書評:武藤一羊著『戦後レジームと憲法平和主義』れんが書房新社、2016

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刺激的な本に出会うということは、本の内容をそのまま受け入れるということよりも、本の内容に触発されて、著者がどう思うかとは別に、私自身の考え方に一歩でも新たな展開をもたらすようなことだと思う。武藤一羊の議論は、とくに私とは目のつけどころも方法論も違うけれども、現状への危機感は多くの点で共有できるという意味で、刺激的である。本書もまたそうであった。以下では主に、本書の理論的な枠組を提示している「総論」を中心に私の雑駁な感想を述べたい。

本書は、武藤がこの間提起してきた彼の戦後日本国家論を再度整理して、とりわけ安倍政権が目指す方向への根底的な否定の根拠を論じるものだといえる。武藤は、戦後日本国家の構成原理はアメリカの覇権原理、戦後憲法の平和・民主主義原理、そして帝国継承原理の三つからなるという基本認識を提起するが、これら三原則は「相互に矛盾する構成原理で成り立つ歴史的個性を備えた国家」であるというのが武藤の重要な方法論であると同時に、ここから安倍政権が目論む帝国継承原理一元論とでもいうべき改憲を通じた戦後レジームからの脱却戦略へのオルタナティブも導き出される。武藤は安倍の歴史認識をつぎのように要約している。

「安倍政権を構成する政治集団の基本的立場は、近代日本=大日本帝国の近隣アジアへの侵略・植民地化は正当であり、それを妨害しようとした欧米との戦争は正当な自衛戦争、そして欧米帝国主義からアジアを解放する戦争だったというものであう。誇るべき過去しかない。日本はこの歴史観を軸に組織しなおさなければならない。そのためには、帝国の過去を反省や贖罪の相でとらえる「自虐史観」を日本国民の間から一掃しなければならない。」(104ページ)

この安倍政権の歴史観は、戦後右翼が一貫して主張してきた歴史観そのものであり、安倍あるいは政権が固有の歴史認識を新たに構築してみせたわけではない。こうした右翼の一部の主張から戦後国家の権力の中核を担う正統化原理へと格上げを実現したところに極右政権たる所以もある。とはいえこの帝国継承原理が安倍政権になって登場したものではなく、戦後国家に一貫して伏在してきた基本原理の一角をなすものであって、その現われが顕在的であれ潜在的であれ、「帝国継承原理が戦後国家の中に現に生きている原理として継承されていたということにかんして、多くの有力な論者の中にはっきりした認識がなかったし、いまでもないかに見える」(57)と武藤は指摘している。

武藤が「戦後国家は、帝国継承原理を正統化原理の一つとして最初から組み込んで成立していた」(59)と言うとき、同時に、戦後国家の権力構成の基本に戦後憲法では天皇の政治的な大権も神格化も否定されたにもかかわらず帝国継承原理が組み込まれてきたとするなら、それは何を意味するのがが問題になる。武藤は、この点をおおよそ次のように説明する。アメリカの覇権原理との関わりでいえば、戦後の天皇制存続は米国の覇権構造への組み込みの一環として米国の国益と占領統治の便宜として米国の選択であったという意味で、「アメリカ製天皇制」であるということ。戦後憲法の平和・民主主義原理との関わりでいえば、天皇を不可侵の主権者とすることから「人間宣言」と象徴化へと転換することによって民主主義を保障することになったということ。帝国継承原理との関りでいえば、裕仁が戦後も天皇の座に座り続け、「万世一系」の神話も保持され、同時に戦後憲法も裕仁の名において公布されたということ、である。神格化を伴なう「日本」の「神代」からの継続性を一方で確保しつつ、他方で神格化を否定して人間宣言をする。「日本」という擬制の中核をなすものでありながらそれが「アメリカ製」である戦後天皇制。武藤はこれを戦後天皇制の「三元的自己矛盾の塊」と指摘し、安倍政権はこの自己矛盾を第三の正統性原理、つまり帝国の継承原理で一貫させようとしていると見ている。

本書では、正統性原理のなかの「戦後憲法の平和・民主主義原理」が、米国や日本の支配層の思惑を越えて、憲法9条に体現されている平和主義を民衆のなかに深く根付かせるとともに、そのことが60年安保闘争、ベトナム反戦運動から現在の沖縄反米軍基地闘争や戦争法反対闘争といった一連のアメリカの覇権原理に抗う流れを生み出してきたことを指摘し、この流れのなかに、安倍が目論む帝国継承原理を覆す可能性を見出そうとしている。

「原理としての平和主義によって、私たちは安倍政権を倒す。それによって戦後国家に作り付けだった他の二つの国家構成原理の排除に向かう。それは、醜悪な野合をとげている帝国継承原理おアメリカの覇権原理を癒着のまま処分し、平和主義原理によって日本列島を組織しなおすことに踏み出すことである」(94)

異論はとりあえずないが、では倒すべきは安倍政権であるとしても、武藤の立論をふまえれば、それに止まることはできない。倒すべきものは戦後を通底してきた米国覇権原理と帝国継承原理であり、したがって、倒すべきは安倍政権を越えて戦後自民党政権総体だということではないだろうか。またそうだとして、「平和主義」の核をなす憲法9条をどのように解釈すべきものとしてわたしたちが再定義できるかにもかかっている。憲法9条には共通の合意された解釈がないなかで、9条は壊死しているが、そうであっても9条は書かれた憲法として有効な手掛かりなのだという希望を持ちたいと思いつつも、9条は平和主義をささえる国家の統治原理になりえなかったという反省を踏まえて、更に先を見据える必要があると思う。言い換えれば、武藤の言う米国覇権原理と帝国継承原理が排除されたとき、そこには平和主義が自立した姿で見出せると言いうるのか?である。わたしはこの点で懐疑的だ。なぜなら、国民国家という統治機構をとる限り、常に平和主義は擬制においてしか成り立たない危険性をはらむのではないか、という疑問があるからだ。根源的な平和主義を構想するとき、どうしても問わなければならなくなるのは、抽象的な言い回しになるが、国民国家という近代に遍くはびこっている権力の基本的な構成原理そのものに内在する暴力ではないか、ということである。平和主義がこの水準にまで到達するとすれば、それは、近代の政治学や憲法学が前提としているパラダイムを越えることになる。そうならなければ多分、平和主義は運動としても思想としても再生できないと思う。

武藤は次のようにも述べている。

「戦後日本国家の著しい特徴は、日本国憲法が国家の完全な構成原理として働らかなかったことである。形式上は、戦後日本国家は日本国憲法によって構成されたことになっているにもかかわらず、現実には、これまで見たように、憲法原理はそれとは両立しがたいアメリカ覇権原理および帝国継承原理と並んで、それらの掣肘下に存在したので、原理として自己を貫徹することなかったし、できなかった」(69)

ここでいう「日本国憲法が国家の完全な構成原理として働らかなかった」の意味は憲法前文に明文化されている平和主義を念頭に置いている。言うまでもなく、この構成原理としての不十分性をもたらしたのは、他の二つの原理、米国覇権主義と帝国継承原理によって制約されているからに他ならない。実は同じことは帝国継承原理にも言えると武藤は言う。

「帝国継承原理は、国家の中枢に保持されていたが、それを公然とかかげることはできなかった。こうして、どの原理も排他的に自己を貫徹できなかったから、どれも原理としての本来の資格を大きく失い、その結果、戦後日本国家は明確な正統化原理を持たぬ国家、逆説的に言えば、オポチュニズムを原理とする国家となった。」(69)

戦後憲法の象徴天皇制は帝国継承原理と接合しており、9条もまた米国の安全保障政策と国益に接合して構築されたものであるという面でいえば、そもそも戦後憲法は、アメリカ覇権原理と帝国継承原理なしにはありえないものだともいえた。このような武藤の議論の前提を受け入れるとすると、この三つの原理のうち、帝国継承原理だけが他の二つの原理なしに存立可能な特異な正統性原理である、と言えそうだ。この意味で、安倍が帝国継承原理を前面に押し出したことの結果として戦後憲法の平和・民主主義原理を原理の地位から放逐することは、ある意味では矛盾を回避する論理的な帰結だともいえるかもしれない。

●戦後憲法の平和・民主主義原理とは何か?

武藤は、帝国継承原理に一元化しようと画策する安倍政権に対置して、「第二原理(憲法平和主義)の下で暮してきた日本国民」を米国の覇権原理と帝国継承原理を抑え込む民衆運動のよりどころとなりうるものとみているように思う。しかし、この憲法の平和・民主主義原理の論じ方は、安倍政権の帝国継承原理一元化の構想(その具体的な提案が自民党の改憲草案)の登場によって、戦後平和運動が論じてきた論じ方では対応できない状況が生み出されたとみる。

「右翼的勢力の改憲の最大の動機が、戦後期全体を通じて、合憲的合法的な軍隊を持ちたい、そのため憲法九条を変えたいということであったのは言うまでもありません。その状況の下で、日本国憲法の大原則の一つである『非武装平和主義』をどのように扱うかは、主として憲法九条の存廃をめぐる論争、対立として展開されてきました。それが誤りだというのではありません。しかし今回の自民党改憲草案が提起している『国防軍』の創設は、日本国の普遍的基準からの切断という文脈の中に据えられているので、国家は軍隊を持つべきか否か、といった抽象的・一般的議論のレベルだけでは扱えない歴史の中での具体性を備えているのです」(163)

武藤は非武装平和主義、つまり軍隊をもたないという立場によってはもはや対応できないほど具体的な軍隊の問題が「歴史の中での具体性を備えて」登場していることを強調する。これは、非武装平和主義を放棄するとか棚上げにするということを意図して述べられているわけではないが、非武装平和主義を普遍的な原理として前面に押し出して自民党の改憲草案と対峙するというスタンス、つまり。上の引用で「国家は軍隊を持つべきか否か、といった抽象的・一般的議論のレベルだけでは扱えない」に含意されている彼なりの問題意識がある。武藤は非武装平和主義を否定しているのではなく、それだけでは十分ではないと言うのだ。彼は次のようにも言う。

「日本国憲法の非武装条項は、戦後日本がアジアの諸国民に向けた誓約であるとはこれまでも指摘されてきたことですが、その通りです。敗戦日本が、反省もせず、負けたのはアメリカに物量でかなわなかったからだなどと開き直っただけだったら、戦後アジアとの関係は不可能であったでしょう。非武装憲法の誓約はかろうじて関係つくりの基礎の役割を果たしたのです。現実には戦後日本は、米国のアジア支配に便乗してこの基礎をないがしろにし、脱帝国・脱植民地の課題に直面せず、アジアとの間の過去を清算することを回避してきました。それでも、この憲法ん誓約は戦後日本がアジアとの関係を回復する際の前提として存在してきたのです。」(163)

この非武装条項は、憲法前文と対応するものだが、武藤は「自民党草案は、その前文において、戦後期冒頭に置かれたこの礎石[現憲法全文]を取り外し、投げ捨てました」と指摘する。こうしてアジアとの誓約も非武装平和主義も棄て去って、帝国継承原理に一元化しようとしているとみるわけだ。わたしは、武藤のこの指摘は大枠として正しいと思うから異論はない。とはいえ、問題は、現在の安倍政権あるいは自民党改憲草案と戦争法の時代に起源をもつ問題なのではない。武藤は安倍につらなる戦後日本国家の質的な転換を1990年代にみている。つまり、戦後の矛盾に満ちながらもかろうじて相互の調整を維持してきた三つの原理の均衡が崩れたのが90年代だいう。総評の消滅と社会党の衰退はその象徴的な出来事だという。(「始まったレジームチェンジ」プロセスの尋常でない性格」、本書所収)

この武藤の指摘に更に私は重要なもうひとつのファクターを強調したいと思う。それは大きく言えば戦後日本の「革新」の限界に関わる。その出発点は、言うまでもなく、裕仁の戦争責任問題、戦後憲法讃美によって後景に退いた沖縄の米軍統治問題という戦後の端緒に埋めこまれた戦後日本の平和主義の限界に関わるが、さらに私は、武藤の言う三つの原理の均衡が崩れた大きな要因をつくりだしたのは、自民党ではなく90年代の村山政権だったことを強調したい。村山政権が、日米安保と自衛隊合憲を打ち出し、原発をも容認したことは、「革新」側による憲法9条の再定義であって、その後の平和運動の基本理念を大きく損なう裏切り行為だったとはいえないだろうか。この結果として、その後の野党や反戦平和運動の流れのなかに、原則や理念を棚上げにして、目先の軍事・安全保障政策に対する反対として運動を展開するという理念なき政局運動がはびこるようになった。体制選択はおろか、原則的な外交・安全保障の基本政策を根底から否定する運動の思想的なラディカリズムは影をひそめ、その結果として、日米同盟解消や自衛隊廃止、非武装中立という方向性が平和運動の当然の共通認識とはならなくなってしまった(あるいは公然とは口に出されなくなった)ように思う。こうして、自衛のための武力行使を暗黙のうちに容認する価値観が徐々に平和運動のなかにも浸透してきたように思う。言い換えれば、自国軍隊を持つことを当然の前提とする諸外国の平和運動と同じ次元で反戦平和運動が再定義され、その結果として9条を重要な運動の柱としながらも、この9条が「革新」側によって自衛隊合憲、日米安保容認という再定義を前提とした立法府での議論の枠組が構築されていることの深刻な問題を棚上げにする一方で、「戦争放棄」や「9条守れ」というスローガンには漠然とした戦争放棄の理念がありうるハズだという期待を多くの反戦平和運動の担い手たちは抱きつつも、政治の現実の舞台があまりにもこの理念とかけはなれた土俵の上で展開されている欺瞞に疲れ果てる姿が日常化してきたとはいえないか。自衛隊解体、国家に軍隊はいらないを非武装平和主義の意味として共通の合意とする確認もなしに、具体性のないヌエ的なスローガンでお茶を濁す空気すら生み出されてきたのではないだろうか。この反戦平和運動のなかでの90年代の9条再定義は安倍政権につらなる現実政治への理想主義の敗北であったのではないだろうか。だから、左派の再構築は、こうした90年代以降の再定義を自己批判的に総括することを避けることはできないはずだ。その上で、武藤が言うように平和主義をその内実を伴なう意味のレベルで再定義し共有することが必須の課題だ。

「革新」による9条解釈の変質は、現行の自衛隊については違憲とは明言せず、集団的自衛権だけが違憲であるかのような奇妙なレトリックが支配的になってきた現在の流れの源流にあるものとはいえないだろうか。こうなってしまうと、安倍政権が打ち出した「積極的平和主義」や自衛隊合憲を前提とする議論の土俵に片足を乗せながら、集団的自衛権行使や海外派兵の条件だけを争点とするような論じ方になってしまう。こうした危惧を武藤は戦争法反対の論調のなかに見出して危惧を表明している。こうしてみると先に述べたように、村山政権が打ち出した日米安保容認、自衛隊合憲論がその後の運動にもたらした影響は非常に大きかったのではないかと思う。

●戦前・戦中・戦後を繋ぐ国家原理とは

政治学者や法学者は1945年の転換に大きな意義を与え、これこそが戦前・戦中と戦後の「平和主義」を分つ分水嶺だと強調するが、私はこの見解にこれまでも異論をさしはさんできた。1945年はさほど大きな亀裂を「日本」にもたらさなかったと考えてきたからだ。もちろん1945年は近代史においても特筆すべき切断面を示している。このことを軽視するつもりはないが、その反面、この切断面は近代「日本」の深層にまでは到達しえていないと考えるからだ。では、戦前・戦中・戦後の連続性とは何なのか。その答えは極めて単純な事実にある。それは、戦前・戦中・戦後に一貫して、「日本」は資本主義の構造を維持したこと、そしてまた、近代国民国家としての構造を維持したこと、この二点である。同時に、これらの構造が生成しているこの国で生活する民衆の大多数のアイデンティティもまた「日本人」としてのアイデンティティであったことである。(その周辺に植民地の人びとのアイデンティティが接合され、この他者のアイデンティティなしには「日本人」のアイデンティティも確立しない構造をもっている)「日本人」としてのアイデンティティと国民国家としての構造との間をつなぐ「日本」の近代の正統性あるいは自他の差異は、(不合理であれ何であれ)普遍的な装いをもって提示すべき国家イデオロギーとして構成されなければならず、これは、この国では天皇制以外にはありえなかった。しかし、これこそが脆弱であることもまたこの国が抱えてきた固有の問題でもある。

民衆の日常生活に即してみたとき、戦争体験や自由に対する抑圧が1945年を境に大きな転換を遂げたとしても、国民国家と資本主義の構造のなかで、〈労働力〉として組み込まれる構造は一貫したものがあり、これが国民としての〈労働力〉を再生産する構造として維持されつづけてきた。この一貫した構造がある限り、ある種の戦前・戦中への回帰(文字通りの意味での回帰はありえないのだが)を絶つことはできないというのが私の認識だ。たぶん武藤の三原理と私の認識の最大の違いはここにあるのではないかと思う。

その上で、武藤が危惧する帝国継承原理について私なりのコメントを書いておきたい。帝国継承原理として武藤が指摘している侵略の正当化の主張は、一般論としてその通りだと思うが、戦前・戦中の日本の侵略を正当化する歴史認識はひとつではなかったことが重要だと思う。一方で、蓑田胸喜や国体明徴運動といったファナティックとさえいえる皇国史観があり、他方では天皇機関説があり、後者が弾圧されたとはいえ、戦後憲法のなかで復活することになる。前者は、戦後天皇制の伏流として、右翼のイデオロギーとして生き残る。皇国史観や現人神としての天皇=主権説は、ある種の一神教だが、一神教は、普遍主義を体現できるだけの教義の普遍性と、この普遍性を支えるだけの主体の神性が遍く人びとに受容されうるような組織に支えられなければ維持できない。普遍宗教を標榜するキリスト教であれイスラームであれ数世紀をかけて教義としての体系を整え、これを普遍性の言説へと彫琢してきたことによってかろうじて世俗主義近代を生き延びてきた。天皇制にはこうした強靭な思想的な普遍性がなく、神話を現実に繋ぐ強靭な歴史形成力を持たない。だから1945年を境にあっという間に民衆は天皇=現人神の神話を自ら放棄することに同意したのだと思う。ほとんど誰も本気で信じていなかったということだ。

対外関係では、一方に昭和研究会を中心とする東亜協同体論(東亜新秩序論)があり、他方に大東亜共栄圏がある。多分、軍事的侵略と人殺しの狂気を支える精神性にとってはファナティックな皇国史観や大東亜共栄圏の妄想は役にたったかもしれないが、広範な知識層を含めて侵略を正当化する思想的理論的実証的あるいは政策的な枠組は、むしろ東亜協同体論に代表されるようなスタンスではなかったかと思う。しかも、戦前の日本による植民地化と侵略を正当化する思想の無視できない一角を占めたのが、転向マルクス主義者たちであったということは決して無視できない。マルクス・レーニン主義の資本主義批判や帝国主義批判を逆立ちさせた議論が、平野義太郎であれ三木清であれ、あるいはプロレタリア文学作家として重要な仕事をしながら転向した林房雄であれ、彼らの理論的枠組はマルクス主義的な知的伝統抜きにはありえないものといえた。この意味で帝国原理は転向マルクス主義を抱えこんだものでもある。(これは、戦後高度成長を支えたイデオローグもまた転向マルクス主義者たちであったことにも共通する問題だ)そしてこの左右の中間に膨大な沈黙する現状追認の知的世界が拡がっていたのではないか。西田幾太郎や京都学派はリベラルな追認派として、ほぼ無傷でそのまま戦後を生き延びる。

帝国継承原理として武藤は、これらの戦前・戦中の帝国原理の振れ幅のどこに焦点を当てているのかはいまひとつはっきりしない。もし皇国史観や国体明徴運動のイデオロギーと大東亜共栄圏の構想をもって帝国原理とするなら、確かにアジア諸国の合意は得られないだろうし、少なくとも今現在の日本国内においても安倍政権を支持する確信的な右翼は別にして多くの有権者の合意も難しいに違いない。いやむしろ安倍政権がイデオロギーとして戦後の価値を否定する場合に、何をオルタナティブとして構想するのかという選択肢として、従来は採用されなかったような戦前・戦中のイデオロギーの核となるものの幾つかを取り入れようとしているのかもしれない。その取捨選択は、あらかじめ決められてはいない。まさにオポチュニズムによって選択されるに違いない。

●米国の覇権主義

多分、戦後日本が70年にわたってほぼ一貫してそのスタンスを変えてこなかったものが、この米国覇権主義を組み込んだ国策の構造だろうと思う。この意味で武藤の指摘に根本的な異論はない。しかし、米国の覇権主義に基いて構築されてきた戦後世界秩序のデファクトスタンダードは、中国とロシアの台頭によって、大きく揺らぐ事態になっている。新興国は、もはや欧米がルールとして定めた「国際社会」の正統性を無条件では受け入れなくなってきた。中国やロシアがそれぞれの国益をグローバルスタンダードとして打ち出し、これが相当程度に具体的な外交や安全保障、経済の分野で効果を発揮しはじめているからだ。中国のインフラ投資銀行、ロシアのシリア介入やクリミア併合、そして、米国にとって軍事的な空白地帯になっているアフリカでは、中国が圧倒的な経済的なプレゼンスをもって台頭しつつあり、同様に中央アジアもまたロシアの影響力が強まりつつある。これは、世界最大の軍事大国米国が、アジア重視やリバランスを主張したとしても、もはや世界の動向を左右する覇権国家の覇権国家たる所以を具体的な行動で示さなければならない場所そのものが、米国を中心とする欧米のヘゲモニーの構造から相対的に自立しはじめているということだ。こうしたなかで日本が米国覇権主義を正統性原理として維持することについて、支配層内部でも異論がでてくる可能性は否定できないと思う。これは別の見方からすれば、非武装中立というかつての夢の再興の可能性を孕む客観情勢が顕在化しつつあるともいえるかもしれないのだが、平和主義の側にもはやその準備がないように見える。

米国覇権主義は実際にはそれほど磐石であったことはなかった。この意味である種の神話に近いものであったかもしれない。ベトナム戦争以降、明確に戦争での勝者になりえず、冷戦の勝利は軍事的な勝利ではなくむしろグローバル資本の圧力による社会主義圏の自壊ともいえるものであったし、アラブ中東であれ旧ユーゴであれ、一貫した外交理念を貫くことができずに、国益だけを指標に無定見な武力行使を繰り返す以外になかったのではないか。その米国が、911同時多発テロでうろたえた大国の姿を世界中にさらし、出口のない対テロ戦争に引きずりこまれて手をやいている。世界最大の軍事国家米国が勝てない戦争を続けており、この米国との同盟という負け組を選択する極右安倍政権のスタンスに、この国の愛国主義者も同調するという奇妙なナショナリスムもまた米国覇権主義と帝国継承原理の矛盾の産物なのだと言えるが、これは逆に戦後国家の正統性の一角を脆弱にしている要因ともいえる。

21世紀の世界がそれまでの世界秩序と本質的に異なるのは、近代の普遍的な理念がそのままでは通用しなくなっており、そのことは支配的な価値観の側でも、従来の反政府運動(左翼)の側でも起きているということではないかと思う。これまで世界政治の枠組のなかでは不可視な存在としてしか扱われてこなかった20数億のイスラーム人口が、これまで前提されてきた欧米近代の普遍主義ともキリスト教習俗とも異なる文化的な価値をもって可視化され、無視できない政治的社会的文化的な潜勢力を示しはじめていることに対して、こうした動きを既存のグローバルは覇権システムのなかに有効に包摂することができないままになっている。多文化主義、民主主義、自由と平等もまたその欺瞞が露呈することになった反面、諸々の差別主義と排外主義が公然と欧米の民主主義を逆手にとって権力の中枢に迫る。価値観としての自由も平等も欺瞞以外の何ものでもないことを民衆の大半は実感しており、それは日本が「平和国家」であると公言することに込めらている欺瞞と共通するレトリックの構造があり、これは近代社会を支えてきたイデオロギー構造そのものの限界と矛盾が露呈したものだといえる。だから、これは、米国の覇権主義原理の危機のあらわれでもあって、その危機は、グローバルなイデオロギーの危機でもある。

他方で、民衆運動の側はどうか。冷戦期の反戦平和運動は、ベトナム戦争反対運動であれ第三世界連帯運動であれ、反米闘争を闘う民衆の闘争への思想的な共感をともなうものでありえた。しかし、ポスト冷戦期の運動は、湾岸戦争からアフガン・イラク戦争そして対テロ戦争の現在に至るまで、米国とその同盟軍と闘うもう一方の主体に対して共感をもってこれに同調することで運動が成り立っていない。欧米に主導された軍事介入に反対するとはいえ、広範に(特にイスラーム圏で)どこからどこへ向う解放が民衆の解放の闘いとして、欧米や日本の反戦平和運動と世界観や将来社会像において共有できるものとして存在しているのか、この点が未だに不分明なままだ。世界社会フォーラムの「もうひとつの世界は可能だ」というスローガンも、もうひとつの世界を「像」として結ぶことができるような焦点を見出せないままである。ギリシア、スペイン、香港、台湾、あるいは英国労働党や米国民主党内部の左派の台頭は注目すべきだが、しかし、これらの運動は、資本と近代国民国家の枠を越える理想が希薄なようにも見える。多国籍資本のビジネスモデルを覆すだけの潜勢力がまだ見出せていない。この意味で。米国の覇権主義は、圧倒的な軍事的・イデオロギー的な優位に支えられているというよりも、次の選択肢が見出せない反体制運動の脆弱さによってかろうじて延命しているともいえる。米国覇権主義の危機はかなり明白であるが、それに代替するプログラムが見出せない。この意味で、危機は主体の側により深刻であり、この間隙を縫って、極右がその隙間を埋める運動として民衆的な力を獲得しつつあるように思う。この意味では、問題は奴等の側にではなく私たちの側に、私たちが提起すべき解放の想像/創造力の欠如にこそある。

●わたしたちにとっての最大の課題は何なのか?

資本主義にとって、戦前・戦中・戦後に一貫しているのは言うまでもなく、資本蓄積の構造である。独裁であれ民主主義であれ、何であれ資本を支える社会的な構造を資本は要求するのみである。国家にとっては、国民国家としての権力の正統性が何であれ、国家の統治機構の自己維持こそがその自己目的である。この一貫した構造のなかで、一人一人の個人あるいは身近な民衆の存在に定位したとき、そこにあるのは、国民的〈労働力〉としての再生産の構造である。一方で資本が、他方で家族が、そしてこれらを支える統合の基盤としての国家がある種の原理的な構造をなしている。武藤が三原理を相互に矛盾するものとして指摘したことは重要であるが、私はこの三つの原理の矛盾だけでなく、より多様な正統性の要件があると考えている。ここではそれを全体として論じることはできないが、近代の資本と国家のシステムはある種のモジュール構造をとって緩やかに相互に接合される。家族や親族の構造から重層的なコミュニティの構造、総体としての資本や国家の統治機構に至るまで、相互に矛盾と摩擦をはらみながら調整しうるようなモジュールであり、ときにはその一部が別の構造をもつモジュールと取り替えられることすらある。国民的〈労働力〉の再生産の時間的(歴史的)空間的(領土的)な配置のなかで、資本は蓄積を自己目的とし、国家は権力を自己目的とする構造を維持する。常に問題の中心をなすのは「人口」である。人間社会である以上この「人口」が問題であり主体でもあるからだ。資本と国家の自己維持メカニズムにとって、「人口」はその手段でいかない。武藤が述べているように、オポチュニズムがこうしたシステムの根底にはあって、実は最も重要な存立構造の核をなしているようにも思う。近代の普遍主義はこのオポチュニズムを正当化するための神話の装置だとも言える。

これを「日本」という文脈に引き寄せたときに、その固有性は何になるのかが問題になり、武藤はこの固有性の次元で「日本」の正統性原理を批判した。彼は過度な抽象化や理論化には大変慎重かつ批判的だと思うので、私のような抽象的な資本や国家という概念に「日本」の固有性を還元することには異論があると思うし、わたしには武藤が論じているような密度で、同じ抽象の水準で戦後日本の国家を論じる能力も準備もないのだが、だからこそ彼の安倍政権批判から近代日本の国家原理総体へと至る批判の具体性は、示唆に富み、かつ刺激的なのだ。問題は、今に至るまで、やはり、資本と国家の廃棄という課題である。この課題に連接する具体性の次元で語るべき言葉を本来なら持たなければならないのだが、まだ私にはその用意が十分にできていない。このことを武藤の議論を読みながら改めて実感させられた。

2 thoughts on “書評:武藤一羊著『戦後レジームと憲法平和主義』れんが書房新社、2016

  1. 資本は資本の蓄積の為にだけ悪智慧を働かす。天皇制もその大きな悪智慧のひとつ。日本の資本は350兆円も溜め込んでいているという。タックスヘイブンにはもっと隠されているのではないか。「それは労働者の物だ。返せ」と主張することに世界中の労働者は誰一人反対しない。それを実行することは革命を意味する。誰に遠慮することもない。今すぐやろう。小倉さんのご意見は武藤さんよりも革命の即実行に近い、主観的ではありますがそうおもいます。

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