グローバル資本主義の金融危機と〈労働力〉支配

グローバル資本主義の金融危機と〈労働力〉支配

サブプライムローンの破綻は、2007年8月にフランスの大手銀行BNPパリバ傘下のファンドがサブプライムローンの影響で資産凍結となり、ドイツ、ザクセン州立銀行の経営不振(08年1月)、イギリスの住宅金融大手ノーザンロックが経営破綻し国有化される(同2月)、と言うように、欧州でまず発覚した。

08年3月になって米国国内で破綻が表面化する。投資銀行第8位のベアスターンズが事実上破綻し、米国政府の290億ドル支援を得てJPモルガンが買収する。そして9月になって最大の危機が訪れる。住宅金融公社のファニー・メイとフレディ・マックが事実上破綻して米国政府管理下に置かれ、リーマンブラザーズも破綻する。さらに保険大手AIGも破綻の危機に見舞われ、政府が救済策をとる。証券第三位のメリルリンチはバンクオブアメリカに500億ドルで買収される。他方で、欧州各国は経営破綻する銀行が相次ぐなかで、政府による資本注入と破綻回避政策がとられた。このように、今回の危機は、当初からグローバル資本主義の金融システムを介して、元凶の米国を越えてグローバルな危機となって現れた。

金融危機は現実資本に波及した。危機波及は、信用不安を背景として、金融機関相互の資金融通が停滞し、その結果として現実資本への資金供給が停滞するという経路と、住宅や、自動車など消費者のローンに依存する商品が、ローン審査の厳格化と失業者の増加によって販売困難に陥り、過剰生産(販売不振)状態を招くという二つの経路を経て拡大した。もともと米国では住宅ローンや自動車ローンなどで所得を大幅に上回る借金を前提とした家計が長年続いてきた。こうして、ローンに過度に依存した過剰な消費がベースとなった消費市場が米国経済の基調を形成してしまった。この消費者のローンがサブプライムの破綻をきっかけに急速に収縮し、ローンを組むことができない層が急増することになった。同時に、米国の雇用情勢も急速に悪化し、08年11月の雇用は前月比53.3万人減となり、74年以来最大の落ち込みといわれている。個人消費の落ち込みは企業収益と輸入に影響し、これが米国向け輸出に依存している世界中の産業を停滞に追い込み、世界経済の縮小をもたらした。

とくに自動車産業は深刻な破綻の危機に瀕している。販売台数は一昨年の2割減と激減し、08年4~6月の純利益もビッグ・スリーがみな赤字になった。GMは、給与支払いの手持ち現金すら不足し、株価も大幅下落した。このビッグ・スリー破綻の危機は、公的資金による支援の是非をめぐって政治問題化した。米議会下院は12月10日に自動車大手3社に対する140億ドルの緊急融資を行う救済法案を可決し、ブッシュもこれを認めた。この法案は、「融資条件として、報酬や賃金、資材調達費、ディーラー網、債務負担を徹底的に減らす抜本的リストラを求め」ており「リストラが不十分なら緊急融資の返済を求め、追加融資も見送る罰則条項を設けた」【注1】というものだ。しかし、この法案は翌11日の上院で否決される。否決された理由は、共和党がビッグ3の賃金水準を日本の在米自動車産業並に下げることを要求して、これが容れられなければ反対すると強硬な態度をとったためだ【注2】。しかし、最終的にブッシュ政権は金融救済法を流用して174億ドルの支援を行うことを決めた。これは資本主義的な回復への第一歩だが労働者階級にとっては決して喜ばしいことではない。

恐慌から不況期にかけて資本は生き残りをかけた競争を展開する。生産性の低い資本が淘汰される一方で、失業人口の圧力を利用して賃金を抑え、技術革新によってリスクとなる労働力を排除し、機械に従属的な統制可能な労働力へと「合理化」する。マルクスはこれを資本の有機的構成の高度化と呼んだ。米国政府がビッグ・スリーに対してとった公的資金注入と引き換えの合理化は、まさに国家主導の有機的構成高度化である。政府主導の景気回復は、組合潰しとセットで実施され、強力な労働組合の交渉力を削ぎ、日本企業なみの賃金水準と労働条件に引き下げる。こうした傾向に労働者が抵抗できなければ、組合潰しとともに、米国の自動車産業は低賃金と技術革新を一挙に進めて──あるいは先進的な環境対策すら織り込んだ自動車の開発で主導権をとることもありうるだろう──再度国際競争力を回復して景気を先導する産業として蘇生する可能性がある。しかし、自動車産業の環境対策への技術革新は、二酸化炭素排出を抑制する効果はないだろう。排出を半分に減らす技術が導入されれば、これまでの倍の自動車を販売できるという計算が優先することは間違いのないところだ。そして、日系企業なみの賃下げ圧力は、日系企業のさらなる賃下げ圧力をもたらすか、あるいは海外に工場を移転させることになるだろう。

危機は第三世界と農業部門も直撃した。農業部門への影響は大きく分けて、二つある。一つは、農産物価格の大幅な下落である。これは、不況に伴う嗜好品の需要減少に伴う価格低下と、ゴムのような工業原料としての農産物が自動車などの生産落ち込みの影響で価格を低下させる場合とがある。スリランカでは紅茶価格が10月から2月にかけて40%下落し【注3】、東京工業品取引所のゴム価格も08年3月のキロ当たり280円台から11月の120円台へと暴落しているなどがこれに当たる【注4】。これに加えて、貿易業者が金融機関からの融資を受けにくい状況が生まれ、貿易取引が停滞し、その結果として農業の現場が打撃を受けるという問題が起きている。

他方で、価格高騰が予想される農産物もある。国連食糧機関(FAO)は、「もし経済危機に関連した低価格と信用収縮により農民が食料作付けを減らさざるを得なくなるとすると、来年はもう1回劇的な食料価格の暴騰がありうる」【注5】と指摘している。こうした可能性があれば、投機資金が流入して価格を人為的に押し上げる危険性もでてくる。また、種子の特許などを手段として流通を独占して価格支配力を持つアグリビジネスは強気だ。モンサントは穀物価格下落にあっても遺伝子組換え種子や除草剤「ラウンドアップ」の価格を引き上げた。モンサントのトウモロコシ種子1袋(8万粒)の価格は08年に前年比で45%上昇の320ドル(約3万円)となった。その結果、モンサントはブラジルと米国での売上高は29%増の26億5000万ドルと過去最高となり、純利益は5億5600万ドルと前年同期の2倍の利益を上げている。【注6】また、米国ではトラクターの燃料となるディーゼル油の価格も08年第3四半期に前年同期比で51%上昇した【注7】。しかし、他方で、ブラジル全国トウモロコシ生産者協会のエノリ・バルビエリ副会長によれば、ブラジルでは農家が肥料を購入する融資が受けられず生産高が20%以上減少する可能性があるという【注8】。

日本への影響も深刻になっている。詳しく述べる余裕はないが、09年3月までに非正規雇用中心に3万人超の雇用削減と昨年暮れに報じられていたが、この数字はもっと増えると思われる。自動車、電機など製造業の派遣労働者が約2万人の削減といわれている。自動車産業は労働者の3分の1が非正規雇用であり、昨年暮れ段階で、トヨタの8800人は3000人へ、三菱は1000人規模で削減が計画されている。今年になって、正規雇用の削減や賃金カットが広がっている。日系外国人労働者の雇い止めなど、外国人非正規雇用の労働者がターゲットになっているが、非正規雇用を主体とする新しい労働運動も力をつけ始め、体制内化した既存の労働組合に取って代わりうる勢力を形成しつつある。

●過剰な資金を生み出してきた資本主義の通貨・金融システム

サブプライムローンの危機の原因を日本銀行は4点にわたって列挙した。【注9】第一に、高リスクのサブプライム関連の証券化商品がリスク分散の仕組みを通じて逆にリスクの拡散をもたらしたこと。「リスクの適正な価格付けという市場の最も重要な機能が十分果たされていたかどうかについて強い懸念が生じ」て「投資家は、証券化商品全般について同様の問題が生じる懸念を強め、リスクの再評価」が進んだこと。第二に、証券化商品の損失評価額が拡大するにつれて「市場参加者の手元資産の投げ売りや新規投資の手控え」が拡がり「金融資産の市場流動性と投資家の資金流動性の相乗的な収縮をもたらし」、この流動性の収縮は、投資家による「リスクアペタイト」(リスクを積極的に取る態度)を減退させて、証券化商品市場から証券市場など金融市場全体に広がったこと。第三に、「銀行のバランスシートからいったん切り離されたリスク資産が、証券化市場の混乱の過程で、再び銀行のバランスシートに組み戻されたこと」。これは、銀行が連結決算の対象外に投機目的の会社(投資ビークル:SIV=Structural Investment Vehicleなど)を設置したが、これを再度銀行本体に統合せざるを得なくなった結果として、銀行自体の経営悪化が露呈したことを指している。これによって、銀行間の資金調達市場である短期資本市場が収縮することになった。最後に、「銀行の信用創造の抑制などによってマクロ経済に影響が及ぶのではないかという懸念」から米国経済全体への不信が生まれたこと。以上が日銀の分析だ。

右の日銀の分析は通説と言っていいだろうが、重要な問題を回避している。証券化商品など新たな金融の商品化やヘッジファンドやSIVといった新しい金融資本と、これらに資金を供給するような銀行も含む金融資本総体の責任問題に言及することを回避し、金融商品化の構造そのものの是非を問う姿勢をとっていない。そして、そもそも投機的な資金がなぜ存在するのか、という根本的な問題に触れていない。人びとの金融への態度は現実資本への投資を補完する資金融通の制度から金融システムそのもので高い収益を得ることが経済成長をもたらすという方向に誘導されて、多様な金融商品を合法化するような法制度の規制緩和がグローバルに進められた。なぜこうしたことが起きたのかを日銀の分析は示していない。現実資本から乖離した金融システムによるリスク回避とリスク分散の手法が「発がん性の貨幣連鎖」【注10】をもたらすということへの危惧は見いだせない。

このサブプライムローン問題は、国際通貨としてのドルを背景に、国外からの資本流入に支えられて、家計(消費者)、民間資本、政府がいずれも借金体質に陥っていることの帰結であるだけでなく、これを可能にした経済の金融化現象があった。「経済の金融化」とは、金融システムが現実資本の資金融通システムという役割から大きく変質して、金融システムそれ自体が、自己増殖を目的とする「自己言及」的な存在へと転化し、この目的を達成するために、金融が現実資本を支配するようになってしまったことを指す。物やサービスの生産と流通という人びとの生存維持に直接関与する資本──利潤動機が生存の必要より優先するために深刻な問題を抱えることになるとしても──は金融資本の利潤追求のための単なる手段となり、経済はますます生存の必要を充足するための機能からかけ離れた存在になる。

今回の危機を、資本主義の長期的な停滞に対する金融化した資本による延命策の破綻とみる見方がある。【注11】しかし、むしろ人類史全体を視野に入れて見たとき、資本主義は、過剰かつ極めて不均等な貨幣的な「成長」に一貫して囚われた異常な社会だと見るべきだろう。資本主義は、利潤を目的に投資を繰り返す資本の活動を通じて、社会の経済的な必要を間接的に充足するシステムだ。投資は貨幣で行われるから、利潤が見込まれる投資機会がありながら、貨幣(他人の貨幣であってもいい)が手元になければ利潤の機会を逃すことになる。資本主義は伝統的な市場経済を継承して、金や銀といった貴金属を貨幣(投資手段)とした。金や銀を得るために15世紀以降、南米の先住民の虐殺が繰り返されたのも、これらが貨幣だからだ。19世紀の資本主義は、金を準備金として銀行券を発行することで準備金量を大幅に上回る信用創造のシステムを開発し、さらに国債や株式など現実資本や実体としての経済装置とは解離した「架空資本」(マルクス)による投資機会の拡大を考案する。同時に中央銀行制度によって、通貨発行を国家の規制下に置くことを通じて、金融秩序を維持する構造を確立した。

そして、20世紀にはいって、まず国内市場で金本位制を廃棄して、通貨発行量の金による制約を解除するが、世界経済秩序は金とドルの交換を維持しつつ国際通貨基金(IMF)を中心としたドル体制を構築することによって、グローバルな投資手段としてドルの価値を保障する体制がとられた。70年代以降、世界市場からも金は追放され、ドルを事実上の世界貨幣とする体制が生み出され、投資に必要なマネーサプライを規制する物理的な存在はなくなる。唯一存在する規制要因は、国民国家による通貨管理であるが、マネタリズム=新自由主義のもとでの金融自由化によって、大きく掘り崩されることになる。07年の世界の株式市場の規模は7200兆円、債権市場が5500兆円、金融派生商品(デリバティブ)は4京9300兆円にのぼる。【注13】日本市場だけをみても、デリバティブだけで2640兆円ほどの取り引き残高がある。
経済的な危機の時期に資本は、必ずと言っていいほど投資手段への欠乏の強迫観念にかられ、投資可能な条件の拡大を要求してきた。そこでは、市場の拡大だけでなく、投資手段としての貨幣へのアクセスの拡大が要求される。その結果が、右に見たような通貨・金融システムの構造的な変化である。投機的な金融市場も投機的な資金の存在も資本主義の病理ではなく、資本主義の歴史的な展開が必然的に行きついたものであり、その意味で資本主義の本質に属するものだ。投機的な性質を通貨・金融システムから排除して持続可能な資本主義を再設計することは不可能な段階に達している。

●〈労働力〉支配の手段としての金融システム

この通貨・金融システムの歴史的な構造変化は、〈労働力〉に対する資本の支配と密接な関わりを持つ。この点は今回の金融危機でも軽視されがちな論点だ。

資本主義は、効率性と予測可能性(計画あるいは結果の確定性)を基準とした行動規範に導かれた価値増殖システムである。この二つが行動規範になるのは、最大限利潤を確保する必須条件だからだ。現実資本への投資よりも短期的に収益が得られる金融市場への投資が好まれるのは、効率性原理によるが、ハイリスク・ハイリターンを伴うという限界に対して、金融工学はリスク分散の手法を「開発」してローリスク・ハイリターンを実現しようとした。こうした傾向は資本のもうひとつの行動規範である予測可能性に基づくものだ。

他方で、資本主義は、人間の集団を商品化された〈労働力〉として組織しなければならない。同時に、機械と比較して、〈労働力〉は常に非効率性の側を代表し、抵抗や争議は予測不可能な行動として、搾取を阻害する資本に対する敵対的な要因とみなされてきた。資本による経済組織は、常に労働力の機械化への置き換えの動機を持つことになる。金融システムは、銀行制度や株式・債権の証券市場を形成するなど、機械化と産業構造の転換を促す資本の有機的構成高度化投資のための資金融通システムとしての役割を担ってきた。金融システムにとってのリスクは、単なる市場における株価、為替、利子率の変動だけではなく、経済そのものの変動要因、その最大の要因である不確実な労働力にあることを忘れてはならない。

こうした金融システムの〈労働力〉排除的な性質は、ケインズ主義にもマネタリズム=新自由主義にも共通する特徴だ。ケインズ主義の主要な問題意識は、失業が社会主義への転換をもたらす最も大きなリスクにあるという認識から、財政政策による完全雇用政策を中心的な課題とした。金融制度は、消費生活の「豊かさ」を通じて〈労働力〉を資本の秩序に統合するために必要な資金調達機構として位置づけられた。これに対して、フリードマンなどの新自由主義は、労働運動と社会民主主義が資本にとっての〈労働力〉のリスクを高めるとみなして敵視し、労働市場の流動化を図る一方で、〈労働力〉再生産過程を担う教育、保健・医療や公共サービスなどを規制緩和し、民間資本のための投資市場のフロンティアとして開放させた。

第三世界諸国では、IMFの構造調整政策に端的に示されているように、融資は、それと引き換えに〈労働力〉への統制と労働運動の弾圧を強めるための手段となった。70年代のチリのアジェンデ政権をクーデタで倒したピノチェト政権をシカゴ学派が新自由主義の実験場としたことはよく知られている。【注14】ラテンアメリカだけでなく、80年代にはアジアでも経済危機が大きな労働運動や民衆の反政府運動をもたらすが、こうした運動はむしろ危機に先立つブームのなかで既に醸成されてきた運動があってのことだ。危機をきっかけに資本は、一挙に労働者の力を削ぐ方向で資本を引きつける一方、構造調整を強制して、不況期の有機的構成高度化の投資を通じて〈労働力〉の資本への実質的な包摂を再建しようとする。これを可能にする投資の原資を国際的な金融システムが調達する。

金融による労働力支配はこれだけではない。先進国における金融を媒介とした〈労働力〉の管理の中心的な機能は、消費者信用の拡大を通じた資本への〈労働力〉としての民衆の従属だった。最底辺層は必死になって日銭をかせがないと日々の生活が維持できない状態に追いやられる一方で、それ以上の階層はローンの返済のための労働を強いられ、これらが労働市場の供給圧力を形成して全体として賃金コストを押し下げる。

このように、資金の循環をコントロールする資本主義の金融システムは、それがケインズ主義によるものであれ新自由主義によるものであれ、〈労働力〉の抵抗に対する管理・統制、あるいは〈労働力〉の資本への統合と排除の手段として、〈労働力〉とされた民衆を支配するための貨幣的な手段として機能してきたのだ。

●生存のための経済とライフスタイルの革命へ

サブプライムローンが膨大な額にふくれあがった背景に、債務に依存したライフスタイルと、このことを通じたライフスタイルに対する資本の支配の問題がある。そして、金融部門から現実資本へと波及した今回の危機が、住宅と自動車に集中的に現れたことに特別な意味を見いだす必要がある。

1兆3000億ドル(07年7月時点)という膨大なサブプライムローンに、私たちは、住宅の取得を夢見た多くの低所得増の人びと、ローン返済ができずに購入した住宅を手放さなければならなくなった人びとの姿を想像しなければならない。彼らは、サブプライムローンというマネーゲームの格好のターゲットになったのだ。危機にある資本主義にとって最気回復が最大の課題だとしても、このことは、住宅の夢を奪われた低所得層の住宅への権利回復を意味するわけではない。本来であれば、経済システムがまず実現しなければならないのは、この居住の権利を保障することをおいて他にないはずだが、商品化された土地と住宅はこれを実現できない。金融システムの防衛は、サブプライムローン問題の中心課題であるべきではないのだ。

サブプライムローン危機の根源には、資本主義における居住条件の商品化がある。土地の商品化は資本主義の基本条件として、労働力の商品化とともに当然のこととして前提にされてきた。しかし、土地や住居の取得を市場に委ねるということは、所得のない人びとには居住の権利を保障しないことを意味する。しかし居住が基本的な人権であるとすれば、所得のあるなしにかかわらず、全ての人びとに快適な住環境が保証されるべきだろう。サブプライムローン問題は、先進国であれ第三世界であれ、土地や住居にアクセスすることができずにいる膨大な数の貧困層を生み出している資本主義の土地問題の矛盾と通底する問題なのである。全ての人びとに、所得に関わりなく居住の権利を保障するとすれば、これを市場経済から切り離すのが一番好ましい。これは、第三世界の農村における土地なき農民の運動や都市スラム住民の運動、そして先進国都市部のスクウォッターの運動として多様な形で現れてきた土地や居住の権利運動が既に十分に問題提起してきたことである。

もうひとつの自動車産業の危機もまた、豊かさの象徴の危機である。自動車の取得は、基本的な権利に基づくものというよりも、むしろ資本が生み出した欲望の典型だ。自動車は、20世紀を通じて、商品として過剰な使用価値的な意味(豊かさ、力強さ、速さに価値を置く現代文明の象徴的な価値)を担ってきた。その結果、本来ならば公共交通によって実現可能な移動システムに替えて、自家用車が普及し、自動車産業が飛躍的に「成長」し、20世紀の資本主義がもたらした過剰な消費を下支えしてきた。これに対応して、自動車ローンは、自動車の普及を促す資金供給条件を提供してきた。

現在の経済危機からの回復と自動車産業の回復とは不可分であるということが、支配層の間では暗黙の大前提になっている。確かに自動車産業の回復は、関連産業も含めて雇用を確保し、経済危機からの資本主義的な脱却に寄与するに違いない。しかし、このことは資本主義的な不合理な消費文化の再建をもたらすだけのことだ。

この自動車(と道路)をめぐる問題や土地と住宅の商品化とのたたかいには多くの困難があることは事実だ。しかし、成長と環境破壊に反対する反資本主義、反グローバリズムの運動は、自動車への拒否を射程にいれたライフスタイルの革命という要素を少なからず内包してきた。こうした運動は、ライフスタイルの革命が党による文化革命としてではなく、多様な民衆のおおよそのコンセンサスによって自生的に立ち上がることが不可能な「ユートピア」ではなく、今ここにある「ユートピア」であることを示唆している。これは私たちにとって大きな希望である。


1. 『朝日新聞』08年12月11日、ウエッブ版。
2. 「南部の共和党議員たちが問題視したのが南北の賃金格差だ。労組との協約で退職者を含めた医療費や解雇者に対する失業期間中の賃金を負担してきた結果、ビッグスリーの平均人件費は外国メーカーより3割高い。/11日の上院協議では、コーカー氏らが全米自動車労組(UAW)に対して『トヨタ並みの人件費引き下げ』を迫ったが、これが協議決裂の原因になったとされる」。『サンケイ』08年12月13日、ウエッブ版。
3. 「紅茶も価格維持へ減産、スリランカにも金融危機の波」『FUjisankei Business i』08年11月4日。ウエッブ版。
4. 東京工業品取引所の月次統計資料。ウエッブ掲載の資料による。
5. 国連食糧機関(FAO)プレスリリース「飢餓人口、9億6300万人に増加──食料価格上昇が原因、経済危機により問題悪化の可能性も」08年12月9日、FAOのウエッブより。
6. 「米モンサント:9~11月期の純利益2倍超、トウモロコシ種子が好調」09年1月7日、ブルームズバーグのウエッブ記事。
7. 「干上がる融資、穀物高騰──金融危機、農業生産に打撃」『Fujisankei Business i』08年10月30日、ウエッブ記事より。
8. 注7に同じ。
9. 日本銀行『金融市場レポート、2007年後半の動き』要旨より。日銀のウエッブより。
10. J・マクマートリー(吉田成行訳)『病める資本主義』、シュプリンガー・フェアラーク東京、2001年、246ページ。
11. John Bellamy Foster, “The Financialization of Capital and the Crisis,” Montyly Review, vol.59, no.11.
12. 伊藤博敏『金融偽装』、講談社、2008年、16ページ
13. 日本銀行「デリバティブ取引に関する定例市場報告」08年6月末、日銀のウエッブより。
14. Naomi Klein, Shock Doctorine: The Rise of Disaster Capitalism, Pemguin Books, 2008。ジョン・パーキンス(古草秀子訳)『エコノミック・ヒットマン』、東洋経済新報社、2007年、参照。

出典:季刊ピープルズプラン45号 2009年