えず、感染実態を隠蔽する作戦をとったのが、3月までの対応の基本姿勢だ。リスクの順位でいえば、オリンピック延期や中止が最大の経済的リスクとみなされたのだ。オリンピックの延期が決まった後も、オリンピックをめぐる経済は政府と資本にとっての最大の関心事であり続けていることに変りはない。将来の感染症パンデミックをみすえて、必要な措置をとるための財源をオリンピックの中止とオリンピック用に開発されたインフラの医療への転用で早急に対処しようとする選択肢は、政治家にも官僚にもない。オリンピックは、資本主義が、人々の健康への権利よりも経済を優先させ、経済が人々の健康の権利を最大化するようには機能しないものなのだ、ということを端的に具体的に示す実例でもある。今後の講座でのテーマになるので、今日は立ち入らないが、こうした経済優先の資本主義は、経済がナショナリズムと連動しているために、より一層強固になる。オリンピックへの国家の関与の深さは、ナショナリズムのメガイベントだからであり、国民統合の祝祭として格好の舞台だからだ。経済はそれ自身がナショナリズムのイデオロギー装置という側面をもっているということを理解することが重要であり、これは市場経済が供給する商品の使用価値のイデオロギー的性格と不可分である。消費とナショナリズムの問題はいずれテーマとして扱いたいと思う。

オリンピックの延期が決まった3月24日のすぐ後、4月7日に緊急事態宣言が出される。この段階でのリスクでは感染防止が優位にたつ。しかし、最小の経済的コストで最大の感染防止対策をとることが目指され、結果として、コストのかからない外出自粛の事実上の強制が世界中で当然の措置として蔓延した。この段階で資本は、平常の活動を抑制せざるをえなくなるが、このコストを人件費の削減によって労働者に転嫁した。日本全体の安全を最優先すべきだというナショナリズムによって、人々は耐乏と禁欲を選択させられることになった。政府と資本は、COVID-19が社会の政治経済システムに深刻な影響を与えはじめているという認識から、人ではなく制度を防衛することがこの時期の最大の関心になる。つまり、医療崩壊が関心の中心を占め、この崩壊を防ぐために、多くの人々が自らの命を犠牲にする状況が先進国ですら起きた。この状況は、この段階で、国家も資本も、その資源を効果的に感染対策の医療関連のサービスやインフラ、人材の確保へと転換することができなかったことを示している。

(横道)中国は武漢を完全に封鎖し、厳しい外出禁止措置をとり、感染を封じこめたとされている。他方で、経済活動を優先させているブラジルは感染拡大が収束しない。単純に比較すれば、緊急事態に際しては中国のような措置の方が効果があるといえそうだ。しかし、こうした比較は感染症と政治・経済の全体を単純化した比較にしかなっていない。どちらの国も、権力が最大の関心をもったのが、人々の生存の権利だったのだろうか。いずれの場合も既存の権力基盤の維持にとって最適な選択肢をとった結果だった。それが、中国の場合は、感染症という個別の課題では一定の効果を発揮したが、感染症を抑制することが人々の人権や自由の保障にはならず、権力の正統性維持に寄与したにすぎない。ブラジルの場合は、自由の概観は、主として資本の自由に還元できるものであって、その限りで人々の自由があり、同時に感染も拡大した。ブラジルは極右政権の正統性にこの欺瞞的な資本の自由が利用された。COVID-19を生きる人々は、それのみで生きているわけではない。一個の人格として多様な基本的な権利行使の主体として生きている。生存の権利を自由と平等を含む人々の基本的人権の保障を最優先とするような国はまだ地上のどこにも存在しない。だからこそ、これが目指すべき一つの社会の目標にもなる。

市場は、社会が必要とする財サービスの過不足ない供給を実現する上でこれ以上最適な制度はないというのが経済の専門家の前提にあるが、マスクや医療現場の防護に必要な資器材の不足は解消せず、命を賭けた治療が続いた。民間の医療関係資本は、COVID-19がビジネスになるのかどうかを静観し、一過性の流行病ではないと見極めがついた頃からワクチンの開発などに取り組みはじめた。

所得や収入の道を断たれた人々が、感染リスクよりも経済再開への要求を強めるような誘導のなかで、人々の経済を優先させるようなニーズがあたかも自発的な意思に基くかのような環境が構築されることによって、感染のリスクも経済的なリスクも、いずれのリスクに晒されても、これは制度に責任はなく、人々の自由な選択の結果だという言い逃れができる枠組が構築されてきた。こうした枠組の前提にあるのは、保健医療サービスや失業保障などに振り向けられる財源はこれ以上はない、雇用を維持できるような余裕は資本にはない、という戦略的に人々の理解を誤らせるような前提に基いている。政府には財政の再分配の余地があり、資本によって編成されている経済的技術的な基盤には、人々の生存を支えるだけの余地はあるはずだが、資本の利潤動機がこれを有効に活用することを妨げている。

2.1 不安感情

ここで鍵を握ったのが不安感情の存在だ。

不安感情は合理的な根拠に基づかず、恐怖とは異なって、対象があいまいで、感情を誘発させる原因を除去できる近い将来の見通しが見極められないなど、確定的というよりも確率的な脅威に関する情報によって生み出される。不安は未だ到来しない未来に属し、今現在よりも近い将来より悪い状況になるかもしれないという漠然とした推測に基づくもので、直接の経験に基くとはいえない要素に大きく影響される。この不安感情をコントロールすることによって大衆の意識や感情に介入しようとするのは、権力者の常套手段である。たとえば、テロの脅威をめぐる政府の言説は、その典型だろう。脅威の事実がなくても人々は不安感情を構築する。他方で、原発事故による放射能汚染のリスクは、テロの脅威とは逆に、過少評価されて不安を風評被害と呼んで根拠のない感情だとして否定する。このように不安感情は権力や権威あるメディアによって大きく左右され、人々は冷静な判断を下すためのオープンな情報環境を奪われる。もともと日本語という国境で閉じられたナショナルな言語環境では、不安感情が権力の言説によって醸成されやすい。不安感情を抱いた人々は、不安感情を払拭してくれるような情報に依存するようにもなる。強いリーダーシップや集団的なアイデンティティへの過剰な依存が起きる一方で、流言蜚語に陥りやすくもなり、不安感情を社会的なマイノリティへと向けるといった感情の転移が差別と暴力を助長する。

COVID-19をめぐる今年2月以降の日本の状況は、この不安を権力が巧妙にコントロールしようとしてきたといえる。当初、感染拡大と高い死亡率、治療薬がなくワクチンもない病気であるなどから、コロナへの不安感情は、人々の言論表現の自由の根幹にかかわる集会・デモの自由や異議申し立ての権利侵害の可能性、民主主義を支える討議環境への深刻な影響について真剣に議論する時間的な余裕すらなく、あっという間にロックダウンが民主主義を標榜するヨーロッパ諸国で受け入れられてしまった。不安感情は、人々の行動抑制と外出自粛、そしてロックダウンの合意形成を支える感情となった。そして今、この同じ不安感情は経済にシフトし、COVID-19の感染を軽視する傾向が次第に顕著になってきている。

このロックダウンから経済への転換の節目は、中国の感染拡大の収束と経済再開の時期と重なる。欧米にとっての最強の競争相手、中国が経済を再開させる一方で、自国経済を封鎖状態に置くことはグローバル資本主義の主導権を中国に奪われることを意味するから、何がなんでも経済の再開が至上命題となる。完全な感染拡大の抑止はできなくとも、ロックダウン解除がすすみ、米国、ブラジル、インドのように、感染拡大していても経済を優先させる政策をとりつづけるなど、不安感情を経済不安によって相殺する動きが目立つことになる。

日本においても、COVID-19の問題は、保健医療問題から経済の問題へと焦点がシフトしてきた。経済再生担当大臣が発言権を握っているようにもみえ、医学の専門家に加えて経済の専門家が政策決定に影響を与えるようになってきた。政府はスマホを使った濃厚接触者追跡アプリの導入によって、経済を再開させつつ感染リスクを抑制する対策をとろうとしている。本来なら、網羅的検査で実現可能なことをせずに人的物的投資をケチる一方で、AIによる人々の行動監視システムを導入することでIT企業の監視ビジネスに政府の金を投資し、個人情報を収集する新たな機会を政府が獲得するという一石二鳥の作戦にうってでている。あたかもこうした高度な情報収集技術だけが感染拡大を防止できるかのような印象操作がまかり通っている。

たぶん将来の落とし所は、これまで資本主義が繰り返してきたリスクの日常化による不安の解消と人々へのリスクの転嫁である。高度成長の公害、自動車の普及に伴う交通事故死傷者の増加。原発事故に伴う放射能汚染などから、戦争に伴う犠牲まで、社会が生み出すリスクと不安にいつのまにか人々は慣れ、人々は、権力や資本がもたらした、あってはならない健康に生きる権利への侵害とは考えず、日常的な「死」としてこれを受け入れてしまう。こうなることによって、制度の矛盾は制度の破綻にならずに温存される。今年の暮には、多くの人々が「コロナ」への感染を日常の出来事のひとつとして不幸な当たり籤とみなしてやり過すことになるのではないか。毎日何百人か何千人かが感染し、そのうちの何割かが重症化するとしても、こうしたリスクは経済を維持し成長させていくという社会の利益とのバランスでいえば、許容できるリスクだという共通理解が形成されることになるのだろうと思う。

不安感情は、怒りとともに、人々が異議申し立てに立ち上がるときのひとつのきっかけになる。しかし、こうした感情によりかかって運動が組織されると、不安感情をめぐる政治の力学のなかで、不安が払拭されてしまうや、運動の基盤が切り崩されてしまう。私たちは、感情を尊重しつつも、問題をもうすこし感覚ではとらえることが難しい制度の全体に目を向けておく必要がある。資本主義にCOVID-19の危機は解決できない、という今回のテーマはそのための手掛かりを皆で考えることにもなる。

2.2 知る権利としての検査

COVID-19の感染の有無は検査で判断できる。したがって、検査し、陽性の場合は隔離することで感染の拡大を抑えることができる。これが感染症の基本的な対策であり、この対策を実現できるように市場と政府がその制度を調整できるかどうか、が問われる。これは私たち一人一人からすれば、自分の健康状態を自分が判断するうえで必要な検査や情報にアクセスする権利は、生存権として保障されなければならない、ということを意味している。言い換えれば、検査を受ける権利とは、自己の身体についての「知る権利」である。ところが、日本政府は、この自己の身体についての知る権利の行使を妨げてきたのだ。検査を基本的人権としての知る権利だという認識が確立せず、結果として検査の問題は人権の問題としては議論されないままになってもいる。

一般に「知る権利」についての議論は、政府や資本が所有する私に関する情報へのアクセスの権利であったり、民主主義的な意思決定の前提となる討議に不可欠な情報へのアクセスの権利というレベルで議論されてきた。この知る権利は、「知る」ことを通じて、私が情報を発信する主体となることが前提されている。知ることは同時に語ることでもあり、この二つの不可分の権利はコミュニケーションの権利を構成するから、私の自由に関わる権利でもある。しかし、同時に「知る」ということのなかには私について知るというより根源的な問いも含まれるべきだろう。身体的健康状態はこの私について知る権利のなかでも最も基本的なものに属するといっていい。

医療の現場でもインフォームドコンセントのように自分の病状を知る権利や、投与される薬物についての情報を知る権利は制度的な枠組があるが、今回のような感染の有無を知る権利という問題はきちんとした議論になっていない。もし健康に関する基本的な人権として、知る権利に含まれるという社会的合意があらかじめ存在していれば、検査をめぐってこれほどの混乱は起きなかっただろう。検査が権利であるという意識が人々に支配的であれば、政府と資本は義務を果すために従来とは異なる財政支出や市場へのモノの供給を展開することを強いられることになる。

3 市場は本質的に不平等な制度である

より一般的にいえば、基本的人権を市場経済はどのように保障できるのか、という問題がここでは問われることになっているという問題でもある。商品には価格が設定されるから、権利行使を市場に委ねてしまうと、価格の制約によって権利行使を妨げられる場合がでてくる。権利は金で買うものではないにもかかわらず、権利の実現を市場に委ねることを認めてしまえば、権利は貧富の差を反映してしまい、平等な権利の享受にはならなくなる。途上国では特許で保護された高額の医薬品にアクセスできない貧困層が膨大に存在するように、市場は権利よりも利益を優先する。市場は権利とは本質的に矛盾するのだ。平等な社会を目指すことは、市場の不平等とは両立しない。他方で、資本主義では、政府が平等な権利行使を保障する唯一の統治機構になるが、この場合、政府が市場の利害と対立して基本的人権に関わる権利を擁護できるかどうかは確定的ではない。政府は基本的人権の保障に不可欠な財源を資本の活動、つまり経済成長なるものに依存しているからだ。平等を実現するために不平等である以外にない市場の成長を前提にしなければならない、これが資本主義の矛盾であり、同時に資本主義の欺瞞でもある。

健康は人権の基本であり、自分が自分なりの価値観によって健康であるかどうかを判断する上で必要な手段にアクセスできなければならない。感染症の場合、健康の問題は、自分一人の問題ではなく、周囲の人々との関係と不可分の問題になる。健康の権利は、自分ひとりだけでなく、他者の権利と相反しない形で実現することが求められる。こうした健康の権利を社会は保障する責任があり、この責任を負う第一の組織が政府であり、経済を介して健康な身体の日常的な再生産を担う資本もまたこの義務を負うべき存在である。

今あらためて問うべきことは、なぜ身体への権利が資本主義では確立しないのか、いったい私の身体は誰のものなのか、なぜ私が管理できないのか、資本と国家は私の身体についてどのような経済的政治的な権力関係にあるのか、という一連の問いである。今日は、この問いへの答えを考える上で不可欠な問題でもある<労働力>としての身体の担い手である労働者について、とくに、社会が危機にあるとき、資本と国家は<労働力>をどのように扱うことによって危機を回避するのかを考えてみたい。労働市場という特異な市場を通じて<労働力>を売らなければ生存の基盤を確保できない不安定な環境に人口の大半が依存するのが資本主義です。資本主義が危機のなかで資本と国家の延命のためにいかなる犠牲を強い、逆に人々がこの犠牲に抗して抵抗する主体となるとはどのようなことなのでしょうか。

3.1 市場経済による二つの危機への対応

COVID-19に伴う「経済」の問題は、市場経済内部の経済危機と同列には論じられない資本主義に固有の問題を浮き彫りにした。この点を述べる前に、そもそも資本主義はどのようにして危機に対応してきたのか、典型的な危機への対応のメカニズムを説明したいと思う。

危機に対する市場経済のメカニズムには二つの方法がある。ひとつは、市場経済のメカニズムの内部で市場の自己調整機能によって回復を実現する方法、もうひとつは、政府(国家)の権力、とりわけ法的強制力という市場にはない力の行使を通じて市場の危機を救済する方法だ。後者は、中央銀行による金融政策と連動した公共投資のような国家財政による景気刺激や失業対策などの社会保障に至るまで多岐にわたる。一般に資本主義的危機はこの二つの組み合わせを通じて、景気の回復と経済成長(DGPがその最も象徴的な数値となる)によって、経済の規模の拡大を実現できれば危機からの脱出とみなされる。成長に伴う利潤率上昇と税収増加、失業率の低下を実現することが目指される。この目標は至上命令であり、目標に至るシナリオが複数あるとしても、資本主義的な回復=成長軌道への回復を必然的な未来とする立場が放棄されることはない。言い換えれば、危機を契機に、経済の規模を縮小させて社会の経済を安定させるという方向はとれないのだ。

COVID-19の危機に対してもまた、この二つの対応で処理しようとするシナリオに沿って資本と国家の行動の基本線が描かれてきた。しかし、これまでの危機と大きく異なるのは、<労働力>をめぐる制御不能の事態の深刻さにある。

資本主義では人口の基本的な構成は、労働市場で商品となる<労働力>を中心に編成される。典型的な景気変動(循環)を<労働力>の動向に沿って考えてみよう。好況期とは市場の商品需要が旺盛で需要が供給を上回るために、価格も上昇する。生産も流通も拡大し、労働市場でも<労働力>需要(求人)が増加し、賃金も上昇する。好況期に資本は拡大する市場を獲得しようとする競争を展開する。この時期は、労働者の要求が通りやすい時期でもあり、労働争議も労働者に有利になりうる客観的な状況にある。好況から景気が下降へと転じる場合(その理由は様々あり、今ここでは立ち入らない)、需要が減少し、価格も低下して市場が収縮し、利潤率が低下し、時には資金繰りも困難になる。この時期は生き残りをかけた競争になる。不況で商品が売れないので、市場を確保するには、価格引下げ競争で生き残ろうとする。資金力のある資本はコスト削減が可能な機械化による生産性の向上の合理化投資が進み、労働者の解雇が広がる。一方で、より効率的な生産と流通の技術を導入することによる合理化投資、他方で、リスクとコストの原因になる<労働力>を排除する。市場の競争を通じて生産性の低い資本が淘汰される。失業と貧困の圧力のなかで、資本は、資本への自発的従属を受け入れる<労働力>を調達する。労働者の資本へのイデオロギー統合の重要な時期になる。景気循環は、資本が<労働力>需給を調整しつつ労働者による資本への抵抗を抑圧して資本に再度統合する一連のプロセスでもある。

この景気循環のモデルは、好況から不況へ、この転換期に深刻な経済的な危機=恐慌を伴い、社会的政治的な不安定が表面化する可能性を含んでいる。そのために政府の政治的な権力、労働運動や政治活動の弾圧と温情主義的な福祉や社会保障などの財政的な力が労働者を国民的な<労働力>へと統合するナショナリズムの力が強まることにもなる。こうして政府は、この危機から好況期への転換を補完することになる。

この不況から好況への上昇転換のなかで、失業人口が再度吸収されることになるが、資本主義的な技術革新は、<労働力>あたりの生産性を高めることになるので、同じ数の<労働力>が前の好況期よりもより多くを生産することになり、より大きな規模の市場を必要とする。これが資本主義が景気循環を繰り返しながら、常に経済を拡大せざるをえない理由である。

この資本主義的な景気循環の過程は、将来の見通しのなかに<労働力>のコントロールという条件が必須のものとして組み込まれている。つまり、労働市場への<労働力>の吸収によって生産と流通を拡大させ資本の利潤を確保しつつ、<労働力>の排出=失業率の上昇のなかで、生産性の高い技術革新と<労働力>の資本のもとへの従属を実現しようとする。資本と政府の思惑は、労働者の生存にとって資本と国家が不可欠な役割を担い、失業を解消して好景気を実現する主役としての地位に資本と政府を据えて、これらへの依存を生み出し、資本と政府からの経済の自立という選択肢を排除する。階級構造は確固として存在するにもかかわらず、<労働力>はこの階級に沿った意識ではなく、国民意識によって再編成される。

COVID-19がもたらした急激な景気後退は、不況期の需要の縮小と現象面では類似した結果をもたらした。需要の縮小は、感染症拡大を防止するために人と人との接触や移動が強制的に制限された結果として、市場の購買に繋る回路を断たれ、潜在的な需要が顕在化できなくなった感染拡大とロックダウンがグローバルなサプライチェーンを寸断し、需給の著しい不均衡が突然生み出された。市場が本来果すはずと期待された需給調整のメカニズムも作用できないままになった。資本の生き残りをかけた競争は、労働者の解雇と合理化(今回は、ICTテクノロジーの導入が顕著となる)を促した。その結果として、生き残りをかけた資本間の競争がグローバルにもローカルにも展開されることになる。

しかし、通常の景気後退とは異って、こうした市場内部の調整によって回復への見通しを見出すことができない。消費生活に大きな比重を占める都市空間の大衆的な消費スタイルが感染のリスクに晒された結果として、回復の道を見出せなくなった。国境を越える移動もまた、リスクを回避するために制限され続けている。他方で、COVID-19の感染を抑制し、ワクチンや治療薬の普及による根本的な予防と治療への見通しがたたない。合理化投資と劣位の資本の淘汰による不況からの脱出という経済成長のための唯一のシナリオだけでは、これらに対処することができない。

3.2 COVID-19による危機に内在する資本主義に共通する制度の限界

根本的な対策のない感染症の問題は、感染症の問題として表出した資本主義における<労働力>制御の不可能性に関わる問題として捉えることが必要だ。

資本主義における<労働力>の制御という構造的なメカニズムの観点からするとCOVID-19も労働者の組織的な抵抗も、ともに、資本の意図に沿うように<労働力>を調整できないという点では同じなのだ。資本にとっては、<労働力>を思い通りに制御できない環境が、労働市場で資本のニーズに応じた<労働力>の調達が困難、あるいは不可能な事態として現象する。これが、純粋に、<労働力>の供給不足からくる賃金高騰の場合もあれば、労使間の闘争の社会的拡大による資本の支配を受け入れない労働者の増加として現象する場合もあれば、今回のように、感染症パンデミックに伴う資本の活動の停止として現象する場合もある。これらはいずれも、資本にとっては<労働力>がもたらす解決困難な事態になる。資本にとっては、「もし、労働者ではなくて機械を充当していたらこんな困難には直面しなかったハズだ」という仮定が常に頭をよぎり、危機を回避するときの次善の選択肢は<労働力>の機械への置き換えとなる。社会のなかで<労働力>になる人間を一人増やすには、20年かかる。しかし、機械であれば、需要に応じた生産の増加に20年もかからないし、資本家に抵抗したり権利を主張することもなく、なによりも感染症に罹患することもない。機械は資本にとって常に<労働力>よりリスクが小さく、しかも効率的なのだ。

<労働力>をめぐる矛盾は、既存の資本蓄積様式(生産や流通の物的設備、資金、人的組織の構成)をそのままにしては解決できない。<労働力>が資本に対して絶対的に不足する場合、省力化技術は、20年かかる<労働力>の追加調達を可能にする方法となる。<労働力>の追加調達の方法は、移民や資本の国外への移転などでも実現可能だが、労使間の闘争や感染症パンデミックのような事態は、市場経済の自己調整機能に委ねることでは実現できない。

労働者の闘争と感染症パンデミックはともに、資本の<労働力>支配の限界を示しているとしても、労働者の意思という観点からみるとこの二つの状況は全く異なるのではないか。この違いは、労働者の闘争は、資本を明確に搾取する者として闘う相手とみなすのに対して、感染症は、資本に原因があるのではなく、ウイルスに原因があり、資本家であれ保守的な政治家であれ、イデオロギーや立場の違いを越えて共通に克服しなければならない人間の健康の危機として立ち現れる。医学が対象とする「病い」は、生理学的にみれば、純粋に生物としての身体機能の不具合とみなされがちだ。この観点からすると、「病い」は、罹患した「個人」が抱えた個人的な問題であって、個人的に解決されるべきものということになる。しかし、感染をもたらした社会環境を視野に入れれば、問題は「個人」に還元できないことは明かだ。「病い」に直面した個人がどのような状況に置かれるのかをみると、資本にとって、<労働力>としての人間がどのようなものとして扱われているのかがよくわかる。

感染症の疑いのある労働者や、その可能性のある労働者を資本は<労働力>としては価値のないものとして、切り捨てることが可能だ。<労働力>を排除することによって資本は自らの感染被害を回避するとともに、コストを切り下げて資本としての延命を図る。その一方で、資本は縮小する市場のなかでの生き残りを賭けた競争で優位にたとうとする。縮小した市場を復活させようとする資本のインセンティブは、感染症の拡大を危惧してロックダウンする政策を批判し、経済がもたない、失業者が増えれば感染症ではなく貧困によって命が奪われるという新自由主義者たちの声なき声を形成し、これがロックダウン反対のキャンペーンの展開となる場合が米国やブラジルでは露骨に表れ、イギリスや日本ではより巧妙に同じ路線が敷かれるようになる。(補足2)

感染症は資本主義の制度的な矛盾とは無関係な自然現象としてのウィルスの蔓延によるものだという言説は間違いだ。この言説が隠蔽しているのは、感染症を予防し、阻止して治療へと結び付けるために利用できる社会的な資源を、時には国境を越えて相互に融通しあう仕組みを資本主義の市場も政府も実現できず、むしろ資本と国家の制度を防衛することを優先させて、人々の生存をそのための犠牲にするという構図である。市場は資本の利潤を最大化する動機によって動くのであって、人々の生存のために利益を犠牲にすることがその使命なわけではない。国家は、権力の自己目的化に人々の生存を従属させることは、戦争への動員から死刑制度まで、国家の本質となっている。こうした資本と国家の本質を踏まえることが大切である。彼らが何を言うかではなくて、彼らがやれるはずのことを彼らの経済的政治的な利益のために回避する可能性があることを見逃さないことが大切だ。社会的な危機に対する人とモノの最適な再配置を資本主義の制度的前提によって阻害されているということを理解する必要がある。

職場、移動、買い物、娯楽、そして様々な社会活動、これらが一体となって人々の日常がある。この日常のなかで人の身体が<労働力>の消費と再生産という経済の構造に組み込まれるとともに、政治的主体として統治機構の構造を構成する。感染症であれその他の病いであれ、罹患、治療、治癒の過程は保健医療サービスの仕組みに依存する。感染の拡大は、個人の問題ではなく社会の構造のなかで行動する社会的個人の問題であり、社会の責任という観点が必要になる。これを個人の私的な行動に還元して、行動の履歴を追跡し、私的な人間関係を把握する方法の背景には、当該個人の私的な行動が、社会に対して害として表われるとみなす感染者への否定的な眼差しがひそんでいる。感染者から「社会」(実は資本と国家だが)を防衛するという意図には感染そのものと感染者という人間とを明確に区別しうるような理解の枠組を構築しようとする人権の基本的な観点を欠いている。政府や資本は、自らの利益のためになすべきことを放置し、彼らが負うべき責任を個人の生存のリスクや個人の私的な行動に負わせ、結果として感染した個人を社会のリスクとして事実上排除するか、感染していな者たちを<労働力>として動員しつつ、感染のリスクに人々を晒すことへの責任を負わないというのは、どちらに転んでも、資本と国家の自己防衛でしかないのです。

4 おわりに:オルタナティブの回路を閉ざさないために

緊急事態宣言の解除から経済再開への転換は、資本がもはや運動の停止に耐えられなくなった証拠でもある。人々のリクスへの不安と経済的な困窮による不安がここでは両天秤にかけられている。感染リスクに対して経済的困窮のリスクが相対的に高まることによって、人々のリスクと安全の主観的な閾値がリスクを許容する方向に移動しはじめているが、これを誘導したのが資本と政府の「経済」という脅し文句だ。感染リスクを最小化するために必要な自主的な隔離に伴う経済的な損失を補うに十分な経済的な保障をせず、自営業者や中小零細企業を盾にして経済再開の圧力をかけてきた資本と、この資本と運命共同体でもある政権とは、隔離政策がめざしたパンデミックの完全な収束あるいは「アンダーコントロール」状態の失敗から「with コロナ」へと方針を転換して、人々にコロナのリスクを受けいれさせうるような感情へと誘導しつつある。

経済的な危機は労働者の貧困と生存の危機をもたらすから、労働者は生存に必要な所得を獲得せざるをえず、資本のいいなりになる選択をさせることで資本の労働者への支配を強化するわけだが、労働者が資本への依存を拒否して別の生存手段を獲得できてしまった場合、この資本による制御は有効性を削がれる。労働者が団結して資本と対峙したり、失業と貧困による生存の危機に対して、資本に依存しない自立を可能にするオルタナティブな経済基盤を準備することによって、この資本の目論見を挫くことが可能になる。この民衆の自立に対して、政府もまた資本を支える方向で、民衆の自立を阻止します。政府は財政支出を通じて、失業や貧困への補償を約束したり、公共投資によって雇用の削減を抑制し、景気を刺激するといった政策をとることによって、オルタナティブへの回路を塞ごうとする。政府は労働者を資本の支配の下に再度統合するための政治的な役割を担う。人口の大半は、こうして労働市場で<労働力>を供給するシステムに縛られ続けることになる。この資本と国家の利益を、国民国家の体制は「国民」が全体として一致協力して、感染防止の生活規範に従うことを正当化し、この全体への同調だけが唯一のパンデミック対策であると主張します。民衆の「夢」を実現性のない妄想の類として否定するわけですが、こうした全体を一体のものとするシステムの傾向は現代における全体主義といっても差し支えないものだ。

わたしたちは、こうした全体への同調の背後に、資本主義を支える市場と国家の限界と民衆への犠牲の転嫁のメカニズムがあることを理解することが必要だ。


(補足2)ロックダウンや緊急事態では、医療崩壊を防ぐために、人々の接触を最小化することが必要だという理屈で外出自粛や禁止措置がとられた。これは資本ではなく国家の利害である。保健・医療が公的制度によって維持されていることから、政府の利害はこの制度の維持のために、人々を自主隔離して親密な人間関係のなかでの感染を正当化した。この段階では、あたかも保健医療のインフラは定数であり与件であって、一切の政府の資源の再配分はしないという態度が露骨だ。コロナ以前の既定の路線は、保健医療体制の市場経済への統合と公的財政支出の削減にあり、この既定の路線が根本から見直されることはない。

(補足)この規模の拡大は、これまでの資本主義の200年の歴史のなかでは、常に、国外の旧植民地など非西欧世界の統合として実現してきた。この傾向は1980年代以降、内包的拡大と呼べるような新たな市場拡大を伴うようになる。これがいわゆる新自由主義である。これまで政府の非市場経済部門とされてきた領域、人口の福祉・社会保障・教育や電気、水道、通信、公共交通といった生活基盤といった生存権や人権に密接に関わる領域が市場経済に開放されるようになる。資本の側からするとこうした人口の人権・生存権分野が新たな利潤創出の市場に統合されることによって市場の拡大が実現することになった。これに加えて、社会主義ブロックの解体はグローバルな資本主義の地理的な前提条件を可能にし、これが新たなフロンティアとなると同時に、中国やロシアがこれまでにない資本主義の手強い競争相手として登場することになる。

Date: 2020/7/7

Author: 小倉利丸

Created: 2020-07-02 木 15:16

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ATTAC首都圏連続講座(小倉)第2回のおしらせ(音源アップ、7月7日オンライン)

テレワークやオンラインのイベントが花盛りですが、下記の講座はちょっと趣向が違っています。基本はかなりレトロなネットの仕組みを基本にしています。

あらかじめ講座での話はネットに音源としてアップして誰でも聞けるようにしてあります。資料も必要であればメールで送付します。オンラインのライブは、この講座の話をふまえた質疑や議論だけに絞って実施します。ただし、Zoomとかオンランの会議のほとんどが「顔出し」ですが、この講座では原則カメラは「オフ」です。一般に会議の主目的は、参加者の顔をまじまじと眺めることではないので、ほとんどの会議では「顔」は不要なはずなのに、なぜか映像を使う会議が主流になるのは、なぜなのか、これ自体が興味深いテーマではあります。表情がわからないとニュアンスが伝わりにくいことは事実なので、発言する時だけカメラを「オン」にしてもよいことにします。

また、カメラもマイクもないパソコンユーザーでもチャットで参加できるようにします。 これは、NHKのラジオ講座とか通信講座がやってきたことをネットの仕組みに移しただけですが、同時に、何でも映像優先の時代に、むしろラジオ的な声の力を再評価してみたいと思うのです。気になったらご参加ください。とはいえ、使うオンライン会議の仕組みはjitxi-meetですから、オンラインが不具合でうまくいかないこともあるかもしれません。最善を尽す予定です。小倉

集団免疫とロックダウン解除!?―愛国主義の犠牲にはならない!!

新型コロナウィルスのパンデミック化は、ナショナリズムの本質がいったいどのようなものなのかを示している。

日本政府は人々を犠牲にして「国難」を乗り切る集団免疫路線をとっていると思わざるをえない

日本の検査数の少なさをどう判断するか―低コスト高リスクの集団免疫路線としか思えない。文字通りの野放しではなく、調整しつつ感染を拡大させるという綱渡りをしようとしているのではないか。この2週間ほどは引き締めへと向っているようにみえる一方で、政府は網羅的な検査へと転換しようとはしていないことの意味を見過すことはできない。

なぜ検査しないのか?自分の身体がどのような状態にあるのかを知りたい(これは私たちの権利である)というときに、知るために必要な検査を拒否する権限がなぜ保健所にあるのか。日本政府がとっている対応は、口では感染拡大防止を強調して、そのための外出自粛をなかば道徳的に脅かしながら、実際の対応は、感染拡大を事実上容認しているとしか思えない。その理由は

  • 最も感染リスクの高い医療関係者(医師、看護師、技師やヘルパーの労働者だけでなく事務職員も含む)への検査が実施されていない。
  • 福祉関連の施設の関係者への検査が実施されていない。
  • 学校など教育機関の関係者への検査が実施されていない。
  • 基礎疾患をもつ人たちへの検査が実施されていない。
  • 社会的なインフラや物流など人々の生存に関わる仕事を担う人たちの検査が実施されていない。
  • 感染者で軽症あるいは無症状の人の自宅で同居する人たちへの検査が(症状が出ない場合)実施されていない。
  • 症状のない感染者が多く存在していることを知りながら、こうした人たちの存在を把握するための検査をせず、よっぽど深刻な事態にならないと検査されない。

などなど、枚挙にいとまがない。無症状の人たちが多く存在し、こうした人たちからも感染することが知られながら、症状が出ていないことを理由に検査はされない。自宅軟禁状態を強いるメッセージが繰り返し出されるのだが、検査もされず、網羅的に自宅に閉じこめられることになる。本来なら、検査で陰性なら外出してもいいし自由にしていいはずだ。この自由を与えようとはしない。

結果として、検査されない人たちが自宅で3密状態になり、「家庭内感染」が増え、DVや家庭内の人間的なトラブルも深刻化している。やっと最近こうした問題に注目が集まってきたが、理屈からいえば、予測しえたことだ。

なぜ、検査せずに放置しているのか。考えられる理由は二つだ。

ひとつは、コストである。網羅的な検査に必要な投資を抑えたいという意図があるように思う。全員に行なえるだけの検査キットや検査装置、人員がいないという言い訳、あるいは医療崩壊の危機で世論を半ば脅すような宣伝は、責任逃れでしかない。前に書いたように、こうした検査の必要が新型インフルエンザのときに既に指摘さていた。そうであるのに、保健所を統合・削減し、パンデミック対策をサボった厚労省と政府の責任である。明らかに権力がまねきよせた「権力災害」である。政府はあたかも新型コロナ・パンデミックが天災であるかのように、あるいは中国がもたらした「外来種」被害であるかのようにふるまう。こうした振舞いは、検査体制に必要なモノとヒトを確保するポースだけをとり、本当にすべき政府の投資をサボる格好の隠れ蓑になる。

もうひとつの理由は、政府関係者は絶対に口に出しては認めないが、集団免疫を獲得することでパンデミックを収束させるという作戦(あえて意識して軍事用語を用いる)をとっているのではないかという疑念だ。この作戦はとても安上りだ。人々をどんどん感染させ、症状がでなかったり、軽症の場合は放置する。かれらは、働きながら、周囲に感染者を広げつつ、自分の身体を犠牲にして免疫を獲得する。政府はコストもかけずにパンデミック収束の手掛かりを握ることになる。ワクチン開発をまたずに、大半が免疫をもつことができると妄想しているのではないか。他方で、重症者はとりあえず隔離して治療するが生命を犠牲にする人がでる。政府は、これは集団免疫を獲得するためのいたしかたない犠牲だと考えているのではないか。医療関係者がクラスターで大量に感染し、一時的に病院を閉鎖してもその後再開したときには、免疫をもった多くの医療関係者が働くことになる。こうなれば効率的に感染を恐れずに治療ができるとでも考えているのではないか。この作戦ならワクチンの開発をまたずに、抗体をもつ者を増やすことができる。これなら来年のオリンピックに間に合う…とか考えているのかもしれない。またもやオリンピックの犠牲になるのか。私たちは御国のために自分の健康や生命を捧げるつもりは金輪際ない。他方で私たちが要求するのは、政府は私たち、国籍を問わず、この国で暮す人々の生存の権利を保障する義務があるということだ。集団免疫を目論んで権力が不作為に及ぶなどとんでもない!!!!しかし右派はこの集団免疫が大好きなようだ。橋下徹は3月初めに「元気な人はみんな感染してもいい」「元気な人たちが感染して抗体を持てば、集団免疫を持って落ち着く」と語ったことが報じられている舛添要一も「ワクチンや特効薬が開発されないかぎり、緩やかに感染を拡大させて集団免疫を獲得するという戦略も間違いではない」と容認する。国家が個人に優先する愛国主義者は、個人の犠牲など意に介さないのだろう。

集団免疫を密かに狙うという発想は、表に出てこないが、専門家も含めて肯定されているに違いない。ワクチンの発想もある種のコントロールされた集団免疫の発想の延長線にある。集団免疫獲得のために、人口の一部を敢えて犠牲にすること、そのためには検査をしないという戦術がとれらている。こうでも考えなければ、なぜ感染リスクの高い場所での検査が行なわれないのか、その理由が飲み込めない。網羅的な検査をやっている慶應病院は稀有なケースになるのでニュースになるわけだ。国難のために犠牲になってくれ、といういわば特攻隊を彷彿とさせる権力者の生命観だ。こうするためには検査しないことが必要になる。検査すれば法制度上、隔離が必要になる。集団免疫を獲得させるには、早期の発見と隔離をしてしまうと、集団免疫ができない。だから感染者を巧妙に放置しつつコントロールしようとしている。この集団免疫作戦で犠牲になるのは、人との接触が多い職業や、自宅の環境が狭小であり個室隔離などできない人たちなどになる。ここには階級や差別の格差が如実に反映されることになるのではないか。

保健医療の市場経済化や切り捨てのこの四半世紀の歴史のなかで、コストをかけない、制度がそもそも脆弱になっているという背景と一体となって集団免疫方針を密かに遂行してきたのが日本政府のやりかたではないか。権力者にとって私たちの身体は統計上の数字でしかなく、「国難」を乗り切るための捨て駒にすぎない。そう思わざるをえない。

自由も平等も民主主義もどこかに消えた

象徴的な出来事は、民主主義の政治体制を標榜してきた欧米諸国の対応のなかに端的に示された。ヨーロッパとくにイタリアで最初に感染者の拡大とパンデミックの危機が確認されたとき、他のEU諸国はほとんど支援の手を差し延べたようには見えない。EUが足並みを揃えはじめたのはごく最近のことにすぎない。スペイン、フランスなど他のEU諸国に広がりをみせたときも、なぜか国境を超えるウィルスの拡大に対して、EUとしての統一した措置はとられず、常に前面に登場してきたのは、国境を閉鎖する、自国民だけのための防護策、さらには政府が率先してマスクを奪い合うなど各国の政府のナショナリスティックな国民保護の政策だ。ドイツは新型コロナウィルスの対策で「優等生」として評価が高いが、逆に、EUという枠組でみたとき、ドイツと他のEU諸国の間の協調性のなさが目立った。EUという国家連合の統治機構が実際には、人々の生存権の最も基盤をなす保健医療や福祉といった分野では、ほとんど実効性ある機能を果しうるような制度をもてていないことを露呈した。

EU域内の相互の協力が希薄だっただけではなく、EU市民ではない難民の状況は深刻化し、各国の国民の保護が最優先された。ロックダウンのなかで、経済的に苦境に追い込まれる人々や感染率の高い人々の階層に、社会の階級的格差やエスニックグループ相互の力関係が如実に反映した。

同じことはこの東アジアにおいても顕著だった。中国、韓国、日本、台湾、極東ロシアの間にはディスコミュニケーションしかなく、安倍政権の露骨な韓国、中国への嫌悪感が目立つ。

同様に、米国もまた、露骨な自国民中心主義を掲げて国境を超えた人の移動、とりわけ移民の流入を大幅に制限した。トランプは繰り返しこのパンデミックの元凶が中国にあり、敢えて「中国ウィルス」という表現を使った。(麻生もまた「武漢ウィルス」を連発し、中国政府が抗議した)またフランスのマクロン大統領は3月の外出禁止令に際して「われわれは戦争状態にある」「直面しているのは他の国や軍ではない。敵はすぐそこにいる。敵は見えないが、前進している」(ロイター)と述べた。この戦争状態のたとえはその後、各国で一般化した。災厄は常に外部から来るのであって、善良な国民はその犠牲者であるか、外敵と闘う勇敢な戦士なのだ、といった雰囲気をともなって、戦争になぞらえた感情の動員が目立つ。露骨な愛国主義的プロパガンダに利用するのか、それとも婉曲な言いまわしを用いるのかの違いはあってもどこの国もナショナリズムを最大限に動員するようになってきた。

災厄が外部から来るなら、外部との接触を遮断する必要がある。外部は、当初国境だった。検疫によって、国籍による選別を行ない、自国民を保護し外国籍の人たちを排除する。こうした態勢がどこの国でもとられた。次に、国内の各地域ごとの人の移動が規制され、感染拡大地域を封鎖した。こうして感染が拡大していない地域にとって感染拡大している地域は潜在的な「敵」扱いされることになる。地域を越えて移動する者たちは、医学的な検証もなしに、監視され、ウィルスを拡散するリスクをもたらす者と疑われることになった。

他方でロックダウウンや都市の外出禁止などの措置がとられた国や地域では、人々が「自宅」に軟禁(この言葉は使われないが)されることになった。人々は、コミュニティや身近な人間関係のなかに、「敵」と「味方」の境界線を引くようになる。感染者とその家族や親密な関係にある人たちは、周囲から「隔離」されるだけでなく、周囲から災厄をもたらす疫病神であるかのように忌避されるようになる。「敵」とみなされるからだ。本来なら、厄介で死に至るかもしれない病を抱えた人たちをお互いに支えあう努力をすべきコミュニティの人々が、感染者を追い出すことでコミュニティの安全を守ろうする。この相互排除の連鎖は、人々を分断しながら権力の集中をもたらし、警察と軍隊が都市を制圧する構図をもたらした。他者への配慮と人権意識の高い人々の自制の受け入れを権力は巧みに利用してもいる。

国境封鎖―地域封鎖―都市封鎖―コミュニティ封鎖―家族封鎖という一連の流れが、国民を守れとか国難を強調するナショナリズムの構造のなかで循環している。

しかし、実は、事はそう単純ではない。外出禁止やロックダウンに抗議する運動が各国で起きている。フランスでは外出禁止に抗議する大規模なデモがパリで行なわれた。インドでは移民労働者による大規模な抗議が4月15日に起きている。ブラジルはじめラテンアメリカでも規模の大小、組織化のありかたは様々だが抗議の運動が起きている。誰がどのような政治的な意識をもって抗議を組織したおか、あるいは自然発生的であったとしても彼らの行動の政治性をみきわめることはとても大切だ。そしてまた、とても分りにくい。私たちの仲間なのか?

米国では急速な感染拡大とともに失業も拡大した。失業率は30パーセント、3000万人が失業保険を申請している。こうした中で、仕事への復帰とロックダウン解除を要求する抗議のデモがメディアでも報じられるようになっている。ロックダウンへの抗議の主体が誰なのかがわかりにくい。しかし、極右のニュースサイト、ブライトバードやフォックスニュースと左派メディアデモクラシーナウの報道を比べてみると背景がわかる。「ブライトバード」は「ロックダウン・プロテスト」という特設コーナーを設けて積極的に反ロックダウンの抗議デモを報じ、フォックスニュースも4月17日にケンタッキー州、メリーランド州、ミシガン州、オハイオ州、テキサス州、ウィスコンシン州で起きた反ロックダウンの統一抗議行動を大きく報じている。デモクラシーナウは20日に「右翼ロックダウウン抗議の全国行動」と報じ、この動きが右翼によるものだということを明示した。彼らの発想は、日本の右派と非常に似ている。ところが、日本のディアはこうした動きが右翼による抗議行動であることをはっきりとは示していない。映像で見るかぎり、星条旗が目立ち参加者も白人が中心に印象を受ける。ブライトバードもフォックスニュースモトランプ政権に強い影響力をもつ。こうした右派の反ロックダウンをトランプはツイッターで容認し、早々とロックダウン解除を宣言した。あきらかに右派の行動と共同歩調をとったものだ。こうした連携は、トランプ政権が繰り返してきた動員の仕組みであって自然発生的ではない。こうした一連の動きが秋の大統領選挙をにらんだ極右ポピュリズムの戦略の一環だと理解すべきだろう。こうした背景を抜きにして、しかもかなり規模が大きいかのような誤解を招く報道は、日本における経済の早期再開を模索する資本の思惑(スポンサーの思惑)と無関係なのだろうか。

こうしてみると、右翼は、ある種の戒厳令のなかで、敢えて反ロックダウンを掲げて失業と自宅軟禁でフラストレーションを溜めている人々の感情に焦点を当てつつストリートの主導権を握ろうとしているともいえる。この動きは、マッチョな愛国主義だ。私たちは、政府の言いなりになって自宅に軟禁されたくないが、だからといって、マッチョな連中のように感染なんか怖くねえ!と中指を立てるような虚勢を張るようなマネをしたくはない。

日本の運動状況がどうなっていくのか。集団免疫を画策する政府は、他方で、集会の場所を閉鎖し、デモも自粛させ、長年の文化とメディア運動の脆弱ななかでネットの空間に容易には移行できない左翼や反政府運動は、試行錯誤を繰り返す試練の時を経験している。緊急事態がもたらすナショナリズムと排外主義、相互扶助とは真逆の相互不審を募らせて権力への服従心理を刺激するパンデミックの構造と闘う工夫を、どのように生み出せるのか。現状は明らかに制度の危機だ。しかし、だからといってそれが反政府運動にとっての好機には絶対にならない。むしろ「国民」的な同調圧力のなかで、窒息しかねないところに追い込まれているようにみえる。街頭に出ることに躊躇する人々と、どのように連帯の回路を維持拡大できるか、この課題は運動の将来を左右する重要なものになっていると思う。(24日深夜加筆)

資本主義が招き寄せる循環性パンデミック

私たちが現在直面している新型コロナウィルスの問題は、資本主義における循環性パンデミックとして捉える必要がある。

資本主義下のパンデミックは特殊歴史的な現象だ

新型コロナの蔓延は、資本主義システムの限界がどこにあるのかを端的に、しかも残酷な形で、先進国内部で暮す人々に突き付けた。感染症の蔓延は人類社会にとって未知の出来事ではない。資本主義の歴史のなかでも繰り返されており、再現性がある事象でもある。パンデミックのたびに、1918年のスペイン風邪大流行、新型インフルエンザなどが想起されたりするのだが、しかし、常に、事態が深刻化した後で、忘れられたかにみえた歴史的な経験が忘却の闇から呼び戻されるにすぎず、経験が生かされることはないし、医療の進歩なるものがこの災厄を解決することもない。また再び近い将来、別のパンデミックが到来しても驚くことではない。

この現象を疫病と人類史全体のなかに混ぜ込むような没歴史的な括り方をするべきではない。資本主義には固有のパンデミックを招来するメカニズムがある。資本主義である以上、繰り返されざるをえない歴史的に特殊な事態なのだと捉えておく必要がある。なぜなら、資本主義が私たちの生存の権利を保障できないシステムであることのなかで起きているからだ。

私は繰り返し、感染症検査を無料・匿名で網羅的に実施すべきだ、なぜなら私の身体がどのような状態にあるのかを知る権利があるからであり、それ以外にパンデミックを回避する方法はない、ということを指摘してきた。しかし、現実にはこうした網羅的な検査体制はとられていない。保健所の検査に後ろ向きの姿勢も批判されてきた。検査体制を妨げている原因は、この国がたどり、各国もまた同じ傾向をたどってきた保健医療システムのリストラにある。生存権の抑圧と保健医療の危機管理=治安管理への組み込みの結果が現在のパンデミックをもたらした。

今起きていることは既に予見されていたのに回避できなかった

下のスライドのデータを見てほしい。

新型コロナ以前の最も最近のパンデミックは、2009年の新型インフルエンザだとされている。当時厚生労働省保健局は「地域保健対策検討会」を設置した。その第1回会議で「保健所、市町村、都道府県の現状と課題」という文書が配付された。このなかで保健所が抱えている様々な問題点が「現場からの意見」として提出されていた。そこでの指摘が上に引用したスライドである。今から10年前の厚労省の会議で指摘されていたことだ。ここでの指摘が改善されず、今に至っている。なぜだろうか?

また、上記の検討会の資料「最近の健康危機管理事案に関する問題」2010年のなかで、「新型インフルエンザ(A/H1N1)対策総括会議報告書」の指摘していることとして以下のように言及されている。

「国立感染症研究所、保健所、地方衛生研究所も含めたサーベイランス体制を強化すべきである。とりわけ、地方衛生研究所のPCR体制など、昨年の実績を公開した上で、強化を図るか、民間を活用するのか検討するとともに、地方衛生研究所の法的位置づけについて検討が必要である」

現在私たちが直面している検査がされない事態は、実は新型インフルエンザの当時から周知の事実だったのだ。この指摘は、検査体制を支えるインフラが政府か民間か、という二者択一しかありえないという資本主義の基本的な矛盾を示している。特に、政府が緊縮財政を実施して医療をはじめとする社会保障や福祉などの分野を切り捨てる一方で、民間もまた最大限利潤を追求するという資本の欲望のままに人々の生存権に配慮することなく人々の命と健康を犠牲に資本の延命をはかろうとする場合、政府も民間もともに、人々の生存権をないがしろにしてしまう。上の報告書にあるように、公的機関の強化も図れず、民間も活用できないという事態がずっと続いてきたのだ。政府は検査体制を自前で準備せず、民間もまた高収益が見込めないから受け身になり、人口の生存に見合う医療サービスが政府も民間も保障できない構造が生まれる。民間に依存すれば市場の価格原理で、必ずサービスを受けられない貧困層が犠牲になり、政府は財政を生存に不可欠なサービスよりも国家安全保障に振り向ける方針を改めない。パンデミックにおいて起きうるであろう医療崩壊は、こうした構図が生み出すものであって、あたかも自然災害のようにして生まれたりするわけではない。しかも、医療崩壊を阻止するために犠牲になるのは、感染した人たちであって、医療という制度が犠牲になるとみるべきではない。こうした自体はシステムに予定されていたことであり、既に予想されながら、これが放置されてきた。

他方で、新型インフルエンザをきっかけに成立したのが「新型インフルエンザ等特別措置法」(2012年)だった。「緊急事態措置」だけは法として成立し、具体的なパンデミック対応防止に必要な地域医療や保健サービスの改善にはほとんど取り組まれてこなかった。このことが今回の新型コロナの事態のなかで立証されたといえる。危機を放置・拡大し、緊急事態発令を通じて権力の集中を実現し、検査もとくにしないで、網羅的に人々を自宅に軟禁して「家庭内」感染を誘発する。この強権発動を危機後も維持して、この例外状態を通常の状態としてしまうことによって法の支配をなしくずしにする結果を、権力者たちは無意識に欲望する。これは資本主義という制度に内在する権力欲望だ。

こうした事態を引き起こした原因が地域保健医療体制の大幅な解体・再編にあったことはこれまでも指摘されてきた。その核心のひとつがそれまでの保健所法を改正して成立した1994年(羽田内閣、鳩山邦夫厚生大臣)の地域保健法である。この法律によって保健所の統廃合が一気に進む。1996年の保健所数845から翌年97年には706に激減する。98年に663、1999年に641と毎年減り続ける。(下図 上は厚生労働省ウエッブ、下は全国保健所長会ウエッブ)

保健所の削減を実施したのは、橋本内閣であり、当時の厚生大臣が小泉純一郎だ。社会民主党も当時の格外協力政党だった。80年代後半、中曽根政権下での国鉄民営化から2000年代の小泉政権による郵政民営化へと至る新自由主義改革が、自民党保守だけでなく野党も巻き込んで起きていた時期だ。新型インフルエンザが問題化した時期も一貫して保健所は減少しつづけ、現在もこの保健所削減の流れは止まっていない。2018年には469まで減少している。

保健医療体制と治安管理

また、感染症対策はある種の治安管理の対象として理解されるようになっている。(保健医療における危機管理の歴史的な経緯は「健康危機管理」小史参照)保健所の削減と同時に、厚労省は1997年に「厚生省健康危機管理基本指針」を策定し、健康危機管理対策室を設置する。(現在の「指針」はここ)厚労省のいう危機管理とは「医薬品、食中毒、感染症、飲料水その他何らかの原因により生じる国民の生命、健康の安全を脅かす事態に対して行われる健康被害の発生予防、拡大防止、治療等に関する業務のうち、厚生労働省の所管に属するもの」を指すのだが、実際に危機管理を主に所掌する審議会の部会の議論は、もっぱら治安管理に重点を置いた議論になっている。他の部門との重複を避けたためというのがその理由とされているが、危機管理という概念が本来もっている意味が事実上国家安全保障に回収されてしまっている。

この指針に基づいて策定された「感染症健康危機管理実施要領」では、緊急時対応を行う事象と判断された場合「内閣情報調査室」への通報が、厚生労働省健康危機管理調整会議の開催や職員の現地派遣よりも先に挙げられている。なぜ内調なのだろうか。先の「小史」の説明では2000年前後の一連の地域保健政策の転換のなかで「保健所は、危機管理の拠点として位置づけられました。保健所は平素から地域の保健医療の管理機関として、情報収集や関係機関・関係団体と調整を行うこと、また地方衛生研究所は健康危機管理に際し、科学的かつ技術的側面からの支援を行うこと、平時からの調査及び研究の充実による知見の集積、並びに研修の実施をおこなう」というようにその性格が変化したという。この変化と深く関わるように思う。

2000年代にはいって、感染症対策のなかに生物化学兵器などによるテロ対策が重要な位置を占めはじめた。1997年に厚生省健康危機管理調整会議が設置され、厚生科学審議会に健康危機管理部会が設置される。設置目的は「テロも含む国民の生命、安全を脅かす事態である健康危機の発生時に、緊急の対応について知見を得ることを目的として「健康危機管理部会」を設置する」とあり、第1回の会議に提出された緊急事態への対応のチャートは以下のようになっている。

健康危機管理部会は昨年暮れも開催され、機能している。他方で、2010年には更に「厚生労働省における健康危機管理施策について」として下図のようなチャートが公表されている。しかし、厚生労働省の健康危機管理調整会議が省内全体の調整組織として位置付けられながらその動きはほとんど見えない。下図の「健康危機管理対策室」は現在では「健康危機・災害対策室」と改組されているようで、その役割について以下のような説明がある。

「自然災害、感染症パンデミック、テロリズムなど、人々の健康を脅かす危機に十分備え、いざという時に対応することが私たちの部署の任務です。危機を早期に探知するため、平時より国内の関係機関、部局等から健康被害が懸念される事案の情報の収集体制を整え、それらの情報の関係部局間での共有を図っています。実際に健康被害が発生した場合には、適切な公衆衛生対応や、救護・搬送を速やかに関係省庁・部局が連携して行える体制を整え、訓練もしておく必要があり、そのための総合的な調整を行っています。」(大臣官房厚生科学課健康危機管理・災害対策室 室長補佐谷村 忠幸)

少なくとも厚生労働省のサイトを概観して検索した限りではこの対策室が何をやっているのか把握できなかった。上の説明をみても、情報収集を主にした厚労省内部のある主の情報組織であって、とうていパンデミックに対処することができるような組織とは思えない。

私はこの上のチャートをみながら現在の新型コロナ・パンデミックにこの図式のなかの組織がどのように機能しているのかうまく理解できなかった。そもそもこの複雑怪奇に錯綜する矢印の流れのなかで、感染症にかかった一人ひとりの命や健康が救われるメカニズムがどのよう機能するのか皆目見当がつかない。理解できるのは、情報の収集が主目的なようだ、ということだけである。健康危険情報を網羅的に地方組織などから収集してそれを中央政府が把握して分析し、国家安全保障には何かの役には立つのかもしれないが、人々の命や健康に対処するような情報の流れとは思えない。情報公開や知る権利を保障する情報のフローが全くない。

90年代の橋本政権以降の、新自由主義的な構造改革は、一方で、民営化を推し進め、保健医療を市場経済に包摂する一方で、テロ対策など国家安全保障の枠組に組み入れて、地域の人々の最もセンシティブな医療情報を安全保障情報として扱うことのできる制度的な再構築を図ったともいえる。

こうして、90年代以降、人々に日常生活に深く関わる感染症よりもテロ対策が優先され、感染症の最大の脅威があたかもバイオテロであるかのような一連の対応がとられ、健康危機管理部会もテロ対策を繰り返し議題にあげてきた。2014年以降は化学兵器テロを、更に近年はオリンピック・パラリンピックを睨んでテロ対策の研究に資金を投入し研究チームを作ってきた。(下図、第12回厚生科学審議会健康危機管理部会資料)

危機管理のなかでもテロ対策を焦点をあてる一連の厚労省のポリシーは、保健医療の基本が国益を優先させ、国家のための保健医療の危機管理にしかなっていないことを如実に示している。上のスライドにあるように、東京オリンピック・パラリンピックに向けた厚労省の大規模イベント検討体制の関心の的はテロ関連の事案だという印象が強い。厚労省の危機管理の定義は幅広いものであったはずが、ここではテロ対策を中心にした記述になっている。感染症発生動向調査も「生物剤を用いたテロ」といった記述しかない。

パンデミックは自然の疫病ではなく、政府と資本のシステムが招いたものだ

政権にとって、危機とは私たちの生存の危機ではなく、権力の危機を意味している。危機を招来する「敵」がシステムを毀損しかねない感染者たちとその予備軍、つまり私たちだ。今回の新型コロナに対して内調(内閣情報集約センター)がどのような行動をとっているのかほとんど情報がでてこない。同時に、急速なIT技術の高度化と監視社会化のなかで、スマホやIoT情報から人々の行動を監視・把握するための技術開発が急速に進んでいる。そして5Gのインフラ整備がこれに便乗する。パンデミックの危機管理にIT産業は新たな市場を見出し、政府はこの技術の開発・導入を財政と法制度で後押しし、人々を常時監視できる体制の確率に格好の口実を獲得した。検査体制が進まないこととは何とも対照的な事態だ。人間関係の追跡技術は、パンデミックが収束しても継続的に維持され大きな需要があると資本は予測しているのだ。パンデミック後の私たちの自由も平等も生存の権利もおしなべて大幅な抑制を強いられる状況になってしまった。

新型コロナ・パンデミックは、自然がもたらしたものでも「外来」の疫病でもない。これまでの経緯を振り返れば明かなように、この社会の政治、経済、法のあらゆる制度の本質とその矛盾が引き寄せた危機である。先進国は資本主義の最も富が集中し豊かさを享受してきた地域であるはずだが、そうであっても、人々の生存権を保障できるような制度を実現できていない。新自由主義的な資本主義の制度は、政府機能を市場によって代替させるものだが、戦争、経済恐慌、「自然災害」(そのほとんどが人類社会にその元凶がある)であれ、今回のようなパンデミックであれ、危機は市場と政府を横断して生み出されるのが一般的だ。市場は政府が担ってきた保健や医療システムを代替するインセンティブをもつとはいえず(儲かる仕組みがなければ投資しない)、政府は財政の基盤を生存の保障ではなく権力の維持・拡大の動機にもとめるために、そのいずれも十分に機能できない。新自由主義は市場に比重を置いており、ケインズ主義や福祉国家は政府に比重があるが、そのどちらであれ上述の政府と資本のジレンマからは逃れられない。近代資本主義は、その制度が掲げた基本的人権の理念を制度が自ら裏切らなければ制度そのものが維持できないという矛盾をかかえており、ここに危機の本質がある。私たちが求めなければならないのは、生存の権利を平等に保障できるシステムであり、これは近代社会の政府と資本の構造では実現できないのだ。

この危機は、今にはじまったものではない。この危機は、歴史的にみても繰り返され、また世界規模で広がりをみせている。資本主義である限り再現性があるということだ。パンデミックが繰り返し出現するのは、保健医療の制度的な基盤が、社会のなかで最も権利を抑圧されて平等の理念から最も遠いところで生きざるをえない人々をないがしろにする仕組みになっているからだ。<労働力>商品化に依存する生活形態が支配的な社会では、誰もが失業のリスクを負う。失業は労働市場の存在を認める限り、必須の条件だ。制度が不可避的に必要とする失業者や非正規あるいは移民労働者など不安定雇用層は制度を支える必須の存在でありながら生存の権利を最も保障されない人々である。この階層が、リスクを回避するどころか、逆にリスクを過剰に負わされもする。この仕組みはパンデミックでも繰り返される。問題は根本的に解決されるのではなく、一時的に人口のマージナルな層を犠牲にしつつパンデミック後の「成長」に焦点をあてて資本相互の生き残りの競争が展開される。

パンデミックを阻止できない構造が資本主義にはある。資本主義のシステムではこうした生存の危機に対処できず繰り返されざるをえない循環性をもつ。この構造を見誤ると、パンデミック後を資本主義のシステムがパンデミックを克服したかのような幻想にとらわれてしまう。一時の栄華を享受したあとに、また再びのパンデミックが襲い、システムの支配層は政府であれ資本であれ、社会の周辺部を犠牲にして延命する。危機はそれ自体で体制の崩壊を招かない。資本主義に解決を委ねない民衆の行動だけが、この循環性のパンデミックを解決する唯一の道だ。