小笠原みどり講演会 10月11日(日)午前11時〜午後1時

投稿日: カテゴリー: 主宰者からのお知らせ監視社会集会、デモなど
横浜会場は予約制、ストリーミングのURLも変更の可能性あるので、下記の最新情報を確認していただくようお願いします。

http://www.alt-movements.org/no_more_capitalism/20201011shiminren/

集会概要

ライブ配信はこちらへ https://youtu.be/3q0ghsDedA0

10月11日(日)午前11時〜13時:小笠原みどりさん講演会(オンライン)
「新型コロナと監視社会」

●横浜会場にご来場の場合は予約をお願いします。(予約方法は下記をごらんください)(十分予約可能です 9/28日現在)

講演について(小笠原みどりさんからのメッセージ)

菅内閣は「デジタル庁」の設置を目玉にしていますが、デジタル化は監視と切っても切れない関係にあります。デジタル化の方向を間違えれば、私たちは暮らしをのぞかれ、政府と企業はますます秘密を蓄えていく、力の格差と不平等が増していきます。スノーデンが暴露した世界監視システムに日本政府が深く関与していることを思い出しながら、コロナ下で大規模な実験の機会を得た新しい監視技術が政治、経済、そして国際関係にどんな影響を与えるのかを考えます。

小笠原みどりさんのプロフィール

ジャーナリスト、社会学者。
横浜市生まれ。朝日新聞記者(1994−2004年)として盗聴法、住民基本台帳ネットワーク、監視カメラなど、個人情報を巡る調査報道を開始。2005年にフルブライト・ジャーナリスト奨学金により米スタンフォード大学でデジタル監視技術を研究。2016年、米国家安全保障局による世界監視システムを告発したエドワード・スノーデンに日本人ジャーナリストとして初のインタビュー。18年、カナダ・クイーンズ大学で近代日本の国民識別システムについての論文により社会学博士号を取得。現在オタワ大学特別研究員、21年よりビクトリア大学教員(ブリティッシュ・コロンビア州)。著書に『スノーデン、監視社会の恐怖を語る』『スノーデン・ファイル徹底検証』(共に毎日新聞出版)など。朝日新聞GLOBE+で「データと監視と私」を連載中。

主催者からのご挨拶

世界規模での新型コロナ・パンデミックのなかで、各国の政府は感染拡大を抑えるための方策として、感染者接触確認や感染経路特定などを理由にして、スマホのアプリなどを利用して人々の行動や人間関係などを広範囲に、把握しはじめています。同時に、人々が密集しがちな都市部では、従来以上の高精度の監視カメラの設置も進んでいます。

感染防止を名目とした個人情報の収集や行動などの把握に対して、世界各国の監視社会に反対して活動している団体や研究者などから、多くの疑問が提起されています。収集されている膨大な量の個人情報は、感染防止に必要なデータを大幅に上回っているのではないか、また、こうした個人情報が目的外に使用される危険性はないのか、そもそもスマホアプリのような手法が最善の予防策なのか、など、疑問は多岐にわたります。

これまで監視社会に反対する活動をしてきた市民連絡会は、昨年に引き続き、カナダ在住の監視研究の第一人者、小笠原みどりさんをお招きして、新型コロナ・パンデミックのなかで進行するこれまでにはみられなかった新たな監視社会の問題について、お話をいただくことになりました。海外で既に提起されている監視社会の深刻な問題などを含めて、コロナ対策を口実とした監視社会化を許さないために必要な、政府や監視テクノロジー企業とははっきりと異なる私たちなりの観点を、この集会を機会にみなさんと作り挙げていきたいと思います。


今回は、横浜会場とオンラインの平行開催になります。

■日時 10月11日(日)午前11時から13時
(小笠原さんのお住まいのカナダとの時差の関係でこの時間帯になります)
■横浜会場:かながわ県民センター301号室
アクセス:JR・私鉄「横浜駅」西口・きた西口を出て、徒歩およそ5分   http://www.pref.kanagawa.jp/docs/u3x/cnt/f5681/access.html
コロナ対策に基く定員(50名)までの入場となります。

参加ご希望の方は、以下のメールアドレスにお申し込みください。(十分予約可能です 9/28日現在)
申込み数の情況はウエッブで随時お知らせします。
samusunk@protonmail.com
参加費:500円

■オンライン視聴の方法
Youtubeの市民連チャネルに上記の時間にアクセスしてください。
https://youtu.be/3q0ghsDedA0
オンラインでの視聴については無料。予約や参加人数制限はありません。

*オンラインでの視聴については、予約や参加人数制限はなく、無料です。
  カンパは歓迎しますので、よろしくお願いします。
  ●振込先:郵便振替口座番号: 00120-1-90490
       加入者名:盗聴法に反対する市民連絡会

■主催:盗聴法に反対する市民連絡会
■賛同団体:JCA-NET/共謀罪NO!実行委員会/共通番号いらないネット

■問い合わせ
070-5553-5495 小倉
hantocho-shiminren@tuta.io

第9回:死刑廃止映画週間『フォンターナ広場』トーク

投稿日: カテゴリー: 文化集会、デモなど

2月18日、死刑廃止映画週間に上映されたイタリア映画『フォンターナ広場』(日本語公式サイト)の上映後のトークイベントで話をしました。下記の動画の下にあるブログの文章はトークの記録ではありません。トークでは映画を観た方たち向けに話したのですが、ブログの読者は映画を観ているとは限らないので、話しきれなかったことなどを書くとともに、トークでは紹介できなかった音楽についても以下で紹介しました。

「フォンターナ広場」とは、1969年12月12日にミラノのフォンターナ広場に面したイタリア農業銀行で起きた爆弾テロ事件を指しています。16人の命を奪い、100人が負傷する大惨事になります。当初、この事件をアナキストたちの犯行だとして大量の活動家が検挙されます。この検挙者のなかに、後に取り調べ中に警察の建物から飛び降りて「自殺」するジュゼッペ・ピネリもいました。映画で描かれているように、この自殺は警察による組織的な殺害によることはほぼ間違いのないものです。この映画にはいわゆる死刑は登場しませんが、このピネリの「死」は、権力による非合法の処刑と解釈することができるという意味で、死刑を権力による殺人と定義する観点からすれば、これもまた一種の死刑に違いないと思います。死刑制度を考える上で、こうした法制度を超えるところで行使される権力による処刑の問題は死刑廃止運動においても視野にいれておくべき課題だと思います。

この「フォンタナ広場」の事件をアナキストの犯行としたことに対して、アナキスト(様々なグループがありますから複数形です)だけでなく議会外左翼のLitta Continuaなどは当初から政府が関与する陰謀とみて、フォンタナ広場は国家による虐殺だと主張します。「国家の虐殺」は抗議のデモで繰り返し叫ばれるスローガンになります。この映画でも描かていますが、次第にフォンタナの事件は、アナキストの犯行ではなく、国家権力を後ろ盾とした極右が関わる犯行であるとする間接的な証拠などが出てきます。しかし、アナキストを事件直前に広場まで運んだと証言したタクシーの運転手や捜査にあたっていた検察官などが次々に謎の死をとげます。そして今世紀まで続いた長い裁判は二転三転して、結局のところ事件の責任を問われる者もなく、真相はうやむやなままになります。関係者もアナキスト、警察、諜報機関や軍、政権の政治家、極右など複雑で、しかもスパイもいたりするので、人間関係の理解が難しいかもしれませんが、かなり忠実に事実の即しつつ権力犯罪としてのフォンタナ広場の背景を描いていると思います。

映画というメディアの限界として、出来事を描くことができても、それぞれの登場人物が抱いている思想的な背景を深く掘り下げるところまではいきません。上映後のトークで私は、なぜ爆弾テロのような暴力を極右や権力が使おうとしたのか、その背景についても話しをしました。事件は半世紀も前ですが、60年代末から70年代にかけて、爆弾テロ事件が多発するなかでフォンタナ広場の事件は、この時代を象徴するものとなりました。68年、69年という時代は、ヨーロッパでは新左翼の出発点をなす時代ですが、同時に、新左翼に対抗する極右が新たな装いをもって登場する時代でもありました。冷戦期の70年代に、戦後のイタリアの政治を二分してきた保守とイタリア共産党から構成される不安定な権力構造の外側に、アウトノミアと呼ばれる議会外左翼によるユニークな運動が拡がりをみせました。アントニオ・ネグリはこのアウトノミア運動の思想的な担い手の一人だったわけです。イタリアでは左翼、アナキズトの広範な運動を押え込むために、左翼を暴力的で危険な存在であると印象づけるための様々な陰謀が繰り替えされました。こうした陰謀に極右の暴力が利用されたのです。左翼やアナキストによる暴力も存在したので、全てが陰謀であるとはいえない状況にありました。こうして実際に多くの人々を犠牲にしながらテロの脅威によって社会の危機が演出されました。フォンタナ広場の事件は、その事件の勃発だけでなく、その後の捜査や司法の判断など一連の権力の動向全体を通じて、保守・反共政府の権力基盤を強化する非常事態の政治的な演出の象徴的な事件といえます。

私は、政治的な暴力には、人の命を奪う政治的な意思なしには行うことはできないと考えています。イタリアにおける政治的暴力は、20世紀初頭のファシズムにそのひとつの源流をみることができます。ドイツのナチズムがユダヤ人ホロコーストという国家犯罪によって厳しい拒絶に直面したのと比べて、イタリアのファイシズムは戦後もある種の寛容さをもって容認されてきたように思います。しかもムッソリーニのファシズムすら妥協の産物(とりわけローマカトリックとの妥協)だとみなして批判してきたユリウス・エヴォラのような神秘主義と伝統主義に基く思想を含めて、戦後も反共のイデオロギーとして延命したともいえる側面があります。思想的な背景は描ききれていないところは物足りないのですが、この映画はかなり事実を忠実に再現しようとしていると思います。この意味で必見と思います。(DVDでも発売されています)

トークでも言及しましたが、12月にはフォンタナ広場での権力による爆弾の虐殺とピネリ殺害の抗議行動が行なわれており、2019年12月の集会の模様。

ピネリの虐殺はBallata dell’anarchico Pinelli(La Ballata di Pinelli)という歌となって歌いつがれてきました。様々なのミュージシャンが歌ってきました。

Montelopo

Joe Fallisi

KZOUK,コルシカのロックバンドのライブ。18世紀のコルシカ革命(独立運動)のシンボル、ムーア人の旗が見える。

以下はMontelupoのバージョン。動画の下に歌詞があります。

La Ballata di Pinelli

Quella sera a Milano era caldo
Ma che caldo che caldo faceva
Brigadiere apra un po’ la finestra
una spinta e Pinelli va giù

“Commissario gliel’ho già detto
Le ripeto che sono innocente
Anarchia non vuol dire bombe
Ma uguaglianza nella libertà.”

“Poche storie confessa Pinelli
Il tuo amico Valpreda ha parlato
è l’autore di questo attentato
Ed complice certo sei tu”

“Impossibile” — grida Pinelli —
“Un compagno non può averlo fatto
e l’autore di questo attentato
fra i padroni bisogna cercare

“stai attento indiziato Pinelli”
questa stanza è già piena di fumo
se insisti apriam la finestra
Quattro piani son duri da far.”

C’è una bara e tremila compagni
stringevamo le nostre bandiere
quella sera l’abbiamo giurato
non finisce di certo cosi

e tu Guida e tu Calabresi
se un compagno è stato ammazzato
per coprire una strage di stato
la vendetta più dura sarà

quella sera a Milano era caldo
Ma che caldo che caldo faceva
brigadiere apra un pò la finestra
Una spinta e Pinelli vaggiù.

【案内】「代替わり」に露出した「天皇神話」を撃つ! 2・11反「紀元節」行動

投稿日: カテゴリー: ナショナリズム天皇制批判主宰者からのお知らせ集会、デモなど

まずは、神話上の建国の日とされる2.11 反「紀元節」行動へぜひご参加下さい。

 

講 師 小倉利丸 さん(批評家)
[日 時] 2月11 日(火・休) 13:15 開場(13:30 開始)
[会 場] 文京シビックセンター区民会議室・4Fホール(地下鉄後楽園駅・春日駅)

*集会後デモやるよ!

主催 ●「代替わり」に露出した「天皇神話」を撃つ! 2.11 反「紀元節」行動