文化未分類表現の自由、検閲批判

日本学術会議は擁護すべき組織ではない、と思う。社会的不平等のなかでの自由は欺瞞である。

日本学術会議の会員選考で菅が任命拒否したことから、安倍政権に反対してきた市民運動や野党が105名全員の選任を求めて抗議運動が起こっている。菅が任命拒否の理由を言わず、その不透明さから、学問の自由を守れという主張もともなって、いつのまにかに日本学術会議が学問の自由の砦であるかのような間違った印象をもつ人たちが増えたと思う。以下に書くことは珍しく私の経験を踏まえた話になる。

学術会議による大学教育の品質保証制度づくり

私が日本学術会議を意識したのは、2008年に文科省高等教育局が学術会議に対して大学教育の分野別質保証の在り方について審議依頼し、学術会議はこれを受けてたぶん10年以上かけて質保証なるものを審議してきた頃だ。学術会議は大学教育の分野別質保証委員会を設置して、大学教育の科目別に教育の質を確保するためにどのような教育を行うべきかという「基準」作りを開始した。大学の教育もモノ同様、品質管理の対象になったわけだ。

その後、各分野ごとに「大学教育の分野別質保証のための 教育課程編成上の参照基準」なるものが作成される。私は経済学の教育に携わってきたから経済学の教育課程編成上の参照基準に注目せざるをえないかったが、この参照基準を読んで、絶望的な気分になったことを今でもよく覚えている。この参照基準に書かれている経済学の定義から教育内容まで、私が基本的に考えてきたことと一致するところはほぼない。私はかなり異質な「経済学」の教育者だったという自覚があるので、特殊私個人がこの参照基準から逸脱しているというのならまだしも、この参照基準は経済学の重要ないくつかの流れを排除していることは経済学の事情をある程度理解できている者にははっきりわかる。つまりマルスク経済学や諸々の批判的経済学の基本的な経済に対するスタンスはほぼ排除されている。この排除は偶然ではない。意図的に排除したと思う。なぜなら、経済学分野の専門家が文科省の意向を汲んで作成した基準だから、学説の動向を知らないことは絶対にありえないからだ。つまり、確信犯として資本主義に批判的なスタンスの学説を排除したというのが私の判断だった。学術会議とはこうしたことをやる組織なのだという確信をもった。

学術会議の参照基準は学問の自由を奪った―経済学の場合

参照基準がいかに間違っているか、ひとつだけ例を示す。参照基準の冒頭で経済学の定義が以下のように書かれている。

「経済学は、社会における経済活動の在り方を研究する学問であり、人々の幸福の達成に必要な物資(モノ)や労働(サービス)の利用及びその権利の配分における個人や社会の活動を分析するとともに、幸福の意味やそれを実現するための制度的仕組みを検討し、望ましい政策的対応の在り方を考える学問領域である。」

私は「物資(モノ)」とは書かない。商品と書く。「労働(サービス)」とも書かない。労働力あるいは<労働力>と書く。幸福実現の制度的枠組みなどということは、批判的な言及はしても、これを肯定的な課題とはしない。政策的対応も論じない。政治家ではないからだ。論じるとすれば政策対応なるものへの批判は論じるだろう。わたしたがネガティブなのは資本主義の経済システムでは幸福は実現できないという確信があり、政策対応で問題が片付くような問題が資本主義の経済の問題なのではない、からだ。上のような定義では学問なのか霞が関の官僚の仕事なのかさっぱりわからない。このような教育をわたしはしてきたことはないし、するつもりもない。

物資なのか商品なのか、労働なのか<労働力>なのか、これは単なる言葉の言い換えの問題ではなく、定義が異なるのだ。「物資」と「商品」は同じではない。労働と労働力も同じではなく、更に労働力と<労働力>も異なる概念だ。概念の違いは、社会認識の違いだけでなく、理論の内容の違いをもたらす。「物資」は市場経済(商品経済)という特殊な経済システムのなかでのみ商品という社会的性格を帯びる。商品も「物資」も見た目は同じだが、社会制度の前提が異なることによって、機能・性質が異なるのだ。この違いが非常に重要だ。というのは「物資」の価値と商品の価値は、同じ「価値」という言葉を使っても内容が異なることになるからだが、この本質的に重要な観点を、参照基準の定義はすべて無視した。物資と商品、この二つを同じものとみなすことは、市場経済とそれ以外の「物資」を商品としない経済との間の差異を無視するだけでなく、市場経済を唯一の経済、つまり人類はそこから逃れることのできない経済とみなす最初の一歩になる。資本主義を肯定するというイデオロギーに無自覚な経済学の主流の価値観をこの参照基準の定義はあからさまに示している。

労働と労働力の概念の違いについてはどうか。この二つの違いは、資本の利潤の根拠を説明する場合の基本をなすというのがマルクスの経済学批判としての経済学が主張した考え方だ。この考え方を否定する学派は、労働力と労働を区別しない。(なお<労働力>という括弧付きの労働力は、私のオリジナルなので、この概念を今あれこれ説明しない) 支配的経済学は、この二つの混同をそのままにすることによって、資本の利潤の根拠を企業家の努力とか市場価格の変動とか、いずれにせよ人々が資本の支配下で労働するという問題と切り離す理論を構築してきた。これが生存を二の次にする資本主義を正当化する経済学のスタンスであって、このスタンスを鵜呑みにするメディアが感染対策か経済か、という二者択一を当然のようにして持ち出すことを正当化してしまったのだ。批判的な経済学は、生存を犠牲にする経済をきちんと批判する観点を出すことが可能なのに、こうした経済などはそもそも想定外ということになる。

人々の幸福の達成が経済学の重要な意義であるという観点は、市場経済が人々の幸福を実現できるという前提を置いた議論だが、「幸福」が経済の目的になっているのが現代の市場経済、つまり資本主義なんだろうか。私は、資本主義経済(参照基準では、この歴史的なシステムとしての資本主義という用語ですらたった2回だけ、おずおずと仕方なしに用いているにすぎない)の基本を資本による最大限利潤を追求することに動機づけられたシステムとして位置付け、資本主義的な幸福を市場経済の商品と貨幣の物神性=イデオロギー作用とみなすので、幸福を真に受ける「定義」はとうてい受け入れがたい。つまり社会運動の活動家にとっては常識になっている利潤ありきの資本主義は経済学では幸福実現となるわけだ。

参照基準への異論は、様々な学会から出された。経済理論学会のサイトにあるだけでも12の学会が意見書や要望書を出し、シンポジウムも開催された。私はそもそも学会に所属していないので、こうした動きの外野にしかいなかったが、はっきりと自覚したことは、この参照基準が将来大学の教育カリキュラムを縛るある種の「学習指導要領」のような効果を発揮する危険性がありうるのではないか、ということと、大学の人事もまたこの参照基準を念頭に置くことになりかねず、多様で広範な研究分野や学説が排除される方向で作用するだろう、ということは現場で人事を担当することもあった身としては切実に実感した。経済学の参照基準に比べて歴史学の参照基準は相対的に「マシ」であるが、それでもひどい代物だと思う。日本史には近現代史がすっぽり抜けているから、植民地支配や戦争責任、「慰安婦」問題や強制連行などの歴史修正主義者たちとの争点になっている重要なテーマは何ひとつ言及されていない。これで「マシ」な方だと言わざるをえないわけだが、菅政権はそれですら満足していないということのメッセージが今回の任命拒否の「意味」だと思う。

身分制度と差別選別の教育・研究システムのどこにも自由はない

学術会議の任命拒否は、参照基準のような作業の先にある学術会議を利用した教育と研究への管理強化だろう。学習指導要領のようなものを文科省はトップダウンで作成するのではなく、国の組織でもある学術会議を使って作らせようというねらいがあことはほぼ間違いないと思う。

本来多様な教育をひとつの物差しで枠に嵌めようという参照基準=大学の学習指導要領は、結果として、大学や研究の自由を奪うことになると思う。そもそも参照基準など不要である。これを必要としているのは、教育の標準化によって管理しやすい研究教育環境を作りたいという文科省の利権だけであり、なぜ学術会議はこうしたすべきではない作業を引き受けたかというと、学術会議が法で定められた国の機関だからだ。学術会議はこうした大学の教育と研究の砦なのではなく、文科省の指示によって大学の画一的な教育管理の手先になっている、というのが私の学術会議理解だ。少なくとも学問研究の自由のために、このような組織は不要だ。学術会議は今回のこの騒動をきっかけに。将来必ずやより一層教育の統制のための組織となることは間違いなく、それは菅が任命拒否したからそうなったのではなく、参照基準を作成するなどという言語道断なことをやった今世紀に入って以降(少くとも私が経験した範囲では)そうなのだ。

たとえば「原子力総合シンポジウム」、これでも学術会議は擁護すべき?

学術会議は反動的な組織なのでもなければ左翼の手先でもないが、しかし、全体としていえば、政府の学術研究動向を反映しており、それは分野によってはかなりはっきりしている。一つだけ例を挙げる。たとえば原子力関連の学術研究では、この9月に公開シンポジウム「原子力総合シンポジウム2020」 を開催してた。その内容を報じた原子力産業新聞の記事 を読めば一目瞭然だが、原発推進派の学会と学術会議がタイアップを組んで温暖化と持続可能な社会を看板にして原発推進の陣形を構築しようとする学会の姿がよくわかる。反原発運動のなかでも学術会議任命問題で任命しろという主張があるようだが、果してそれでいいのか、と思う。むしろ 原子力関連学会がいまだに原子力を否定できていないこと、そして平和利用を口実に原発肯定だけでなく、原発否定の世論に関して「子供の頃から広島原爆の写真を見て、理屈なしに視覚情報で出てくるイメージが不安を巻き起こしていると思う」(前掲、原子力産業新聞記事)などという発言を平気でするような学者まで登場する。反原発運動にとっても学術会議はむしろ運動に敵対する存在でしかないのではないか、と思う。

平等のない教育・学術の世界に自由はない

学術会議のなかには、このように、学会や学術研究が国策と産業界の利権を媒介する有力な「装置」となっている側面があり、そうであるなら、今回の任命105名について、市民運動や社会運動の立場からみて本当に105名がふさわしいのかという評価があってもいいはずだが、なぜか、こうしたことには踏みこまない。学問研究の世界に市民が口出しせずに、専門家信仰が強くなっていることの表れではないか。市民運動の勉強会が相互の学びあいよりも、学者や研究者、弁護士などの専門家を呼んで勉強すという悪弊がはびこっているとはいえないだろうか。

学問の自由は制度に支えられてしか実現できない。だから制度が自由を保証するだけの実質を備えているかどうかが重要な要件になる。そもそも学術の世界がその基盤にしている資本主義の教育システムは、教育研究の自由とは何の関係もない差別と選別の制度だということを、市民運動や労働運動はかたときも忘れてはならないと思う。

教育の制度のなかで、成績評価を点数でつけることは当たり前であり、試験制度で選別することも当たり前、教員が絶大な権力をもって数値で生徒、学生を評価し、序列をつける。この選別と差別を前提に、労働市場に<労働力>として学生たちが投入される。学歴社会の再生産の構造だ。高等教育はこの差別と選別の制度の頂点にあって、さらに大学は助教、准教授、教授という身分制度を研究者としての業績などで正当化する仕組みになっている。公害を告発した宇井純や京大原子炉実験所の反原発4人組の人たちは優れた業績にもかかわらず助手(助教)のままだったように、プロモートと研究へのスタンスや問題意識は切り離すことのできない権力構造のなかにある。こうした身分制度は、研究費や研究環境にも影響する。日本の研究環境にとって科学研究費はその最大のアメとムチになっているが、研究費を有利に獲得しようと思えば国の政策の動向を無視できないという分野は自然系だけでなく人文社会系でもある傾向だろう。そして理系をはじめ多くの分野では、教員の任期制が導入されることによって、更に研究が国や企業から大学の方針によって左右しやすくなっている。深刻なのは、常勤の研究者・教員にはカウントされない非常勤の教員が膨大な数存在して大学の教育を支えていることだ。優れた研究をしながら、その分野や研究のスタンスによってポストを得ることがむずかしいところにいる人を何人も知っている。非常に狭い雇用の枠をめぐって競争を強いられるが、身分制度と学閥や人脈の構造が存在する以上、採用の基準が客観性をもつことは難しいから、志を曲げて研究分野を変更することもありうる。学閥や人脈といった旧態依然とした人間関係に依存した環境があるだけでなく、研究分野によって、あきらかな差別があると思う。これで学問の自由などありえるはずがない。

私も大学で仕事をしてきたので、自己批判なしには書けないことだが、私は試験の評価をせざるをえないことを30年間ずっと違和感をもつことしかできなかったが、だからといってこうした制度と正面から対決することもしてこなかった。入試で1点、2点の差で不合格になる受験生の存在がいることに辛い気持ちを感じても、この制度を問うこともしてこなかった。しかしこうした制度は明かに学問や研究の自由、つまり、自分が学びたい環境へのアクセスの権利を阻んでいるし、学ぶことや研究することについての学ぶ者自身による自己判断や、教える者との相互の平等な関係を一貫して阻害している。点数や単位といった数字のために教員は働くべきではないにもかかわらず、この数値が教育を支配するという転倒した構造が生まれている。学ぶことにとって本来であれば、試験も学位も不要であり、身分制度も不要だ。教える者と教えられる者という関係も常に入れ替え可能な平等な関係のかなでしか自由は存在しない。

学術会議問題とは、任命の是非の問題ではなく、学術会議に体現されているような学問の自由を看板に掲げた教育と研究の構造的な差別と選別、イデオロギーの構造を想起するきっかけにすべき問題なのだ。

学術会議の任命拒否問題で菅に反対するかつての68年世代と出会うことがよくある。そうした世代の人たちにぜひ思い出してほしい。あの時代、大学は解体の対象だったのではないか?大学解体は間違ったスローガンだっかのだろうか?大学に残った私のような(その意味では転向した者というしかないのだが)者ではない道を歩んだあの世代の市民たちが、あの時代に問われた大学と教育が何だったのかをもう一度思い出して欲しいと思う。社会的平等のないところに自由はない。社会的不平等のなかでの自由は欺瞞だということを。