コンピュータ監視法案とプログラミングの自由

今日、(2011年5月)31日の午前中の法務委員会で、コンピュータ監視法案が審議されている。今日の法務委員会では、参考人(3名の大学教員、内2名が賛成側とみられる)質疑があり、そのあと採決。午後の衆議院本会議で採決されて参議院に送られるとのこと。このブログをみなさんがごらんになるころには、状況ははっきりしていると思う。

コンピュータ監視法案は、共謀罪とともに刑法、刑事訴訟法の改正案としてこれまで何度となく上程され廃案になってきたものだが、特に反対が大きい共謀罪を切り離して、それ以外の部分を今国会に上程した。一部修正はあるが、基本的な内容は変わらない。(これまでに出されているいくつかの反対声明については、この文章の最後を参照)

ウィルス作成が犯罪化された結果として、プログラムを書くこと自体が監視されることになる。ウィルスの定義は、実はあいまいであって、捜査機関の裁量でどうとでも判断されてしまう危険性があると思う。プログラムを書く意図や動機は、本人にしかわからないわけで、研究やちょっとした好奇心での作成であっても、捜査機関が拡散目的とみなせば、捜査対象になる。あるいは、政治活動としてのハッキングの場合は、政治活動の自由との関わりで、安易な犯罪化は許されない。政治的社会的な問題意識をもつハッカーコミュニティは、常時監視されることになるだろう。逆に、こうしたウィルス作成の犯罪化は、逆に、国家がお墨付きを与える特定の集団(軍事安全保障に関わる集団)などに特権を与えることと表裏の構造をもつ。「サイバー戦争」なる戦争があるとして、こうした戦争に不可欠なクラッキングを国家が安全保障上の防衛の一環として展開することは、むしろ容認されてしまう。

ウィルス作成とハッキングとは同じことではないが、関わりがないわけではない。ハッカーという言葉はテロリスト同様、捜査機関によってこのレッテルを貼られれば、当事者は有無いわさずJ犯罪者=社会悪として摘発・糾弾されて当然とみなされ、時には超法規的な権力行使ですら社会防衛の口実で容認されかねない社会的な雰囲気があることをぼくは大変危惧している。ハッカーコミュニティは、たんなる犯罪集団とみなして済ませられるようなものとはいえない。このことは「犯罪」一般にもいえることで、社会的な文脈の中で、社会が有する構造的システム的な矛盾との関わりのなかで、その動機や意図を理解する必要がある。現在の情報空間がもっている権利の相克(その根底には所有権と表現の自由の相克があるのだが)をめぐるきわめてポリティカルな側面を内包している場合がありうる。プログラムを書くことは、それ自体が言論表現の自由に属する。ウィルス作成罪は、この権利を認めない立場をとることになるが、そうであればこそ、問題を単純に「犯罪」というレッテルを貼って済ますことはできないのだ。

もう一つ、コンピュータ監視法案にふくまれている通信履歴の保全に関わる問題でも重要な疑義がある。保全そのものが、ネットワーク管理者にユーザのプライバシーの権利よりも捜査機関への協力を優先させるような強制力を持つことになり、それじたいがプライバシーの権利を脆弱にさせることはこれまでも指摘されてきた。法案では、捜査機関は捜査の必要があれば、保全を命じることができ、さらにデータのコピーの押収なども可能となる。こうして取得された個人情報は、恒久的に捜査機関の手元に保存される可能性が高い。たとえ当該事案が捜査はされたが立件されないとか、不起訴になったとしても、あるいは、裁判を経て被告が無罪となったり、冤罪である場合であっても、個人情報は捜査機関の手元に残るのではないか。言い換えれば、個人情報の収集を目的として、通信履歴の保全や押収を利用するという逸脱した捜査にたいする歯止めがまったくない。このことは、電子データに限ったことではなく、すでに現在でも、令状に基づく家宅捜索は行われてもその後、当該事案は立件されないという場合はこれまでも繰り返し行われてきた。名簿などが押収され、後日返却されても、これら名簿やデータのコピーを捜査当局が保持しているであろうことは容易に推測できるだけでなく、むしろこうした情報を収集すること自体を目的とした捜索押収が行われてきたことをふまえれば、これを通信履歴や電子データにまで拡大することが、表向きの立法の趣旨などには明示されない隠された意図としてあるという点を見て取ることが必要だ。こうした現実を国会ではきちんと議論できていない。捜査機関が保有している個人情報が、適切に消去されるルールが存在しない限り、これ以上個人情報を捜査機関の手に渡すような立法は、警察の恣意的な権力行使をさらに助長するだけだと考えざるをえない。

JCA-NETの声明
コンピュータ監視法案の廃案を強く求めます
http://www.jca.apc.org/jca-net/node/23

盗聴法に反対する市民連絡会
憲法違反のコンピュータ監視法の閣議決定に抗議する
http://www.anti-tochoho.org/ut/cp20110315.html

日弁連
「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」について慎重審議を求める会長声明
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/statement/110523.html

東京弁護士会
情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案について慎重審議を求める会長声明
http://www.toben.or.jp/message/seimei/post-243.html

(2011年5月31日、ブログ)