IT軍産複合体のはじまりか

今日うけとったキーマンズネットのweekendフラッシュに「GoogleとCIAが投資!「世界的監視システム」は敵か味方か」という気になる記事を見つけてしまった。(この記事の本文は、登録しないと読めない。登録は無料)この記事によると、米国のRecorded Futureという社員16名の小企業が開発した「Temporal Analytics Engine(時間解析エンジン)」という検索エンジンの話題だ。これは、上の記事の説明では「具体的に説明すると、あまたあるWebサイトやブログ、そしてSNS、もちろん流行のTwitterなどなど、インターネットにおけるすべての事象を監視し、個人や組織の関係、ユーザ行動とそれによる結果の関係などを明らかにすることで、将来を予測する。」というものだという。そしてこの企業にGoogle VenturesとIn-Q-Telが多額の投資をしているとも報じている。Google VenturesはGoogleのベンチャー、In-Q-Telはというと「CIAなど諜報機関の投資業務を担当する非営利機関」だという。投資にはそれなりの見返りを期待するわけだから、GoogleもCIAなり諜報機関なりがRecorded Futureの時間解析エンジンに何を期待しているのか、そのことが私たちにとって何を意味しているのか、ということだろう。

ちょっと気になって調べたら,今年の7月にWired Vision(日本語版)がGoogleとCIAがシステム産業に資金を提供していることなどを報じており、多分この記事の影響だろうと思うが、いくつかの海外のブログでもRecorded FutureとCIAの関係が話題になっている。Wiredでは、キーマンズよりもより立ち入った説明がある。

一つ一つの出来事について、誰が関わり、どこで発生し、いつ終わりそうなのかを分析することだ。分析後、Recorded Future社はそのさまざまな情報をグラフ化し、あらゆるできごとの「動き」をオンラインで表示する。

Recorded Future社は、各種の出来事がいつどこで発生したを調査したり(「空間分析」および「時間分析」)、文章の調子を分析したり(「感情分析」)した後、いくつかの人工知識アルゴリズムを適用して、当事者どうしの関係を解き明かしていく。

Recorded Futureは1億件以上のインデクスをAmazonのサーバを使って保有しているとも報じられている。Amazonの顧客データが提供されているかどうかは分からない。

キーワードを入力すると、ネット上の多様なデータから、このキーワードについての将来を予測したり、オフィシャルには明らかにならない人間関係をあぶり出したりすることにこの検索システムの新さがある。しかし、この技術は、決して珍しくはない。日本では、たとえば[url=http://spysee.jp]あの人検索[/url]のように、ネット上のさまざまなデータからその人物の人間関係(らしきもの)を表示するサイトがあるように、ネット上の出来事の関連付けを使って、ある事柄や人物が「何」なのかを解析してみせる技術は急速に発達してきているようにみえる。こうした技術は、不確定な未来(人間は不確定な存在で、合理的には行動しない…だからこそ人間なのだが)を予測する技術として、弾道計算のために開発されたコンピュータや、サイバネティクス、マーケティングに至るまで20世紀の「科学」が常に目指してきた人間の将来を縛りたがる技術の一環とみることができる。

このような検索が「テロとの戦争」に利用されるとどのようになるか、についてはすでに先例がある。米国の諜報機関は、電話会社の通信履歴を網羅的に収集して、通話相手を解析することで人間関係をあぶり出す手法をすでに使っていることが知られている。一般に社会ネットワーク分析とよばれる社会学のなかで開発されてきた人間関係を分析する手法が国家安全保障や消費者行動の予測に利用され、その格好の膨大なデータをインターネットがはからずも提供しているというわけだ。ネットがオープンな人間関係をつくりだし、私的な関係がブログであれtwitterであれ、ネットでオープンに露出して、なおかつそれが電子データとして蓄積されるために、バーチャルな「広場」あるいは「バザール」の匿名でフラットな人間関係は、もはやそのイメージを裏切るようなものにしかなっていない。刑務所の運動場とまではいわないが、完璧に管理されたサファリパークのようなものに変質しつつあるのが今のネットの状況だろう。

問題は、四つある。ひとつは、民間企業が、ある種のサービスとして政府の支援も受けながら監視社会化の担い手になっているということ。監視社会は政府の専売特許ではない、という当たり前のことを再確認しなければならない。もう一つは、監視社会は、国境で遮られていないということ。Recorded Futureの技術も彼らが収集しているデータもグローバルだということ。三つ目は、こうした民間資本の傾向は、他のIT資本の傾向に影響を与え、追随する資本が次々に登場するということ。日本のIT資本がこうした傾向に無関心なはずがない。日本語の微妙な表現を監視と人間関係解析に利用するためには、日本の資本の協力は不可欠だろう。非西欧のさまざまな言語と文化がすべてこの監視の餌食になるように、それぞれの土着IT資本は市場競争の原理に促されて投資の方向を定めるだろうし、そのことに政府は加担することはあっても、それを人権の観点から規制するなどということは考えないにちがいない。政治家たちは自国民の投票行動に大いに関心があり、かれらの行動を監視したがるからだ。そして最後に、こうした解析の結果、僕達の現実の「実態」がどうあれ、この解析によって得られた人間関係や将来予測こそが僕等の「真実」であるという転倒した認識が必ず登場する。そして、こうした予測を前提にして、身体の拘束や、言論の犯罪化がもたらされる危険性は大いにある。遺伝子情報が人の性格を決めているかのような「科学」の言説を容易に信じる「文明」人の妄想は、こうしたコンピュータがらみの予測が大好きであり、コンピュータのせいにして人を縛ることも大好きだからだ。

マイクロソフトもアップルも米国資本であり、Googleをはじめとするクラウドコンピューティングの主力も米国資本だ。米国は今戦時体制にあり、悪名高い愛国法の国であり、テロ対策のためには、外国は同然のことだが自国民のプライバシーすら蔑ろにするような国家であって、米国資本はこうした米国のテロとの戦争を前提とした法制度に従属する。こうした状況にあって、ぼくたちがネットでの自由や自分の主張やメッセージを不特定多数の人々に率直に伝えるには、これまで以上に勇気が必要になっているともいえる。ここで日本国憲法を持ち込むのは場違いではあるが、「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。」という12条の条文の「不断の努力」という文言は重たい。監視社会の肥大化はぼくらの力不足の結果であって、自らの不明を恥じるべきだろう。

もはやネットには隠れる場所もなければ、呟く開放感もありえないのか?そんなことはないと思う。ネットにはまだ匿名の可能性が残されているし、そのための技術は必ず模索される。しかし、監視社会への抵抗の技術は、技術だけでなく、ぼくたちの自由の問題を切実なもとして闘う意志が集合的な力となることを必要としている。断念や絶望は敵の思うツボだ。彼らはそれを待っている。そのことだけは肝に銘じるべきだ。
(2010年8月20日、ブログ:オリジナルのタイトルを変更しています)