監視社会

戦争を煽るJアラート

(転載に際しての前書き) 下記の文章は昨年(2017年)10月に執筆したものだ。丁度朝鮮半島情勢が緊迫していた時期に、戦争を煽る国内の動員体制の一貫としてJアラートに関心が良せられていた時期である。その後、朝鮮半島情勢の緊張が大幅に緩和されたにもかかわらずJアラートの体制が一貫して維持されている。こうした現状への批判の意味も含めて以下、文章を転載する。


現在日本政府が国内で対応している有事を前提とした「国民保護」を名目とした動員体制は、法制度の枠組も含めて、実質的には戦時動員体制といっていいものだ。この体制は、ポスト冷戦期のグローバル資本主義による旧社会主義圏と第三世界の統合過程がもたらした地域紛争と切り離せない日本の安全保障政策の変質に結果だが、その淵源は、1999年の周辺事態法に遡ることができる。「国民保護」は、2001年「同時多発テロ」を契機に日本が、対テロ戦争の参戦国として、主としてロジティクスの一端を担うことを鮮明にして以降の日米同盟の質的な変化に対応した国内体制の整備であった。法制度でいえば、2003年以降たてつづけに成立した武力攻撃事態対処関連法、有事法制関連法などだが、国民保護法(2004)もまた有事関連法に位置付けられて成立し、Jアラートはこの国民保護法を根拠として制度化された。

 

自然災害と戦争を同じ「災害」の枠組のなかで捉えて、「防災」という概念で一体化する動きは、国民保護法の制定以降顕著になってきた。そして、ここ数年、朝鮮民主主義人民共和国(以下北朝鮮と略す)によるミサイル発射実験のたびに、防災訓練などが、一気に戦争を前提とした戦災訓練へと転換してきた。毎年91日を防災の日として、この時期に繰り広げられてきた自衛隊、消防、自治体、学校、地域住民の防災組織やボランティア組織による防災訓練も、北朝鮮のミサイルへの対応を公然と掲げたミサイル防災の様相を帯びた。これまでも「防災」体制は、一貫していわゆる北朝鮮の脅威を口実として、治安維持の性格を色濃くもってきたが、昨年以降、戦争法制の整備とも連動して、自然災害に対する防災という建前をかなぐり捨てて、直截に戦争防災という様相を露骨に示しはじめたように思う。

 

通称「Jアラート」と呼ばれている全国瞬時警報システムは、消防庁が管轄しているにもかかわらず、実態として自然災害よりも治安維持を内包させた戦争対応といった性格を濃厚にもちはじめ、それに連動して消防そのものもまた、治安維持組織の性格を持ちはじめているようにみえる。

 

 銃後動員体制のインフラとしてのJアラート

 

Jアラートは、総務省消防庁側の配信設備で構成される送信局と、都道府県・市町村側の受信局で構成される。ミサイル発射など有事関連は、内閣官房から国民保護関係情報として発信され、気象庁からは気象関係情報が発信される。これらを消防庁が受け、通信衛星(SUPER BIRD B2)経由で各自治体などに配信する。その後、自治体などへの配信には、通信衛星に加えて、かの悪名高いマイナンバーカードの管理システムなどを担う地方公共団体情報システム機構が運営する総合行政ネットワーク(LGWAN)とインターネットの地上回線も加えられる。各自治体などの受信局設備でこれらの情報を受け、市町村防災行政無線、ケーブルテレビ、コミュニティFMなどに自動起動装置を介して住民に配信される。気象庁からは携帯電話会社を通じて、エリアメール、緊急速報メールが配信される。これを数秒から数十秒以内に実現しようというのがJアラートの目論見だ。

 

Jアラートと総称されているシステムは、実際にはいくつかの独立したシステムから構成されている。内閣官房からの「国民保護情報」と気象庁の災害情報それぞれが独立して有している監視と情報発信のシステム、これらを統合して運用する消防庁のシステム、通信衛星やLGWANなどを介して各自治体が受信するため受信システム、そして、この受信システムからの情報を受けて、情報の種別に応じた処理を行なうシステム、そして情報を受信すると自動的に起動して住民へ情報を配信するシステムなどに分けられる。これらのシステムは、誤作動やシステムの不具合がこれまでもあったように、決して単純な仕組みではない。

 

Jアラートの受信システムは、現在民間企業3社、センチュリー、理経、そしてパナソニックの寡占市場である。受信システムは、ミサイル発射などへのより迅速な対応のためという理由で、来年システム更新があり、パナソニックはこの市場から撤退すると言われており、将来的にはセンチュリーと理経の二者のみが受信システムを販売することになりそうだ。報道によれば現行機種は19年度以降、現行の受信システムは使用できなくなるというから、全ての自治体はシステムの更新投資を余儀なくされる。売り手にとっては、極めて旨味のあるビジネスになる。これまでも全ての市町村にもJアラートを配備するために、国の全額補助などが行なわれてきているので、受信システムメーカーの利権は大きい。適正な価格での市場競争などありえようもない寡占市場だから、まさに戦争や危機で越え太る死の商人が、戦場の兵器だけでなく、銃後の動員体制でも遺憾無く発揮されているといえそうだ。

 

災害から戦争対応へ

 

Jアラートは、設置当初自然災害への緊急避難対応を主とする位置付けだった。瑣末なことのようにみえるが、消防庁はこのシステムを立ち上げる際に「全国瞬時警報システム(J-ALERT)は、津波警報や緊急地震速報、緊急火山情報や弾道ミサイル情報といった対処に時間的余裕のない事態が発生した場合に、通信衛星を用いて情報を送信し、市町村の同報系防災行政無線を自動起動することにより、住民に緊急情報を瞬時に伝達します。」と述べていた。(『全国瞬時警報システム(J-ALERT)についての検討会報告書、実証実験結果及び標準仕様書』2006)

 

ところが最近では「弾道ミサイル情報、津波警報、緊急地震速報など、対処に時間的余裕のない事態に関する情報」というように弾道ミサイルがまずトップに表示されるようになった。いわゆる武力攻撃や有事といった事態で想定されている項目がいくつかあり、航空攻撃情報、ゲリラ・特殊部隊攻撃情報、大規模テロ情が列挙されているが、ミサイル以外の他の項目が「攻撃」を想定しているのに対して、弾道ミサイルに関してだけは「攻撃」の文言がない。そのためにミサイルに関しては、実験であれ演習であれ、攻撃でなくとも攻撃同様の緊急避難の体制をとることになる。このセコい制度上の些細な文言に、実はこのシステムの本質が図らずも露呈している。すなわち有事に対応するための、避難と動員を一体化させて、この枠組に地域住民の草の根の組織から巻き込むということである。そして、実際に、攻撃とも言い難いミサイル発射をあたかも「攻撃」ともみまがう不安と恐怖を煽ることで北朝鮮への敵意を醸成するための格好の口実として利用してきた。こうした動きに、冷静な状況判断をなすこともなく、自治体や企業が半ば自発的に巧妙に同調してきたといえる。

 

他方で、Jアラートでは、原発への攻撃や火災は想定されていても、現実に最も可能性の高い原発事故については例示すらされていない。自然災害と国民保護法が前提している武力攻撃事態のいずれにも該当しないからなのだろう。これまでの災害の実害からすれば、原発事故は地震とも連動する最も深刻な被害をもたらし、繰り返し人災としての事故を起してきたにもかかわらず、まるで原発事故など皆無であるかのような対応である。消防機関と原子力事業者との消防活動に関する連携強化のあり方検討会の「消防機関と原子力事業者との消防活動に関する連携強化のあり方検討会報告書」(http://www.fdma.go.jp/neuter/about/shingi_kento/h28/renkei_kyouka/houkoku/houkoku.pdf)をみても、原発火災を中心とした対応しか検討されていない印象が強く、とうてい東日本大震災と原発事故を正面から総括しているとはいいがたい。火災や自然害とは全く無関係といってもいい「国民保護」への消防庁の力の入れようはかなり異常なものと映る。まるで自衛隊や警察と一体となった治安機関であるかのようですらある。

 

ミサイルによる被害よりも交通事故で死亡する確率の方が格段に高いにもかかわず、この異常な危機の扇動は、言外に、日本の世論を感情に北朝鮮敵視へと誘導することになる。戦争に踏み切ることをより容易にし、改憲を必要とする立法事実を演出する上で、Jアラートは格好の舞台装置となっている。

 

戦争を回避不可能な天災とする発想

 

「国民保護」は、外部からの武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態(武力攻撃事態)と、武力攻撃の手段に準ずる手段を用いて多数の人を殺傷する行為が発生した事態又は当該行為が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態(緊急対処事態)に分けられている。武力攻撃事態の例示としては、着上陸侵攻、ゲリラ・特殊部隊による攻撃、弾道ミサイル攻撃、航空機による攻撃などであり、緊急対処事態の例示としては、原子力事業所等の破壊、石油コンビナートの爆破等、ターミナル駅や列車の爆破等、炭疽菌やサリンの大量散布等、航空機による自爆テロ等が挙げられている。(消防庁国民保護室「国民保護のしくみ」、消防庁ウエッブサイトから)こうした事態を一括して「武力攻撃災害」という珍妙な命名で「災害」と位置付けている。こうして戦争はあたかも天災であるかのように扱われることになる。

 

災害には幅広い意味があるが、災害基本法では異常な自然現象又は大規模な火事など自然災害を指すものとして定義されていた。こうした定義が明らかに、1990年代以降変質した。自然災害そのものも文字通りの意味で「自然」に起因するとはいえない事態であることは、気候変動が深刻化したり自然破壊という人為的な原因を抜きには語りえないことは明らかとはいえ、武力紛争や戦争は、意図的に災害をつくりだすことを目的とした行為であって、意図せざる副作用などといったものではない。にもかかわらず、台風のような自然現象は避けることができないように、戦争もまた避けようのない事態であるかのような認識を前提とした制度が国民保護法制なのである。

 

国民保護法制には、救援、救助、避難などについて国民への協力要請と称する事実上の動員の心理的な圧力も明文化され、地域防災組織やボランティア団体への支援もまた定められている。Jアラートは、こうした「国民保護」法制の枠組のなかで、これを具体的に実施する上で、必要になる緊急避難などの行動へと住民を誘導するためのインフラであるが、同時に、このシステムは、繰り返し避難訓練などにも用いられたり、今回の北朝鮮ミサイル発射に際しても発動されるなどを通じて、ある種の積極的な参加型プロパガンダの手段としても機能している。人々は、日常的に、マスメディアなどを通じて、北朝鮮への敵視感情が繰り返し醸成されるような環境に置かれているが、こうした受け身の態度からJアラートは必要な行動へと人々を促す効果をもつ。

 

実際、官民あげてのヒテリックなミサイル恐怖症を煽るような行動がとられてきた。JR東日本は列車を止め、文部科学省は、ミサイル発射の度に自治体の教育委員会を通じて小中学校など教育機関に注意喚起の通知を出し、一部の学校では休校などの措置がとられた。そして自治体レベルでのミサイル発射を想定しての避難訓練が頻繁にみられるようになってきた。

 

戦争を煽るJアラート体制への抵抗

 

北朝鮮のミサイル発射に対して、この国の住民たちに与えられた選択肢は、戦争を前提とした避難だけで、戦争を回避するという最も重要な選択肢は―あたかも台風が避けられないのと同じように―最初から放棄させられている。政府は、憲法が義務づけている国民の財産と安全を確保するために必要な措置をとっているかのような装いをとって、防災体制を正当化するが、むしろ戦争を煽る効果に軸足がある。というのも、政府はもっぱら北朝鮮に対する人々の不安感情を煽ることによって、軍事的緊張を正当化することしかしていないからだ。国民保護法制そのものが戦争(武力攻撃事態)を想定しての体制であるから、相手国にとっては、戦争を挑発されているに等しく、戦争準備のための国内体制であると解釈されてもおかしなこととはいえない。こうなればなるほどますます軍事的な緊張が高まることになる。しかも、「国民保護」の名目は、あくまで攻撃の主体は北朝鮮など他国であって、日本は一切の武力行使の挑発行為には加担していないかのポーズをとることのよって、正義の仮面を被りつづける。しかし、現実の東アジア情勢を客観的にみれば、朝鮮戦争の休戦以降、米軍は朝鮮半島から撤退せず、韓国と日本の米軍が恒常的に北朝鮮に対して挑発的な軍事演習などを行ない、日本もまた戦争のロジスティクスの一端を担ったり、あるいは偵察衛星を打ちあげるなどの挑発を繰り返してきた。挑発は双方にあるにもかかわらず、、日本のメディアは日本や米国の挑発を挑発とは報じない。東アジアからの米軍の撤退なしに北朝鮮に核の放棄を迫ることが地域の紛争解決をもらすとはとうてい思えない。

 

だから、本来、平和を希求する人々がこのような国民保護法制の制度に組み込まれることを拒否する態度をとることが重要なのだが、地域でも職場でも、徐々に国民保護体制への巻き込みが進んでいる。たしかに、現状では、Jアラートは半分笑い話のようでもあり、各自治体などのミサイル避難訓練や学校の休校措置なども、過剰反応ではないかという素朴な実感をもつ人々も少なくないが、こうした動員体制は、マニュアル化され、各組織ごとに詳細な防災計画が策定され、担当者が置かれることによって、動員が「仕事」とされ、万が一被害があったときの責任問題を恐れて、各組織ともに過剰な同調行動ばかりが促されて、こうした危機扇動体制への疑問や批判の意思表示すら抑え込まれる雰囲気が蔓延しはじめている。他方で「北朝鮮は何をしでかすかわからない国」という「話し合ってもムダ」とい感情的な嫌悪と不安の感情も広くみられるように思う。こうした感情がヘイトスピーチや排除だけでなく、文字通りの「戦時」となれば、暴力的な敵意にすらなる危険性がある。米国は真珠湾攻撃の後、本土への攻撃はなかったものの、米国在住の日本人をことごとく収容所に収容したように、具体的に目の前には危険な事態などなくとも、排除と敵意は、権力者が煽る不安に支えられて拡大する。その結果として、レイシズムをナショナリズムの名において正当化するような事態が起き、敵対的な感情の対立が、東アジア全体の民衆相互の分断ばかりか、国内の民衆相互の分断と敵対関係を形成し、こうした事態が治安維持活動に口実を与え、警察権力の肥大化に帰結する。こうし一連の動きにJアラートのようなアクティブ型の動員・誘導のシステムは最も効果を発揮してしまうかもしれない。

 

武力攻撃事態や有事への対応などという事態を想定することが現実主義的な政策対応だという誤った考え方がある。しかし、いかなる意味においても、国家が軍事力に依存した解決を図るとき、人々の安全が保障されたためしはない。この列島に暮す人々の安全と安心を確保するための必要条件は、この地域の軍事的なリスク要因を除去すること以外になく、それは、この地域からの米軍の撤退と日本国家の非武装という戦後のラディカルな平和主義が掲げた原点を堅持すること以外にない。どのような事態になろうとも、私たち一人一人が、政府の政策や思惑への同調を拒否して、武力行使は私たちの選択ではないという立場を堅持するという反戦平和運動の原則が再確認されるべきだろう。

(初出『季刊・ピープルズプラン』78号 2017年11月)

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です